その言葉を形にして
スコール誕生日記念(2016)


 夏休み真っ盛りの間、スコールとティーダはそれぞれ一人暮らしの生活となっていた。
レオンは8月に入ってから長期任務が連続して入った為、週に一度帰って来れば良いと言う程度。
ジェクトは、夏ともなればブリッツボールのシーズンとなる為、ザナルカンドに滞在して、プロリーグからエキシビジョンからと、忙しなく働いている。
保護者が殆ど帰宅する時間がなくなっている事を考慮して、先週はティーダの保護者替わりのアーロンがバラムに来た。
父親よりも兄代わりよりも厳格な保護者代理に、ティーダは四日間ほど規則正しい生活を過ごし、その眼に睨まれながら大量に残っていた課題の八割を終了させた。
ちなみにスコールの方はと言うと、定例通りに計画立てた上で、前倒しで終わらせているので、悠々としたものである。

 アーロンがスピラへと帰ると、ティーダはまた伸び伸びと過ごすようになった。
午前中はガーデンでブリッツボール部の活動を行い、午後はバラムの街をぶらぶらと歩いたり、幼馴染の家に突撃したり。
翌日に部活がない日は、夜遅くまでゲームをしている事もある。
スコールも似たような生活スタイルで、部活の代わりに、訓練施設を利用してガンブレードを振るっている。
訓練施設がサウナ同然の気温になる昼前には退散し、帰り道で数日分の食料を買い込み、後は家で勉強をしたり、幼馴染の分を含めた食事を作る、と言う具合だった。

 人によっては、ついつい怠惰な夏を過ごしてしまう事もあるものだが、二人の生活は至って健全で健康的であった。
ティーダは生粋のスポーツマンだし、スコールは子供の頃から規則正しく性活するスタイルが沁み付いている。
偶に夜更かしをして、朝を寝過ごしてしまう事がある程度なら、可愛いものだろう。

 そんな日々の中、スコールはティーダの行動がいつもと少し違う事に気付いた。

 夏休みが後半に入った頃、毎日のように昼間に出掛けて行くティーダの姿が、リビングの窓辺から見えた。
家が隣同士で、ティーダはスコールの家の前を通って街に出るので、それ自体は可笑しな事ではない。
しかし、今までは、午前中に部活が入っていた日は、自分の家か、或いはスコールの家で昼寝をしているのがパターンだった。
そうしなければいけない、と言う程ではないが、ティーダの体はそのリズムを覚えているようで、スコールの家で昼食を食べると、決まって欠伸を漏らしていた。
その昼寝の時間すら惜しむようにして、急ぎ足で何処かへ出掛けて行くのである。
そして夕餉の頃に、何かをやり遂げた、又は何かを失敗したような顔で帰って来るのだ。

 今日もティーダは、昼に出掛けて、夕方に帰って来た。
日が長い昨今の夕方であるから、午後7時前、夕飯としても遅い時間だ。
遅くなるなら連絡しろ、と二人分の食事を作って待っていたスコールが眉を吊り上げると、ティーダはごめんって、と両手を合わせて謝った。
スコールは、彼の体に特に怪我らしいものがない事を確かめて、温め直した食事を出した。

 遅くなった夕飯を終えて、スコールが食器の片付けを始めようとした時、スコールの携帯電話が鳴った。
着信を見れば、仕事に行っている兄からだ。


「────もしもし。レオン?」
『ああ。スコールか?』
「ん」


 殆ど形だけの確認をしながら、スコールはシンクに積んだ食器に水を注ぐ。


『明後日、そっちに帰る事にした』
「明後日って、仕事が終わる日なんだろう。スピラにいるのに、大丈夫なのか」


 レオンが現在仕事場にしているスピラ大陸は、大陸全域に渡って信仰されている宗教により、機械の利用が大幅に制限されている。
バラムなら車、ガルバディアなら電車、イヴァリースなら飛空艇と言った移動・輸送に適した大型機械も使えない為、長距離移動は専らチョコボが利用されている。
人の足に比べればチョコボも遥かに速いし、車や電車よりも地形に適応力があるが、やはり電気駆動の代物にはスピードで負ける。
そんなスピラ大陸には、他国の大きな船・飛空艇が寄せられる場所も限られていた。
基本的に他国への門を開いているのは、スピラ大陸最南端にある、大陸二番目の都市のルカしかない。
レオンが仕事をしているのは、大陸の北部に位置している、スピラ最大の都市ベベルであった。
ベベルからルカへは、チョコボをで一日走っても、その日の夕方に着けるか如何かと言う所だから、仕事終わりレオンが直ぐに帰るには、少々疲れる距離となる。

