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「レオン、レオン」


 呼ぶ声がして、レオンは振り返った。

 駆け寄って来る少女の艶やかな黒髪に、鮮やかな水色のワンピースと、肩にかけた黄緑色のストールが映える。
少女の手には大きな洗濯籠があり、籠の中身は一杯の服で埋まっている。
その少女の後ろから、とてとてと軽い足音が鳴って、ダークブラウンの髪の子供と、金色の髪の子供が駆けてくる。

 少女はエルオーネ、子供はスコールとティーダ。
スコールはレオンと血の繋がった弟で、エルオーネはレオンが赤ん坊の頃から面倒を見ている妹的存在。
ティーダは一ヶ月前に父親によってバラムに連れて来られ、傍にいられないと言う彼の父に代わって、レオンが面倒を見る事になった子供だった。
ティーダは直ぐにレオンとエルオーネに懐き、人見知りが激しいスコールとも直ぐに仲良くなる事が出来た。
少し涙腺が緩い所はあるものの、元々人懐こい性格なのだろう、案外とティーダは直ぐにバラムでの生活に馴染み、近所の人々も彼を可愛がってくれる。
だが、突然の環境の変化に幼い心が戸惑っていない訳はないから、レオンは出来るだけ、ティーダに寂しい思いをさせないようにと努めている。
ガーデンが春休みの今、常であればアルバイトの予定を増やす筈だったものを、仕事先の店長に事情を話して出勤日数を減らして貰ったのも、その為だった。

 どんっ、と固まりがレオンの腰に跳び付いて来た。
金色頭を見下ろして笑みを浮かべれば、にーっと朗らかな笑顔が帰って来る。
そんなティーダの頭を撫でながら、立ち止まった気配の方へ視線を向ければ、苦笑を浮かべているエルオーネと、その傍にぴったりと寄り添うスコールがいる。


「洗濯物、全部洗い終わったよ。今日は外に干しても大丈夫だよね」
「ああ。少し潮風が強いから、飛ばされないように気を付けろよ」
「うん。スコール、ティーダ、おいで」


 レオンがガーデンの高等部に進学し、アルバイトを始めるようになったのを期に、エルオーネは家の家事を引き受けるようになった。
まだまだ手付きに危なっかしさはあるものの、掃除洗濯は元々出来ていたし、料理も少しずつレパートリーを増やしている。
7歳になったスコールも「お手伝いしたい」と言うようになり、ティーダも一緒に二人と家事に勤しんでいる。
時々、手伝いと言うより邪魔をしているような、と思える場面もあるのは、幼さ故と言うものだ。

 姉に促されて、弟達はエルオーネと一緒に家を出て行く。
庭に立てている物干し竿の下まで籠を運ぶと、スコールが絡まった洗濯物を解き、エルオーネが竿に服をかけて、ティーダが彼女に洗濯バサミを渡す。
エルオーネの足元には、まだ自分一人では竿まで手が届かないエルオーネの為に用意した台座があるのだが、この上で立ってしゃがんでを繰り返すのは意外と重労働(些細な事だが、これが結構腰に来る)なので、スコールとティーダが手伝ってくれるのは本当に助かっていた。

 それを窓越しに眺めながら、レオンは止めていた計算の手を再開させた。
レオンが向き合っているのは家計簿だ。
ノートの傍らには今週分で買い物をしたレシートがまとめられており、食費分・生活雑貨分・ガーデンで使う学費分と、それぞれ分けられていた。


(来月からはティーダもガーデンに通うから、教材類で出費が増えるな……食費もそうだが……)


 前ページを捲って、先月・先々月の出費を確認すると、その差は明らかだ。
学費や生活雑貨はあまり変化していないが、食費が大幅に増えている。
これはティーダがよく食べるからだ。
同じ年齢のスコールに比べると、倍以上は食べている───と言っても、スコール自身があまり食べる方ではないから、この場合はティーダの方が普通なのだろう。

 春休みになってアルバイトの日数を減らしたのが、今になって響いて来ているような気がする。
しかし、アルバイトに関しては後から取り戻せるだろうから、これについて深く考えるのは止めにした。

 小さな子供を侮ってはいけない。
特にティーダは、自分が“面倒を見て貰っている”身である事を幼いながらに理解しているようで、人懐こく甘えてくる事はあるものの、肝心な我儘は言わない所があった。
子供達に無用な心配をさせない為にも、家計が苦しいだとか、そう言う事は表に見せないようにしなければ。

 ────とは思うものの、


(………ちょっときついか……?)


