一つ、二つと重ねた数を
スコール誕生日記念(2015)


 運動公園で一頻り遊んだ後、レオンの土産を兼ねて三人分のジュースを買ってから、姉弟はバラム港の市場に向かった。
今日の夕飯のメニューはもう決まっているので、此方の買い物は必要ないが、明日の分も買っておこうと思ったのだ。
漁港の傍の市場とあって、並ぶ店の多くは魚介類を扱っているが、農作物を並べている店もある。
この市場を歩くだけで、一通りの買い物は済ませられる程だ。

 明日のご飯ってなあに、と聞くスコールに、何にしようかなあ、とエルオーネが考えていると、スコールが「あっ」と声を上げた。
判り易く嬉しそうな色をした声に、なんだろうとエルオーネが弟を見下ろすと、スコールは道路の向こうに向かって手を振っていた。


「ママ先生、ママ先生ー!」


 恥ずかしがり屋なスコールが、珍しく大きな声を出している。
当然だった。
道路を挟んだ反対側の歩道に、鮮やかな黒髪と黒の服を着た女性が立っている。
孤児院の元経営者の一人であり、エルオーネ達の母親代わりである、イデア・クレイマーであった。

 エルオーネやレオンにとって、母と言えば、先ずレオンの母を指す。
エルオーネにとって彼女は生みの母ではないが、同じ位に愛してくれたのは確かだ。
そんなエルオーネと同じように、生みの母を知らないスコールにとって、イデアが正しく自分の母親であった。
孤児院にいた頃は毎日一緒に過ごしていた母と、現在は別々に暮らすようになって、スコールはこの事も随分寂しがっていたものだった。
結果的に、日中は兄姉と離れる代わりに母と、ガーデンを出れば母と離れて兄姉と一緒にいる事で、少しずつ環境に慣れて行った。
それでもママ先生が大好きである事は変わりなく、彼女の姿を見付けると、スコールは一目散に走って行く。

 今日は道路を挟んだ対岸にいるので、駆け寄る事は出来ないが、スコールは大好きな母に気付いて欲しくて、大きな声で彼女を呼んでいる。
滅多に聞かないスコールの大きな声でも、イデアは直ぐに判ったようで、立ち止まってきょろきょろと辺りを見回した。
道路には車が走っており、小さなスコールは埋もれてしまって見えないだろう。
代わりにエルオーネが背伸びをして手を振ると、綺麗な黒髪が揺れて、金色の優しい瞳が姉弟を見付けた。


「ママせんせいー!」
「ママ先生ー!」


 行き交う車のエンジン音に掻き消されないように、二人で目一杯大きな声で呼ぶ。
手を振る姉と、ぴょんぴょんと跳ねて自分がいる事をアピールする幼い弟に、イデアはくすくすと笑って手を振った。


「ふぁっ。ママせんせ、ママせんせー!」
「お買い物ですかー?」


 見付けて貰った喜びで、益々ぴょんぴょんと跳ねるスコール。
堪らず道路へ飛び出して行きそうなスコールの手を確りと握って、エルオーネは大きな声で訊ねた。

 イデアは右手に持った大きな袋を持ち上げた。
ビニール袋ではなく、厚めの紙袋のそれには、エルオーネも見覚えのある、バラムでも品揃えが良いと評判の雑貨屋の名前があった。
ああそうか、と直ぐにエルオーネは理解する。
ちらりと隣を見遣ると、弟は期せず母に逢えた喜びで一杯のようで、彼女が見せた袋には気付いていない。
そうでなくとも、いつも行っている店ではない雑貨屋の名前など、彼はきっと知らないだろう。


「ママせんせっ、ママせんせー!」
「スコール。ママ先生、忙しいみたい。バイバイしよ?」
「うー……」


 姉に促されて、スコールは眉をハの字にして頬を膨らませた。
しかし、道路の向こうの母に「またね」と手を振られ、スコールは手を振り返した。


「またねー、ママせんせー!遊びに来てねー!」


 夏休みに入って、ガーデンに行く事がないので、イデアに逢う機会はめっきり減っている。
しかし、イデアは子供だけの生活を送る兄姉弟をとても気にかけており、週に一度は顔を見に来てくれていた。
今日はその日ではないのにイデアに逢えたので、スコールの喜びも一入だろう。

