ネーム・シェイク


 自宅で愛剣の掃除を終えて、分解した機構部を組み立て直している時だった。
ネジを締めている最中、どうにも締まりが甘いような気がして、眉根を寄せる。
ネジが悪いのか、ネジ穴が悪いのか、将又気の所為かを確かめる為に、締めるネジを同型のものと取り替えてみる。
改めて機構部を組み立ててみるが、やはり思うようにネジは締まってくれず、ネジ穴が劣化している事が判った。

 機構部を組み立て直したレオンは、愛剣を持って庭に出た。
基本的に平穏な街であるから、武器類を手にしている人間など早々いない為、人目に着くと何事かと騒がれる事にもなり兼ねない。
が、今日は平日の昼間とあって、居住地区になっている家の周辺は静かなものであった。
弟と隣家の少年はガーデンで学生生活をしているし、少年の父は、昨日ザナルカンドから帰って来たばかりで、まだ惰眠を貪っている事だろう。
家の正面は道路と海があるだけで、人通りもなく、人目を心配する事はない。

 それ程広くはない庭で、レオンはガンブレードを構えた。
グリップを握り、一回、二回、三回と素振りを繰り返し、三回目のタイミングに合わせて、トリガーを引く。
弾倉には何も入っていないので、シリンダーが回る音と、撃鉄がガチッ、ガチッ、と言う音を鳴らすだけ。
それでも、手許に伝わる感覚が、馴染んだものと僅かに異なるのが判って、レオンは再度眉根を寄せた。


(前に調整に出したのは、確か───……)


 リボルバーを外し、空の弾倉を厳めしい顔で見詰めたまま、レオンは記憶を巻き戻す。

 ガンブレードはその構造の特殊性と複雑さから、扱いが難しい上、定期的なメンテナンスが必要となる。
掃除程度なら素人でも出来る事はあるが、内部の細々とした所までは手が届かないし、部品の修繕等は素人仕事で済ませる訳には行かない。
しかし、昨今、ガンブレード使いは滅多にいない為、ガンブレードを本格的に修繕・調整できるジャンクショップは少なかった。
バラムの街にあるジャンクショップも、ガンブレードの取り扱いは専門外なので、外国まで出張らなければならない。
仕事を終えた後、ガルバディア、エスタ、ザナルカンド等のジャンクショップに立ち寄り、少しの間預ける事もあるのだが、掃除から部品交換、持ち主の手癖に合わせた細かい調整となると、一日から二日はジャンクショップに預けなければならない。
仕事の後、急ぎ家に帰りたいレオンとしては、それは少々難しい。

 思い返したレオンは、前にガンブレードを調整に出してから、既に三ヶ月が経っている事を思い出した。
その間にあった仕事には、警護や警備任務は勿論、危険度B級以上を対象とした魔物討伐の任務もあった。


(そろそろ確りとしたメンテナンスをしないと不味いか)


 SEEDと言う仕事柄、荒事は着いて回るものである。
その時に頼りにしている武器を不調のまま放置している訳には行かない。

 家に戻ったレオンは、ガンブレードを専用のケースに入れると、携帯電話で会社から届いたメールを確認する。
次の仕事が入っているのは明後日なので、今日中にガンブレードを調整に出せば、明日の夕刻に取りに行ける計算だ。
明日が無理でも、任務地はデリングシティなので、其処に向かう途中で回収する事が出来る。

 ガーデンで授業中であろう弟に、出掛ける旨のメールを送って、レオンはガンブレードケースを手に家を出た。
向かうのは、大陸横断鉄道の走るバラムステーションだ。




 バラムステーションで昼食用のサンドイッチを買って、電車に乗る。
島国バラムとガルバディア大陸を繋ぐ路線は、海底トンネルを走っている為、景色を楽しめる時間は至極少ない。
バラムから直通で行ける、ガルバディア大陸の玄関口とも言えるティンバーまでは、片道3時間程度の余裕があるので、睡眠か読書で時間を潰す人が多い。
レオンも例に漏れず、サンドイッチを片手に、バラムステーションで買った新聞を読んで、ティンバー駅への到着を待った。

 ティンバーはガルバディア大陸の東端にある街で、旧くは独立国の“森の街”と言う異名があった。
しかし、森や天然ガス等の資源の多さから、十七年前のエスタ〜ガルバディア戦争の折、戦禍に巻き込まれる形でガルバディア領となった。
その際、当時のガルバディア軍による凄惨な事件が多発した為、ティンバーの人々からガルバディアに対する評価は最底辺と言って良い。
更にはティンバーの人々が最も誇りにしていた森の、伐採による減少、その後の手当等もなく放置されている所為で、益々ガルバディア政府への風当たりは厳しくなっている。
エスタ〜ガルバディアの戦争が終わった今でも、ガルバディアはティンバーの資源を頼りにしている為、ティンバーの街を手放すつもりはないようだが、ティンバー側は独立を望む声が多く、レジスタンス活動も活発になっている。
この為、ティンバーの街の治安は決して良いとは言えないが、ガルバディア大陸の全域に渡って広がる鉄道網が集合し、乗り換えに利用されるとあって、異国の人々に対してまで態度が厳しくなる事は少ない。

