触れたくて、触れたくて、抱き締めて


 エスタが十七年間の鎖国で得たものは、世界でも類を見ない高い科学技術力と、本当の意味での魔女戦争の終結による、魔女支配再来への恐怖からの解放。
その代わりに失ったものは、国際社会からの信頼と、友好国と呼べる梯子を繋ぐ相手。

 開国したエスタが先ず真っ先にする事は、十七年間の鎖国と、それ以前の軍事大国エスタが辿った軌跡の説明責任を果たす事。
そして、失った世界各国からの信頼を取り戻す事───その為に、エスタ大統領ラグナ・レウァールは忙しい日々を送っている。

 現在、彼は専ら外交の為にあちこちへ出向いており、のんびりと体を休める暇もない。
束の間に治める国に帰る事が出来ても、溜りに溜まった国内の案件を大急ぎて片付けなければならなかった。
心身ともに休める時と言えば、ホテルか、或いは大統領私宅の部屋で眠る時だけだ。

 エスタの国際社会への復帰は、表立っては歓迎されたものの、裏では良くない顔をする者も多い。
特にガルバディアでは、嘗て戦争相手国であった事と、今回の魔女戦争で魔女に国の舵取りを牽引された事等々、後ろ暗さも多い所為もあって、軍部は否定的な空気を滲ませている。
が、しかし、現在、ガルバディアには大統領のポストが空席となっている為、軍部はフューリー・カーウェイ大佐が指揮系統権限を一手に有していた。
カーウェイ大佐は魔女戦争に一枚噛んでいた事もあり、ラグナ・レウァール大統領によるエスタの国際復帰は、純粋な意味で歓迎している。
お陰でガルバディア軍部の暴走も抑えられており、ラグナが友好親善の為にガルバディア領を訪れる事も増えていた。

 ガルバディアに限らず、他国に訪問する時、ラグナには警護が付けられる。
大統領の諸外国訪問なのだから、当然の事だろう。
その時の護衛は、エスタ兵から選ばれるものだが、エスタ兵には長い鎖国による平和が続いた為に、実戦経験が致命的と言えるレベルで不足している。
先の魔女戦争の折、月の涙によって出現した魔物とまともに対峙する事すら出来なかったのだ。
身体能力も、開発されたパワードスーツ頼りである為、肉体的な体力不足が深刻化されている。
これを補う為、エスタはバラムガーデンが有する傭兵───SeeDに警護依頼を寄越している。
そして、その依頼により派遣されるのは、決まってスコール・レオンハートであった。

 スコールはSeeDの指揮官であり、魔女戦争の英雄だ。
彼の護衛を求める有人は少なくないが、その中でもエスタからのラブコールは強い。
特に大統領直々の指名は入り、当然、依頼料も破格の金額が掲示されるので、受諾する側としては必然的に優先される事となる。
それ以外にも、スコールとラグナの個人的な関わりがあるのだが、此方は深入りすれば蛇に噛まれるので、事情を知る僅かな人間も、余程のトラブルがなければ、知らない振りを貫いている。




 会談を終えてホテルに到着したラグナを待っていたのは、明日の予定の打ち合わせだった。
エスタを出発する前から、繰り返し確認して置いたスケジュールと、明日の会談で引き続き話し合われる内容をチェックする。
ラグナとしては、早く両手両足を伸ばして大の字に寝転がりたいのだが、厳しい友人達が許してくれない。
正直に言うと、心底面倒だったりするのだが、今日に至るまでの全てを清算する為にも、文句を言っている暇はない。
あれよあれよと現在の立場に祀り上げられ、今の今まで抱えて来たものは、決して安易に投げ出しては行けないのだ。
全てを終えて肩の荷が下りるまでは、もう暫くは、と。

 だが、チェックが全て終わってしまえば、ようやくの休息。
ラグナはキロスやウォード、その他数名の秘書官が退室して間もなく、長い息を吐いてソファの背凭れに身体を沈めた。


「あ〜……終わった終わったぁ」


 これで今日一日の予定は、全て終了。
後は寝るだけ。
疲労感と解放感を感じつつ、ラグナは背凭れに頭を押し付けて天井を仰いだ。

 ふぅ、と今度は短く、溜息交じりの息を吐いた所へ、


「お疲れ様でした、大統領閣下」


 凛と、冷たさを孕んだ低い声が聞こえて、ラグナは頭を持ち上げた。
部屋の出入口のドアの傍らに、一人の青年が立っている。
濃茶色の髪と、青灰色の瞳、詰襟に金縁の意匠が施された服を着た彼は、ラグナの護衛の為にバラムガーデンから派遣されたスコール・レオンハートであった。

 ラグナがひらりと手を振るが、スコールは無表情のままだ。
蒼の瞳だけがちらとラグナを追っただけで、直ぐに視線は他の場所へと向かう。
それが彼の仕事とは言え、ラグナは少し淋しかった。


