黄金の色に映るもの


 ウォーリアの自宅に来客が来る事は少ない。
来る事が、と言うよりは、来る人間は、と言うのが正しいか。

 別段、人間関係を疎かにする訳でも、そう言った類を煩わしいと毛嫌いする事はない。
単純に、互いのプライベート空間に入り合う程、近しくなる人間がいないと言うだけだ。
それも厭っての事ではなく、自然発生的にそう言う風になっていっただけの事。
基本的に仕事人間と言っても差し支えのない質であるから、仕事に伴う付き合い以外は彼にとって必然のものではなかったのだ。
無論、人間同士の信頼関係と言うのは、少なくはないコミュニケーションを要した先にある事なので、無用の長物とも思ってはいない。
ただ、堅物と言われても強くは否定できないであろう、生真面目で誠実の権化と言われるような性格だから、遊ぶ事を目的とした人付き合いよりも、仕事と言う必要事項に則した行動が優先されるのだ。
その内に周囲もそんなウォーリアの性格を理解し、ある種の判り易さもあって、ウォーリアの人間関係と言うものは、必要なことを必要な分、無理なく整えられる程度の範囲に収まっていたのである。

 では逆に、ウォーリアととても近しい、プライベートでも付き合いのある人物と言うものは、一体どんな人間なのか。
一部は遠慮と言う言葉を知らない程にどんどん踏み込んで行く事で、いつの間にやらウォーリアの人間関係の枠にちゃっかりポジションを得たパターンだ。
詰まる所、ウォーリアの方から距離を近付けたり、その距離感そのものを意識させる程、“ウォーリアが”執着する人間と言うのは少なかった。
その数少ない人物が、年下の恋人である、スコール・レオンハートであった。

 スコールは17歳の高校生で、ウォーリアと知り合ったのは、彼が中学生の時。
高校受験を控え、難関と名高い高校に入る為、その指導が出来る家庭教師を探していた。
当時のウォーリアは大学生で、教育学部を進んでおり、卒業後の就職として何を選ぶかを考えていた頃。
教師の道と言うのも選択肢の一つにあり、ならばその為の自身のステップアップも兼ねて、中学生か高校生の家庭教師のアルバイトもしてみてはどうかと、師である大学教員から提案されていた所だった。
吝かでないとウォーリアが頷けば、では私の知り合いなのですが、とスコールの家庭を紹介されたのが始まり。

 出逢ってみれば、スコールは家庭教師など必要ないのでは、と思う程に優秀だった。
本命の学校が難関と言われているとは言え、成績だけを見れば、全く問題ない。
反面、人とのコミュニケーションや、自己肯定力が低い為に常に不安が付きまとっており、メンタル面の方が難しかった。
更に、元々の家庭事情の複雑さに加え、学校で教師とも上手く行っていなかったようで、大人と言うものに対して強い不信感を持っていた。
初めの頃など、ウォーリアの実直すぎる態度が反ってスコールの不信感と反感を煽ったようで、「家庭教師なんて必要ない」とその成績の実力で以て、排除を行おうとしていた程だ。
だが、本物の教師ともなれば、こう言った生徒に出逢う事もあるだろうと、ウォーリアは決してスコールを見限る事をせず、出来得る限りの事をスコールに対して指導して行ったつもりだ。
その甲斐あって、スコールは少しずつウォーリアに対して心を開き、高校受験も無事に乗り越えた後もその付き合いは続き────今では恋人同士と言う間柄になっている。

 現在、ウォーリアは教師として、とある学校で教鞭を取っている。
出来ればスコールの通う学校に赴任できればと思っていたが、そう上手くは行かなかった。
それを残念だと伝えると、逆にスコールは、そうならなかった方が良い、と言った。
ウォーリアが自分の学校に赴任すれば、確かに一緒にいられる時間は増えるかも知れないが、それは「教師と生徒」としての時間だ。関係を周囲に悟られてはならないから、思う程に傍にいられなくなるのも、想像に難くない。
それなら、何の柵もなく「恋人同士」として過ごせる時間が持てる方が良い、と彼は言った。
好きだから、愛しているから、一緒にいたいけれど、迷惑はかけたくない────そう言ったスコールに、この子は自分よりもずっと沢山の事を考えて選んでいる、とウォーリアは思った。
なればこそ、彼と共に過ごせる時間は、大切にしていかなくてはならない、と。



 恋人同士と言う関係に入ってから、スコールは週末の休日をウォーリアの自宅で過ごしている。

 そう言う関係なのだから、それ自体は自然な事だが、内情については父親にもまだ秘密だ。
と言うのも、二人の関係はスコールの父にもまだ話してはおらず、未だ其処の認識は「家庭教師とその生徒」の延長上であると考えられていた。
過保護な父親の顔色を伺っているようで、スコールは聊か面倒臭さも感じているのだが、彼を過保護にさせる理由も理解しているつもりなので、強行突破をする気にもなれなかった。
それに何より、恋人であるウォーリアの方が、カッチリとした線引きを譲ってくれないのだ。
始めなど「君が成人するまでは」と言って、そんなのどれだけ待たなきゃいけないんだと、それまでウォーリアの心が自分に向いていてくれると言う自信が持てないスコールの、不安の限界を訴えた事で、「では、君が高校を卒業するまでは」となるに至った。
これ以上はウォーリアが譲ってくれず、スコールも自分の我儘で一度突き崩した手前もあって、大人しく待つしかないと思っている。
だから、少なくとも後二年弱の間は、今の秘密の清い関係が続く事になるだろう。

 そんな慎ましやかな関係にもどかしさはあるものの、それでもスコールは幸せだった。
ウォーリアの家に行って、その腕に抱き締められて眠り、目覚める事が出来るのだ。
ただそれだけ、されどそれだけ。
温もりを感じられる幸福を噛み締めて、スコールは春のうららかな日々を過ごしている。

 昨晩もスコールは、彼の腕の中で眠った。
シングルベッドにそこそこ体格の良いウォーリアと並び、線は細いが身長のあるスコールが乗れば、はっきり言って窮屈である。
来客用の布団はあるが、スコールはそれを使った事は一度もない。
いっそセミダブルに買い替えた方が良いだろうか、とウォーリアは時折言うが、部屋が狭くなるだろうとそれらしい事を言いながら、密着して眠るには今のままが丁度良いので、買い替えの予定については須らく却下している。

 抱き締められて眠り、目覚めると、その腕の中から抜け出すのが難しい。
ずっとこのまま此処にいたい、とスコールはいつも思う。
けれども、起きて朝食の準備をしないと、空腹のまま昼になる。
何の為に昨晩多めに料理を作ったかと言えば、朝を少しでも穏やかに過ごし、且つ健康は損なわない為の工夫である。
放って置いたらコーヒー一杯を朝食で済ませてしまう恋人の為にも、スコールは名残惜しいが愛しい腕を解かなくてはならないのだ。

