束の間、平穏
───多分、気の抜き方を知らないのだろう。
岩の上に座って、視線の先でクラウドを相手に手合せしているスコールを眺めながら、バッツは思った。
褐色の瞳に映り込んだ大人びた少年は、バッツの視線も思考も知る事なく、ただただ目の前の敵にのみ意識を集中させている。
バッツはスコールの右足に目を向けた。
昨日のバッツとの特訓で痛めた影響だろう、体裁きにいつものキレがなく、庇った動きをしているのが判る。
出来るだけ表面に出さないように努めているようだが、残念ながら、ものまね士さえ完全に習得したジョブマスターの名は伊達ではないのだ。
その上、観察対象が毎日のように眺めているスコールであるのなら、尚の事、彼の努力はバッツの前では無駄なものでしかない。
スコールの足のダメージは、昨日の特訓の最中、ジャンプからの着地に失敗して捻ってしまったものだ。
特訓後に直ぐに冷やして処置をしたが、負担が強かったのだろうか、一晩明けてもまだ僅かに痛むようだった。
だから本来ならば、今日は訓練などしないで大人しく養生するべきなのだろうが、スコールはそれを良しとしない。
「休んだ方が良いんじゃないか」と言うバッツやジタンを無視する形で、スコールは屋敷のリビングで暇を持て余していたクラウドを捉まえ、訓練に漕ぎ着けたのだった。
スコールが地面を蹴り、クラウドとの距離を詰める。
クラウドもバスターソードを構えて突進し、二人の距離が一気にゼロになる。
クラウドが下段から振り上げたバスターソードを、スコールは右足を軸に身体を半回転させる事でかわし、上半身を捻りながらガンブレードを横に薙ぐ。
クラウドは重みのあるバスターソードによる慣性の法則に従い、地面を転がってスコールの脇を擦り抜けた。
身長大の大剣を獲物とするクラウドは、一発の破壊力は大きいものの、やや機動性に欠ける。
スコールはその反対で、一撃一撃の軽さを自重とガンブレードと言う特殊構造の武器を活かす事でカバーし、手数の多さで勝負する。
スコールの蒼の瞳は、己の傍らを擦り抜けるクラウドを捉え続けていた。
今度は左足を軸に反転し、長い足が振り上げられる。
それを見て、バッツは溜息を吐いた。
(また痛めるぞ、あれ。って言うか、ずーっと痛めてるよな)
ガッと固い音が響いた。
スコールの足を受け止めたのは、弾力のある人間の肉ではなく、固いバスターソードの刀身。
(クラウドもクラウドだ。なんでああいう事するかな)
スコールが益々足を痛めるじゃないか、等と思うバッツだが、クラウドがああした行動を取った理由が判らない訳ではない。
今の素早い攻防の中で、大剣を抱えたクラウドがスコールの蹴りを避けるのは、不可能ではないが容易ではなかった。
機動力ではスコールに分がある。
下手にクラウドが安全確保として距離を取ろうとすれば、スコールはすぐさま追い駆けて来ただろう。
加えてスコールは下級ではあるものの、魔法の心得があり、彼自身がクラウドを追わずとも、氷塊か雷撃の追撃がクラウドを捉える事が出来る。
先の攻防で、クラウドには避ける事へのメリットがなかった。
避ける位ならば攻撃を受け止め、相手が体勢を立て直す前に自分の流れに持って行った方が良い。
パワー押しならクラウドの方が上だから、強引に攻めて行く事は難しくなかった。
だから、避ければ良かったじゃないか、とバッツが思うのは、一方的なスコール贔屓の思考による自己満足に過ぎない。
蹴りを受けたバスターソードを地面に突き立てたまま、クラウドは素早く屈んでスコールの右足を蹴り払った。
バランスを崩したスコールが背中から地面に落ちる。
強かに打ち付けて一瞬呼吸を失ったスコールが、表情を苦悶に歪めた。
その顔がまた敵を睨み付ける鋭さを取り戻した時には、彼の鼻先には、大剣の切っ先が突き付けられていて、
「勝負あり、だ」
整った面立ちを、にやりと嫌味っぽく歪ませて、クラウドは言った。
ガンブレードを握り締めていたスコールの手から力が抜けたのを確認して、クラウドもバスターソードを引き、光の粒子に返還させて手元を空けた。
