ないしょのやくそく


一ヶ月前の今日、スコールとティーダは、大好きな姉の作った、ハートや星の形をした可愛いお菓子を貰って、おおいに喜んだ。
口の中でとろりと溶けて行く生チョコに、二人とも口の周りをすっかり茶色にしながら、美味しい美味しいと言って平らげた。
エルオーネが一人で菓子作りをしたのは、殆どこれが初めてだったのだが、弟達を喜ばせるには十分な出来栄えであった。
また、兄のレオンも、エルオーネの作ったチョコレートを貰い、ありがとう、と妹の頭を撫でてやった。

それから一ヶ月が経ち、テレビや街の店先で『White day』の文字が躍るようになって、先月のお返しを用意しないといけないな、とレオンが考えていた所、


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「レオン、レオン」


アルバイトに向かう前に、キッチンで夕飯を作っていたレオンの下に、スコールとティーダがやって来た。

レオンは野菜を刻んでいた手を止めて、小さな弟達を見下ろす。


「なんだ?晩ご飯なら、もうちょっとかかるぞ」
「んーん。ご飯じゃないの」


レオンの言葉に、スコールがふるふると首を横に振る。
その隣で、ティーダがちらちらとリビングを気にしていた。

リビングにはエルオーネが残っており、窓辺のテーブルに座って、宿題のノートを開いている。
悩んでいる様子はないので、順調にこなしているのだろう。

くいくい、とシャツの裾を引っ張られて、レオンは其処にいる弟達に視線を戻した。
手招きの仕草をするティーダに、レオンは首を傾げつつ、膝を追って二人と目線を合わせる。
すると、スコールが小さな小さな声で「あのね、」と言った。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんに、バレンタインのお返し、あげるの?」


ひそひそと、内緒話をするような声で、スコールは尋ねた。
レオンも弟に合わせて、声を潜める事にする。


「ああ。そのつもりだよ」
「お菓子、買うの?」
「いや、作ろうかな。エルも作ってくれたんだから」


買うのが一番手っ取り早いし、失敗する事もないのだが、折角エルオーネが頑張って作ってくれたのだ。
やはり、お返しとなれば、特別に彼女が好きなものを作ってあげたい。
彼女のように、女の子が喜ぶようなデコレーションが出来るか自信はないが、それも頑張ってみよう。

と、レオンが考えていると、


「あのね、あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「エル姉ちゃんのお返し、オレとスコールも作りたい。一緒に作ってもいい?」


二人の小さな手が、レオンのシャツの端をきゅっと握る。
それは、弟達の『おねがい』のサインだった。

スコールもティーダも、お菓子作りどころか、料理自体、殆どした事がない。
兄と姉の手伝いとして、皿を出したり、サラダの盛り付けを手伝ったりはするけれど、何かを切ったり焼いたりと言う経験は一度もなかった。
二人とも8歳になって、初等部の二年生になり、家庭科の授業も加わるようになったけれど、調理実習はまだ始まっていない。

兄を見詰める蒼と青は、真っ直ぐで、真剣な目をしている。
いつの間にこんな貌をするようになったのかな、と思いつつ、レオンは小さく笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、良いぞ」
「ホント?」
「ああ。ただし、作っている最中に悪ふざけはしない事。判ったな?」
「はーい!」
「判ったー!」


先程までの潜めた声を忘れたように、スコールとティーダは元気よく返事をした。


「そんでね、レオン、これエル姉ちゃんには」
「あっ、ダメ!ティーダ、声大きい!」


嬉しさの余りか、弾んだ声で言い始めたティーダを、スコールが慌てて止める。
そのスコールの声もまた大きくて、リビングの方でそれを聞いたエルオーネが首を傾げていた。

スコールとティーダは、弾んだ声を消そうとするかのように、それぞれ口を手で覆って押し黙る。
レオンはくすくすと笑って、声を潜めて言った。


「エルオーネには内緒、だな?」
「そう」
「びっくりさせてあげるの」
「だからレオン、エル姉に言ったらダメだよ」
「ぜったい、ぜったい、ダメだからね」


念を押すように、繰り返す弟達の言葉に、レオンは頷く。
絶対だよ、と言う二人の方が、よっぽどうっかりしてしまいそうな事は、決して言うまい。


「詳しい事はまた後で話そうな。エルに聞こえないように」
「うん」
「ん!」
「よし。ほら、夕飯が出来るまでもうちょっとだ。向こうで良い子にしていろよ」
「「はーい」」


ぽんぽんと二人の頭を撫でてやると、スコールとティーダは良い返事をして、とてとてとキッチンから出て行った。

リビングにいたエルオーネが、戻って来た弟達を見る。
二人で手を繋いで戻って来たスコールとティーダは、隠しきれない程に嬉しそうな顔をしていた。


「なーに?二人とも、凄く楽しそうだけど」
「えへへー」
「ないしょー」
「あ、ずるい。レオン、何話してたの?」


弟達と密談をしていたレオンに、教えてよ、と問い掛ける妹。
しかし兄は、くすりと小さく笑みを浮かべて、調理台へと向き直り、


「悪いな。内緒だ」
「えー?」
「ないしょー」
「ないしょー」
「なあに?私だけ仲間外れなの?」
「違うのー!」
「違うけどないしょー!」


傷付いた顔をして見せる姉に、スコールがそうじゃないと一所懸命に言って、ティーダもそうじゃないけど内緒なんだと繰り返す。
両手をばたばたと羽のように羽ばたかせ、違う違うと必死になる弟達を前に、エルオーネは本当かなあと疑う表情を浮かべる。
しかし、よくよく見ればその表情は、悪戯を思い付いた子供のものとよく似ている。

きちんと内緒に出来るだろうか。
姉を傷付けたくない思いで、早くも揺れ始めている弟達の心を察して、レオンはくつくつと笑った。




≫ないしょのひ
2013/03/15

隠し事が出来ないちびっ子たち。
適当な所で、お姉ちゃんが「信じるね」って弟達を宥めて終わりです。