 スコールを抱く腕の主はと言うと、まだ目を覚ましていない。
こうして一緒に眠るようになってから、朝に弱い筈のスコールよりもウォーリアは遅く目覚めるので、俺より朝が弱いなんて意外だなと思っていた。
が、どうやらウォーリアは朝に弱い訳ではなく、眠るのが遅いだけらしく、睡眠時間は常に固定の六時間であると言う。
では何故、日付が変わる頃にベッドに入るのに、朝の八時を過ぎても起きないのか。
なんでもウォーリアは、スコールが眠ってから、数時間の間はじっと起きているらしい。
何をしているのかと言うと、腕に抱いた恋人の寝顔を眺めているのだそうだ。
それだけで何時間も時は経ち、満足した頃に眠る体勢になるか、寝落ちるか。
だからスコールがいる夜は、ウォーリアの睡眠時間はその分だけ入眠がずれ込み、目覚めが遅くなるのである。
────話を聞いた時、自分の寝顔をまじまじと見られていた事を知って、スコールが憤死しそうな程に恥ずかしがった事を、果たしてウォーリアは理解しているだろうか……と、それはまた別の話であった。

 スコールは眠るウォーリアを起こさないように、そろそろと腕の檻から抜け出した。
抱くものを喪くした腕が、其処にある筈のものを探すように少しの間彷徨う。
誤魔化しに枕を置くと、動きは一度止まったが、何か違うとでも思うのか、ウォーリアの手が感触を確かめるように枕を撫でている。
其処に戻りたい衝動を堪えながら、スコールはベッドを離れ、小さなキッチンへと向かった。

 冷蔵庫からタッパーに詰めたサラダを取り出し、更に盛り付けて、鍋のスープを温める。
ふあ、と漏れる欠伸を殺しながら、トーストにバターを塗っていると、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴る。


(宅配便か?)


 恋人同士となる以前から、スコールはウォーリアの自宅に来ていた。
その頃から考えても、こんなに朝早くに来客が来る事は先ずない。
あるとすれば、仕事の関係で使うものが宅配で届けられる位。

 慣れたもので、スコールはチェストの引き出しからハンコを取り出して、玄関へと向かう。
ウォーリアが大学生の頃から一人暮らしをしているこのアパートは、都心の良い条件の中に建ちながらも、聊か古い建物であった事で、家賃が安い。
相応にセキュリティも甘い所もあって、インターフォンと言ったものはなく、来訪者の確認は玄関の小さな覗き窓しかなかった。
どうせいつものように宅配だろうと思いつつも、念の為にと覗き窓に顔を寄せて、其処から見えた人物を見て目を丸くする。


(……誰だ?)


 其処に立っていたのは、いつも見る宅配員ではなかった。
宅配業者の制服ではないし、段ボールや封筒のようなものもない。
持っているのは、肩に片掛けしたリュック。
白刃の色をした短い髪が、差し込む陽の光を反射させて、少し眩しかった。

 知らない人物だと悟って、スコールは戸惑った。
普段、滅多に来客がないからと言って、本当に皆無な訳ではない。
だが、こんな早い時間にやって来る来客と言うのは初めてだ。
出て対応するべきか、ウォーリアを起こしてくるか迷っている内に、もう一度チャイムの音が鳴る。
この音でウォーリアが起きて来るかと思って部屋の方を振り返るが、物音はなく、どうやら意外と深い眠りの中にいるらしい。


(……仕方ない。出よう)


 普段、仕事で疲れているであろう様子を見ているだけに、恋人を起こすのは気が引けた。
同時に、無粋なチャイムの音で目覚めさせるのも嫌になって、スコールは腹を括る。

 玄関のチェーンはかけたまま、鍵を外してそっと開ける。


「……はい」
「ん?」


 ドアの隙間からそっと顔を覗かせたスコールを、来客と思しき男の目が映し、ぱちりと瞬きが一つ二つ。
微かに黄金こがねの色を帯びた瞳が、少しの混乱と困惑を宿して、スコールを凝視して固まった。


「……あー……」
「……」
「……場所を間違えては…いないな」


 立ち尽くす人物は、周囲を見渡し、辺りの様子を確認して、そう言った。
どうやら、ドアを開けた人物が、自分の予想と違った事に驚いているようだった。
詰まり、スコールがこの部屋の主ではない事───此処にスコール以外の誰かが住んでいる事を知っている事になる。

 スコールはいつでもドアを閉められるようにドアノブを握って、立ち尽くす男を見ていた。
覗き窓で見ていた通りの白刃色の髪、黄金色の瞳、その左の目尻に小さな切り傷の痕のような痣。
顔立ちは整っているが、やや冷たい印象を感じるのは、目元の感情に起伏があまり見れない所為か。
先は困惑が判り易く映っていたが、今はもう凪いでいるような状態だった。
口元は一文字で、口角は下がり気味になっている。
それは元々の顔なのか、見慣れぬ顔を前にしているからなのか、今のスコールには全く判別が尽かない。

 判り易く警戒する格好で観察するスコールに、男は「あー……」とまた音を漏らす。
考えていると判り易い音の漏れの後、しばしの沈黙を通過してから、男は言った。


「ちょっと聞きたいんだが、おれが部屋を間違えてるんじゃなければ、此処はウォーリアって奴の家だと思うんだが、違うか?」
「……違ってはない」


 スコールの返答に、「なら良かった」と男は言った。
スコールはそんな男を益々胡乱な目で見つつ、訊ねる。


「…あんた、誰だ?」


 ともかく、スコールが確認したいのはそれだった。
此処に来た事、部屋の主について確認したと言う事で、この男がウォーリアの来客らしきものである事は判った。
が、このドアを開けて良いものか、ウォーリアを起こしに行くべき相手かはまだ判らない。

 問うスコールに、男は「おれも同じ事を聞きたいが…」と呟いた後で、


「聞かれたのは先だし、順番か。おれはウォル。ウォーリアの───親戚の親戚の親戚、みたいなものか」
「……」


 それは他人と同じでは、と言う目が男───ウォルに向かう。
言った当人もそれは思うのか、警戒を解く気配がなく、ドアも開けようとしないスコールを咎める事はせず、肩を竦める。


「血縁としては遠いが、付き合いはまあまあ近いんだ。こっちに来た時、偶に寝床を借りる程度には」
「……そう、なのか」


 聞いた事のない付き合いだと、スコールは思った。
まだ疑いの抜けない蒼灰色の瞳に、ウォルは担いでいるリュックのズレを直しながら言った。


「取り敢えず、ウォーリアはいるか?挨拶だけでもしたいんだが、いないかな」
「…いるには、いる。……呼んで来るから、少し待っていて欲しい」
「判った」


 遠戚だと言うその言葉を信じる術を、スコールは持たない。
そう言われている本人に聞くしかなかった。

 スコールがドアを閉め、一瞬迷ったが念の為にと鍵もかけて部屋へと戻ると、ウォーリアが起き上がっていた。
長い銀色の髪に寝癖が残り、いつも以上に無精になって見える。
それでも不格好には見えないから、本当にこの男の造形はずるいと思いつつ、声をかけた。


「ウォーリア」
「……ああ、スコール。おはよう」


 白い腕が伸びて、スコールの手に触れる。
いつの間にか腕から逃げていた体温の存在を確かめるように、スコールの手の甲を、ウォーリアの掌がゆっくりと撫でた。
そのくすぐったさにスコールは零れそうになる吐息を殺しながら、伝えるべきを伝える。


「ウォーリア。その……客が来てる」
「客…?」
「ウォルって言う、あんたの親戚の親戚の親戚、って」


 本当か?と確かめる形で聞くスコールに、ウォーリアは寝起きの頭の靄を払う時間を取ってから、頷いた。


「すまない、出てくれたのか」
「ん。あんた、寝てたから」
「有難う。後は私が行こう」
「…朝飯、作ってるけど。食べれるか?要らないなら───」
「いや、頂こう。気を遣わせて済まない。用意してくれると、嬉しい」


