一人ぼっちのたからもの


 右に、左に。
傾けると、きらきらとした雪が舞って、小さなブリッツボールがふわふわと泳ぐ。
それを見詰めている時だけ、いつも元気で賑やかなティーダが、じっと大人しく静かになった。

 ソファにティーダと並んで座って、絵本を読んでいたスコールは、ちら、と隣の子供を覗き見た。
ティーダはソファの背凭れに背中を埋めて、手の中できらきらとした雪を見詰めている。
窓辺のテーブルでは、エルオーネが勉強をしていて、キッチンからは夕飯の準備の音が聞こえていた。
リビングの中はとても静かなもので、とんとんとん、と言うリズムの良い包丁の音と、エルオーネが問題に悩んでコツコツとテーブルをシャーペンの先でノックするのが聞こえる位。

 スコールは、なんとなく、静かな世界を壊すのが気が引けていた。
だから隣の子に声をかける時、無意識で声は小さなものになる。


「ティーダ」
「……んー?」


 絵本で口元を隠して、子供の名前を呼ぶと、少し気のない返事があった。
マリンブルーは相変わらずきらきらの雪を見ていて、スコールの方を見ようとしない。

 スコールは、ティーダの手の中にある、きらきらの雪を見た。
雪は丸い球の中にあって、台座のようなものに乗せられている。
ティーダは台座を持って、ゆらゆらと傾けながら、きらきらの雪を眺めていた。
そんなきらきらの雪を、スコールは、ティーダがバラムに来るまで見た事がなかった。


「…それ、なあに?」


 時々ティーダが取り出して眺める度、疑問に思っていた事。
訊ねてみると、ティーダはやっぱり雪を眺めたままで、答えた。


「スノードーム」
「すのーどーむ?」
「うん」


 オウム返ししたスコールの言葉に、ティーダは頷いた。
そうしてようやく、海の青がスコールへと向けられる。


「きらきらしてるの、雪みたいだろ」
「う、ん?」
「だからスノードーム」


 スコールは雪を見た事がない。
バラムは熱帯気候の島で、年中を通して温暖な気温が保たれているので、冬になっても雪が降る事はないのだ。
ただ、テレビでトラビア大陸やガルバディア大陸の冬の様子を見る事はあったから、“雪”と言うものは知っている。

 雪って、きらきら光るのかな。
テレビで見たのは、真っ白だった気がするけど、ティーダはきらきらの雪を見たのかな。
ことん、と首を傾げるスコールの疑問に、答えてくれる人はいない。

 ティーダは、またスノードームを眺めている。
いつも元気なマリンブルーが、この時だけはとても静かで落ち着くので、スノードームってそんなものなのかな、とスコールは思った。
よく判らないけれど、でも、きらきらしているものを眺めていると、時間を忘れてしまうのは、スコールにもままある事だった。

 じっとスノードームを眺めるティーダの横顔を見ていたら、スコールもスノードームを見たくなった。
けれど、スノードームはティーダの手に包まれて、横からではあまりよく見えない。


「ティーダ、それ」
「ん?」
「それ、貸して」


 僕も見たい。
そう言って、絵本から手を離したスコールを見て、ティーダはぱちりと瞬き一つした後で、


「やだっ」


 そう言うと、ティーダはスノードームをスコールから遠ざけて、自分の体で隠してしまった。
思いも寄らなかったティーダの言葉に、スコールがきょとんとして首を傾げる。


「どうして?」
「…なんでも」
「見せてよ」
「ダメ」


 取っ付かせもしないティーダの態度に、スコールはむっとして眉を寄せた。
珍しく怒った気配を滲ませる大きな青灰色を見て、ティーダが一瞬怯んだように固まったが、直ぐにスコールを睨み返す。

 スコールは絵本を置いて、ティーダにじりじりと近付いた。
ティーダはじりじりと後退するが、ソファの肘掛に当たって行き止まり。
睨んでくるマリンブルーに構わず、スコールはティーダの上に乗って、背中に隠してあるスノードームに手を伸ばした。
ティーダが腕を目一杯に伸ばして、スノードームをスコールから遠ざける。
スコールはティーダに乗ったまま、目一杯腕を伸ばして、スノードームを追い駆けた。