 レオンはティンバー駅で電車から降りると、市街地へと向かう。
ティンバーの街は、各方面へと発着する鉄道に加え、街の中を走る電車も多い。
忙しなく行き交う電車を乗り換え、乗り継いで、レオンが目指したのは、ティンバー・マニアック社と言う出版会社のビルに並列した、平屋造りの小さなジャンクショップだった。

 小さな起き看板のみを設置した、如何にも寂れた風のジャンクショップだが、腕は確かと評判だ。
機械関係の修繕ならば、ほぼ全てを請け負い、依頼人の希望にも応えてくれるので、口コミで広がった評判を目当てに来る客も多い。
となれば、それなりに設けてもいる筈なのだが、店主はそうした事には全く興味がないらしく、利益は専ら入手し難いジャンクアイテム・テンプレートでは賄えないオーダー部品の購入や、個人的な趣味───それも仕事に繋がる機械弄り───に費やしているのだそうだ。

 レオンが店の玄関扉を開けると、扉上に取り付けられているベルがチリンチリンと音を立てた。
その音を聞いて、退屈そうに受付口のテーブルに俯せていたショートカットヘアの少女が顔を挙げる。
少女は判り易く退屈そうな顔をしていたが、レオンの姿を認めた途端、ぱっと破顔した。


「レオン!いらっしゃーい!」
「邪魔するぞ、ユフィ。シドは奥か?」
「うん。呼んでくるからちょっと待ってて」


 少女───ユフィは口早にそう言うと、駆け足で店の奥へと消えて言った。
高くよく通る少女の声が一言二言聞こえた後、戻って来た彼女の後ろに、ゴーグルを嵌め、煙草を咥えた男性がついて来る。
目元を完全に隠していた男性がゴーグルを外すと、初老の皺を刻んだ顔が露わになった。

 ユフィに急かされながら、少々面倒臭そうな顔をしていた男だったが、レオンを見付けると渋い表情は直ぐに消える。


「なんだ、お前だったか」
「ああ。久しぶりだな」


 簡潔な挨拶もそこそこに、男は壁に取り付けている棚の引き出しを開け、がさがさと書類を探る。
取り出した一枚の紙には、レオンの名前と、所持しているガンブレードに関する詳細が記載されている。
男はそれを手に、受付口で待つレオンと向き合い、


「前に来たのは……三ヶ月前か。月一で来るのは無理ってのは判るが、もうちょっと早く来れねえか?仕事が仕事なんだからよ」


 咥え煙草のまま、呆れたように、しかし半分は諦めたように言う男に、レオンは眉尻を下げるのみ。
ガンブレードのメンテナンスの重要性について、レオンも判っていない訳ではないのだ。
だが仕事の都合を思うと、やはり一日二日をかける本格的なメンテナンスは難しい。
男もそれを理解しているが、職業柄、言わない訳にもいかないのだろう。

 レオンがガンブレードケースをテーブルに置く。
蓋を開けると、男はガンブレードを取り出し、機構部をじっと睨む。
受付の横に置かれていた小さな棚を手探りで開け、時計見ルーペを眼窩に嵌めて、機構部を覗き込んだ。
男の眉間にじわじわと皺が浮かんで行くのを見て、レオンは肩を竦める。


「やっぱり、大分行ってるか?」
「ああ。お前、また無茶な使い方しやがったな」
「丁寧に使ってくれと言うのが無茶だ」
「まーな。しかし、トリガープルが緩んでやがるのはともかく、撃針に罅が入ってんのはどういうこった?」
「さあ、何処でどうしたんだったか……」


 思い当たる節が多過ぎて、と言うレオンに、男は溜息を吐く。
やれやれ、と言わんばかりの大きな溜息の後、男はガンブレードを受付奥の作業台に乗せる。


「取り敢えず、ざっと見る。其処でちょっと待ってろ」
「レオンー!コーヒー淹れたよ、どうぞっ」


 男の言葉にレオンが返事をするタイミングと重なって、店奥の給湯室に行っていたユフィが戻って来た。
トレイに乗せたコーヒーをレオンに差し出し、受付横の椅子に座るように促す。

 カチャカチャと小さな金属音が続く中、レオンは椅子に座ってコーヒーカップを傾ける。
ユフィの淹れるコーヒーは、豆の限界まで絞り出しているのか、いつも苦味が強い。
眠気覚ましには丁度良いかも知れないな、と思いつつ、レオンは少しずつコーヒーを飲んで、時間が経つのを待った。

 レオンがガンブレードを本調整する時、利用しているのは、いつもこの店だった。
煙草を咥えたままで作業をしている男は、店の主で、名をシド・ハイウィンドと言う。
重力に逆らって立った短い金髪に、作業用のゴーグル、服装は煤けた半袖シャツと、色落ちしたツナギの上着だけを脱いで、袖を腰に結び付けてまとめている。
ツナギのポケットやベルトには、作業に使う道具が納められ、足下は安全の為の鉄板仕込みのブーツと言うのが、ほぼ決まった井出達だ。
常に噛んでいる咥え煙草と、レオンや弟のスコールに負けず劣らず眉間に皺を刻んでいる事が多い(職業柄、目を酷使する事が多いからだろう)所為か、一瞬厳めしい雰囲気を感じる事もあるが、気の良い人物だ。
ジェクトと話が合いそうだ、とレオンは何度か思った事がある。

