02.明日は雨


明日、雨が降る。
そう言ったスコールの言葉を、ティーダは信じていなかった。



神々の闘争が繰り返されているこの世界は、空間が不安定である事と同じく、天候も不安定だ。
けれども、秩序の聖域周辺は比較的落ち着いている方で、メルモンド湿原のように終始雨が降っているだとか、エルフ雪原のように吹雪に見舞われると言う事はなく、他の場所に比べると晴れ間が覗く事も多かった。

此処数日、秩序の聖域上空は、朝から雲もなく晴れ渡り、青空が見え、太陽の光が降り注いでいた。
まるで小春日和を思わせるような陽気で、明日の事であるとは言え、雨の気配など其処には微塵も感じられなかったのである。

澄んだ空を見上げたティーダは、「降る訳ないっスよ」と言った。
スコールはそんなティーダを一瞥しただけで、特に気を悪くした様子もなく、屋敷に戻って行った。

翌日も、秩序の聖域上空は晴天に見舞われた。
その時、ティーダは前日のスコールとの遣り取りは綺麗に忘れていて、暇を持て余していたジタンとバッツを捉まえて、屋敷の前でブリッツボールで汗を流していたのだが、


「うっわ、いきなり!」
「ひえー!」


澱んだ厚い雲が湧いて来たなと思ったら、突然の土砂降り。
まるでバケツを引っ繰り返したような雨に見舞われた三人は、大慌てで屋敷の玄関の軒下へと駆け込んだ。

雨を被った時間はほんの数秒だと言うのに、それだけで三人は、頭の天辺から足の爪先まで濡れ鼠になってしまった。


「へっくしゅ!…あー、寒っ」
「あ、雷鳴ってる」
「マジかー。聞いてねえぞ、こんなの」


それぞれ上着やマントを脱いで、雑巾宜しく強く絞る。
ティーダが犬のように頭を振うと、滴があちこちに飛び跳ねて、ジタンから「よせよ!」と怒られてしまった。


「あんなに晴れてたのに、急にどうしたんだろうな」
「どうもこうも……神様の気紛れなんじゃねえの」
「それで行くと、コスモスがこの雨降らせた事になるっスよ」
「いいんじゃないか、雨も風情ってもんだろ」


ころりと態度を変えるジタンに、ティーダとバッツは肩を竦める。


「ま、冗談は置いとくとして……早く風呂入らないと風邪ひくぞ、これ」


ジタンが玄関の扉を開けて中に入り、ティーダとバッツもそれに続いた。
────直後、入口で立ち止まったジタンの背中にぶつかる。

何してるんだよ、とティーダは言いかけて、彼の前に立っている人物に気付く。


「スコール」


上から下まで黒衣で固めた、無愛想な少年が其処にいた。

スコールは無言のまま、手に持っていたタオルの束を突き出す。
おお、さんきゅ、とジタンがそれを受け取って、二枚をティーダとバッツに渡し、残りの一枚を濡れた金糸に乗せた。


「バスルーム空いてるか?」
「……ああ」
「じゃあおれ達、入ってくるよ。タオルありがとな」


わしわしと乱雑に髪を拭きながら礼を言うバッツに、スコールは何も言わず、踵を返した。
心なしか足早にも見えるそれを目で追って、ティーダはふと、昨日の事を思い出す。


「そういやスコール、雨が降るって知ってたみたいだった」


晴れ渡る空を見上げて、雨が降る、と予告した彼。
まさか当たるとは思わなかった天気予報に、ティーダは凄いな、と遅蒔きに感心する。

ティーダの呟きに、ジタンがああ、と顔を上げて、ゆらりと尻尾を揺らした。


「よく当たるんだよな、あいつの天気予報」


何かとスコールに構いつけているジタンとバッツにとって、スコールの天気予報は今更驚く事ではなかったらしい。

ジタンが髪の代わりに水分を吸って重くなったタオルを肩にかけて、バスルームに向かって歩き出す。
その後ろをティーダがついて行き、最後をバッツが追う形で、三人は更衣室のドアを開けた。

濡れた服を脱いで洗濯籠に投げながら、ジタンが言う。


「なんか、ガーデン?の授業で習ったんだってさ。風向きとか、湿度の変化とか、色々。それで大体の予想がつくんだと」
「おれもなんとなく判る時あるけど、スコールみたいにはっきりした感じじゃないんだよ。なんか雨降りそうだなーとか、そろそろ晴れそうだなーとか」
「…バッツって、たまに動物染みた感覚してるっスね」


まあな!と自信満々に胸を張るバッツ。
誉めてんのかね?と首を傾げるジタンに、ティーダも自分で言った言葉だが「さあ?」と首を傾げるしかない。

────それよりも。


「スコールが明日は雨だって言うと、本当に降る事多いよな」
「大体5割くらいか。ぱっと見降りそうにない時でも当たるから、凄いよな。って言うと、知識があれば誰でも出来るって言うんだよなあ」
「おれ、教えて貰ったけどよく判らなかったぞ」
「まあこんな世界だからな。天気も常識的じゃない事の方が多いし」


でも、雨の日だけはよく当たる。
そう言う二人の会話を聞きながら、ティーダは思った。


(……猫みたいだ)


ティーダの脳裏に、髭ならぬ鬣宜しく、湿気で上手く決まらない髪型を一心不乱にセットするスコールの姿が浮かんだ。



猫は湿気に敏感で、雨が近付いて湿気が多くなると、ヒゲの張りがなくなって狩りの成功率が下がるので、ヒゲを整える為に念入りに顔を洗う……らしいです。
最後のティーダの想像は、そんな謂れからの連想ゲーム。