その手が欲しい


 何が起きたのかと問われても、答えようのない事は、この世界ではよくある話だ。
記憶のあるなしに関わらず、元の世界から築いて来たのであろう経験であったり、常識であったりが通用せず、初めて出逢う事象に特定の人物が困惑したり、或いは逆に説明をしたり。
それで判る話ならまだ良いのだが、誰の感覚から見ても説明し難い出来事と言うのは、儘起こるのが、闘争の世界と言うものであった。

 起こった事が偶然の積み重ねによる事故の類である場合、魔法やそれに準ずる知識を持つ者が集まり、解決を試みるのだが、それも上手く行く時ばかりではない。
どちらかと言えば、不特定多数の条件が重なり合って起こった事である場合が多い為、原因の特定が出来ない事も少なくなく、こうした手合いは悪戯な刺激は返って危険と見做される。
こうなると、日々の経過を確認し、混沌の戦士の動きを警戒しつつも、概ね通常と変わらない日々が送られる事になる。
大体は時間が薬となり、早ければ数時間、遅ければ一週間程度で元に戻るのがパターンであった。

 厄介なのは、敵側の思惑による出来事である場合だ。
意図的に起こされた事象なので、原因が判れば対策を取り、その原因を除去する方法を探すのだが、混沌の軍勢がそれを見越して仕掛けている事が常である為、周囲への警戒は一層強める必要がある。
そうなると、原因を除去する為に動ける人員にも限りがあり、事が後手後手に回り勝ちであった。
また、この“思惑”と言うのも多様性があり、皇帝やアルティミシア、エクスデスと言った者は、謀略性を孕んでいる為、此方の読みが当たれば先手を奪う事も出来るのだが、ケフカや暗闇の雲が原因である場合、気紛れからの偶然の事故と言う側面もあり、原因の特定から、敵の動きから、何もかもが不透明になる事があった。
不幸中の幸いなのは、この二人は混沌の陣営の中で───両者が組んで来る事はあっても───協調性と言うものが曖昧で、皇帝達のように計算高く襲って来る事は少ないと言う事か。
それも彼等の気紛れなので、油断できるものではなく、行動が読めないと言う点で厄介性は増すのだが。
こうしたパターンの場合は、周囲を警戒しつつ、時間が薬となる事を願いながら、その時間を待たずに事象を解決する方法を探る事が多かった。

 ───そんな中、今回起こった出来事について。
事故か、思惑か、どちらかと問われると、恐らく両方である、と当事者たちは思う。

 事件の概要は、概ねこうだ。


「次元城でイミテーションの群れと戦ってたら、ケフカが乱入してきて、めちゃくちゃになって。歪からの脱出最優先で戦ってたけど、あそこって不安定だろ。見付けた出口があっちこっちに移動して、中々脱出出来なくなってさ。ようやく出られそうだと思ったら、ケフカがでかい魔法をぶっぱなしたもんだから、慌てておれも魔法を使って、それ自体はどうにか相殺できたんだけど、その余波で歪の出口がまた歪んで。危ない気はしたけど、ケフカが直ぐにもう一発撃ってきたから、急いで歪に飛び込んだんだ。ジタン、おれ、スコールの順番で。それで、多分、スコールが出口を通った時に、ケフカの魔法が出口に当たったんだと思う。で───外に出てみたら、この有様で」


 一連の流れを説明するバッツの隣には、一人の少女が顔を顰めて座っている。
傷を抱いた眉間の皺は、長い前髪に気持ち程度隠されているが、全身から醸し出される不機嫌なオーラは誤魔化しようもなく、また本人も隠そうとは思っていない。
それも仕方のない事だろうと、バッツ、少女、ジタンの三人を囲んでいる仲間達も理解していた。

 背中へと気持ち程度に流れ落ちるチョコレートブラウンの髪。
本来なら細く柔らかであろう髪は、今はバッツやジタンと同じように埃っぽく痛んでいる。
遠征から戻って来て直ぐに、バッツが状況を説明するからと、揃ってリビングに来たのだから無理もないだろう。
長い髪の隙間から覗く蒼灰色の瞳と、眉間の傷のお陰で、この人物が誰であるのか、仲間達は直ぐに気付く事が出来た。
しかし、痩躯である事は変わらずとも、身長がやや縮んだか、心持ちシルエットが小柄に見える。
それは感覚的な齟齬ではなく、着ている服がだぼっと隙間が増えている所を見れば、やはり縮んでいるのだと言う事が判るだろう。
靴等、踵がかぽかぽと浮くので碌に履けていられるものではなかった為、今はスリッパを履いてる。
そのスリッパと、弛んだズボンの裾の隙間から時々覗く足首は、ティナ程ではないものの、やはり何処かか細くなった印象が否めなかった。

 居心地悪そうにソファに座り、じっと黙って口を噤んでいるのは、他でもない、スコールだ。
少年と言うにはやや大人びた風貌ながらも、内面は非常にナイーブで年相応の十七歳である彼にとって、今の自分の状況は甚だ遺憾に違いない。
混乱も酷かったのではないだろうか、と皆は思うが、スコールは酷く落ち着いていた───少なくとも見た目だけは。
内心は狼狽もあるのだろう、と言う事は、時折彼の背中を宥めるように尻尾を絡めるジタンの表情を見れば、読み取れる。
男でありながら、女の身になってしまうと言う、到底有り得ない筈の現象に見舞われているのだから無理もない。