 性格は気風が良く、細かい事は気にしない。
居候になっているユフィからして「雑!」と言われるシドだが、仕事となれば話は別だ。
依頼される機械(大型・精密問わず)の修繕は勿論の事、持主の癖に合わせたカスタマイズも得意としている。
警察やSEEDのような特殊SPとなれば、愛用の武器類を自分用にカスタマイズする者も多いのだが、シドはそれらの依頼人から来る要望を見事にクリアして見せるのだ。
オーダー部品の調達等が必要な場合、価格は相応に上がるのだが、それでもシドにメンテナンスを頼む者は後を絶たない。
レオンも、そんな依頼人の一人である。

 居候になっているユフィは、生まれはイヴァリース大陸の北東部───アルケイディア帝国領にある、ウータイと言う部族集落らしいが、諸事情につき家出中、とのこと。
諸事情についてレオンは詳しく知らないが、家族とは手紙の遣り取りがあるので、家族との不和が原因ではないようだ。
シドから又聞きした分では、「何かの修行」との話なので、どうやらユフィ本人が言う“家出”ともまた事情は異なるらしい。
今はシドの下で、機械の構造や扱い方について学びつつ、店の受け付けと食事作りを対価に、居候生活をしている。

 レオンが二人の店を利用するようになったのは、三年前───レオンがSランクSEEDを取得したばかりの頃だ。
それまでは、任務地であるエスタやザナルカンドを中心に、大きな都市に赴いた時、飛び込みの店で急ぎのメンテナンス依頼をしていた。
ガンブレードの手入れは頼める場所が限られる上、飛び込みともなれば尚更数が少なく、大きな都市でもそれは変わらない。
持主に合わせた微調整まで依頼できる時間もなく、レオンは長らく、自分の手で可能な限りのカスタマイズと調整を行っていた。
お陰で技術知識もそこそこ身に付いたが、専門家でなければ手が出せない所や、無理なカスタマイズが祟って機構部に歪みが出来、武器本来の実力が発揮できない事もある。
そうなると、やはり本職の者にきちんと手入れして貰った方が良い、と思い到り、継続的に利用できるジャンクショップを探し、シドの店へと至る。
島国バラムに住んでいる以上、愛剣を遠い地に預けなければならない事は覚悟していたが、日帰りが可能なティンバーに店が構えられていた事は、レオンにとって幸運だった。
カスタマイズから微調整から、必要な事を全て行って貰うには、最低でも一日は預けなければならない。
ティンバーなら、大陸横断鉄道一本で往復できるし、任務がガルバディアやエスタ方面であれば、往路で回収して行く事も出来る。

 そうした都合の良い店でありながら、レオンが数ヵ月に一度しか訪れないのは、仕事の都合の所為だ。
レオンの仕事は比較的密集したスケジュールで回っており、討伐にしろ警護にしろ、必要となる武器は手放せない。
有給休暇を申請する暇すらない状態で仕事が入るので、レオンは愛剣をじっくりと整備する時間がなかった。
今日のように、二日間の連休に恵まれる機会がなければ、ガンブレードをジャンクショップに預ける事は出来ないのだ。

 コーヒーを飲むレオンの前に、クッキーを山盛りに乗せた器が差し出される。
顔を挙げると、「どーぞっ」とユフィが笑って言った。
一つ貰って齧っている間に、ユフィもさくさくとクッキーを平らげて行く。


「レオンさぁ、相変わらず忙しいの?」
「まあ、そこそこな」
「そこそこ?うっそだぁ。引っ張りダコで大忙しなんでしょ〜。テレビに出るのもよく見るし」


 確かにユフィの言う通り、レオンは忙しい。
SランクSEEDと言う肩書の所為か、期せずテレビに出演してしまう機会が多い所為か、レオンは有名だ。
名前も顔も知られているので、依頼人の中には、レオンを警護につける事がステータスと思っている者も、若干名、確認されている。
また、複数人でのチーム編成となる、式典などの警備任務に関しては、統率力の高さを買われ、総合的なリーダー役を任される事も多い。
こうした背景から、レオンに寄せられる仕事は、随分と先まで埋まっているのが常であった。
因みに、レオン以外にもSランクを取得しているものは三名いるのだが、彼等も魔物討伐任務や資材調達部の護衛任務等で忙しくしている。


「昨日もテレビで見たよ、レオンの顔。今正に注目の人!って特集やってた。ワイドショーみたいな奴で」
「…俺なんか特集するより、話題になる事は他に幾らでもあると思うんだが」
「そう言う話題を押し退けて、レオンの特集なんだよ。実際、面白かったよ〜。こんな感じでキリッとしてる顔ばっかりで、“冷静沈着で頼りになる”とか“世の女性の憧れ”とかナレーション入っててさ。テレビでレオンを見てる人には、そう言う風に見えてるんだなーってよく判った」