 だからスコールは、大丈夫なのか、と訊ねたのだが、レオンは気にしていなかった。


『良いんだ。明後日はお前の誕生日だからな。やはり帰らないと』
「……そんなの、別に……もう祝われる様な年じゃない」


 毎年の事ではあったが、レオンは家族への祝い事を忘れない。
それはスコールの誕生日に限った話ではなく、エルオーネやティーダに対しても同じ事だった。
それは良いのだが、スコールとて良い年齢である。
誕生日が近いからと言って、そわそわと指折り数えるような無邪気さはなくなった。
だから、自分の為に無理をして帰るなんてしなくて良い、とスコールは言うのだが、レオンは聞かない。


『そう連れない事を言うな。俺が祝いたいんだ。付き合ってくれ』
「……」
『今年は忙しくて何も用意してやれなかったが……ケーキは買って帰るよ。甘さ控えめの奴をな』
「……ん」


 別に良いのに、と喉まで出掛けて、スコールはそれを飲み込んだ。
何を言っても、きっと兄はケーキを買って帰るだろう。
それが、スコールが子供の頃から続いている習慣なのだから。

 それに、口では何と言いつつも、スコールとて吝かではないのだ。
祝われるのは───恥ずかしくも───決して嫌ではない。
ただ、それを子供の頃のように、真っ直ぐに受け止められなくなって来ただけの事。

 スコールは、熱いと自覚のある顔に、水で冷たくなった手を当てた。
むず痒い気分を冷えた感覚で誤魔化した後、シンクに水が溜まった事を確かめて、蛇口を閉める。


「夕飯は、間に合う?」
『いや、多分それよりも遅くなる。船の中で食べてしまうだろうから、俺の夕飯は良い』
「判った」
『悪いな。誕生日くらい、俺が代わりにやれたら良かったのに』
「……いい。十分だ」


 普段、レオンがどんなに自分の為に身を粉にしているのか、スコールはきちんと判っている。
自分が衣食住を何も心配せずに過ごせるのも、レオンが稼いでくれているお陰だ。
その稼ぎも、決して安全な仕事ではなく、いつ何が起きても可笑しくない危険な職業である。
それを思えば、スコールは、レオンが無事に帰って来てくれれば、それで十分だった。

 その後は、ケーキの種類について聞かれたが、甘味の強くないものなら何でも、とスコールは応えた。
迷うようなら、シンプルなショートケーキでも構わない。
元々、デザート類には詳しくないし、流行にアンテナを立てている訳でもないので、昨今のデザート事情は判らないのだ。
レオンが買って来てくれるなら何でも良い、と委ねると、レオンは「迷うな」と苦笑いしつつも、判った、と答えてくれた。

 レオンとの電話を終えたスコールは、水に浸していた食器を手早く洗い終えると、コーヒーを淹れた。
二つのカップにそれぞれ注ぎ、片方にはミルクと砂糖を淹れて混ぜて置く。
コーヒーをトレイに乗せてリビングに出ると、食卓テーブルでティーダが残っている課題のプリント集を開いている。
アーロンのお陰で一気に量が減ったので、このまま一日に一枚ずつ終わらせて行けば、夏休み終了前には、プリントの残高はゼロになるだろう。

 うんうんと唸っていたティーダの声が止まり、ふわああ、と欠伸が漏れる。
涙を浮かべる程の大欠伸をしたティーダの前に、スコールはミルク入りのコーヒーを置いた。


「サンキュ、スコール」
「ん」


 直ぐにティーダがカップを手に取り、ふうふうと息を吹きかけて冷ましてから、口に運ぶ。
スコールも、ティーダの向かいの椅子に座って、コーヒーを傾けた。


「…その調子だと、後少しで終わりそうだな」
「うん。いやー、一時はどうなるかと思ってたけど、やったら終わるもんなんスね」
「アーロンが来てなかったら、どうなってたか判らないけどな」
「……はははは……」


 保護者代理に睨まれながら、課題に齧りついていた時の事を思い出したのだろう、ティーダの顔が引き攣る。
ジェクトのようにちょっかいを出すことも無ければ、レオンのように積極的に教えてくれる訳でもない、ただただ見守るだけのアーロンを前にして、大嫌いな勉強に縋ると言うのは、きっとティーダには苦痛だっただろう。
スコールもアーロンの醸し出す厳格な雰囲気は苦手なので、あれに睨まれるのは勘弁願いたい。
───が、そのお陰で、ティーダは幼馴染に泣き付く事もなく、兄代わりがいない、教えてくれる人がいないと嘆く暇もなく、課題を一気に減らす事が出来たのだから、悪い事ばかりではない。

 残ったプリントの枚数を数えるティーダを、スコールはぼんやりと眺めていた。
ひい、ふう、と数える声が、七を数える所で止まると、ティーダは壁にかけられたカレンダーを見た。
指折りしながら、夏休みの残りの日数とプリントの数を照らし合わせている。