 バッツから話を聞いた一同は、それぞれに顔を見合わせ、ふうむ、と唸る。


「ケフカの魔法が原因……と言うより、それの衝撃を受けた歪の出口の影響、と考えるべきか」
「その方が濃厚だろうね。ケフカの魔法の方も気にはなるけど、こんな魔法は余り聞いた事がないし」
「トードやミニマムみたいに、変身魔法の類とすれば考えられない事もないよ。でも、それを敵に使ってもあんまり意味はないよね…」
「カエルや小さくなるなら、確かに痛手ではあるが、男女を引っ繰り返すと言うのは……筋力や体力は落ちそうだから、それを狙う位か。あまり現実的な戦略じゃないな」
「やっぱり事故が妥当な線か…」


 真面目に話し合っているのは、クラウド、セシル、ルーネス、フリオニールの四名だ。
その内容は、スコール達が歪から館へと帰る道中でも話し合われている。
ジタンはそれを聞きながら、やっぱりそう言う結論だよな、と思った。

 ジタンの視線は、隣に座っているスコールへと向けられ、其処から彼───今は彼女か───の前に立っている仲間達へと向けられる。
しげしげとスコールを観察するように見詰めているのは、ティーダとティナだ。


「なんか、小さくなった?」
「……」
「気持ちな。後で服探さないといけないな」
「髪、伸びたね。ちょっと雰囲気が違って見える。でも、傷んでるね」
「……」
「そうなんだよ。あ、風呂使って良いか?スコールも疲れてるだろうし、ちょっとゆっくり休ませてやりたいんだ」
「それが良いっスね。でも風呂掃除したから、お湯入ってないんだよな。入れて来るから、ちょっと待ってて」


 ぱたぱたと駆けて風呂場へ向かうのはティーダだ。
この屋敷の湯船は大きいので、満タンを待つと少々時間はかかるが、入るだけなら半分も溜まれば十分だろう。
後は温まりながら待てば良い。


「風呂はスコールが先に入れよ」
「……三人で入れば良いだろ。一人ずつなんて、時間の無駄だ」


 ジタンが一番風呂を促すと、ずっと黙っていたスコールがようやく口を開いた。
そうして紡がれた音は、仲間達が聞き慣れていた低いものに比べると、やはり高い。
ころころとした鈴音のような繊細さではなく、しゃがれてはいないが、心持ちハスキーを含んだ低めの女声と呼んで良い音だ。
それを聞くと、体の構造もやはりある程度、男性より女性へと変幻されているのだと言う事が想像できる。

 となれば、だぼついた服の上からは目立たないが、やはりそうあるべき場所もそうなっている、と言うのは想像に難くなく。


「いやいや、流石に駄目だって。スコール、お前今、レディなんだぜ?」
「…俺は男だ」
「気持ちは判る。判るけど、残念ながら今はそうじゃないんだよ」


 顔を顰めて睨むスコールに、言いたい事は判る、とジタンは頷いた。
しかし、それでも駄目なものは駄目なのだ、と続ける。
因みにこの遣り取りは、帰路の道中でも何度となく繰り返されている。
その度にスコールは苦々しい表情を浮かべ、ジタンは肩を竦め、バッツはぽんぽんとスコールの頭を撫でて宥めていた。

 案の定、拗ねた表情でむっつりと黙り込むスコール。
それをじっと見ていたティナが言った。


「それじゃあ、スコールは私と一緒に入る?」
「は?」
「え」


 彼女の言葉に目を丸くしたのは、スコールだけではない。
ジタンもほぼ同時に我が耳を疑って顔を上げ、成人組と話し合っていたルーネスが勢いよく振り返り、その傍らでフリオニールが固まっている。
ティナはそんな仲間達に気付く事なく、純真無垢な瞳で、「ね?」と良案を見付けたと言う顔でスコールに笑い掛けた。
しかし、まさか其処で、はいそうします等と誰が言える筈もなく、


「い、や……ティナ、それは、」
「ダメ!絶対ダメ!」
「どうして?だって一人でお風呂に入るのが嫌なら、今のスコールと一緒に入れるのは私だけなんだし…」
「いや、ティナちゃん、スコールは一人で入るのは嫌って訳じゃなくて……」
「…?」


 ことん、と首を傾げるティナは、スコールが一人風呂を嫌がっていると信じているようだ。
藤色の瞳がスコールを見詰め、「嫌?」と訊ねると、スコールは何とも答えられなかった。
この場合、スコールにとっては嫌とか言う以前の問題なのだが、良くも悪くも男女の意識の差と言うものに疎いティナには、それが伝わり難い。
嫌、と一言で言えばティナは諦めるだろうが、その際に覗くであろう寂し気な表情は避けられず、それを見ると豹変するメンバーが此処にはいる。
それらを刺激せずに、ティナを宥めて場を逃れるには、スコールは口下手過ぎるのであった。

 スコールが固まっていると、リビングのドアが開いて、風呂場に行っていたティーダが戻って来た。


「風呂、結構溜まったからそろそろ入れるよ」
「サンキュ。じゃあ、スコール、お先にどーぞ」
「あ、……ああ」


 バッツにぐっと背を押されて、スコールはソファを立たされた。
早い内に行っちゃえ、と半ば追い出すように褐色の目が急かしているのを見て、スコールはまだ渋々と言う気持ちを抱えつつも、ティナが追って来ない内にとその場を離れた。
それを追おうとするティナの気配を察して、ジタンが引き留める。


