今ここにある景色を覚えていて
ジタンとバッツがスコールの部屋を訪れたのは、夜半を過ぎた頃だった。
かけられていた鍵をジタンが外し、音を立てないように細心の注意を図りながら、そっとドアを開ける。
部屋の主は、真っ暗な部屋の中で、ベッドの上に寝転んでいた。
二人はゆっくりとドアを閉めると、床に這いながらこそこそとベッド傍まで近付く。
ベッドサイドのチェストの前まで来ると、二人はチェストの陰に体を隠しながら、そっと体を起こしてベッドを見た。
寝てる?
寝てる。
二人は顔を見合わせて頷き合うと、床を四つん這いになって、更にベッドとの距離を詰めた。
そっとベッド横から顔を出して、部屋の主───スコールを伺い見ると、彼は二人に背を向ける格好で、壁側を向いて背を丸めている。
いつものファー付のジャケットはサイドテーブルの上に放られて、ベルトも外され、白いシャツと黒のボトムだけと言う格好だった。
バッツが体を伸ばし、ベッドに片腕をつくと、ギシリとスプリングが軋んだ音を立てた。
それでもスコールは動かないままだ。
(こりゃ相当疲れてるみたいだなぁ)
いつも気配に敏感な筈のスコールが、これだけ人が近付いても無反応である事に、バッツは眉尻を下げた。
隣でジタンも同じように考えているらしく、彼は秘密主義な仲間に対し、拗ねたように唇を尖らせていた。
────の、だが。
「……なんなんだ、あんた達」
ぱちりと長い睫が持ち上がって、ブルーグレイがバッツを睨んだ。
「………うぉおおおう!」
「煩い。夜中だ、静かにしろ」
しばしの空白の後に声を上げて仰け反ったバッツに、スコールが眉間に深い皺を刻んで言った。
「お、お前、起きてたのか」
「…ああ」
ベッド横で固まっていたジタンの言葉に、スコールは起き上がりながら言った。
上半身を起こし切ると、スコールは小さく頭を振って、目元にかかる前髪を掻き上げる。
「あんた達、気配が煩いから直ぐに判った」
「…そりゃ悪かった」
機嫌が悪いと判る低い声音に、ジタンは素直に詫びる。
低血圧なスコールは寝起きが悪く、此処で更に機嫌を損ねると、ほぼ凶器同然の踵が落ちて来るのである。
あれは勘弁、とジタンは心から思った。
スコールはベッドの上で俯いたまま、傷のある額に手を当てている。
それが考え事をする時や、頭の中でぐるぐると言葉が回っている時の癖であると、ジタンとバッツは知っている。
今日はどちらだろう、と思いつつ、二人はちらりと互いに目を合わせ、ベッドの上に腰を下ろした。
スコールはそんな二人を見て、面倒そうに眉間に皺を寄せる。
「…それで、あんた達、俺に何か用か」
「いや、用って程の用はないんだけど」
明かりのない部屋の中は、当然の事ながら暗く、見通しが悪い。
それでもジタンは職業柄夜目が効く方であったから、スコールがどんな表情をしているのか、ぼんやりと知る事が出来た。
そしてバッツの方も、適応能力が高いお陰で、ジタン程ではないにしろ、スコールの様子を視る事が出来る。
スコールは、明らかに体調不良と言う様子だった。
昼間は特に顔色が悪かったりと言う事はなかったが、彼の纏う空気が、常と違っていた事に、ジタンとバッツは気付いている。
そして、今もまた、寝起きである事を差し引いても、いつもの毅然とした雰囲気がない事が二人には気がかりだった。
「モーグリの所行った後から、元気がなかったからさ」
「晩飯も食ってないだろ?飯が食えないぐらい気分悪かったなら、帰り道にでも言ってくれれば、おれが負ぶってやったのに」
それは嫌だ。
バッツの言葉に、スコールが眉根を寄せ、無言でそう言った。
それに構わず、バッツは続ける。
「それに、今日はクリスマスって言う特別な日らしいから、フリオも張り切ってさ。ティーダがクリスマスに食べるんだって料理をあれこれリクエストしてて、凄く豪華な晩飯だったんだぞ」