スコールも起き上ってガンブレードを粒子に変える。
両者ともに手ぶらになった所で、座り込んだままのスコールへ、クラウドが手を差し出した。
立ち上がる手伝いをしようと言う気遣いだったのだろうが、スコールは手の甲でそれを退けると、腰を上げて自力で立ち上がる。
行き場を失う形となったクラウドの手は、持ち主がやや眉尻を下げて小さく笑んだ後、重力に従って下ろされた。
ガラスに似た光を宿す碧眼には、気を悪くした様子はなく、寧ろ微笑ましささえ覚えているように見える。
「これで俺の三連勝か」
「……もう一回だ」
「勘弁してくれ」
戦績を数えたクラウドに、スコールが不機嫌な声で言ったが、クラウドは素っ気ない返事。
スコールはバッツに背を向ける形で立っていたから、バッツに彼の表情を伺う事は出来なかったが、眉間の谷が酷い事になっているだろう事は容易に想像できた。
クラウドは手甲をしたままの手首をくい、くい、と何度か捻る。
「少し手首を痛めたんだ。休ませたい」
「………判った」
元々、訓練をしたかったのはスコールであって、クラウドはスコールに付き合わされている形だった。
それでクラウドを負傷───例え些細なものであろうとも、命の狩り合いをしている今この世界に置いては、その些細な傷が己の運命を別つ事になるのだ───させてしまうのは、スコールとて望む事ではないのだ。
僅かに不承不承とした色が声に宿っていたものの、それでもスコールは大人しく引き下がり、それじゃあ、と踵を返して屋敷へと向かうクラウドを見送った。
残されたスコールは、掴むもののなくなった空の手を見下ろした後、ひゅ、とその手を横に振り抜いた。
粒子が彼の掌に集まって形を作る。
それを見て、バッツはついに口を開いた。
「スコール!」
殊更に明るい声で名を呼べば、素振りでもしようとしていたのだろう、両手でガンブレードを握り、正眼に構えていたスコールが動きを止める。
一秒、二秒の間を置いてから、彼はゆっくりと振り返った。
見るからに不機嫌な顔付で。
「…なんだ」
「特訓終わったんだろ? 遊ぼうぜ!」
バッツの言葉に、スコールは益々不機嫌な顔をして見せる。
射殺さんばかりの強い眼差しは、小心者が見れば身を縮めて震えあがっただろうが、生憎、バッツは其処まで繊細な神経を持っていない。
睨み続けた所で、バッツ相手では意味がないとスコールも判っている。
彼は蒼の瞳をつい、とバッツから逸らすと、ガンブレードをゆっくりと持ち上げて、落とす。
「…一人で遊んでろ」
「それじゃつまんないじゃん。クラウドとの特訓が終わったんなら、スコールも時間空いただろ? ほらほら、ガンブレードしまえって」
「おい」
言い終わる前にバッツはスコールの手からガンブレードを奪う。
持ち主の手を離れたガンブレードは、幾拍かの間を置いた後、しゅん、と粒子となって消えた。
「今日はカードゲーム教えてくれる約束だろ?」
「…そんな約束してない」
あれ、そうだっけ? 呆れたとばかりに溜息を吐いているスコールに、バッツは首を傾げたが、まあいいやと気にしない事にした。
「なんでもいいから、教えてくれよ」
そう言って、バッツはスコールの手を取った。
離せ、と言う声が聞こえたが、無視して手を引いて歩き出す。
屋敷の玄関を開ける時、ちらりと背中の少年を見遣ると、カードならいいか…と諦めたように呟く声があった。
3×3のマスの中に、現在並べられたカードは全部で7枚。
此処でバッツのターンとなったのだが、バッツが持っているカードでは、残された2マスのどちらに置いても戦況を引っ繰り返す事は出来ない。
バッツは手元のカードと、マス目を睨みながら、もっと強いカードが来ていれば、と思うものの、それで手元のカードが高ランクカードに変身してくれる訳もなく。
「あんたの番だ、早くしろ」
カードの鬼からは冷たい通告が出され、バッツは止む無く、自分から見て右上にある空スペースにカードを置いた。
戦況は変化なし、自陣のカードは今置いた一枚のみ。
最後のスペースにはスコールのカードが置かれ、1対8と言うバッツの惨敗で勝負は幕を閉じた。