「ティナちゃん、何かゆったりめの服って持ってないかな。今のスコールの体格じゃ、いつもの服はサイズが合わないと思うんだよ」
「私ので良いの?スコール、背が高いから、着れるかどうか……」
「うん。だから大き目の服があれば、もし良かったら」
「判った。ちょっと探して来るね」


 スコールが部屋を出て行き、それに続く形でティナもリビングを後にする。
それぞれ反対方向へと向かう影をドアの隙間から見て、ほっと一同は胸を撫で下ろした。
それを見たティーダが、きょとんと首を傾げる。


「何かあったんスか?」
「ちょっとね。いや、大した事ではないよ」


 尋ねるティーダに、セシルが苦笑を交えながら言った。
ふうん、と短い反応を返しつつ、ティーダは首を反対側に捻ったが、残ったメンバーに拗れた様子もない所為か、彼も深くは気に留めなかった。

 そんな仲間達の遣り取りを、じっと見つめているのはアイスブルーの瞳。
事の発端の説明から、今に至るまで、彼───ウォーリア・オブ・ライトはただ黙って眺めていた。
その瞳が最も具に見詰めていた人物がいなくなった事を受け、話し合いを続けている仲間達へと向けられる。


「スコールの事は、今夜は様子を見るとしよう。時々、ジタンとバッツで彼の様子を見て貰えるか。現場を共にしていた君達になら、彼も話がし易いだろう」
「ああ、そのつもりだよ。何かあったら、直ぐ皆に知らせるから」
「宜しく頼む。事がケフカの暴走のようなものとは言え、あちら側に知られれば利用される可能性もある。皆も気を引き締めるように」


 リーダーの締めの言葉に、了解、と言う言葉が重なった。




 一人で風呂に入って、スコールは自分の体を改めて検分した。
元々筋肉に恵まれたとは言い難かった体は、前よりも一層華奢なラインになって、腰など少し力を入れて掴まれれば折れそうな細さだ。
ティナ程ではないが、やはり“女”である事が如実に判る体格になっている。
腕も細くなり、筋力が落ちている。
帰る道中、警戒の為に持っていたガンブレードがいやに重い筈だ。
胸は左程目立つ事もないが、まっ平と言う訳でもない。
確認の気持ちで触ってみると、ふにふにと柔らかく、なんだか妙な気分になったので直ぐに止めた。

 いつもよりも長くなった髪を洗うのも面倒だった。
濡らすと妙に重く、気分の苛立ちもあって乱暴に洗うと、髪が絡まって痛い。
風呂から上がってタオルで拭いてみるが、中々乾いてくれなくて鬱陶しくて堪らない。
ああもう、と何度溜息を吐いただろうか。

 着替えはティナが持って来てくれていた。
彼女が普段着ているものを借りるのは酷く心苦しく、サイズが、と最もらしい理由で断ろうとしたのだが、「ゆったりめだから多分大丈夫」と言って脱衣所に置いており、スコールが脱いだ自分の服は洗濯機に納められてしまった為、裸で出て行く訳にも行かず、それを着て行くしかなかった。
大き目のものとはいえ、元々がスコールとティナではサイズが違うのだから、やはり少しきつかった。
が、彼女の気遣いを無碍にするのも気が引けて、少しの間だけ、借りて置く事にする。
一緒に置かれていたスカートは流石に辛かったので、自室に引っ込んだらすぐに寝間着のズボンに履き替えた。
そのズボンのウェストがまた緩くて、紐を通して絞らなければ使い物にならなかった。

 自室に籠ってしばらく過ごしていると、ジタンとバッツが来た。
スコールに続いて風呂に入ったばかりの彼等は、血色の良くなった肌を紅潮させながら、「カードやろうぜ!」と言って来た。
恐らく、今の自分の有様にうんざりとしているであろうスコールを気遣い、気分転換をしようとやって来たのだろう。
誘われた時は気が向かなかったのが正直な所であったが、バッツがトランプを、ジタンがクアッドミストをわざわざ自分の部屋から持って来ていたのを見て、スコールは起き上がった。

 スコールの持っているトリプル・トライアドも含め、二巡程遊んだ頃、ジタンが欠伸を漏らし始めた。
時計を見れば午後11時を迎えており、探索から戻った体が疲労からの休息を欲しているのも当然と言えた。


「んぁ〜……」
「……眠いのか」
「んー、ちょっとなあ」


 目を擦りながら言うジタンに、スコールは手許のトランプカードに視線を落とした。
ポーカーに興じている今、スコールの手持ちは中々良い組み合わせが揃っており、ゲームを投げるのは少々勿体ない。
が、ちらりと見ればバッツも心なしか瞼が重いようで、これ以上の夜更かしは厳しそうだ。
スコールはと言うと、風呂上りから彼等が来るまで不貞寝同然に体を横たえていたお陰か、二人程の眠気はない。
寧ろ、時間が経つ内に湧き上がるもやもやとした気持ちが邪魔で、一向に眠る気になれなかった。