 食費分のレシートを見直しながら、ノートに書いた合計金額を見て、レオンは眉根を寄せる。

 ───本来なら、今年で15歳になったレオンも、まだしばらくは大人の庇護下にいて良い年齢だ。
それにも関わらず、ガーデン寮に入らずにバラムで妹弟と一緒に暮らし始めたのは、レオンが幼い頃から抱えて来た“自立したい”と言う気持ちによるものだった。

 誰かの手を煩わせる事もなく、自分自身の手で生きて行けるようになりたいと、そうならなければならないと、レオンは昔から思っていた。
元々幼いながらに自立心が強い子供であったが、七年前にバラムに移住し、弟が生まれてからはその気持ちはより一層強くなった。
母が死に、父が戻らなくなり、残された幼い妹と弟を守りたいと強く願っていたからこそ、レオンの自立心はより一層強くなり、急くようにして彼の心を幼さから剥離する。
そうしてレオンは、15歳にして早過ぎる巣立ちとして、クレイマー夫妻に勧められた入寮を断り、バラムの街に弟達と共に暮らすようになったのである。

 本当なら、エルオーネやスコールは入寮させた方が安全であるとか、生活面でも保障されている事は判っている。
レオンも、最初は自分一人がバラムに残り、スコール達は他の子供達と同じように入寮させるつもりだった。
しかしスコールが泣いて嫌がり、レオンにしがみついて離れず、エルオーネも泣きそうな顔で「レオンとスコールと一緒にいる!」と譲らなかった為、三人での生活が始まる事になった。

 三人での生活は、最初の頃は色々と勝手が変わって大変だったものの、1年も経つ頃には大分落ち着いた。
そして3年目を迎えようとした時にティーダが加わり、この変化については一ヶ月でなんとか安定しそうではあるのだが────シビアな話、金銭面では非常に不安がある。


(……どうするか……)


 レオンはテーブルに伏せて、溜息を殺した。

 外からは洗濯物で遊ぶティーダの声と、それを叱るエルオーネの声がする。
スコールはきっと間に挟まれておろおろしているのだろう。
それを想像するだけでレオンの口元は知らず綻ぶのだが、頭の中はまだぐるぐると悩み事が渦を巻いていた。


(シド先生やママ先生は、いつでも頼れって言ってたけど、ガーデンの経営だって大変みたいだし。と言うか、ガーデンって支出と収入のバランス取れてるのか?シド先生もママ先生も商売気のある人じゃないし、……そんなのあったら孤児院なんてやってなかっただろうし)


 レオン達の育て親になるクレイマー夫妻は、二年前にガーデンと言う教育機関を設立した。
理由は、自分達が育てていた子供達にきちんとした教育や勉強を受けさせてやりたかったからだ。
元々孤児院経営の延長から立ち上がった話だと言うから、親がいない子供でも入学する事が出来るようにと、入学費用は非常に安価なものとなっている。
入学時に費用を準備出来ない場合でも、ガーデン内で教員の手伝いをしたり、購買でアルバイトをして、これを学費・生活費に充てる事でガーデンで生活する許可を貰う生徒もいる。
レオンとエルオーネとスコールも、これに則って入学しており、今後の学費は、レオンが事務手続き等の手伝いを率先して行う事で賄われる事になっていた。
七年前のエスタとガルバディアの戦争で親を失った子供は多く、財産を奪われた家庭も少なくなかった為、ガーデンのこうした姿勢は高く評価されている。
現在は途中期入学も許されているので、年々所か、月毎に新しい生徒達がガーデンに入学しており、生徒数は増える一方であった。