「くそー! 運には自信があったのになぁ」
「運だけで勝てるゲームじゃないからな」
スコールはマス目に並んだカードを集め、デッキの山に戻してシャッフルする。
「ランダムハンドルールは、確かに運の良さも大事だ。手札にあるのは強いカードが良いに越した事はない。だが、どんなカードが来ようと、作戦を立てれば幾らでも対処する事は可能だ」
いつもと同じ表情で、淡々とした口ぶりで話すスコールだが、彼は果たして気付いているだろうか。
普段は無口無愛想を地で行くスコールが、ことカードに関してだけは饒舌になる事に。
いつも大人びていて、冷静沈着で、同じ年のティーダとは似ても似つかぬ性格の彼が、この時だけは年相応な雰囲気を滲ませている事に。
───多分気付いてないんだろうな、とバッツは勝手に思っている。
そして、それは多分、正解だ。
シャッフルを終えたスコールは、気まぐれにデッキのトップにあった2枚を手に取り、バッツに向けて表返す。
ベルヘルヘルメルとセクレト───レベル2とレベル8のカードだ。
「セクレトのパラメータは、右側が極端に弱い。ベルヘルヘルメルは全体的に低めのパラメータだが、左が3。此処を宛てれば、セクレトに勝てる。だが、そんな事は相手も判っているから、常考としては、セクレトを使う時点で、右側がカードで埋まっているか、壁を宛がっているだろうな」
「そういう場合はどうするんだ?」
「特殊ルールがないなら、パラメータにAがなければ勝てないから、諦めてしまった方が良いだろうな。だがセイムルールやプラスルールがあれば勝てる要素はまだある」
「…セイムってなんだっけ」
顎に手を当てて考え込むバッツに、スコールが胡乱な目を向けた。
この間教えたばかりだぞ、と無言で告げる冷ややかな眼差しに、いや教わったのは覚えてるんだけどとバッツは慌てて付け足した。
もう一度教えなければならないのか。
誤魔化すように愛想笑いを浮かべるバッツに、スコールは面倒臭さと憂鬱さを多量に含んだ溜息を漏らした。
そんなスコールの肩に、何かが乗ったかと思うと、ずしりと重さが加わり、手元に影が落ちる。
スコールは、迫る気配に全く気付いていなかった己の失態に唇を噛みつつ、一体なんだと落ちて来る影の元を見上げ、
「よっ! 何してるんだ、お二人さん」
きらきらと色素の薄い金色を閃かせて、楽しそうに問うてきたのは、ジタン・トライバルであった。
「…重い。退け」
「おう、悪い悪い」
ちっとも悪かった等とは思っていない口調で詫びて、ジタンはスコールの肩から退くと、ソファの背凭れを飛び越してスコールの隣を陣取る。
「で、何してたんだ? カードゲームか?」
「スコールに教えて貰ってたんだ!」
勝負もしたが、相変わらずバッツのボロ負けとなったので、それは伏せて置く事にする。
隠した所で、どうせジタンにはお見通しなのだろうが、自分で惨敗しましたと口にするのは悔しい。
ふぅん、とジタンは少々気のない返事を漏らした後、スコールが手に持ったままだった二枚のカードに手を伸ばした。
指先が触れる直前でジタンは動きを止め、ちらりとスコールの表情を伺う。
スコールは何も言わず、目を伏せていた。
それをOKの示しであると解釈して、ジタンはスコールの手からカードを抜き取り、しげしげと眺めた後、テーブルに置かれていた山札へと戻す。
それから山札を手に取って、表替えして広げる。
「スコール、これって全種揃ってるのか?」
「ああ」
「何枚くらいある?」
「百十種…だったか」
「俺の所は丁度百種類だったなあ。なあ、これってカードが成長するって事はないのか?」
「……成長?」
「あー……つまり、カードのパラメータ数値は変化しないのかって事」
「しなかったと思うが。あんたの所は、数値が変わるのか?」
「ああ。クアッドミストのカードは、普通のトレーディングカードのとは違って、特殊な魔力が込められてるらしいんだ。カードにも意思があるって言うのかな。だからカード同士でバトルをして勝って経験を積めば、どんどんカードが強くなるんだよ」
