いつか消えた日の為に
スコール誕生日記念(2018)


 移動しながら、見付けた歪を二つ開放した。
戦闘はそれ程手間を取る事もなく、スコールにしてみればやや物足りない程だ。
しかし、イミテーション退治や歪の解放に大きな時間と労力を割きたくないのも事実なので、悪戯なトラブルを呼び込みそうな台詞は自重する。
悪い事と言うのは、ちょっとした冗談を呼び水にして、怒涛のように押し寄せて来るものなのだ。
だからスコールは、余計な事は口にしないのが一番良い、と言う持論の下、唇を噤んで進む。

 二人の同行者は相も変わらずお喋りで、昨晩を静かに過ごした反動のように落ち着きがない。
ジタンは道端に咲いている花を見付けると駆け寄り、ティナちゃんがいれば似合うのにな、と妄想を膨らませる。
確かに白百合に似た淡い色の花は、儚い印象のあるティナに似合う事だろう。
が、どう呼んだ所で此処に彼女はいないので、ジタンの想像は夢幻に膨らんで行くだけなのだった。
バッツは歩く速度こそ平時と変わりないが、褐色の瞳が忙しなく動いている。
視線が動くと頭も一緒に動くので、バッツは終始きょろきょろと辺りを見回していた。
まるで何かを探しているようだったが、何を探しているんだ、とスコールが聞く事はない。
基本的にバッツは常に何かを探しており、好奇心と探求心に因るセンサーがフル稼働しているので、彼の瞳が忙しく動いているのはよくある事なのだ。
突然全速力で走りだすような事でもなければ、今更気にする程の事ではない。

 昨晩の遣り取り等、置き去りにしたように、いつも通りの一日だった。
スコールも昨夜の仲間達との会話はすっかり記憶の隅に放られ、思い出す事もなく時間は過ぎて行く。
進む森の道が西へ西へと延びている所為で、進む先に沈み行く太陽が眩しい。
緋色の太陽と、真っ赤に染められたオレンジ色の空は叙情的であったが、眩しくて進む先が見えないのは困るので、沈むのなら早く沈んで欲しいとスコールは思う。
その願いが叶えられた訳ではないだろうが、鶴瓶落とし宜しく、太陽は西の山の向こうへと隠れてくれた。

 太陽が落ちれば後は暗くなっていく。
まだ山の向こうにぼんやりと赤色が滲んでいる内に、スコール達は野営の準備をする事になった────のだが、


「スコールは今日は休憩な!」
「は?」
「テントはおれがやっとくから!」
「おい」
「薪拾いとかはオレの役な。ついでに食料も獲って来るよ」
「待て」
「って訳で諸々調達行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」


 突然のバッツの言葉に、スコールが目を丸くしていると、その内にジタンが駆け足で野営地を離れて行った。
バッツは手を振ってジタンを見送りつつ、事態が飲み込めず棒立ちになっているスコールの肩を押して、傍にあった石の上に座らせる。
一体何がどうなった、と困惑しているスコールを他所に、バッツは鼻歌を鳴らしながら、テント張りの作業を始めた。

 自分の役割としていつも割り振られていたテント作業をバッツに奪われて、俺はどうすれば、と言う気持ちで作業をしているバッツを見詰める。
しばしぼんやりとその背を眺めていたスコールだったが、飯の準備でもするか、とようやく思い至る。
荷物の中に入っている物を確認しようと、放られた荷物袋に手を伸ばすと、丁度テント用のロープを取り出そうとしていたバッツと目が合った。


「お。何かいるか?」
「……夕飯の準備を」
「それはおれがやるよ」
「あんた、テント作ってるだろう」
「うん。これが終わったらやるつもりだったんだ。だからもうちょっと待っててくれな」


 にっかりと朗らかな笑顔で言われ、スコールは唇を噤んだ。
バッツはテント張りを引き受けたからと言って、自分の分担とされている料理をしない訳ではないらしい。
テント作業に戻ったバッツはてきぱきと動き、いつもテント作業を担当しているスコールよりも手際が良い位だ。
こう言う所を見ると、彼は生粋の“旅人”名のだと言う事がよく判る。