 だが、ジタンとバッツがギブアップなら、これ以上彼等を突き合わせる訳にも行かない。
スコールはゲーム終了の合図の代わりに、手許に揃ったカードを表替えして放った。


「ストレート」
「うわっ。おれスリーカード」
「オレもスリーカード。スコールの勝ちかあ」
「良いとこまで揃ってくれたんだけどなー」


 残念、と言いつつ、バッツとジタンはカードを集めて山へと重ねる。
それを横目に見つつ、スコールは言った。


「……俺はもう寝る」
「お、そっか?んじゃあオレ達もお暇するかね」
「そうだな。あんまり遅くまでやってると、また怒られるし」


 スコールの一言を待っていたように、ジタンとバッツは引き上げ準備を始めた。
それぞれが持ち込んだカードをケースへと戻し、それじゃ、と手を上げる。


「体に何か変な感じがあったら、直ぐに誰か呼べよ」
「ああ」
「我慢するなよ〜」
「……ん」


 そう言って部屋を出て行く二人に、スコールも短い返事を投げた。

 ケースに戻したトリプル・トライアドのカードをテーブルへと戻し、部屋の電気を消して、再び一人になったベッドへと寝転ぶ。
眠気はないが、体の疲労が全くない訳ではないので、横になっていれば直に眠れるだろう───と思ったのだが、


「………」


 賑々しい仲間がいなくなり、静寂が戻った部屋の中で、スコールは酷く落ち着かない気分だった。
ごろり、と寝返りを打つ度、背中や肩をくすぐる髪の感触がある。
セミロング程度まで伸びた髪が首元や背中を撫でる感触は、初めて感じるものだ。
寝間着のズボンも裾が余っている所為で、足元に布地が絡み付いているような感覚が否めない。
脱ぐか、と少しの間思ったが、生憎裸で寝る習慣はないので、それはそれで違和感がありそうで止めた。

 のそ、と起き上がって、背中にかかる髪を掴むように手を当てる。
そのまま首周りから前へと持って行くと、長い髪がついて来た。
フリオニールの尻尾のような長さにはならないが、ジタンと同じ位はあるかも知れない。
邪魔だな、とスコールは思ったが、下手に鋏を入れて不格好になるのも嫌で、これを処理すると言うのは無理がありそうだ。

 体格の変化の事も、意識するまいとしても、どうしても実感として其処此処に感じてしまう。
本来ならば届く距離感なのに、腕を伸ばすと微妙に足りない。
体が全体的に縮んでいるのだと、否応なく判ってしまう。
こうして折々に感じてしまう、自分の体の変異と言うものを知る度に、苛立ちのような、疎外感のような、言葉に言い表せないものが胸に去来する。

 しかし、スコールに一番苦いものを齎す原因は、もっと他にあった。
それは目を閉じれば浮かぶ、皆でリビングに集まって事情説明をしていた時、垣間見ては焼き付いた光景。
心配そうに、或いは若干の好奇も交えながら囲む仲間達の中、何も言わず、ただじっと話を聞いているだけだった男───ウォーリア・オブ・ライト。
アイスブルーの瞳が何を思って此方を見ているのか、スコールには読み切れるものではなく、それがスコールの無性の不安を煽る。


(別に、どうして欲しいって訳じゃないけど……)


 何か声をかけて欲しいのかと言われれば、別に、とスコールは答える。
自分の状態に気付いた時は狼狽した事もあり、ジタンとバッツからは「大丈夫だって!」「きっと直ぐに元に戻るよ!」と励ますように言われ、そのお陰で少しだけ安心したのは確かだが、ウォーリアにそれを求めてはいない。
スコールやクラウド程ではないにしろ、彼も多弁な性格ではないし、あの時は現状の把握と、これからの対策について頭を回転させていたのは想像に難くない。
スコールもあの時は自分の状態に対する苛立ちが募っており、不機嫌を振り撒いていたので、声を掛けられたとしても応えたのかは怪しく、あの場で二人が一言も会話を交わさなかったのは、当然の流れでもあった。

 だから、その事を今更になって思い出して、もやもやとするのは勝手な我儘だ。
しかし、ジタンとバッツとカードに興じている時も、過ぎってしまったその感情は、スコール自身の気持ちでは制御できるものではなくなっていた。


(……大丈夫か、の一言位は…あっても良いんじゃないのか…?)


 そう考えてしまうのは、自分とウォーリアが恋人同士だからだろう。
加えて、自分の体の変調が心にまで影響しているのか、妙に女々しい思考になっている気がしてならない。
───若しもこんな心境をジタンとバッツに話せば、こんな事が起きるなんて誰も想像してなかったんだから不安になるのは当然だし、声をかけて欲しいと思うのも可笑しな事ではない、と言う所なのだが、今のスコールに其処まで想像する余裕はなかった。
今のスコールは、目の前に起きている事象が全てであり、それを処理するだけでも頭が一杯になる程、余裕がないのだから。

 どこか悶々とした気持ちを抱えたまま、スコールは目を閉じる。
この行き場のない感情は、現状から来る混乱と不安が招いているものだ。
だから、元に戻る方法が見付かるか、時間が薬となってしまえば、全ては元に戻る筈。
今のスコールには、そう思う他、出来る事はなかった。





 事の発端とも言えるケフカの意図について、秩序の戦士達は深く考える事を止めた。
元々、思考が破綻しているケフカの考える事と言うのは、常人には到底理解の外にある事が常であり、また気紛れや突発的な事故と言うのも多く、理論的な理由を探す方が困難である事が多い。
考え続けても詮無い事であると言うのは、然程間を置かずに行き着いた結論であった。

 だが、事故とも言える出来事であるが故に、どうすればスコールが元の体に戻れるのかも判らない。
セシルやルーネスが書庫の本を探り、バッツやティナを加えたパーティで、現場となった歪の場所を調査したりもしたが、結果は芳しくない。
コスモスの力を借りる事が出来れば或いは、とも思うものの、女神は力の弱体からか姿を現す事も困難で、戦士達の側から彼女にコンタクトを取る事が難しくなっている。
こうなると、もう後は時間が薬となるのを願うしかない。