 ウォーリアの言葉に、スコールの頬に微かに朱色が浮かぶ。
そんなに言われる程の事じゃないのに、と独り言ちつつ、スコールは改めてキッチンへ向かった。



 久しぶりに遠戚の兄の家に言ったら、見知らぬ少年に出迎えられた。
部屋を間違えたか、引っ越しでもしたかと思ったが、少年に確認を取った所、兄は変わらずこのアパートに住んでいるようだ。

 ウォルは都心から遠く離れた地方に住む、大学生の若者だ。
ウォーリアとは遠い親戚関係にあり、血の繋がりとしては薄い為、他人と言われても無理はないが、二人の後見人がそれぞれ縁があって繋がった。
頻繁に連絡を取り合うような仲の良さがある訳ではないものの、何かあったら宛てにする、と言う事はある。
今回、ウォルがウォーリアの家を訪れたのもそうだった。

 ウォルは明日、前々から受けると決めていた資格試験を控えていた。
前日入りして会場の場所や周辺環境を確認しようと思い、試験が終われば観光でもしようとホテルも予約していたのだが、ホテル側のトラブルで使えなくなってしまった。
それが発覚したのが、試験の為にと家を出た昨晩の事で、夜行列車に揺られながら新たに宿泊先を探してみたが、時期が時期とあって、ホテルは何処も彼処も埋まっていた。
仕方なくウォーリアに連絡を入れ、良ければ泊めて欲しいと言う旨と共に、無理なら一旦荷物だけを置かせてくれとメールを送ったのだが、どうやら受け取り主はそれを見てはいないらしい。
送信したのが夜半であったので、それは仕方のない事だ。

 メールの返信はなかったが、規則正しく生活をしているウォーリアの事だから、日曜の今日でも起きているだろうと、ウォルは駅を出た足で真っ直ぐウォーリアのアパートへ向かった。
次の予定を立てる為、早目に身軽になりたかったのだ。
チャイムを押しても出て来なかったら、その時はその時また考えよう、と言う気持ちで。

 そうして出迎えてくれた少年は、判り易くウォルを警戒していた。
ウォルとしても、顔はいつも通りのつもりではいたが、胸中は似たようなものだ。
あんた誰だ、と常のように真っ先に問うのを飲み込んだのは、自分が目的地を間違えた可能性を考えたからでもあったが、睨むように見る蒼の瞳が、意外と幼く見えたからだろうか。
怯えとまでは行かないが、それに近い気配があった。
目線の高さはそう変わらないが、小動物染みた空気を感じて、つっけんどんな言葉は寸での所で引っ込んだ。
結果としては、それで良かったのだろう。

 ウォーリアを呼んで来ると言う少年が扉を閉じてから、ウォルは立ち尽くして考えていた。
あの少年と、遠戚の兄の関係は何なのだろうと。
ウォルは、少年が何者であるのか、訊きそびれてしまっていた。
ウォルはこれまでにも何度かウォーリアの家をホテル代わりに使わせて貰った事があったが、あの少年とは一度も逢った事がない。
ウォーリアが教師になっている事は知っているので、生徒かとも思ったが、生徒が教師の家に朝早くからいると言うのは、一体どう言う状況で起きるのだろうか。

 そんな事を考えている間に、閉じたドアが改めて開いた。
自分と似た違う銀色を持った男────ウォーリアの顔を見て、自分の目的地が確かに間違っていなかった事を、ウォルはようやく確認できた。


「待たせて済まない。メールはついさっき見た所だった」
「ああ。時間が時間だったからな、そいつは仕方ない。で、泊まっても大丈夫か?無理なら荷物だけでも一旦置かせてくれると有り難いんだが」
「ふむ───泊まりは大丈夫だ。荷物も置いておくと良い。ただ、すまないが今日一日は、しばらく外にいてくれると有り難い」


 了承と共に、引き換えのように告げられた言葉に、おや、とウォルは引っ掛かるものを感じた。
交換条件にしては緩い、今日一日だけはと言う、どちらかと言えば願いか頼みに近い言葉の由来を、ウォルは扉の向こうから漂う胃袋を刺激する匂いに感じ取った。
が、だからと言って聞くもんじゃないな、とそれもまた感じ取る。

 一先ずは上がってくれと、荷物も置かなければならないので、ウォルは促されるままに敷居を跨いだ。
そうして入った玄関には、ウォーリアが愛用しているブランドの靴と並び、シンプルな若者向けのラバーソールが一足。
そりゃ人がいるんだからあるよな、と思いつつ、ウォルはその隣で自分のブーツを脱いだ。
ラバーソールが綺麗に揃えられていたので、なんとなくそれに合わせて揃えておく。

 古い建物ではあるが、内装は人が入れ替わる都度リフォームしているから、使っている人間の性格も相俟って、綺麗なものだ。
其処にウォーリアは独り暮らしをしているので、家具類も一人分があれば十分で、稀に来るウォルのような来客の為に椅子が二脚揃えてある程度だった。
ウォルはそう記憶していたのだが、思えばあれは何年前の記憶だったか。
久しぶりに見た遠戚の兄の家は、広さは変わらず、しかしあちこちに彼の物とは違う気配を匂わせるものが散らばっていた。


(……随分と可愛い物を使うようになったな)


 最初にウォルの目についたのは、玄関横の靴箱の上に置かれた鍵だ。
目印としてか、キーホルダーが取り付けられているのだが、それがキャラクター物なのだ。
見覚えのあるライオンを模した可愛いキャラクターは、生真面目一辺倒の男とは縁のない代物であった筈。

 ワンルームの部屋の中へと入れば、物の少なかった本棚に漫画雑誌が数冊。
絶対に家主が置いたものではない、とウォルは思った。
他にも、ベッド横に綺麗に畳まれた服であるとか、其処に並べて置かれた鞄だとか、ウォルの見慣れないものがどんどん見付かる。

 そして、平時は汎用的に使われているのであろう食卓テーブルに並ぶ、二人分の朝食。
焼きたてのトーストに、サラダとスープが揃えられ、ウォルは素直に驚いた。
この家で食事らしい食事が、人の手によって整えられる事があろうとは、と。

 恐らくはその作り主であろう人物は、此方に背を向ける格好でキッチンに立って、ちらちらと視線を寄越してウォル達の様子を伺っている。
その視線に気付いていないのか、ウォーリアはチェストの横を指して、


「荷物はあの辺りに置いておくと良い」
「悪いな。置くもの置いたら、今日は直ぐに出る。会場の確認もしたいし」
「何か必要な物があるなら、用立てるが」
「いや、良いさ。此処は田舎と違って足なら幾らでもあるし、電車賃もタクシー代も計算に入れてる。それに、今あんたの手を借りるのは、ちょっと悪い気がするからな」


 言いながら、ウォルはちらりとキッチンを見遣る。
此方を覗く蒼灰色とぶつかって、おっと、とウォルは思った。
目を合わせるつもりはなかったのだ。
案の定、目が合ったと悟った少年が、逃げるように顔を背けた。


「ともかく、おれはおれで何とでもする。飯も適当に外で食って来るから、あんたは気にせず、ゆっくり朝飯を食ってくれ」
「すまない」
「詫びるのはおれの方だ。夕方には戻る。それじゃ、邪魔したな」