「スコール」
「……」
「スコール、こっち来いよ」


 おいでおいで、と手招きするラグナだが、スコールは動かない。
予測はしていたので、ラグナは眉尻を下げて腰を上げた。

 笑みを浮かべて近付いて来るラグナに、スコールの眉間の皺が深くなる。
徐に上がったラグナの手が、眉間の皺をつんと突く。
益々、縦筋が深くなった。


「スコールも、お仕事お疲れさん」
「…ありがとうございます」
「うんうん」


 スコールの眉間を突いていたラグナの手が、今度はくしゃくしゃと濃茶色の髪を掻き撫ぜた。
じろり、と蒼の瞳がラグナを睨む。

 ラグナはスコールの頬を両手で包み込むと、傷の走る額に自分の額をぐりぐりと押しつけた。


「そんな怖い顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぜ」
「……」


 ラグナの間近で蒼眼が更に剣呑な空気を孕む。
その瞳から、可愛くない、どんな顔をしようが俺の勝手だ、近過ぎる離れろ、と言う声が聞こえて来るような気がする。
それに気圧されるように、ラグナが彼に触れる事すら躊躇っていたのは、もう昔の話だ。

 ぐっ、とスコールの右手がラグナの肩を押した。
触れていた額が離れて、ラグナの手がスコールの頬から離れると、蒼が目の前の男から逸れる。


「明日も早いのですから、今日はもうお休み下さい」
「そう言うなよ。やっとゆっくり出来るんだぜ。お前ともお喋り出来るんだし。俺、ずーっと我慢してたんだぞ」


 スコールの任務はラグナの警護、その為に彼は常にラグナの傍に付き従っている。
会合や会食でもスコールはラグナの傍、直ぐ隣を定位置にしているのだが、その間、ラグナがスコールに話しかける事はない。
それ所か、直ぐ隣にいる彼を、自分の視界に入れる事すら儘ならず、────これが案外とストレスになるのだ。

 ラグナとスコールが逢える時間は、限られている。
その限られた時間の大半は、ラグナもスコールも仕事中だ。
ラグナは訪問国の要人との遣り取りや、秘書官が用意する書類に目を通し情報を整理する事に終始し、スコールは他のSeeDやエスタの警備兵と定時連絡を取りつつ、その他は常に黙したまま警護に徹している。
当たり前と言えば当たり前の光景だろう。
だが、その当たり前の光景の間も、ラグナはスコールを見て、話しかけて、触れたくて堪らないのだ。
有限の束の間でしかない時間だからこそ、傍にいられる時は、その存在を具に感じていたい。

 くしゃり、ともう一度ラグナがスコールの頭を撫でる。
子供をあやしているようで、拗ねた恋人を宥めているようで、そのラグナの手をスコールは決して振り払う事はない。
頭を撫でた手を頬へ、顎へと持って行き、そっとスコールの顎を持ち上げる。
僅かに抵抗感が感じられたが、少しだけ待つと、スコールの色の薄い唇が此方へ向いて、ラグナのそれと重ねられる。


「……ん……」


 微かにむずがる声が聞こえて、ラグナは触れただけの唇を直ぐに放す。
睨んでいた青灰色の瞳が、その色を半分瞼の裏に隠していた。

 あってないも同然の距離で、蒼と緑が交じり合い、蒼が完全に姿を隠す。
微かに開いた唇が求めているものを、ラグナは望むままに与えた。


「……っ…」


 差し入れた舌でスコールのものを絡め取れば、ぴくん、と細い肩が震える。
構わずに、ラグナは味を堪能するようにゆったりと、ねっとりと咥内を弄り続け、スコールはそれを甘んじて受け入れた。

 日焼けを知らない白い頬に、少しずつ赤みが差していく。
重力に従って垂れていた手が、持ち上がってラグナのワイシャツを掴もうとして、止める。
それはラグナの視界には入らなかったが、スコールが僅かに身動ぎしたのが、全てをラグナに伝えていた。

 少しずつ、少しずつ赤みが増していく頬に構わず、ラグナは口付けを深めて行く。
角度を変えて、貪るように、熱を生み始めたスコールの咥内を弄り続ける。
そうしている内に、緊張するように強張っていたスコールの肩から力が抜け、ラグナの体に体重を預けて行く。
ふるり、とスコールの長い睫が震えて、ぼんやりとした青灰色が覗く。

 ちゅ、と音を立てて、二人の唇が離れた。


「スコール」


 いつもの陽気な声ではなく、低く通りの良い音がスコールの鼓膜を震わせる。
濡れた唇から、熱の篭った吐息が零れて、ラグナはもう一度その唇に口付けようとして、


「いい加減にして下さい」


 手袋をしていない手がラグナの顔面を掴んで、強引に押し退ける。
ぱちり、と瞬きをして、ラグナは指の隙間から睨み付けるスコールを見た。
途端、ラグナの眉がへにゃりと下がる。


「ンなつれない事言うなよ、スコールぅ〜」


 陽気でも通りの良い声でもなく、情けない声を漏らすラグナに、スコールは呆れたとばかりに溜息を吐く。


「仕事中に不謹慎です」
「何言ってんだよ。今日の仕事はもう終わりだぜ」
「貴方はそうでも、私はまだ仕事中です」


 ラグナの警護任務は、当然、ラグナが眠っている時も含められる。
特にラグナの身辺を警護する担当するスコールは、一時の休憩時間も含め、常に神経を張り詰めて周囲を警戒する必要がある。
ラグナがどんなに求めても、睦言に興じている暇はない。

 ───と、言わんばかりの表情でラグナを押し退けると、ラグナに背を向けて襟元を正し、身形を整えるスコール。
ラグナは唇を尖らせ、その様子を見詰めていたが、


(……お?)