「……うん。大丈夫。終わる終わる!」
「サボらなければな」
「判ってるって!」


 楽観して油断していると、あっと言う間に日は過ぎる。
釘を刺すスコールに、ティーダは明るい調子を崩さずに返した。

 そんなティーダを、スコールはしばし見詰めて、


「……そうは言うけど。お前、最近毎日、何処かに出掛けてるだろう。今日も帰って来るのが遅かったし、そんな調子で本当に間に合うのか?」
「えあっ。それはー…えーと……だ、大丈夫!大丈夫っス!」


 自分に言い聞かせるように繰り返すティーダに、スコールの眼が胡乱に細められる。
信じられないとまでは言いたくないが、ティーダの日頃の行いを鑑みると、どうしてもスコールは諸手で信じる気になれないのであった。


「まあ……終わらせる気がちゃんとあるなら、本当に大丈夫なんだろうな」
「うっス!」
「……それより、今日の帰りが遅かったのは何だったんだ?もう少し早く帰ってれば、夕飯も課題も早く終わらせられただろ」


 時計を見れば、既に九時が回りつつある。
ティーダが帰って来るのが早ければ、いつもならゲームかテレビを見てのんびりとしている頃合いであった。
それが、此処数日は、ティーダが昼間に出掛けている事、夕方頃まで帰って来ないので、課題に従事する時間がズレこんでいる。
早く帰って来てくれれば、スコールも食器の片付けが一度で済むので助かる、と思う。

 スコールの問いに、ティーダは中々答えなかった。
えーと、あの、と意味のない言葉がぽろぽろと零れるだけ。
頭を掻いたり、頬を掻いたりと、どうにも落ち着かない様子の幼馴染に、スコールの眉間に皺が寄る。


(……聞かれたくない事だったのか?)


 直ぐに答えないと言う事は、そうなのかも知れない。
そう言う事は、スコールとティーダの間柄でも、決してゼロではなかった。

 恐らく、気にする程の事はないのだろう。
駆け足で通り過ぎて行くティーダの表情は、何かを楽しんでいるようだったので、何か事件に巻き込まれていると言う訳でもなさそうだ。
であるならば、スコールがわざわざ聞く必要もないのだろう。
幼馴染とは言え、何もかも言いたくない事、言う必要のない事はあるもので、自分の事を相手に何もかも喋らなければならない、等と言うルールはないのだから。


「えーと……なんて言うか……」
「……いや、良い。悪かった」
「へっ?」


 問うたのは自分であったが、スコールはそれを自ら撤回させた。
言いたくない事なら無理に言わなくて良い、と言う意味も含めて詫びるスコールに、ティーダは目を丸くして、慌てて弁解した。


「いや、別に言いたくない事って訳じゃないんだよ。ただ、その、言うならもうちょっとだけ待ってくれると良いなってだけで」
「……もうちょっと?」
「うん。えーと、その、あの……ふ、二日。あと二日だけ。待って」


 人差し指と中指を立てて言うティーダ。
後二日って、と頭の中のカレンダーを捲れば、辿り着く数字にはスコールも覚えがある。

 二本指の向こうで、ティーダは真剣な顔をしていた。
まるで一世一代の勝負に挑まんと言う程に意気込んでいる顔だ。
ブリッツボールの大会試合に臨む時を彷彿とさせるような真剣さに、スコールは胸中の毒気が一気に抜けるのを感じた。


「……判った」
「本当?」
「…でも、明日も遅くなるようなら、その時はメールしろ」
「了解っス!」


 ぱぁっと破顔して返事をするティーダに、スコールはふう、と溜め息交じりの吐息を一つ。

 此処数日のティーダが何をしているのかは判らないが、何の為に何かをしようとしているのかは判った。
お陰でスコールは、首の後ろがむず痒い。
なんとなく顔が熱いような気がして、スコールは窓の向こうへと視線を逃がして、課題へ取り組み直す幼馴染から顔を背けた。




 銀粘土の加工は、専門の知識がなくても出来るので、入り口は易しい。
しかし、全くの初心者が触るには、やはり多少の慣れと練習は必要なものであった。

 ゼルの厚意で練習用の銀粘土を幾つか開けて、ティーダは毎日彼の家に通わせて貰い、教えて貰いながら粘土を捏ねた。
初めはリングやピアスに使えるものが出来れば、と思ったのだが、スコール好みの精巧なアクセサリーを作るには、ティーダ自身の練度が足りないし、やはり安価で易しい分、銀粘土は脆い。
落とした時の強度の不安を考えると、身に付けるものは止めた方が良いかも、とゼルに言われた。
ティーダはしばし悩んだが、幼馴染として共に過ごした経験から、スコールが兄姉に貰ったものを落としたり汚したりすると、大泣きしていた事を思い出して、アクセサリーは諦める事にした。
ティーダはスコールが気に入ってくれさえすれば、その後壊れてしまっても構わなかったが、スコールはそうではないだろう。
仏頂面に隠した、彼の繊細な心は、ティーダもよく知っている。