 遠退くイデアの影を見送って、エルオーネはスコールの手を引いて歩き出した。
スコールはすっかり上機嫌になり、姉と手を繋いだまま、リズム良くスキップを踏んでいる。


「ご機嫌だねー、スコール」
「ん〜、ふふっ。だってママ先生に会えたんだもん」
「そうだね。ママ先生、この間うちに来たばっかりだったもんね」


 イデアがエルオーネ達の家に来たのは、二日前の事だ。
いつものように紅茶の葉と手作りクッキーを持って来てくれて、スコールは目一杯彼女に甘えていた。
エルオーネも髪を梳いて貰い、解れていた服を繕って貰った。
他にも、洗濯物や夕飯の準備を手伝って貰って、レオンもとても感謝していた。

 バラムガーデンは夏休みだが、シドもイデアも、毎日のように外出する暇はない。
それでもなんとか時間を作って来てくれるのだ。
イデアが帰る度に、スコールは「また来てくれる?」と訊ねているが、いつに来て欲しい、と言う事は一度も言った事がない。
幼いなりにイデアが忙しい事は理解しているから、ワガママを言って困らせたくないのだろう。
だから、ガーデンに行かない限り、イデアに会えるのは週に一回程度が常だった。
次に逢えるのは来週か、夏休み明けになると思っていた分、スコールの喜びは大きいのだろう。

 エルオーネの腕に抱き付くように掴まって、ゆらゆらと頭を揺らしているスコール。
転んじゃうよ、とエルオーネが言っても、嬉しそうに笑うだけだ。
しょうがないなあ、とエルオーネは眉尻を下げつつ、


(もっと嬉しい事が、この後あるんだけどね)


 無邪気に喜ぶ弟を見て、エルオーネはくすりと笑った。




 今日のスコールは、嬉しい事尽くめだった。
捲ったカレンダーの日付、エルオーネと一緒にお出掛け、今年初めてのかき氷。
バラム港に行く途中でママ先生と逢った後は、港に並ぶ市場で行く店々からおまけを貰った。
一年前に閉鎖された孤児院の事や、子供だけで暮らし、ガーデン帰りに買い物に来る兄姉弟の事は、バラムの街では有名だ。
ついでに、先日は一番小さな弟が、人見知りを頑張って克服して、店の人々に魚の種類について質問して周っていた。
まだ記憶に新しい出来事を思い出した大人達は、宿題はどう?まとめは出来た?と訊ね、スコールがこくっと頷くと、良く出来ましたと飴やキーホルダーをくれた。
飴は早速口に入れ、キーホルダーは家に帰って日替わりで鞄につけると言うスコールに、エルオーネは落とさないようにね、と無邪気な弟の頭を撫でた。

 スコールは、貰った飴とキーホルダーを、それぞれ市場で貰った袋に入れて、落さないようにしっかりと握った。
エルオーネも明日の食材の入った袋を抱え、空いた手をスコールと繋いで帰路に着く。
夕陽色に染まった石タイルの道を歩く傍ら、スコールは歩き疲れだろう、時折眠そうに目を瞬かせていた。


「スコール、眠い?」
「んぅ……んーん」


 姉の言葉にふるふると首を横に振るスコール。
袋を持った手でこしこしと顔を擦って、意識して目を開けた。
が、ややもすると、また直ぐにとろんと瞼が半分下りる。


「やっぱり眠いんだ」
「んん……眠くないもん。ご飯食べなきゃいけないもん」


 もう一度こしこしと顔を擦って、スコールは言った。
今日はまだまだ眠れないのだと、スコールも判っているのだ。

 到着した我が家には、リビングとキッチンにそれぞれ灯りが点いていた。
玄関の鍵を開けて、二人揃って中に入る───と、


「ただいま───」
「お帰りなさい」
「ふあっ」


 兄とは違う柔らかさを持つ、女性の声に、スコールが驚いた声を上げた。
蒼灰色が零れんばかりに大きくなり、其処には長い黒髪の女性が映っている。
つい数時間前に逢って別れた、イデア・クレイマーだ。