 テント作業は取られたし、料理はバッツがする気のようなので、スコールはそれなら何をすれば、ともう一度考える。
ジタンが薪拾いに行っているが、自分も其方に行こうか。
薪は幾らあっても邪魔になる事はないだろうし、一人で集めるよりも、二人で集めた方が効率が良い。
ジタンは食料調達も行くと言っていたから、スコールが薪拾いをすれば、ジタンは其方に集中できるだろう。

 石で簡易竈を作り始めたバッツを横目に、スコールはジタンが向かった方角へと向かった。
と、ガサガサ、と茂みが動いて、ジタンがひょっこりと戻ってきた。
両手には薪を抱え、それだけでは足りないと思ったのか、器用に尻尾にも三本程の枯れ枝が掴まれていた。


「お、スコール。どうした?」
「……薪拾いに」
「それはオレがやるって。ほら、戻って座ってろよ」


 ジタンは薪を落とさないように気を付けつつ、片腕でまとめて抱え、空いた手でスコールの手を握る。
引っ張られる形でスコールは元の位置へと連れ戻され、其処には竈を作り終えたバッツが待っていた。


「ジタン、お帰りー」
「おう」
「スコールもお帰り」
「……」
「取り敢えず薪、こんだけな。次は食料獲って来るけど、ついでに薪ももうちょっと拾ってくるよ」
「ああ。良い奴、期待してるぞ」
「プレッシャーかけんなよ。ま、頑張ってみるさ」


 バッツの冗談交じりの発破に、ジタンは肩を竦めつつも、ゆらりと尻尾を揺らして踵を返す。
再び森の中へと走る背中は機嫌が良く、これからの狩りを楽しみにしているのが見て取れる。
その楽しみの向こう側には、料理の腕に定評のあるバッツへの期待もあるのだろう。

 そして元の位置に戻されてしまったスコールはと言うと、とことん今日はやる事がないらしい、と言う事を悟りつつあった。
何もせずとも野営の準備が整っていく事は、楽と言えば楽なのだが、自分だけが何もしていないと言う事が酷く落ち着かない。


(……なんで俺だけ……)


 誰も何もしていないのなら良いのだ。
疲れ切っていれば、テントの設営は勿論、空腹を満たす為の調理や食料調達も儘ならず、とにかく寝るしか出来ない、と言う日もある。
一人は見張りをしなければならないが、持ち回り制であるし、全員が同じ条件で同じように過ごしているのなら気になる事もない。
しかし、今日は特別に疲れている訳でもなければ、怪我をして動けない訳でもない。
それなのに、回りが何かと働いている中、自分だけぼんやりと過ごしていろと言うのは、スコールには受け入れがたい事だった。

 火起こしに成功したバッツが、鍋を持って傍らを流れている川へ向かう。
並々と水を入れて戻って来るバッツを見て、それ位俺だってやるのに、とスコールは思った。
思っているだけではなく、行動すれば良いではないかと言われそうだが、何かをしようとするとバッツが目敏く反応するのだ。
そして「スコールは休んでて良いぞ!」と仕事を浚っていくのである。
これではやれる事も出来ない、と言うのがスコールの言い分であった。

 ざざざっ、と茂みの動く音がして、ジタンが戻ってきた。
片腕には薪を、片腕には仕留めた兎と鳥が握られている。


「ただいまー。大物は流石にいなかったけど、肉は確保できたぞ」
「サンキュー、ジタン。兎は俺がやるから、鳥の処理任せても良いか?」
「ああ。でもお前みたいに綺麗にってのは出来ないぞ?」
「大丈夫、大丈夫。じゃ宜しくな」


