不器用なサンタクロース


リビングに戻って見れば、案の定、じっとりとした雰囲気が満ちている。
どうしてさっきの今で喧嘩が出来るのか、スコールには甚だ不思議であった。
取り敢えず此処はスコールの家なので、暴れられるのは非常に困ると、スコールはもう一度溜息を吐いて、


「コーヒー、入ったぞ」


いつもなら無言でテーブルに出す所を、わざわざ口に出して言った。
親子は一拍程無言になった後、「……ん」「……おう」と返事を寄越して、それぞれ目を逸らす。

スコールはテーブルにコーヒーを並べると、ソファに向かおうとしているティーダを呼び止めた。


「ティーダ。あれ、持って来い」
「………えっ!今!?」


あれ、とスコールが指した物に気付いて、ティーダは顔を真っ赤にする。
早くしろ、と蒼の瞳が睨んで急かすが、ティーダはその場をうろうろと彷徨い、助けを請うようにスコールを見る。
今じゃなくても、と言う表情なのは判ったが、スコールは黙殺した。

結局、ティーダの方が根負けし、彼は覚束ない足取りで階段を上って行く。
うーうーと唸りながら二階に向かう息子に、ジェクトが訝しげな表情を浮かべていた。


「なんだぁ?」
「………」


説明を求めるようなジェクトの声を、スコールは無視した。
此処で口に出して、またジェクトが余計な茶々を入れては、何もかもが台無しになってしまう。
面倒臭い親子だな、とスコールはこっそり嘆息する。

ティーダは直ぐにリビングに戻って来たが、彼は階段の出入口から中々出て来なかった。
青い瞳はふらふらと彷徨い、時折父親に向けらるが、父が自分を見ている事に気付くと、さっと逸らされる。
どうにも煮えない態度の息子に、ジェクトの眉間の皺が深くなって行く。
それを察したスコールは、やっぱり面倒な親子だ、と愚痴を零しつつ、階段で立ち尽くすティーダの腕を掴んで引っ張った。


「ちょちょちょ、スコール!」
「早くしろ」
「ま、待って待って!タンマ!俺のタイミングで…」
「そんなの待ってたら、来年になる」


きっぱりとティーダの訴えを殺して、スコールは幼馴染をその父の下へと連れて行った。
ジェクトは相変わらず眉間に深い皺を刻んでいたが、口を噤んで息子達を見守っている。

スコールはティーダをジェクトの前に置くと、自分はさっさとキッチンに引っ込んだ。
キッチンで何かする事がある訳でもなかったが、人目があるとティーダはいつまでも行動に出ないと思ったからだ。
リビングからは「スコール!」と助けを求める声がしたが、スコールは反応する気はなかった。
うわああ、と嘆くような焦るような声もしたが、これも無視する。


「…何やってんだ、お前は」
「……うるさい」
「で、さっきから後ろに隠してるのは何だ?」
「う……いや、別に……」


スコールはこっそりと、キッチンの出入口から、リビングの様子を伺った。
其処からはティーダの背中が見え、彼が腕ごと背に回して隠しているものが見えている。
それは青色に雪の白を模様にした包装紙で、赤色のリボンが施され、金色のシールが貼られている。
箱のような固いものではなく、袋を包んだような柔らかさで、ティーダが手元を動かす度、かしゅかしゅとビニールが擦れあうような音が聞こえていた。

ティーダはしばらく唸り、座り込み、頭を掻きともだもだとしていた。
ジェクトはそんな息子に焦れつつ、辛抱強く待っている。


「……………あーもうっ!」


立ち上がって、ティーダは叫んだ。
息子の突然の咆哮に、ジェクトは目を丸くする。
ティーダはそんな父親に気付かず、背に隠していたものを押し付けるように突き出した。


「これ!」
「あ?」
「あんた、いつも腹出して寝てるから!」
「は?」
「じゃ!」


そう言う事で、としゅたっと右手を挙げた後、ティーダはぐるんと方向転換した。
呆然とした表情を浮かべる父に背を向け、ソファに突進してそのまま俯せに倒れ込む。
更に縮こまるように丸くなる息子を、ジェクトはしばしぽかんと見詰めていた。