 ソファのじたばたとした気配に気付いて、ノートを睨んでいたエルオーネが顔を上げる。
そして、じゃれ合っているにしては和やかではない雰囲気の弟達を見て、目を丸くした。


「スコール、ティーダ!何してるの!」


 咎める姉の声を聞いて、二人の子供がびくっと固まる。
その拍子に、ティーダの手からスノードームが滑り落ち、

 ────ゴツン。

 硬いガラス球がぶつかる音がして、球体が床に転がった。





 刻んだ人参を沸騰した鍋の中に入れた所で、リビングの方から、弟達を咎める妹の声がした。
一体どうしたのかと、レオンは鍋の火を一旦消して、リビングに出る。


「エル、どうした?」


 問いかけに対する返事はない。
エルオーネは窓辺のテーブルに添えられた椅子から腰を上げた所で固まっていて、栗色の瞳が大きく見開かれている。
視線を追ってソファを見れば、ティーダの上にスコールが乗っていて、二人揃って頭上に腕を伸ばしていると言う状況。


「スコール?ティーダ?」


 どうした、ともう一度訪ねても、弟達は何も言わない。
青と蒼の真ん丸の瞳は、床の一点を見詰めていた。
更にそれを追ってみると、丸いスノードームが転がっている────台座と分離した状態で。

 さあああああ、と音がしそうな程に、ティーダの顔色が真っ青になって行く。
レオンが転がっていたスノードームと台座を拾うのと、ぱしん、と言う音が鳴ったのは同時だった。


「ティーダ!」


 エルオーネの叱る声がする。
レオンが弟達を見ると、赤い頬のスコールが目を見開いたまま硬直していて、ティーダが大粒の涙を浮かべてスコールを睨んでいる。


「スコールのバカ!大っ嫌いだ!」


 小さな子供の声が、静まり返った部屋の中に木霊した。

 呆けたように見開かれていた青灰色に、ティーダと同じ大粒の涙が浮かび上がる。
それは幾らも堪えられないまま、ぼろぼろとスコールの赤くなった頬を濡らした。


「ふえ…えっ……うわぁあぁぁあああああん!」


 響いたスコールの泣く声に、レオンは我に返った。
エルオーネも慌ててソファに駆け寄り、スコールを宥めようと、ダークブラウンの髪を撫でる。
スコールはぎゅうとエルオーネにしがみ付いたまま、声を上げて泣き続けた。

 ティーダは、まだスコールを睨んでいる。
レオンはそんなティーダの腕を引っ張って、自分の方へ向き合わせた。


「ティーダ」
「………ぅ……」


 眉を吊り上げて見詰める兄に、ティーダの口から堪えた声が漏れる。


「叩いたら駄目だろう。痛いってお前も知ってる筈だ」
「だって」
「だってじゃない。理由がなんでも、暴力は駄目だ」
「ひっ…、ひぐっ、……うわぁあああああああん!」


 スコールに負けず劣らず、大きな声で泣き出したティーダに、レオンは吊り上げていた眉を下げる。
どうにも、泣かれてしまうと、弱い。
しかし、原因がどちらにあったにせよ、相手を傷付けてしまう、叩いてしまう事はいけない事だと、きちんと叱らなければならない。

 レオンは一つ息を吐いて、泣きじゃくるティーダの肩に手を置いた。
力任せに掴みはしなかったが、一度だけ、怯えたようにティーダの薄い肩が跳ねたのが判った。


「何があったか、ちゃんと話せ」
「ひっ…ひぐっ、ひうっ……おれっ、おれ、悪くないもん、スコールが、スコールが」
「僕じゃないもん。ティーダがいじわるするから!」
「してない!」
「したもん!」
「それじゃ判らない。ほら、落ち付け。ちゃんと深呼吸して……」
「スコール、貴方もそんな言い方しないの。ほら、顔、きれいにしよ。ね?」


 とにかく一先ず二人を離そう、と言うエルオーネの計らいに感謝しつつ、レオンはティーダを抱き上げてソファに座った。
スコールはエルオーネに手を引かれ、覚束ない足取りで洗面所へ向かう。

