君と僕との距離を数える


 弾む声が呼んだような気がして、スコールは足を止めた。
連なるようにして、スコールの前を歩き、今正に出発しようとしていたジタンとバッツも立ち止まって振り返る。


「スコール!」


 もう一度、今度ははっきりと呼ぶ声がした。
振り返ってみれば、眩い太陽のような鮮やかな金色と、マリンブルーの青が、此方へと駆け寄ってくる────ティーダであった。

 秩序の聖域の真ん中に建っている屋敷の方から、彼は一目散に走る。
そしてあっと言う間にスコールの元に辿り着くと、ふぅふぅと肩で軽く息をして呼吸を整えた後で、


「なんで行っちゃうんだよ。今日は俺と一緒にモーグリの所に行くって約束してたじゃないっスか」


 ティーダの言葉に、そうだったのか?とスコールの後ろで、ジタンとバッツが顔を見合わせる。
が、それはスコールも同様で、彼はことんと首を傾けていた。
蒼の瞳にはそうだったのか?と言う言葉がありありと浮かんでいたが、背を向けた形になっているジタンとバッツが、それに気付く事はない。

 スコールは此処数日のティーダとの会話内容を思い出してみるが、彼が言っているような約束の類は、交わしていなかった。
気もそぞろな所での会話は曖昧な部分があると思うが、他者と交わした約束なら、ちゃんと覚えている筈。
約束は勝手に反故にして良いものではないからだ────と、遠い昔に誰かに口酸っぱくして教えられたような気がする。
誰であったのかはまるで思い出せなかったが。

 眉根を寄せて、記憶にない、と言おうとしたスコールだったが、それを背中越しの声が遮った。


「なんだ、ティーダと先約あったのか。それならそうと言ってくれよ、スコール」
「……え」
「じゃあ仕方ないな。今日はおれ達だけで行くか」
「悪かったな、邪魔して。仲良くやれよ、お二人さん」


 心なしか残念そうなバッツと、意味深な言葉のジタンに、スコールが向き直った時には、彼らは既に背を向けていた。
しゅっぱーつ、とバッツの暢気な声があって、おー、とジタンの返事が続くと、二人は景気よく駆け出していく。
引き留めるように伸ばしたスコールの手の存在など、彼らは知らない。

 スコールがしばし呆然としている間に、身軽な二人の姿は見えなくなった。
後に残ったのは、伸ばしかけた手を彷徨わせて固まっているスコールと、そんなスコールの復帰を待つように、頭の後ろに手を組んでのんびりとしているティーダ。

 ティーダはしばらく、スコールが戻って来るのを待っていたが、待ち切れなくなったのだろう、仲間達の残像を追うように一点を見詰めて動かないスコールの前に回り込み、ずいっと彼の顔に自分の顔を近付けた。
ともすれば、鼻先が触れ合いそうな程の距離で。


「……!」
「あ、やっと帰って来た」


 びくっと肩を跳ねさせ、後退するように体を仰け反らせて逃げたスコールに、ティーダは悪戯が成功した子供のように楽しそうに笑った。
傍目に見れば素直に無邪気な表情に見えるそれが、スコールは心臓に悪いもののように見えて、じろりとティーダを睨み付ける。


「それで、あんたは何の用なんだ」
「はい、ペナルティ!」


 不機嫌な表情で言ったスコールに返って来たのは、先程の自分を呼ぶ声と同じ、随分と弾んだ声だった。
その大きな声にもまた少々驚いたのだが、それよりも、スコールはティーダの言葉に引っ掛かりを覚えて、眉尻を吊り上げる。


「おい。なんだ、ペナルティって」


 スコールの声は低くなり、彼の機嫌が下降線を辿っている事がよく判る。

 スコールの不機嫌も、無理のない話だった。
今日ジタンとバッツと一緒に素材集めに行く事は、昨夜から決まっていた事だ(とは言え、スコールは彼らに強引気味に誘われてパーティに加えられただけで、スコール自身が彼らの同行に意欲的だった訳ではないが)。
その時の遣り取りは、夕食後のリビングで行われていたので、ティーダもその場に居合わせていた。
ティーダの言う通り、先約があったのであれば、その時に言えば良い筈だ。
……とは言え、あの時のティーダはクラウド相手に電子ゲームに夢中だったので、聞こえていなかったのかも知れないが。