 指で目尻と眉尻を吊り上げ、眉間に皺を寄せて見せるユフィ。
それを直ぐに解くと、ユフィはけらけらと笑う。


「でもさ、アタシはレオンとこーやって話してるじゃん。そんでこうやってると、冷静とか世の憧れとか、そう言うのと全然違うなーってのがよく判るんだよね。だから見てておかしくっておかしくって」


 箸が転がるだけで可笑しい年頃の少女は、腹を抱えて如何にも楽しそうに笑っている。
テレビで流れるレオンと、目の前で見ている青年の印象のギャップがツボに嵌ったようだ。

 そんな彼女の後ろで、ガンブレードを睨んでいたシドが言う。


「テレビなんてのは、都合の良い所ばっか流すからな。テレビ映えするような場面ばっかり流してりゃ、そう言う事にもなるだろ」
「アタシはテレビで見るカッコイーって感じのレオンより、普段見てるレオンの方が好きだけどなー。そう言う特集ってないの?」
「プライベートに関わるような特集は、流石に会社が赦さねえだろ」
「えーっ。絶対面白いと思うんだけどな」


 不満げなユフィの声に、シドは無理だろうな、と言った。


「そもそも、特殊SPの特集が組まれるなんてぇのが可笑しいんだよ。ミッドガルにすりゃ、宣伝にもなって良いんだろうが、SPの顔がやたらと知られるってのは、褒められる事じゃねえんだから。……ま、ミッドガルは昔っから、社長が自分からテレビに出たりしてたし、あの英雄様をマスコミが持ち上げてる時もお好きにどーぞって感じだったし、メディアの扱い方は判ってるだろうけどな」


 確かにシドの言う通り、要人警護等を主任務とするセキュリティ・ポリスが可惜と顔を知られるのは、良い事ではない。
国によっては、要人警護任務に当たる人間の個人特定を防ぐ目的で、服装・髪型・髪色まで全て定める事もあり、替えの効かない瞳の色はサングラスやゴーグルで隠す徹底ぶりだ。
それに引き換え、ミッドガル社のSEED達は、服装にも髪型にも規定はない。
任務地で必要となれば各自で整えるが、それ以外は、最低限の身形整頓は不可欠として、個人の好みや動き易い衣装が許されている。
身体的特徴にも特に制限はなく、入社規定に定められている一定のスキルテストをクリアすれば、在学中の学生でも───危険度の高い任務からは除外され、警備任務を主として───SEED資格を得る事は出来る。
この為、ミッドガル社に属している人間の個人特定は、決して難しいものではなかった。

 それだけならば、他のセキュリティ会社でも当て嵌まる箇所はあるのだが、決定的な差がメディアへの露出度だ。
ミッドガル社は三十年以上前にバラム島に設立されたが、その時の社長は、現社長ルーファウスの父となっている。
ルーファウスが社長に就任したのは、今から二年前だ。
前社長はテレビや雑誌と言ったメディアに出演する事で、ミッドガル社の名を世界に広め、現在に至る知名度を築き上げた。
それと同時に、今現在も“英雄”の異名で知られているSランクSEEDのセフィロス───レオンにとっては先輩に当たる───を積極的に売り出し、SEEDがSPとして如何に優れているかを知らしめた。
当時のマスメディアによるセフィロスの扱いは、現在のレオンと同様で、セフィロスの顔は瞬く間に全世界へと広がったのである。

 ミッドガル社が何かとメディアを通じて宣伝を行うのは、現社長ルーファウスも変わらない。
父プレシデントと比べると、その頻度は減ったものの、有用と思えば利用しない手はないと考えるのがルーファウスである。
レオンのメディア露出も同様に考えており、SEED部門を統括するラザードも同様の考えらしく、余程SPとしてかけ離れた仕事でなければ、大抵の仕事は拒否せずに通していた。
その裏側で、レオンのプライベートに関する事は、レオン本人の弱味にもなってしまう為、余りに過度に踏み込んだものは、取材の依頼そのものを拒否するようにしている。
若しもパパラッチ紛いの取材行為でレオンや他SEEDのプライベートを探る気配があれば、社から直接圧力をかける事を公言している程だ。

 分別のある会社で良かった、とレオンは思いつつ、コーヒーカップを空にする。
ご馳走様、とコーヒーカップをトレイに戻すと、お粗末様、とユフィが言う。
その後で、ガンブレードを睨んでいたシドが曲げていた背を伸ばし、振り返る。