 バッツに新たな仕事を任され、ジタンは了解、と言って直ぐに取り掛かった。
危なげなく獲物を肉へと加工して行く二人を見て、あれは出来ない、とスコールは目を伏せた。
料理はスコールも出来るが、ついさっきまで生きていた動物を、その場で食べ物として処理すると言うのは、余り行った記憶がない。
知識として必要な事は頭にあるので、恐らく授業で習ったのだろうが、実地としてそれを行った回数は限りがあるだろう。
そんな自分に比べると、バッツとジタンの方が手慣れたものであった。

 処理を終えた肉が、食材としてバッツに提供され、着々と加工されて行く。
ジタンもしばらくはそれを手伝っていたが、バッツが薪の追加が欲しいと言ったので、再三森へと入って行った。
スコールも行こうとしたのだが、其処でもまた制され、「スコールは休憩!」と定位置になった石の上に座らされる。
流石に三度目ともなると、諦念に沸こうと言うものだ。


(……暇だ)


 忙しなく働いているバッツの姿を眺めながら、スコールは空を仰ぐ。
野営の準備を始めた時にはまだ夕焼け色も混じっていたが、今は星が出ており、夜の帳に包まれていた。


(……そこそこ時間が経ったよな。でも、飯はまだみたいだ)


 いつもならそろそろ準備が終わり、夕飯になる時間だと思うのだが、バッツはまだ仕事を続けている。
二種類の捌いた肉を、一人で全て調理している訳だから、時間がかかって当然なのだ。
手伝っていたジタンも薪拾いに行ってしまったので、尚更効率は落ちている。

 早く食事がしたい。
スコールはそんな事を思い始めていた。
耐えられない程に空腹になっている訳ではないのだが、待つ事しか許されていない、退屈な時間が耐えられない。
せめて何か暇を潰せる物が欲しかった。


「……バッツ」
「ちょっと待ってな、スコール。もう少しだから」


 名を呼んだスコールに、バッツは顔を持上げずに、手を止めずに言った。
いつも何かと話題を振る男が、作業に集中しなければいけない程に忙しいらしい。
それなら尚更、スコールはじっとはしていられない。


「バッツ。何かする事はないのか」
「する事?うーんと、これからこいつを切り分けて、こっちは鍋に入れて煮込んでスープに」
「あんたのする事じゃない。俺がする事はないのかと聞いてるんだ」


 スコールの言葉に、「へ?」とようやくバッツが顔を上げる。
きょとんとした顔をしている間にも、バッツの手に持っていたナイフがトンッと俎板を叩く。
完全に余所見をしている時の一手に、バッツは顔を青くしながら、肉を抑えていた左手指が無事である事を確認する。


「うぉお、焦った。余所見はやっぱ良くないな」
「……バッツ。俺も手伝うから、何か貸せ」
「大丈夫だよ、スコールは座って待ってろって。待たせてごめんな、本当にもうちょっとで終わるから」
「……」


 どうしてもスコールに仕事を任せる気がないらしいバッツに、スコールの表情が歪んで行く。
じっと睨む蒼の視線に、バッツは持っていたナイフを置いて、ぽりぽりと頭を掻いた。
視線を右往左往させて、何かを迷っている仕草を見せるバッツに、益々スコールの眉間の皺が深くなって行く。


「……俺は邪魔か?」


 吐き出すように、そんな言葉がスコールの口を突いて出た。
その言葉に、バッツが目を丸くする。
ぱちり、と瞬きをした褐色の瞳に映る少年の貌に、バッツは慌てて首を横に振った。


「いや、邪魔なんて事ないって!」
「……」
「本当だよ。でも、まあ、うん。直ぐ其処にいるのに、秘密でやろうって言うのは、色々無理があったよな」


 睨むように見つめるスコールの顔を見ながら、バッツは眉尻を下げて行った。
切り込みを入れた肉を沸騰した湯の張った鍋に入れて、薪を追加する。
火力を上げた所で、バッツは定位置から動かないスコールの傍へ歩み寄った。

