かぼちゃおばけが主役の日


「とりっく・おあ・とりーと!」


─────そんな元気な声に迎えられて、レオンはぽかんとして立ち尽くした。

成人していないレオンがアルバイトを出来るのは、夜の22時まで。
しかし、22時きっちりまで仕事をする事は殆どなく、21時半には帰りの支度に入る事が多い。
これは小さな妹弟を抱えるレオンの為に、カフェバーのマスターが気を遣ってくれているからだ。
レオンとしてはきちんと決められた時間まで働いて、給金に見合うだけの仕事をしたいのだが、レオンの後見人であるシド・クレイマーと旧知だと言うマスターは、気にしなくて良いと笑顔で言うばかり。
夕方の一番人が多い時間に仕事に入り、真面目に勤しんでくれるだけでも十分だと、マスターは言った。
そして、家で兄の帰りを待つ小さな妹弟を安心させてやる為にも、一刻でも早く帰宅するのが最善であると。

陽も暮れて、夜の町に響く波音を聞きながら歩く、カフェバーから自宅までの距離は、時間にして約15分。
妹弟達は、レオンが下拵えを済ませていた夕飯を食べた後、いつもリビングで兄の帰りを待っている。
とは言え、まだ幼い弟と預かり子は、待ち切れずにソファで眠っている事も少なくない。
何れにしろ、いつまでも子供達を待ち惚けにさせない為にも、レオンは自ずと帰路を急ぐ事となる。

そして、約4時間振りに帰って来ての、この言葉。


「……あ…と……」
「とりっく・おあ・とりーと!」
「と、とりーと!」


玄関ドアを開けた格好のまま、呆然とした表情で立ち尽くすレオンに、もう一度同じ声がかかり、少し遅れてもう一つ。

その声の主は、大きなカボチャ頭とマントを身に付けた生き物と、真っ白な布で全身を覆った生き物だった。
カボチャと布には顔が書いてあり、カボチャの方は凶悪そうながらユニークな、布の方は少し困ったような顔をしている。


「……ティーダ、スコール。何をしているんだ?」
「えっ」
「えっ」


カボチャと布を見下ろして、その中身であろう子供達の名前を呼べば、2人はぴたっと動きを止めた。
それからしばらくフリーズしたあと、もそもそと布がずり落ちて行って、見慣れたダークブラウンの髪が顔を出す。


「なんで判っちゃったの?」
「エル姉ちゃーん。バレたー!」


スコールは不思議そうに兄に訊ね、ティーダは頭に被っていたカボチャを脱ぎながらエルオーネを呼ぶ。

エルオーネはキッチンから顔を出し、水洗いでもしていたのか、濡れた手を拭きながらレオンを迎える。
そのエルオーネは、黒いとんがり帽子を被っており、レオンはまたも目を丸くした。


「お帰りなさい、レオン」
「ただいま」
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
「レオンおかえりー」
「ああ、ただいま」


姉に倣ってお迎えの挨拶をする子供達に、レオンも挨拶を返す。
被り物をしていた所為で、ぴんぴんと髪を跳ねさせた弟達の頭を撫でながら、レオンはエルオーネに訊ねた。


「それで、二人は何をしてるんだ?」
「ハロウィーンのコスプレだって」
「……ハロウィーン?」


聞き慣れない単語にレオンが首を傾げると、マント遊びをしていたティーダが「知らないの?」と言った。


「ハロウィーンは、トリック・オア・トリートって言ったら、お菓子貰える日なんだ」
「ザナルカンドではそういう習慣があったんだって」
「ふぅん……バラムじゃ聞かない習慣だな。それで、この格好は?」


レオンは、頭だけを布から出しているスコールを見下ろして聞いた。

スコールが被っていた布は、体をすっぽり覆う程の大きなものを扇状にして円錐形を作り、頂点にフードの要領で顔を取り付けている。
頭は出したスコールだったが、布はまだ被ったままで、てるてる坊主のような井出達になっている。
ティーダのカボチャは、食用とは思えない、オレンジ色をした皮の大きなもので、中身は綺麗に刳り貫かれていた。
マントは黒の無地で、カボチャのオレンジ色がよく映える。