 スコールは元の体に戻るまでの間、秩序の聖域での待機番を任じられる事となった。
退屈もあり、足手まといと扱われているようで判り易く不満な顔をした“彼女”であったが、訓練をすると露呈する自身の体の扱い方の違い振りに辟易して、大人しくこれを了解した。
何せ、愛用のガンブレードを持ち上げて振り下ろすだけで、頭で思い描くような動作が出来ない事が判るのだ。
筋力の違いは勿論、手足の長さ、体重、歩幅の違い等、様々なものが変容している為、感覚で培った計算が悉く狂う。
こんな状態では、体が現状の扱いに慣れるまで、闘争の戦力には加われない。
傭兵としてのプライドがあるスコールにとっては腹の立つ事だが、だからこそ、私的感情の我儘を押し通して他人の足を引っ張る事は出来なかった。

 その為、スコールは此処暫くの間、秩序の聖域に引き籠る形となっている。
屋内で燻っていると本当に腐ってしまいそうなので、気晴らしと訓練を半々にして、外で剣を振っている事が多い。
元の体と、今の体の違いを思い知らされるのは苦いものが過ぎるが、元の体に戻れるまでいつまでも待機番と言うのも御免なのだ。
足手まとい扱い───仲間達にそのつもりはなく、いつ何某かの変調が起こるか判らない為、心配していると言う事は判っているつもりだが───を脱却する為に、スコールは日々努力を重ねている。

 女の体になってから一週間が経ち、歩幅の違いやガンブレードを握る新たな感覚は、徐々に掴めて来た。
しかし、反射反応となるとやはり長年培ってきた感覚が強く、リーチの違いや移動速度と言ったものが、頭で思い描いているものと差が出る。
それを感じる度、早く元に戻りたい、と言う思考が過ぎった。

 今日も変化のない体に溜息を吐きつつ、屋敷の前で剣を振るう。
頭で思い描く敵を振り払うようにガンブレードを振るっていると、ぱしゃぱしゃと薄い水面を蹴る足音が聞こえた。
構えていたガンブレードを下ろして其方を見れば、見回りに出ていたウォーリアとクラウドが帰って来た所だった。


「戻った。変わりはないか?」
「ない。そっちは」
「周辺はいつも通り、問題ない」


 ウォーリアとクラウドはそれぞれ端的に報告し、スコールも同様に返した。
スコールが庭に出て訓練を始めてから一時間が経つが、襲撃も無ければ、天候の変化もない。
取り立てるような事はなかったと返すと、そうか、とクラウドが頷き、


「…お前の方も、今日も変化なしか」
「……」
「そう気を落とすな。直に戻れる」


 ぽん、と肩を叩いて、クラウドはそう言った。
スコールは黙ったまま、そうでなければ困る、と唇を噛む。


「今日は例の歪の調査に行っているのは───」
「確か、ジタンとティナ、ルーネスの三人だ」


 考えるクラウドに助け舟を出したのは、ウォーリアだ。
アイスブルーの瞳がスコールへと向けられるが、黙ったままのスコールの視線は地面を睨んでおり、交わる事はない。


「…スコール。体調の方にも、特に変わりはないか」
「……」


 ウォーリアの問に、スコールは答えない。
俯いたまま動かないスコールを、ウォーリアはしばらく見詰めていたが、


「───そうか」


 沈黙を是と受け取ったか、ウォーリアはそれだけを零して、屋敷へと入って行った。
残された形となったクラウドは、閉じて行く扉を見詰めた後、愛剣を片手に俯いている“少女”を見遣り、


「……言いたい事があるのなら、言った方が良いぞ。俺が言うのも何だが、お前は言葉が足りない」


 クラウドの言葉に、スコールはぐっとガンブレードのグリップを握る。
本当に、あんたに言われたくない、と言ってやりたかったが、それこそ自分の言えた台詞ではない。

 それからクラウドは、付け加えるように「あいつも鈍いしな」と言った。
それも事実で、だからこそ言わなければ判らない事なのだと、クラウドが促している事も読み取れる。
とは言え、それが出来れば苦労はしないのだ、とスコールが思ったのは、“彼女”の性質上、無理からん事であった。




 時間の隙間が出来ると、どうしても心が落ち着かなくなる。
昼間ならガンブレードを振るうなり、読書に没頭するなりと、誤魔化しようがあるのだが、夜になるとそうも行かない。

 日中を一人で屋敷の番をしている代わりなのか、夜は決まって他の誰かが不寝番をする流れになっていた。
別に、昼間にスコールが休息を取っていない訳ではないので、どちらかと言うとエネルギーが余っており、丸一日の徹夜位は平気だと言うのだが、疲れているのは探索に出る他の面々だろうに、仲間達が譲ってくれない。
抗っても良かったのだが、そうなると五、六人から説得される羽目になるので、スコールは早々に面倒になって嫌がる事を止めた。