 身なりを整えて振り向いたスコールは、先と同じように無表情だ。
眉間の皺がいつもよりも割増になっているように見えるが、ラグナはそれを気にしなかった。

 じっと見詰めるラグナの視線に気付いて、スコールが露骨に溜息を吐いて見せる。


「明日も早いのですから、今日はもうお休み下さい」


 つい先程も聞いた言葉を、一言一句、声のトーンも変わりなく繰り返すスコール。
まるで録音再生のようだな、とラグナは思った。

 そうして、自分自身を律し、陶然と佇む彼の姿も、決して嫌いではない。
しかし、その裏側にあらゆるものを押し殺そうとしているのか見えてしまう青さもあるから、それを暴いてしまいたい衝動にも駆られてしまうのだ。

 もう何を言われても応じない、とばかりに、警戒する猫のように睨むスコールだが、ラグナは構わずに近付いた。


「閣下」


 スコールの声に、諌める色が混じった。


「ちゃんと休むよ」
「でしたら、早く」
「でもその前に、ちゃんとお前を感じたい」


 真っ直ぐに見つめる男の言葉に、蒼灰色の瞳が驚いたように見開かれる。
そんな一瞬が、ラグナには愛おしくて堪らない。

 何と呼ぼうとしたのか、聞く前に、ラグナはその唇を塞いだ。
この少年が、見た目程大人でない事も、突然の出来事に弱い事も知っている。
何が起きているのか判らない、と言う表情を浮かべるスコールの唇は、無防備にも半開きにされていた。
其処から侵入すると、ビクッと細い肩が跳ねて、スコールの手がラグナの肩を掴む。
ジャンクションと言う能力のお陰で、細腕に見合わぬ力を持つスコールが、それを発揮する前に、ラグナはスコールの舌を絡め取った。


「ん……ふ、うぅっ!」


 抗議するような、くぐもった声が聞こえたが、ラグナは気にしなかった。
絡め取った舌で遊ぶように、腹を当て合ってくすぐってやると、スコールの体が小さく震える。

 押し遣ろうとラグナの肩を掴んだ手が、縋るように力を込めて、ワイシャツの肩口に皺を作る。
爪を立てられているのが判ったが、やはりラグナは気に留めない。

 スコールが頭を振った。
仕方なくラグナが唇を放すと、


「閣下!」


 叱る声で叫ばれて、ラグナは掌でスコールの口を塞ぐ。


「大声出すと、外に聞こえちまうぜ。廊下にもいるんだろ?」


 ラグナの直接の身辺、寝室となる部屋を直接警護するのはスコールだが、まさかスコールだけが警護任務を続け、他のSeeDが悠々休んでいる訳もない。
廊下にはスコールが配置した他のSeeDと、エスタの護衛兵もいる。
此処でスコールが可惜に大きな声を出したら、何かあったのか、と大騒ぎになるだろう。

 手の中でスコールが唇を噛むのを感じ取って、ラグナは満足、とばかりに笑みを作った。
それを蒼い瞳が忌々しげに睨むが、ラグナの片手がするりと肩を撫で、詰襟に隠れた喉を辿ろうとすると、忽ち白い頬に朱色が走る。

 詰襟のボタンを外して行くと、肩を掴んだままの手が抗議するように力を込めた。
いつものように手袋をしていないスコールの爪が、ぎり、とラグナの肩に食い込む。
その割に、此方が顔を顰める程の痛みが与えられない辺り、青臭い少年の甘さと言うか、隠しきれない可愛らしさが感じられる。

 軍人、傭兵、指揮官───そう言った肩書が相応しくも見える(年齢を思うとやはり不釣り合いな気もするが)SeeD服だが、詰襟を開いて胸元まで開かせると、それまでの雰囲気が一変する。
意匠の所為か、重々しいデザインの所為か、少年を少年らしからぬ雰囲気に見せる事に一役買っていたそれを剥いでしまうと、其処に在るのは華奢にも見える体躯。
子供と言う程未発達ではないが、完成されているとも言い難い。
そう思うのは、詰襟で隠れていた首や鎖骨が、殊の外細く、簡単に折れてしまいそうに見えるからだろう。
無論、彼等の場合は、それを補って余りある戦闘能力を有しているので、とても逞しく、頼りがいのある者達である事は、ラグナもよく知っている。

 それでも、インナーの中に手を滑らせただけで、ぴくん、と怯えたように震える躯は、やはりまだ子供の域を脱していないのだと如実に語る。


「…ん……くっ…!」


 薄い腹筋を下から上へと指で辿りながら、シャツを捲り上げて行く。
スコールは唇を噛んで、ふるふると首を横に振った。
止めろ、と音のない声で訴えられるが、ラグナの悪戯は止まらない。

 平らな胸の上で、揉むように指先に強弱をつけてみる。
ラグナの耳元で、息を押し殺す気配があった。
追い打つように、胸の膨らみに指を掠めると、ひくん、とスコールの喉が微かに痙攣する。


「っ……閣下……っ!」
「ん?」
「私、は…仕事中で……っ」


 親指と人差し指で膨らみを摘んでやると、スコールの声が途中で途切れた。
はくはくと酸素を求める魚のように開閉を繰り返す唇は、戦慄いていて、其処から出てしまいそうになる音を必死で堪えている。

 尖り始めた其処をくすぐり、転がしながら、ラグナはスコールの喉に顔を寄せた。
吸血鬼が牙を立てるように、彼に判るように喉仏に歯を当てると、スコールの体が撓って仰け反る。