 そう言ってウォルは荷物を置き、くるりと踵を返した。
キッチンの方から、視線もないのに突き刺さって来る気配を感じつつ、意識し過ぎだろうと言う言葉は飲み込む。
逆の立場であれば、きっとウォルも耳を欹てる側になる筈だ。
そう言う事になる可能性が微塵と思い付かないので、単なる想像でしかないが。

 ウォーリアの玄関先の見送りへの反応もそこそこに、ウォルはアパートの階段を下りて行く。
カン、カン、とコンクリートと鉄骨の固い音が響くのを聞きながら、脳裏に浮かぶのは、蒼灰色の瞳。

 階段を下り切った所で、ウォルは誰も追う者のいない階段を振り返って見上げた。


「……多分、そう言う事なんだろうな」


 ウォルは何も聞いてはいない。
ウォーリアも言わなかったし、少年には名前すらも聞きそびれた。
強いて知った事と言えば、あの部屋の空間が、ウォルの記憶にあったものとは違い、一人の気配で完結するものではなくなったと言う事だけだ。
それでも、なんとなく“そう”なのではないかと思うには、十分だった。



 いつもの景色の中に、見慣れないものが一つ加わると、調和が崩れて見える。
スコールはそう言った気配に敏感だった。
元々が神経質である為、そうした違和感を否応なく見つけてしまい易く、且つそれを受け入れたり、流せるようになるまで時間がかかる。
だが、日々はそうした違和感の連続であり、その一つ一つに逐一囚われていたら、心も躰も持たない。
だから人間はある程度は鈍麻であった方が良い事もある───らしい。

 ウォルと言う名の若者は、その存在を初めて知ったスコールにとって、知らない振りが出来ないものだった。
ウォーリアとは決して短くはない時間を共に過ごし、今では恋人同士と言う関係にまで育ったが、彼に寝泊まりを許すような親しい関係の人間がいるとは知らなかった。
ウォーリアの交友関係と言うものは、広くはあっても決して深いとは言えない所があるから、彼のプライベート空間で過ごす事を赦されているのが自分だけだと思うと、スコールは酷く嬉しかったのだ。
それが、親戚───の親戚の親戚、と彼は言ったが───であるとは言え、自分以外にもそんな事を許す距離感の人間がいた事に、スコールは少なくないショックを受けていた。


(……って、そんな、子供みたいなこと……)


 キッチンを挟んで聳える壁を見詰めながら、スコールは眉間に深い皺を寄せる。
後ろで交わされる、恋人とその身内である若者の会話を聞きながら、スコールはもやもやとした気持ちを誤魔化せずにいた。

 玄関の方で音が鳴り、来客を見送り終えたウォーリアが戻ってくる。
彼は真っ直ぐに食卓テーブルへと向かい、いつもの席へと腰を下ろした。
追ってスコールもようやくキッチンから離れ、すっかり自分用の席に定着した椅子へ座る。


「では、頂きます」
「……頂きます」


 きちんと両手を合わせて食前の挨拶をするウォルに倣う形で、スコールも挨拶を済ませてからトーストに手を伸ばす。
用意してから少し時間が経った所為だろう、トーストの熱が微かに逃げていたが、冷たいと言う程でもない。
スープもまだ湯気が上っているので、温め直す必要はなかった。
バターがしみ込み、狐色を帯びたトーストをもぐもぐと齧る。

 食事の時に限らず、スコールとウォーリアの間に会話は少ない。
元々、共に多弁ではなく、黙っている事に然したる苦はなかった。
付き合い始めの頃は、やっぱり何かしなくては、話さなくてはいけないのだろうかと思った事もあったが、付き合って一年も経てば、これが自分達の“普通”であると判って来る。
並ぶ二人の間がとても静かでも、傍目にはつまらなそうに見えるとしても、スコールはこの沈黙の空気が嫌いではなかった。
彼と二人きりで、誰の目も気にせず過ごす事が出来る、それだけでとても幸福な事なのだから。

 けれど、今日は少し───いや、大分、気になる事がある。
つい先ほど此処を訪れた来客の事だ。


「……ウォーリア」
「なんだ?」


 名前を呼ぶと、ウォーリアは顔を上げてスコールを見た。
柔らかな光を帯びた瞳に、自分一人が映っているのを見て、ざわつき続けていたスコールの心が少しだけ落ち着く。


「…さっきの奴、…ウォルって、遠い親戚だって言ってたけど」
「ああ」
「……仲、良いのか?」
「悪い事はないと、私は思っている」


 ウォーリアの返答に、そうだろうな、とスコールは思った。
仲の悪い相手の家を訪ね、泊まりだの荷物を置かせてくれだのと、普通は頼まないだろう。
それなりに信頼関係の置ける間柄であるから、頼める話だ。


「私の後見人である人が、彼の後見人と親しかった。知り合ったのはそれが切っ掛けで、親戚筋であると言う事は、随分後になってからお互いに知った事だ」
「……」
「彼は地方に住んでいるのだが、時々、此方に来る事がある。何かの試験であるとか、レポート用の取材だとかで───私が一人暮らしを始めてから、此方に来る時に泊まりに行っても良いかと頼ってくれるようになった」
「ふぅん……」


 初めて聞いた話だ、とスコールはサラダを食んだ口をこっそりと尖らせた。

 スコールは自分のプライベートを他者に踏み込まれる事を嫌う。
自分が嫌な事なので、他人のプライベートについても、出来るだけ入らないようにしていた。
人間関係と言うものは複雑な糸が何重にも折り重なり、見えない場所に色々なスイッチが埋まっていて、うっかりそれを踏んで転びでもしたら、無数の糸に絡め取られて大変な事になる。
スコールにとってそれは酷くダメージの深い事で、だから他人に踏み込まれるのも、踏み込むのも、彼にとっては忌避すべき事だった。

 だが、恋人の事となれば、やはり切り捨てるばかりではいられない。
寧ろ、誰より近い場所にいると思っているからこそ、その直ぐ傍に知らない他人、何かがあると気になってしまう。


(…そんな我儘、駄目だ……)


 理性は、自分の感情について、正確に分析している。
これは嫉妬と独占欲だ。
ウォーリアの一番近い場所を赦されているのは自分一人であり、彼の事を一番知っているのは自分でありたいと思っている、その表れ。
だが、それはとても暗く重い身勝手な感情だ。

 そんな気持ちが、表情に出ていたのだろうか。
食事の手を停めたウォーリアが、じっとスコールの貌を見詰めて、声をかける。


「スコール。少し顔色が悪いように見えるが、大丈夫か」
「……なんでもない」


 見詰める透明度の高い瞳に、心の中を覗き込まれているようで、スコールは逃げるように目を逸らす。
それ自体が、自分が嘘を吐いていると言っている事を、スコールは自覚していなかった。

 俯いたまま、スコールはパンの最後の一口を放り込んだ。
咀嚼の終わらない内にスープを口に含み、強引に飲み込む。
そうやって喉奥にある違和感を殺そうとしていると、カタン、と小さな音が鳴る。
顔を上げると、ウォーリアが席を立っていた。

 ウォーリアはテーブルを周ってスコールの隣に立つと、徐に持ち上げた手でスコールの頬に触れる。


「……スコール」


 名を呼び、見詰めるアイスブルーの瞳は、柔らかく温かく、少し不安そうだった。
なんであんたがそんな顔をするんだ、と思いながら、自分がそうさせている事を思い出して、スコールは唇を噛む。
其処には、恋人を不安にさせた、心配させたと言う罪悪感と、彼にそんな顔をさせる事が出来るのが自分であると言う、仄暗い優越感がある。

