欲しいものは形じゃなくて


 一国の大統領の誕生日ともなれば、当然、その日一日のスケジュールは頭から尻までガチガチになっている。
それは対外的なものに限った話ではなく、国内でもまた、十七年前のクーデター成功のリーダーを務めたラグナを英雄視する者は多く、祝福する声は後を絶たない。
テレビ演説に各国首脳からの祝電にと忙しなく過ごす合間に、エスタ国内の有力者が大統領官邸を訪れ、祝福の手紙や挨拶をして行く。

 十七年の単独独裁政権を続けて尚、此処まで指示され続けていると言うのは、有難い話である。
それもラグナの、飾らない性格と、一国の大統領とは思えない程の気さくな人柄によって得られたものだ。
しかし当のラグナはそうは思っておらず、有能な友人や秘書官の助けあっての指示だと言う。
そうした事を素直に口にする事が出来るから、ラグナの人気は留まる所を知らないのだろう。
特に先の魔女戦争終結後、国際復帰して以降、年若い大統領の顔が全世界に知られてからは、彼の人気は国外からも寄せられるようになった。

 お陰で今年のラグナの誕生日には、例年以上に多くの人々からの祝福が寄せられた。
軽トラックなんて目じゃない程のプレゼントの山が大統領官邸を埋め尽くし、スタッフ総出で中身のチェック諸々に当たっているが、当日中に全てを確認する事は出来ないだろう。

 そして───大変申し訳ない事ではあるが、ラグナはこうした沢山の人からのプレゼントよりも、欲しいと望んでいるものがある。


「休みてぇ〜!!」


 官邸前にやって来たテレビ局のインタビューに答えた後、官邸ロビーに入ったラグナの第一声はそれだった。

 数秒前まできりりと引き締まっていた表情は何処へやら、ラグナの素が完全に露呈している。
早速ネクタイを緩める姿に、だらしないと咎めるような官邸スタッフは此処にはいない。
皆プレゼントの仕分けを進めながら、常と変らない大統領の様子に苦笑を浮かべるのみだ。

 ラグナは綺麗に梳かれていた黒髪をがしがしと掻きながら、執務室へと向かう。
その傍らで、キロスとウォードが今日の予定についてすらすらと並べて行った。


「午前中の仕事はこれで一段落したよ。午後からは執務、一時から西地区の地区長が挨拶に来る。三時にもう一度テレビ出演、四時半にはF.H.の駅長と電波通信で中継を繋ぐ事になっている」
「うわ〜、きっつ……毎年の事だけど」


 十七年前まで、ごく普通の一般市民として───軍に身を置いてはいたけれど───過ごしていたラグナは、こうして盛大に祝われるのは未だに慣れない。
初めの頃こそお祭り騒ぎに便乗して楽しんでいたが、自分の立場の重さが理解できない訳ではなかったし、毎年続くと流石に疲れてくる。
本音を言えば、こんな風に国を挙げて祝われるよりも、ひっそりと、身内だけで祝ってもらう方が好きなのだ。
勿論、祝ってくれる国民達の気持ちは、とても嬉しいものではあるけれど。

 執務室に入ったラグナは、去年までの残った仕事を片付ける為にデスクにつく。
年末の内に片付けなければならなかった仕事が、年を跨いでまだ残っているのだ。
急ぎや期日が迫っていたものは終わらせたが、それも全体量で言えば半分。

 ラグナはパソコンを起動させながら、ぐったりとデスクに突っ伏した。


「うあ〜……キロスー、誕生日なんだからちょこっとさあ…こう、気の利いたプレゼントが欲しいなーなんつってみたりして」
「気を利かせてあげたいのは山々だが、そう何度も何度も都合よくは出来ないな」
「………」


 キロスの殺伐とした答えと、音のないウォードの言葉に、ごもっとも、とラグナも思う。
だが、判っていても言わずにはいられないのだ。

 パソコンの起動と読み込みが終了した所で、執務室のドアベルが鳴った。
ラグナはデスクに突っ伏していた体を起こし、許可を出すと、シュン、と小さな音を立ててドアが開く。
入って来たのは執務官の一人だった。


「大統領、エルオーネ嬢からお手紙が届いております」
「ほんとか!」


 それまでの不承不承とした疲れた表情は何処へやら、ぱっと破顔して身を乗り出すラグナ。
判り易い反応に執務官は笑みを零し、ラグナに持っていた手紙を渡して、足早に執務室を後にする。