「ネジ穴は削れてるし、ネジも割れてる奴がある。シリンダー部分の掃除と部品替えは当然として……ブレードの刃零れと、フラーの歪み。グリップも歪んでるようだし、新調しちまうか。今と同じ型で良いな?」
「ああ」
「シリンダーは、同型で別の素材の奴が手に入ったが、どうする?試してみるか?」
「ガンブレードに合う別素材のシリンダーなんて、よく手に入ったな。今時、製造している所の方が少ないだろう?大体は鋳鉄だし……」
「ガルバディア軍はまだ研修用に使う部隊があるってんで、鋳型を残して使ってる工場があるからな。あと、お前がガンブレ特集に出たお陰で、これからまた需要があるかもってんで、しばらくは捨てる事はねえんじゃねえか。新素材の部品も、ガチで使ってるお前が愛用してくれりゃあ、信用性に繋がるし。加工用途は、ガンブレに限った話じゃねえしな。ただし、現時点で新素材を使いたいなら、お前相手でも料金は割高だ。手に入れるのにはそれなりに苦労したからな」
「それは、そうだろうな」
「クーリングオフは保証しとくから、向こう二ヶ月は取り替え無償で返金もする。お前なら、二ヶ月もありゃ、モノが自分に合う合わないは判るだろ?」
「ああ。それで、素材は何を使ってるんだ?」
「今使ってるのは、高炭素クロムだろ。今回のは、それプラスでニッケルの量が増やしてある。その所為で落ちた魔力エネルギーへの耐久を補う為に、シェルの魔石と氷魔石。かなり強度が上がってる筈だ」
「強度が上がるのは有難いが、重くなるんじゃないか?」
「そう大した差じゃねえよ。現物持って来るから、ちょっと待ってろ」
「アタシが取って来る!」


 助手らしく、ユフィがたたっと軽い足で店奥の作業場へ向かう。
レオンがそれを見送っている間に、シドは受付横の小さなメモ用紙を一枚取り、ボールペンで見積もりを走り書きした。


「メンテナンス全般と、お前用の調整で、大体こんなもんだな。で、シリンダーを新素材と取り替えるなら、追加でコレだけ。ま、割高っつっても、お前にゃ大した額じゃねえだろ?」


 並ぶ6桁の数字は、お世辞にも安いと言えないものだが、扱いの難しいガンブレードのメンテナンスとなれば、妥当な金額だ。
ついでに、レオンは俗に“高給取り”と揶揄される事もあるSランクSEEDである。
その割に遊ぶ為に使う金も殆どないので、貯蓄は十分であるし、命に関わる愛剣を手入れするのに金銭を惜しむ理由もない。

 今回に限ってレオンが悩む所と言えば、シリンダーを新素材と交換すると言う点だ。
シドの言う通り、金額については特に心配していないのだが、新素材とあって使用例がないのが気掛かりだ。
後で元に戻す事が出来るとしても、問題はそれまでの間、仕事に支障が出ないかと言う事。


「…決める前に、少し試せないか?」
「良いぜ。じゃ、ちゃちゃっと組み立てるから、ちょっと待ってな」


 そう言うと、シドは作業台に向き直り、分解していたガンブレードを手早く組み立てて行く。
削れたネジ穴は修復のしようがない為そのままに、割れていたと言うネジは新しいものと交換し、きっちりと締め直す。
たったっと軽い足音と主に、作業場から戻って来たユフィから新しいシリンダーを受け取って、シドはガンブレードを元通りの形に組み直した。

 準備を整えると、シドはレオンに受付横の階段を指差した。
地下へと降りるそれを下りて行くと、ぽっかりと開いた空間があり、屋内射撃場となっている。
其処からさらに奥へと向かうと、四方50メートルの広さを確保した、コンクリート詰めの部屋があった。
壁には通気用のや排水用のパイプの他、沢山のボタンが設置されている。

 レオンが入って来たドアと対角線上にあるもう一つの扉から、ガンブレードを持ったシドが入室する。


「弾ぁ幾つか持って来たが、お前のはあるのか?」
「いや、今日は持って来なかった」
「そんじゃ完璧なシミュレートは出来ねえか……ま、試しだしな。あんまり大技は使うなよ。お前のとこの会社と違って、うちはぶっ壊されたら修繕が大変なんだ」
「判っている」


 差し出されたガンブレードと弾丸を受け取って、レオンは部屋の中央へと向かった。

 取り出したシリンダーの形を、じっくりと見て確かめる。
手袋を口に噛んで外すと、レオンは新品の銀光を放つシリンダーの感触を確かめた。
弾を一つ一つ込めて、弾倉がすべて埋まり、シリンダーを嵌める。
グリップを握る左手にかかる重みは、手に馴染んだものよりも僅かに重くなっていたが、両手で確りと握ると然したる差はなくなった。

 一回、二回、三回と素振りをして、四回目からトリガーに指をかける。
ガンブレードを正眼に構え、目を閉じて呼吸を整える。
頭の中で出来るだけ繊細なイメージを組み立てて、襲い掛かってくる敵に向かって剣を振り、トリガーを引く。
二度、三度と同じ行為を繰り返して、その度に火薬の弾ける音と共に、グリップを握る手に振動が伝わった。


「どうだ?」


 シドの声に、レオンは瞼を持ち上げる。
思い描いていた影はなく、あるのはコンクリートの壁と地面と、じっと此方を睨むように伺い見ているシドだけだ。

 レオンはシリンダーを外し、半分に減った弾倉を見詰め、


「確かに重さは気にならない。だが、振動のブレが大きくて、手許が滑りそうだ。これだと、グリップも変えた方が良いかな…」
「グリップはどうせ新調するんだ。この素材を使うなら、それに合わせて調整してやる。で、次は威力だな」


 シドが壁のボタンを操作すると、床の一部に穴が開き、一本ずつ増えた丸太が横一列に並ぶ。
レオンは手元の感触を今一度確かめた後、しっかりとグリップを握り、床を蹴った。