 一メートルもない場所でしゃがみ、目線の高さを合わせるバッツに、スコールはついと目を逸らした。
自分から彼を睨んでいたが、真っ直ぐに視線を返されると、スコールは酷く気まずい気分になってしまう。
子供のような事を言った、と今になって自分の行動の稚拙さを思い出し、恥ずかしさで耳が熱くなる。
そんなスコールの髪を、バッツの存外と大きな手がくしゃくしゃと掻き撫ぜた。


「ごめんな、スコール。意地悪とか、除け者にしてるとかじゃないんだよ。本当だぞ?」
「……知ってる」


 ジタンにしろバッツにしろ、彼等が仲間を蔑ろにする事はない。
それを理解し、信じる事が出来る位には、スコールも彼等の事を信じていた。
────それなのに、と先の自分の言葉が頭に蘇って、子供みたいだ、とスコールの唇が尖る。
それがバッツには、自分に対して拗ねて怒っているように見えたのだろう、もう一度宥めるように濃茶色の髪が撫でられた。


「昨日の夜さ。スコール、明日が誕生日なんだって言ってただろ?」
「……ああ」


 そんな話をしたな、とスコールは自分の話なのに他人事のような気持ちで思い出した。


「だから、おれ達で何かお祝いしようと思ってさ」
「……あんたと、ジタンで?」
「うん。まあお祝いって言っても、聖域にいるんならともかく、今日はこんな所だから、大した事は出来ないんだけど。でも、何かびっくりさせる事が出来たりしたら楽しい思い出になるよなって、ジタンと話してたんだ」
「……それで俺に何もさせないようにしてたのか」
「うーんと、まあ、半分位はそれもあるかな。後は、やっぱり誕生日って言う特別な時なんだから、楽させてやれたら良いなって。戦闘はそう言う訳にも行かないけど、野宿の準備なら代わりにやる事は出来るだろ。だから、今日はスコールにはゆっくり休んで貰って、おれ達でちょっと気合入れて飯作って、スコールをびっくりさせてやろうと思ってたんだよ」


 バッツの言葉に、スコールはゆるゆると顔を上げた。
不安にさせてごめんな、と眉尻を下げて笑うバッツの向こうで、火を焚いた竈から湯気が立ち上っている。
そう言えば、まだ手元に持ってきた食料も残っているのに、ジタンが自ら肉を獲ってきたと言うのも、いつもとは少し違う事だった。
川が横にあるのだから、其処で魚釣りをする事はあるが、魚肉よりは獣肉を準備したかったのだろうか。
より豪華な食事を、と二人が考えたのならば、そうだろう。

 スコールの視線がバッツへと戻り、蒼と褐色が交わう。
じっと見詰める少年に、バッツは歯を見せて笑って見せた。
───途端、自分の先の幼い行動が、早とちりも早とちりであると理解して、スコールの顔が一気に赤くなる。


「……っ!!」
「あはは、真っ赤になってるぞ。とにかく、そんな訳だからさ。晩飯楽しみにしてろよ、スコール!」


 ぽんぽん、とスコールの肩を叩いて、バッツは竈へと戻って行った。

 鍋に入れていた肉からはしっかりと出汁が出ていた。
具材を入れて火を通し、ブロック切りにした兎の肉を入れる。
竈の火は少し弱くなっていたが、弱火でとろとろと煮込むには丁度良い。
でもステーキを焼く為にももう一つ火が欲しいな、と薪の追加の到着を待ち侘びつつ作業をしていると、


「戻ったぜー。ちょっと多めに拾って来た!」


 声と共に駆け寄る足音に、バッツは「お帰りー!」とジタンを迎える。
調理仕事を続けているバッツの下へ向かおうと、足を進めるジタンだったが、ふとその歩が止まる。
立ち止まったジタンの傍らには、膝を抱えて丸くなっているスコールがいた。


「スコール?」
「……」
「おーい」


 蹲っているスコールに声をかけるジタンだが、スコールの反応はない。
顔も上げるのも嫌だと、まるで口を閉じた貝の如く頑なに動かないスコールに、ジタンは隣にしゃがんで顔を覗き見ようと試みる。
が、スコールは梃子でも顔を見せてなるかと言うように、体ごとジタンに背を向けた。