 アクセサリーは諦めて、ライオンの置物を作る事にした。
一袋分の粘土では十分な大きさにならないので、二つの粘土をくっつける方法を教えて貰った。
大きくなると捏ねる作業はやり易くなったが、粘土を乾かさないように気を使う事が増えた。
そうして練習を繰り返す内、ゼルが持っていた粘土の在庫も尽きてしまい、ティーダは教えて貰ったホビーショップで材料を買って、また練習に励む。
ゼルに貰って使い切った粘土分も、その時に返却と言う形で彼に渡している。
良いのに、とゼルは笑っていたが、元々は彼の持ち物だったのだから、ティーダはきちんと返したかったのだ。

 そして、スコールの誕生日が明日に迫り、作業が出来る時間は今日一杯となった。
いつも通りにティーダはゼルの家を訪れ、粘土を丹念に丁寧に捏ねている。
水を含ませ、捏ねて伸ばす、準備段階は問題なく済ませる事が出来るようになった。
後は、納得のいく形に仕上げる為の、細かな作業を続けて行く。


「うーん……もうちょっと、この辺に線があった方がいいかな…」
「そーっとな、そーっと。思いっきり刺さったら、穴になるぞ」
「うっス」


 ゼルのアドバイスを受けて、ティーダは粘土ヘラのブレード部分を、そっと粘土に宛がった。
力を入れ過ぎないように、少し跡が残る程度。
そのまま腕ごと手をゆっくりと横に動かすと、平らだった場所に一本の線。
それをもう一つ、もう一つと少しずつ増やして行くと、


「お。良い感じじゃん」


 覗き込んだゼルの眼には、立派な鬣を携えた、ライオンが映っていた。
四本足で立ち、きりりとした面立ちの、古の百獣の王。
特に特徴的な顔の周りの鬣が見事に作られると、全高5センチもない小さな置物でも、十分に迫力が得られる。
数少ない文献に伝えられ、その挿絵に描かれたライオンに比べると、やはり素人と言う作りの甘さは否めないが、ティーダにしては破格の出来だと言って良いだろう。


「格好良くなったな。最初に作り始めた時は、どうなる事かと思ったけど」
「言うなってぇ。俺も思ったんだから……」


 感心するゼルと、苦い表情を浮かべるティーダの脳裏には、最初に練習の為に作った作品の事が浮かんでいた。
子供の落書きのような貌をしたライオンのペンダントが、ティーダの初作品である。
それから、立体性のある四足の置物を、迫力のある作品にまで作れるまでになったのだから、相当なレベルアップだ。

 細かい作業も苦手だし、美術の成績も芳しくないティーダである。
そんなティーダがいきなり繊細なものを作れる筈もなく、先ずはペンダントトップに出来るような単純なもので、と言われたが、ティーダは意気込んで凝ったものを作ろうとした。
ゼルのお陰で、初心者にしては、と言われる程度にはなったものの、それも大部分はゼルが手を貸して修正しての事。
素人が難しさを実感し、意識を改めるには十分だったので、それも無駄ではなかったのだろう。
その後はより素直に、ゼルのアドバイスと案を取り入れて行き、幼馴染の誕生日を祝いたいと言う熱意からの努力で、たった一週間で此処まで漕ぎ着けたのだから、大したものだろう。

 鬣を整い終えて、ティーダは至近距離で睨んでいたライオンを、遠目に離して眺めた。
近い場所ばかりを見ていると、全体像が見えなくなって歪になるから、時々遠くから見た方が良い、とゼルにアドバイスされての事。
そのお陰で、鬣も迫力を保ちつつ煩くない程度に仕上がった。


「…よし!こんな感じかな」
「納得したか?」
「うん。台所借りて良いっスか?」
「ああ。夕飯にも時間があるし」


 形を崩さないように、落さないように気を付けて持ちながら、ティーダは腰を上げた。
ゼルの後をついて、彼の部屋を出て、台所へと向かう。

 台所でよく陽気に歌いながら料理を作っているゼルの母は、買い物に出ていて不在だった。
今の内にやろう、とゼルに促され、ティーダは電気オーブンの蓋を開けた。
いつもの作業として慣れているのだろう、ゼルがピッピッとボタンを押して温度を調節して、スタートボタンを押した。

