04.寒いの嫌い


ふる、と震えるのを見て、ティナはぱちりと瞬きを一つ。
その後で、洞穴の中に滑り込んだ冷たい風に、ティナ自身も身を震わせた。

現在、ティナとスコールは、唐突に降り出した雨から身を隠す為に、ぽっこりと空いていた洞穴の中にいる。
其処に留まっているのは二人だけで、それぞれと一緒に班行動をしていた筈の仲間達の姿はない。

ティナと一緒に行動していたルーネスとクラウドは、雨が降り出す前に起きた次元の歪みに巻き込まれた際、離れ離れになってしまった。
スコールの方も、ティナと同じ理由で、同行していたジタンとバッツの二人と逸れてしまったらしい。
森の中に一人で取り残されていたティナにとって、次元の歪みで運ばれてきたスコールと合流できたのは、不幸中の幸いだった。
しかし、仲間との合流にティナが喜んだのも束の間、直後にバケツを引っ繰り返すような雨が降り出してしまったのである。
スコールが近場に洞穴を見付けてくれたので、二人で其処に滑り込んだものの、雨脚は激しくなる一方で、ルーネス達を探しに行く事も出来ない。

こうした経緯により、ティナとスコールは二人きりで、薄暗い洞穴の中で時間が過ぎるのを待つ事になった。

洞穴の中は、二人が数メートル分の距離を保っていられる程には、奥行きがあった。
奥側にいるのはティナで、スコールは入口のすぐ傍に片膝を立てて座っている。
彼はじっと雨のカーテンを見詰めており、後方で蹲っているティナを振り返る事はなかった。

ティナは膝を抱えて蹲った格好で、じぃ、とスコールを見詰めていた。
彼の首元のファーは、濡れた所為で少し萎んでいて、いつものふわふわ感がない。
乾いたら元に戻るだろうか、と、ティナはよく遠目に眺めていたふわふわ感を懐かしみつつ、思う。

……そんな時、彼の体が小さく震えている事に気付いた。


(寒い、よね)


洞穴の中の空気は冷えていて、それは入口傍も奥も大差ないだろう。
しかし、入り口の方は風も入って来るし、風に流された天雫も入り込んでくる。

ティナは、膝を抱えていた自分の手を見た。
洞穴に入ったばかりの頃は、しっとりと濡れていた手や服袖が、乾き始めている。
けれども、スコールの方はと言えば、───遠くから眺めているだけだからはっきりとは判らないけれど───時折寒さを堪えるように身を震わせながら、濡れた髪を鬱陶しそうに掻き上げているばかり。

ティナは、一つ息を吐いてから立ち上がり、涙空を眺める少年の名前を呼んだ。


「スコール」
「………?」


青灰色が訝しむような気配を滲ませて振り返る。
その時には、ティナとスコールの距離は半分に縮まっていた。


「そこ、寒いでしょう。奥の方が、風、入って来ないよ」
「……いや、いい。大丈夫だ」


す、とスコールはティナから視線を外し、また雨空を眺め始める。
しかし彼の言葉に反し、黒の衣で隠した細身の体が、また小さく震える。

ティナはそんな仲間の反応に、どうしよう、と眉尻を下げる。
せめてもう少し奥に入ってくれたら、吹き込んでくる雨風だけでも凌げるのに、スコールは一向にその場から動こうとしない。


(えっと……)


大丈夫、と言われても、やっぱり震えているし。
なんともない、と言われても、ティナにはやはり放って置けない。

そんな調子で、どうしよう、と佇んで考えていたティナの耳に、


「───────ふっ……くしゅっ」


押し殺したようなくしゃみが聞こえて、ティナはきょとんとした。

耐えようとして、殺そうとして、失敗して出てしまった、そんな風のくしゃみ。
出したのは自分ではないから、と言う事は、


「………………」


ティナが落とした視線の先で、背中を向けたままの少年の耳が、ほんのりと赤くなっている。
思わず笑いそうになって、ティナは咄嗟に手で口を押えた。
多分、そうやって笑われる事を、この気難しい仲間はとても嫌っているだろうから。

だからティナは、わざとくしゃみをする。
くしゅん、と───とてもわざとらしくなってしまったけれど、ティナにはそれが精一杯の演技だった───くしゃみをすると、スコールが胡乱げな瞳で振り返り、


「……あんた、奥に入ってろよ」
「じゃあ、スコールも一緒に行こう?」


しゃがんで目線の高さを合わせて言ったティナに、今度はスコールがきょとんとする。
何言ってるんだ、あんた───と言葉以上に語る瞳を、ティナはじっと見つめ返して、ふわりと笑う。


「一緒の方が、寒くないよ」


そう言って、ティナはスコールの腕を引いた。

おい、と何かを言いかける低い声に聞こえない振りをして、ティナは洞穴の奥へ。
腕を絡めたスコールの服袖は、ティナの服とは反対に、しっとりと水分を含んで濡れたままになっている。
これで寒くない訳がない。

寒い、冷たい風が届かない場所まで、スコールの手を引いて、一緒に座る。
座っていても、少し高い位置にある少年の顔を見上げれば、スコールはしばらく此方を見下ろした後、諦めたように溜息を一つ。

その後で、繋いでいた手が、ほんの僅かに握り返されて。
ティナが少しだけ勇気を出して、肩を寄せてみると、想像していた拒絶はなく。
……それよりも寧ろ、心なしか安心したように、頑なっていた肩が緩んだのが判った。



あなたは、とても強いから、私が助けてあげられる事なんて、ないのかも知れないけど、

──────寄り添うことであなたの温もりが守れるなら、どうか。




スコールがティナに近付かなかったのは、やっぱり“女性”なので、気遣いとして。
でもティナがそれに気付く事もなく。
スコールも優しくされると、お姉ちゃんを思い出してちょっと甘えたりとか。

ティナとスコールは天然+天然だと思ってます。