 ケンカ相手がいなくなって、レオンと二人きりになると、ティーダは怯えたように身を固くした。
顔からは涙も涎も鼻水も出ていて、レオンは豪快だな、と零れそうになる苦笑を堪え、ソファ横のチェストに置いていたティッシュを取った。


「ほら、」


 鼻に当てると、ちーん、と鼻を噛むティーダ。
丸めたティッシュをゴミ箱に捨てて、新しいティッシュでティーダの顔を拭く。


「いいか、ティーダ。何があったのか、俺もエルも詳しくは知らないけど、叩いたりするのは駄目だ。そういうものは、全部お前自身に返って来る。痛いのは嫌だって、お前も思うだろう?」
「……ひっく…ひっ……ふ…う……」
「それに……なあ、ティーダ。俺は、お前とスコールがケンカをするのを見るのは、好きじゃないな。お前達には、仲良くしていて欲しい。そうしたら、俺もエルも嬉しいから」


 怯えたように見詰めて来る海の青。
それを見詰め返し、レオンは努めて、柔らかい声でティーダに言った。
ティーダはそれを、ぐす、ぐす、と赤くなった鼻を啜りながら聞いている。

 洗面所の方から、スコールの泣く声が聞こえる。
あちらの様子も気にはなるが、きっとエルオーネが上手く宥めてくれるだろう。

 レオンの膝の上にいたティーダが、視線を逸らした。
それからまた泣き出しそうな顔をするので、レオンはティーダの視線を追ってみる。
すると、ソファの上に寂しげに転がるガラス球と、台座があった。
レオンがガラス球を手に取って持ち上げると、ゆらりと中の水が揺れて、きらきらとした吹雪が舞う。


「………こわれちゃった………」


 ティーダが呟いて、ひく、と喉を鳴らす。

 このガラス球───スノードームは、ティーダの宝物だった。
今は離れて暮らす父が、たまに息子の下に戻って来た時に渡す、生まれ故郷ザナルカンドからの土産物。
育ち盛りの子供であるからと、いつもは食べ物ばかりを持って帰るジェクトが、数月前に戻って来た時、珍しく食べ物以外で渡した土産が、このスノードームだった。

 きらきらと光る雪の中で泳ぐ、小さなブリッツボール。
スノードームを眺めている時のティーダは、きらきらと光る雪よりも、専らこのブリッツボールを追い駆けていた。
それを見て思い浮かべるのは、父親の事。
寂しさが助長されるからか、スポーツニュースに出演する父の顔すら見たがらないティーダだが、やはり父を連想させるものに恋しさを覚えるのだろうか。
いつも元気で明るいティーダが、小さなブリッツボールを見詰めている時だけは、とても静かだ。
見詰めるその青の瞳に、幼い寂しさを浮かべている事に、レオンは気付いていた。

 じわ、と大きな瞳に再び涙が浮かぶのを見て、レオンはティーダを自分の胸に抱き寄せた。
ぽんぽんと頭を撫でてやれば、ぐす、ぐす、と愚図る声。


「これ、スコールが壊しちゃったのか?」


 問い掛けると、ふるふる、とティーダが首を横に振る。


「違う……オレが、落としたの……」
「じゃあ、どうしてスコールに怒ったんだ?」
「……だって…スコールが、これ、見たいって言うから……やだったから……ダメって言ったら…スコールが、怒って……取ろうとするから……だから、落として」


 スノードームはバラムにも売られているが、土産物屋の隅にちょこんと置かれているだけだし、基本的に土産物屋に用がないので、レオンもエルオーネも殆ど立ち寄らない。
いつも兄と姉の後ろをついてくるスコールも殆ど入った事がないだろうから、スノードームを見た事もなかっただろう。

 きらきらと光るものが好きなのは、子供にはよくある事だ。
スコールも、ビー玉やおはじきを宝物のように集めていたし、露天商が扱っているアクセサリーを飽きずに眺めている事もある。
同じような気持ちで、スコールはきらきら光る雪が降るスノードームに興味を持ったのだ。