「面白いな。パラメータが変動すると言う事は、単一的な戦略では勝てない。それに、ジタンの所のカードは全方向の攻撃は出来ないんだろう」
「そうそう。攻撃可能な方向には矢印マークがあるから、それをぶつかり合わせると、カードバトルが始まるって仕組み」
「相手の持ちカードの種類や強さは勿論、どの方向から仕掛けてくるのかも考えなければならないな。トラップを仕掛ける意味で、敢えてマークのない辺を晒すと言う手も……あからさま過ぎるか」
「いやいや、断然アリだと思うぜ。トラップってのは二重三重に仕掛けるモンだろ。それに、スコールだったらさりげない感じで仕掛けられると思うぜ」
お互いの世界の娯楽の一つとして、カードゲームと言う共通性を見出してか、スコールとジタンの二人は、こうして時々互いのカードゲームについて話をする。
そんな時、バッツは大抵聞いているだけだ。
バッツの世界で言うカードゲームと言ったら、トランプくらいのもので、それは何処の街、何処の酒場に行っても目にする光景であった。
しかし、ルールは特別凝ったものではなく、ババ抜きや神経衰弱などと言った遊びは、どうやら何処の世界にもあるらしい。
スコールやジタンのように特殊なルールのゲーム、それもカードをコレクトする程の趣味でのめり込むようなゲームはなかったと思う。
カードゲームの話題で盛り上がる二人は、ああしてこうして、こっちから攻めて、と戦略を練っている。
きっと彼らの頭の中には、勝負のステージが出来上がっていて、手札のカードも揃っているのだろう。
ゲームの話題に夢中になっている二人の姿は、実に楽しそうで、この命の遣り取りが当たり前である世界の中、なんだかとても不似合いに思える。
けれど、こうした何気なくてささやかな、平和な遣り取りこそが、息詰まるような日々の中で、何よりも貴重で大切なものであるとバッツは知っていた。
特にスコールやジタン、ルーネス、ティナに、ティーダとフリオニール……どんなに大人びていても背伸びをしていても、まだまだ柔らかな部分を残す彼らには、精神を擦り減らすような緊張感よりも、ゆったりと羽根を伸ばしていられる時間が必要なのだ。
だと言うのに、スコールはいつでも背筋を伸ばして、一人で立ち続けようとする。
ジタンも同じだ。
誰よりも男前で優しい彼も、仲間想いであるが故に、仲間の為に無茶をし勝ちだった。
どちらも若さ故なのかな───と言ったのは、セシルだっただろうか。
それが悪い事だとは言わないし、無謀や無茶を躊躇わずに走り続けられる青臭さは、きっと今しか出来ない事だ。
でも、いつまでもそのまま立ち続けていれば、いつか必ず息苦しさで呼吸を忘れてしまう時が来る。
そうなってしまったら、溺れたままで沈み続けてしまうかも知れない。
そうならない為にも、こんな平和な時間は必要だ。
何かを警戒する事もなく、自戒の鎖を投げ捨てて、なんでもない小さな事に夢中になれる時間が、何よりも。
───でも、と目の前の光景を見ながら、バッツは思う。
「スコールのカードのさ、プラスルールだっけ? あれいいよな。弱いカードでも強いのが引っ繰り返せて、すげー気持ち良い」
「特にセイム、プラス成功からの連続コンボでパーフェクトにすると最高だ」
「ああ、判る判る! 全部相手のカードだったのが、一気に引っ繰り返るんだよな! あの時の爽快感ったらないぜ」
握り拳で頷くジタンに、スコールが小さく笑みを漏らす。
彼はもう、昨日の特訓で足を挫いた事も、先刻クラウドとの手合せで負けた事も、忘れているに違いない。
「逆転サヨナラ! ってのがいいよな」
「その時、相手がどんな顔をしているのか、見るのも楽しい」
「おおっ、スコールってば結構S? ま、オレも好きだけどね〜」
尻尾をゆらゆら揺らしているジタンは、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
きっと彼は、カードの話が出来る事は勿論の事、中々コミュニケーションを取る事を良しとしてくれない気難しい仲間とのお喋りが楽しくて仕方がないのだろう。