 ジタンは目線をバッツへ移し、スコールを指さして「どうしたんだ?」と目で訊ねる。
バッツは苦笑の表情を見せて、ジタンに手招きした。
ジタンがバッツの下へ向かうと、バッツは声を潜めて、


「誕生日の事、言ったんだよ。スコールには楽して貰って、晩飯はおれ達でちょっと豪華にしようって話してた事」
「なんだ、言っちゃったのか?折角だからサプライズにしようって言ってたのはお前だろ?」
「そうなんだけど、おれ達が何にもさせないもんだから、色々不安になっちゃったみたいでさ。今日の誕生日の事、自分でも忘れてたから、除け者にされたんじゃないかって思ったんだよ」
「大袈裟だな。そんなのする訳のにさ」


 事情を聴いたジタンが肩を竦めるが、その表情は緩んでいる。
スカイブルーの瞳が蹲る少年を見て、くすくすと堪え切れなかった笑みが零れた。
が、それが聞こえれば、彼は益々顔が上げられなくなるだろうと、ジタンは目一杯の気持ちで湧き上がるものを抑え込む。

 遣り取りの場にいなかった自分は、知らない振りをするのが一番だと、ジタンは素知らぬ顔で調理の手伝いを始めた。




 蹲っていたスコールがようやく動いたのは、夕飯の支度が出来てからの事だ。
ジタンに「飯だぜ」と声を掛けられ、のろのろと腰を上げて、鍋を囲んでいる二人の下に合流した。

 夕飯は豪華だった。
最低限の調理器具しかなく、具材や香辛料も大して揃えてはいないと言うのに、バッツが作った煮込みスープは絶品だ。
ジタンが作った鶏の肉団子は、彼が元の世界でもよく作っていたものだと言う。
普段は濃い味付けで酒にあうものにしているそうだが、今日はスコールの為に作ったので、スコールの好みに合わせて薄味にしたそうだ。
それでもぴりりとした山椒の味が効いている。
美味い、とスコールが小さく呟くと、ジタンとバッツはハイタッチをして喜んだ。

 食事を終えて、片付けの仕事もスコールは取り上げられた。
今日は何を言っても手伝いすらさせて貰えそうにない上、何かと「誕生日だから!」と言って、祝いなのだと繰り返されるのがむず痒くなる。
むず痒さに耐え切れなくなった所で、スコールは色々と諦めた。
逃げるようにバッツが張ったテントの中に入り込み、意味もなく───と自分に言い聞かせる───赤くなった顔を無理やり冷やそうと試みる。


(ジタンもバッツも、大袈裟なんだ。たかだか誕生日位で)


  ────誕生日なんて、気にする必要もない事だ。
それがあるからと言って、ガーデンでの授業の成績がサービスされる訳ではないし、そもそも今の時期は夏休みだ。
出された課題が減ってくれるのなら嬉しいものだが、スコールは毎年の誕生日の頃には課題は全て終わっているので、それも意味のない話である。
学園長から「誕生日でしたね」と祝いの言葉を貰った事もあるような気がするが、それもスコールにとっては大した話ではなかった。
あの頃はスコールの周りには誰もいなかったから、祝いの言葉であろうと、それを告げた人が誰であろうと、スコールには心に留める程のものではなかったのだ。

 今でも、スコールにとって、誕生日は特別なものではない。
思い出す切っ掛けや、気付く事すらなければ、知らぬ間に過ぎてしまう程度の事だ。
昨日、日付を見て何故思い出す事が出来たのかも判らない程に、スコールにとって“どうでも良い事”だったのだ。

 その上、今日が本当に自分の誕生日なのかどうかも判らない。
暦になっているのはスコールの持つ日記帳の中だけで、それもこの世界で最初に綴られた日からして、正確な日付になっている訳ではないのだ。
書き始めた日が年始だった訳でもないし、元の世界の時間に準じている訳でもないから、何もかもが曖昧なまま。