 触れる手に頬を摺り寄せると、猫のようなその仕草に、ウォーリアが微かに笑み零した。
指先で頬をするりするりと滑って、その手が顎にかかる。
促されるような形でスコールが顔を上げると、真っ直ぐに目線が交差した。
あ、と思った直後、ウォーリアの彫像のように端正な顔が近付き、二人の唇が重なる。

 触れ合いはほんの数秒間だけ。
離れていく温もりに寂しさを感じながら、スコールは熱くなる頬を自覚していた。


「……ウォーリア」
「スコール」
「……なんでもない。本当に」


 心配そうに見詰めるウォーリアに、スコールは重ねて言った。
先のようには目を逸らさず、きちんと彼の顔を見ながら。


「ちょっと変な事を考えてただけだ。あんたと、さっきの奴が、どれ位親しかったとか……そんな事」
「私とウォルが?」
「…あんたの身内なんて、初めて逢ったから驚いたんだ」


 スコールのその言葉に、確かにそうだった、とウォーリアも得心する。
ウォーリアとスコールが出会ったのはほんの数年前で、その時、既にウォーリアは独り立ちしていた。
まだ大学生の身ではあったが、後見人の手元は離れており、社会人になる一歩手前と言った頃。
その時にもウォルが何度かウォーリアの自宅を間借りする事はあったのだが、家庭教師とその生徒と言う関係だった頃は、こうしてスコールがウォーリアの家に来る事もなかった。
スコールとウォルが今の今まで出会う機会がなかったのは、ごく自然な事だったのだ。
寧ろ、二人の距離が現在の形までに縮まったからこそ、出逢う機会が訪れたと言って良い。

 そう思うと、スコールのもやもやと黒霞んでいた心が、俄かに晴れて行く。
自分の極端な現金さに呆れながら、ふと、スコールは今現在、自分に取り巻く問題が頭に浮かぶ。


「…ウォーリア。あんたの身内なら、……俺達の関係の事は、ひょっとして」


 知っているのか、と聞こうとして、スコールは出来なかった。
自分の父親にさえ伝える事が出来ないその事実は、いつかは打ち明けなければと思いつつも、スコールには少々重い現実として目の前に横たわっている。
実際の所、男同士と言う事や、教師と生徒と言う───学校は違うが、家庭教師であった事は確かで───事もあって、スコールは余りこの関係が周りに知られるのは良くない事なのでは、と思っていた。
長い勉強の末に、ずっと目指していた教師となった恋人の為にも。

 最後まで言葉を紡げなかったスコールだったが、それでもウォーリアはスコールが聞きたかった事を読み取ってくれたらしい。
ウォーリアは緩く首を横に振り、


「いいや、君との事は伝えていない」
「……そうか」
「すまない」


 ほう、と安堵の息を吐いたスコールに対し、ウォーリアは謝罪した。
なんで謝るんだとスコールがその顔を見ると、


「君との関係を隠していたいと思っている訳ではないが、君の御父上にも伝えていない事を、私一人が勝手に誰かに話してはいけないと思っている。それに、ウォルとは連絡先こそ把握してはいるが、普段から連絡を取り合っている訳ではない。伝えなくてはと思う程、近い訳でもないと言うか────」
「……ん。良い。知らない事なら、言わなくても良い」


 言わないで欲しい、とはスコールは言えなかった。
ウォーリアにとって、この関係は、黙っていなければならないものではないと言う。
男同士である事、生徒と教師と言う関係を、世間がどんな目で見るのか、判っていない訳ではない。
ただ彼にとって、スコールを愛している事は紛れもない事実であり、それを人目憚って隠す理由にならないだけだ。
それでも、スコールが今は隠していたい、二人きりの関係でいたいと望むから、合わせてくれている。

 食卓の上がすっかり空になって、スコールが片付けの為に席を立つ。
いつもなら片付けをしながら電気ケトルで湯を沸かし、コーヒーの準備もする所だが、今日はどうしたものか。
部屋の隅に荷物を置いて出て行ったウォルがいつ戻ってくるのか、スコールは聞いていない。
部外者は自分なのだから、早めに帰った方が良いかと、この場を離れなければならない寂しさに、ちりちりと胸を焦がしていると、


「スコール」
「ん?」


 隣に立って名を呼ばれ、スコールは反応と一緒に視線を投げる。


「ウォルの事なら、気にしなくて大丈夫だ」
「……別に、気にしてはいない」


 また嘘を吐いた。
嘘など吐けない、何処までも真っ直ぐなウォーリアに対して、嘘を吐く罪悪感は少なからずある。
それでも、青い見栄っ張りが、どうしてもスコールに虚勢を張らせてしまう。

 そんなスコールの稚拙ささえも、ウォーリアは包み込むように言った。


「今日一日は、外に出ていて欲しいと頼んだ。ウォルが此処に帰ってくるのは夕方だ」
「……は?あんた、そんな事頼んだのか?」
「ああ。今日は君と共に過ごせる日だ。彼には悪いが、私にとっては其方の方が大事だ」


 見下ろす瞳から、じんわりと染み込むように伝わる、優しくて甘い熱。
それを感じ取ってしまって、スコールの白い頬にも熱いものが伝染する。

 馬鹿じゃないか、とスコールは思った。
そんな頼み事をしたら、何も知らない筈の人でも、自分達の関係が判ってしまうかも知れない。
スコールはウォーリアが個人的に親しいする人間が少ない事を知っている。
実直と言う言葉を体現するような男だから、沢山の人に信頼されており、顔も広いのは確かなのだが、ウォーリア自身が他者と特別に距離を縮める事をしないのだ。
それは“一部を贔屓しない”と言う彼の公正さがあっての事なのだが、其処に至って一人優先する権利を与えられているスコールの存在が、ウォーリアを知る人物には反って浮き上がって見えるだろう。

 今はまだ秘密の関係にあるスコールにとって、ウォーリアのした事は、悪い事ではないが、目を覆いたい気分でもあった。
変な頼み事をされた、と思われているかも知れない。
此方を見ていた黄金色の瞳を思い出して、スコールは酷く居た堪れない気持ちになった。
同時に、“ウォーリアが自分のことを優先した”のも確かで、それがスコールの胸を熱くさせる。


「スコール?」
「……」
「…すまない。私はまた、君にとって良くない事をしただろうか」


 声をかけても返事をしないスコールに、ウォーリアが微かに声を沈めて言った。
それを耳にして、スコールは緩く首を横に振る。


「……違う。なんでもない」


 自分の気持ちを上手くウォーリアに伝える言葉を持たず、また伝えるには聊か恥ずかしさが勝って、スコールはそう言った。

 この数十分だけで、何度も同じ単語を重ねている。
それはスコールが、伝えたいけれど上手く出来ない、だから今は聞かないで欲しいと言外に告げる態度であった。
そんなスコールに、ウォーリアの腕が伸ばされ、そっと抱き締める。


「……なんだ、急に」


 横合いからの突然の抱擁に、スコールは皿を持った格好のまま固まった。
驚いて危ない事になるから、いきなりこう言う事は辞めて欲しい、と思いつつ、腰に回された腕の逞しさに顔を赤らめる。