 ゆっくりと回るオーブン皿を見詰めながら、ティーダはゼルにふと気になった事を訊ねる。


「そういや、ゼルはスコールに誕生日プレゼントとかってあげないんスか?」


 平時はあまり会話はしていないようだが、孤児院の時から続いている幼馴染の仲だ。
今も同じクラスだし、授業で大人数の班行動を指示されると、同じグループに加わる事も少なくない。
同じくクラスメイトで、此方も孤児院の頃から付き合いのあるセルフィ・テルミット───彼女はザナルカンドの里親の下に引き取られ為、彼女がバラムガーデンに入るまでは、レオンが手紙の遣り取りで繋がっていただけのようだが───、そして一つ年上のサイファー・アルマシー、キスティス・トゥリープも含めて、スコールにとっては数少ない、気心の知れた間柄だと言えるだろう。
レオンが言うには、もう一人アーヴァイン・キニアスと言う人物がいるようだが、此方はガルバディアガーデンに入学しているようで、ティーダは彼の事はよく知らない。

 だがティーダは、ゼルやセルフィ達がスコールに誕生日プレゼント、或いは贈り物の類をしている所は見た事がない。
セルフィ等は訓練時間中にスコールに飛び付いたりなど、中々遠慮のない距離感のようだし、彼女が祝い事やイベント事が好きなので、何か用意をしそうなものだ。

 ティーダの疑問を、幼馴染としては自然な疑問として捉えたのだろう。
ゼルはそうだなあ、と悩むように視線を天井へ彷徨わせた後、


「何かやっても良いけど……やらなくても良いかな〜とも思うんだよな。俺やセルフィがやらなくても、レオン兄やエル姉は絶対に祝ってるだろうし」
「それは確実っス。レオン、今はスピラにいる筈だけど、明日の夜には帰って来るって言ってたし。ケーキも買って来るらしいっスよ」
「ケーキかあ。孤児院にいた頃は、誰かの誕生日にケーキが食べれるから嬉しかったけど、もうそう言うのもないしな」
「ふーん……」
「それに、俺がお袋に引き取られてしばらくは、疎遠って程でもないけど、あんまり逢う事なかったからさ。俺もスコール達も街にはいたけど、住んでる場所は違うし。近所って程でもないし」
「確かにそうっスね」


 スコールとティーダが住んでいる家は、海岸通り沿いに面しており、街の外周の端に当たる。
ゼルは其処とは正反対の位置にあり、此方も外周の端であるが、街と外を繋ぐ出入り門の傍にあった。
それぞれの家の真ん中にあるのが、街の外へと運行されているバスの停留所で、それぞれの家は全くの逆方向に構えられている事になる。
ゼルがディン家に引き取られ、スコールがクレイマー夫妻の手を離れ、兄姉と共に棲み始めたのは、今から十年以上も前の事。
5歳か6歳の子供が積極的に逢いに行くには、些か無理のある距離であった。


「孤児院で一緒にいる間は、そりゃ皆で皆の誕生日のお祝いはしてたけど、そうなるとなあ。後で俺もガーデンに入学して、スコールともよく同じクラスにはなったけど、何年か間が空いてたのは確かでさ。そのまんま、なんとなくな。スコールの誕生日も、夏休みの真っ最中だし、あいつ部活に入ってないから逢う事も少なくて」
「逢う機会がないと、おめでとうも言うタイミングがないもんなあ」
「そうそう。今はメールとかで送るのも出来るけど、携帯ってこれだけ普及したのって、割と最近だろ?エスタの通信技術が輸出されて、セキュリティとかも整ってからだから……やっぱりそんなに経ってないよな?」


 ガーデンが設立された当初、通信機器は今ほど発達していなかった。
十年程前から、携帯電話の普及はあったものの、それが爆発的に拡大したのは、エスタが開国し、積極的にイントラネットの技術輸出が行われてからの事。
ティーダ達が幼年の時分には、大人が仕事用や緊急連絡用に持っているのが精々で、現代のように小さな子供が気軽に使えるものではなかった。
電波の質も今ほど良くはなかった為、通信手段は専ら電話に限られていたし、それらを子供に持たせるのは不用心だと言われていた時代だった。

 だから孤児院の子供達は、引き取られた後、その殆どが手紙でクレイマー夫妻との繋がりを持っていた。
手紙好きなセルフィや、キスティス、アーヴァインと言った筆まめな面々も同様だ。
しかし、ゼルは手紙を楽しむタイプではなかったし、バラムの街に住んでいたお陰で、クレイマー夫妻とは逢おうと思えば逢えた。
レオンとは港の市場で偶然逢う事もあり、その時、スコールやエルオーネも傍にいた。
だが、その時その時で少し立ち話をする事はあっても、誕生日のようなタイムリーな話は、中々話題に上らないものであった。


