等身大の君が覗く


 自分の理想を思い描いて、理想通りになれるようにもがいて。
ああ、誰かに似ているなと思ったら。



 クラウドが単独行動を取るのは、珍しい事だと言って良い。
一人で行動する事が特別好きな訳ではなかったし、賑やかさと言うものは嫌いではなかった。
だから、元気なティーダや真っ直ぐなフリオニールに同行を求められる事に、否やを唱える理由はなく、寧ろ誰かと共に行動している方がメリットも多い訳で、結果、自然と誰かと行動する事が増えていた。

 しかし、やはり自分の時間と言うものは時折欲しくなるもので、そんな時はティーダやフリオニールに見付かる前に、少し足早にホームを出て探索に向かった。
場所は秩序の聖域周辺のみで、それ程遠くへ行く事はしない。
秩序の聖域周辺にカオスの戦士が来る事は少ないが、警戒しておくに越した事はないし、彼らの多くは姦計に富んでいて、ちょっとした油断が命取りになる。
だからリーダー役となっているウォーリアは、仲間達の単独行動を余り快く思っていない節があり、聖域から離れる時は出来るだけ二人以上の団体行動を推奨している。
それは仲間の強さを信用していないからではなく、純粋に、仲間の身を案じての事だろうとクラウドは思っている。

 ───が、誰もがそのように他者の考えを寛容的に受け入れられる訳ではない。

 聖域近くの森の中で、クラウドは何をするでもなく、木に背を預け、片膝を立てた格好で座っていた。
バスターソードは手元にはなかったが、この辺りにモンスターはいない事は確認済みだし、カオスの戦士が近付けば気配で感じ取れる。
とは言え、完全に警戒を怠っているつもりはなく、何かあれば即座に反応できるように、指先の末端まで神経を尖らせていた。

 だから、ふと感じた気配にも直ぐに気付く事が出来た。

 近付いて来る足音と共に感じられるのは、コスモスの戦士の気配。
ならば何も身構える必要はないだろうと、クラウドは姿勢を変えないまま、ゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げる。
茂みを分ける音が続く緑の向こうに、黒いジャケットと白のファーが見える。
ファーは遠目に判る程に汚れていて、もし今が夜であったなら、闇に紛れて見えなくなっていても可笑しくはないと思った。

 ファーの持ち主は、ダークブラウンの隙間から蒼色を覗かせ、自分を見詰めるクラウドの存在に気付いた。
その眉間に判り易く谷が出来るのを見て、クラウドは小さく笑みを漏らす。


「おかえり、スコール」
「………」


 此処はホームである聖域内の屋敷からは遠いが、もうコスモス側の領域であると言って良い。
だから、仲間の帰還に「おかえり」と言ったのだが、その仲間からの返事はなかった。
予想がついていたので、クラウドは特に気を悪くすることはなく、気難しいなと内心で呟いて肩を竦めるに留めた。

 スコールは、何処かで泥沼にでも落ちたのか、酷い有様だった。
ジャケットが黒いので目立たないが、所々に茶色がこびりついていて、白いシャツはファー同様に茶色で濁っている。
僅かに覗く色白い肌にも茶色があって、顔周りなどは無理やり拭ったのだろう、擦った痕が残っていた。


「凄いな。何処でどうしたらそうなるんだ?」
「俺が聞きたい」


 クラウドの疑問の言葉に、スコールは憮然とした顔で言った。
どうやら、頗る機嫌が悪いらしい。

 確か、今日のスコールは、早朝の内にバッツとジタンに引き摺られて探索───冒険、若しくは宝探しだと彼らは言う───に出かけて行った筈。
一人で戻ってきたと言う事は、彼らは何処かに置き去りにして来たのだろうか。
バッツもジタンも荒事には慣れているし、特にバッツは飄々と掴み所がないようでいて、年上の自覚なのか(普段全くそうした素振りは見せないが)、年下の若い戦士達に無茶をさせないように気配りする事が出来る。
ストッパーがいなくなったチームは、時折暴走する事もあるが、それならそれで上手くやるだろうと思う事にして、クラウドは置いてけぼりを喰らったであろう仲間達については深く考えない事にした。
それよりも、今は目の前の気難しい傭兵だ。

