03.懐いてあげない


大分慣れたな、とクラウドは思った。

特訓の最中、止める手が遅れて、スコールの肩に傷を作ってしまったのは、今から三分ほど前の事。
傷はそれ程深くはならなかったが、長さを作ってしまった所為か、思いの外出血させてしまった。
詫びと称して手当を申し出ると、案の定一度断られたが、傷を作ったのが利き腕側、しかも肩の背側───己の手では手当てしにくい場所───である事を指摘すると、渋々と言った表情で、スコールはクラウドの申し出に頷いた。

予定としては後五分ほど続ける予定だった訓練を切り上げて、屋敷のリビングに戻り、手当を始めた。
背中を向ける際、スコールは微かに警戒するような眼差しを向けたが、クラウドは気付かない振りをした。
スコールはしばしクラウドを見詰めた(睨んだと言った方が正しいか)後、促されて、ソファに腰を下ろしてクラウドに背を向けた。

傭兵と言う生業の割には細く、しかし守られるほどにか弱くもない、その背中。
幾つかの古傷が残る中の、真新しい傷に、クラウドは軟膏を塗ってやりながら、思う。

随分、慣れたな、と。


(前は、近付くだけで警戒していたのにな)


────この世界で目覚めて、間もない頃の話である。
その時のスコールの他者への拒絶の様は、和気藹々とした空気の秩序の仲間達の中で、異彩であった。

必要な事があれば会話をするが、そうでなければ、仲間達の輪の中にすら入って来ない。
完全に拒絶の意を示していた彼に、クラウドは必要事項の伝達の為に何度か近付いた事がある。
その都度、スコールは、近付いて来るクラウドを睨み付けていたものだ。

スコールがどうしてあそこまで他者を拒絶していたのか、クラウドは知らないし、理由を聞きたいとも思わない。
ただ、もう少し近付く事は許してくれないものかと、伝達の度に睨む青灰色を見て思っていた。

そんな日々の内に、少しずつ、本当に少しずつだが、スコールは仲間達に対して、警戒心を露わにするのを止めた。
多分、あの二人のお陰なのだろう、と、クラウドは脳裏に浮かんだ賑やかな仲間達にひっそりと感謝する。

塗り終わった軟膏を薬箱に戻し、包帯を取り出した。
動かないように、細い肩に手を添えると、ピクリ、とスコールが微かに反応を見せる。
一瞬強張ったように力が入ったのが判ったが、一つ呼吸を置くと、それはゆっくりと抜けて行った。
この辺りは、恐らく傭兵としての癖なのだろう、とクラウドは勝手に思っている。


「痛むか」
「……いや」


見当違いと判っていながら問うと、少しばかり戸惑ったような声で返事があった。

クラウドは、包帯を巻く手に感けて、こっそりとスコールの表情を盗み見た。
青灰色には、困惑と言うか、戸惑いと言うか、とにかく、なんとも複雑な感情が浮かんでいる。


(まあ、良い傾向か)


ちょっと腕上げろ、と言うと、言われた通りにスコールは片腕を上げた。
肩から背を斜めに辿らせた包帯を、腹に回して固定するようにぐるぐると周回させる。
その際、クラウドはスコールの背中に密着する格好になっていた。
そうしなければ、腹に回した包帯を、反対側の手が取れないのだから仕方がない。


「……おい」
「なんだ」
「もういい。後は自分でやる」
「まあ待て。あと少しだから」


スコールの言葉は、恐らく、密着しているこの体勢に居心地の悪さを感じたからだろう。

クラウドとて、男に密着されるのは好きではない(ティーダのようにじゃれついて来るのは別として)。
しかしこれは必要だからやっている事だし、何より────


(折角此処まで慣れてくれたんだ。もう少し位、良いだろう)


四回目の周回をさせた包帯。
あと一周、するか否かを考えて、………結局する事にした。

鍛えている筈なのに薄い背中に密着して、包帯を周回させる。
背中まで包帯を引っ張って、クラウドは医療用のテープで端を固定した。


「これで良い」
「………ありがとう」


棒読み気味の言葉だったが、クラウドはその言葉に満足した。
その満足のお礼に、着直した白いシャツからひょこっと出たダークブラウンを、予告せずにくしゃくしゃと撫でる。


「なんっ……」
「柔らかいな」
「なんなんだ!」


ぱしん、と手を打ち払われた。

青灰色が不機嫌な色を灯して睨む。
クラウドは何も言わずに、払われた手を宙ぶらりんのまま、じっとそれを見詰め返す。

一秒、二秒、睨み合っていたのはそれ程長い時間ではない。
先にスコールが目を逸らし、ソファの背にかけていたジャケットを掴んで立ち上がる。
無言のまま、リビングを出て行くその背中は、機嫌急降下中である事を如実に語っていた。

クラウドはソファに座ったまま、その背を見詰めて言った。


「後で痛むようなら、俺に言え。また薬を塗ってやるから」
「断る。自分で出来る」


すかさず返って来た素っ気ない言葉に、クラウドはやれやれ、と肩を竦める。
直後、バタン!とらしくない(しかし年齢を思えば、らしいと言えばらしい自己主張の仕方である)荒々しい音でドアを開けて、彼はリビングを出て行った。

ドアを開けた時と同じ、締める時の大きな音の余韻が静かなリビングで木霊した。
クラウドはそれをぼんやりと聞いた後、一つ息を吐いて、ソファに寝転がる。

頭の後ろで組もうとした手を、ふ、と顔の前へ持って来る。
手当の為にグローブを外したその手は、ごつごつとしていて、皮膚も厚く、固い。
その手でつい先程、柔らかくて、さらさらしたものを撫でた。


(撫でるのは、駄目なのか)


近付く事には慣れた。
必要であれば、触れる事も許すようになった。

しかし、意味もなく触られるのは、まだまだ嫌いらしい。


(難しいな)


大分、近くなれたと思ったのに。
近付いたと思ったら、あっと言う間に遠くなる。
ちょっと機嫌を損ねるだけで、気位の高い獅子は直ぐにそっぽを向いてしまう。


(……まあ、焦らなくても)


躍起になって距離を縮めようとしなくても、最近は、彼の方から近付いて来る事も増えた。
今日の訓練だって、先に申し出て来たのは彼の方だ。

だから多分、あと少し。
あと少し、だと思うのだけれど。

これなら、と思って撫でてみたのが、ついさっきだったのだと思い出して、クラウドは溜息を吐いた。



クラスコなのかクラ→スコなのかクラ&スコなのか。
よく判りませんが、取り敢えず、うちのクラウドはスコールを可愛がりたいらしいです。