 普通に経営者の視点で考えれば、生徒数が増える一方である事は喜ばしい事と言える。
今の所、卒業を目的とした生徒よりも、入寮する事で生活に安息を求める生徒の方が格段に多いが、入学希望者が増えれば、普通は収められる学費で一時経営は潤う事になるだろう。
しかし、ガーデンへの入学費は極めて低く設定されている上、必ずしも入学時にそれを納めなければならない、と定められている訳ではない。
おまけに、急激に増える生徒数に対して、教員数が少ない事や、寮部屋・教室の他、食堂の増設も急ぎ考えなければならず、かかる費用も増える一方となっていた。

 ……絶対に支出と収入のバランスは取れていない。
教員の人手不足で、事務処理の手伝いをほぼ毎日頼まれるレオンは、そんな現状を実際に目の当たりにしていた。


(……そんな状態なのに、まだ俺達の面倒も見てくれて……有難い、と言うか、それは嬉しいけど、でも…)


 自立しているようで、まだ自立出来ていない事を、レオンはしっかりと理解していた。
この“形だけ”の自立は、レオンの最後の我儘をクレイマー夫妻が汲み取ってくれて叶えられたもの。
だから、レオン達がガーデンで勉強が出来るのも、クレイマー夫妻の配慮があっての事だし、生活費だって自分のアルバイト代だけでは稼げない。
15歳のレオンがアルバイトを出来るのは、バラムの法で定められている為、午後十時までが限界だった。
朝から夕方まではガーデンで授業があるし、授業合間の休憩時間はガーデンの事務処理の手伝いをしており、……家には幼い弟達がいるから、これ以上アルバイトに割ける時間もない。
生活に必要なのは食費だけではなく、スコールもエルオーネもこれからが育ち盛りで、服や靴は頻繁に買い換える必要があったし、ティーダもそれは同じだろう。
そんな兄弟の生活を鑑みてか、時折、家のポストにクレイマー夫妻名義の封筒が入っていて、生活の足しにしなさいと小切手が封入されている事があった。
その度、レオンは有難さと申し訳なさで一杯になる。
レオンが夫妻から受けている恩は、返そうと思っても返しきれるようなものではないから、尚の事、表面的にしか自立できていない自分に悔しさが募る。

 自分一人の気持ち一つで、育て親の恩を突っ跳ねる事が出来る程、レオンも意地っ張りではなかった。
スコール達に不自由な思いはさせたくないし、恩を無駄にするのも嫌だったから、夫妻から寄せられる好意は有難く頂く事にした。
お陰で生活費もなんとか賄えていたのだが、……今月は厳しそうだと、ノートに書いた数字の羅列を見て思う。


(今はまだアルバイトは増やせないし。と言うか、増やして貰えないだろうし。今の喫茶店だって、シド先生が店長に口利きしてくれたから雇って貰えているんだし……)


 事情を放せば、きっとクレイマー夫妻は笑顔で応えてくれるだろう。
けれど、彼らも今はガーデン経営で手が一杯になっている筈だ。
そんな所へ、もう少しお金を出して欲しい、なんて厚かましく言える程、レオンの神経は図太く出来ていない。

 どうする。
どうすればいい。
ぐるぐると考えるレオンの思考を遮ったのは、勢いよく開けられるドアの音だった。


「お洗濯終わりー!」
「ただいま、お兄ちゃん」


 二人の弟の声に、レオンは慌てて跳ね起き、ノートを閉じた。
散らばっていたレシートも手早く集めて、ノートの隙間にまとめて挟み込む。
整頓するのは後で良いだろう。

 ティーダとスコールに続いてエルオーネも入って来た後、かちゃん、と玄関のカギをかける音が鳴った。


「洗濯物、終わったよ。天気が良いから、午後には乾いてると思う」
「そうか。取り込む時には俺も手伝うよ」


 お手伝いを終えて、早速膝に飛び乗って甘えてくる弟達の頭を撫でながら、レオンは言った。
エルオーネはそれに頷いて、じゃれつく弟達の片割れ───スコールを抱き上げて、ソファに連れて行く。
座って膝の上に弟を乗せれば、スコールは嬉しそうにエルオーネに抱き着いた。


