寒い日の夜


ガーデンでの授業時間が終わり、学生が解放される放課後になっても、レオンがのんびりとする時間はない。
高等部の一年生となった今年から、レオンは夕方にアルバイトを始めた為、放課後は直ぐに帰宅して夕飯の準備を済ませた後、直ぐに家を出なければならなかった。
お陰でレオンの一日のスケジュールは、徹頭徹尾埋まっており、友人と遊ぶような余裕はない。

遊ぶ余裕がないので、勉強する時間も殆どない。
だからと言って、それを言い訳にするようにして、勉学を疎かにはしたくなかった。
育て親であり、現在も後見人として生活を支えてくれるクレイマー夫妻の顔に泥を塗らない為にも、恥ずかしい成績を取る訳には行かない。
だからレオンは、アルバイトが終わって帰宅した後でも、直ぐに寝床に着く事はなく、遅くまで起きて課題に張り付いているのが常だった。
自然と起きている時間が長くなってしまう為、妹弟達とは寝室を別にしたのだが、彼らが眠ったであろう時間を過ぎても、レオンは自室に鍵をかけないようにしていた。
まだ幼い弟達は、時折怖い夢を見たとか、ティーダは父の夢を見て泣いてしまう事がある。
スコールが泣き出すとティーダも泣き出す(逆も)事は少なくないので、エルオーネ一人では手に余ってしまう事が多かった。
そんな妹弟達がいつでも頼って来れるように、レオンは自室に鍵をかけないようにしているのだ。

─────その日も、レオンはいつも通り、鍵をかけずに自室に篭っていた。
休憩時間だけでは終わらせられなかった課題の残りを片付けてしまおうと粘っていると、気付いた時には日付が変わってしまっていた。
明後日提出の分まで、慌てて片付ける必要はなかったか、と思ったレオンだったが、面倒な事は前倒しで片付けて置いて損はない。
だが、提出期限が一週間先のものまでは手を付ける気にならなかったので、今日はもう終わりにしよう、とノートを閉じた所で、


「……おにいちゃん、入ってもいい…?」


かちゃ、とドアの開く音と、同時に聞こえた幼い声。
振り返ってみれば、スコールがドアの隙間からひょこりと顔を出していた。

レオンは椅子を引いて、体ごとスコールに向き直る。


「ああ、良いぞ。おいで」
「うん。おじゃまします」


レオンの許可を貰って、スコールが部屋に入ってくる。
とてとてと兄に駆け寄ってくるスコールの腕には、お気に入りのライオンのぬいぐるみがあった。


「どうした?もうお休みなさいする時間だろう」
「うん……でも、」
「眠れない?」
「……うん」


スコールは、寝る時間を過ぎても寝られない事に、悪い事をしているような気分になっていた。
眉をハの字にして、ぬいぐるみを抱き締めて視線を彷徨わせる弟に、それ位の事で怒りはしないのにとレオンは苦笑する。

レオンは勉強用の机から離れて、立ち尽くすスコールの前に膝を折って目線の高さを合わせる。


「今日、お昼寝したか?」
「ううん」
「寝る前にティーダと遊んだ?」
「カードしてた」
「ティーダは、寝てるのか?」
「うん。お姉ちゃんも」


話を聞いて、成る程、とレオンは納得する。
最近、スコールはカードゲームにハマっている為、お小遣いを溜めてはカードパックを買っていた。
気に入ったカードが集まり、デッキを作れるようになったので、ティーダやエルオーネ、レオンに相手をして貰って、カード勝負もするようになった。
今日も寝る前にカードバトルをしていたので、興奮で眠気が晴れてしまったのだろう。

ティーダもエルオーネも、同じように過ごしていたのに、眠れないのはスコールだけ。
それが余計にスコールにばつの悪さを感じさせているようだ。

レオンはぽんぽんとスコールの髪を撫でて、抱き上げる。
小柄とは言え、やはり幼い子供の成長は早いもので、日に日に重くなって行く体重を改めて甘受しつつ、レオンは自室を出た。
スコールはぬいぐるみを持ったまま、レオンの首に抱き着くように腕を回す。

二階の寝室から、一階のリビングに降りて、電気を点け、レオンはスコールをソファに下ろした。
冷えないようにブランケットを肩にかけて、シェルフに置いていた絵本をスコールに渡す。
スコールは絵本を受け取って、きょとんとした表情でレオンを見上げる。