 手紙は花柄の封筒に入れられていた。
空色の花の花弁が咲き誇る封筒は、裏にチョコボのシールで口を止められていた。
破ってしまわないように気を付けながら、シールをそっと剥がし、中の手紙を取り出す。
便箋もまた花柄で、此方は淡いパステルカラーの花が彩られていた。


『───ラグナおじさんへ。

 お誕生日おめでとうございます。何かプレゼントを送りたかったけれど、中々良いものが見付からなくて、結局お手紙だけになっちゃった。
 本当は、直接逢ってお話がしたいけど、最近はとても忙しそうなので、邪魔になっちゃいそうなので止めておきます。でも、日付をちょっとずらせて、近い内にエスタに遊びに行こうと思っています。その時には、改めておめでとうって言わせてね。
 ウィンヒルは今、雪が積もっていて、皆が丹精込めて育てたお花畑も、真っ白になって見えなくなっています。春が近付けばまた花は芽吹くから、その時が楽しみです。でも、今しか見られない雪景色もとっても綺麗だよ。
 この間、スコール達がウィンヒルに遊びに来ました。セルフィとゼルとアーヴァインが雪合戦を始めて、キスティスも巻き込まれちゃって、皆とても楽しそうでした。スコールは寒いからって殆ど家の中にいたんだけど、リノアに引っ張られて雪合戦に参加していました。こっそり撮ったので、写真を送ります。恥ずかしがるから、スコールには内緒にしてね。
 去年は沢山の事があって、なんだかあっと言う間に過ぎて行った感じがします。終わったからそう思うのかな? とても悲しい事が沢山あって、でも、ラグナおじさんやスコールにまた逢う事が出来て、とても嬉しい一年でもありました。ラグナおじさんもスコールも、まだまだ忙しい日が続くと思うけど、一日でも早く、皆揃ってゆっくり過ごせる日が来る事を願っています。

 ───エルオーネ』



 封筒の中をもう一度覗き込んでみると、数枚の写真が入っていた。
映し出された景色は、あの穏やかで温かな村の風景ではなく、銀色の世界に覆われている。
ラグナの記憶の中にあった花畑は何処にも見られなかったけれど、それでも、あの懐かしい風が感じられるような気がした。

 風景写真の下に、雪の中で無邪気に遊ぶ少年達が映されている。
雪まみれになって遊ぶ彼らの姿は、とても世界を救った英雄であるとは思えない程、無邪気で楽しそうだ。
ダークブラウンの髪の少年は、こんな時でも眉間に皺を寄せているけれど、ラグナの記憶にあった気難しい姿とは一線を隔している。


(こんな顔もするんだなあ、お前)


 雪玉を投げ返そうとしているその横顔は、友達同士でムキになって対向する、年相応な姿を覗かせている。
そんな彼に庇われている少女もまた、現代にただ一人の魔女であるとは思えない程、楽しそうに笑っていた。

 最後の写真には、皆が揃って並んでいる。
真ん中に据えられたスコールは相変わらず不機嫌な顔付だが、リノアとエルオーネに腕を捉まえられて逃げられなくなっていた。
カメラのレンズから視線を外している彼の耳が、ほんの少し赤くなっているのが映っている。
皆雪の中で赤らんだりしている中で、彼だけが違う理由のように見えた。

 誕生日プレゼントが用意できなかった、とエルオーネの手紙には書かれていたけれど、この写真で十分だとラグナは思う。

 そのままじっと写真を眺めていたかったが、キロスの呼ぶ声に我に返った。
余計な事すんなよぅ、と拗ねた顔を作ってみるが、長年連れ添った友人にそんなものが通用する訳もない。
仕方なく写真を封筒に戻し、デスクの一番上の引き出しに入れておく。
後でもう一度、直ぐに見る事が出来るように。

