埋もれた声


 直ぐ傍で────と言うよりも、自分のすぐ下で身動ぎする気配があって、クラウドは目を覚ました。
重いようなだるいような、そんな倦怠感に包まれての目覚めは、決して良好なものではなかったが、このまま起きない訳にも行くまい。

 そう思って、目を開けて─────

「……………」


 間近にあったダークブラウンに、現状の理解が遅れた。
遅れた後で、ゆっくりと体を起こして、自分の下にいた人物を見て、脳内が急激に記憶の巻き戻しを図る。

 振り乱されてあちこちに跳ねている柔らかい髪、涙の痕を残す目尻。
皺だらけになった白いシャツと、その舌の淡い色の肌に散った緋色の華。
剥ぎ捨てられたボトムと、秘められている筈なのに露わにされている下肢。

 何が起こったのか、何をしたのか、一気に思い出して、理解した。
それと同時に、ふるりと長い睫が揺れて、青灰色が覗く。


「……クラ、ウド……?」


 向けられた青灰色と、呼んだ名前に、何も返す事が出来なかった。

 薄い天幕の中、組み敷いていた躯は、暗闇の中で想像していたよりもずっと細かった。
少年と青年の狭間の年齢の肉体は、乱れた衣服を半端に纏っている所為で、より一層の危うさを醸し出している。

 昨夜の欲望が再び鎌首を擡げる前に、クラウドは少年から目を逸らす。


「あんた……退け」


 不機嫌な声で紡がれた声に従って、彼の体の上から退く。
それから直ぐに起き上がろうとしたスコールだったが、


「いっ……!」


 全身の倦怠感に加えて、下肢襲った鈍痛に、スコールが呻く。


「スコール、」
「触るな」


 思わず手を伸ばそうとしたクラウドだったが、低い冷たい声に息を飲む。
けれど、それで当然なのだと、直ぐに気付いた。

 夢精の場面を見られた上に、処理を手伝うと言って強引に彼の身体を暴いた。
その上女のように組み敷かれて、あらぬ場所を犯されて、────そうした相手に今まで通り“仲間”として接しろと言う方が可笑しいのだ。
増して、プライドの高いスコールだ。
このまま切り捨てられても可笑しくはないな、とクラウドは思う。

 けれど、予想していた罵倒や銀色を反射させる刃は、一向に訪れる事はない。
スコールは散らばっていたボトムやジャケットを掻き集めると、それで下肢を隠して俯いている。
泣いているのかと思ったが、目元こそ長い前髪に隠れているものの、白い頬に涙が伝っている様子はなかった。

 スコール、と名を呼ぼうとして、


「なんなんだ、あんた」


 遮るように告げられた問いに、クラウドは何も言えなかった。
沈黙したままのクラウドに構わず、スコールは続ける。


「男なのに。俺もあんたも男なのに。なんだ昨日の。なんであんな事したんだ。なんであんな事出来るんだ。男同士で。手に入れたかったとか、なんだ。俺は物じゃない。誰の物でもない。誰かの物になんかならない」


 矢継ぎ早に告げられる言の葉は、問いかけと言うよりも、独り言のようだった。
実際の所、答えらしい答えは求めていないのかも知れない。
けれども、スコールにとっては、昨夜の出来事全てに疑問が尽きない事だろう。

 ジャケットを握る手に力が篭る。
手袋をしていない所為で、血の気が引く程の力が込められているのが見て判った。
クラウドは、その手が自分に向かって振り上げられても仕方がないと思う。
けれどスコールがそうする事はなく、ただ淡々と問いかけを続けるだけ。


「やめろって言ったのに。痛いって言ったのに。苦しかったら言えって、言ったのはあんただろ。散々言ったじゃないか。なんで止めてくれないんだ。嫌がらせか。あんた、俺の事嫌いだからあんな事したのか」
「違う」


 返事を求めていない問いかけの中に、聞き逃せない言葉があって、クラウドは反射的に口を開いていた。
直後、じゃあなんでだ、と戸惑いと悲しみの混じった青灰色がクラウドを睨む。

 自分が泣かせた、その現実がクラウドの胸を抉る。
見詰める蒼に傷付いた光があって、クラウドは息を飲んだ。
それをゆっくりと吐き出して、スコールと正面から向き合う。


「俺は、あんたの事が、好きなんだ」
「揶揄ってるのか」
「違う。嘘じゃない。冗談でもない。本気で好きなんだ」
「俺は男だ」
「知ってる。でも好きなんだ」


 だから手に入れたかった、だから組み敷いた。
だから犯した。

 何もかもが独り善がりで身勝手な理由だ。
それでも、クラウドは自分の気持ちに嘘を吐く事は出来なかった。
暴走して、一番最悪の形で気持ちをぶちまけた後で、もう全てが遅いとは思うけれど。