「ママ先生!」
「お帰りなさい、スコール」
「ただいま!」


 今度こそとばかりに抱き付いて来たスコールを、イデアは笑顔で受け止めた。
ぎゅうっと全身で抱き付くスコールの、柔らかい濃茶色の髪を、細い指が優しく撫でる。

 リビングの声を聞いたのだろう、キッチンからレオンが顔を出した。
キッチンからは今日の夕飯になる香ばしい匂いが漂っている。


「お帰り、エル。スコールも」
「ただいま、レオン」
「お兄ちゃん、ただいま!」
「スコール。お外から帰ったんだから、手を洗わなくちゃ。お手洗い行くよ」
「はーい」


 エルオーネはレオンに明日の食材が入った袋を渡し、弟に洗面所へ行くように促した。
スコールは素直に従い、イデアから離れて、走って姉の後を追う。

 程無く洗面所からリビングに戻ったスコールは、キッチンに入っていたレオンの下へ駆けて行き、


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お土産、見た?」
「お土産?」
「あ、そうだそうだ。あのね、レオン、」


 弟に続いてエルオーネもキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。
買って帰った明日の食材と一緒に収められていた三つのプラカップの中から、濃い茶色のスムージーを取り出した。


「これ、お土産のコーヒースムージー。運動公園の近くの移動販売店あるでしょ?今の時期、かき氷売ってるお店の」
「ああ、ガーデンで皆が美味しいって言ってる…」
「そうそう。かき氷も其処で食べたの」
「あのね、あのね。かき氷、美味しかったよ」


 スコールは兄の両手を捕まえて、自分が抱き締められるようにレオンの腕を首に回す。
スコールは背中向きでレオンにくっつき、後頭部を兄の腹に押し当てるように頭を持ち上げていた。
判り易く甘えたがる弟に、レオンがスコールの首下をくすぐってやると、きゃははは、と無邪気な笑い声が上がった。


「美味しかったのか。良かったな、スコール」
「あはっ、うん!だからね、本当はね。お土産、かき氷にしたかったの」
「そうだったのか?」
「うん。でもね、お姉ちゃんが、かき氷は溶けちゃうって。アイスも溶けちゃうって」


 残念そうなスコールの言葉に、そうだな、確かに溶けちゃうな、とレオンは頷いた。
今日のレオンは殆ど家の中に篭っていたが、外の気温の暑さは、クーラーの効いた家からでも判る。
何せ、窓の向こうに見える景色が、時折陽炎に揺らいでいるのだから。
スコール達がかき氷を食べた後、直ぐに家に帰る予定であったとしても、運動公園から家までの距離を考えると、大分溶けてしまったに違いない。


「だからお兄ちゃん、今度はお兄ちゃんも一緒に行こ。一緒にかき氷、食べに行こ」


 楽しかった事は皆で共有したいスコールのお願いに、レオンは笑顔で頷いた。
スコールは兄の返事に気を良くして、ごろごろと仔猫が懐くように、レオンの腹に頭を押し当てる。


「それで、こっちが苺で、こっちがチョコレート。私達の分だけど、皆で分けっこしよう」
「そうだな」
「あっ」


 エルオーネの言葉にレオンが頷いた所で、スコールが声を上げた。
どうしたの、とエルオーネが訊ねると、


「ママ先生の分がないよ」


 どうしよう、と言うスコールの目に、リビングから子供達を見守るイデアが映る。
イデアが今日も家に来ると判っていたら、彼女のお土産も持って帰ったのに、と。

 眉をハの字にして困り切った顔をするスコールに、レオンはぽんぽんと濃茶色の頭を撫でてあやす。


「皆で分けっこするんだから、ママ先生も一緒に分けっこしよう。そうしたら、ママ先生の分もあるだろ?」
「うん」


 プラカップに入っているジュースをグラスに移せば、一人一人のジュースの量は減るけれど、イデアの分も準備できる。
それなら安心だと、スコールはレオンの提案に頷いた。

 夕飯はもう直ぐだから、とレオンが言って、エルオーネはスムージーを冷蔵庫に戻し、スコールを連れてキッチンを出た。
食卓用の窓辺のテーブルに着いているイデアが微笑むと、スコールは彼女に駆け寄った。
膝の上に乗りたがるスコールに、イデアはおいで、と膝をぽんと叩く。
小柄なスコールはすとんっと其処に座って、イデアの胸に顔を埋めた。