「お兄ちゃん…?」
「何か温かいものを作って来る。良い子で待ってるんだぞ」
「うん」


頷くスコールに、よし、と頭を撫でてやる。

キッチンに入ったレオンは、食器棚からマグカップを取り出すと、ポットの湯を入れた。
マグカップは邪魔にならない所に置いておいて、ココアパウダーと砂糖を取出し、鍋に入れて少量の水と共に火にかける。
ゴムベラでゆっくりと掻き混ぜていると、水と粉が混じってペースト状になった。
焦がさないように気を付けながら、少しずつ牛乳を混ぜ、茶色と白がゆっくりと交わり、溶け合って行くのを確かめながら温め続ける。
鍋の縁でじわじわと小さな泡が生まれ始めたのを見て、レオンは火を止めた。
冷たくなっていたマグカップが、ポットの湯で温まっているのを確かめて、湯を捨てる。
空になったマグカップに、零れないように注げば、ほこほこと温かな湯気と甘い香りが鼻腔をくすぐる。

マグカップを両手に持ってリビングに戻ると、スコールはソファの上で丸くなっていた。
裸足の足が冷えたのか、ソファの上に足を乗せている。
レオンがそれを見ると、行儀の悪い格好をしている事を怒られると思ったのか、慌てて足を下ろす。
レオンはくすりと笑って、スコールの隣に腰を下ろした。


「足、気にしなくて良いぞ。寒いだろう」
「う、ん…」


スコールはほっと安心したような表情を浮かべて、ソファにもう一度足を乗せる。
足の親指を擦り合わせるのを見て、スリッパを出せば良かったな、とレオンは思った。


「ほら、ココアだ。温まる」


レオンがマグカップを差し出すと、スコールが嬉しそうに表情を明るくする。
三角座りになったスコールは、足と体の間にぬいぐるみと絵本を挟んで、マグカップに両手を伸ばした。

マグカップは、レオンの手には小さいが、幼いスコールには少し大きい。
それを両手で包むように受け取って、スコールは指先にじんわりと広がって行く熱を感じていた。
ほこほこと揺れる湯気に、ふー、ふー、と息を吹きかけて冷まし、そっと口をつける。

温かくて甘いものが、ゆっくりとお腹の中で広がって、


「ふあ……おいし」


ふわ、とスコールの表情が緩む。
まろい頬がピンク色に温まるのを見て、レオンの唇に笑みが浮かぶ。


「お兄ちゃんのココア、すごくおいしい」
「そうか」
「ほんとだよ」
「うん」
「えへへ」


レオンがくしゃりとダークブラウンの髪を撫でれば、スコールは嬉しそうに笑う。

レオンは、ほんのりと火照ったスコールの頬に手を当てて、優しく撫でた。
スコールはくすぐったそうに目を細めて、えへへ、と猫のように自分の方からもレオンの手に頬を寄せる。
柔らかな頬を緩くつまんでやれば、ふにふにと心地良い弾力があって、赤ん坊の頃から変わらないな、とレオンは思った。

それから、十分ほど経っただろうか。
コールはココアを飲み終えると、眠そうに目を擦り始めた。
レオンは空になったマグカップをシンクに置いて、スコールを抱き上げて二階に戻り、二階の寝室のドアを開ける。
子供三人が横になって眠れる広めのベッドの上には、エルオーネとティーダが並んで眠っている。
一番端のぽっかりと空いたスペースは、スコールの居場所だったのだろう。
レオンは其処にそっとスコールを下ろして、寝かしつけた。


「……おやすみ、スコール」


くしゃ、と頭を撫でて、ベッドから離れようとする────しかし、くん、と何かに背を引っ張られて阻まれる。
何かに引っ掛かったかと思って振り返れば、小さな手がレオンのシャツの端を握っていた。


「…四人は無理だぞ」


しっかりとシャツを握っている弟を見て、レオンは困ったように笑って言った。

ティーダが来る以前、レオン・スコール・エルオーネの三人で一つのベッドで寝ていた。
けれど、あの頃よりもスコールもエルオーネも大きくなったし、15歳のレオンは言わずもがなである。
ティーダと言う新しい家族が増えた今、ベッドは既に定員オーバーだ。

と言う事を、眠る弟に言った所で、小さな手が兄を引き留めるのを止める訳もない。


(まあ、一日くらいなら大丈夫か)


レオンはスコールを包んでいたブランケットを自分の肩にかけて、ベッドの傍に腰を下ろした。
シャツを握るスコールの手を握り、やんわりと離させると、布団の中に入れてやる。
布団の中で、小さな手がきゅっと握って来るのを感じながら、レオンはスコールの柔らかな頬を指先で突いた。




すぅすぅと静かに眠る弟の向こうで、やはり静かに眠る妹と、大きな口を開けて寝ているもう一人の弟。
寝室を別々にしてから、あまり見る機会がなかった、妹弟達の健やかな寝顔。

たまにはこんな夜も良いな、と思いつつ、レオンはベッドに寄り掛かって目を閉じた。





2012/12/28

翌日、まさかレオンが一緒に寝てると思ってなくて、早目に起きたエルがびっくり。

そしてやっぱり風邪ひいたレオンだけど、薬飲んで誤魔化して気合いで半日で治します。
妹弟達に心配かけるなんて以ての外。妹にはバレて怒られると思うけど。