(それなのに、あんな風に。……ただ騒ぐ口実にしたかっただけじゃないのか)


 そんな事を胸中で呟きながら、それだけはない事をスコールは理解している。
切っ掛けが何にせよ、今日が本当は何月何日であるとしても、二人は今日をスコールの誕生日だとした上で、スコールを心から祝おうとしている。
そこに打算や計算はなく、あるとすれば「スコールの喜ぶ顔が見たい」と言う気持ち位のものだろう。

 そう思うと、スコールはまた顔が熱くなるのを感じた。
何処までも恥ずかしい奴等だ、と口の中で零しながら、習慣になった日記帳を開く。
ペン先をページに押し付けて、一瞬手が止まった後、インクは8月23日の日付を綴った。

 いつも通りに今日の道程を思い出し、歪での戦闘の記録をつけて行く。
今日は早めに旅路の足を止めたので、書き留めた記録は少なかった。
他に書く事はあったか、と一日の出来事を改めて思い出していると、


「スコール、まだ起きてるか?」
「……起きてる」
「おっ、良かった良かった」


 テントの入口の幕を上げて、ジタンとバッツが顔を覗かせる。
外の焚火は緩やかになっており、このまま時間た立てば直に消えるだろう。
代わりにジタンの手にはカンテラがあり、天窓の月明かりだけでは足りないテント内の光量が補われている。

 カンテラの明かりに照らされてテントに入ってきた二人の表情は、にこにこと楽しそうだ。
悪戯を仕掛けようとしている時の貌だな、と思いつつ、今日だけはその心配はしてやるまいとスコールは気にしない事にした。


「なんだ、あんた達。まだ何かあるのか?」
「そりゃ勿論。メインになる奴がまだだろ?」
「メイン…?」


 バッツの言葉に、スコールは眉根を寄せて首を傾げた。
誕生日プレゼントのメイン───と言われると、幾つか浮かぶものはあるが、それはこの環境では叶えられないものばかりだ。
誕生日である事を忘れていた、と言う事を差し引いても、期待するようなものではあるまい。

 と、スコールは思っているのだが、バッツは何やら自信に満ちた表情を浮かべている。
こいつなら何でもやりそうだな、とスコールも思いはしたが、気になるのは隣に立っているジタンの様子だった。
此方はバッツとは対照的に、戸惑いと苦笑が混じったような顔をしており、時折首を巡らせてバッツの背中を覗いては、笑いをかみ殺しながらスコールから目を逸らしている。

 悪い予感はしないが、良い予感もしないような。
そんな気持ちを抱えつつ、スコールが待つ姿勢で過ごしていると、バッツが背中に隠していたものを出して見せた。


「誕生日おめでとう、スコール!」
「……!?」


 お決まりの祝いの言葉と共に、バッツがスコールに差し出したもの。
ゆらゆらと揺れる小さな火が立てられたそれに、まさか此処でそんな物が、とスコールは目を疑った。

 疑って、数瞬の時間を置いてから、違和感を覚える。
差し出されたそれは、ぼんやりとした意識の中で見れば、バースディケーキに見える。
丸型の土台に、火を灯したロウソクが立てられている光景を見れば、誰もがそうだと言うだろう。
火を灯しているのがロウソクではなく木の枝なのは、この環境下では致し方のない事で、雰囲気をそれらしく作る為のアイデアだと言えば納得もする。
しかし、どうにも見逃せないのは、ケーキである筈の土台だ。
それは生クリームの白ではなく、チョコレート系を代表とする茶色でもなく、真っ赤な色をしている。
ベリーやフランボワーズと言った赤系のクリームはない訳ではないが、それは此処まではっきりとした赤だろうか。
着色料をふんだんに練り込めば、真っ赤なケーキも真っ青なケーキも作る事は出来るが、今の環境下でそんな物が用意できるとも思えない。
であるならば、この真っ赤なケーキの正体は────