しんとした静寂が落ちた後、かさり、とジェクトの手元で音が鳴った。
視線を落とせば息子が押し付けて来たものがあり、それは誰が見ても判る、プレゼントとしてラッピングされた袋であった。
何やら、息子の心中が伝染したように、一気にむず痒いものに襲われたジェクトであったが、


「あー……開けるぞ?」
「勝手にしろよ!」


一応の確認をと問えば、ツンツンに尖った返事が帰って来た。
いつもなら、クソガキ、と毒づいてやる所であったが、今のジェクトにそんな余裕はない。

細かい作業を苦手としているジェクトは、こうした包装紙を破くのも上手くない。
自覚がある為、こんな時にはいつもビリビリに破いてしまうのだが、今日はそれは憚られた。
封に貼ってあるセロハンテープをどうにか───結局幾らか敗れたが───剥がして、口を開けて中を覗き込む。
入っていたのは、シンプルな青生地に黄色のラインがあしらわれた腹巻だった。

中を覗き込んだ格好のまま、ジェクトは停止している。
恐らく、予想だにしていなかった息子からのクリスマスプレゼントに、思考ごと停止しているに違いない。
ティーダはそれを横目で見遣った後、うーうーと唸りながらソファの背凭れに顔を埋めて丸くなった。
スコールはすっかり傍観者として、そんな親子を眺めた後、ほっと息を吐く。


(まあ、今年はこれで良いか)


ティーダがジェクトに渡したものは、スコールとレオンがティーダを宥めて諭して、ようやく準備させたものであった。
買いに行く時は渋々顔だったティーダだが、選ぶ時には真剣な表情で、毛糸は解れるから駄目、体に厚みがあるので伸縮がないと小さくて入らない、明るいカラーは違う、と悩んでいた。
店もあちこち覗いて探しており、それらに付き合ったスコールにとっても、今回は渡されなければ意味がなかった。
結局、渡し方は酷く不格好であるが、無事に父の下へと届けられたのは幸いであった。

これで此方は一安心────と、スコールはリビングを覗くのを止める。
それからスコールは、調理台の上の吊戸棚の扉を開けた。
必要な物のみが揃えられているので、すっきりと片付いた棚の奥に、ひっそりと日の目を待つ小箱がある。

紺色の包装紙に包まれ、赤いリボンが結ばれたそれを見て、スコールは溜息を吐く。
中身はレオンが愛用しているグローブの新品で、長年使っているお陰であちこち傷んでいるのを見付けてから、プレゼントはこれにしようと決めていた。
SEEDとして出先で使用しているものなので、頑丈且つ柔軟性のある素材で作られており、値段もそこそこ張るものであったが、スコールは自分が欲しかったアクセサリーを我慢して、これを用意した。
普段、専ら自分か何かをする側、与える側だと思っている兄に、今年こそは何か返したいと思っての事だ。
どんな顔をしてくれるのかは全く想像がつかなかったが、少しでも喜んでくれたら良いと思う。
そして、今回は時間が足りなかった為に、姉に用意は出来なかったが、来年こそはと決意する。

────そんな決意の傍らで、


(……どうやって渡そう)


レオンが自分を与える側だと思っていたなら、スコールも無意識に与えられる側として定着していた。
一念発起して用意した箱を見詰めながら、今度は、スコールが思い悩む番であった。



2014/12/25

頑張ったティーダと、これから頑張るスコール。
スコールとしては、意識しないように普通に渡せば…と考えてたけど、本人を前にすると普通ってどうやるんだったっけ、って思う位に緊張すると思われる。
ティーダと「お前から渡して置いてくれ」「なんで?!自分で渡せよ」って言う押し問答も始まる。