 ガンブレードを振り上げ、一本の丸太に向かって袈裟懸けに振り下ろす。
手元に獲物の感触と抵抗が伝わると同時に、トリガーを引いた。
火薬の爆発音が響くと同時に、刀身と腕に強い振動が伝わるのを感じながら、レオンは剣を打ち下ろした。
ごろりと転がった丸太の切り口は、鋸の刃で削られたかのような軌跡が残っている。

 レオンは呼吸を一息で整えると、次の獲物へと走る。
一本ずつ数を増やしている丸太の束を、次々に切り捨てて行く。
横に、縦に、斜め切りにされていく丸太は、一分と経たずに全て床に転がされて行った。

 最後の丸太は、太いそれを10本束にしたもので、全て含めると横幅が1メートル弱にもなる代物だった。
レオンは足下に転がっていた丸太の破片を蹴って動線を整えると、空の薬莢を棄てて、魔力の込められた弾丸を一発だけ弾倉に籠める。
ガンブレードを正眼に構えて腰を落とすと、グリップを握る両手に闘気のオーラが集まり、グリップからガンブレードへと伝播して、光はまるで生物のようにガンブレードの内機構部の金属を辿って行く。
刀身の切っ先まで光が覆った状態で、レオンはゆっくりと呼吸を整え、強く床を蹴った。
金色の光をまとったガンブレードが丸太に食い込み、火薬の弾ける音と同時に魔力エネルギーが渦を巻いて、ガンブレードが発火した。
炎と闘気を宿した剣が、丸太を横一線に両断し、切り口から炎が広がって燃え上がる。

 丸太を全て切り終えたレオンは、足を止めて一つ深く呼吸をする。
じっとりと滲んだ汗を拭いながら、シリンダーを外すと、空の薬莢が床に散らばった。
一連の様子を咥え煙草で見ていたシドが、壁のボタンを押して天井のスプリンクラーを作動させ、炎上していた丸太が鎮火して行く。


「見てる分にゃあ申し分なさそうだが、どんな塩梅だ?」
「うん、問題ない。ブレの芯をもう少し固定する事が出来れば、今までと同じ調子で使えそうだ。魔力の伝導率も悪くない」
「ブレに関しちゃ、ちゃんとネジ締めりゃ違うさ。その後も調整もちゃんとやってやる。だが、魔力エネルギーの耐久は、お前の全力の行使に耐えられるかはちっと保証し兼ねる。念の為、今までと同じ高炭素クロムのシリンダーも渡しとくから、仕事中に使い勝手が悪いと思ったらそっちに取り替えとけ。自分で掃除が出来るんだから、取り替えるだけなら出来るだろ?」
「ああ。それじゃ、この状態で調整を頼む」
「おうよ」


 レオンはガンブレードをシドの手に渡し、上階へと戻る為に部屋を出た。
入れ違いにユフィが部屋へと入って行く。


「片付けか」
「うん」
「悪いな。大分散らかしてる」
「良いよー、別に。大きなものは床の下に落しちゃうから、アタシがやるのは掃き掃除くらいだもん。あっ、新素材、どうだった?」
「しばらく使わせて貰う事にした。調整、宜しくな」
「はーい、まいど〜っ」


 ユフィの元気の良い返事を聞きながら、レオンは階段を昇って行く。
閉じた扉の向こうから、がしゃんがらんと派手な音がするのは、いつもの事である。



 メモに走り書きしていた値段や、調整にかかる諸々の費用など、改めて計算し直した価格が電卓に弾かれて行く。
こうした点でかかる費用は、店主の人脈や、パーツが容易に手に入るか否かで若干の差はあるものの、何処のジャンクショップに頼んでも似たようなものである。
大きく差が出るのは、所謂技術費用と言う類で、店に因っては作業の一部を専門業者に委託する事もある為、その分費用が嵩む事もあった。
が、シドの店は全ての作業をシド一人───現在はユフィが手伝う事もあるそうだが───で賄う為、委託費用と言うものは滅多にかからず、他のジャンクショップに比べれば遥かに安価な方だ。

 一通りの計算が終わった数字を書き移した用紙に、レオンが判を押す。
前払いの半額をカードで支払い、ガンブレードのケースも預ければ、レオンは来た時に比べて随分とすっきりとした格好になった。


「んじゃ、引き取りは明日の夕方から夜。来れないなら連絡寄越せよ。お得意さんだ、預かり費はサービスしてやる」
「ありがとう。一応、明後日には仕事があるからな。出来るだけ明日の内に取りに来る」


 これで明日一日、レオンの手元に愛剣はない。
この後、明日付けの急ぎの仕事が入る可能性も否めないが、その時はミッドガル社の兵器開発部門から何か借りれば良いだろう。

 地下へと繋がる階段を上る音がして、ユフィが顔を出す。
ユフィはレオンがまだ店にいる事を確かめると、駆け足でカウンター前へと駆け寄った。


「ねえねえ、レオン」
「ん?」
「さっき思い出したんだけどさ。レオンって、バラムガーデンの卒業生なんだよね」


 唐突なユフィの問いに、レオンは「ああ」と素直に頷いた。
レオンの来歴は、SランクSEEDとなって以来、色々な所で取り沙汰される。
お陰でバラムガーデンの卒業生である事も、その前進とも言えるクレイマー夫妻が経営していた孤児院出身である事も、知る人は知る話であった。
レオン自身も特に隠すつもりはなく、質問されれば正直に肯定するようにしている。