 スコールは口を真一文字に噤み、眉間に深い皺を刻んだまま、クラウドの傍らを横切って行く。
ずんずんと脇目も振らずに歩く彼は、自分の有様に酷く納得していないようだった。

 クラウドは小さく笑みを浮かべて、怒らせるだろうと判っていて、思った事を口にする。


「泥遊びでもしたのか? 案外、子供なんだな」


 くつくつと聞こえるように笑ってみせると、じろりとブルーグレイがクラウドを睨む。
予想通りの反応に、クラウドは益々笑みを深めてしまう。


「冗談だ、怒るなよ」
「………」


 沈黙したままで睨み続ける彼は、きっと頭の中で色々と考えているのだろう。
それを一つでも口に出せば、彼の理解者は直ぐにでも増えるだろうに、気難しい彼は、それが容易な事ではないのだ。

 ただただ睨むブルーグレイに怯む事もなく、クラウドはスコールを見上げ、もう一度謝る。


「悪かった」
「……別に」
「そうか。なら良かった」


 謝罪の言葉に帰って来たのは、あまりにも素っ気ないものであったが、それがクラウド自身の口癖と似たようなものであると、クラウドは気付いていた。
返す言葉に困った時、詰まった時の常套句。


「それで、どうしてそうなったのか教えて貰えるか?」
「…そんなの聞いてどうするんだ」
「別にどうもしない。単なる興味さ」
「………」


 胡乱な目が向けられたが、やはりクラウドは気にしなかった。

 興味ってなんだ。
いつもの口癖はどうしたんだ。
興味ないって、あの台詞は何処に行ったんだ。
ブルーグレイがありありとそんな心情を描いていて、存外お喋りな方なのかもな、とクラウドは胸中で呟いた。
それが伝わった訳ではないだろうが、タイミングよくスコールの眉間の皺が更に深くなった。


「……バッツに突き落とされたんだ」


 泥沼で、とスコールは付け足した。

 始終雨が降り続いていたメルモンド湿原を抜けて、間もなく、スコール達三人は次元の歪みに巻き込まれた。
強制的に空間転移されて到着したのは、何処かの世界の断片らしき、深い深い森の中だった。
生き物の気配はなく、同様にモンスターがいる様子もなかったので、安全地帯と見做して小休憩する事になった。
それでもスコールは羽根伸ばしのような事をする気はなかったのだが、同行者の方はそうではない。
何もない森の中で、何かないかとバッツとジタンが探索を初めた。
そうして間もなく、幅二メートル程の沼を見付け、事もあろうに彼らは其処で泥遊びを始めたのである。

 泥に入ると子供がはしゃぎ出すのはどの世界でも共通のようだが、生憎、スコールはそんな無邪気な性格をしていない。
と言うより、この場合、無邪気に遊びだした二人の方が可笑しい、とスコールは思う。
特にバッツに関しては、年若いコスモスの戦士達の中で、大人組に区分けされているとは思えない程のはしゃぎっぷりだった。

 だからスコールは遠くで我関せずの姿勢でいたのだが、そんなスコールを彼らが大人しく放置する訳もなく。


「引っ張られて突き飛ばされて、ドボン、と」
「………」


 眉間の皺所か、青筋すら浮かべるスコールに、クラウドは苦笑いするしかない。


「バッツだからな。仕方がないと言うか」
「…気に入ってたんだ、このジャケット」


 スコールは泥で遊びたかった訳でも、その中に入りたかった訳でもない。
それを無理やり引っ張り出された挙句、泥まみれになるなど、スコールにとっては散々だっただろう。

 気に入っていたジャケットもファーも台無しにされた腹いせに、スコールは二人にブリザドを放って、泥沼の中で彼らを氷づけにし、そのままにして彼らから離れた。
幸いにも、空間の出口となる歪の穴は直ぐに見付かり、スコールは断片の世界から抜け出ると、一人で聖域まで戻ってきた───と言うのが、スコールの今日一日の経緯であった。