「キッチンにいる時は、危ないって言っただろ」
「ああ。だが、君を抱き締めたいと思ったのだ」
「それは……見れば、判る。でも急には止めろ。……心臓が持たない」
「すまなかった」


 詫びながら、抱く腕に力が籠る。
動き難さを感じつつ、スコールは最後の皿の一枚を洗って、水切りトレイに置く。
シンク横に立てかけている布巾で手を拭いて、これでスコールの朝の仕事は終わった。


「ウォーリア。ちょっと苦しい」
「すまない」
「………ん」


 少しだけ腕の力が緩んだので、スコールは向きを変えて、ウォーリアと正面から向き合った。
身を寄せて、ぎゅ、と背中に腕を回して抱き着くと、ウォーリアもまた抱く腕に力を込める。
先よりは微かに優しい力で、スコールを苦しめないようにと気を付けながら。


(……今日はまだ、此処にいて良いんだな)


 急な来訪客に、場所を奪われずに済んだ安心感で、スコールは胸を撫で下ろす。
初めて顔を合わせた相手に対して、追い出すような形で場所を占領している事に、若干の後ろめたさは否定できなかった。
それでも、黄金色の瞳が此方を見ながらも何も言わずに退いてくれた事は有り難かった。
ウォーリアと過ごす事が出来るこの週末は、スコールにとって、何よりも大切な時間なのだから。


(…夕方に帰るって言ってたか。じゃあ、晩飯、二人分にして置こうか…)


 彼が戻ってくる前に、スコールは出なくてはいけない。
夕方なら、いつもスコールがこの家を出る時間だから、入れ違いになるだろうか。
日が暮れてからスコールが外出する事に対し、ウォーリアは良い顔をしなかった。
子供じゃないのに、とつい先まで自覚していた己の稚拙さを放り投げつつ思う。

 別れる前に、スコールはいつも、その日のウォーリアの夕飯を作っていた。
ひょっとしたらウォルは夕飯も済ませてから戻ってくるかも知れないが、余ったとしても、明日以降の食事には出来るだろう。
それを今日一日追い出してしまった詫びにさせて貰って、それまでは一時の幸せに浸っていようと、抱き締める腕の体温に身を任せた。




 都会と言うものは、何処に行っても人が多い。
物心がついてから、辺境とまでは言わないが、人口密度は高くはない田舎町に住んでいるウォルにとって、都心の真ん中と言うのは騒がしくて仕方がない。
その反面、何をするにも直ぐ手が届くと言うのは便利だ。
効率的に使えるようにと張り巡らされたシステムは、そのシステムの流れに慣れる事が出来れば、使わない手はあるまい。

 元々の目的である試験に使われる会場は、中々良い所にあった。
近くにコンビニもあるし、飲食店もあるので、昼食所には困らないだろう。
店に並ぶ食事の値段は、都会と田舎の物価の違いがありありと映し出されていたが、初めて来た訳でもないので、きちんと計算済みで予算を組んである。
とは言え、明日は出来るだけ安くて腹が膨れるものにして、豪華な食事は試験が終わった後の観光に使いたいものだ。

 会場の下見そのものは、午前中に終わった。
宿泊場所として宛にした遠戚の兄の自宅から、電車で一時間弱と言った所か。
遠いような近いような、しかし電車一本で乗り換えもなく行けるなら楽なものだ。

 それからウォルは、電車で半分の距離を戻ったものの、兄の自宅がある駅までは直ぐには戻らなかった。
今日一日は外にいて欲しい、と言った彼の頼みを聞いての事だ。
田舎から出て来る度、気に入って使っているファストフード店で昼食を済ませたウォルは、その周辺を適当にふらふらと歩き過ごしていた。
数年前に来た時とは違う景色を眺めつつ、遠戚の兄の事を考える。


(あんな顔して、あんな事を言うとはな)


 ウォルの脳裏には、交換条件を出してきた時のウォーリアの顔が浮かんでいた。

 ウォルから見ても、ウォーリアは驚くほど整った顔立ちをしている。
それは彼の表情筋がやや変化に乏しい所為もあって、面立ちを崩すほどの表情変化がない所為でもあるのだが、とは言え造形だけで言っても彼は類稀なる美貌を持っていると言って良いだろう。
これは身内の贔屓目ではなく事実であって、その顔で彼が学生の頃からもてていた事をウォルは知っている。
────彼にそんな自覚は微塵もないし、もてていた事すらも知らない事なのだろうが。


(そんな朴念仁が、あの顔か)


 誰に持て囃されようとも、その声すらも聞こえていないかのように、全てに対し平等的だった男。
そんな彼の傍に、きっと今も一緒にいるのであろう、一人の少年。
その少年を見る瞳の色を、ウォルは彼と出会って以来、初めて見た。


(おれの勘違いの可能性もなくはない。だが、あれは────)


 家の中に散らばっていた、様々な軌跡を思い出す度、ウォルは至る答えを否定できない。
あの少年は、彼にとって“特別”だと。

 だからウォルは、今日一日は外にいて欲しい、と言ったウォーリアの願いを引き受けた。
ウォルも近所住まいの女子高生に、鈍い鈍いと揶揄される事があるが、彼の兄ほど人の機微に鈍い訳ではない(彼も鈍い訳ではなく、その部位のアンテナが存在していないだけだろうが)。
あれは邪魔をしてはいけない奴だと、ウォルが悟る程、あの時のウォーリアの貌は言葉なくとも饒舌だったのだ。

 そうなると、少々、興味が沸いて来る。
色恋沙汰に首を突っ込むような出歯亀ではないが、あの朴念仁にそう言う感情を持ち、尚且つ彼からも同じ感情を向けられているであろう少年が、何を想って兄を見ているのだろうかと。
それも十分、下世話な興味である事は理解しつつも、


(他の相手ならともかく、ウォーリアだぞ。おまけに男、同性だ。あいつも別に同性から嫌われるような奴じゃなかったし、どっちかと言えば危ない宗教染みたファンもいたから、判らない訳じゃないが……でも、そいつらだって結局は見ているだけだった。ウォーリアの方もそんな連中がいるなんて気付いていなかっただろうし)


 ウォーリアは基本的に誰に対しても優しくもあり、厳しくもあり、公平である。
高校生の頃、周囲の推薦により生徒会長に就任した経歴を持つ彼は、あらゆる意味で生徒達の羨望を集めて已まなかった。
しかし、そんな経歴を持っていても、彼は人間関係に対しては淡泊である。
平等であるが故に、特別に何かを贔屓する事もないから、彼自身が誰かに執着する事はなかった。
友人や信頼を置ける相手は少なくなかっただろうが、其処には彼が平等であるが故に、その距離感を理解する者でなくては、その位置にすら収まれなかった。
彼が選んでそうした訳ではなく、自然淘汰されてそうなったのだ。
それ以外の者は、遠くから眺めて偶像ゆめを見ているばかりだから、ウォーリアの方から特別に目をかけるような事もなく、某かの事件でも絡まない限りは、過ぎ去って行く風のように意識に留める事はなかった。

 ウォルが知っているウォーリアの人間関係と言うのは、そう言うものだ。
住んでいる場所が全く違う場所にあるので、ウォルがその目で具に見て来た訳ではないが、時折此方に来る度、折々に見える彼とその周辺環境を見て、そう言う感じなんだろうと察していた。

