海、空、無限


 遊びに対する子供の体力は、無尽蔵なものだ。
一頻り泳いで海を堪能すると、次はビーチバレー。
レオンとスコール、ティーダとエルオーネに分かれて勝負すると、ティーダが中々強いボールを打ったものだから、レオンは少し驚いた。
とは言っても、16歳になったレオンが本気を出せば、8歳のティーダやスコールが叶う筈もないので、やはり其処は手加減する。
取れるボールをわざと取らなかったり、明後日の方向に飛ばしたり。
スコールも一所懸命に兄やティーダ、エルオーネについて行こうとするが、何度顔面ブロックしたか判らない。
いつもならそれで泣き出すスコールだったが、今日は楽しくて仕方がないらしく、顔面ブロックにもきゃらきゃらと笑っていた。

 ビーチボールを楽しんだ後は、レオンが作ったサンドイッチを食べて、小休止。
遊んで、満腹になって、子供は直ぐに眠くなってしまい、ピクニックシートの上で一眠り。
エルオーネも、二人の寝顔を見ている内に夢の世界に旅立ち、レオンだけがずっと起きていた。
魔物の気配は遠くにちらほらと、沖の方でもフォカロルが跳ねているのが見えたが、持って来ている魔石のお陰で、近くには寄って来ない。
お陰で、レオンものんびりとした休憩時間を過ごせた。

 30分程の休憩時間を挟んでいる間に、レオンは持って来ていたビニールボートに空気を入れた。
大の大人が2人、寝そべる事が出来るだろうビニールボートだ。
レオンは、スコール達が目を覚ました後で、それを海へと入水させた。


「ボート!ボート!」
「お兄ちゃんが引っ張ってくれるの?」
「ああ」
「わーい!」
「ボートボートー!」


 高い声を上げながら、スコールとティーダが嬉しそうにボートに乗り込む。
レオンは、そんな弟達の後ろで、エルオーネが少し羨ましそうに見ているのを見付け、


「エルも乗れ」
「え……でも、私まで乗っちゃったら、その……重い、でしょ?」


 もじもじと恥ずかしそうに言ったエルオーネに、レオンは笑った。


「そんな事ないぞ。お前一人くらい増えたって、そう大して変わらないさ」
「ん……そう…?」
「ああ。スコールとティーダも、エルが一緒の方が良いだろ?」
「うん!」
「お姉ちゃん、一緒がいい」


 兄と、二人の弟の言葉に、エルオーネが嬉しそうに頬を綻ばせる。
そっとボートに乗り込んで、重みでボートが傾かないように、真ん中に座る。
その両隣に、スコールとティーダが座った。


「よし、行くぞ」


 ビニールボートの縁に括り付けられている、太いロープの一端を握って、レオンは海底を蹴った。
ざあっと水飛沫が立って、ボートが進む。

 力強く水を掻き分けて泳ぐレオンの背中で、子供達のはしゃぐ声が響く。


「レオンすごーい!」
「お兄ちゃん力持ちー!」
「ほら、ティーダは乗り出しちゃダメ!落ちちゃうよ!」
「ヘーキヘーキ!」
「あっ、わっ、」
「スコール、こっちにおいで。滑っちゃうよ」


 平泳ぎで進むレオンの動きに合わせて、ボートが強く引き寄せられて揺れる。
リズム良く揺れるボートに、ティーダが元気にはしゃいで、ボートの前に乗り出す。
エルオーネの咎める声も聞かず、ティーダはレオンが掻いた水が降りかかって来るのが楽しいらしく、ボート中央に戻ろうとはしない。
そんな元気な弟に、エルオーネは「もう!」と眉を上げつつ、隣でバランスを崩しているスコールの肩を拾って抱き寄せた。


「お兄ちゃん、どこまで行くの?」
「─────ん、そうだ、な」


 弟の声に、レオンが泳ぐ手を止め、立ち泳ぎをしながら振り返る。
軽く息が上がっているレオンに、エルオーネが「大丈夫?」と声をかけると、レオンは息を整えながら、ボートと繋がったロープを握った手を上げる。