 今の体になってから、スコールは一人で風呂に入っている。
普段ならばバッツやジタンを筆頭に、ティーダからも襲撃されたり、いつの間にか喧しい入浴時間になる事が頻繁だったのだが、この一週間はのんびりと湯船に浸かる事が出来ている。
時折、ティナに「一緒に入ろう」と誘われる事もあるのだが、流石に断った。
彼女にとっては、自分一人が女である為に、良くも悪くも区別をつけて扱われる事が多い所為か、一時とは言え同じルールを共有できる人間が出来たと喜んでいる節があるのだが、生憎、体は女になっていても、スコールの中身はれっきとした男である。
況してや思春期真っ最中の十七歳の“少年”が、異性と混浴するなど出来る筈もなく、スコールは此処ばかりは譲ってはいけないと、意図的に入浴時間をずらす等の根回しをして逃げ果せていた。
もう入った、後で入る、等の返事をする度、ティナが少し寂しそうな表情をする事については、少々胸に来るものがあるのだが、こればかりはどうしようもない。

 その反面、風呂に入る度───或いは裸になる度に、どうしても目についてしまう事が、スコールの気持ちをまた下降させる。
細い体に、薄いながらもあった筈の胸筋には小さく柔らかな膨らみ。
薄眼で下肢を見れば、ある筈のものがない。
自分の体の有様を、スコールは毎晩のように確認しては、早く元に戻ってくれ、と願うしかなかった。

 そして部屋に戻ると、後は寝るしかないのだが、此処からがまた長い。
エネルギーが余っている所為なのか、どうしても睡魔が訪れてくれないのだ。


(……眠くない)


 平時から決して寝つきが良いとは言えないタイプだが、此処数日は本当に寝入りが悪い。
どちらかと言えば、さっさと眠って意識を飛ばし、時間の経過を早送りにしてやりたいのだが、どうにも叶わなかった。

 そうして持て余す時間の中で、巡るのは思考ばかり。
それも同じ所をぐるぐると回る。


(……ウォル)


 恋人として呼ぶ名を唇の中で呟いた。
頭に浮かぶ銀髪蒼眼の男は、此処数日、常に変わらない表情を浮かべている。
元々表情豊かとは言い難く、整い過ぎた顔が崩れる事など先ずないので、普通の顔と言えばそうだ。
しかしスコールは、その表情が少しずつ、熱を持って変わる様を知っている。

 前に彼と触れ合ったのはいつだっただろうか。
共に公私混同を好まない性質である事も相俟ってか、睦言の時間は限られている。
ルールとして決めた訳ではなかったが、何となくそう言う流れになっており、翌日が共に待機番としてルーチンが回って来る時位にしか、体を重ねる事はなかった。
しかし、折々に些細な触れ合いと言うのはあった筈だ。
ウォーリアは存外とスコールに触れる事が好きらしく、誰の目もない時、時にはそれも気にせずに、スコールの頬や髪に戯れに触れる事があった。
しかし、昨今はそれもなく、それがいつからか始まったかと問われると、自分が女になってしまってからだとスコールは明確に認識していた。


(……別に……触って欲しい、訳じゃ、ない……けど……)


 ベッドの上で寝返りを打ち、枕に顔を半分埋めながら、スコールは眉間に皺を寄せる。


(……いや。嘘だ。……俺は……あいつに、触って欲しい……)


 キスをしたのはいつだっただろう。
あの腕に抱き締められたのは。
耳元で通りの良い低い声を聞いたのは。

 そんな事を考える度に、スコールの体は熱を持つ。
時間を追う毎にそれらが頭を占領する時間は増えて行き、思考の隅に追いやっていた熱が体に宿る。
其処から思い出す、褥の中で感じていた情が煽られる所為で、眠れない日々を過ごしている事も事実であった。

 しかし、女の体になってしまってから、ウォーリアはスコールに殆ど触れて来ない。
夜はスコールがさっさと自室に引っ込んでしまうからだが、日中はそうではなかった。
ウォーリアが屋敷にいる時間は決して長くはないが、特訓の合間や、食事の時間など、顔を合わせる時間は少なくない。
以前は、そうした些細な隙間にこそ、ウォーリアに触れられる時間があったのに、今はそれがない。


(……なんで……いや、判らない訳じゃない。訳の分からない出来事で、男だったのに女になって、何をしたらどうなるのかも判らないし。変な事はしない方が良い───けど、)


 何がどういった刺激となって、どんな事が起こるのか判らない。
それは理解しよう。
しかし、ただ髪や頬に触れる事まで、避ける必要はないのではないか。


(それとも……気持ち悪いのか?)


 男でありながら、女になってしまった体が、彼を遠ざけるのか。
そう思うと、急に目頭が熱くなった。


(…なんで泣いてるんだ)


 想像しただけだろう、と思ったが、その想像がスコールには自覚している以上に苦しいのだ。
想いを寄せた人、心を預けた人が遠ざけてしまうような想像は、スコールの心を酷く締め付ける。

 包まっていた布団から起き上がって、スコールは滲んだ目許を手の甲で拭った。
はあ、と意識して息を吐き出して、強張っていた肩の力を抜く。
が、ぐす、と言う鼻音を聞いて、我が事ながら情けない気分になる。


(こんなになるなんて……あいつの所為だ)


 あいつ、と言って頭に浮かぶのは、自分をこんな体にした道化師───ではなく、何処か余所余所しく見える態度を取る恋人。
良くも悪くも実直過ぎる男だから、恐らく本人にそんな態度をしたつもりはないのだろうが、スコールにはそう見えて仕方がないのだ。

 スコールの脳裏に、クラウドに放られた言葉が蘇る。
真っ直ぐであるが鈍い男には、ただ黙っていても何も伝わらない。
のそ、とベッドを抜け出して、スコールは自室を後にした。

 三階への階段を上り、一枚の扉の前で、一瞬躊躇ったが、結局それを打った。
軽く握った拳の甲で、コンコン、と高い音が鳴る。
叩いてから、今が何時だったのか確認していない事を思い出し、ひょっとしたらもう寝ているかも知れない、と遅蒔きに考えた。

