潮騒の初め 自宅にて


 肉が食いたいと言うティーダの我儘に根負けして、スコールは夕飯の料理に急遽ソーセージを追加する事にした。
冷蔵庫の奥にあったソーセージが賞味期限前だったので、今の内に消費してしまえば良い。

 斜め切りにしたソーセージを熱したフライパンで軽く炒めて、蜂蜜を入れた溶き卵に絡めながら焼く。
卵が焦げ付かないように、固まって来たら直ぐに皿に移して、ケチャップを回し掛けにした。
粗熱が取れるのを待つ間に、新年用の料理を盛り付けた重箱をリビングへと運んだ。

 リビングでは、ティーダが冬休みの課題に頭を抱えている真っ最中だった。


「うああああ……全然判んないっス〜……っつか、なんで新年の初日から課題なんかやらなきゃいけないんスか……」
「今まで手を付けてなかったからだろ」
「そーなんスけど〜……」


 冬休み課題として出されたプリントを下敷きにして、ティーダが机に突っ伏す。
新年を迎えて新たな門出を、と息巻くのは良い事だが、先ず前年から残した負の遺産を片付けなければ話にならない。
しかし、ティーダの課題は遅々として進んでいなかった。

 居住が隣り合っている事、幼い頃から一緒で気心知れた仲である為、ティーダは冬休みになってからほぼ毎日のようにスコールの家を訪れる。
午前中はブリッツボール部の部活で、バラムガーデンに赴いて温水プールを利用して練習している事が殆どだが、部活を終えて帰って来ると、向かうのは自宅ではなく幼馴染宅。
と言うのも、基本的に出不精な性質であるスコールの事、冬休みだからと言って活発的になる事はなく、大抵、家の中でのんびりと過ごしている。
つまり、スコールの家では、日中はほぼずっと、空調がオンになっていると言う事だ。
年明けまでジェクトが帰る予定がなかったティーダの家は、彼がいないと無人となる為、空調もオフになる。
冷え切った家に一人で帰りたくないと、ティーダは必ずスコールの下を襲撃するのである。
ついでに夕飯もあり付けるので、万々歳なのだ。

 スコールは、自分の家でテレビやゲームに興じるティーダに、度々「課題は終わったのか」と訊ねていた。
その都度、ティーダは「まだだけど大丈夫」と言っていた。
しかし、冬休みが後一週間で終わると言う今日になっても、彼は課題を半分も終わらせていなかった。
昨日、レオンに「終わった課題持って来てみろ」と言われ、蒼白になり、明日───つまり今日───から決められたページ数を消化させるまでゲームは禁止、と言うお達しを貰ったのであった。

 半泣きの顔で頭を掻き毟る幼馴染の姿に、だから言っていたのに、とスコールは溜息を吐くしかない。


「……夕飯の後で、少し教えてやる」
「マジっスか!スコールぅう、愛してるっス〜!」
「抱き着くな!そんな事してる暇があったら、早くやれ!」
「今はもう無理っスよ、頭破裂する〜」


 縋りついて来るティーダを振り払おうとするスコールだったが、抱えたままの重箱が邪魔で敵わない。
スコールは重箱をテーブルに置くと、すぱん、とティーダの頭を叩いた。


「……痛いっス。スコール、冷たい」
「自業自得だ。もう出来ないのなら、早く片付けろ。夕飯だ。レオンもそろそろ帰って来る」
「うーっス」


 テーブルに散らばっていた教材と問題集を早々と片付け、隅に寄せる。

 キッチンから夕飯を運んで並べるスコールを眺めながら、ティーダは唇を尖らせた。


「スコールはもう終わったんスか?冬休みの課題」
「年末前に終わらせた」
「写させて!」
「却下」
「ケチ!」
「ソーセージ要らないんだな」
「嘘です、ごめんなさい」