 そんなウォーリアの前に現れた、一人の少年。
休日の早朝にウォーリアの家にいて、健康的な朝食を用意していた彼。
あれは絶対に、放って置くと液体一杯を朝食として片付けてしまうウォーリアの為のものだ。
そして、それを同じ食卓で共に採る事を赦し合う間柄。
序の序に言うと、ベッドの上に枕が二つ並んでいたのも、ウォルはしっかり見付けてしまっている。


(野暮だな、おれも)


 やれやれ、と溜息を吐きながら、ウォルは自分の目敏さに少々厄介さを覚えた。
気付いたからこそ空気を読んだ事ではあるが、流石に其処まで気付かなくても良かっただろう、と。
察する為に必要な情報の欠片は、あちこちに散らばっていたのだから。

 ウォルは思考を振り切るように、緩く頭を振った。
一段落した所で、携帯電話を取り出して時間を確認する。
直に午後六時を周ろうとしていた。


(───さて。時間的には、もうそろそろ帰りたい所だが……)


 狭いを空を見上げると、立ち並ぶ雑居ビルや高層アパートの隙間から、薄暗いオレンジ色が見えている。
田舎に比べると随分と空が遠い。
そんな事を思いつつ、コンクリートから登って来る足元の冷えを感じて、歩き回るのも限界かと考え始めていた。

 若しも、若しもと言う場面も可能性がゼロとは言えない。
流石にそこに遭遇するのは回避したい、と言うのが正直な気持ちだった。
しかし、少年がまだアパートにいるのか否か、ウォルは確かめる方法が思いつかない。
ウォーリアに連絡をすれば良いではないか、と言われそうだが、この時間になっても一緒にいたとして、其処に自分が連絡をつけると言うのは、彼を追い出そうとしている風には見えないか。
急な来訪をしたのは此方の方なので、推しかけ同然の今朝以降、此方の都合を優先させて貰うのは少々気が引けた。


(取り敢えず、家まで戻ってみるか)


 都会は暇潰しのアイテムに事欠かない。
が、それもウォルの興味を引けばの話だ。
目的の試験が控えている事もあり、明日の体力を十分に残して置く為にも、これ以上の冷気に晒されるのは避けたい。

 駅に戻り、目当ての路線に丁度良く滑り込んできた電車に乗り込む。
日曜日とあって、車内は少々混んでいる。
しかし、それも田舎の感覚で言えばの事で、都心の本当の鮨詰め電車はこんなものではない。
明日、ウォルが会場へ向かう時間帯には、それにかち合う事になるだろう。
快適さを優先させてタクシーにしようか、と一瞬考えたが、距離を考えると出費としては少々痛い。
かかる費用の一部に盛り込んではいるが、出来れば抑えたい金額ではあった。

 電車が停止して扉が開き、降車して行く人の波に乗って、ウォルも電車を降りた。
乗客を乗せた電車は直ぐに扉を閉じ、ウォルが向かう階段方向とは逆へと走り出して行く。
ガタンゴトンと言う線路の継ぎ目に車輪が跳ねる音を聞きながら、ウォルは階段横のエスカレーターでホームを後にした。


(そう言えば、晩飯はどうするかな。明日の朝飯も必要だし、コンビニで適当に何か買って行くか)


 今朝のような健康的な朝食が、明日も用意されている、なんて事はないだろう。
そう踏まえて、ウォルは駅の隣にあるコンビニに寄ってから、ウォーリアのアパートを目指す事にした。

 ────が、駅出口の階段を下りている所で、見覚えのあるチョコレート色を見付けて、足が止まる。


「あんた」
「……あ、」


 足元を確かめるように、俯き気味に階段を上っていた少年。
それに声をかけた訳ではなかったが、無意識に漏れたウォルの呼ぶ声に、少年は律儀に顔を上げた。
数段分の上と下に分かれて、二人揃って固まったように動きが止まる。

 互いに存在に気付いてしまった以上、此処から動くのは少々の時間が要された。
目を逸らして知らない振りをして通り過ぎるか、目を合わせて置いてそれは今更過ぎるだろう。
ウォルはがりがりと頭を掻いて、改めて少年の顔を見て言った。


「今朝は突然押し掛けて悪かったな」
「え。……いや、…別に」


 ウォルの言葉に、少年の反応は覚束ない。
視線はまた俯き、居場所を探すように右往左往している。
人の顔を見て話すのは、余り得意ではないようだ。
それなら、この距離がある位が良いだろうと、ウォルは数段分の上下を埋めないまま、言った。


「おれは明日と明後日、ウォーリアの所に世話になるが、その後は田舎に帰るから、まあ、気にしないでくれ。日中はあまりいないと思うし」
「……どうも」


 手短に此方の予定を打ち明ければ、少年はご丁寧にどうも、と言う風で小さく頭を下げた。
白い手が緊張したように、肩に担いだスクールバッグを握っている。
その鞄の持ち手に、今朝兄の家の玄関先で見た、可愛らしいキャラクターグッズが揺れていた。


(案外、可愛いもの好きか?)


 見た目だけで言えば、背伸びした思春期の子供と言う風なので、可愛いグッズを好んで身に着けるようには見えない。
それより、首元から覗いているシルバーチェーンの方が、なんとなく好みそうな雰囲気を滲ませていた。

 少年は両手でスクールバッグを持ち手を握ると、顔を上げてウォルと目を合わせた。


「……その。今日の晩飯と、明日朝飯に出来るもの、作っておいたから、……良かったら」


 食べてくれ、と言う最後の言葉が、尻すぼみに小さくなった。
しかし人気のない階段であったお陰か、なんとかその声はウォルの耳に届く。


「良いのか。ウォーリアの為の飯だろう?」
「…別に。どうせいつも作り置きしてるし、それが一人分増えても大して問題はない。あいつじゃ何も用意できないだろうし…」
「それは否定できないな」


 ウォーリアに料理全般の期待をしてはいけない。
一人暮らしをして長いので、必要な家事能力は一通り身についている方だが、料理に関してはからきしであった。
学校の成績も、人望も、何もかもが完璧と呼ばれていた遠縁の兄の、数少ない可愛げであるとウォルは思っている。


「飯があるなら幸運だ。感謝する」
「別に。いつもの事だ」
「いつもあいつに朝飯作ってるって事か」
「……!」


 ウォルの言葉に、少年がはっとした貌になって、白い頬が真っ赤になる。
途端に蒼灰色の瞳が情緒豊かになって、焦りと羞恥と戸惑いが一気に露呈した。


「べ、別に、いつもじゃ……」
「いつもじゃないけど、今朝みたいに作ってる事はあるんだな」
「と、時々だ。時々、あそこに行くから。そうしたら、あいつ、真面なものを食っていなかったから。冷蔵庫の中なんて大体空っぽだし、酷い時なんて栄養食品だけしか入ってなかったりしたし。だから」


 だから、の後の言葉は続かなかった。
見兼ねてか、我慢できなくてか、恐らくそんな所だろう。
何れにせよ、少年がウォーリアの食生活を見て放って置けなくなったと言っている事は確かだった。
ウォルはそんな少年の、何処か必死めいた弁明にくつりと喉を震わせて、


「ああ、判る。あいつの食生活、酷かったからな。学生の頃は食堂があったから、昼飯はまあマシなものを食べてたようだが、他が酷い。なんだよ、あいつ、今でもその辺は変わってないのか」