「もう大分、岸から離れたし……この辺りでいいか?」
「うん!」


 これ以上離れれば、戻る時にレオンが苦労する。
流石に辛いと思って提案したレオンに、ティーダとスコールも頷いた。


「お兄ちゃん、ボート、乗る?」
「いや、大丈夫だ。俺が乗ったら引っ繰り返りそうだしな」


 大人が2人が定員のボートに、今はスコールとティーダとエルオーネが乗っている。
小柄なエルオーネと、まだ小さな弟二人だから三人乗っても大丈夫なのだ。
それなりに体格が大きくなったレオンが乗ったら、沈んでしまいそうだった。

 少し残念そうに眉尻を下げるスコールに、レオンはボートの縁に腕を乗せ、くしゃくしゃとダークブラウンの髪を撫でる。

 ボートは穏やかな波に揺られている。
空から落ちて来る太陽の光は、相変わらずぎらぎらと暑いけれど、冷たい水なら此処には幾らでもある。
暑いね、と誰かが言う度に、誰かが水を掬ってぱしゃぱしゃと跳ねさせて遊んだ。


「レオン、レオン。海の中、魚いる?」
「ああ、いるぞ」
「じゃあ俺も海入る!」
「危ないよ、ティーダ。此処、凄く深くて足も届かないのよ」
「ヘーキ!俺、泳げるもん!」


 そう言って、ティーダがボートの上で立ち上がる。
その勢いが良過ぎたのが、この時ばかりは裏目に出た。
足下は浜辺や港の桟橋にいる時のように、しっかりとしたものではない。
踏みしめた筈の字面の柔らかさに驚いて、ティーダがバランスを崩し、ボートの上で転んでしまう。

 ティーダ、とスコールが転びそうになったティーダの手を掴んで、二人揃ってそのまま倒れる。
柔らかいビニールボートが大きく波打って、子供達の体が跳ねた。
慌ててエルオーネとレオンが弟達に手を伸ばすが、

 ────ドボン、と水飛沫が三つ。


「スコール!エル!ティーダ!」


 波飛沫が落ち着いた時には、無人のボートがぷかぷかと浮いているだけ。
レオンは蒼白になって、直ぐに息を吸い込んで海の中に潜った。

 何処までも遠く広く続く、果てのない海の中で、小さな子供達がもがいている。
レオンは、一番近くにいたティーダの腕を掴んで、水面まで急上昇する。


「────ぶはっ!」
「はっ…く……っ」


 ティーダの体を持ち上げて、ボートに乗せてやる。
げほげほと噎せ返るティーダを宥めてやりたかったが、そんな余裕はなかった。


「ティーダ、其処にいろよ。じっとしていろ。いいな!」
「レオ、」


 言い付けて、返事を待たずにレオンは再び海に潜る。
気泡を探して辺りを見回すが、それらしいものが見付からない。
まさか、と嫌な予感が過ぎって、レオンは直ぐにそれを追い出した。

 魔物に襲われる事は、多分、ない筈。
エルオーネもスコールも、レオンやティーダと同じように、魔物避けに魔力が籠められた魔石を首にかけている。
しかし、持っているのは炎と冷気の魔力を籠めた魔石だ。
海に生息する魔物の大部分が嫌う、雷魔法の力はない。
魔物以外にも、人を襲う大型の魚もいるし、そもそも2人の息がどれ程持つか。
早く見つけなければ、大変なことにあんる。

 悪い事を考えると、悪い事を口にすると、それは現実になってしまうのだと、誰かが言っていた。
だから嫌な事はなるべく頭の中から追い出して、そんな未来が現実にならない為に、大切な存在の姿を探す。

 ────その時、頭の中で、ノイズのようなものが鳴った気がした。
こんな時に、と煩わしさで眉根を寄せていると、こぽん、と泡が弾ける音と、


『─────』


 “何か”が聞こえたような気がした。
探し求める子供達の声かとも思ったが、水の中でそんな音が聞こえる訳がない。
それでも、藁を掴む思いで振り返って、


(────エル!スコール!)