 そして、何度思い返しても、何度記憶を掘り返してみても、ティーダが言ったような約束をした覚えはなかった。
こうなると、ティーダが思い込みや記憶違いをしているとしか思えない。

 それに加えて、ティーダが言った“ペナルティ”と言う単語。
所謂“刑罰”の意味で使われる言葉を、何故、今、ティーダから言われなければならないのだろう。
おまけに、何が“ペナルティ”となる対象の行為になったのか、スコールには全く判らない。
これで顔を顰めるなと言うのが無理な話だ。

 睨むように見詰めるスコールに、ティーダは唇を尖らせ、拗ねたような顔をする。


「だってスコール、今俺のこと“あんた”って呼んだじゃないスか」
「……それがどうした」


 スコールが他者を“あんた”と呼ぶのは、珍しい事ではない。
仲間の半分以上の事を、名前で呼ばない時、スコールは大抵“あんた”と言う呼称を使っている。

 何を今更とスコールは顔を顰めたが、その直後、ふと記憶の淵からふわりと浮かんできたものがあった。
それは、今から二週間ほど前にティーダと行われたもので、


「二人きりの時は“あんた”って呼ぶのナシ。名前か、それじゃなかったら“お前”でって言っただろ」


 ────ああ、確かに。
そんな会話をしていた、多分。


「……だが、それでペナルティがつくなんて話は聞いていない」


 やり取りは確かにあったが、その時の会話は、それだけで終わった筈。
ティーダの言う“刑罰”の話は微塵もしていなかった。


「そうだけど。スコール、判ったってあの時言ったじゃん。なのにさぁ、相変わらず俺の事あんたあんたって……」


 不満げな顔をするティーダに、仕方がないだろう、とスコールは思った。
呼称なんてものは半ば習慣染みていて、変えろと言われて直ぐに改められるものでもあるまい。
改める本人が強く意識しているなら、まだ少しは改善されるのかも知れないが、正直、スコールは何故ティーダが其処まで執拗に呼称について拘るのか、いまいち判らなかった。
この温度差は普段の会話にも反映されており、スコールは相変わらずティーダの事を“あんた”と呼ぶ事がある。
その上、ティーダは“二人きりの時は”とタイミングを限定しており、これがまたスコールにはややこしい。
他の仲間が一人でもいる時は、以前と同じように“あんた”のままで呼んでも良くて、二人きりになった途端に“お前”と呼べと言われても、面倒臭いなとしか思えない。

 青の瞳が幾ら恨みがましげに見詰めた所で、スコールは「俺の知った事か」と言う素っ気ない感想しか浮かばない。
呼称の改めの要望について、了承的な返事をしたのは確かだが、それに固執するように突っかかられても、スコールには何を思えば良いのやら。

 自身とよく似た、けれども微かに違う蒼の瞳が、どんどん不機嫌になっていく事に気付いたのだろうか。
ティーダはがしがしと頭を掻いて、心なしか気まずそうに俯き、足下を爪先でぐりぐりと捩じる。


「今は二人きりなんだから、“あんた”じゃなくて…」
「……それはもう判った。一応、気を付ける努力はして置く。それより、ペナルティとか言うのは何なんだ」


 二人称ではなく、名前で呼べば良いのかも知れないが、スコールは必要でなければあまり相手の名前を呼ぶ事はない。
その場に集合している者が複数であるならばともかく、会話相手が特定されている時は“あんた”と呼ぶ事の方が多い。
複数でも、“あんた達”とまとめ呼びする事もある為、これは単純に癖のようなものだろう。

 今後、うっかり“あんた”と呼ぶ度に、そんな事を言われるのだろうか。
本当に刑罰が行われるのか否かはさて置くとしても、度々宣言されるのは気分が悪い。

 詰問する口調で問うスコールに、ティーダは少しばかり居心地が悪そうに肩を縮こまらせ、


「いや、そのー…別に、なんでもないんだけど。ペナって言ったって、罰ゲームとか考えてる訳じゃなかったし。ノリって言うか」
「なら止めろ」
「ごめん。そんな怒ると思わなかったから」