あれを食べなかったなんて、スコール、勿体なかったぞ。
そう言うバッツの隣で、ジタンはじっとスコールの様子を観察していた。
スコールは足元に固まっていたシーツを引っ張り上げて、膝にかけると、シーツごと膝を抱えて蹲った。
その姿は、常の大人びた姿とは正反対の、小さな子供のように見える。
ブルーグレイが頼りなさげに揺れているように見えて、ジタンはゆらりと尻尾を揺らし、
「スコールって、ノエル…じゃないや、クリスマスは知ってるのか?」
余り自分の事を他人に話さないスコールだが、ジタンとバッツには比較的、自身に関する事柄を打ち明けていた。
言うまで離さない、と二人がまとわりついて、根負けさせただけだが───今はそれは言うまい。
スコールは、ジタンやバッツよりも、かなり文明の発達した世界から召喚されていた。
彼の記憶の回復が余り芳しくはないので、スコール自身も曖昧な部分は多かったが、機械や電子類は当たり前のように普及していたのは覚えていた。
キッチンにあるガスコンロや冷蔵庫も当たり前に使い方を知っているし、同じように文明が発達した世界から来たティーダやクラウドと共に、栄養剤だのサプリメントだのジャンクフードだのと、他の面々には理解できないような話をしている事もある。
反面、バッツが教えたカエルを食べる調理法や、虫を食べる時の注意点に関する話などは、顔を青ざめて拒否反応を起こしていた。
そんなスコールだ。
ティーダやクラウドが知っている話なら、スコールも知っていても可笑しくはない。
「……クリスマスは、俺の世界にもあった」
と、思う、と付け足すスコールに、そうだよな、とジタンも頷いた。
「スコール、モーグリショップの看板見た時から元気なかったもんな」
「そうなのか?」
「ああ。あの時はまだ、気の所為かなーぐらいだったんだけど」
モーグリショップに行った時、ジタンはずっとスコールにじゃれついていた。
その時のスコールの様子は、今ほど顕著なものではないものの、跳び付いて来たジタンを無理やり振り払おうとしなかった為、ジタンは「いつもと違う感じ」を感じ取った。
それから他のメンバーがモーグリショップの中に入って行った時、明らかに動きを止めたスコールを見て、「様子が可笑しい」事を悟ったのである。
モーグリショップを出た時にいつも通りに戻っていれば、殊更に気に掛けることもあるまいと思っていたジタンだが、スコールの症状は進行していた。
それを察したのはジタンとバッツの二人だけで、他のメンバーは気付いていない。
症状は進行していたものの、スコールの表情は相変わらず変化がなかったから、無理もない。
ジタンは靴を脱いでベッドに乗り、スコールの隣に身を寄せた。
バッツも同じようにベッドに上って、スコールの正面で胡坐を掻く。
「スコール、クリスマスが嫌いなのか?」
率直なバッツの質問に、スコールは僅かに逡巡するように視線を彷徨わせた後、
「……別に、そういう訳じゃない…と、思う……」
曖昧な答えを零した後、スコールはまた、額の傷に手を当てる。
「ただ……あまり、良い思い出はなかった、ような気がする」
途切れ途切れに答えるスコールの額に、じわりと汗の玉が滲む。
“クリスマス”と言うキーワードが、スコールの記憶の琴線に触れたのは間違いないだろう。
しかし、眉根を寄せているスコールを見ると、彼の言葉の通り、それがスコールにとって良い思い出なのかと言われると、ジタンとバッツには到底是とは思えなかった。
バッツは首を傾げる。
バッツの世界にクリスマス(ジタンはノエルと呼んだが)のような習慣はなかったから、ティーダやクラウドの話を聞いた限りでは、とても楽しそうな行事に思えたのだが、スコールの世界は違うのだろうか。
呼び名は一緒でも、内容が違うと言うのは十分あり得る話だ。
しかし、それについて問うてみると、スコールは小さく首を横に振った。