「そんな感じで、しばらくお祝いしない感じで過ぎて行って。で、今に至るってトコで。こうなると、今改めてお誕生日おめでとうってのも、ちょっと言い難いんだよなあ」


 ゼルの言葉に、そう言うものだろうか、とティーダは首を傾げる。
だが、毎年言っているから習慣もあって言い易い、と言うのはあるかも知れない。
それを思えば、プレゼントがネタ切れする程に何度も祝える仲であると言うのは、とても幸せな事なのだろう。

 ───と、一人感慨に耽っていたティーダンい、それにさ、とゼルが更に付け加えて言った。


「今のスコールって、改まってお誕生日おめでとうとか言われても、あんまり喜ばないだろ?」
「喜ばないって事はないと思うけど。恥ずかしがるだけで」
「ああ、それそれ。そう、恥ずかしがりそうなんだよな。俺、去年見たんだけど、夏休み明けにセルフィがおめでとう〜って言っててさ、それをスコールの奴、そんな大袈裟に祝うようなものでもないだろって。耳真っ赤にして」
「マジで?そんな事あったんスか?見たかった〜!」
「俺も貴重なモン見たって思ったぜ。その後、見てるのがバレて、ものすげー睨まれたけど。俺たまたま通りかかっただけだぜ?」


 参ったよ、とゼルは言ったが、その表情は明るい。
睨まれたのは運が悪かったが、幼馴染の珍しい所を見れたのは、彼も面白かったのだろう。


「まあ、スコールじゃなくても、子供じゃないからさ、色んな人からおめでとうって言われるのは嬉しいけど、ちょっと照れくさくなるって事ないか?」
「判る気はするっス。俺も自分の誕生日、レオンやエル姉におめでとうって言われると、嬉しいけどこう、背中が痒くなっちゃって。変な顔になっちゃうんスよね」
「スコールってそう言うの絶対見られるの嫌がるだろ。だから、あんまりそう言う刺激はしないようにしようと思ってさ」


 嬉しいのに素直に喜べないのは、思春期の少年には少なからずある事だ。
褒められると反って邪険にしてしまったり、嬉しいのを押し隠して、嬉しくない振りをしたり。
浮かれてしまう自分の気持ちを他人に知られたくないと、大人から見れば全く意味のない見栄を張って、格好を付けようとしてしまう。
ゼルもそんなスコールの気持ちが理解できるような気がしたから、自分は特に改める事もなく、いつも通りに接しようと思うのだ。


「……でも、そうだなあ。今年は、メールでおめでとう位は言おうかな。メールならスコールに睨まれる事もないし」
「うん。きっとスコール、喜ぶっス。顔には出さないけど」


 だろうなあ、と笑うゼル。
ティーダも声を大きくして笑えば、二人の楽しそうな声が重なった。

 其処へ、ピーッ、ピーッ、とオーブンが過熱終了の音を鳴らす。
開けるぞ、と勿体ぶって見せるゼルに、ティーダは早く早くと頷いた。




 自分の誕生日とは言え、いつもと大きく違う事が起きる訳ではない。
子供の頃は、丸一日が自分の為にあるような気がして、何を見てもキラキラと輝いて思えたものだが、流石にもう現実が見える年齢だ。
スコールはいつも通りの時間に起きて、いつも通りの一日を過ごし、幼馴染の課題の具合をチェックした。
ティーダの課題プリントは、残り五枚となっている。
提出のタイミングが、担当教科ごとの初授業時である事も考慮すると、十分に猶予を持って終えられるだろう。
これなら、スコールも彼の尻を叩いて焦らずに済む。

 何が変わる一日でもなかったが、夕飯は少し豪勢にして、自分の好きなメニューを増やした。
食卓にそれらを並べると、案外と聡い幼馴染に「スコールの好きなのばっかりっスね」と良い笑顔で言われ、思わず顔が赤くなった。
別に良いだろう、と素っ気なく返せば、うん、とやはりティーダは嬉しそうに言った。

 夕飯を済ませた後の片付けは、ティーダがやる事になった。
誕生日なんだから、と些細な気遣いが、少しくすぐったい。
仕事がなくなってやる事もなかったが、毎日繰り返している仕事が不意になくなると、少し休めたような気がする。
そんな気分で、ぼんやりとソファに半身を沈め、テレビを見ていた時だった。

 ───カチャン、と玄関の鍵が回る音がして、スコールは寝落ちかけていた体を起こす。


「ただいま」
「お帰り、レオン」


 一週間振りの帰宅となった兄に、スコールはいつも通りに挨拶を返す。
水洗いを終えたティーダもリビングに顔を出して、レオンの帰宅に破顔した。


「レオン、お帰り!」
「ただいま、ティーダ」
「あれ、何持ってるんスか?」


 愛用のガンブレードケースとは別に、レオンの片腕に抱えられたものを見て、ティーダが訊ねる。
レオンは靴を脱ぐと、抱えていたそれを持ち直して、ソファに座っているスコールに差し出した。


