ひみつのやくそく


庭で縄跳びの練習をしていたスコールとティーダが家に入ると、甘い匂いがした。

兄弟達の家では、時々、甘い匂いが一杯に広がる事がある。
それは兄や姉が、三時のおやつに弟達と一緒に食べるお菓子を手作りしているからだ。
弟達も最近はすっかりそれを覚えており、甘い匂いを嗅ぎつけると、心得たようにくぅうう、と腹の虫が鳴る。

待ち遠しくなったスコールとティーダは、洗面所で手を洗った後、大急ぎでキッチンに走った。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「今日のおやつ、なーに?」


ひょこっとキッチンの入り口から頭を出した弟達に、キッチンに立っていたレオンとエルオーネがくすりと笑う。


「今日はフォンダンショコラだよ」
「ふぉんだん?」
「ガトーショコラみたいなケーキの中に、チョコレートが入ってるの」
「ガトーショコラって、この前のおやつ?」
「うん」


頷いたエルオーネに、スコールとティーダは先週食べたガトーショコラの味を思い出して、嬉しそうに笑う。
そんな妹弟達を、レオンはデコレーション用のチョコレートを作る手を止めて見遣り、


「もう直ぐ出来上がるから、リビングで良い子にしていろよ」
「はーい」
「はーい!」


兄の言葉に、スコールとティーダは片手を挙げて元気よく返事をして、ぱたぱたとキッチンを出て行く。

フォンダンショコラと言うお菓子が、一体どんなお菓子なのか、スコールとティーダにはまだ判らない。
けれど、絶対に美味しいものなんだと、二人はそう信じていた。
何故なら、レオンとエルオーネが作ってくれるお菓子は、いつだって美味しくて、ほっぺが落ちそうな位なのだ。
レオンとエルオーネは、時々失敗していると言う事もあるけれど、それだってスコールとティーダは美味しく食べていて、何が失敗なのか判らない。
それは失敗作を作った二人が自ら食べていて、大急ぎで別のお菓子を作って失敗した分を取り戻しているからなのだが、幼い弟達には、まだ兄姉の其処までも気遣いは知らないのであった。

スコールとティーダは、リビングのソファに座って、テレビを点けた。
キッチンから漂ってくる甘い香りに、うきうきとした気持ちを隔せずにいると、テレビに綺麗にラッピングされた沢山のお菓子が映し出される。


「またお菓子の特集やってる」
「うん。多いね」


お菓子の特集番組は、見ているととてもお腹が空いて来る。
案の定、くぅうう、と腹の虫が鳴って、スコールとティーダはまだかなぁ、とキッチンの方を伺い見た。

キッチンからは、時々、レオンとエルオーネの話声が聞こえていた。
こっちかな、この方が良いか?と話し合いながらお菓子を作り続けているようだ。
スコールとティーダは、わくわくしながら、二人がキッチンから出て来るのを待っていた。

そんな二人の耳に、テレビの明るいナレーションが届く。


『これでバレンタインのプレゼントはばっちり!大好きな彼氏も、きっと喜んでくれるに違いない!』


ナレーションの声に、スコールがテレビに向き直ると、『Happy Valentine』の綴りと共に、色とりどり、ハートや星やリボンの形をしたチョコレートが映し出されていた。


(ばれんたいん……)


綴りをゆっくり読んだ後で、スコールははっと気付く。
今日は2月14日のバレンタインデーで、好きな人にチョコレートを渡して「好きです」と言う日だ。

スコールは、そわそわとした顔でキッチンの方を見ているティーダの肩をぽんぽんと叩き、


「ティーダ、ティーダ」
「何?」
「今日、バレンタインデーだって」
「……あ!」


スコールに言われて、ティーダもようやく気付いた。
だから今日はチョコレートのお菓子なんだ、と言うティーダに、スコールもこくこくと頷いた。

去年、スコールとティーダとレオンは、エルオーネからバレンタインデーのチョコレートを貰った。
レオンも例年と変わらず、チョコレートを用意していて、妹弟達に振る舞っている。
そして、その一ヶ月後のホワイトデーと言う日、それがバレンタインデーのお返しをする日だと聞いた二人は、レオンと一緒にエルオーネにお返しのクッキーを作ったのだ。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんのチョコ、貰えるんだ」
「じゃ、来月のお返し、考えないと」
「しーっ。内緒にしようよ。今年は、お兄ちゃんにも内緒にするの」
「なんで?」
「お姉ちゃん、去年、びっくりして喜んでくれたでしょ。だから今年は、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、びっくりさせるの」
「そっかぁ。うん、びっくりさせよう!」