「……多分、俺の所もジタン達の所と同じだ。ケーキやお菓子を食べて、サンタクロースが来て。……でも……」
サンタクロースは、来なかった。
いや、来てくれた。
朧な記憶の中で、スコールは来てくれた事もあった、と思い出す事が出来た。
しかし、皆が一番欲しがっていたものをくれる筈のサンタクロースは、スコールが一番欲しがっていたものを、持って来てくれる事はなかった。
一番欲しがっていたものが何だったのか、スコールには思い出せない。
だが“クリスマス”の言葉を聞いた瞬間、断片的な記憶だけが甦り、途端に足が竦んだ。
それからずっと、冷たいものが背中を辿って落ちて行く感覚が消えなくて、クリスマス一色に盛り上がる仲間達を見ている気になれず、屋敷に戻って早々に部屋に篭った。
賑やか組のお陰でクリスマス色に彩られているリビングにも行く気がせず、夕飯も断り、ジタンとバッツが部屋に侵入して来るまで、ずっとベッドの上で蹲っていた。
背中を辿る冷たい感覚が消えるまで、ずっと。
徐に伸ばしたバッツの手が、くしゃりとスコールのダークブラウンの髪を撫でる。
いつもなら振り払う筈のそれを、スコールは好きにさせていた。
バッツは、くしゃくしゃとスコールの髪を撫で続け、
「スコールにとっちゃ、クリスマスってのは、楽しい日じゃなかったんだな」
スコールは、バッツの言葉を肯定も否定もしなかった。
す、とブルーグレイが気まずげに逸らされて、かと思うと隣にいたブループラネットとぶつかる。
また逸らすのも露骨すぎるように思えて、ジタンの方を向いたまま、スコールは視線を泳がせた。
そんなスコールに気を悪くする事もなく、ジタンはゆらりと尻尾を揺らして、小さく笑う。
「じゃあ尚の事さ、降りて来いよ」
「…何処に」
「リビング。皆はもう寝ちゃったけど、ツリーとかそのままだし。ケーキもスコールの分が残ってるし」
ジタンやバッツ、ティーダが飾ったクリスマスツリーも、リビング中にあしらった飾りも、片付けていない。
フリオニールが作った料理だって勿論余っているし、ケーキの他にも、キャンディやチョコレートだってある。
クリスマスの雰囲気は、そっくりそのまま、残されているのだ。
露骨に顔を顰めたスコールだったが、それで引き下がるジタンとバッツではない。
ほら来いよ、とベッドで蹲るスコールの手をそれぞれ掴んで、引っ張り出す。
「ちょ…あんた達、」
「ノエルってのは楽しいもんなんだからさ、ぱーっとはしゃがなきゃ損だって」
「嫌な事とか寂しい事とか、忘れちまうくらい、楽しい思い出作ろうぜ!」
この世界で思い出なんて作ったって、どうせ───そう言いかけたスコールの言葉は、音にはならなかった。
ジタンとバッツは、口を開きかけたスコールが何か言おうとした事には気付いたけれど、知らない振りをして、スコールの部屋を出た。
スコールも引き摺られながら廊下に出てくる。
仲間達は皆眠ってしまったのだろう、屋敷の中は静かだった。
時刻はそろそろ日付が変わる頃合いで、こんな時間まで起きている事がウォーリアやフリオニール辺りに知られたら、きっと大目玉を喰らうだろう。
特にジタンとバッツは常習犯で、更にスコールを巻き込むのが常であったので、説教の厳しさは倍乗せされる恐れがある。
でも構うもんか、と二人は思った。
二人に手を引かれるスコールは、眉間に皺を寄せて、口を真一文字に噤んでいる。
きっと頭の中では、なんでこんな、夜だろ、寝ないのかあんた達───と言った言葉がぐるぐると廻っているのだろう。
いつになったら、それらを音に出して言ってくれるようになるのだか。
言わないからこそ、スコールがスコールらしいとも言えるのだが、そうやって飲み込んでしまうから苦しくなるんだろうとも思う。
リビングのドアを開けると、暗い部屋の中で、電源を入れたままのツリーのオーナメントが光っていた。