 暗い水の中で漂う2人を見付けて、レオンは一度上昇した。
足りなくなった酸素を吸い込み、限界まで肺に取り込むと、不安げに自分を呼ぶ子供に答える余裕もなく、三度目の潜水。

 海の真ん中で浮かぶ2人は、丸くなったまま動かない。
小さな気泡が時折揺らめくのが見えたが、瞼は閉じられており、少女の腕は子供を抱き締めて離そうとしない。
きっと、海に落ちて直ぐに弟を捉まえて、守らなければと思ったのだろう。

 細い腕に閉じ込められたスコールと、エルオーネの2人をまとめて抱え、レオンは海面を目指す。
腕に抱えた重みが理由ではなく、無性に空が遠く見えて、レオンは無我夢中で水を蹴った。


「────っは……!」
「レオン!」
「はあっ、は……エル、おい、エル!スコール!」


 腕に抱いた2人の名を呼び続ける。
ふる、と2人の長い睫が震えて、ぼんやりとした瞳が覗いた。


「ん……」
「エル!」
「ん…けほっ、えほっ…!」
「スコール!」


 霞がかった栗色がレオンを見上げ、その傍らでスコールが水を吐き出して咳き込んだ。


「ティーダ…く、スコールを、頼む…っ!」


 エルオーネの固く閉ざされていた腕を解かせ、スコールを片腕で持ち上げる。
ティーダのようにボートの上に乗せるまで、抱えてやる事は出来なかった。
代わりにティーダがスコールを抱くように捕まえて、ボートの上まで引き上げる。

 スコールがボートの上で丸くなって咳き込み、ティーダがその背中を摩ってやる。
レオンは、茫洋としたエルオーネを抱き寄せて、名前を呼びながら背中を少し強く叩いてやる。
すると、エルオーネもスコールと同じように咳き込んで水を吐き出した。

 エルオーネを抱き上げてボートの上に乗せてやると、仰向けにして顎を持ち上げ、気道を確保する。
エルオーネは少しの間短い呼吸を繰り返した後、もう一度水を吐き出した。


「レ、レオン、どうしたらいいの」
「ちょっと…ちょっと待て、今思い出すから」


 夏休み前、ガーデンの課外授業で水難救助を習った事を、レオンは必死で思い出していた。
意識はある、水は吐き出した、呼吸も正常、後は────


「ティーダ、スコールを寝かせてやれ。仰向けにして、自分に近い方の腕を開かせて……肩と腰を掴んで、ゆっくり横向きにしろ。上になった腕、あるだろう、そっちの手を顔の下に挟ませるんだ」


 レオンの言う通り、ティーダはスコールの体を動かして、回復体位を取らせてやった。
レオンもエルオーネを───レオンは水上にいるので、時間はかかったが───回復体位にさせて、呼吸が正常に戻って行くのを確認する。

 レオンは其処で体の力が抜け落ちそうだったが、此処は海の真ん中である。
まだ安心する訳には行かないと、自分を奮い立たせて、ボートのロープを握った。


「陸に戻る。なるべく揺らさないように努力はするけど……下手をしたら2人がボートから落ちてしまうかも知れない。ティーダ、2人を支えていてくれるか?」


 レオンの言葉に、ティーダがこくこくと頷いた。
小さな両手は、それぞれスコールとエルオーネの手を握っている。

 レオンは目元に張り付いた髪を掻き揚げて、あと一息、と大きく息を吸って水を蹴った。




 レオンがボートを引いて海岸まで戻った時には、スコールもエルオーネも落ち着いていた。
この状況まで持って行けば、一番疲労しているのはレオン一人と言う状態だ。

 泳ぐ必要のない程、浅い場所まで着いて、レオンは海底に足を下ろした。
水を蹴り続けた足は、ずっと水中にいた事で体温が下がってしまったのも原因の一つだろう、もう殆ど感覚がない。
後少し、と自分に言い聞かせ、騙し騙しで足を動かす。