「この間、テレビでガーデン系列の学校の特集やっててさ」
「ユフィは色々見てるんだな……」
「やる事サボってるだけだよ。おい、後で弾の在庫数えとけよ」
「はいはーい。えーっと、それでさ、」


 シドの言い付けにおざなりにも聞こえる返事をして、ユフィは直ぐにレオンに向き直る。


「バラムガーデンの学園長の名前って、シドって言うんだよね」
「ああ」
「レオンがうちの店を贔屓にしてくれるのって、その辺も関係してる?」
「まあ……なくはない、かな」


 この店を経営しているシド・ハイウィンドと、バラムガーデンを経営し、レオンの育ての親でもあるシド・クレイマー───偶然立ち寄った店に、育て親と同じ名前を持つ人間がいた事に、始めはレオンも驚いた。
苗字こそ違うものの、名前は綴りまで同じで、彼の名を呼び慣れるまで、レオンは密かに時間がかかったものである。
その反面、育て親と同じ名前のこの男に、こっそりと親近感を感じていたのも確かだ。
レオンがこの店に足を運ぶのは、シドの腕を信用していると言うのも確かだが、そう言った内情も少なからず関係している。

 曖昧ながらも質問に肯定で返したレオンに、じゃあさ、とユフィが質問を重ねた。


「こっちのシドと比べて、どう?」


 目の前のシドを指差して訊ねるユフィに、レオンはきょとんと目を丸くし、シドは判り易く眉間に皺を寄せた。


「…どう、とは?」
「例えば、似てるとか、似てないとか。あ、見た目がちっとも似てないのは知ってるよ、テレビで見たし」
「聞いてどうすんだ、そんなモン」
「別に意味はないよ。アタシがなんとなく気になっただけ」


 けろりとした貌で言うユフィには、言葉の通り他意はなく、気になった事を聞いているだけなのだろう。
シドは呆れたように溜息を吐いたが、ユフィに質問を止めろとは言わなかった。
吸い込んだ煙を吐いて、明後日の方向を向いてしまう。

 ねえねえ、と答えを急かすユフィに、レオンは考える。

 シド・ハイウィンドとシド・クレイマーが似ているか否かと聞かれれば、十中八九、先ず迷いなく「似ていない」と答えるだろう。
容姿は勿論の事、性格も真逆ではないだろうか。
気風が良く、少々気が荒いシド・ハイウィンドに対し、シド・クレイマーはいつでも穏やかな笑みを浮かべており、荒事とは程遠い。
シド・クレイマーは、孤児院を経営していた頃も、余り子供達と賑やかな遊びには参加しておらず───年齢や体力的な問題もあったのだろうが───、子供達が無茶をしないように微笑みながら見詰めている事が多かった。
若しもこれがシド・ハイウィンドならば、子供達と一緒になって追い駆けっこやかくれんぼに走り回ってくれるのではないだろうか。
エルオーネがイタズラを仕掛けたら、同じようなイタズラを仕返して、大人げないと孤児院の女の子達から猛抗議を食らいそうだ。
そんな光景を想像して、レオンは思わず噴き出した。

 くつくつと笑うレオンに、ユフィが首を傾げ、シドが眉間の皺を深くする。


「何笑ってんの?」
「いや……くくっ」
「おい、レオン。お前、妙な想像してんじゃねえぞ」
「悪かった。いや、別に悪いような想像をした訳じゃないぞ」


 弁解するレオンに、シドはなら良いけどよ、と言って煙を吹かす。
そんな傍らで、ユフィが焦れてレオンに答えを急かした。


「ねえ、どんな感じ?似てる?似てない?」
「ああ、うん……うん、似てないな。シド先生はもっと厳しいし」
「へ?」


 レオンの答えが意外だったようで、ユフィはぱちりと瞬きをして、首を傾げる。
彼女の脳裏に浮かぶシド・クレイマーは、穏やかな笑みを浮かべたふくよかな体系の男性で、レオンが言った“厳しい”と言う言葉とは結び付かない。


「こっちのシドの方が厳しくない?口煩いし、ガサツだし」
「口煩ぇのはお前がやる事やらねぇからで、ガサツは大きなお世話だ!」
「ははは……ユフィ、ちゃんとやる事はやらないと、後の宿題が溜まるだけだぞ?」
「あーあーあー聞こえなーい!」


 お叱りと宿題と言う単語に、ユフィは耳を塞いで大きい声を出し、レオンとシドの言葉に聞かない振りをする。
何の為に居候してるんだか、とぼやくシドに、レオンは肩を竦めるしかなかった。

 シドは煙を吹かして、話を戻すが、と言った。


「あの学園長が厳しいってのは、本当か?人が良さそうに見えるがな」
「優しい事に違いはない。だが、厳しい所もある。そうでなければ、沢山の子供を育てるなんて事は出来ないんだろう」