 さて仕事の再開───と思った所で、通信が入った。


「どうした?」
『バラムガーデンより、大統領宛に通信です。繋げますか?』
「ああ、頼む」


 バラムガーデン、と聞いて俄かに浮つきかけた気持ちを押し隠しながら、ラグナは答えた。

 通信回線が開いて、通信用モニタにシド・クレイマーとイデア・クレイマーの姿が映し出される。


『お久しぶりです、ラグナ大統領。バラムガーデン学園長、シド・クレイマーです』
『妻のイデア・クレイマーです。その節は、本当にお世話になりました』


 深々と頭を下げる二人に、ラグナは襟元を正す。


「いや、お気になさらず。寧ろ俺の方こそ、お二人には感謝してもし足りない位で……」


 十七年間、辛い思いを抱えて来たのはラグナだけではない。
ラグナが落として来た小さな種を、大切に大切に慈しみ、育ててくれたのは彼らなのだ。
ラグナにしてみれば、自分の方こそが彼らに感謝するべきと言う意識があった。

 此方こそ、いや此方こそ、とモニター越しに頭を下げる互いの様子がなんとも可笑しく思えて、しばしの沈黙の後、揃って噴き出した。
くつくつと浮かぶ笑みを押し殺しつつ、シドが気恥ずかしそうに頭に手を遣った。


『いや、申し訳ない。ああ、こういう事を言うのはもう止めましょうか』
「そう、だな。キリがねえし」
『では、改めまして。ラグナさん、お誕生日おめでとうございます』
「あ、こりゃどうも」


 慌てて礼に頭を下げるラグナ。
本来ならもっと言葉を選ばなければならないのだろうが、シドはそうしたラグナの態度を気に留める事はない。
寧ろシド自身も畏まった場は苦手だと言うので、お互いに気楽に過ごす事にしているのだ。

 夫と並び、両手を揃えて佇むイデアは、以前は結い上げていた黒髪を下ろし、背に流していた。
服装は相変わらず黒を基調としたものであるが、ドレスではなく、昔たった一度───行方不明になったエルオーネを探していた時、彼女に逢った際に着ていたものになっている。
そうしていると、あの年若い英雄達が彼女を呼ぶ際に使っていた、「ママ先生」と言う言葉がよく似合う。
母性に満ちた、芯のしっかりした女性である事が伺えた。

 イデアはふふ、と柔らかな笑みを零した後、


『それでは、私達はこれで』
「え、もう?早いなあ。ま、学園長も忙しいもんな」
『いえいえ、貴方ほどでは。それに、此処からはバトンタッチと言う事でして』


 バトンタッチ?誰に?
 ラグナの疑問が音になるよりも早く、カメラが動いて一人の少女が画面に映し出された。


『ラグナ様〜!お久しぶりで〜す』
「おっ、セルフィか?」


 外に跳ねたショートカットの茶色の髪、ぴかぴかの太陽を思わせる元気な笑顔。
見知った少女の名前を言い当てれば、彼女は嬉しそうに飛び跳ねる。


『ラグナ様、うちの事覚えててくれた〜!』
『おいセルフィ、一人だけズルいだろ。こっちもちゃんと映せって』


 カメラの画面と一緒に飛び跳ねるセルフィに、諌める声。
はーい、と間延びした返事をしながら、セルフィがカメラを回転させた。

 次に画面に映し出されたのは、整列したキスティス、アーヴァイン、ゼル、リノアの四人。
それを見ておや、とラグナが首を傾げると、画面端にいたリノアが見切れている方に手を伸ばしている。


『何しとんの〜、皆並んでくれないと入らんで』
『ちゃんと並んで……ないわね』
『もう諦めなって〜』
『往生際悪いよなあ、案外』
『照れちゃってるんだよ。ほらほら、スコール!』
『だから俺はいいって言ってるだろ…』


 弱々しい声が画面の外から聞こえた。
映ってはいないものの、其処に本当に彼がいるのが判って、ラグナはこっそり安堵する。

 リノアが画面から消えて、代わりに押し出されたスコールが映し出される。
逃げようとするのをゼルが捕まえ、更にリノアに腕に抱き着かれて拘束される。

 カメラが台に固定されて、セルフィが列に加わった。
それじゃあ、とキスティスが言いかけて、セルフィがストップかける。


『やっぱり真ん中はスコールじゃないと』
『……俺は此処でいい』
『よし、真ん中行こう、真ん中!』
『ちょっ……リノア、引っ張るな』
『それなら俺が端に行くかな』
『スコールの隣におった方が、ラグナ様きっと見てくれるよね』
『じゃあ、僕セフィの…』
『ちょっと、グダグダじゃない。動くならしゃきしゃき動く!ほら早く!』