「レオン、今日のお昼ご飯何?」
「パンケーキとハムエッグだ」
「オレ、ハムは大きいのがいい!そんで太いやつ!」
「判った判った」


 レオンの膝に乗って、きらきらと期待一杯の眼差しでおねだりしてくるティーダに、レオンは眉尻を下げて頷く。
それを見ていたエルオーネは、自分の膝上で大人しく絵本を開いているスコールを見下ろして、


「スコールも、大きいのがいい?」
「うぅん。お腹、ぱんぱんで苦しくなっちゃうから、小さいのがいい」
「だって」
「ああ。それで、エルは?」
「私も小さいのでいいよ」


 スコールとエルオーネの言葉は、決して遠慮している訳ではない。
元々あまり食べないから、ティーダのように沢山のご飯を並べられても、残してしまうのだ。

 レオンは、スコールがまだ赤ん坊だった頃、ミルクもあまり飲まないのを見て、大丈夫なのだろうかと不安に思っていた事を思い出した。
本で得た知識と、現実が違う事をまだ薄らとしか理解していなかったから、小食なスコールが心配だったのだ。
けれど、今はもう、スコールが小食である事も、エルオーネの食事量が普通である事も、二人と反対にティーダがよく食べる事も、全て個性の一つである事が判る。

 レオンに抱き着いていたティーダが、そのままエビぞりになって頭を後ろに倒していく。
小さな手はレオンのシャツを確り握っているが、このまま行けば重い頭に引っ張られて、ティーダは転げ落ちてしまうだろう。
しかし幼い子供はそんな危険まで考えないので、世界が逆さまになって見えるのが面白いらしく、きゃっきゃと笑いながら反り返っている。


「ティーダ、危ないぞ」
「んー」


 背中を支えて注意するレオンだが、ティーダは殆ど聞いていない生返事だけ。
それを聞いたエルオーネが、少し眦を吊り上げてティーダに言った。


「うんじゃないでしょ、ティーダ。頭ごっつんしちゃうよ」
「ごっつん、痛いよ、ティーダ」
「そうだよね。ティーダ、痛くてもいいの?」
「やだ!」


 エルオーネとスコールに諭されて、ティーダはぶんぶんと首を横に振った。
それから起き上がろうとするが、一番重い頭が重心になってしまって、中々起きれそうにない。
うんうん唸るティーダに、レオンは小さく苦笑して、抱いていた背中をぐっと引き寄せてやった。
ぽすんと兄の胸に収まると、ティーダはきょとんとした後、えへへ、と笑ってレオンを見上げる。

 そのままティーダがじゃれつくのを好きにさせても良かったのだが、レオンは時間を確認すると、ティーダを膝から下ろした。
残念そうに見上げて来る青に、レオンはくしゃくしゃと金糸を撫でて宥めてやる。


「今からお昼ご飯の準備だ。静かにしていろよ?」
「むー……」
「いい子にしてないと、人参入りのパンケーキを食べさせるからな」


 子供の嫌いな食べ物の代名詞を出してやると、ティーダは「それいらない!」とぶんぶんと首を横に振って、エルオーネの下へ逃げて行く。
彼女の膝では、スコールが絵本で顔を隠していた。
そろ、と本を下げて覗いた青灰色は、「いい子にしてる」と音なく訴えている。

 弟達の素直な反応に、レオンはくつくつと笑う。
逃げてきた弟達にしがみつかれたエルオーネも、クスクスと楽しそうに笑っていた。




 スコールとエルオーネ、ティーダとレオンにそれぞれ分かれて風呂に入った後、小さな弟達は直ぐに眠たげに目を擦り始めた。
それを二階の寝室に連れて行き、エルオーネが寝かしつけたのを見届けた後、レオンは隣室の自分の部屋へ入った。