「えへへ」
「ふふ。重くなったわね、スコール」
「ん……僕、重い?ママ先生、痛い?」
「いいえ、大丈夫よ」


 気遣う幼子に、イデアはにっこりと微笑んだ。
スコールはほっと安心した顔で、頬を撫でるイデアの手に擦り寄る。

 エルオーネがイデアの前に座った所で、レオンがキッチンから夕飯を運んで来た。
手伝おうか、とエルオーネが言うと、大丈夫だとレオンは首を横に振る。
トレイに乗せた平皿には、ほこほこと温かな湯気が上り、キッチンで嗅いでいた香ばしい匂いもある。
食事時だと察したイデアがスコールを窓際の椅子に座らせると、彼の前に出来たばかりのオムライスが置かれた。
ケチャップで味付けされたチキンライスを、ふんわりと焼いた卵で綺麗に包んだオムライスは、スコールの大好物だ。


「オムライス!」
「スコールはオムライスが好きね。お兄ちゃんの作ったオムライスは美味しい?」
「うん!」


 きらきらと目を輝かせたスコールに、イデアも嬉しそうに微笑んだ。
他にも、コーンスープや甘いプチトマトを使ったサラダなど、スコールの好きなものが並ぶ。
うきうきと食事の瞬間を待つスコールに、全員分が並ぶまで待つようにエルオーネが言うと、スコールはこっくりと頷いて、テーブルに並ぶ料理を見詰めていた。

 いつもなら少し余裕が残る広さのテーブルが、今日は少し窮屈だ。
その狭さが、家族の距離の近さを実感させてくれるようで嬉しいと、レオンとエルオーネは思う。
スコールもまた、直ぐ傍に兄と姉が、時には母がいてくれる事が嬉しいようで、今日もイデアに甘えながら、オムライスを平らげて行く。

 いつもゆっくりと少しずつ食事をするスコールだが、今日は常よりも食べるペースが速かった。
昼過ぎからエルオーネと一緒に外出して、夕方まで歩き回って消費した分のエネルギーを取り戻すのに一所懸命なのだ。
オムライスはあっと言う間に綺麗になくなり、サラダもきちんと平らげた。
常なら四人の中で一番最後に食べ終わるのに、今日は三番目に食べ終わって、丁度良く冷めたコーンスープをのんびりと飲みながら、出掛けている間に起きた事をイデアに報告していた。


「それでね、おじさんにリンゴの飴、貰ったの。美味しかった」
「そうなの」
「でね、その後ね、お魚買いに行って……んと、えっと、いさき?って言うお魚買ったんだよ」
「あら。随分、お魚に詳しくなったのね」
「うん。僕ね、お店に並んでるお魚の名前、全部覚えたよ」


 楽しそうなスコールとイデアの会話を、レオンとエルオーネはキッチンで洗い物をしながら聞いていた。
全部は言い過ぎだよね、と苦笑する妹に、レオンも眉尻を下げて笑う。
先日の宿題で沢山の魚の名前を覚えたのは確かだし、今まで余り魚の名前を知らなかったスコールにしてみれば、それ位に頑張ったと言う事だ。
実際に、港に並ぶ魚の全種類とまでは言わないまでも、代表的な分類を覚える事が出来たのは、幼い子供にとって大きな成長と言えるだろう。
イデアもそれを汲み取っているのだろう、全部と言う子供に大袈裟だとは言わず、頑張ったのね、と褒めていた。

 洗い終わった食器を片付けた後、二人は冷蔵庫を開けた。
幼いスコールにはまだ届かない、冷蔵庫の一番上の棚に、厚紙で作られた白いボックスタイプの箱がある。
レオンがそれを揺らさないようにゆっくりと持ち出して、調理台の上で蓋を開けた。
その間に、エルオーネが今日買って来たスムージーを取り出して、三つのグラスにそれぞれ注ぐ。
もう一つ綺麗なグラスも棚から出し、他のグラスと一緒にトレイに並べた所で、エルオーネはひょこっとリビングに顔を出した。