「…あ…ぁっ……!」
「なんか、えらく敏感だな」
「……レウァール、閣下……ぁっ…!」
「俺の気の所為かな?」
「───ひ、んっ……!」


 きゅっ、と膨らみを摘んで抓るように捩じってやると、スコールの喉から高い音が漏れた。

 ぎゅう、とスコールが強く歯を噛み締める。
白い頬だけでなく、耳まで赤くなっているのを見て、ラグナはスコールの喉を食んだままでくつくつと笑った。


「閣、下…!ふざける、のも…いい加減に……」
「失礼だな。俺はいつだって真剣だぜ」
「ん、んっ……う…ふぅんっ…!」


 ラグナは胸の蕾を転がしながら、逆の手でスコールの腰を抱いた。
嫌がるようにスコールの足下でブーツの踵が音を鳴らすが、それ以上の抵抗はない。


(可愛いよあ。本気になれば、俺ぐらい投げ飛ばせるだろうに)


 ラグナも嘗ては軍属で、戦う術も心得ていたが、今となっては十年以上も昔の話。
現役で荒事に従事する若者に勝てる筈もない。

 だから代わりに、大人のずるさで、少年を追い詰めて囲い込む。


「…あ、う…っ…!は……し、仕事、が……」
「判ってる。だからお前は、仕事をしてて良いよ。俺が勝手にお前を可愛がるから」
「ば……あっ!」


 馬鹿な事を言うな、するな、とでも言おうとしたのだろう。
しかし、それは胸部を襲った甘い痛みで、嬌声に取って代わられた。

 腰を抱いていたラグナの手が、するすると下りて行き、スコールの臀部を撫でる。
びくっ、と腰を震わせて逃げを打つスコールだが、何処に逃げ場がある訳でもなく、ラグナの手はそのまま不埒な動きを見せ始めた。
引き締まった肉の形を確かめるように、全体を摩って揉んで、足の付け根で指先が遊ぶ。


「ん、ん、ふ……あ、や…やめっ…!」


 尻を撫でていた手が体の前に回って、ベルトに指をかけた。
慌ててその手を振り払おうとするスコールだったが、咎めるように胸の頂きを摘んで捏ねられ、ビクッビクッ、と四肢を震わせる。


「閣下…、閣下……っ!」
「ん?」
「やめて、下さい…!警備の、任務、が……あっ…!」


 下腹部の締め付けが緩むと、呆気なく、すとん、とズボンが床へ落ちる。
シンプルなボクサーパンツは、ラグナの手で強引に降ろされた。

 窮屈さから解放された若い性が、頭を起こしている。
それを見てラグナがにんまりと笑えば、スコールは顔を真っ赤にして、涙の滲んだ瞳で目の前の男を睨む。


「いい加減にして下さい、大統領閣下!」
「って、此処こんなにして言われてもな」
「………っ」


 つぅ、とラグナの指がスコールの中心部をなぞる。
それだけで、ひくん、ひくん、とスコールの腰が反応を示した。


「大体、本当に嫌なら、本気で抵抗すれば良いのに、ずーっと口だけなんだから、お前も本当は期待してたんだろ?」


 スコールの抵抗らしい抵抗と言えば、事の始めにキスをした後、「今日は此処まで」とラグナを押し返した、あの一回きりだ。
後は「仕事中だから」「任務が」と言ってラグナを諌めようとするばかりで、実力行使には至らない。
明らかな情交を意識した触れ方を振り払う事もせず、今も服を殆ど脱がされていながら、逃げようとしない。
“任務だから”この場を離れる訳に行かない、“依頼主だから”機嫌を損ねる真似はしてはいけない───と言うのは、体の良い言い訳だと、ラグナは思う。
同時に、それがスコールにとって、現状に流される事への逃げ道なのだと言う事も、知っている。

 期待していた、と言うラグナの指摘に、違う、とスコールは小さな声で言った。
それも掻き消えそうな程の小さな声だから、ラグナは聞こえなかった事にして良いのだと判断した。


「結構、我慢してただろ?久しぶりだもんな」


 淡い色付きの中心部を手で包み込んで、上下に扱く。
スコールが息を飲んで、ラグナの肩を掴む手に力が篭る。
細腰が逃げを打つように下がったが、背後の壁で行き止まりだ。


「んっ、んっ……!う…ふっ……!」
「スコール、お前、あっちではどうしてた?」
「や、…んっ…!やめっ……!」
「自分でしたか?それとも、我慢してた?」


 逃げようと下がるスコールの体を抱き寄せ、捕まえて、ラグナは耳元で問う。
耳元にかかるラグナの吐息と、低くよく通る声に、スコールはぞくぞくとしたものが腹の奥から競り上がってくるのを感じて、嫌だ、と首を横に振った。
それがラグナには、質問の答えを拒否しているように受け取れた。


「言わないんなら、体に訊くぜ?」


 そう囁くと同時に、ラグナはスコールの雄を緩く握った。
強い《力》に怯えるように、スコールの細い躯がビクッビクッと跳ねる。

 ラグナの肩を掴んでいたスコールの腕が、背中へと回され、縋る。
ラグナは自分の首下に、スコールの熱の吐息がかかるのを感じながら、一物への刺激を激しくして行った。


「ひっ…うっ、うっ…!んんっ…!」


 ラグナの手がスコールの竿を上から根本まで万遍なく行き来を繰り返す度、スコールの体が跳ねて、熱を生む。
それと同時に、ラグナも吐息の掛かる首下から、じんわりと、逆らい難いものが伝わって来るのを感じていた。