 レオンは、アルバイトを始めた頃から、弟達と寝室を別にした。
アルバイトを始めて以来、勉強時間に使えるのが夜しかなくなった為、遅くまで電気を点けている事が増えたからだ。
7歳のスコールと、11歳のエルオーネを宵っ張りにさせる訳にはいかなかったので、一緒に寝たがるスコールをどうにか説き伏せて、自分用の部屋を作った。
それでもしばらくは、寝付くまでは同じ空間で過ごすようにしていたのだが、ティーダが来てからはそれも必要なくなって来ている。
昼の内にティーダと一緒に遊ぶようになった所為か、大人しいスコールは少し寝落ちるのが早くなった。
ティーダも昼間に目一杯駆け回って遊ぶので、夕飯が終わった頃には眠そうにしている事が多い。
こうして弟達は二人一緒に寝るのが約束事になり、エルオーネはそんな二人を見守りながら、同じ部屋で寝る事になっていた。

 一人自室に篭り、デスクライトを灯して春休みの課題をしていたレオンだったが、時刻がそろそろ一日の仕切り直しに入ろうかと言う頃。
コンコン、とノックの音が聞こえて、レオンは遊ばせていたシャーペンを転がした。


「エルか?」


 レオンは、自室に篭る時、殆ど鍵をかけない。
弟達に何かあった時、子供達が直ぐに頼って来れるように、また呼ばれた時に直ぐに駆けつけられるように。
それをスコールとティーダは覚えていて、名前を呼ぶのと同時にドアを開けるのが癖になっていた。
だから事前にノックをするのは、妹以外にはいない。

 ドアノブが回って開かれると、想像通り、困惑顔のエルオーネが立っている。
そんな彼女の傍には、ぐすぐすと泣いている子供が二人。


「えっ、ふえっ…ふええ……」
「ひっく、ひっ……お兄ちゃん……」
「ティーダ、スコール。どうした?」


 泣きじゃくる二人の名前を呼ぶと、スコールが駆け寄ってきた。
椅子から下りて抱き留める。

 ティーダがエルオーネに背を押されて、部屋に入って来る。
小さな手がエルオーネのパジャマを力一杯握っていて、大きな皺が出来ていた。
いつも爛々と輝いていた青の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が浮かんでは溢れている。

 エルオーネがティーダの頭を撫でながら言った。


「ティーダ、ジェクトさんの夢を見たみたいなの。それで泣き出しちゃって、そしたらスコールも…」


 ティーダの父親のジェクトは、ブリッツボールと言う水中球技のプロ選手だ。
バラムの島から北方の、トラビア大陸にあるザナルカンドと言う都市に属するチームに入っている。
ティーダも一ヶ月前までは父と一緒にザナルカンドで暮らしていたのだが、母が病気で亡くなった事を切っ掛けに、バラムに移住する事になった。
しかし父であるジェクトは、息子がバラムで暮らせるようにと環境を整えた後、単身でザナルカンドへとトンボ帰りしてしまった。
彼はプロのブリッツボールプレイヤーで、所属するチームがザナルカンドにあるから、チームとの契約を続ける限り、彼の生活拠点がザナルカンドになってしまうのは仕方がないだろう。
だが幼いティーダがそれを理解し、納得するのは難しく、こうやって寂しさから夜泣きをする事も少なくなかった。

 そして夜中にティーダが泣き出すと、誘発されるようにスコールも泣き出してしまう。
元々スコールは寂しがり屋の気質で、レオンが一人で部屋を移してしまった事にも寂しがっていた。
ティーダが加わった事で気が紛れるようになったのは確かだが────やはり、まだまだ手がかかる年頃と言う事なのか。
父を呼ぶティーダにつられるように、兄を呼んで泣き出すのだとエルオーネは言う。