そんな中をバッツが手さぐりで壁を伝い、電気を点ける。
「さ、此方ですよ」
明るくなったリビングの中で、ジタンがそう言って、女性にするように、スコールをソファへとエスコートしようとする。
直ぐにスコールは顔を顰め、差し出されたジタンの手を打った。
「俺は女じゃない」
「冗談だよ、冗談」
ひらひらと打たれた手を揺らして言うジタンを、青灰色が睨む。
ジタンは反省した様子もなく、尻尾を揺らしながらソファへ向かった。
スコールがリビングを見渡すと、頂点に大きな星を据えたクリスマスツリーの他にも、リボンやキーホルダー、ライトで壁や窓辺が装飾されている。
大小も形も様々で、中にはクリスマスなんて関係ないのではないか、と思うような飾りつけもあった。
壁を辿るように巡らされたリボンの上を走る、チョコボのキーホルダーなどは、絶対にバッツが飾ったに違いない。
女子が好みそうなデコルテの施されたキーホルダーが、趣味良く並び、天井からの電球の光を上手く反射させて輝いている物などは、きっとジタンが誂えたのだ。
辺りを見回すスコールの背中をバッツが押し、ソファに座らせる。
「よし。ケーキ持って来るから、ちょっと待ってろよ」
「その間にカードやろうぜ、スコール。トリプル・トライアドは昨日やったから、今日はクアッドミストな」
キッチンに向かうバッツを見送るスコールに、壁際のウッドシェルフからカードの束を持って来たジタンが誘う。
ケーキを切って持って来るだけだから、時間としては五分もかからないだろうが、この五分が今は惜しいのだ。
一分一秒でも長く、沢山、スコールの思い出を楽しい物で埋め尽くしたい。
スコールはいつもと違うリビングに少し居心地悪そうにしていたが、カードとなると、興味は其方に向いてしまう。
他の世界のカードゲームと言う、本来なら先ず間違いなく知る事の出来ないこれに、最近スコールは嵌っていた。
まだジタンから勝ち星を取る事こそないものの、かなり飲み込みが早い。
うかうかしてられないな、とジタンが自分の手札を選んでいると、
「───うわぁあああっ!」
「バッツ!?」
「なんだ!?」
突然響いた仲間の声に、スコールとジタンは直ぐに立ち上がった。
持っていたカードを投げて、バッツがいる筈のキッチンに向かう。
「バッツ!大丈夫か!?」
直ぐにでも武器を構えられるように警戒しながら、ジタンとスコールはキッチンへ入る。
すると其処には、
「………クラウド?」
「…セシル、と……ウォーリア?」
地面に引っ繰り返ったバッツの向こうに、三人の仲間がいる。
しかし、スコールとジタンは、其処にいるのが自分達のよく知る筈の仲間であると、直ぐに理解する事が出来なかった。
無理もない。
キッチンに並んでいた三人の仲間は、内二人が白いフリースのついた赤い衣を見にまとい、足元は黒いブーツ。
傍には大きな白い袋。
それに加え二人とも、取れ欠けてアンバランスになっている、白いもじゃもじゃとした付け髭をつけている。
「……シンタクラースが二人いる」
「あ、やっぱりジタンは判るんだね」
もじゃもじゃの髭を付けたサンタクロースの一人が笑って言った。
柔和で上品な雰囲気を漂わせる笑みは、間違いない、セシルのものだ。
セシルは取れかけの付け髭を直しながら、ジタンの隣で固まっているスコールにも笑いかける。
「スコール、気分はもう良いのかい?」
「あ、ああ……」
スコールの返事が少し呆けたものとなったのは、無理もない事だ。
この状況で呆けない人間がいたら、今直ぐ此処に呼んでほしいものだ。
「……お前ら、何してんの?こんな夜中に」
「こんな夜中だからだろう」
ジタンの問いに、もう一人のサンタクロースが言った。
白い髭もじゃの所為で顔が半分以上隠れているが、特徴的なガラスに似た眼を見れば、それがクラウドである事が判る。
