01.気まぐれ態度


うーん、失敗した。
ジタンと二人で一本の細い木に寄り掛かって、バッツは思った。

今日も今日とて、ジタンと共に冒険(ジタンに言わせれば宝探し)に繰り出していたのだが、流石に調子に乗り過ぎた。
ノリのまま内部の状況を確認せず、歪の中に飛び込んで、無数のイミテーションに囲まれる羽目になった。
入口に使った歪の穴はあっと言う間に閉じてしまい、逃げ道を塞がれて、無限の軍勢との戦闘を余儀なくされた。

後から後から湧いてくる模倣者達を、どうにかこうにか退けながら、二人は歪の出口を探し回った。
幾ら倒しても一向に減る様子のない敵に、いつまでも構いつけているような余裕はない。
だから一刻も早く出口を探し、戦線を離脱する事を考えたのだが、これもまた容易には行かず、三十分強と言う長時間を駆け回る羽目となった。

スタミナには自信があるバッツだったが、流石に疲れた。
おまけに模倣者の中に上級種がかなりの数で混じっていた事もあり、本当に肝が冷えたのだ。

体力の限界から、もう駄目か、と思った所で、ようやっと歪の出口を見つけた。
歪んだ空間の中に差し込んだ白い光は、正に神の思し召しのような輝きを放っていて、ジタンとバッツは縋る思いでそれに飛び込んだ。
出口で軽い渋滞を起こしながら、二人はようよう外の世界へと帰還し、追手を振り切るように猛ダッシュしてその場から逃走した。
そうして全速力で戦場跡から離脱した二人は、数キロの距離を走った後、ふらふらと座り込み、今に至る。

一分、二分と、ぜーぜーはーはーと荒い息を二人で繰り返していた。
それが落ち着いてくると、今度は体のあちこちの傷が存在を主張し始めて、体力回復の邪魔をする。


「あー……駄目だ。オレしばらく動けねえ」
「おれも」


額から流れ落ちてくる汗を拭う気力もなく、二人は空を───生い茂る木の葉を見上げて溜息を吐いた。


「まずいなあ。日暮れまでには戻れって言われたのに」


木の葉から視線を外し、遠く見える空を見れば、夕暮れが山の向こうに落ちようとしている最中だった。
あと十分もすれば陽の光はきっと消えて届かなくなってしまうだろう。

これは説教コース確定か。

────そうバッツが思った時。


「こんな所にいたのか、あんた達」


聞こえた声にジタンとバッツが振り返ると、丘陵の道を上ってくる影があった。
夜色の東空を背にして近付いて来るそれがまとう気配は、紛う事なきコスモスの戦士のもの。

ふらりとジタンが立ち上がって、向かってくる人を見て笑う。


「スコール!」


ダークブラウンの髪に、夜に溶けて行きそうな黒衣。
整った輪郭、ブルーグレイの瞳、額を走る大きな傷。
他でもない、ジタンとバッツが一等気に入っている、仲間の姿が其処にあった。

ジタンは支えにしていた木から手を離し、僅かに覚束ない足取りでスコールの下まで足を運ぶ。
スコールは進む速度を変えないまま、そんなジタンの傍まで近付き、ふらついた彼の肩を拾って支えた。

見上げるブループラネットを見返して、スコールは呆れたように一つ息を吐く。


「何処でどう遊んでたら、其処までボロボロになるんだ?」
「いやあ、ちょっとばかり調子に乗っちまったもんだから、な」


誤魔化すように笑って言ったジタンに、スコールは胡乱げな瞳を向ける。
音のない言葉で青灰色が彼の心情をありありと語っていたが、ジタンは愛想笑いを浮かべたままだ。

木の根元に座ったままだったバッツへ、咎めるような目が向けられた。
年上なんだろう、あんたも少しは自重したらどうなんだ────そんな声が聞こえてくる。
けれども、バッツもジタンと同じく、にーっと笑って見せるだけ。
スコールにしてみれば、ボロボロの風体でどうしてそんなに暢気に笑っていられるんだ、と言った所なのだろうけれど、ボロボロだからこそ笑って見せないと、とバッツは思うのだ。

スコールは笑うバッツをしばし睨んだ後、一つ溜息を吐き、


「……さっさと立て、バッツ。陽が暮れる前に戻るぞ」
「待てよ、折角だからのんびりして行こうぜ」


促すスコールにそんな言葉を返せば、何を言っているんだとばかりに睨まれた。


「もう日暮れには間に合わないって。だからもうちょっと休憩して」
「行くぞ、ジタン。背負ってやる」
「マジ?ラッキー!」
「え、ちょ、ずるい!待てよ、スコール、ジタン!」


バッツの言葉が終わるのを待たず、スコールは傍らのジタンの為にしゃがんで背中を見せる。
立つのも精一杯と言う様子だったジタンは、スコールの思いも寄らない言葉に目を丸くしつつも、渡りに船と自分よりも広い背中に乗せて貰う。

立つ事すら儘ならなかったのは、バッツも同じことだ。
条件は一緒なのになんでこんなに扱いが違うんだ、そんな事を思いながら、バッツもよろよろと立ち上がる。
ジタンを背負ったスコールは、長い脚ですたすたと歩いて行く。
やばい本気で置いて行かれるかも知れない、とバッツは右に左に体を揺らしながら、二人の仲間を追い駆けた。

待ってくれって、と情けない声で何度も先を行く仲間達を呼ぶ。
すると、丘陵が終わる辺りになって、スコールが立ち止まって振り返った。


「早くしろ。置いて行くぞ」


そう言っておいて、スコールはその場から動かない。
彼に背負われたジタンが、くくっと嬉しそうに笑って、言葉以上に感情豊かな尻尾が揺れた。

バッツは地面を蹴った。
体はあちこち重いけれど、不思議と疲労感は消えた。

散々な目に遭った不幸なんて、もう忘れた。
それよりも、素っ気ない少年が迎えに来てくれた事が、ずっとずっと嬉しかった。



私が書くとバッツに大人の威厳が皆無。見るトコ見てる筈なんですけど。
なんだかんだ言って仲が良い589が好きです。