エルオーネは、じゃれついて来るティーダの相手をしながら、レオンの問いに答える。


「ハロウィーンの日は、子供は皆こういう格好をするんだって」
「決まりなのか?」
「そうみたい。で、この格好で色んなお家を回って、お菓子を貰うの」


成程、行事の決まりの仮装と言う事か。
行事の謂れ云々はさて置くとして、取り敢えず、レオンは納得した。

そんなレオンに、ティーダが元気よく言った。


「だからレオン、とりっく・おあ・とりーと!」


トリック・オア・トリート────悪戯かお菓子か。
その意味と、わくわくと、単純にお菓子への期待感だけではなさそうなティーダの表情に、レオンは小さく笑みを浮かべ、


「お菓子をあげなかったら、俺は何をされるんだ?」
「え。レオン、ハロウィーン知ってるの?」
「なんだ、やっぱり何かあるのか」


レオンの言葉が、思いも寄らなかったのだろう。
驚いた表情で言ったティーダに、レオンは「いいや」と答えたものの、なんとなく予想はつくと付け加えた。
知らない筈なのに判った、と言うレオンに、ティーダとスコールがすごーい、と目を輝かせる。

エルオーネはティーダの持っていたカボチャの被り物を取り上げると、窓辺に置かれていた小さな豆電球の上に被せた。
豆電球のスイッチを入れると、カボチャの顔が灯りを零し、それまでの凶悪的な(けれどもユニークで可愛らしい)表情が少し和らいだように見える。


「ティーダが言うにはね。お菓子をくれない人には、イタズラしても良いって決まりがあるんだって」
「随分、物騒な決まりだな」
「だよねえ」


頷き合う二人だが、その表情はクスクスと笑い合っていて楽しそうだ。
そんな二人の腰には、兄の帰宅に嬉しそうに抱き着くスコールと、イタズラの可能性をレオンが知っていた事が残念なのか、少しばかり拗ねた顔をしたティーダがいる。


「ちぇ、レオン知ってたんだ」
「そうなの…かな…?」
「あっ、でも、お菓子なかったらイタズラできるんだ!」
「いたずら…良くないよ、困らせちゃ」
「だって、お菓子ダメだったらイタズラするって決まりだもん」
「でも……」


やっぱり良くないよ、と言うスコールに、ティーダは決まりだからいいの、と言う。
そんなティーダをエルオーネが咎めないので、スコールはもっと困った顔でレオンを見上げる。

レオンは、くしゃくしゃとスコールの頭を撫でてやると、スラックスのポケットに手を入れた。


「ほら、スコール」
「……?」
「ティーダの分も」
「へ?」


呼ばれたスコールの前には、握られたレオンの手があった。
スコールが両手を開いて差し出すと、ころん、と小さなものが転がった。
透明なセロファンに包まれたそれは、綺麗な色をした空色の飴玉。

ぱちりと瞬きをするスコールの隣で、ティーダも同じように手を出して、ころん、と飴玉が転がる。
二人ならんできょとんとした表情で手の中の飴を見つめる子供達に、レオンはく笑みを深め、


「お菓子を上げたから、イタズラはなしだよな」
「…!」
「あ」
「だね、ティーダ」


レオンから渡されたお菓子に、スコールが嬉しそうに目を輝かせた。
ティーダも一度嬉しそうに口元を綻ばせたが、イタズラが出来なくなったと気付いて、残念そうな、でもやっぱりお菓子は嬉しいような、ぐるぐると忙しく表情を変える。
エルオーネはそんなティーダの頭を撫でて、飴玉良かったね、と宥めてやる。