喋り難いと思ったのか、クラウドはセシルとは反対に、とれ欠けていた付け髭を完全に剥がしてしまう。
くすぐったさのなくなった頬を摩りながら、クラウドは一つ息を吐き、
「クリスマスの最大のメインは、やはりサンタクロースだからな」
子供達が寝静まった後、家の煙突からこっそりやって来て、枕元にプレゼントを置いて行く老人。
子供達はその老人が家に来てくれることを願って、明日の朝を楽しみにして眠る。
これを外してはクリスマスの名折れだろう、とクラウドは豪語する。
「僕はその辺りの事はよく判らなかったんだけど。こそこそ部屋を出て行くクラウドを見付けて、話を聞いて、面白そうだと思ってね。ティナやルーネスが喜ぶ顔も見たかったし。と言うかクラウド、二人にバレちゃったけど、良いのかい?」
「……不味かったか」
「いや、別に。オレそんなに子供じゃないし」
「…俺も」
失敗したかと眉根を寄せるクラウドに、スコールとジタンは言った。
自分達は、サンタクロースもクリスマスも知っているし、もっと身も蓋もなく言ってしまえば、サンタクロースの正体も知っている。
そう言った二人に、じゃあ大丈夫だ、とクラウドは気を取り直してセシルに言った。
クラウドはサンタ帽を脱いで、暑苦しいのか、上着の前も開けてしまった。
ジタンは二人の下に歩み寄って、上着の端を摘まむ。
上等な生地で作られたと判るこれを、クラウドは何処から調達して来たのだろうか。
直ぐに浮かんだのはモーグリショップだが、買い物に言った時は購入していなかったと思う。
まあ、出所の判らない代物と言うのは、この世界において然程珍しくはないので、これについては問わない事にして、
「…で、お前ら何しようとしてたんだよ。今から皆の部屋を周って、プレゼント置いてく気だったのか?」
「ああ。お前やティーダは知ってるんじゃないかと思ってたが、ルーやティナ達はそうじゃないだろう。サンタクロースの話も聞かせたし、折角だから最後まで味合わせてやろうと思ったんだ。本当なら、セシルやウォーリアにもと思ったんだが…」
バレてしまったし、話を聞かせると此方の方がセシルは乗り気になってしまった。
そのお陰で、仲間達が寝静まって間もなく、こっそりモーグリショップに行って、昼の内に目星をつけていたプレゼント用のアイテムを回収し、人数分のプレゼントを抱えて帰ると言う苦労が半分減ってくれたので、クラウドにとっては大変有難かったが。
「セシルには部屋を出る時に、ウォーリアはショップに向かおうとした所で見付かってな。予定は狂ったが、それならこっちで楽しんで貰う事にしたんだ」
「そりゃ判ったけどさ。そのウォーリアがさぁ……」
ちら、とジタンが胡乱な目をして、視線を横に流す。
並んで立つ二人のへんてこサンタクロースの、その隣へ。
同じようにスコールも其方へ視線を流そうとして────断念する。
僅かに視界に入って来たその断片すら彼は受け入れられず、ばっと勢いよく視線を逸らし、体ごと“それ”から背ける。
「………なんでよりによってトナカイ!?」
腹を括ったように、声を大にして疑問を口にしたジタンに、その疑問の塊の張本人は、相変わらず屹然とした顔をして、
「静かにしなさい。皆眠っているのだから」
───これだ。
この始末。
ジタンはがっくりと脱力した。
コスモス陣のリーダーである光の戦士こと、ウォーリア・オブ・ライト。
彼はいつでも屹然とした態度を取り、仲間達の指標となり、滅多に動揺する様を晒すことはしない。
だからこそ、皆異なる世界から召喚されたと言うてんでバラバラのチームをまとめ上げ、引っ張って行く事が出来るのだろう。
しかし、今回ばかりは動揺して欲しい。
と言うか、何故こうなったのか、一から十まで説明して欲しい。
説明された所で、納得いくようなものではないけれど。
誰がこんな事態になると想像できようものか。