 水面がレオンの膝の高さにまで下がった所で、ボートに乗っていたティーダが下りた。
レオンの隣に並んで、小さな手でボートのロープを掴み、一所懸命に引っ張って行く。


「ティーダ、」
「ん、うっ…俺、のっ、せい、だからっ、」


 無理しなくて良い、と言おうとしたレオンを遮って、ティーダが言った。

 海から陸に戻る間、泳ぐ事に必死だったレオンは気付いていなかったが、ティーダは声を上げずに泣いていた。
海の怖さ、水の怖さと言うものは、ザナルカンドにいた頃、ブリッツボールの競技中の不慮の事故などをニュースで聞いていたから、少なからず知ってはいたのだ。
けれど、自分自身がそんな危険な目に遭うとは思ってもいなかったし、その上に自分の行動の所為で大切な人まで巻き込んでしまうとは考えた事もなかった。
レオンのお陰で皆無事に助けて貰う事が出来たけれど、レオンが疲労困憊しているのも判った。
───全部自分が余計な事をしなければ、こんな事にはならなかったのだと思うと、涙が止まらなかった。

 目尻に浮かんだ涙を、ごしごしと腕で拭いながら、ティーダはボートのロープを引っ張る。
そんな子供に、レオンは小さく笑みを浮かべて、一つ強くロープを引いた。


「────っはぁ……ふぅ、…」
「お兄ちゃん、大丈夫…?」


 ロープが白浜に乗った所で、両手を膝に立てて息をするレオンに、スコールが恐る恐る訊いた。
レオンが振り返ると、海の上で見た時はぼんやりとしていた青灰色が、今は明瞭な光を取り戻している。
エルオーネも起き上がり、けれど頭痛でもするのか、ゆるゆると頭を振っていた。

 一先ず、全員が無事。
それだけを実感して、レオンはその場に座り込んだ────いや、へたり込んだと言った方が正しいか。
疲労の度合いを思えば、倒れ込まなかったのが不思議と言われても可笑しくはない。

 座り込んだ兄に、スコールが駆け寄る。
まだ足下は少し覚束なかったが、支えが必要な程に危なっかしくはない。


「お兄ちゃん、」
「……ああ。無事で良かった、スコール」


 小さな手が伸ばされてくるのを見て、レオンは安堵の息を吐いた。
ぎゅう、と縋り付いて来る弟を抱き締めて、濡れたダークブラウンの髪をそっと撫でてやる。
ぐす、と鼻を啜るのが聞こえた。

 ぱしゃん、と水の跳ねる音がした。
見ると、エルオーネがボートから下りて、スコール同様に少し足元を縺れさせながら歩み寄ってくる。
頼りない足下を白波が攫って、ぐらりと揺れた彼女の体を、慌てて駆け寄ったティーダが支えた。


「ありがとう、ティーダ」
「……」


 ふるふる、とティーダが無言で首を横に振る。
何も言わないのは、口を開いたら声を上げて泣いてしまいそうだったからだ。

 青の瞳に揺れる雫を見て、エルオーネが眉尻を下げて笑う。


「もう大丈夫だよ、ティーダ。心配してくれてありがとう」
「……っ」
「ティーダも、怖かったね。怪我してない?」


 こくこく、とティーダが首を縦に振った。
それがティーダの我慢の限界で、海を映したような青い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。

 エルオーネがティーダを抱き寄せて、金色の髪をぽんぽんと撫でてやる。
ぐす、ぐす、とティーダが鼻を啜って、


「っ…ひっ……んぐっ……さ、い……」
「うん?」
「ひぅっ…ひ、っ…ご、めん、な、さいっ…ごめん、なさ…っ」


 泣きじゃくるティーダに対し、恐らく、保護者として自分達が言うべき事は沢山あるのだろうと、レオンもエルオーネも感じていた。
けれど、自分がはしゃいだ所為だと言う事も、怖い思いをした事も、ティーダはきちんと自分で理解して、反省している。
改めて追い打ちをかけるような事は必要ないだろう。
言うべき事は、子供達が落ち着いてからゆっくり話せば良い。

 俺も甘かったしな、とレオンは、少しずつ静かになって行くスコールの涙声を聞きながら思う。
何かあっても自分が助けてやれば大丈夫、と考えていたのだが、こんなにも大変な事になるとは。
そうした考え自体が、甘えや油断であり、絶対にしてはならない事だったのだろう。
子供だけで、監視者のいない海に行く事も、救命具も持たずに沖まで泳いだ事も、全部自分の認識の甘さが招いた事。
二度と弟達を危険な目に合わせない為にも、海の危険と言うものも、万一の時の行動についても、考え直す必要がある。