ちなみに、飴の出所はカフェバーのマスターで、良い子で待っているであろう妹弟達へのご褒美、らしい。

レオンは、ポケットにもう一度手を入れた。
取り出したのは、スコールとティーダに渡したものと同じ、空色の飴。


「エルオーネ、お前にも」
「え?私も?そんな、私は」


別に良いのに、と受け取るのを遠慮しようとするエルオーネに、レオンは言った。


「正直、お前のイタズラが一番怖い気がするからな」


兄の言葉に、頬を赤らめて目を逸らすエルオーネに、やっぱりな、とレオンはくくっと笑う。
決まりごととは言え、ティーダにイタズラについて咎めなかった時点で、レオンはエルオーネがこっそりイタズラを仕掛ける気である事を察していた。

スコールが生まれて以来、姉らしく手本になるようにと日々頑張っているエルオーネだが、根っこの部分はそう簡単には変わらない。
彼女は元々、イタズラ好きの子供であったから、こんな絶好の機会に便乗しない訳がないのだ。
生まれ故郷にいた頃に行われた、『Jの悲劇』をレオンは忘れていなかった。

しかし、いつも自分達のイタズラや無茶な遊びを叱ってくれる姉が、そんな子供であった事など、小さな弟達は知る由もなく、赤い顔をしたエルオーネを不思議そうに見上げる。


「お姉ちゃん?」
「エル姉ちゃん、どうしたの?」
「あ…う、ううん。なんでもない。えっと…わ、私も貰っておくね」
「ああ」


覗き込んでくるスコールとティーダに、エルオーネは慌てて平静を取り繕った。
差し出されていた兄の手から飴を受け取って、胸に寄せ、


「それじゃ、レオンは晩ご飯だね」
「悪いな、いつも準備して貰って。ほら、スコールとティーダはもう部屋に」
「あ、待って」


窓辺のテーブルの席に着きながら、そろそろ小さな子供は眠る時間だと弟達を促そうとしたレオンを、エルオーネが遮った。

どうしたのだろうとレオンがエルオーネを見遣ると、彼女はキッチンで何か忙しなくしている。
それに気付いたスコールとティーダが、あっと思い出したように声を上げ、慌ててレオンと一緒にテーブルへついた。


「どうした?」
「あのね。お姉ちゃんがケーキ焼いてくれたの」
「カボチャのケーキ!」


カボチャ、と聞いて、レオンは傍らの窓辺に飾られている、カボチャの被り物を見た。
食用には見えないので、恐らくこれとは別のもので作っているのだろうが、それにしても何故カボチャ。
カボチャでケーキとは、あまり聞かない組み合わせのような気がする。

レオンのそんな疑問が伝わったのか、自分だけが知る習慣を話して聞かせたかったのか、ティーダが続ける。


「ハロウィーンにはカボチャなんだ。カボチャのおばけが主役で、カボチャのケーキ食べるのが決まり!」
「それじゃあ、今日はティーダが主役だったのか」
「うん!」


カボチャの被り物をしていた事からレオンが言うと、ティーダは嬉しそうに頷いた。
そんなティーダを、レオンの隣に座ったスコールが羨ましそうに見ている。
僕も被りたかった、と呟くスコールに、ティーダが自慢げに笑うものだから、スコールはぷくーっと頬を膨らませる。

しかし、スコールの拗ねた表情も其処まで。
キッチンから、大きなトレイにレオンの食事とケーキを乗せたエルオーネが現れた。


「レオン、ご飯だよ。スコールとティーダにはケーキ」
「わーい!」
「二人とも、食べたら寝る前にちゃんと歯磨きするんだぞ」
「はーい」


レオンの遅い夕飯と、四人分のケーキがテーブルに並べられる。
エルオーネもティーダの隣に座り、四人揃って手を合わせた。




2012/10/31

ハロウィンだと言う事で、お兄ちゃんヘイタズラを計画してみた……が、回避されました。残念w
翌年からレオンがえらく手の込んだお菓子を用意するようになると思います。