はじめてのじゅんび


スコールのチョコレートが全て溶け終わり、それから程無くして、ティーダのチョコレートも溶け切った。
ゴムベラで掬うと、とろーん、と真っ直ぐボウルに落ちて行くチョコレートを見詰める子供達を横目に、イデアは買い揃えて置いたチョコレート用の小さなカップを用意する。


「スコール、ティーダ、チョコレートを持ってこっちにいらっしゃい。落とさないようにね」
「はい」
「はーい」


二人はボウルを鍋から上げて、調理台の反対側に立っていたイデアの下へ。
スコールが布巾で濡れたボウルの底を拭くと、ティーダも同じく綺麗に拭いて、台に置く。

イデアは、二人にスプーンを差し出して、


「溶けたチョコレートを、このカップに移します」
「はぁい」
「少しずつね。冷めたらチョコレートは固まってしまうけど、また温めれば溶けるから、焦らなくて大丈夫よ」
「よーしっ」


イデアが一つ、二つとチョコレートを移して見せると、子供達はそれを真似て作業を続ける。

イデアが用意したチョコカップは、一口サイズの小さなもの。
細かい作業が苦手な所為か、ティーダは度々チョコレートを零したり溢れさせていたが、根気強くボウルの中身がなくなるまで作業を続けた。
スコールの方は慎重すぎる程で、あまりにゆっくり作業をするので、途中でチョコレートが固まってしまった。
どうしよう、と困った顔をするスコールを宥め、イデアはチョコレートをもう一度温めて溶かし、またスコールに委ねる。

20枚用意していたチョコカップは、全部で15枚を使った所で、溶かしたチョコレートはなくなった。
チョコレートは、始めに移したものは固まり始めているが、最後に移したものはまだ温かく溶けたままだ。
イデアはチョコカップをバットに移し並べ、冷蔵庫へと運んだ。
子供達がついて来る気配を感じつつ、バットを冷蔵庫の中に納め、蓋を締める。


「これで冷えて固まったら、完成よ」
「おいしく出来る?」
「ちゃんと固まる?」
「ええ、大丈夫。後で一つずつ、味見してみましょうね」
「はーい!」


チョコレートが固まったら、ラッピング袋に入れて、プレゼント用に整えるのだ。
その前にイデア達は、菓子作りに使った調理器具を綺麗に洗い、チョコレートが冷えて固まるまで小休止する事にする。

温かなホットミルクティーを飲みながら、スコールとティーダはちらちらと冷蔵庫を見遣る。
冷蔵庫の中なら、チョコレートは程無く固まってくれるだろう。
よく菓子を作っているイデアは、それを知っていたが、もう少し子供達との時間を楽しみたくて、淹れた紅茶を飲み終わるまでは、二人には辛抱して貰おう。

ミルクティーを飲んでいたスコールが、くんくん、と自分の手に鼻を近付ける。


「僕の手、チョコのにおいする」
「オレの手もするよ、チョコのにおい」


甘い匂いのついた自分の手を、スコールとティーダはくんくんと嗅いでいる。


「なんかおいしそう」
「スコールの手、どんな味するの?」
「僕、食べ物じゃないよ」
「判んないぞ。今だったら食べれるかも!」
「やぁー!」


食べちゃダメ、とスコールが逃げ出し、ティーダが追い駆ける。
二人は大きな調理台の並ぶ教室の中で、あっちへこっちへ動き回り、スコールは机の陰に身を隠して縮こまり、ティーダは彼に見えないように机を大回りしながら、足音を忍ばせてスコールを追い詰める。

イデアは、元気の良い子供達を眺めながら、三日前の事を思い出していた。
スコールとティーダは、木曜日の昼休憩の時間に学園長室を訪ね、イデアに「お菓子の作り方を教えて!」と言った。
なんでも、先月のバレンタインデーの時、兄と姉が作ってくれたチョコレートケーキのお返しがしたいのだと言う。
もう直ぐホワイトデーなので、その日に合せて渡せるように、先に作って起きたかったらしい。
しかし、まだまだ自分達だけでお菓子作りなど出来ないし、かと言って内緒でお返しを準備したい彼等は、兄姉を頼るのも嫌がった。
内緒で作るとなると、家でお菓子作りをする事も難しい。
其処で二人は、いつも兄や姉と同じく、いつも美味しいお菓子を作ってくれるイデアの事を思い出し、頼りに来たのである。