「……バッツ」
「ん?」
「…これ、一体なんだ?」
「誕生日ケーキだ!それっぽいだろ?」


 自信満々にバッツは言うが、スコールは返す言葉が見つからない。
同調すれば良いのだろうが、目の前にあるものを見ていると、とてもではないが頷く事は出来なかった。

 バッツが“誕生日ケーキ”と呼んだそれは、スコールが知るケーキとは大きく形が違っている。
と言うのも、それは生クリームはおろか、小麦粉を使ったスポンジと呼ばれる土台もなく、薄切りにした真っ赤な肉が積み重なって出来ているものだった。
上に立てられたロウソク代わりの枝から灰が落ちないようにと言う考慮だろうか、枝の根本には広葉樹の葉が置かれている。
その配慮をするなら、もっと考えるべき事があったのではないだろうか、とスコールは思った。

 言葉を失ったまま、目の前にある“ケーキと呼ばれる物体”を見詰めるスコール。
その傍らで、ふるふると肩を震わせていたジタンが、我慢できないと口を開いた。


「ほら見ろ、バッツ!これは絶対無理があるって言ったじゃねーか!」
「でも一番ケーキっぽい形に出来たんだぞ?ほら、なんだっけ、薄い生地を何枚も重ねたケーキってあるじゃんか。あれだと思えば」
「ミルクレープの事言ってんだろうけど、一緒にすんなよ!どう見たってこれは薄切り肉の重ね盛りだ!」
(……良かった。俺だけがそう見えていた訳じゃないんだな)


 自分の視覚や認識力が可笑しくなった訳ではないのだと言う事に、スコールは心の底から安心した。


「挽肉にした奴でケーキハンバーグにした方が良かったって!」
「でもそんなに肉残ってなかっただろ?晩飯も肉は一杯食ったから、ハンバーグなんてもう食べられないだろうしさ。これだと一枚ずつは薄いから、食べ易いと思うぞ」
「んぁ〜……それは、まあ、そうだけど。だからってこれをケーキって呼ぶのはオレは納得しねえぞ。これは肉盛りだ」


 断固としてそれは譲らないと言うジタンの台詞に、バッツは頭を掻く。
まあ確かにケーキとは呼べない、とは本人も思っているようで、「やっぱり無理かぁ」と言う呟きが零れた。

 そんな話をしている間にも、ロウソク代わりの木の枝に灯された火は、じりじりと高さを下げている。
このまま過ごしていれば、火は肉に届いて直火焼きを始めるだろう。
その前に、とバッツはスコールに改めて肉盛りを見せ、


「ほら、スコール。ロウソクの火を消してくれよ」
「……ロウソクなんて見当たらないんだが」
「心の目で見ろ、スコール。火が点いてるものがあるなら、それは全部ロウソクだ」


 滅茶苦茶な理屈で説き伏せにかかるジタンに、一体どんな心眼だ、とスコールは顔を顰めた。
さっきまでこれはケーキではなく肉盛りだと言い切ってくれた心意気は何処に行ったのか。
ふう、と一度溜息を吐いて、スコールは思い切って空気を吸い込む。


「────っ」


 肺一杯に取り込んだ空気を、ゆらゆらと揺れる灯に向かって、一気に吹き出す。
灯はゆらっと大きく揺れた後、ふつり、ふつりと二本が消えた。
残ったままの三本の火を見て、「スコール、もう一回!」「頑張れ、スコール!」と謎のエールが贈られる。
スコールはもう一度息を吸い込んで、三本の枝に向かって息を吹きかけた。
あまり息を吹きかけたら反って火が大きくなるんじゃないか、と遅蒔きに思ったスコールだったが、幸いにも何度か息を吹きかけている間に火は消えた。
ぱちぱちぱち、と拍手が上がる。

 焦げた枝の先端から、細い煙が立ち上る。
黒くなった先端から微かに灰が零れて、葉の上にぱらぱらと落ちた。
テントの中に残る燃え火の匂いを逃す為、ジタンが天窓の口を開ける。