 一人一人なら落ち着かせられるように宥められるエルオーネだが、二人一緒に泣かれると、やはり手に余ってしまうらしい。


「ふえ、うええええん、おにいちゃあああん」
「よしよし」
「えっ、えっ、とーさ、とーさあん」
「ティーダ、こっちに来い。エルも」


 必死になって求めて来る弟を抱き締めながら、レオンはこの場にいない、届かない父を呼び続ける子供を呼んだ。
わんわんと声を上げて泣くティーダの背をエルオーネが押す。

 レオンは、右腕でスコールを、左腕でティーダを抱いた。
二人は泣きながらレオンにしがみ付く。


「ほら、スコール。兄ちゃんは此処にいる。お姉ちゃんもいるだろ?」
「ひっ、ふえ、ふえええん……」
「ティーダ。ごめんな、俺じゃお前の父さんの代わりにならないと思うけど、今は俺で我慢してくれ」
「ふぁ、あ、わあああん、ぁああああん……」


 自分とよく似たダークブラウンと、正反対の金色と。
撫でて宥めてやっても、二人とも中々泣き止みそうにない。

 それをじっと見つめる栗色は、心配そうで、泣きそうで。


「エル」


 レオンが名前を呼ぶと、エルオーネがはっとしたように肩を揺らした。

 ────スコールが生まれた事と、孤児院にいたのがレオンを除いて自分より年下の子供達ばかりだったからだろうか。
エルオーネもまた、同じ年頃の女の子よりも大人びている所があった。
レオンの記憶の中にある、父と無邪気に遊んでいた妹はもう随分と形を潜めて、お姉さん然とした顔で弟達の手を引くようになった。

 けれど、そんなエルオーネも、まだ11歳の子供なのだ。
しっかりしているようで甘えたがりの妹は、その役割を弟達に譲るようにして、甘えたい気持ちを我慢するようになった。
けれど、レオンはちゃんと彼女を見ているから、彼女が我慢している事も判る。


「おいで、エル」


 手を差し伸べたレオンに、エルオーネがぱちりと瞬きをして、……ぽすん、と二人の弟の間に挟まって、エルオーネはレオンに抱き着いた。


「ひっく、ひっく、おにいちゃあん……」
「えっ、ふえ、とーさん、とーさぁん……」
「……ひっく……ふ……」


 寂しさで、悲しさで、戸惑いで。
一杯一杯になったバケツの中をぶちまけるように、三人は泣きじゃくる。

 ……レオンにも、幼い頃、訳もなく寂しくなる夜があった。
そんな日はどうしてか眠気もなくて、寝る時間だと言われても眠りたくなくて、駄々を捏ねてベッドに入るのも嫌がった。
仕方なく眠ろうとすると、奇妙な夢を見て目が覚めて、それからは目を閉じるのも怖かった。
一緒に寝ている筈の父と母が、何処か遠くに行ってしまったような気がして、傍にいるのを目にしても、もう一度眠ってしまったら、次に起きた時にはいなくなっている気がして、怖くて堪らなくなった。

 そんな時、レオンは泣いて泣いて、泣き疲れるまで泣き続けた。
その間、レオンはずっと母に抱き締められていて、父はそんな母と一緒にレオンを包み込んでくれて、大丈夫、大丈夫と繰り返して囁いた。
泣き疲れたレオンが眠るまで、ずっと。

 父や母にして貰ったように弟達を抱き締めるには、まだレオンの腕は足りない。
それでも、少しでも良い、幼い弟達を寂しさから守ってやりたい。


「スコール、ティーダ、エル。ほら、もう大丈夫。皆いるから、な?」


 一人きりなら寂しい夜でも、二人きりで怖い夜でも。
三人固まっても温もりが足りない夜でも、四人で一緒になれば。


「今日は、皆で一緒に寝よう。ベッド、ちょっと狭くなるけど、良いよな?」


 柔らかく微笑みかける兄に、小さな弟達と、甘えたがりの妹は、その目に一杯の涙を溜めて頷いた。



 ────どんなに寂しい夜が来ても、手を繋ぎ合って、寄り添い合って皆で眠れば、きっと、夢の中でも一つになれる。






レオン15才、エルオーネ11才、スコールくん・ティーダくん7さい。

もう子供じゃないけど、大人でもない事にやきもきしてるレオン。
しっかりしなきゃと思いながら、まだ時々甘えたくなるエルオーネ。
一杯一杯愛して欲しいスコールとティーダ。
支えて、支え合って、寄り添い合って成長中。