 レオンは、胸に顔を埋めるティーダを見下ろして尋ねた。


「どうして嫌だったんだ?」
「………だって……これ、オレのだもん……」


 心なしか、ばつが悪そうな声でティーダは答えた。

 成程、子供心の独占欲か。
ティーダの言葉を、レオンはそう解釈した。

 きらきら光る雪、ぷかぷか浮かぶ小さなブリッツボール、父親からの贈り物。
大好きなものが詰め込まれたスノードームは、ティーダにとって何物にも代えられない程の、大事な大事な宝物。
宝物は宝箱に入れて、誰にも見せないで、自分だけのものにしていたい。

 ティーダは、レオンの手にあったガラス球に手を伸ばした。
小さな手では収まりきらない大きさのガラス球の中で、ゆらゆらとブリッツボールが揺れている。
このガラス球は、台座に乗せて固定されて置かれるようになっていたのだけれど、台座の方はまだソファの上でぽつんと転がっている。


「どうしよう……こわれちゃった。父さんに怒られる。父さんに嫌われる……ひっく…ふえ、え、え、」


 折角買って来てくれたのに、折角、折角、父から貰ったのに。
それがこんな事になってしまって。

 何度目かの大粒の涙が、またティーダの頬を濡らした。





 僕じゃない。
僕は悪くない。
繰り返すスコールに、うん、とエルオーネは繰り返して頷いた。


「僕、なんにもしてないもん。見せてって言っただけだもん」


 ティーダが飽きずに眺めていた、きらきらの雪が降るスノードーム。
いつもじっとしている事が嫌いなティーダが、夢中になって眺める位だから、自分も一緒に見たくなった。
だから「見せて」と言っただけだったのに、あんな意地悪を言われるなんて思わなかった。

 ……だからムキになって、ティーダからスノードームを取ろうとしたのだ。


「僕、悪くないもん……」


 ぐす、ぐす、と泣きじゃくるスコールに、エルオーネは眉尻を下げた。


「うーん……」
「悪くないもん。悪くないぃ……うええぇぇえん……!」


 エルオーネの悩む声に、自分の味方がいなくなったと思ったのだろう。
スコールは再び声を大にして泣き始め、悪くない、と繰り返す。

 エルオーネはスコールを抱き寄せて、ぽんぽんと背中を撫でてやった。
しかし、いつもならそれで幾らか落ち着いてくれる筈のスコールは、この時ばかりは一向に泣き止まず、いやいやと首を横に振ってエルオーネにしがみ付いて来るばかり。
自分の味方がいなくなってしまうのが嫌なのだろうスコールに、エルオーネは大丈夫だよ、とダークブラウンの髪を撫でた。


「うん、判ってる。判ってるよ、スコール」
「ひっく…ひっく……」
「でもね、スコール。無理やり取ろうとするのは駄目だよ」
「だってティーダが」
「うん、それは、ね。ティーダもちょっと意地悪だったけど。でも、無理やり取るのは、やっちゃ駄目」


 スコールだって、誰かに突然オモチャを奪われるのは嫌だ。
それが気に入っているものなら尚の事、大好きな宝物ならもっと嫌だ。

 あのスノードームは、ティーダの一等のお気に入りで、宝物だ。
見せて、と言うスコールに、理由も言わずに嫌だと言ったティーダも悪い所はあるけれど、人のものを奪うのは絶対に良くない。


「ねえ、スコール。あのスノードームはね、ティーダが凄く大切にしてるものなんだよ。それは、知ってるよね?」


 エルオーネの言葉に、スコールは姉にしがみついたまま、小さく頷いた。


「見せてって言ったスコールに、イヤって言ったのも、大事な物だったからなの。取られたくないって思ったの」
「取らないもん。貸してって、見たかっただけだもん」
「うん。でもティーダは、それで、スコールが気に入っちゃったら、取られちゃうって思ったんじゃないかな」
「取らないもん……」
「うん、そうなんだけど、」
「見るだけだもん!ちゃんと返そうって思ってた!」


 エルオーネの言葉に、自分ばかりが悪い子にされていると思ったのだろう、スコールが大きな声で叫ぶ。
間違えちゃったかな……とエルオーネは眉尻を下げて、もう一度言葉を考え直す。