「ママ先生。スムージーがあるんだけど、苺と、チョコレートと、コーヒー味、どれが良いですか?」
「そうですね……スコールは、どれを飲むの?」


 膝に乗せて貰って甘えていたスコールが、「僕?」ときょとんとしてイデアを見上げる。


「僕、いちごのやつ」
「では、私も苺にしましょうか」
「お揃い?」
「ええ」


 頷くイデアに、スコールが照れ臭そうに頬を赤らめ、母に抱き付く。
おそろい、と嬉しそうな幼子の呟きに、イデアの金色の瞳が優しく細められた。

 キッチンに戻ったエルオーネが、苺味のスムージーを最後のグラスに注ぐ。
店で使われているプラカップ自体が大きいものだったので、苺味も他のスムージーも、まだ二杯から三杯分は残っている。
お代わりにも出来るし、このまま残れば明日も楽しめるだろう。

 レオンが大きな皿に今日のメインを乗せて、エルオーネに目配せした。
エルオーネは邪魔にならないように、キッチンを出て行くレオンに出入口を譲る。


「それでね、それで───」
「スコール」


 まだまだ母に話したい事が沢山あるのだろう、珍しくお喋りが止まらないスコールだったが、兄の声にはたっと顔を上げた。
そしてレオンが手に持っているものを見ると、今日一番にきらきらと目を輝かせる。

 レオンが持って来たのは、12センチのホールケーキだ。
雪の様に真っ白な生クリームにデコレーションされ、真っ赤な苺を乗せた、定番のスポンジケーキに、『Happy Birthday』の文字が綴られたチョコレートのメッセージプレート。
スコールとエルオーネが出掛けている間に、レオンが手ずから作ったものだ。
サイズは一番小さいので、華やかさは少し足りないが、イデアを含めても四人しかいない一家が食べ切るには、これ位が丁度良い。

 テーブルの真ん中に置かれたケーキを、スコールが齧りつくように見入る。
イデアの膝の上で、うずうずと落ち着きを失くすスコールを、イデアは微笑ましく見下ろしていた。


「スコール、誕生日おめでとう」
「うんっ。ありがとう、お兄ちゃん」
「おめでとう!何歳になったんだっけ?」
「ありがとう!なんさい、えっと……6才!僕、6才になったんだよ」


 祝福する兄と姉に感謝の言葉を返して、スコールは指折りに数えてから、今日から自分は6歳になったんだと言った。
両手の指で数字を示して答える弟に、正解、とエルオーネが頭を撫でた。


「6歳なら、ロウソクは6本ね」
「エル、マッチは俺がやろう」
「うん、お願い」


 エルオーネが6本のロウソクをバランス良く配置して、レオンがマッチに火をつけた。
ケーキを回転させながら火を灯して行き、全てのロウソクが灯を宿した所で、エルオーネがリビングの電気を消す。
ゆらゆらと柔らかく揺れる小さな灯が、スコール達の顔を仄かに浮かび上がらせていた。

 ロウソクを見つめる蒼灰色の瞳は、幸せな喜びで満ちている。
背中に感じる育ての母の温もりを確かめるように、小さな手が腹を抱くイデアの手をきゅっと握った。
その手を包み返してやると、スコールはイデアを見上げて嬉しそうに笑う。


「ハッピーバースディ、スコール」
「さあ、火を消して」
「一回で消せるかなー?」


 兄、母、姉の言葉を聞きながら、スコールは思い切り息を吸った。
ふうーっ、と強く息を拭くと、ゆらっ、とロクソクの火が大きく揺れて、ふっ……と消える。
窓から差し込む仄かな月明かりだけで照らされた静かな空間に、ささやかな拍手の音が鳴った。

 レオンが再びリビングの電気を灯すと、スコールはイデアに抱かれて、嬉しそうに、恥ずかしそうに頬を緩ませていた。
去年よりも一本多くなったロウソクの火を、一発で消す事が出来たのが嬉しいのだ。
去年は二回、三回と息を吹きかけて、ようやく全てのロウソクを消したから、あの頃よりも自分が大きくなれたのだと実感したのもあるだろう。


「切り分けて来る。チョコはスコールので決まりだな」
「んん、んー……皆で食べるの、ダメ?」
「ダメじゃないけど、良いの?」
「うん」


 なんでも皆で分け合いたいスコールに、レオンとエルオーネはありがとう、と言って弟の頭を撫でた。

 レオンがケーキをもう一度キッチンへと運び、切り分けている間に、イデアはエルオーネにソファに置いている荷物を取るように頼んだ。
エルオーネがソファに行ってみると、今日、港に行く前にイデアを見かけた時に彼女が持っていた紙袋が置いてある。
こそっと中を覗いてみると、リボンに巻かれた長方形の箱が見えた。
なんとなく中身を察して、これを渡された時の弟の貌を想像しながら、イデアの下へ向かう。