意気込んで声高らかになるティーダに、スコールは慌てて彼の口を塞いだ。
「しーっ」と言うスコールに、ティーダも口を噤んでこくこくと頷く。

其処へ、甘い焼き立ての香りを漂わせ、トレイに丸皿とオレンジジュースを乗せたレオンとエルオーネがやって来た。


「随分楽しそうだな。何の話をしてるんだ?」
「ふぇっ。えっ、えっと、」
「内緒!」


兄の質問に、おろおろと視線を彷徨わせるスコールに変わって、ティーダが溌剌とした声で言った。
それに救われて、スコールも「内緒」とこくこくと首を縦に振る。

エルオーネが窓辺のテーブルにトレイを置いて、くすくすと笑う。


「楽しいお話、2人占めなの?ずるいなあ」
「違うよ。でも内緒なの!今は内緒!」
「ん、内緒なの。言わないもん」


絶対に言わない、と言うポーズに、口の前で指でバツ印を作る二人。
そんな弟達の可愛らしい仕草に、レオンはエルオーネは顔を見合わせて、くすくすと笑いながら、ソファに座っている弟達を食卓テーブルへ促す。


「ほら、今日のおやつが出来たぞ」
「おやつ!」
「いやつー!」


待ちに待ったおやつの時間に、スコールとティーダは先を争うように食卓テーブルの椅子へ上る。
弟達がちょこんと椅子に座ると、スコールの隣にエルオーネ、ティーダの隣にレオンが座った。

四人揃って両手を合わせて、いただきます、と食事の挨拶をして、スコールとティーダはフォークを手に取った。
今日のおやつだと言うフォンダンショコラは、見た目はチョコレート生地で作られたケーキで、上には雪を思わせる白い粉糖が振り掛けられている。
スコールとティーダは、じぃっとそのチョコレートケーキを見詰め、つんつん、フォークの先で生地の表面を突いてみる。


「チョコ……どこ?」
「中だよ。割ったら判るよ」


首を傾げるスコールに、エルオーネが教えた。
そんな妹弟を見て、レオンが手本を示すように、フォークでフォンダンショコラの上を斜めに割って見せる。
すると、フォンダンショコラの中から、とろりと溶けたチョコレートが泉のように溢れ出した。


「ふわ!」
「すげー!」


スコールとティーダがきらきらと目を輝かせ、弾んだ声を上げる。

弟達は凄い凄いとはしゃいだ後、わくわくとした表情で、フォンダンショコラにフォークを刺した。
爛々とした瞳でフォンダンショコラを見詰めながら、フォークをゆっくり底まで落として行く。
割れたフォンダンショコラの間から、とろり、とチョコレートの泉が溢れ出すのを見て、益々スコールとティーダの目が輝く。


「すごーい、すごーい!」
「出来たてだから、チョコレートも熱くなってるからな。気を付けて食べろよ」
「はーい!ふーっ、ふーっ……あむっ」


レオンに言われた通り、ティーダはフォンダンショコラの欠片に息を吹きかけて冷まし、一口。
甘さ控えめのケーキ生地と、溶けた甘いチョコレートが口の中で溶け合うと、ティーダはその美味しさにはしゃぐように、ぱたぱたとテーブルの下で足を動かした。

そんなティーダを見たスコールも、フォンダンショコラの欠片をフォークに刺して、息を吹きかけて冷ます。
目一杯大きく口を開けて、ぱくっ、と口の中に入れたスコールは、「んーっ」と高い声を漏らして、にこにこと嬉しそうに笑う。


「どうだ?」
「美味しい?」


レオンとエルオーネの問いに、スコールとティーダはこくこくと首を縦に振った。



甘くて美味しい、フォンダンショコラ。
こんな風に凝ったものはきっと作れないけれど、絶対にお返しするんだ、と子供達は心に決めたのだった。




2014/02/15

段々周りが見えるようになってきたスコールとティーダ。
成長著しい弟達に、お兄ちゃんお姉ちゃんも毎日が楽しみです。