朝の光はまだ遠く


エルオーネの作戦の甲斐あってか、スイッチが切れつつあるのか、ティーダが眠たげに目を擦り始めた。
その頃には、レオンの膝の上で、スコールの意識も夢に委ねられつつある。


「かもめーの、すいへいさん。なーみにちゃぷちゃぷ……ふあぁ…」


歌うティーダの口から欠伸が漏れ始めた。
まだ頑張って起きていようとしているようだが、意識はふらふらと宙に浮き気味になっている。
スコールに至っては、すっかりレオンの胸に体を預け、すぅすぅと寝息を立てている。

エルオーネの手に触れていたティーダの手が、きゅっ、きゅっと彼女の手を握っては話し手を繰り返す。
眠い時の合図だと、エルオーネはよく心得ていた。


「ティーダ」
「……ん……」
「スコール」
「………」


兄と姉がそれぞれ弟の名を呼ぶが、返事はない。

レオンがスコールを抱き上げると、かくん、と頭が揺れる。
頭の据わらない赤ん坊のように首を揺らすスコールに、レオンは小さな頭を自分の肩に乗せて支えた。
物音を立てないようにそっとソファから腰を上げ、階段に向かう。
ちら、とソファに座る妹ともう一人の弟を見遣ると、ティーダはエルオーネに抱き付くように体を寄せ、歌声も止んでいた。
リビングに柔らかく響くのは、エルオーネが奏でる子守唄だけだ。

レオンはスコールを、次にティーダを寝室に運び、ベッドに寝かしつけた。
二人はもうむずがる事もなく、二人並んですやすやと健やかに眠っている。

リビングに戻ったレオンを出迎えたのは、ソファに座って欠伸をしているエルオーネだった。


「お疲れ、エル。お前もそろそろ休め」
「うん……そうする。レオンももう寝るでしょ?」
「そうだな。片付けが済んだら、寝るよ」


そう言って、レオンはテーブルに並べられていた、夜食用に使った食器を重ねて行く。
明日の朝食の準備は既に済ませているから、出ている食器を片付けてしまえば、レオンも床に入る事が出来る。

キッチンに運んだ食器を、水に晒していると、出入口からエルオーネが顔を覗かせた。


「ねえ、レオン。今日、皆で一緒に寝ない?」
「俺は良いけど……狭くないか?」


エルオーネの提案に、レオンは大丈夫だろうかと首を捻る。
普段、生活リズムの違いから、レオンだけが違う部屋で眠っているが、皆で揃って眠る事に否やはない。
が、弟達の身長は日に日に伸び、平均的に見れば小柄とは言え、そろそろ妹弟三人で眠るにも、ベッドは窮屈気味になっていた。
大きめのベッドを新調するか、小さ目のベッドを人数分揃えるかと悩んでいた頃である。
弟達とは逆に、体格に恵まれたレオンも一緒に眠るとなると、あのベッドは流石に辛い。


「駄目かなあ……ほら、初日の出、見せてあげられないでしょ。だからその代わりにと思ったんだけど」


初日の出を見る為に、遅い時間まで頑張って起きていたスコールとティーダ。
これだけ頑張ったのだから、早朝に起こしてやろうとしても、きっと彼等は目覚めない。
致し方のない事とは言え、きっと明日の朝、高く昇った太陽を見て、彼等は残念がるに違いない。

弟達ががっかりする顔を、レオンは直ぐに想像する事が出来た。
どうして起こしてくれなかったの、と言われるのも、想像に難くない。
拗ねた弟達を宥める為にも、今夜は皆で過ごすのが良いかも知れない。


「そうだな。じゃあエル、悪いけど、俺の部屋から布団を運んで貰えるか。毛布だけで良いから」
「駄目だよ、そんなの。ちゃんと温かくして寝なくちゃ。大丈夫、布団位ならもう運べるもの」


そう言ったエルオーネに、レオンは口端を綻ばせ、「それじゃあ、頼む」と言った。
判った、と言ったエルオーネがキッチンを出て行く。

片付けを終えたレオンは、ふあ、と欠伸を一つ。
気が抜けた所為か、妹弟の前で堪えていた眠気が一挙に押し寄せてくる気がした。
ふらふらと揺れそうになる足取りで、二階への階段を上り、自室の前を通り過ぎる。
電気の点いた奥の部屋の扉を開ければ、エルオーネがレオンの布団だけではなく、ジェクトや客人の為にと備えていた予備の布団も敷き終えた所だった。


「これなら、皆で一緒に眠れるでしょ?」
「そうだな」


布団の端に座っているエルオーネに頷いて、レオンはベッドで眠っている弟達を抱き上げた。
床に敷いた布団に二人を移動させ、冷えないように毛布と冬布団を重ねてかける。


「んぁ……」
「ふにゅ……」


意味のない寝言を漏らす弟達に、レオンとエルオーネの目許が緩む。
寝顔を覗き込んで見れば、安らかなものであった。
二人の小さな手が掴むものを求めるように彷徨うので、レオンがスコールの、エルオーネがティーダの手を握ってやる。
慣れた温もりに触れて安心したのか、ふにゃ、と弟達の顔が緩むのを見て、レオンとエルオーネはくすりと笑った。

消すぞ、と一言言って、レオンは電気を消した。
窓から差し込む冴えた月明かりだけが、薄ぼんやりと部屋を照らす。
エルオーネが眠たげに目を擦り、レオンは布団に横になって、一つ深い深呼吸。


「今年も終わっちゃったね」
「そうだな」
「…結構、良い年だったなぁ」
「ああ」
「大変な事も多かったけど」
「確かに」


一年を振り返るエルオーネの呟きに、レオンは頷いて、くつくつと笑う。
二人の脳裏には、まだまだ幼い弟達に振り回された日々から、ガーデンの学友達と過ごした日常まで、様々な記憶が巡っている。
それらはエルオーネの言う通り、大変な事件となった事もあったが、思い返して笑みが零れる位には、良い思い出になっていた。

笑みを零すレオンのそれが伝染したように、ふふ、とエルオーネが笑った。
眠る弟達を起こさないよう、密やかな笑い声が静かな寝室に響く。


「ふふ……そうだ、言い忘れる所だった。あけましておめでとう」
「ああ。おめでとう。今年も宜しく」
「宜しくね。今年も色々、大変だと思うけど。レオンはアルバイトもあるし」
「ああ。エルも、スコールとティーダの事で、大変な事もあるだろうな」
「……でも、きっとまた、良い一年になるよね」


願いを籠めたエルオーネの言葉に、レオンは頷いた。
大切な家族がこうして傍にいてくれるのだから、きっとまた、良い一年を過ごせる筈だ、と。

ころん、と二人の間で、スコールとティーダが寝返りを打った。
温もりを求めるように身を寄せる弟達を抱き寄せて、レオンとエルオーネも目を閉じる。



耳元から聞こえる幼い弟の吐息と、触れ合う場所から伝わる鼓動を、これからも守って行こうと思った。




2014/12/31

頑張って起きていようとするけど、結局寝ちゃったちびっ子達。
頑張る二人を見守りつつ、お兄ちゃんお姉ちゃんも結構眠かったりする訳で。
皆で見る初日の出は、また来年。

こんな感じうちの子達を、今年も宜しくお願い致します。