 キスティスに急かされて、五人は慌てて整列し直す。
先生おっかねえ、とゼルが小さく呟いた。

 端からゼル、アーヴァイン、リノア、スコール、セルフィ、キスティス。
強制的に真ん中にされたスコールは、エルオーネの写真に写っていた時と同じく、カメラモニターを見ようとしない。
リノアがあっちあっち、とカメラを指差していたが、彼はちらりと青灰色を向けただけで、直ぐに背けてしまった。


『いいわね?はい、せーの!』
『ラグナさん、誕生日おめでとうございます!』


 キスティスの号令に合わせ、全員が画面に向かって声を揃える。
が、その声に一人の声だけが入っておらず、


『スコール、言ってないじゃん』
『………』
『じゃあスコールだけ!はいっ』
『は?ちょっと待て、そんな話聞いてない』
『スコールが言わないからだろ』
『頑張って〜』
『一言言うだけなんだから。はい、どうぞ』


 言うなり、仲間達は揃って画面から姿を消す。
一人残されたスコールが、助けを求めるように視線を彷徨わせたが、誰も戻ってくる様子はない。

 カメラがズームアップされて、スコールの顔が鮮明になる。
スコールは映すな、と言うように顔に手を翳すが、それをすかさずリノアの手が奪った。
逃げる術をなくして、スコールがまた視線を彷徨わせる。
何度か依頼した、護衛任務の最中には決して見せる事のなかった彼の表情の変化に、ラグナは小さく笑みを零す。


(いっつも鉄面皮で、つまんない顔ばっかしてるなって思ってたけど……そうだよな、そんな訳ないよな)


 エルオーネの写真の中でも、この小さなモニターの向こう側でも、スコールはちゃんと息衝いて存在している。
世界が彼に向ける目は、いつも“伝説のSeeD”と言う肩書で色がついているけれど、彼もまだ十七歳の少年なのだ。
気の知れた仲間達に囲まれていれば、こんな風に表情を崩す事だってある。
───彼がそれが出来るようになったのが、このほんの数か月の事であると、ラグナはまだ知らない。

 ほら、と画面の端に映り込んでいるリノアに促されて、スコールはようやくモニターに向き合った。
しかし視線はやはり彷徨い勝ちで、液晶向こうで見詰めるラグナとは中々目が合わない。

 ……それがほんの少し、ラグナには寂しい。
確かに繋がっている筈の二人の糸が、つい最近まで、お互いに糸の存在すら知り得ていなかった事を実感させられる。
画面越しにすら向き合うのが難しい程、二人の距離が遠いのだと。

 リノアがスコールの耳に何か囁いた。
スコールがじろりとリノアを睨んだが、リノアはそれをひらりと交わしてスコールから離れる。
画面には、また一人になったスコールだけが映し出されていた。
なんでそんな、とスコールは小さく呟いた後、意を決したように画面を見て───また目を逸らし、


『……誕生日、おめでとう。………とう、さん』


 消え入りそうなその声をカメラマイクが拾ってくれたのは、最早奇蹟ではないだろうか。
それ位、とても小さな声だったのだ。

 逃げるようにスコールが画面から消えた。
カメラが動いて、逃げたスコールを追い駆ける。
それに気付いたスコールが「撮るな!」と声を荒げたが、顔が赤い所為か、気迫も何もあったものではない。
駆け寄ったリノアが宥めるようにスコールに声をかけるが、彼は踵を返して、部屋を出て行ってしまった。
リノアはモニターに向かったバイバイ、と手を振った後、スコールを追って部屋を出て行く。

 カメラがぐるんと回転して、セルフィとゼルが映った。
後ろにアーヴァインとキスティスも立っていて、更にその後ろに微笑ましそうに見守るシドとイデアがいる。


『どうやった?ラグナ様』


 得意げなセルフィの笑顔。
ゼルも満足そうで、アーヴァインとキスティスは眉尻を下げながらも笑っている。
だが、ラグナはもうその映像を見ていなかった───見る事が出来なかった。


「ああ。最高だ。最高の誕生日だよ」


 四十五年の人生の中で、最高の誕生日プレゼント。

 ありがとう。
それだけを言うのが、今のラグナには精一杯だった。




ラグナパパ、誕生日おめでとう!
ラグスコ(恋人でも親子でも)もスコリノ(恋人未満でもラブラブでも)も好きなんです。スコール総愛されです。