 スコールの呼吸が上がるにつれ、ラグナの手の中で、彼の雄も膨らみを増していく。
先端からは先走りの蜜が溢れ始め、とろとろと流れ落ち、ラグナの手を伝い落ちる。
ぎゅう、とスコールの腕があらん限りの力でラグナの背中にしがみ付いた。


「はっ、あっ、あぁっ……!あっ、あっ…ら、ぐな……ラグナあぁ……っ!」
「…イって良いぞ、スコール」


 息も絶え絶えに、縋る男の名を呼ぶスコール。
それに応えるようにラグナが囁けば、ひくん、ひくん、とスコールの体が痙攣し、


「あ、あ─────んんぅっ!」


 虚ろな瞳が宙を彷徨い、呆然と開いた唇から溢れそうになった悲鳴を、ラグナの舌が飲み込んだ。

 ビクビクと細い肢体が震え、熱い迸りが体外へと吐き出される。
解放感と、更なる熱の高まりを感じながら、スコールはラグナの咥内で甘い声で啼いた。
その時間が、どれ程長かったのか、短かったのか、ラグナにもスコールにも判らない。

 ひくん、ひくん、と余韻のような震えを残す身体を、ラグナはそっと解放する。
途端、がくん、とスコールの膝が崩れて、スコールはその場に座り込んだ。


「っとと……スコール、大丈夫───」


 慌てて肩を支えようとしたラグナを、ぎろり、と刃物のような鋭い眼光が貫く。
これには流石に、ラグナも蛙のように硬直する。


「仕事、中、だと……言ってるだろ……!」


 息も絶え絶えに、睨み付けながら言うスコールに、ラグナは背中に冷たいものを感じながら愛想笑いを浮かべる。


「あー、その、えっと……わ、悪い。つい調子に乗って」
「人が大人しくしてるからって良い気になるなよ……!」
「う、うん。ごめん。ごめんなさい」


 このままガンブレードを手に飛び掛かって来られそうな雰囲気だ。
流石にそれはラグナも御免被りたい。

 まずい、どうしよう、と今更大汗を掻きながら焦るラグナの服の袖を、スコールが掴む。
ぎくっと固まったラグナが、恐る恐る視線を落とすと、座り込んだままのスコールが真っ直ぐに此方を見上げていて、


「責任取れ」


 眉間に深い皺を寄せ、これでもかと言わんばかりの強い眼力でラグナを睨んで、そう言った。
白い筈の頬を、真っ赤に赤らめて。

 スコールが何を言っているのか、一瞬意味を判じかねて、ラグナは「……へ?」と間の抜けた声を漏らした。
それが更にスコールの機嫌を損ねる。
ラグナの服の裾を握った手が、苛々としたように戦慄いて、スコールは俯く。


「……あんたが我慢しないのが悪いんだ」


 聞こえるか否かの、小さな声で、スコールは呟いた。


「……その上、こんな状態で、仕事なんか出来るか」


 座り込んで、立てないスコール。
体の中に生まれた熱は、未だにくすぶって暴れ回っていて、まるで落ち着く気配がない。

 仕事と言う前提理由がなければ、逢う事も叶わない、秘密の仲。
ようやく顔を合わせても、それぞれの仕事で忙殺されて、ゆっくり語り合うような暇もない。
けれども、やるべき事が終われば、一夜位の時間の猶予は与えられる算段になっていたから、それまでは我慢するつもりだったのだ───少なくとも、スコールは。

 それなのに、こんな風に求められて、昂らされては、餓えた躯は全て与えられるまで満足しない。
体の奥で生まれた疼きは、既に全神経全細胞まで行き渡り、スコールは全身でラグナを欲していた。

 恥ずかしさに耐え切れなくなって、スコールの手がラグナの袖から離れる。
その手を、今度はラグナが取って、彼の身体ごと持ち上げた。
突然の浮遊感に、きょとんと幼い表情で目を丸くする少年が現状を把握する前に、ラグナはベッドへ向かう。

 上等なベッドは、柔らかく沈んで、スコールを受け止めた。
その上に馬乗りになって、ラグナはワイシャツを脱ぎ捨てる。


「ラグ、」


 名を呼ぼうとした少年の唇を、ラグナは自分のそれで塞ぐ。
んぐ、と抵抗するような声が聞こえたが、それも最初だけだった。
諦めと言うのか、甘受と言うのか、どちらにも当て嵌まるような色を瞳に浮かべて、スコールはラグナの首に腕を絡ませる。


「ん、ん……」
「ふ……っ」


 ちゅ、と音を立てて、唇が離れた。

 ラグナは、スコールの腕や脚に絡み付いていた衣服を全て剥ぎ取り、生まれたままの姿になったスコールの体を愛撫する。
ゆったりと胸や腹、足の付け根を弄る掌の感覚に、スコールは心臓の鼓動が大きくなって行くのを感じていた。

 ラグナの手がスコールの雄を包み込み、上下に扱いてやると、程無くそれは再び頭を持ち上げる。


「やっぱ若いなあ」
「あっ、んんっ……!は、や…、ああっ!」


 独り言のように呟いて、雄の先端をぐりぐりと捏ねるように揉んでやると、スコールは背中を弓形に撓らせて、ラグナの首にしがみついた。
立てた膝ががくがくと震えて、膨らみの頭からとろりとしたものが溢れ出している。