「氷づけって、大丈夫なのか?」
「ブリザド程度だし、凍らせたのは足だけだ。その内溶ける」


 それでも、後に霜焼けになりそうだ。


(案外、子供っぽいんだな)


 大人びた面持ちの少年の、その顔に似合わない子供っぽい仕返しに、クラウドは零れそうになる笑みを堪える。
それでも漏れかけたのが自分でも判ったので、考える仕草をして、口元を隠して誤魔化した。


「まあ、ジタンとバッツだし。場所も安全なようだし、心配しなくても、直に帰って来るだろうから放って置いて大丈夫か。だが、あんたは今のまま帰らない方がいいぞ」


 クラウドの言葉に、スコールが理解不能と首を傾げる。
その仕草が思いの外幼く見えて、ああまだ十七なんだったな、と遅蒔きに思い出した。


「そんな有様で帰って見ろ。ウォーリアに見付かったら、何を言われるか」


 何かと衝突している光の戦士の名を出してやれば、露骨にスコールが顔を顰めたのが判った。

 仲間に対して何処か過保護な面があるウォーリア・オブ・ライトだが、その様子が顕著に見える相手が数名いる。
コスモスの戦士の中で最も幼いルーネス、唯一の女性であるティナがその筆頭になるのだが、其処に並ぶのがスコールであった。
理由は、他の仲間達と違い、輪の中に加わる事が極端に少なく、単独行動を取る事が多いからだ。
この神々の闘争が繰り広げられる世界は、いつ何時敵襲を受けるかは予測がつかない。
その時、相手が単独でやって来るとは限らないし、此方も戦闘準備が整っているかと言えば応とは言い難く───策略・智謀に富んだ敵方にとっては、スコールのように単独行動を好む人間は、実に狙い易い。
だからスコールの危険を減らす意味でも、仲間達を守る意味でも、ウォーリアは単独行動を余り好ましく思わないのだ。

 これが原因で、スコールとウォーリアはよく口論になる。
最も、口論とは言ってもスコールは滅多に口を開かず、仏頂面でウォーリアの話を聞いているだけだ。
あの時も、恐らく、スコールの頭の中ではあれやこれやと愚痴が零れているのだろうが、彼はそれを殆ど口にしないので、結局彼が何を思って単独行動を取るのか、ウォーリアが知る事は出来ずにいる。
その結果、二人の仲は益々拗れて行く一方だ。

 ウォーリアに見付かって小言を喰らうのは、スコールとて望む所ではない。
だが付近に水場は見当たらず、そろそろ乾いてこびりついて来た泥を落とすのは、ホームである聖域の屋敷に戻らなければ不可能だった。

 クラウドは立ち上がり、スコールから一メートルの距離の場所まで近付く。


「俺も一緒に戻ろう。俺も単独行動でここまで来た口だから、戻った時にウォーリアに見付かると面倒だ。あんたと一緒なら、単独行動じゃない言い訳になる」
「………」


 実は、クラウドは聖域を出てくる時、ウォーリアに一言断ってから発っている。
云わばウォーリアから単独行動の了解を得ている訳だが、それは言わなければスコールは知らない事だ。

 スコールは数秒考えるように沈黙した後、このまま一人で帰るよりは、と思ったのだろう。


「……じゃあ、頼む」
「ああ」


 散々な有様をウォーリアに見付かっても、クラウドが適当に話を作ってくれる。
今までにも何度かそうした遣り取りがあった事をスコールも覚えているらしく、彼は素直に頷いた。

 じゃあ行こうか、と歩き出したクラウドの僅か後ろから、ついて来る気配。
ちらりと肩越しにそれを見遣れば、目元の泥が渇いてくっつくのが鬱陶しくなったのだろう、手袋を取って手の腹で目元を拭うスコールがいた。
その仕草は、獅子と言うよりも顔を洗う猫のようで、クラウドはこっそりと笑みを噛み殺すのだった。





絵コンテンツで変態で残念なクラウドばっか書いてますが、真面目で大人な彼も好きです。なんであんな落差が出来たんだか。
DdFFのクラウドは面倒見が良さそうなイメージがあります。