「スコール。私は、スコールが人の宝物を取っちゃうような、悪い子だって思ってないよ。でもね、ティーダがイヤって言ってるのに、無理やり取ろうとしたら駄目。スコールも、大事にしてるカード、ティーダに無理やり取られたりしたら嫌でしょ?」
「……うん…」
「だからね、ごめんなさいしに行こう?無理やり取ろうとして、ごめんなさいって」


 促すエルオーネに、スコールはぎゅう、としがみ付く。
小さな声で「ぼく悪くない…」と呟くのが聞こえた。


「スコール。私、スコールとティーダが、ケンカしたままなのは、嫌だなぁ」


 囁くように呟くと、スコールがそろそろと顔を上げる。
エルオーネは、涙でくしゃくしゃになったスコールの顔を覗き込んだ。
兄と同じ青灰色は、不安そうで、まだまだ泣きそうなまま、じっと姉を見詰めている。


「私ね、スコールとティーダが仲良くしてるの、好きだよ。スコールは、ティーダと仲良くするの、もう嫌になっちゃった?」


 ────大っ嫌い、とスコールに向かって叫んだティーダ。
叩かれて赤くなっていた筈の頬は、涙を拭っている間にあちこち赤らんでしまって、もう何処なのか判らなくなっている。
それでも、スコールはその感覚を覚えているのか、泣き出しそうな顔で頬に手を当てた。

 ティーダのあの言葉は、一時の感情に任せただけのものだ。
けれど、その言葉は相手に深く突き刺さって、長く長く居座ってしまう。
大っ嫌い、とティーダに言われたスコールが、同じ言葉をティーダに対して抱いてしまっても、不思議はない。


「スコール、怒らないから、正直に言ってね。スコールはもう、ティーダの事、嫌い?」


 目を合わせて問い掛ける。
すると、スコールは少しの間の後で、ふるふる、と首を横に振った。





 何度目かの大粒の涙を浮かべるティーダ。
レオンは、くしゃくしゃと金色の髪を撫でてやる。


「大丈夫だ、ティーダ。壊れちゃったからって、ジェクトは、お前の父さんは、お前を嫌いになったりしない。それより、ほら。スコールとケンカをしただろう。その方が、きっと父さんはびっくりするぞ。お前の父さんも、お前とスコールが仲良くしてるのが好きなんだから」
「ひっく……ほんと……?」
「ああ。だから、スコールに謝ろう」
「………」
「それともティーダは、スコールとケンカをしたままでもいいのか?」


 レオンの言葉に、ティーダはぶんぶんと首を横に振る。
よし、とレオンがもう一度ティーダの頭を撫でて、顔を上げさせると、赤くなった目がレオンを見上げた。

 洗面所の方から足音が聞こえて来て、エルオーネとスコールがリビングに戻ってきた。
スコールは、エルオーネの背中に隠れるようにぴったりとくっついて、恐る恐る、此方の様子を伺っている。
レオンはティーダを床に下ろして、ぽんっと軽く背中を押してやった。
ティーダはととっと蹈鞴を踏んだ後、リビングの真ん中で気まずそうに立ち尽くす。


「ほら、スコール。行っておいで」


 エルオーネに肩を押されて、スコールが前に出る。
丸いブルーグレイが不安そうにエルオーネを見上げたが、エルオーネは柔らかく微笑むだけで、スコールと一緒に進もうとはしない。

 おずおずと、スコールがティーダに近付いた。
どちらも相手の顔を見れないようで、目線が右に左に泳いで、落ち着かない。
何度か、ティーダがレオンを、スコールがエルオーネを見たが、二人はそれぞれの場所から見守っているだけ。