「一杯出そうだな。この分だと、自分じゃシてなかったみたいだな。ひょっとして、俺にして欲しかった?」
「……煩いっ…!」


 否定も肯定もせずに突っ撥ねるのは、照れているからだ。
ラグナはそう解釈する事にしている。

 ラグナは、スコールの胸に舌を這わしながら、彼の太腿を持ち上げた。
足が左右に大きく広げられて、スコールの陰部が全て露わにされる。
真っ赤な顔でふるふると頭を振るスコールだが、ラグナは構わず、雄の下でヒクヒクと疼いている秘孔に指を宛がった。


「───んんっ!」


 つぷ、と指を押し入れると、ビクン、ビクン、とスコールの体が大きく跳ねる。
ラグナの首に回された手が、縋るものを求めてか、ラグナの髪を一房掴んで引っ張った。


「あ、あ…!あ、ぅん……っ」
「スコール、力抜けるか?」
「は…ふっ、うっ…ふ、ぅ……っ」


 ラグナに促されて、スコールは意識しながら短い呼吸を繰り返す。
それに合わせて、少しずつ、ゆっくりと、スコールの秘孔の締め付けが緩み、侵入者を受け入れて行く。

 絡み付いてい来る内壁を指の先で解すように弄りながら、ラグナはゆっくりと奥を目指す。
その途中で、この辺り、と見当をつけ、ラグナは指の関節を曲げた。
ぐっと内肉を押し上げられたスコールの喉から、殺せなかった声が溢れる。


「んあぁっ!」


 ぞくぞくと、甘美な電流が迸るのを感じて、スコールの体が強張る。
構わず、同じ場所を爪先で擦り続けてやると、細い四肢は悶えるように腰をくねらせ、スコールは蕩けた顔で喘ぎ始めた。


「あっ、ああっ…!そこ、やめ…はっ、ひんっ!んぅうっ!」
「大丈夫、大丈夫。恐くないって。気持ち良いトコだから」
「違、ひっ、んぅっ…!あっ、やあ、あ、あ…!」


 スコールはラグナの言葉を否定するが、身体は正直だ。
ラグナの指が其処を押し上げ、引っ掻く度に、スコールは腹をひくひくと痙攣させて、中心部は今にも弾けんばかりに大きくなっている。
このまま手淫を施せば、きっとあっと言う間に絶頂を迎える事だろう。

 スコールの体の事なら、本人以上にラグナがよく知っているのだ。
どのタイミングで、何処を触れば、スコールがどんな反応を見せてくれるのか、ラグナには手に取るように判る。

 肉壁を虐める指が、きゅうきゅうと強く締め付けられる。
そろそろかな、とラグナが指を引き抜こうとすると、それを感じ取ったように、壁が指を閉じ込めるように絡み付く。


「あぁあっ……!」


 はっきりと指の形が判る程の締め付けに、スコールが感極まったような声を上げる。
そんなスコールの頬に、宥めるようにキスをして、ラグナは指を秘孔から抜き去る。


「ふ、あ…あっ…あぁっ……」


 虚ろに虚空を見詰めたまま、スコールの唇から、名残惜しげな悩ましい声が漏れた。

 ラグナは自身の前を寛げると、スコールの両脚を肩に乗せて、スコールの上に伸し掛かった。
折り畳まれる様な窮屈な姿勢に、スコールは顔を顰めたが、目の前にある男の顔を見ると、蒼色は直ぐに情欲に流される。


「ら、ぐ…な……」


 甘える声に応えて、ラグナは自身の雄をスコールの秘孔に宛がった。
どくどくと脈打つその肉棒の感触に、それの太さや熱を連想して、スコールの秘孔がヒクヒクと物欲しげに伸縮する。

 先端を押し当て、ゆっくりと腰を押し進めて行く。
穴口が広げられて行く感覚に、スコールは詰まりそうになる息を意識して吐き続ける事で、脊髄反射とも言える全身の強張りを解く事に従事する。


「あっあ…、あぁ……っ!」


 スコールの足が爪先までピンと張り詰め、陰部は甘い疼きに促されるまま、男の欲望を奥へ奥へと誘い込む。
雄が最も太い部分を飲み込んだ瞬間、スコールは喉を逸らせて悦びの声を上げる。


「はっ、ひっ…!らぐっ、ラグナっ…!」
「ん、どした…?」
「あ、あっ…んぅううっ…!」


 虚ろな意識の中で名を呼ぶ少年に応えてみると、スコールは全身で以てラグナに縋り付いた。
二人の繋がりが深くなって、ラグナの雄が根本まで挿入され、先端がスコールの奥壁を押し上げる。


「あ、あひっ…ひぃいんっ…!」


 びくっ、びくっ、と細い躯を戦慄かせて、スコールはラグナの頭を掻き抱いた。
ラグナもスコールの背を抱いて、甘えるように頬を寄せる少年の耳元に唇を寄せ、


「痛い?」


 囁くと、スコールはふるふると首を横に振った。


「…動くぞ。辛かったら言えよ?」


 止められるか保証はないけど。
口にしなかったその本音に、スコールが気付いたか否かは、ラグナには判らない。
その返事を待つ暇もなく、ラグナは律動を始めた。


「あっ、あっ、ああっ!ら、ラグっ、んぁあ…っ!」


 前後に激しくストロークして、最奥を叩くように突き上げられ、スコールは成す術もなく喘ぐ。
きゅうっ、きゅうっ、と締め付ける肉壁の熱さを感じながら、ラグナも息を詰めて、スコールの陰部に腰を叩きつける。