「あんたが好きだ、スコール」


 真っ直ぐに見詰めて告げたクラウドに、スコールがぱちりと瞬きを一つ。
何言ってるんだ、と、呆けたような表情をしているスコールに、クラウドは眉尻を下げて苦笑する。


「困るだけだよな。あんたには」


 強姦された後で、好きなんだと言われて、誰が嬉しいものか。
碧眼に静かな、寂しげな色が浮かんだ。


「すまなかった。もう俺はあんたに近付かないから、さっきの言葉も、……昨日の事も、許される事はないと思うが、なかった事にしてくれていい。幸い、此処にいるのは俺達だけだから───」


 忘れてしまえば良い、と言いかけて、言葉は最後まで続かなかった。
ぐんっと襟元を引っ張られて、間近に深い青灰色が迫っていた。


「あんた、勝手もいい加減にしろ」


 鼻先がぶつかりそうな程に近い距離。
クラウドが、それ程近い距離でスコールの顔を見たのは、昨日の夜を除けばこれが初めてだ。
────相手の顔がはっきりと見える明るい場所であったのも、これが、初めて。

 そんな距離で見たスコールの表情は、怒りを滲ませていたけれど、泣き出す手前の子供のように幼くも見えた。


「勝手に好きになって、あんな事しておいて。今度は忘れろ?ふざけるな。あんな事されて、どうやって忘れろって言うんだ。おまけに、俺の事まで勝手に決めて。馬鹿にするな。俺の気持ちがあんたなんかに判るか。あんたの思い込みで、俺の気持ちまで決めるな」


 常の物静かさが嘘に思える程、一気に捲し立てるスコールに、クラウドは完全に飲み込まれていた。
ブルーグレイは、クラウドの喉に噛み付かんばかりに恐ろしい眼光を閃かせている。
それなのに、襟元を掴む手は小さく震えていて、精一杯に毛を逆立てる猫のようだ。

 襟を掴んだまま、ぐらりとスコールの身体が傾いて、クラウドの胸に頭が乗った。
ぽすん、と子供が甘えるようにして。
柔らかなダークブラウンの髪がさらりと流れて、揺れる。
それにそっと手を添えてやれば、ぴくん、と細い肩が微かに揺れた。


「……嫌、だったんだろう」
「…………」
「…気持ち悪かったんだろ……」


 クラウドの問いに、スコールは答えない。
必要上に喋らないスコールにとって、沈黙は是と同じ意味を持つ。


「……スコール、もう無理しなくていいから、」
「だからっ!」


 嫌いなら嫌いと言ってくれていい────そう言おうとして、弾けたように響いた声に、クラウドの音は消えた。


「勝手に決めるな!」


 クラウドの胸に縋ったまま、スコールは叫んだ。
その姿はまるで、昨夜の出来事を“なかった事にしたくない”と願っているように見える。


「…そういう事をするなよ、スコール。……都合良く考えたくなるだろう」


 諦めようとしていたのに、想いと一緒に封印してしまおうと思ったのに。
そんな風に縋られたら、求められているのだと勘違いしてしまう。

 赤子を宥めるように、ダークブラウンの髪を撫でる。
すると、ぎゅう、とクラウドの服を掴む手に力が篭った。


「………よく、判らないんだ。昨日の事も、全部」
「なら、」
「でも、」


 もう一度、クラウドの声をスコールが遮った。


「怖かったし、痛かった。何が何だか判らなかった。あんた、可笑しくなったのかと思った。でも……目が覚めて、あんたの顔を見た時に────ほっとした」


 痛くて熱くて、よく判らない内に翻弄された、昨夜の出来事。
最後の最後、熱を注がれて虚ろに飛びかけた意識の中で、笑う顔を見た。
それが酷く寂しそうで、悲しそうで、散々な目に遭ったのはこっちの方なのに、彼の方こそが泣きそうで。
……眠って、目が覚めたら、此処に一人で取り残されているような気がして怖かった。