何かと二人と一緒に行動する事の多いバッツにとって、これは良い傾向だ。
特にスコールは、一緒に行動───と言うよりはバッツとジタンが巻き込む事の方が多いので、共に行動していても会話に加わらない事が多く、何処か蚊帳の外と言った風だった。
本人も自らそうしている所があって、バッツはなんとかしてその壁を取り去りたかった。
だから、今こうしてカードゲームで盛り上がれると言う事は、それだけ、スコールがバッツやジタンに対して心を砕いてれていると言う事だ。
だから、それらはとても嬉しい事だ。
───でも、とバッツはもう一度思う。
「後でオレのカード持って来るよ。ダブり結構あるから、勝負しようぜ」
「ああ」
「よーし、負けねぇからな!」
「望む所だ」
───いやいや、微笑ましいねえ。
お兄さん嬉しいよ。
思いつつ、バッツはついに叫んだ。
「お前ら、おれのこと忘れてるだろ!」
「おわっ、びっくりした!」
スコールとジタンの座るソファと、バッツとを隔てていたテーブルに思い切り乗り出して、バッツは二人に迫る。
それまで珍しく静かにしていたバッツの突然の自己主張に、スコールはびくっと肩を竦ませ、ジタンもソファの背凭れに取り縋った。
バッツはテーブルを跳び箱の要領で飛び越して、固まっているスコールとジタンをまとめて抱き締めた。
「おれもカードやるー! やるから教えてくれよ、ちゃんと覚えるから!」
「あ、な、バッツ、離れ、」
「いでいでいで、頬摺り寄せるな、苦しい! ってか男に抱き締められても嬉しくねーっつーの!」
唐突に抱き締められたことにスコールは戸惑い、どもっている反対側で、ジタンがじたばたと暴れ出す。
カチャリとリビングの扉が開かれる音がして、見れば、今朝からセシルと一緒に探索に出ていたティナとルーネスが戻って来た所だった。
目敏くそれを見つけたジタンが、すかさずぐりんと首を巡らせてティナを見て、
「ティナちゃぁああん! おかえりー!」
「ただいま、ジタン。楽しそうだね」
ふわふわとした笑みを浮かべて言ったティナに、ジタンは鼻の下を伸ばして笑う。
それを見たルーネスの眼が冷ややかになっていたが、ジタンはそんな事よりも、自分に向けられたティナの笑みに夢中だ。
「ティナちゃん、今からオレとスコールでカード講習開くけど、一緒にどう?」
「カード講習って、何それ。要するに遊ぶんでしょ」
ルーネスが呆れたように言ったが、ちょっと違うんだな、とジタンは言った。
「そりゃ遊ぶけど、遊ぶ為にはルールを覚えなきゃ駄目だろ。で、今からバッツに教える所だったんだけど、ティナちゃんも一緒にどうかな〜と思ってさ。覚えれば、ティナちゃんも一緒に遊べるだろ」
「うん、いいね、楽しそう。ちゃんと覚えられるか、ちょっと自信ないけど、教えてくれる?」
「全然OK! ティナちゃんの為なら、じっくり判り易く、何度だって教えてあげるよ」
ジタンの言葉に、ティナは嬉しそうに笑い、「ルーネスも」と言って傍らの小さなナイトの手を引いて、先程までバッツが座っていたソファに腰を下ろした。
ルーネスは「この大変な時にカードなんて…」とぶつぶつ呟いていたものの、ことティナに関しては弱い彼は、結局閉口して彼女と一緒にソファに落ち着く事となった。
バッツの腕の中で、ジタンがもぞもぞと身動ぎして、すぽっと抜け出す。
カードを持って来ると言って、彼は足早にリビングを出て行った。
残されたバッツとスコールは、未だに抱き締めあったままで───と言うか、バッツがスコールにくっついて離れないままで。
「……おい」
「ん?」
「離れろ」
「まあまあ。いいじゃん、たまには」
「たまに?」と言うようにスコールの眉間の皺が深くなるが、バッツは気にしなかった。
スコールはしばし睨むようにバッツを見詰めていたが、一つ溜息を吐いた後、勝手にしろとばかりに視線を逸らした。
それきり、彼は傍らの熱を拒否する事もなく、ただ少しだけ、ほんの少しだけ居心地悪そうにしながら、自らが其処から離れると言う選択肢は選ばないのだった。
普段は20歳児の癖に、ちゃんと見てるバッツが好きです。