 レオンは、スコールの髪を撫でて、小さな声で訊いた。


「スコール、海、怖くなったか?」


 泳げないのに海の只中に放り出されたのだ。
元々、顔に水を付けるのも怖がっていたスコールだから、これがトラウマになっても可笑しくないだろう。
けれど、ガーデンでのプール授業はこれから毎年続けられるし、毎年怖い思いをさせるのも可哀想だ。

 しかし、スコールはゆるゆると首を横に振った。


「びっくりした、けど……」
「本当か?」
「……うん。海、遊ぶの…楽しかったもん」


 海に投げ出された時、エルオーネに抱き締められて、息を詰めてじっと蹲るしかなかった時は、とても怖かった。
抱き締める姉の腕も、どんどん強張って冷たくなって、息苦しくなって、頭の芯がぼんやりとしていくのを感じるのも、怖かった。
けれど、もう一つの強くて確りとした腕に抱き締められた時、朧がかった意識の中で、「大丈夫」と言われたような気がした。

 ティーダと一緒に波打ち際で遊んでいる時だって、楽しかった。
エルオーネに泳ぎを教えて貰うのも、スコールは好きだ。
怖い気持ちは消えないけれど、早く自分の力で泳げるようになりたいとも思う。
そうしたら、兄と姉とティーダと、皆一緒に泳いで遊べるようになるから。

 だから、楽しかったのは嘘じゃない。
これからも、海で皆と遊びたいと思っているのも、嘘じゃない。

 ────そう、真っ直ぐに見詰めて、はにかむように笑って言ったスコールに、レオンも口元を綻ばせた。


「………そうか」


 良かった、と小さな体を抱き締める。
ぎゅっと抱き返してくる小さな体の力強さに、レオンはほっと息を吐いた。




 あわや海難事故になろうかと言う出来事の後は、誰も海に入ろうとはしなかった。
休憩した後、スコールとティーダが波打ち際で白波と戯れている位のものだ。
レオンとエルオーネは、白浜に敷いたピクニックシートに座って、波で遊ぶ弟達を眺めていた。

 海向こうから吹く風に肌寒さを感じたのは、空が夕暮れ色に染まった頃の事。
鞄に入れていた時計を確認すると、いつもならそろそろ夕飯になると言う時間になっていた。


「…レオン、ご飯、どうするの?」


 作るなら手伝うけど、と言ったエルオーネだったが、2人とも疲れ切っているのは判っていた。
レオンは少しの間考えるように頭を掻くと、


「昨日の残り、何かあったと思うんだが」
「お野菜の炒め物ならあったよ。でも、ティーダが足りないと思う。スコールも…今日は一杯遊んだし」
「冷凍庫に……ナゲット、残ってたか。今日はそれでいいか」


 いつもレオンの料理を楽しみにしてくれている弟達には悪いが、今日はレオンも手の込んだ料理を作る気力は残っていない。
そんなレオンのメニューの提案に、エルオーネも頷いた。


「あと、ホットドッグもあったよ」
「そんなもの買ったか?」
「スーパーの出来合いものなんだけどね。この間、ティーダが食べてみたいって言ってたから、買っておいたの。一応、人数分買ってあるよ」
「じゃあ、足りなかったらそれだな」


 これで夕飯のメニューは決まり。
若しかしたら、夕飯すら食べずに帰って寝落ちてしまうかも知れないが。

 さくさく、と砂を踏む小さな足音が近付いて来る。
見ると、スコールとティーダが手を繋いで兄姉の下に戻って来ていた。


「お兄ちゃん…」
「エル姉ちゃーん……」


 心なしか元気のない2人の声は、遊び疲れなのだろう。
遊びに関する子供の体力は無尽蔵だと言うが、やはり疲れていない訳ではないのだ。
テンションのピークをとうに過ぎている事もあるだろう、2人は眠そうに目を擦っている。