 素直に詫びるティーダに、寄せられた眉間の皺は相変わらずだが、吊り上がっていた眉は僅かに緩む。
それからスコールは、溜息交じりに息を吐いて、くるりと踵を返した。


「……俺は戻る」
「あ、俺も俺も!」


 今からジタンとバッツを追う気にもならなくて、スコールは屋敷へと引き返す事にした。
直ぐにティーダが後を追う。

 後ろをついて来るティーダの気配が、妙に軽い気がする。
いや、絶対にそうだ、とスコールは思った。
スコールやクラウドと違い、ティーダは自分のプラス的感情を隠そうとしないから、嬉しい事や楽しい事があった時は、直ぐに判る。
しかし、今の遣り取りの一体何処に、ティーダが喜ぶような会話があったのだろうか。

 屋敷の玄関前で、スコールは後ろをついて来るティーダを見た。
肩越しに睨むように見詰める蒼に、ティーダがきょとんと首を傾げる。


「なんスか?」


 先程、スコールを怒らせた事で、しゅんと落ち込んだ子犬のように萎んでいた表情は、既にいつも通り。
スコールはそれを肩越しに見詰めながら、尋ねた。


「あん……お前、何を考えているんだ」


 いつものように呼びそうになって、スコールは意識的に改めた。
それだけなのだが、酷く面倒に思えて仕方がない。
無意識で沁みついた癖を直すのは、一朝一夕の簡単な話ではないのだ。

 ティーダはスコールが呼び名を改めた事に気付いたか、にこにこと益々嬉しそうに笑う。


「別に。ただ、スコールが何処にも行かなかったから、良かったなーって」
「あんたがモーグリショップどうのと言ったからだろう」
「呼び方」
「………」


 直ぐに元に戻る呼称を指摘されたが、もう面倒になって、スコールは口を噤んだ。
今日はもう、ティーダの前で喋らない。
そんな決意まで固めて、スコールは玄関の扉を押し開ける。

 屋敷の中は、静かなものであった。
今日は十人の内、先程出発したジタンとバッツを含めて半分が探索・斥候に赴いているので、静かなのも無理はない。
三名の賑やか組の内、二名が不在ともなれば当然か。
ティーダは声も大きいので、彼がいるだけでも随分賑やかになるものだが、その当人は今スコールの隣にいる。


「スコール、部屋に行くんスか?」


 リビングではなく、階段へと向かうスコールに、ティーダが尋ねた。

 返事をせずに無言で階段を上って行くと、後ろからついて来る気配。
ちらりと見遣れば、当たり前のようにティーダが其処にいて、目が合った。
にかっと笑うティーダに、スコールは眉根を寄せ、視線を逸らして進行方向を睨んで段を上って行く。


「そんなに怒るなって」
(別に怒っている訳じゃない)
「冗談っスよ」


 スコールが答えないのを、怒らせた所為だと思ったらしいティーダは、詫びながらスコールの後ろをついて来る。

 二階に上って、廊下へ。
5つ並んだ部屋の真ん中が、スコール個人に宛がわれた部屋だった。
その前に、階段横の端の部屋にティーダの部屋がある────のだが、彼は自分の部屋には入らず、まだスコールの後をついて来る。


「……いつまで俺について来るんだ?」


 ティーダの前で喋らない、と言う決意を捨てて、スコールは尋ねた。
するとティーダは「え?」と不思議そうに首を傾げた後、


「スコール、部屋に戻るんだろ」
「……ああ」
「俺、一緒に入っちゃ駄目?」


 きらきらと、何処か期待に満ちているような眼差しで問われて、スコールは口を噤んだ。

 駄目だと言う理由はない。
部屋に戻って、特に何をしようと思っていた訳ではなかった。
ただ、今屋敷に残っている他のメンバーの事───ウォーリア・オブ・ライト、ティナ、ルーネスの三人────を考えた時、リビングに入る気にならなかっただけの事。
書庫に籠って本を読もうと言う気も起こらなかったので、部屋に戻って寝るなりカードを触るなりして時間を潰そうと思ったのだ。