「ハッピーバスディだな、スコール」
「幾つになったんだ?」
「……18」
「おお〜」


 声を揃えて感嘆する二人に、リアクションの意味が判らない、とスコールは思う。
恐らく大した意味はないのだろうが。


「さてと。んじゃ、このケーキを」
「肉盛りケーキな」
「ちょっと焼いて来るよ。スコール、少し位なら食えるだろ?」
「……あまり入らないぞ」
「一枚で良いから食ってくれよ。オレ達も食べるし」
「新鮮な内が良いからな!残りそうな分は燻製にして、明日食べよう。捨てるのは勿体ないし」
「……判った。でも、俺のは少なくて良い」
「了解。じゃあちょっと待っててくれよ」


 バッツは満足した表情で、肉盛りケーキを持ってテントを出た。
幔幕の隙間から見えた焚火は、明々としている訳ではなかったが、消えてはいない。
残っている薪を足せば、薄切りの肉を焼く程度の事は出来るだろう。

 よっこらせ、とジタンがスコールの隣に座る。
持っていたカンテラが床に置かれ、広くはないテントの壁に、二人のシルエットがゆらゆらと揺れながら映り込む。
明るくなったなら丁度良い、とスコールが日記帳をもう一度開いていると、


「なー、スコール」
「……なんだ」


 呼ぶ声に、スコールは顔を上げずに返事をした。
ジタンも此方を見てはおらず、彼は開けた天窓の向こうに昇った白い月を見上げていた。


「どうだった?」
「……何が」
「誕生日パーティ」
「……」


 あれはパーティと呼べるのか、とスコールは遣り取りを頭の中で思い返す。
ケーキのようでケーキでない食べ物と、灯された小さな灯と、その向こうで爛々と輝く二対の瞳。
その瞳に映り込んだ自分が、判り易く呆れた顔をしていた事を、スコールは自覚していた。
だが、灯を消した時に響いた拍手の音に、むずむずとしたくすぐったさを感じた事も確かで。


(……悪くは、なかった───ような気はする)


 そう思うと、胸の奥がまたくすぐったくなる。
それをどう言葉に表せば正しく形になるのか、スコールには判らない。
結果、スコールは口を噤んだまま、ジタンの問いかけに答える事はしなかった。
それでも、カンテラの明かりに照らされた白い横顔を見ていれば、ジタンには彼が何を考えているのかが直ぐに判る。

 お待たせ、と声をかけながら、バッツがテントに戻ってきた。
右手に持った皿には、良い色に焼けた薄切り肉が並んでいる。
腹の膨れた状態でも、胃袋が刺激される香ばしい匂いがテントの中に広がった。
さあ食べよう、とあれだけ食べたのに胃袋に余裕があるらしいジタンの言葉を聞きながら、スコールは日記帳に視線を落とした。
握っていたペンを動かして、インクが新しい項目を綴って行く。
書き終ると手帳は閉じられ、スコールのジャケットの内ポケットへと仕舞われた。

 ───いつ忘れても良いように、思い出す切っ掛けを残す意味で、スコールの日記は綴られている。
戦う為の代償を支払う事に、スコールは躊躇わない。
それがなければ、戦う以外の存在意義を持たない彼は、自分が此処にいる理由さえも失ってしまう事になる。
力の代わりに差し出す記憶は、スコール自身の意思で選ぶ事は出来ないから、虫食いが不自然な形で仲間達に見付からないように、日々の記録は綴られて行く。
忘れてしまっても良いように、確かめた時に思い出す事が出来るように。
この日記帳は、その為のもの。

 けれども、今日だけは、忘れる為ではなく、忘れない為に書き残す。
記録ではなく、記憶として、思い出として、ずっと持ち続けて行く為に。




スコール誕生日おめでとう!と言う事で59からのお祝いです。
スコールにその気がなくても、面倒臭がってそうだなと感じても、祝いたいから祝うジタンとバッツと、結構満更でもないスコール。
G.Fの代償については受け入れてはいるけれど、忘れたくない記憶が増えて行くスコールが好きです。