 レオンが腰を上げると、スコールが抱き着いて来た。
寄り掛かるように体重を預けて来る弟に、鞄から出していたタオルを被せ、全身をきちんと拭いてやる。
エルオーネもティーダを傍に呼び、寝落ちそうなティーダに声をかけてやりながらタオルを被せてやった。


「楽しかった?ティーダ」
「うん」
「また来ようね」
「うん」
「ジェクトさんも一緒に」
「……うん」


 こくん、こくん、と頷くティーダは、殆ど何を言われているのか判っていないのだろう。
それでも、父の名を聞いた時、心なしかティーダの頬が綻んだように見えた。

 きちんと海水を拭き取ったら、シャツとパーカーとズボンを着せてやる。
家に帰ったら風呂に入らせて、きちんと髪も洗わないといけないのだが、果たして二人はそれまで起きていてくれるだろうか。

 ピクニックシートを片付けて、レオンは鞄を肩にかけた。


「────さ、帰るぞ」
「……うん」
「ティーダ、歩ける?」
「うん……」


 レオンとエルオーネが促すと、スコールとティーダはふらふらと歩き出した。
手を繋いで先に進むように示すものの、目一杯遊んだ小さな弟達の体力は、すっかり底をついてしまったらしい。


「エル、もう少し頑張って貰えるか?」
「うん、大丈夫。ほら、ティーダ」


 レオンの言葉に頷いたエルオーネは、ティーダの前にしゃがんで背中を差し出した。
ティーダが其処にぽすんと乗ったのを確かめて、エルオーネはよいしょ、と踏ん張って立ち上がる。

 レオンも、鞄をずらして体の前に回すと、膝を折ってスコールに背中を向けた。
スコールはごしごしと目を擦りながら、兄の背中に乗る。
数ヶ月前よりも重くなった弟の体重を感じながら、レオンは立ち上がる。


「エル姉ちゃん、お腹空いた……」
「もうちょっと待ってね。おうちに着いたら、ご飯の準備するからね」
「うん……」
「…お兄ちゃん、僕、泳げるようになる…?」
「ああ。また今度、教えてやるからな」
「ん……」


 兄と姉の言葉に、弟達のそれぞれぼんやりとした声が帰って来る。
耳元で聞こえるその声が、レオンとエルオーネには愛しくて仕方がない。

 レオンの首に回されていたスコールの腕から、力が抜けて行く。
肩越しに背中を見れば、極度の精神的疲労と、安堵感のお陰だろうか、スコールの瞼が閉じかけていた。


「おにいちゃん……」
「…寝て良いぞ。もう怖い事はないから」
「……うん……」


 兄の言葉にスコールは小さく息を零して、そのまま目を閉じた。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえて来て、レオンは小さく笑みを零す。
其処へ、エルオーネの柔らかい声。


「レオン。ティーダ、寝ちゃったみたい」
「そうか。……スコールもだ」


 兄と姉の背に揺られて、小さな弟達はすっかり夢の中。
それぞれの顔を覗き込んでみれば、楽しい夢を見ているのか、2人とも口元が緩んでいる。

 足元の感覚が、砂浜の柔らかさから、土地面の固いものに変わる。
2人が向かう先には、通い慣れたバラムガーデンの校門があり、バス停の看板が静かに佇んでいる。
遠くに聞こえるカモメの鳴き声が、夕暮れ特有の寂しさを運んでくる気がした。


「レオン」


 妹の呼ぶ声に、レオンが振り返ると、其処にはエルオーネが立っていて、


「また来ようね。皆で」


 そう言った彼女の表情は、夕暮れの逆光の影になって見えなかったけれど、それでも笑っているのが判ったから、「ああ」とレオンは頷いた。

 細く、長く伸びた二つの影は、見えなくなるまで、ずっと傍に寄り添い続けていた。





皆で海!
スコールとレオンはインドアだけど、ティーダはアウトドアだからきっと行きたがると思う。
エルは……皆が行きたいって言ったら行くよ〜って感じのようです。

楽しい思い出も出来たけど、子供達だけで海に行ったら危ないよ!って事を実感したお兄ちゃんでした。