 すぅ、とティーダが思い切るように息を吸って、


「たっ…叩いてっ…叩いて、ごめん、なさいっ」


 響いた大きな声に、スコールが驚いて目を丸くする。


「えっと、それから、えっと、…い、いじわる、して…ご、ごめん……」


 それから、えっと、えっと。
ぐるぐる考えて言うべき言葉を探すティーダを見て、スコールも少しずつ、強張っていた肩から力が抜けて、


「……僕も……ごめん、ね……無理やり取ろうとして……」


 ぽつぽつと、小さな声で紡がれた言葉に、ティーダがぱちりと瞬きを一つ。
それから、海の青にじわりと大きな雫が浮かぶ。


「う…うぅう〜……」
「ふぇ……う〜……」


 二人一緒に涙ぐんで、二人一緒に堪えるように口を噤む。
そんな弟達にエルオーネが歩み寄って、よく頑張りました、と二人の頭を優しく撫でる。
すると、二人一緒にエルオーネに抱き着いて、ぐすぐすと泣き出してしまった。


「よしよし。えらいね、ちゃんとごめんなさい出来たね」
「ふえ、おねーちゃ…おねえちゃぁん……」
「ティーダ。私もごめんね。大きい声出して、驚かせちゃったもんね」
「エル姉ちゃん、悪くない…」
「僕らがケンカしたんだもん…」
「ありがとう。ごめんね、スコール、ティーダ」


 緊張の糸が解れたのだろう、弟達の泣く声を聞きながら、レオンは手に持っていたものを重ね合わせて、少し捻る。
かち、と手元でしっかりと嵌る感覚があった。


「スコール、ティーダ。こっちに来い」


 レオンの呼ぶ声に、エルオーネに抱き着いていた二人が小さく震える。
遠目に向けられた二対のブルーは、怖々とした色を宿していて、また叱られるのではないかと怯えているのが判った。
そんな弟達に、レオンは柔らかく笑みを浮かべてみせる。

 エルオーネに促されて、二人がソファに戻ってくる。
きゅっと小さな手で姉に縋る二人に、レオンは背に隠していたものを差し出した。


「あ」
「あ……」


 其処には、きちんと台座に嵌められた、ガラス球。
きらきらと光る雪の中で、ブリッツボールがふわふわ泳ぐ。


「直った?」
「もう壊れてない?」
「ああ。二人がちゃんと仲直りしたからな」


 レオンの言葉に、スコールとティーダは顔を合わせ、ぱあ、と嬉しそうに破顔する。

 レオンはソファを下りて、床に膝をついた。
そうすると、小さな弟達と目線の高さが同じになる。
真正面から見詰める兄を見上げる青と蒼は、ようやく、いつもの明るさを取り戻しつつあった。


「ティーダ。これは、お前の宝物だ。だけど、宝物だからって、独り占めばかりしてると、つまらないぞ」
「……?」
「…?」


 静かな声で言った兄に、スコールとティーダは揃って首を傾げる。


「宝物は、確かに、自分一人のものにして、大切にしまっておきたくなるものだ。でもな、スコール、ティーダ。宝物は、誰かと一緒に大切にした方が楽しいぞ」
「誰かと、一緒…?」
「そうしたら、宝物を眺める時も、誰かと一緒に出来るだろう。そういう楽しい事や嬉しい事は、一人でやるより、誰かと一緒の方が何倍も楽しくなる筈だ」


 そう言ってから、レオンはスノードームをティーダの前に差し出した。

 きらきらと光る雪と、ブリッツボールを閉じ込めたガラス球。
ティーダがそれを受け取ると、隣からじっと見つめる視線があって、見てみれば、直ぐに青灰色が気まずそうに逸らされてしまう。
……その様子が、なんだか無性に寂しさを感じさせた。


「スコール」
「……」


 ティーダが名前を呼ぶと、スコールはおずおずとして、此方を見た。


「えっと……これ、一緒に……見る?」


 ティーダの言葉に、スコールはぱちりと瞬きをした後で、嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。
それを見たティーダがレオンを見れば、くしゃくしゃと頭を撫でられる。

 でも、その前に、二人とも顔を洗おうね。
そう言ったエルオーネに連れられて、洗面所に向かう二人を見送って、レオンもキッチンに戻ったのだった。





些細な事でケンカもしますよ。子供だもの。
お兄ちゃんお姉ちゃんがいてくれて良かったね。

ジェクトからすれば、(程度はあるけど)取っ組み合いのケンカする位でも丁度良かったりする。