「はい、ママ先生」
「ありがとう。さ、スコール」
「?」


 イデアは膝上に乗せていたスコールを抱き上げて、隣の椅子に座らせてやる。
きょとんとした顔で見上げるスコールに、イデアはエルオーネから受け取った紙袋を差し出す。


「誕生日おめでとう、スコール。これはあなたへのプレゼントよ」


 イデアの言葉に、スコールの頬がぱあっと赤らんだ。
どうぞ、と差し出された紙袋を、少し緊張した手が受け取る。


「あの、あの、開けても良い?」
「ええ、どうぞ」


 スコールは興奮冷めやらないと言う顔で、紙袋の中に手を入れた。
かさ、と手に当たったものを握って、持ち上げてみる。
ビニール袋とリボンに包まれたそれは、12色入りのクレヨンと、動物が描かれた表紙のスケッチブックだった。

 色の覗き窓のあるクレヨンの箱を見て、スコールがふわああ、と感激の声を上げる。
スコールが今まで使っていたクレヨンは、孤児院の頃から買い足しで使い続けている、6色クレヨンだった。
それが倍の色数になって、使い古しでボロボロだった箱も真新しい綺麗なものになったのだから、興奮するのも無理はない。
スケッチブックは使い切る度、新しいものに換えていたけれど、プレゼントされたスケッチブックは、今までの物よりもサイズが一回り大きい。
これでもっと沢山の絵が、沢山の彩で描けるようになった。


「ママ先生、ありがとうございます!」
「どう致しまして。大事に使ってね」
「うん!」


 ぎゅっと両腕でクレヨンとスケッチブックを抱き締めて、スコールは頷いた。
エルオーネは、嬉しそうなスコールの顔が、想像していたものとそっくり同じなのを見て、弟と同じように頬を赤らめて喜んだ。


「良かったねー、スコール」
「うん!」
「ね、私にもお絵描きさせてくれる?」
「うん。クレヨン、増えたからね、皆で一緒にお絵描きできるよ。お姉ちゃんと、お兄ちゃんも、一緒にお絵描きしようね」


 弾むスコールの言葉に、エルオーネは頷いた。
スコールはクレヨンとスケッチブックを抱き締めたまま、姉に体を寄せて、甘える仔猫のように頬を寄せた。
エルオーネが抱き締めて頭を撫でてやれば、ふぁ、と幸せそうな声が零れる。

 キッチンからレオンが戻って来て、カットされたケーキがテーブルに並ぶ。
飲み物は、スコールとエルオーネはオレンジジュース、イデアとレオンは紅茶を添えている。
スコールの希望で皆で分ける事になったとこレートのメッセージプレートは、熱した包丁で出来るだけ綺麗に切り分け、一番大きな欠片をスコールのケーキに乗せていた。
全員がもう一度テーブルについて、スコールを見る。


「じゃあ改めて────スコール、6歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございますっ」


 イデアの言葉に、スコールはぺこっと頭を下げる。
礼儀正しい弟の姿淫、レオンとエルオーネは微笑ましくて笑みが零れる。


「さあ、頂きましょうか。スコールが挨拶をして」
「はーい。いただきます!」
「頂きます」


 両手を合わせたスコールの挨拶に続いて、エルオーネとレオンも手を合わせる。
イデアも子供達の手本になるようにきちんと手を合わせて、食後のデザートの時間が始まった。

 柔らかな生クリームと、甘いシロップ入りのふわふわとスポンジ。
スポンジとスポンジの間にも、カットフルーツ入りの生クリームがある。
形が崩れないように力加減を気を付けながら、ケーキの端を切り分けて、一口分の欠片をフォークに差す。
小さな口を大きく開けて、ぱくん、と一口。
口の中でとろける甘さに、ぱたぱたと手足を弾ませる幼子の姿に、見守る人々の頬が緩んだ。




スコール誕生日おめでとう!
大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんとママ先生にお祝いして貰いました。
翌日には、ガーデンでシド先生からも誕生日プレゼントを貰います。寮に入った幼馴染からも、きっと何か貰います。