 が、幸いにも扉は開かれる。


「───スコール…?」


 部屋の主たるウォーリアは、扉の向こうに立っていた人物を見て、僅かに目を丸くした。
ラフな格好になり、緩くウェーブのかかった髪に癖が残っているのを見て、寝床に入っていたのだとスコールは察した。
眠そうな雰囲気はないので、寝入りを邪魔せずには済んだ、のだろう。

 スコールは俯き加減のまま、服の横裾を握った。


「……入って良いか」
「……ああ」


 駄目だ、と言われるかと思ったが、ウォーリアはすんなりとスコールを中へと通した。
拒否はされなかった、と此処に来るまで巣食っていた不安が一つ解消された事で、スコールはこっそりと安堵の息を吐く。

 ウォーリアの部屋は簡素なもので、ベッドとクローゼットの他には、小さな木組みの椅子があるだけだ。
何度も入った部屋なので、スコールは特に遠慮はせずに、ベッドの端に腰を下ろす。
ウォーリアもその隣に座ったのだが、二人の間は微妙な距離が開いている。
それを見て、スコールの眉間に皺が寄った。


(……なんだよ……)


 ぽっかりと空いた隙間は、人一人分。
元々二人の間のスキンシップと言うものは控え目な方で、飛びついて来るのはジタンやバッツばかりであった。
ウォーリアに飛びつかれるのも、自分が彼に飛びつくのも考えられないので、それは別に構わないのだが、今に限っては、隣の隙間が妙に引っ掛かる。
まるで、これ以上は近付かない、とウォーリアから告げられているようだった。

 じっと静寂が空間を支配する。
静かな事はスコールにとって好ましい事であるが、こうした沈黙は好きではない。
隙間の向こうにいる人物が、何処か固い雰囲気を滲ませているようにも思え、威圧ではないがそれに近いものを与えられているプレッシャーが感じられた。
まるで早く部屋に戻れと言われているようだ。
しかし、入って良いかと言えば頷いたウォーリアの行動を見るに、そう言う訳ではない───筈だ。
だから、この感じ方は、自分の捻くれた思考の所為なのだろうと思う。

 そのまま数分の時間が経過した頃、きしり、とベッドが小さく音を立て、


「…スコール」
「……ん」
「こんな時間に来ると言う事は───何か体に不調でもあったのか」


 ウォーリアの言葉は、スコールを心配するものであった。
スコールがちらりとベッドヘッドの小さな置時計を見ると、夜中の12時を過ぎている。
それを見て、スコールの眉間の皺は益々深くなった。


「あんた……判らないのか」
「……?」


 スコールが俯いたままで問うと、首を傾げる気配があった。
そんなウォーリアにまた苛立ちを募らせつつも、今のは自分の物言いが悪いと自覚している。
こんな言い方で、ウォーリアに此方の気持ちを察せと言うのが無理な話なのだから。

 スコールはずり、と尻を擦って位置をずらした。
少しずつ移動していたスコールだったが、端に座ってる人物が動かない事を確信すると、思い切って其処に飛び込む。
どん、と硬い腹に体当たりするように顔を押し付けぶつけて、そのままウォーリアの腰に腕を回してぎゅうっと抱き着いた。


「スコール、」


 突然の恋人の行動に驚いて、ウォーリアが目を丸くした。
振り払われない内にと、スコールは抱き着く腕に力を入れて、離れないからな、と言外に訴える。

 ウォーリアはしばらくの間、じっと動かなかった。
固まっているようにも感じられたが、スコールは構わず密着する腕を放さない。
そうして数秒とも数分とも思える時間が流れた後、未だ動く様子のないウォーリアに、スコールは口を開く。


「……あんた、」
「……」
「……なんで、……」


 皮切りのように音を出したは良いものの、何をどう言って良いのか判らず、スコールの声は詰まる。

 は、と息を吐いてから、スコールはウォーリアの腹に顔を埋める。


「……あんた、なんで、……触って来ないんだ」


 絞り出すように、この体となってから積もり続けていた疑問を口にすると、ぴくり、とウォーリアが動じたのが判った。
それを裂けていたのだと彼に自覚があった事を知り、スコールの目尻にじわりと熱いものが滲む。
何度目の涙腺の緩みなのか、数えるのも苦々しく、拭えば泣いていると目の前の男に気付かれると、スコールはウォーリアにしがみついた格好のまま、顔を上げる事はしなかった。

 ウォーリアの反応を待つ身のスコールにとって、静寂は重苦しいものだった。
顔を上げる事も出来ないので、ウォーリアの表情を見てその心中を図る事も出来ない。
早く何か言え、と目尻に浮かぶものが堪えられなくなって行くのを感じていると、項にかかる髪の隙間から、そっと首に触れる指先があった。


「……すまない」
「……」
「…君の変化に、少し戸惑っていた」


 静かに告げられた言葉に、やっぱり、とスコールは思った。
男である筈の体が、何の因果か女になる現象など、当事者でなくとも困惑するのは当然だろう。
その変容に巻き込まれた肉体について、戸惑いを覚えるのも、また無理はない。


「……やっぱり、気持ち悪いのか」


 その気持ちから、そう問えば、項の髪を遊ぶ指が止まる。
それを感じ取り、だろうな、と諦めに似た気持ちでスコールが思っていると、もう一度動き出した手指がスコールの髪を撫で、背中へと流れた。