 言いながら、イデア先生も厳しかったな、とレオンは思った。
クレイマー夫妻は孤児院の子供達にとても優しかったが、厳しい所はとても厳しかった。
孤児院の子供達の母であったイデア・クレイマーは、好き嫌いの食べ残しを赦してくれなかったし、子供達が危ない事をすれば綺麗な顔を般若のような形相にして怒ったものだ。
シド・クレイマーも同様で、黒々とした瞳にじっと見詰められ、子供のした事、何が悪かったのかを淡々と話している時は、レオンも委縮する程に威厳があった。
平時、二人とも柔和な表情をしている事が多いだけに、ギャップもあって、子供達にはより鮮烈な印象で残っている。

 ついでに、シド・クレイマーは、温和に見えて意外とやり手だ。
孤児院の経営も、ガーデンの経営も、一筋縄ではいかない事ばかりで、大変な事も多いが、それでも彼は上手く切り抜けている。
彼が時折、大人特有の狡さを自覚し、子供達の質問攻めをのらりくらりとかわしていた事を、レオンは今も覚えている。
色々なものが渦巻く世界で、シドは上手い具合に周囲の手綱を捕まえ、操る術を心得ている。
それらを一切表に感じさせない表情や雰囲気に、孤児院の頃から夫妻の下にいるサイファー・アルマシー等は、彼を「タヌキ親父」と皮肉る事もあった。
そんな皮肉さえ、シド・クレイマーは笑顔一つで受け流してしまうから、サイファーはよく苦い表情を浮かべている。

 レオンの話に、ふぅん、とシドは納得したような声を漏らす。
その視線は未だに耳を塞いでいるユフィに向けられていた。
彼には子供も連れ合いもいないが、年齢を考えれば、ユフィ程の子供がいても可笑しくはない。
彼女との生活を振り返りながら、確かに優しいだけで子供を育てる事は出来ない、と思ったようだ。


「ま、そりゃそうだよな。締める所はきっちり締めねえと、ガキは何仕出かすか判らねえし」
「普段は凄く優しいから、そんな事も忘れて話をしているんだ。それだけに、叱られる時は凄く怖い。厳しい言い方とかをする人じゃないんだが、いつもの笑顔がなくなって、雰囲気と言うか……言い訳できないって言う感じが滲み出るんだ」
「お前も叱られた口か?」
「それは、もう。きちんと謝って反省すれば、直ぐに赦してくれるけど、それまでが怖かったな」


 レオンは悪戯をする子供ではなかったし、孤児院に来た時点で年上としての自覚があったので、遊んで叱られると言う事は滅多になかった。
しかし、見ていながらにして子供達の暴走を止められなかった時や、大人に頼れば良いのに自分が無理をしてしまった時、自分の体調不良を自覚していながら隠していた時は、こってりと絞られたものである。
更にレオンは、自分が無理を圧してしまう事に関しては、叱られている時にはきちんと反省していても、また同じ事を繰り返してしまう事が多々あった為、それも含めて注意されていた。

 今でも夫妻は、バラムガーデンで、子供達の成長を優しく、時に厳しく見守っている事だろう。
そう言えば、しばらく顔を見ていないな、と思いながら、レオンは財布を腰のポーチへと仕舞う。


「それじゃ、俺はこれで。後は宜しく頼む」
「おう」
「また明日ねー!」


 レオンが軽く手を挙げると、シドは同じように片手を上げ、ユフィは元気よく手を振って見送る。

 店を出ると、太陽はまだ高い位置にあったが、足下の影は長く伸びている。
今から電車に乗れば、バラムに着く頃には夕闇か、それすらも西空に沈んでいる頃だろうか。
スコールはもう家に帰っているか、夕飯の材料の買い出しをしている時間だ。
今日はティンバーまで出向いたとは言え、のんびりとした休日を過ごせたし、夕飯を作る手伝い位はさせて欲しい。

 スコールが彼なりに兄を気遣い、「休日は休んで欲しい」と言う気持ちから、家事一般を自分の仕事と捉えているのは判っているが、学生である彼とて決して暇な訳ではない。
一日を学業に費やし、家に帰って夕飯と掃除洗濯諸々と済ませるのは、案外と重労働である事を、レオンはよく知っている。
時折、ティーダが家にやって来て手伝う事もあるようだが、彼はブリッツボール部に所属しており、放課後練習も多い為、スコールと帰宅時間が合わない事の方が多かった。
だから、スコールにもゆっくり休ませてやりたい、と思うから、レオンは彼を手伝わずにはいられない。

 駅のホームにタイミング良く滑り込んで来た電車に乗って、ティンバーを出発する。
トンネルに入るまでの束の間、遠退く街の夕暮れを眺めながら、シドとユフィの遣り取りを振り返り、育て親の顔を思い出しながら、偶には此方から連絡してみようか、と携帯電話を取り出した。




技師シドと、技師見習いなユフィ。Zと言うよりは、KH寄りのイメージで書いてます。
レオンは色んなジャンクショップを利用するけど、一等信頼してるのは此処。