 キッチンから持って来た、粗熱の取れたソーセージをキッチンに戻そうと踵を返すスコールに、ティーダは即座に頭を下げて謝る。
食を受け持つ人間の権力に、ティーダが逆らえる訳がなかった。

 かちゃん、と玄関の鍵が開く音がして、二人は顔を上げた。
玄関を開けてレオンが帰宅する。


「ただいま」
「お帰り」
「おかえりー」
「挨拶、終わったのか」
「ああ。参拝も済ませて来た。ついでにディンおばさんに鍋を貰って来た」


 レオンは手に下げていたビニール袋から、発砲スチロールの深皿を三つ取り出した。
蓋つきのそれをスコールが受け取ると、まだほんのりと温かい。


「帰ったら夕飯だからと言ったんだが、それなら夕飯に食べてくれと言われてな。断り切れなくて」
「スープあるんだけどな……ティーダ、どっちが良い?」
「鍋!」
「じゃあ、スープは明日の朝に食べるか…」


 既に用意していた人数分のスープを取り上げ、キッチンの鍋の中に戻す。


「ディンおばさん、こんな時間まで鍋売ってたんスか?」
「いや。出店や屋台はもう粗方畳まれていて、売れ残りを皆に配っていた所だった。だからこれ、結構出汁が沁み込んでると思うぞ」


 鍋の底の方だから、と言うレオンに、ティーダが嬉しそうに鍋皿を覗き込む。

 キッチンに行っていたスコールがリビングに戻り、席に着く。
レオンもジャケットをハンガーに掛け、長い髪を項で無造作に束ねてから椅子に座った。


「頂きます」
「頂きます…」
「いただきまーす!」


 全員が揃うのを待って、手を合わせて食事の挨拶をするのは、幼い頃からの決まりだった。
明日は此処にエルオーネが加わって、代わりにレオンがいない。
だが、週末にはレオンも仕事を終えて帰るから、昔のように四人揃って食卓を囲む事が出来るだろう。

 スコールがまだ温かな湯気を立てている鍋に口をつける。
昼間、水神参拝の後に食べた物と同じだが、長い時間鍋の底で沈殿した出汁が沁み込んでいるからだろう、あの時よりもずっと味が濃い。
はふ、と咥内の熱を逃がすように息を吐いたスコールに、レオンが眦を緩めた。
その隣で、ティーダが要望のソーセージに齧り付いて舌鼓を打っている。

 ヴーン、とレオンの携帯電話が震えて、メールの着信を知らせる。
箸を置いて取り出すと、差し出し人はジェクトだった。


「ジェクト、明日の夕方にはこっちに帰るそうだ」
「夕方……エルと一緒に帰るのか?」
「ああ。都合が付けられそうだと」
「うえっ」


 判り易く顰められるティーダの表情に、スコールは溜息を吐き、レオンは眉尻を下げる。
宥めるように金髪をくしゃくしゃと宥めると、拗ねた目がレオンに向けられた。


「お帰りと、新年の挨拶くらいは言ってやれ」
「……別にいいっスけどー、それ位。お年玉欲しいし」
「それが目当てか」


 鍋を啜りながら呟くティーダに、スコールが呆れたように言った。
レオンはくつくつと笑みを零す。


「理由はなんでも良いさ。二人とも、迎え頼んだぞ」
「ん」
「はーい」
「それから……今年も宜しくな」


 スコールとティーダが顔を上げると、柔らかな青灰色が其処にある。
二人は微かに赤くなった頬を誤魔化すように、ティーダは鼻頭を掻いて、スコールは兄から目を逸らす。

 スコールは赤い頬を手で隠すように拭いながら、うん、と小さく呟いて、


「…今年も、宜しく…お願い、します」
「お、よ、宜しくお願いしますっ!」


 たどたどしく、赤らんだ顔で挨拶を返したスコールを見てに、我に返ったティーダも背筋を伸ばして言った。
そんな弟達の様子にも、レオンは温かな眼差しを浮かべるのだった。




今年も一年、[絆]シリーズを宜しくお願いします。