 でも、此処にいた。
目覚めて最初に見た碧眼と金糸に、安堵した。
なのにまた、遠くに行ってしまいそうな顔をするのが、嫌だった。


「勝手に決めるな。勝手な事言うな。あんな事して、忘れろって、それであんたはどうする気だ。好きって言った癖に。一方的に言っておいて、俺の話は聞かないのか」
「……スコール、もう止せ。本当に勘違いしそうになる。あんたも俺の事が好きなんだって、好きになるかも知れないって、勘違いしたくなる」
「知るか。あんた、俺にはあんな事した癖に、俺には止めろって、そんなのずるい」


 小さな子供が我儘を言うようなスコールに、クラウドは眉尻を下げて苦笑する。
服を掴む手は、まるで離さない、と訴えているようだった。

 スコール、と名を呼んで、頭を撫でる。
ゆっくりと上を向いた頬に手を当てて、唇を重ねた。
昨夜のような激しく絡み合うものではなくて、触れているだけの、柔らかなキス。
そっと重ねて、────そっと離して、クラウドは間近にある青灰色を見下ろした。


「一つだけ、いいか」
「………なんだよ」
「あんた、俺の事、嫌いになったんじゃないのか?」


 それが普通だろう、と暗に問うと、スコールは目を逸らし、


「……よく、判らない」


 昨夜の出来事は、最悪の事件だったと思うし。
けれど、目覚めた時にクラウドを見た時、嫌悪や憎悪は湧かなかった。
だから多分、“嫌い”ではないのだろうと、スコールは思う。

 じゃあ、とクラウドは続けた。


「今後……俺の事を好きになってくれるって言う可能性は、あるか?」


 ずるい質問だと、クラウドは思った。
スコールは答えない。
けれど、この沈黙が是とは違うのは、スコールの顔を見ればわかった。

 明確な言葉で返せないスコールを、クラウドは見詰めた。
スコールはもう此方を見ようとしなかったが、


「─────っくしゅ!」


 スコールの口から洩れた思わぬ悲鳴────くしゃみによって、場の空気が一気に緩んだ。
緊張していたクラウドの肩から力が抜けて、スコールは真っ赤な顔で俯く。

 考えてみれば、テントで守られているとは言え、此処は雪深い森の中である。
風の音がしないので、吹雪の日に比べれば幾らか楽だが、気温が極端に低い地域である事に変わりはない。
そんな場所で薄いシャツ一枚、下肢も外気に晒した格好をしていて、寒くない訳がない。


「悪かった。早く服を着た方が良かったな」
「……いや、……別に……」


 赤い顔を逸らしたままのスコール。
クラウドは、くしゃりと柔らかなダークブラウンを撫でて、腰を上げた。


「外で火を起こしてる。コーヒーでも作っているから、着替えが終わったら教えてくれ」
「あ、……ああ、……」


 クラウドの言葉に、スコールはもぞもぞと居心地悪そうにジャケットを握って身動ぎしながら頷いた。

 テントを出ると、昨日と同じ雪景色が其処にあった。
夜半の内に降雪があったのか、昨日拾ってきた薪に雪が被さっている。
払い除けて何本か固め、ファイアで火を起こすと、荷物袋の中から水とインスタントのコーヒーを取り出す。

 雪の上に腰を下ろし、湯が沸くのを待ちながら、クラウドはちらりとテントを見遣った。


(────うやむやになってしまった気もするが。拒否されなかったなら、少しは勘違いして良いのかもな)


 スコールは、嫌なら嫌とはっきり口にするタイプだ。
それがなかったのなら、期待してしまっても良いのかも知れない。
ただし、あんな強引な真似は、もう二度と許されない。

 程なく、いつも通りの格好をして、いつもよりも露骨に目を逸らすスコールがテントから出て来た。
隣に来るように促せば、スコールは少しばかり隙間を空けて、けれども言われた通り、クラウドの隣に座る。
浸出の終わったコーヒーを差し出すと、スコールは赤い顔をして、無言でそれを受け取ったのだった。




お初なクラスコ。FF初R18になりました。
強姦紛いになってしまった。って言うかほぼ強姦のような……何故かクラスコのお初は明るい感じになれなくて……

スコールは自分から好きになる事はなさそう。好きになっても言わないと言うか、自分でその感情を受け止めれない気がする。いつか来る別れが怖いから。
でも基本的に寂しがり屋だから、求められたら離れられなくなる気がする。激しく求められると、尚の事。
真面目なクラウドなら、そんなスコールを大きな包容力で包んでくれると思う。……真面目なクラウドなら(んっ?)。