 スコールは、あまり他人を自分の部屋に入れるのが好きではない。
パーソナルスペースの確保はスコールにとって大事なもので、自分の縄張り内を必要以上に他人に触らせたくないのだ。
……ジタンとバッツはお構いなしで上り込んでくるので、彼らには随分前に閉口したが。
それは、“特別”と呼べる間柄になったティーダに対しても例外ではなかったのだが、


「……勝手にあちこち触るなよ」


 じっと期待の眼差しを向けるティーダに、スコールは溜息交じりに言って、自室のドアを開けた。
了解っス!と良い返事をして、ティーダも続く。

 ベッドに棚にシェルフに、必要最低限の日用品と、書庫から持ち出した数冊の本と、トリプル・トライアドのカードケース。
スコールの部屋にあるのはそれ位のもので、綺麗に片付けてある所為か、あまり生活感がない────と言うのはティーダの弁だ。
スコールは特にそう感じたことはないのだが、やたらと物で溢れているクラウドやジタン、ブリッツのグッズや雑誌が散らばっているティーダの部屋に比べると、物が少ないのは確かなのだろうと思う。

 スコールが窓辺のベッドに腰を下ろすと、その隣にティーダがダイブする。
体重を受け止めたスプリングが抗議のような音を鳴らした。


「へへー」
「……何にやにやしてるんだ、あん……」


 た、と最後の音は飲み込んだ。
それから、やっぱり面倒だな、と口元に手を当てながら思う。

 ティーダは、そんなスコールの様子を気にする事なく、枕を手繰り寄せてクッション代わりに抱き締めながら言った。


「だってスコール、あんまり部屋に入れてくれないからさ。今日はラッキーって思って」


 部屋に戻る足に、当たり前のようについて来ておいて、何を今更、とスコールは胸中で呟いた。
あの期待の眼差しは、駄目だと言われるとは微塵も思っていなかった────ようにスコールには見えた。
行っていいよな、と言われているようにも、受け取れた。

 スコールは長い脚を組んで、その上に肘を乗せて頬杖をついた。
気だるげに、ぼんやりと壁側を見つめるスコールだったが、するりと腰にまとわりついて来るものに気付いて、視線を落とす。
其処にあったのは、枕を抱き締めていたはずのティーダの腕。


「離れろ」
「嫌っス」


 きっぱりと返されて、ぎゅう、と強く抱き締められる。
触れた場所から伝わる体温がどうにも苦手で、スコールは我知らず眉根を寄せていた。

 腰に寄せられるティーダの頭を捕まえて、ぐぐ、と押して離そうと試みる。
しかし、腰回りを包んでいるティーダの上は確りとしていて、一向に離れる気配がなかった。
力勝負で敵わない事がありありと判るのが、スコールには腹が立つ。


「へへ」
「にやにやするな、気持ち悪い」
「酷っ」


 スコールの言葉に、ティーダは傷付いたように驚いた顔をして見せたが、直ぐにふにゃりと緩んでしまう。
猫か犬が飼い主に懐くように、鼻頭を寄せて来るティーダに、スコールは動物だと思えば良いんだ、と自分に言い聞かせ、抵抗を諦めた。

 ────が、するすると撫でるように腰回りを右往左往する掌の感触に、顔を顰めてその手の持ち主を睨む。


「止めろ」
「スコール、やっぱり細いな」
「やめろって言ってる」
「もうちょっと肉つけた方がいいんじゃないっスか。あー、でもこれ位の方が丁度良いっちゃ良いかも」


 スコールの咎める声など気にも留めずに、ティーダはスコールの腰の細さを確かめている。
しつこく撫でる手を捉まえて、スコールはティーダを睨んだまま尋ねた。


「丁度良いって、何がだ」
「抱き締めるのに、なんか、ジャストフィットって感じ。腕がさ、ほら、こう。丁度届くんだ」


 言われてスコールが自分の腰下へと視線を落せば、確かに、ティーダの右手と左手が届き合っている。
スコールの方は、やや息苦しい程度に締められている感はあるが、呼吸が出来ない程ではない。