「はっ、あっ…あっ、あっ!や、んんっ…ひうんっ…!」
「スコールっ…、スコール……くっ…!」
「ひ、んっ、あぁっ…!や、深、いぃっ…!」


 最奥を何度も抉るように突き上げられて、スコールの眦に透明な滴が滲む。
縋る手が、ラグナの首下や背中に爪を立てた。

 ラグナは、雄に絡み付く内壁を振り切って、大きく腰をグラインドさせた。
入口間際まで下がった雄を、嫌がるように内壁が締まって引き留めると、また一息に最奥まで潜って来る。
スコールが痛い、と抗議する気配はなく、彼は只管、激しい快感に身悶えて、前後不覚の状態に陥っていた。


「はっ、あうっ、んっ!んぁっ!…ん、んんっ……あぁあっ!」


 肉壁の上部にある微かな膨らみを、ごつごつと雄の先端でノックしてやると、スコールは目を白黒させて喘いだ。


「やっ、ひっ!やめ、え…えぇっ!」
「んっ、くっ…!スコール…!もっと、気持ち良く、してやる…から、なっ…!」
「あ、ひんっ、あぁっ!さ、さわる、なあぁっ……!」


 スコールの最奥を突き上げながら、ラグナはスコールの中心部を掌で包み込んだ。
ラグナの大きな手の中で、スコールの雄がどくどくと脈打ち、


「ひっ、や、だめ、あ…ああぁぁあっ…!」


 ビクッビクッビクッ、とスコールの体が大きく戦慄いて、秘孔がラグナの雄を締め付ける。
同時に、ラグナの手の中で、スコールの熱が爆ぜた。

 力を失い、ベッドに沈み、はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返すスコール。
その頬が真っ赤に染まって、見下ろす碧眼に気付いたスコールは、横向に顔を逸らして、ベッドシーツを手繰り寄せる。
触れられただけで果ててしまった所為だろう、恥ずかしさで耳まで真っ赤になったスコールを見て、ラグナは小さく笑みを漏らす。


「だいじょーぶだって、照れる事ないって」
「煩い……!」
「可愛かったからさ」
「可愛くない!」


 慰めるのも褒められるのも、今のスコールには屈辱だ。
それが判っていないかのように、朗らかに笑いながら、あやすようなキスをされても、スコールは顔を上げる事は出来ない。

 寄せたシーツに顔を隠すスコールの耳元に唇を寄せて、舌を乗せる。
ねっとりと粘ついた厚みのある肉の感触に、ビクッとスコールの体が震える。
官能のスイッチがオフになっていない事を確かめて、ラグナは再び律動を始めた。


「や、あっ、ラグナっ…!」
「もっと見せてくれよ、お前の可愛いトコ」
「嫌……ひぃんっ!」


 ちゅぷ、と耳元であからさまな音が鳴って、スコールの肩が跳ね、秘孔が咥えた雄を締め付ける。
雄の形が判る程に窄んだ肉壁を、息つく暇もなく激しく擦られ刺激されて、スコールは舌を伸ばして喘ぎ啼く。


「はっ、あっ、あっ…!ラグ、ナ…ラグナっ、ラグナぁっ…!」
「は、くっ、はぁっ…!スコール、ん…っ!」
「ひっ、ひうっ、んんっ!ラグナ、の…奥っ、来るうぅっ…!」


 ずんっ!と最奥へと打ち付けて、ラグナは腰を円を描くように動かした。
穴口を広げられ、行き止まりの壁を万遍なく肉棒で愛撫されて、スコールの爪先がきゅうと丸くなる。
ヒクッヒクッヒクッ、とスコールの太腿が痙攣して、秘孔がラグナの雄を痛い程に締め付けた。

 ラグナは、ベッドシーツを握り締めるスコールの手を解かせて、もう一度自分の首へと回した。
直ぐに目一杯の力でしがみ付いて来るスコールの背中を掻き抱いて、ベッドへと沈める。
真上から覆い被さり、腰を動かすと、スコールも後を追うように腰を揺らしてラグナの雄の絶頂を促そうとした。


「ラグ、ナ、ラグナ、ラグナぁ…っ!」
「んっ、くっ、」
「早く、早く…!もうっ…あんた、が、全部…、欲しいっ…!ラグナぁあっ…!」


 スコールの足がラグナの腰に絡み付く。
全部くれるまで離さない、と全身で甘えられるのが、ラグナは好きだった。

 スコールの秘孔内で大きく膨らんだラグナの雄が、どくん、どくん、と強く脈動する。
息を詰めたスコールの陰部が強く締まって、ひくひくと痙攣しながらラグナの雄を捕まえる。


「はっ、スコール…!出るっ……!」
「あぁっ、あぁぁああっ……!!」


 ラグナは、競り上がる欲望に逆らう事なく、スコールの体内へと自身の熱を注ぎ込んだ。
どろりと熱いものが自分の中へ、一番深い場所を満たしていくのを感じて、スコールも歓びの声を上げて、今日三度目の絶頂を迎えた。





 何度も何度も、二人で絡み合って、先に意識を失ったのは、スコールの方だった。
それから、ラグナも彼を腕に抱いたまま、程無く夢の世界に堕ちる。

 ────そして目を覚ました時には朝になっていて、腕の中にいた少年はいなかった。
彼はラグナよりも一足先に目を覚まし、シャワーを浴びて、着替えを済ませていたのである。