ウォーリア・オブ・ライトがトナカイの着ぐるみに身を包んでいる所など。
「無理無理無理!おいクラウド、これはない!お前とセシルのシンタクラースはまあいいけど、これはないって!」
「そうか?インパクトがあって面白いと思ったんだが」
「インパクトっつーか違和感が半端ないんだよ!見ろ、スコールなんか直視出来てないじゃんか!」
ジタンがスコールを指差せば、キッチンの中の異様な光景に耐え切れず、完全拒否の姿勢で背中を向けて蹲っている。
冷静に見えて突発的な事件に弱い彼の事だから、きっと頭の中はジタン以上の混乱に見舞われているに違いない。
クリスマスに良い思い出がないと言うスコールの為に、楽しい思い出を作ろうと部屋から連れ出したのに、これでは新たなトラウマを植え付けてしまった気がする。
それに、とジタンは足元で転がっている仲間を見下ろす。
「バッツなんか気絶してるじゃねーか……」
「いや、これは俺達の所為じゃない。驚かせてしまったのは確かだが、バッツは驚いた拍子に滑って転んで、頭をぶつけたんだ」
「ケアルはかけて置いたけど、まだ蘇生しないんだよね。バッツにしては珍しく」
「常に周囲の気配に意識を向けていれば、多少の不慮の事態にも衛星に対処できる。バッツは鍛錬が足りていないようだな」
腕を組んでいつもと変わらぬ表情で言うウォーリアに、いやこんなの想像できないって、とジタンは呟くが、ウォーリアには聞こえていない。
「…っつーかさ、クラウド。皆寝てるのにインパクトなんか求めてどうするんだ?」
「それは僕も疑問なんだよね。寝ている所に行くんだから、こういう格好をしても、皆見ていないと思うんだけど…」
ジタンの疑問に便乗して、セシルが自分の格好と、ウォーリアを見て問う。
それに対し、クラウドは「甘いな」と小さく笑んだ後、
「寝ているとは言っても、プレゼントを置いて行く間に目を覚ましてしまう子供もいるんだ。中には、サンタクロースが来るまで起きてる、と言って、深夜まで眠らない子供もいたりな。そんな子供達の夢を壊さない為にも、この衣装は外す訳にはいかない」
常の悩み多き姿は何処へやら、真っ直ぐな目をして言い切るクラウドに、成程、とウォーリアとセシルが納得する。
その傍らで、ジタンだけが白い目でクラウドを見上げていた。
ジタンにはどうしても、単にクラウドがノリにノっているだけに見えて仕方がない。
そして、それは強ち間違いではないのだった。
セシルが気絶しているバッツを揺するが、彼はまだ目を覚ます様子はない。
どうやら相当強かに後頭部を打ち付けたらしい、とクラウドとウォーリアが呟いたが、ジタンはバッツの気絶の理由がそれだけではないような気がした。
起きないのなら仕方がない、と、ウォーリアがバッツを肩に担ぎあげる。
「バッツを部屋に戻して来よう」
「待て、ウォーリア。ついでにバッツの部屋にプレゼントを置いて来て貰えるか」
「私は構わないが、それはサンタクロースとやらの役目なのだろう」
自分はトナカイだからと辞退しようとするウォーリアだったが、クラウドは構わず、ウォーリアの片手を取って、其処にラッピングされた小さな箱を置いた。
「別に厳格に役割に拘る必要はない。衣装だって俺が勝手に選んで来たものだし。折角なんだから、あんたもサンタクロースの役目を楽しめ。枕元にこれを置いて来るだけでいいんだ、勿論バッツは起こさないようにな」
起こす起こさない以前に、目覚める様子がないのだが、それについては今は言うまい。
ウォーリアはしばらくプレゼントを見下ろした後、承知した、と言って、バッツを担いでキッチンを出て行く。
ウォーリアが蹲ったスコールの傍らを通りがかった時、スコールの肩がびくりと跳ねた。
遠目で眺めていたジタンは、スコールの体が小さく震えているのを見て、絶対トラウマになった、と思った。