「なんかいいな」
「俺は良くない」
「そっスか?」


 スコールとティーダは、身長が殆ど同じだから、腕の長さも似たようなものだろう。
しかし、ティーダの腰は、スコールの腕が一周する程細くはあるまい。
確かめた事はないが、風呂場で居合わせた時などに並べば、その差は歴然としている。

 ティーダは運動に適した柔軟な筋肉と、適度な脂肪のある体で、正にスポーツマンと言う言葉が似合う。
露出した腕や足、胸元を見れば判るが、肉付きが良くて骨太なのだ。
大剣を扱うクラウド程に目に見えた筋肉があると言う訳ではないが、やはり、鍛えられている事が一見して判る体格をしている。

 対して、スコールはと言うと、無駄のない体だと言えば聞こえは良いが、圧倒的に脂肪が足りない。
贅肉がないのは良いが、脂肪と言うものは、体を動かすエネルギー源として必要なものでもあるのだ。
スコールは圧倒的にこれが足りず、長時間の戦闘になるとスタミナ切れを起こしてしまう事もある。
スコールは自分の欠点を自覚しているので、それをカバーして戦術を組むが、大量のイミテーションによる物量押しを食らうと、どうしてもスタミナ切れは視野の範囲に入れざるを得ない。
更に言えば、スコールは筋肉量としても秩序のメンバーの中では下から数えた方が早いと思われる。
成長途中のルーネスや、小柄なジタン、女性であるティナを除けば、ひょっとしたら一番少ないかも知れない。
バッツも細身なのだが、普段から駆け回っている彼のスタミナは、見た目に寄らず底が知れない。

 ついでに────スコールは、朧気な記憶の中で、細身である事を酷く揶揄された事があったような気がした。
その相手は、顔こそ思い出せないものの、いつも自分を見下ろしていて、体格の差を見せつけるように大きな体を大振りな仕草で動かしていた。

 だから、体が(腰が)細いと言われる事は、スコールにとってコンプレックスの刺激にしかならない。


「スコール?」


 目付きを尖らせて虚空を見つめ、沈黙してしまったスコールに、ティーダが不思議そうに声をかける。
しかし、スコールの反応はなく、彼は此処にいない誰かを睨むように、じっと天井を仰いでいた。

 だからスコールは、むぅ、と拗ねたように頬を膨らませたティーダの事に気付かなかった。

 スコールは、暫く宙を睨んでいたが、其処に浮かんでくる相手の顔がいつまでも霞がかかったようにぼやけている事を感じ取ると、瞼を伏せた。
此処にいない誰か、それも名前も顔も判らない人間に対して憤りを募らせても、どうにもならない。
頭の芯が微かにずきずきと痛んで来たのを感じて、スコールは思考するのを止め、頭を切り替えた。


「それで、……いつ出掛けるんだ、あ……お前、は」
「へ?」


 スコールの問いに、ティーダがきょとんとして顔を上げた。
何の話?と言わんばかりの表情に、スコールは呆れたように溜息を漏らして、


「モーグリの所に行くんだろう」
「ああ、あれ」
「いつ行くんだ」
「行かないっス」


 返って来た言葉の意味を、スコールは一瞬判じ兼ねた。
なんだって、と腰に寄せられたティーダの顔を見下ろせば、ティーダは心なしか気まずげに視線を逸らし、


「あれ、約束してたっての、嘘」
「は?」


 今度は、スコールがきょとんとする番だった。
表情的には、ぽかん、と言った方が正しいか。

 蒼の瞳を零れんばかりに見開いて、瞬きを忘れて見詰めるスコールに、ティーダは眉尻を下げて笑う。


「モーグリのとこ行くって、約束、してないんだ。だから行く予定もないし、行く気もないっス」
「…意味が判らない」


 そんな嘘を吐く理由も、そんな嘘を吐いてジタンとバッツと一緒に出発しようとしたスコールを引き留めた理由も。
何もかも判らなくて、スコールは辛うじてその疑問だけを(端的にだが)口にした。