「おはようございます、大統領閣下」


 抑揚のない声で挨拶をされて、ラグナは仕方がないが少し淋しいなと思う。

 今のスコールに、昨夜の情交の名残は微塵も感じられない。
熱に溺れていた青灰色の瞳は、凛と冴え冴えとしており、啼き喘いでいた唇は引き結ばれて、現場に不必要な言葉は発しない。
白い頬は、既にシャワーを浴びた後の上気すらなかった。
それが、警護を勤めるSeeDとして正しい姿である事はラグナも判っているつもりだが、やはり睦言の後には、もう少し甘い雰囲気に浸っていたいとも思う。

 しかし、スコールは何処までも頑なな態度で、寝起きの悪い大統領の尻を叩く。


「あと三十分で朝食が運ばれて来ます。それまでに身嗜みを整えて置いて下さい。湯殿の用意はしてあります。着替えもあちらに」
「……あー……うん。サンキュ」


 腕時計で時間を確認しながら、すらすらと指示するスコールに頷いて、ラグナは寝癖のついた頭を掻きながら立ち上がった。
ふあ、と欠伸を漏らしながら、ふらふらと歩き出すと、数歩進んだ所で腕を掴まれた。


「ん?」
「……ぶつかります」
「…お。助かった。ありがとな」


 ラグナの前には、腰の高さのサイドテーブルがあった。
このまま進むと、腰をぶつけたか、テーブルの脚に小指をぶつけていただろう。

 スコールは呆れたと言わんばかりの溜息を吐いて、掴んでいたラグナの腕を放すと、ふい、と直ぐに背を向けた。
が、今度はラグナがスコールの腕を掴む。


「────何か?」


 表情のない顔が向けられる。
面倒臭いな、と思っているのが滲んで見えて、ラグナは眉尻を下げた。


「いや、何って程でもないんだけど。スコールも一緒に風呂、入らないかなって」
「…私は、先に頂きましたので」
「つっても、どうせシャワーだけだろ?三十分も時間があるんだし、二人でのんびり入っても大丈夫だよ」
「…三十分後に朝食が到着するから、“それまでに”支度を整えて下さい、と言った筈ですが」


 三十分後は全てのタイムリミットであって、それまでの時間は支度に当てられるべきであり、のんびりと遊ばせて置ける時間ではない。
苛々とした気持ちを隠さず、眉間に皺を寄せて言ったスコールだったが、ラグナはまあ良いじゃないか、と言って、スコールの腕を引っ張った。

 ───途端、スコールはがくっと膝を崩して、その場に尻餅をついてしまう。


「────スコール?」


 そんなに強く引っ張っただろうか。
慌ててラグナがスコールの傍らに膝をついて覗き込むと、彼は酷い痛みを堪えるかのように、真っ赤な顔で顔を顰めていた。
引き結んだ唇が、微かに戦慄いているのが見えて、ラグナはスコールの頬に手を伸ばす。


「スコール、大丈夫」
「────な訳があるか!」


 ラグナの言葉を遮って、スコールが叫んだ。
間近で聞いたスコールの大声───怒声に近い───に、ラグナは思わず固まる。

 ぎろり、と射殺さんばかりの強い眼光がラグナを睨んだ。


「あんた、昨日何回やったと思ってるんだ」
「へっ?」


 スコールの言葉に、ラグナがぱちりと瞬きすると、瞳の眼光は更に鋭くなる。


「あんたの所為であちこちガタガタなんだ」
「え、あ…えーと……いや、悪かった。でも、だって久しぶりだったからさあ…」
「だから嫌だって言ったのに、なんであんたはいつも俺の話を聞かないんだ!」
「わ、悪かった、悪かったって!そんなに怒るなよ!」
「俺はあんたの護衛なんだぞ。なのに、こんな状態じゃ使い物にならないじゃないか」
「…でも、スコールも最後は夢中で────」
「…………!!!」


 昨夜の様子を思い出したラグナの呟きに、スコールの顔が沸騰したように真っ赤になる。

 スコールの振り上げた拳が、ラグナの眼前に迫った。
慌ててラグナが横に避けると、空振りした勢いでスコールの体勢が崩れ、前のめりに傾く。
咄嗟に伸ばしたラグナの腕が、スコールの腕を掴んで、彼を自分の胸元まで抱き寄せていた。


「………っっ!」
「あっ、いや、今のは────」
「さっさと風呂に入れっ!」


 腕を振り回して追い払われたラグナは、逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。

 シャワーを浴びながら、今日の日程が全て終わった後、スコールの任務が解けた後の時の事を考える。
機嫌を損ねた彼が、SeeD達を率いて帰るよりも早く、彼を引き留める方法を探さなければ。
何せ、久しぶりにゆっくりと過ごせる時間になる筈だったのだから、こんな事でケンカ別れしたら、次に逢うまで一切の連絡を拒否されるかも知れない。
それは寂し過ぎるではないか。

 昨夜あれだけ愛し合っても、まだまだ足りないとしか思えないから、ラグナは可愛い恋人を逃がさないよう、あれやこれやと手をこまねくのであった。




うちの大統領は息子が大好きすぎる。とにかくずっと構っていたい。
そんなラグナにツンツンするけど、本気で嫌がりはしない、なし崩しなスコールが好きです。

任務中に……と言うシチュエーションが好きです。
そんで仕事が終わった後も、結局なんだかんだでいちゃいちゃするんだと思います。