そんなジタンとスコールの心情など露知らず、クラウドが改めて付け髭を顎と鼻下に取り付ける。
「じゃあ、俺達は行くとするか」
「そうだね───ああ、その前に」
白い大きな袋を抱え上げる二人だったが、ふとセシルが思い立ったように荷物を下ろし、袋の口を開ける。
ごそごそと探って取り出したのは、二つのラッピングされた箱だった。
一つはバッツへプレゼントだと言う物と同じくらいの掌に収まるサイズで、もう一つは細い長方形をしていた。
「はい。これはジタンと、スコールに」
掌サイズのものがジタン、長方形のものがスコールへのクリスマスプレゼント。
そんな歳でもないんだけどな、と思いつつ、折角年長者のクラウドが気を回してくれたものだし、仲間からの贈り物を断る理由もない。
少しの気恥ずかしさを覚えながら、ジタンは快くプレゼントを受け取った。
スコールの方はまだ蹲って背中を向けたままなので、彼の分もジタンが一先ず預かる事にする。
上から下まで赤い服に身を包み、きっと半分は綿でも詰めているのだろう大きな袋を抱えて、二人の奇妙な奇蹟者はリビングを出て行った。
ジタンはそれを見送った後で、リビングとキッチンの境目で蹲っている仲間の下へ駆け寄る。
「スコール、大丈夫か?」
蹲って口元を押さえているスコールに、ジタンは言わないこっちゃない、と眉尻を下げた。
顔を上げる気力もないらしいスコールに肩を貸し、ゆっくりと立ち上がらせる。
────と。
「……スコール?」
小刻みに揺れる彼の身体に違和感を感じて、ジタンは首を傾げた。
呼びかけては見たものの、スコールからの返事はない。
しかし、くつ、と喉で笑う音だけは聞こえてきた。
「おーい。スコール?オレ、けっこー心配したんだけど?」
ソファまで抱えて行き、座らせてやれば、またスコールは口元を押さえて蹲る。
ソファの上で膝を抱えて蹲る格好は、つい十分程前にも見たものと同じだったが、まとう空気は全くの別物だ。
遠目に見て、拒絶反応から蹲っていたとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしいと、此処までくればジタンにも判った。
必死で声を殺して何をしていたのかと思えば。
心配して損した、と言ってソファに乱暴に腰を落としたジタンだったが、小さく肩を震わせる仲間を見て、次第にジタンにもそれは伝染し、
「だよなあ。笑うなってのが無茶だよなあ」
物静かな癖にノリの良い年長者と、同い年の仲間に比べるとずっと落ち着いていて上品な二十歳の、───言ってしまえば悪ふざけの産物。
それに巻き込まれた張本人は、いつもと変わらない至極真面目な顔をしているものだから、見ている側の違和感は一層激しく。
あれを見て引っ繰り返ったバッツだって、頭を打っていなければ、きっと大笑いしていたに違いない。
彼の場合は、其処で更に自分も加わろうとするだろう。
「…は、は……くくっ……」
「あ、やべ。なんかオレも来た。じみ〜に可笑しくなってきた」
堪え切れなくなったスコールの笑い声が漏れて、ジタンの腹からふつふつとしたものが湧き上がってくるのを感じた。
しばらく、先程のスコールと同じように、口元を押さえて堪えていたジタンだったが、
「…トナカイ…オブ、ライト……」
「ぶっ」
ぼそりと呟いたスコールに、ついにジタンは噴き出した。
それから二人は、腹を抱えて笑い続けた。
プレゼントを配り終えたサンタクロースとトナカイが、笑う二人の姿を見付けて、首を傾げるまで、ずっと。
────……いつの間にか、背中にあった冷たいものは消えていた。
良い話なようでギャグなようで、…多分いい話?
クラウドの大人の落ち着き何処行った。セシルはこういうの、大人側に回って、年少組がわいわい盛り上がってるのを見て笑ってそう。
ウォーリアがオチ要因ですみません。完全に出オチ!