 ティーダはベッドに寝転がったまま、ぎゅっとスコールの腰を抱き締める。


「うん。俺もちょっと、よく判んない」
「自分でした事だろう」
「そうだけど……なんだろうな。なんか、なぁ」


 瞼を微かに伏せて呟くティーダは、酷く曖昧な言葉ばかりを零すけれど、その癖、自分の感情の在処は把握しているような気がした。
覗く青色の瞳が、少しばつが悪そうな感情を宿しているように見えたからだろうか。

 スコールは徐に、ティーダの金色の頭を撫でた。
グローブ越しなので、触れた髪質が硬いのか柔らかいのかは判らないが、黒い手の隙間をさらさらと落ちて行く金糸は、皆線が細かった。

 頭を撫でられているティーダは、始めこそ驚いたようにスコールを見上げたものの、スコールが何も言わずに見下ろしているのを見付けると、小さく笑って眉尻を下げた。


「うん……多分、俺、妬いてたんだ」


 スコールの腰に額を押し付けて、ティーダは言った。


「妬いてるって、何に」
「ジタンとバッツ。スコール、いつもあの二人と一緒だから」
「別に今更だろう、そんな事」
「そうだけど。なんか、やっぱりさ。ちょっと悔しくなって」
「悔しい?」


 オウム返しをしたスコールに、うん、とティーダは頷く。


「俺達、普段は大抵バラバラで行動してるだろ?」


 スコールがジタンやバッツと行動する事が多いように、ティーダはフリオニールやセシル、クラウドと一緒にいる事が多い。
誰がそうしろと定めた訳ではなかったけれど、クリスタルを探す道中が一緒だった為だろうか。
自然と、その振り分けが落ち着くようになっていたのだ。

 だからスコールとティーダが日中を一緒に過ごす時間は少ない。
それが、今日は偶然、二人揃って暇になった。
かと言って、二人で何か特別な事でも計画していたのかと言われると、それは全くないのだけれど、


「スコールがジタンやバッツと一緒にいるのは、別に珍しい事でもなんでもないけどさ。折角今日は俺と一緒にいられるのに、スコールがいつもと同じように、あの二人と一緒に何処か行こうとするから……なんか、うん。もやもやして。気が付いたら、あんな事言ってた」


 モーグリショップに行く約束なんてしていない。
理由は何でも良かったのだ、スコールを引き留める事さえ出来れば、それで。

 ジタンとバッツには悪い事をしたと思う。
彼らはスコールの事が好きだから、一緒に行動したがるのだ。
でも、“好き”だから一緒にいたいと言うのなら───感情のベクトルの意味は大きく異なってはいるけれど───ティーダだって同じだ。
好きな人とは、他の誰より、一緒にいたい。


「あと、呼び方も」
「……なんで呼び方で、嫉妬だのなんだのって言うのに繋がるんだ」
「だってスコール、ジタンとバッツの事は“お前”って言うんだもん」


 拗ねた声で指摘されて、スコールはそうだったか?と首を傾げた。

 思い返してみると、確かに、ジタンとバッツの事は“お前”と呼んでいたような気がする。
最初の頃は他の面々と同じように“あんた”と呼んでいたと思うのだが、いつの間に摩り替ったのだろう。

 金色を撫でていた手を離し、考え込むように沈黙したスコールに、ティーダは「やっぱ無意識か」と呟いた。


「別にさ。呼び方で何か変わるとか思ってる訳じゃないんだけど。やっぱりちょっと、聞いてて印象って言うか、雰囲気って言うか、違うじゃん」
「……そういうものか?」
「違う違う。なんか“あんた”って言われると、他人行儀って言うか、距離がある気がするって言うか。誰にでも使ってたらそういう感じでもなかったのかも知れないけど。実際、前は気にならなかったし」


 ────でも、クリスタルを手に入れてから、バラバラになっていた秩序の戦士達が集まった後。
各々に思う所は色々あって、紆余曲折の中で雰囲気が変わった者は珍しくはなく、ティナやルーネスは特にその変化が著しかった。