「気持ち悪い等と、思った事はない。……ただ、どうすれば良いのか判らないとは思っていた」


 シャツの襟首と、伸びた濃茶色の髪の隙間から覗く白い肌に、ウォーリアの指がひたりと触れる。
指先の固い皮膚の感触に、スコールの肩が微かに震えた。
スコールの顔が思わず赤くなるが、恋人の腹に顔を埋めたままのスコールの表情は、ウォーリアには見えて行ない。


「…どうすればって、別にそんなの……いつも通りで良いだ事だろ。ジタンもバッツもそうしていた」


 確かに、女の体となった事で、その為に風呂や寝床の強引な共有はなくなったが、それ以外は平時と然して変わらない。
フリオニールが時折赤い顔をしていたり、セシルが前よりも過保護な干渉をして来ると言った変化はあったが、気にしなければ気にならない程度の変化だろう。
ティナは時々一緒に寝たいと誘われたり、うきうきとした様子で話しかけられる事もあるのだが、彼女に悪気がある訳ではないし、恐らく意識しての行動ではないだろうから、スコールは受け流す程度で留めている。
そうした場面以外は、彼女の接し方も普段と変わらないと言って良い。

 ウォーリアだけが妙な距離感がある───スコールはそう感じ取っている。
ふとした時に触れられる事もなく、こうして空間を共有していても、不自然な隙間が開く。
それこそ、気にしなければ良いのかも知れない。
しかし、自分の体の変貌による不安と、元に戻れない焦りの中で、無意識に寄り掛かるものを求めていたスコールにとって、ウォーリアとの繋がりが感じられない事は、酷く心に響くものがあった。

 だから、いつも通りにして欲しかったのだ。
恋人として触れられる時間は勿論、単独行動を諫めるような、保護者のような言葉でも良いから、何かが欲しかった。
しかし、待機番となり、自身も今はそれしか出来ないと自覚した為に単独行動をする事もないスコールは、ウォーリアに咎められる理由もない。
では自分から触れれば良いではないかと言われそうだが、それが出来ればスコールに苦労はないのだ。
恋人と呼べる関係になっても、やはり何処か他人との距離を縮める事に懐疑的な不安を持つスコールは、相手から触れてくれなければ、自分も触れて良いのだと思う事が出来ない。
故に、いつも通りに、ウォーリアがふとした時に触れてくれれば、それだけで安心する事も出来ただろう。

 そんな気持ちで、いつも通りが良い、と呟くスコールに、ウォーリアは目を伏せる。


「……恐らく、そうするべきなのだろうとは思った。クラウドやセシルにも、深く意識する程、君を傷付ける事になる、と言われた」
「……別に、其処までは…」


 仲間達からのウォーリアに対する助言であろう言葉に、大袈裟だ、とスコールは嘯く。
が、実際は彼等の言葉が的を射ていた事は、傍目には明らかだろう。


「…だが、今の君は、私が知る君に比べると小柄で、無闇に触れると壊してしまうのではないかと思った」
「俺はそんなに軟じゃない」


 伏せていた顔を上げて、スコールはウォーリアを睨んだ。
そうして、此処に来て初めて、ウォーリアの顔を真正面から捉える。
ウォーリアの表情は、いつも通りの端正で非の打ち所のないものであったが、透明度の高い精錬な瞳の奥には、揺らぐ光が映り込んでいた。


「そう…だな。君は決して弱くない。それを判っている筈なのに、今の君の姿を見る度、触れてはならないと思っていた。そうしなければ、私が君を壊してしまうと」
「だから、俺は……」


 そんなに弱くない、と言おうとして、スコールの声は止まった。
見下ろすアイスブルーの瞳から戸惑いや揺れが消えて、代わりに滲んでくるのは、熱だ。
以前にそれを見たのはいつだったか、はっきりとはしないが、忘れる事は出来ない瞳の色。
それを感じ取った瞬間、スコールはあらぬ場所がじわっと濡れるのを感じた。


「……!!」
「スコール?」


 がばっと起き上がって距離を取るスコールに、ウォーリアはきょとんとした表情で名を呼ぶ。
どうした、と訊ねるウォーリアであったが、はっと我に返ったスコールは、ばくばくと弾む心音を隠しながら、なんでもない、と首を横に振った。

 思わず開けてしまった距離を、じりじりと戻しつつ、スコールはウォーリアに寄り掛かる事は止めた。
しかし、その距離を埋めるようにウォーリアの腕が伸びて、スコールの微かに赤らんだ頬を撫でる。


「……君が弱い存在になったとは、決して思っていない。だが、今の君を見ていると、何か───衝動のようなものが沸き上がって来る気がする」
「……」
「押さえ付けたいと、組み敷いてみたいと、そう思う。無理強いはしたくない。君を傷付けたい訳ではない。だが、今の君を見る度に、そう思う事が増えて、いつかこの感情が君を傷付けるのではないかと考えると、今の私は君に触れるべきではないとも思った。触れれば何をしてしまうのか、判らないから」


 言いながら、ウォーリアの指はスコールの頬を優しく撫でている。
節のある形の良い指が、何度も赤らんだ頬を撫でる度、スコールはその手が齎す熱を思い出していた。
段々と心音が大きくなり、スコールはそれが傍らの男に聞こえているのではないかと思う。
それを伺うようにちらりと見遣れば、真っ直ぐに見詰めるアイスブルーの瞳とぶつかって、スコールは息を飲んだ。