 アパートの周辺にはコンビニもあるし、惣菜店もある。
少し歩けば、大きくはないがスーパーもあるので、生活圏としては此処は非常に潤っている。
だと言うのに、ウォルはその恩恵をまるっと無視して過ごしていたのだから、ウォルは呆れるしかない。
せめてコンビニ弁当位は買えば良いのに、と思ったのも、一度や二度ではなかった。


「あんたがあいつの真っ当な食事管理をしてくれてる訳だ。悪いな、手間をかけさせて」
「……別に……」


 この遣り取りで何度も繰り返される反応に、口癖みたいだな、とウォルは読み取った。
何と言って良いか判らない時に、取り敢えず出て来る三文字。
それに合わせて、少年の表情、目元の光が柔らかく揺れたり、動揺にブレたりとするので、存外とこの少年は表情が豊かなようだ。

 取り敢えず、今見る限り、少年はウォルの言葉に対し、気分を害してはいないらしい。
恥ずかしい、と思っているような風で目を逸らしてはいるが、長い前髪で見え隠れする蒼の瞳は、心なしか嬉しそうに見える。
なんだか見ているだけで此方がくすぐったくなるような初々しさがあって、ウォルも首の後ろがむず痒くなるような気がした。

 さていつまでも立ち話をしていても仕方がない、とウォルは階段を踏む足を再開させた。
少年と同じ段になった所で足を止め、少年と向き合う。


「じゃあ、おれはあいつの家に行かせて貰う。飯も有り難く食わせて貰うよ」
「……どうも。嫌いなものとか判らなかったから、適当に作っただけだけど」
「好き嫌いはないから大丈夫だ。お気遣いどーも。今日は邪魔して悪かったな」


 そう言ってひらりと片手をあげる挨拶をして、ウォルは階段を下りて行く。
後ろは一切と振り返らずに。
残された少年が、真っ赤になってその場にしばらく蹲っていたのを、見る事も知る事もないままに。




 ウォルがアパートに到着した時には、玄関扉の向こうから、胃袋を刺激する匂いがしていた。
スパイシーなこの匂いは、カレーだろうか。
急な来客があった事に対して準備したものなら、無難な選択だったのだろう。
嫌いな人間は少ないようだし、余った所で作り置きにしても良いし、冷凍保存も効くから、便利なものだ。

 チャイムを押して玄関を開けて貰うと、一層濃くなった匂いで、ウォルの腹が鳴った。


「夕飯にするか。スコールが食事を作って行ってくれた。君の分もある」
「ああ。駅で会った時に聞いた。礼も言っておいた」


 食卓へと案内されながら言うと、そうか、とウォーリアは言った。


「直ぐに用意をする。少し待っていてくれ」
「別に自分でやるぞ」
「良いんだ。一日外を歩き回らせた詫びと思ってくれ」


 ウォーリアがそう言うので、じゃあ甘えさせて貰おう、とウォルは椅子に座った。
今朝、どちらがどっちの椅子に座ったのかは知らないが、ウォルはなんとなくそれを意識してしまう。
その傍らでちらりとキッチンを見遣れば、独り暮らしには無用の長物になりそうな大きめの鍋にたっぷりとカレーが入っており、ウォルが弱火でそれをぐるぐると掻き混ぜていた。


(変な景色だな)


 あのウォーリアが、キッチンに立っている。
どうにも世俗から浮いた雰囲気が拭えない男の、生活感たっぷりの光景に、ウォルは口角が上がるのを抑えられない。
ウォルがちゃんと飯を食えよと言っても、食べているので問題ないと、コーヒーや栄養補助食品を指して言ったあの男が、手作りカレーを温めているなんて、天と地がひっくり返ったような気分だ。


(それだけ、あいつの影響が大きいって事か)


 駅で別れたばかりの少年の顔を思い出して、その存在の大きさを改めて知る。
人の行動を変容させる程の影響と言うのは、並大抵の事では起きないものだ。
あの少年は、ウォーリアにとって、それ程大事な存在なのだろう。

 数分が建って、ウォルの前にシンプルな深皿の器に盛られたカレーライスが置かれた。
粘り気は少なく、とろみのついたスープのようなカレーが、白い米の上に染み渡るように拡がっている。
都会カレーって奴かな等と思いつつ、ウォルはスプーンで掬って口へと運ぶ。


「……美味いな」
「ああ」


 素直な感想が零れたウォルに、ウォーリアが小さく頷いた。
そのまま食べ進めていると、じっと向けられる視線がある事に気付いで、ウォルが顔を上げれば、アイスブルーと目が合った。


「なんだ?あんたはまだ食べないのか」


 見ているばかりのウォーリアに訊ねたウォルだったが、彼の前にもカレー皿は置かれている。
温められたカレーがほこほこと湯気を立ち昇らせ、早く食わないと冷めるぞと言ってやれば、そうだなと言ってウォーリアもスプーンを手に取った。

 食べ進めながら、ウォルはちらりと兄を見た。
一口を食べる毎に、ウォーリアの目元が柔らかく揺ららめく。
それを見てから、ウォルは先のウォーリアの視線の意味に気付いた。


(ああ。嬉しかった訳だ。あいつが作った飯を、おれが美味いって言ったのが)


 ウォルは自分が素直な人間ではない事を自覚している。
捻くれ者と堂々と言われて、ああそうだなと堂々と開き直れる位には、捻くれている。
そんなウォルが素直に「美味い」と言ったのが、ウォーリアには嬉しかったのだろう。
そのカレーを作った恋人の事を褒められたように感じられたから。


(当てられた気分だ)


 そんな事を思いつつ、ウォルはまたカレーを口に運ぶ。
スパイシーな味付けの中に、ほんのりとコクが感じられて、料理をしなれた人間が作ったもの、と言う気がした。
ウォルは必要最低限の料理しかした事がないので、詳しい事は判らないが。
ふと、料理は愛情、なんて言葉が頭に浮かんで、だとしたらこれはウォーリアへの愛情に溢れているのだろう。


(腹一杯になってきたな)


 まだ半分も食べない内から、ウォルはそんな気分になった。
が、昼食を採ってからずっと歩き回っていたので、エネルギーは消費され、胃袋は空だ。
何より、美味いものは美味いのだから、食べないのは勿体無い。
器に盛られたカレーは、綺麗さっぱり平らげさせて貰ったのだった。





メビウスFF、サービス終了お疲れ様でした記念に。
沢山のコラボも遊ばせてくれてありがとうございました。

メビウスFFの主人公であるウォルと、Tの光の戦士をモデルとしたWoLと、スコールを絡ませてみたかった。と言うことでWoLスコにウォル君を投入してみた次第です。
ウォルを書くのが初めてなので、練習も兼ねてネタ粒で書こうとしたけど、全く収まらなかったのであった。

ウォルは色々断片的な情報を頭の中で繋ぎ合わせて、足りないものは想像して(疑って)考える事が出来ているのだろうなと言う妄想。
そうしているので自然と目敏くなってしまうような、ふとした瞬間に点が線で繋がって察してしまう事も多いんじゃないかと思っている。
あとウォルとスコールは、どちらも含みや裏を持たせた言葉の真意を、「それはつまり……」と疑う形で読み取ってしまう者同士だったら私が楽しい。

[コラボでの二人の距離感も好きなので、次またウォルを書ける事があれば、今度はスコールと単体で絡ませてみたい。