「帰った所で、丁度宅配が届いたんだ。エルオーネから、お前に」
「エルから────……」


 差出人の名を聞いて、スコールは直ぐに中身の予想がついた。
内容物の詳細はまだ判らないが、何の為に姉が送ったものなのか、それだけは判る。
スコールの顔よりもやや大きい縦横の幅に、水色の包装紙と、黄色のリボンで丁寧にラッピングされたものを受け取るスコールの頬は、隠しようもなく赤い。

 嬉しいのか恥ずかしいのか、将又両方か、赤い顔を上げられなくなった弟に、レオンはくすくすと笑う。
それからもう一つ、手に提げていた小さな手提げの紙箱を、ソファ前のローテーブルに置いた。


「こっちはケーキだ。大きなものじゃなくて悪いな。流石にこの時間にホールは売っていなかった」
「……別に、良い。ホールなんて、食べ切れないだろうし」


 ホールケーキも大きさはピンからキリまであるが、それでもカットされたケーキよりは大きいものだ。
真夏の生物は傷み易いし、折角兄が買って来てくれたものが、食べ切れないまま捨てる結果になるのは寂しい。
それに、ケーキの大きさ等、スコールには何だって良いのだ。
わざわざ兄が買って来た、それだけで胸焼けしそうな程に甘い気分で一杯になる。

 俯いたまま動かないスコールに代わり、レオンはティーダに声をかけた。


「夕飯は食べたか?」
「終わって、片付けも済んだトコ」
「ケーキ、今から食べれるか?」
「大丈夫っス。スコールも食えるよな?」
「……ん」
「じゃあ、コーヒーは俺が淹れて来よう。ティーダは皿とフォークを頼む」
「はーい」


 キッチンに戻って食器の用意をするティーダと、コーヒー豆を取り出すレオン。
スコールは一人リビングに残り、熱い顔をどうにかしようと思っていたが、如何せん、どうにもならない。

 かさ、と手の中で鳴る、エルオーネからの贈り物。
徐にリボンを解いて、包装紙を開けると、真っ白な箱が入っていた。
蓋を開ければ、毛糸で織られた黒の手袋。
一緒に入っていたメッセージカードを見ると、『Happy Birthday, Squall』の文字が手書きで綴られていた。
またむずむずとした感覚に肩甲骨を捩っていると、カードの裏側に薄らと透けて見える文字がある。
引っ繰り返して読んでみると、


(……『初めて編んだから、ちょっと変かも。許してね』……)


 つまり、この手袋は、エルオーネが手編みで作ったと言う事か。
トラビアガーデンに留学している彼女とて、決して暇な訳ではないだろうに。
万年雪に覆われているトラビアガーデンならば、手袋も既製品が売られていただろうし、そうでなくとも今は便利はインターネット通販がある。
それでも、姉が己の時間を割いて、自分の為に作ってくれたと言う事が、スコールには面映ゆくも温かい。

 スコールはメッセージカードを元の位置に戻し、箱の蓋を閉じた。
これは、このまま部屋に置いて、冬になったら使わせて貰おう。

 淹れ立てのコーヒーを乗せたトレイをレオンが、皿とフォークをティーダが持って来た。
スコールがケーキボックスを開けると、ショートケーキ、オレンジタルト、ブルーベリーのムースケーキが入っている。


「スコール、どれが良い?」
「俺は……」
「誕生日なんだから、スコールから選んで良いっスよ」


 どれでも良い、と言う言葉は、ティーダの笑顔で遮られた。
本当にどれでも良いんだが、と適当な気持ちではなく思ったのだが、その笑顔にスコールは弱い。

 じゃあ、とスコールが選んだのは、オレンジタルトだ。
続いてティーダがムースケーキが食べたいと言ったので、レオンはショートケーキになった。


「バースデーソング、歌う?」
「良いな」
「…勘弁してくれ……」


 ティーダの提案に乗る兄の横で、スコールはげんなりとして言った。
えー、と唇を尖らせるティーダを、赤い顔で蒼の瞳がじろりと睨む。

 ケーキを食べ始めて直ぐ、「そうだ」とティーダが席を立った。
家から持って来て、玄関横のコートハンガーにかけていた鞄を開ける。
兄弟がその様子に首を傾げていると、ティーダは鞄から取り出したものを持って、急ぎ足で戻って来た。


