家族とお菓子といたずらと


そんなレオンの下に、地図帳を畳んだスコールとティーダが近付いて来る。
何処かうきうきとしたティーダの表情に、ああ、とレオンは直ぐに気付いた。
が、今回は彼等の期待に応えてやる事が出来なくて、眉尻が下がってしまう。


「レオン、レオン。トリックオアトリート!」
「…と、トリックオアトリート…」


元気なティーダと、少し恥ずかしそうに言うスコール。
それぞれ声音は違うものの、やっぱりそう来たか、とレオンは微笑ましく思いつつ、


「すまない。今年はないんだ」
「えー。ないの?」
「準備する暇がなくてな」


判り易く肩を落とすティーダに、レオンはごめんな、と詫びる。

ハロウィーンは、元々ザナルカンドで暮らしていたティーダが教えてくれたものだ。
その習慣のないバラムに移り住んでからも、レオンやエルオーネが恒例行事にしていたので、彼にとっては年中行事の一つだったのかも知れない。
スコールも一緒に仮装をして楽しんでいたし、お菓子も喜んでいたので、楽しみにしていたのは間違いないだろう。

今からでも買いに行けるかな、とレオンが考えていると、ティーダがレオンの顔を覗き込んで言った。


「じゃあ、レオンはトリックって事で決まり!」
「トリック?」


ティーダの言葉に、きょとんとした顔で鸚鵡返しをするレオン。
それから、数拍置いてから、ようやく思い出した。
“トリック・オア・トリート”────“いたずらかお菓子か”の意味を。


「やっとレオンにいたずら出来る!」
「いつもお菓子持ってたもんね」
「スコール!今年はいたずら出来るよ!」
「……う、うん」


嬉しそうなティーダと、楽しそうなエルオーネと、少し不安そうなスコール。
そんな妹弟達を見て、レオンは今年は仕方がない、と大人しく甘受する事を決めた。


「お手柔らかにしてくれよ?特にエル」
「なんで私だけ?!」
「色々やっただろう?」
「昔の事でしょ」
「……?」


兄姉の会話に、弟達は顔を見合わせて首を傾げた。
彼等にとって、姉はしっかり者と言う認識なので、嘗ての彼女のイタズラ話など知りもしないのである。

こほん、とエルオーネが咳払いを一つ。
ちら、とその眼がスコールへと向くと、スコールはもじもじとした様子でレオンを見ていた。
そんなスコールを、ティーダが急かすように肘で突いている。


「あ、あの、お兄ちゃん」
「ん?」


スコールなら、それ程警戒しなくても良いか。
元々イタズラと言うものをしない子供だし、そう言う事をしようとも思わないのだろう。
今回は姉やティーダに色々任されているようだが、スコールにやらせようと言うのだから、彼等も余り無理な事はやらせるまい。

そう思って、少し楽しみな気持ちで待っていると、スコールは背中で後ろ手に隠していたものを取り出した。


「これ、お兄ちゃんに」


そう言ってスコールが差し出したのは、可愛らしいラッピング袋だった。
黒猫のシルエットを散りばめた袋に、大きなリボンで封が閉じてある。

袋を差し出したまま、スコールは固まっている。
どうやら、レオンがこれを受け取るまで、スコールは動く事が出来ないようだ。
ちょっと意地悪をしてみたい気持ちがレオンの頭に過ぎったが、今回イタズラをされるのはレオンの方。
お菓子を用意できなかった罪滅ぼしも兼ねて、レオンは素直にラッピング袋を受け取った。

兄が袋を受け取った事で、スコールがほっと息を吐く。
その横から、ティーダがひょこっと顔を出し、


「いっつもレオンにはお菓子貰ってたからさ。今年はオレ達で用意したんだ!」
「お仕事で忙しいし、準備も出来ないだろうなって思って、じゃあ逆に用意してビックリさせようって話でね」
「そうだったのか。すまないな、ありがとう」