 二人の次に変化が目立ったのがスコールだ。
彼の場合は、目に見えて判る空気の変化と言うよりも、言葉尻に零れて来る音であったり、賑やかなメンバーに溜息を吐きつつも、仕方ないと付き合うように後をついて行く足取りであったり。
一貫して他者を拒絶していたように見えた彼が、少しずつ、ジタンやバッツに手を引かれながら、仲間の輪の中に加わって来るようになったのだ。

 ジタンとバッツは、スコールの事を大好きだと言って憚らない。
スコールの方も、言葉にこそしないものの、他の仲間達よりも彼らとの距離を近くしているように見えた。

 良い変化なのだと言う事は、ティーダも判っているつもりだ。
彼らのお陰で、スコールの硬質的だった空気が消えて、判り難いながらも、柔らかな部分が見えてきた。
だからティーダもスコールに惹かれたし、“好き”になって、こうして体温を分け合うように身を寄せ合う事も出来る。

 けれど、殊更に彼らばかりがスコールと親しくしているように見える所を見ると、ふつふつと、胸の奥で湧き上がってくる感情は無視できない。


「スコールがあの二人の事“お前”って呼んだのを聞いた時、この辺がぎゅうって潰れる気がした」


 自分の胸に手を当てて言うティーダに、スコールは眉根を寄せる。
それは不機嫌を示すものと言うよりも、困惑を表しているように見えた。


「わざと分けてる訳じゃないって判ってる。でも、わざとじゃないって事は、そうやって無意識に区別しちゃう位、スコールがジタンやバッツを特別だって感じてるんじゃないかって思っちゃって」
「別に……そういう事は、ない」
「じゃあなんで二人の事だけ“お前”って呼ぶんスか?」


 問われると、スコールには何も言えなかった。
どうしてそんな風に自分が呼び分けていたのかも判らないのだ。

 見上げる青から視線を逸らし、スコールは口を噤んだ。
俯いて沈黙するスコールに、意地の悪い事を言ってしまったのだと、ティーダは直ぐに理解する。
ティーダは起き上がって、スコールの肩を寄せて抱き締めた。


「いいよ、スコール。俺が悪いんだ。俺が勝手に焼きもちしてただけだから、スコールは何にも悪くない」
「………」


 ティーダの言葉から少しの間を置いて、目を逸らしたままのスコールの唇から、「でも」と言う音が漏れた。
ティーダはそんなスコールの頬に手を当てて、そっと自分の方へと振り向かせると、厚めの唇でスコールの色の薄い唇を塞いだ。

 青灰色の瞳が見開かれる。
けれども、それは一瞬の事で、スコールは口付けられている事を理解すると、ゆっくりと目を閉じて行った。


「ん、……う…」


 ぐらりとスコールの体が傾いて、ベッドに仰向けに倒れる。
ティーダも口付けたまま、一緒に体を倒した。

 唇を離しても、まだ近くにある顔。


「ごめんな、困らせて」
「……別に」
「もう焼かないよ。呼び方とか、一緒にいられないとか、こだわらなくてもさ。こんな事するの、俺とだけだもんな」
「……当たり前だろう。こんな事……」


 他の誰とだってやりたくない。
例えそれが、気心の知れた仲間でも。

 赤い顔で、間近にある恋人の顔が見れずに、視線を彷徨わせるスコールに、ティーダも頬を赤くして笑いかけた。
その気配に誘われたように、揺れていたスコールの瞳がティーダを捉える。


「スコール。やっぱりモーグリのとこ、行こう」
「……嘘なんじゃなかったのか」
「嘘だったけど。いいじゃん。折角暇なんだし、デートって事で」


 妙に甘酸っぱく響く言葉に、スコールの顔が火を噴いたように赤くなる。
そんな恥ずかしがり屋の恋人の眦にキスをして、ティーダはスコールの手を引いて起き上がらせた。




焼きもちティーダと、人付き合いや感情に鈍いスコール。
ティーダって色んな意味で感情の起伏が激しそう。ちょっとした事で拗ねたり、コロッと機嫌直したり。そう言うのが、スコールに比べて素直に表に出て来そう。

ティスコは青春。
17歳コンビかわいいよ!