彼等が自分を頼ってくれた事、思い出してくれた事を、イデアは嬉しく思っていた。
それと同時に、いつまでも幼く思えていた小さな子供達が、誰かの為に何かをしたい、と思う程に成長していてくれた事が、とても嬉しかった。

イデアは空になったティーカップをソーサーに戻すと、腰を上げた。
冷蔵庫に向かうイデアを、追い駆けっこをしていたスコールとティーダも気付き、後を追う。


「できた?」
「もうできた?」


わくわくとした声で訊ねて来る子供達に笑い掛け、イデアは冷蔵庫を開ける。
チョコレートの匂いがふわりと漂うのを感じながら、バットを取り出せば、綺麗に艶を浮かべたチョコレートカップが出てきた。


「さあ、出来ましたよ。皆で味見をしてみましょう」
「オレ、これにする」
「僕、こっち」


スコールとティーダが選び、チョコレートを包んでいるカップを剥ぐ。
イデアも一つ選んで、スコール達と一緒に、一口サイズのチョコレートを口の中に入れた。

ころん、と口の中で転がせば、とろりと溶ける甘い甘いチョコレート。


「あまーい!」
「おいひぃ」


上手に出来た事が嬉しいのか、味見でも甘いお菓子にありつたのが嬉しいのか。
恐らくその両方だろう、スコールとティーダは嬉しそうに口の中でチョコレートを転がす。

他人からしてみれば、市販のチョコレートを溶かして固め直しただけの、普通のチョコレートだ。
しかし、小さな子供達が、初めて自分達で大好きな人達の為に頑張って作ったお菓子である。
子供達にとっても、彼等の母親であるイデアにとっても、このチョコレートは特別なものだった。


「うん、美味しく出来たわね。じゃあ、これを綺麗に包みましょう」


イデアに褒められ、スコールとティーダは照れるように頬を赤らめながら、調理台へ戻る。
用意して置いたラッピング用の袋を広げ、スコールとティーダの手で、チョコレートはプレゼント用に包装されて行く。


「出来上がったら、渡す日まで、私が預かっておくわね」
「うん」
「レオンとエル姉にバレない所にちゃんと隠してよ」
「ええ、勿論。びっくりさせるんですものね」
「うん!」
「じゃあ、私とシドの部屋に隠しておくから、渡す時には取りにいらっしゃい」
「シド先生とママ先生のお部屋?」


確かめるスコールの言葉に、イデアは頷く。
判った、とスコールとティーダも頷いて、包装の手を再開させる。

味見で3個食べたので、残っていたチョコレートは12個。
スコールとティーダは、一つの袋につき、3個ずつチョコレートを入れていた。
そうして出来上がるプレゼントは、全部で4つ────兄と姉にそれぞれ一つずつあげるのだろうな、とイデアは思っていた。

が、全てのプレゼントを作り終えると、スコールとティーダはそれぞれ一つを持って、イデアに差し出す。


「ママ先生。これ、ママ先生のぶん」
「え?」
「作るの、手伝ってくれたお礼!」


目を丸くしたイデアに、スコールとティーダはきらきらと眩しい笑顔を浮かべて見せる。

思いも寄らなかった子供達の言葉に、イデアはしばし呆然としていたが、やがて口元が笑みに緩む。
伸ばした手は、差し出されたプレゼントを素通りして、その両手で子供達を抱き締めた。
子供達は少しの間きょとんとしていたが、頭を撫でる母の温もりを感じて、笑い合う。



ありがとう、と笑って受け取ったチョコレート。

嬉しそうに笑う愛しい子供達を見て、彼等の母親になれて良かったと、イデアは思った。





いつだってその成長を見守っているつもりだけれど、いつの間にか育っている事もある。
その育っている部分に気付いた時の喜びと言ったら。

お兄ちゃんとお姉ちゃんには、珍しく二人で「遊びに行ってくる!」って言って、内緒でガーデンに来たそうです。
で、この時のお返しに、ママ先生はケーキを作って、チョコを取りに来た二人にお返ししたのです。