妹弟達の優しい気遣いに、レオンは頬が綻んだ。

開けて良いか、と訊ねると、ティーダがこっくりと頷く。
誕生日ならともかく、こうした行事でレオンが何かを用意して貰ったと言うのは、随分と久しぶりの事だ。
妹達が何を用意してくれたのか、緩む頬をそのままに封を切ってみると、


『ケケケケケ!』
「っ!?」


けたたましい笑い声と共に飛び出したのは、顔付のカボチャ頭。
思わぬものが顔面に向かって迫って来た瞬間、レオンは反射的に身を捻ってそれを避けた。
カボチャ頭はソファの背にぶつかって、ぼとっと落ちて転がる。

カボチャ頭の物体は、その胴体は服こそ着せられているものの、衣服の中身はバネで、とどのつまりはビックリ箱。
自動再生の笑い声が繰り返され、ケケケ、ケケケ、と鳴きながらソファの上で寝そべっている。
レオンはそれを、ぽかんとした表情で見詰めていた。


「これは……」
「やったー!イタズラ成功!」
「あはは、レオンのそんな顔、初めて見た!」
「お、お兄ちゃん、大丈夫?ご、ごめんね、ごめんね」


まさか兄が、こんな古典的な罠に引っ掛かるとは、誰も思っていなかったのだろう。
呆然としているレオンの様子に、ティーダがガッツポーズではしゃぎ、エルオーネは腹を抱えて笑う。
スコールは慌ててレオンに縋りついて、何度も何度も謝った。

レオンはしばらく呆けていたが、エルオーネがカボチャの笑い声のスイッチを切った所で、我に返った。
見上げる弟が泣き出しそうな顔をしている事に気付いて、レオンは口角を上げて、くしゃくしゃとスコールの髪を撫でる。


「お兄ちゃ、」
「大丈夫だ、スコール」
「レオン、どう?びっくりした?」
「ああ。全く、お手柔らかにって言っただろう?」
「えへへへ。いえーい!」
「いえーい」


ティーダは初めてイタズラが成功したのが嬉しくて堪らないらしく、エルオーネとハイタッチをする。
この分だと、イタズラの詳細を計画したのは、間違いなくエルオーネだろう。
スコールにラッピング袋を持たせたのも、きっと彼女の指示。
スコール相手なら特に警戒心が緩むであろうと見越して、仕込んだに違いない。

エルオーネはカボチャのびっくり箱をテーブルに置くと、床に落ちていたラッピング袋を拾う。


「はい、改めて。もう変なのは入ってないよ」
「本当か?」
「ホントホント!後は全部お菓子!」


判り易く疑う顔をして妹を見るレオンに、ティーダが後押しするように言った。
まだ警戒を解き切らずに袋を受け取り、中身を覗くと、確かに後は全て飴やチョコと言ったお菓子類だった。
中には大きな蜘蛛の焼印をしたクッキーが入っており、これはイタズラとどっちかな、とレオンは笑みを零す。

クッキーを取り出して眺めていると、スコールがレオンの隣に座る。
蜘蛛の焼印を見せてやると、スコールは判り易く顔を顰めた。
可愛い弟の反応に、くすくすと笑いながら、レオンはクッキーをラッピング袋へと戻す。


「ありがとう。このお菓子、俺一人では食べ切れそうにないから、後で皆で食べないか?」
「良いの?」


今年は準備する側で、と思いつつも、やはりお菓子の誘惑はまだまだ大きいのだろう。
レオンの言葉に、スコールとティーダの目がきらきらと輝いた。
勿論、エルも一緒に、と言えば、エルオーネは紅茶を用意して来ると言ってキッチンへ向かう。

レオンは、テーブルに鎮座しているカボチャのビックリ箱をつんと突く。
バネを揺らして踊るカボチャは、無事にその大役を果たして、何処か喜んでいるように見えた。




2016/10/31

ついにお兄ちゃんにイタズラ成功!
計画:エルオーネ、準備:ティーダ、実行:スコール。

社会人になったレオンは色々疲れたりもするけど、こんな愛しい家族の為に頑張ります。