「これ、俺からスコールに、誕生日プレゼント」
「……ああ」


 ティーダから自分に対し、何かがある事は判っていた。
二日前のティーダの言葉を聞けば、それは完全に確信となっている。

 差し出されたのは、掌に収まるサイズの、小さな袋だった。
受け取ってみると、袋の中にある箱の堅い感触があった。
ボール紙などで作られた柔らかな箱ではなく、アクリルかプラスチックのようなもの。
感触の割に、重いと感じる事はなく、箱の重さが殆どなのだろうと言う程度の重量だった。


「……開けて良いのか」
「うん」


 何処か緊張した面持ちで、ティーダは頷いた。
食い入るように見詰める青い瞳に、スコールは緊張が伝染した気分で、袋の口を縛っているモール紐を解く。

 袋から取り出されたのは、四方8センチ程の正方形のアクリルケース。
その中で、銀色に光る獅子が、猛々しく鬣をなびかせていた。


「……これは……」
「初めて見るな。こんなものがあったのか」


 スコールは勿論、レオンも目を丸くして驚いている。
無理もないだろう。
そんな二人の表情を見て、ティーダは誇らしげに、嬉しそうに頬を赤くして笑った。


「ライオンの、まあ、置物って言うか、シルバーアンティークって言うか。手作りだから、そんなに大したものでもないけどさ」
「手作りと言う事は、お前が作ったのか?」
「うん。結構頑張ったっスよ!」


 レオンの言葉に、ティーダはぎゅっと拳を握り締めて言った。

 スコールの瞳は、アクリルガラスの中で吠えるライオンに釘付けになっている。
角度を変えて何度も覗き込み、きらきらと光るライオンを具に眺める。
手作りと言う言葉の通り、所々に歪みに見える所もあったが、それでも十分に作り込まれたものと言える。
これが幼馴染の手作りだと言うのだから、驚きも一入強くなろうと言うものだ。


「……美術の成績が1の奴が、これを」
「言うなって!だ、だから頑張ったんだって!ゼルにも結構手伝って貰ったけど」
「ゼルに?」
「そうか。ゼルはこう言うものを作るのが昔から好きだったな」


 嘗て自分が面倒を見ていた少年が、幼い頃から工作が好きだった事を、レオンはまだ覚えていたようだ。
大雑把な性格のようで、案外と慎重で緻密な作業が好きな彼の名を聞いて、レオンは色々と得心が行ったようだ。

 ティーダはケーキが並んだテーブルについて、ムースケーキにフォークを入れる。
ぱくっと口に運んだムースが蕩けて、ティーダの頬もすっかり蕩けた。


「殆ど純銀に近いもののようだが、どうやって作ったんだ?」
「粘土で作ったんだ。焼いたら銀になるって言うのがあって、それなら色んな形が簡単に作れるからって。粘土だけじゃしっかり作れなかったから、針金も使ったけど」


 ケースの中の土台に、しっかりと四足を乗せて立っているライオン。
その体は、針金で拵えた骨で出来ており、その周りに銀粘土を乗せて肉付けされて行った。
壊れてしまう危険を考え、アクセサリーを諦めた後、アンティークにしようと方針が決まった後、ゼルとも更に話し合いをして、この方法に決まった。
骨を作るのに結構な時間を要してしまったが、お陰で肉付けは比較的短時間で進み、一番難しいであろう顔の彫りも、本やインターネットで調べながら、しっかりと作り込む事が出来た。
その甲斐あって、銀獅子は見事な出来栄えとなったのである。


「ゼルに色々教えて貰って、手伝って貰って。でも、それはちゃんと俺が作ったんだ。自分で作って、スコールにあげたかったから」


 毎日のようにティーダが出掛けていた理由。
美術の成績も、細かい作業もどちらかと言えば不向きな彼が、諦めずに一所懸命に作った作品。
スコールが思い描くライオン像も、ティーダはよく知っている。
そのお陰か、銀色の獅子は逞しく雄々しく、凛と力強い姿が見事に再現されていた。
鬣の流れまで、きちんと作り込まれている。

 ────その作りの精巧さも素晴らしい出来だろう。
だが、それ以上にスコールは、ティーダがこの為に毎日を費やしていたと言う事が、くすぐったくて仕方ない。


(……もう、そんな歳でもないのにな)


 誕生日を指折り数える時代は終わった。
一日がきらきらと輝いて見える事もない。
プレゼントを貰っても、無邪気に両手を上げて喜ぶ素直さもない。

 それでもこうやって、遠い地から、直ぐ隣から聞こえる“おめでとう”の声に、胸の奥が暖かくなるのを感じた。




スコール誕生日おめでとう!
お兄ちゃん達からのお祝いは以前書いたので、今度は幼馴染から。
皆に一杯お祝いされて、恥ずかしいけどそれでも嬉しい気持ちは誤魔化せないスコールでした。