05.たまには甘えてあげる


─────どうした、と問うても、何も返ってくる言葉がない。

スコールが言葉少なである事、極端に他者との接触を避けようとするのは、秩序の戦士達のみならず、この闘争の世界に存在する戦士達の全員に知られている事だろう。
元々が、他人に対して距離を置く人物であるようだし、どうも喋る事自体に積極的ではない節もある。
クリスタルを探す道程で一緒になったと言う、バッツとジタンに言わせれば、「極度の口下手と人見知り」らしい。
賑やかで素直な仲間二人に挟まれたお陰か、最初の頃に比べれば、スコールも大分、仲間達に対して心を開いて来た。
特に、元の世界の文明レベルの関係で話題が合い易く、且つ必要以上に賑やかになる事がないクラウドに対しては、かなり懐いてくれている。
とは言っても、ティーダのようにじゃれついて来るような間柄ではなく、あんたは静かだから楽だ、とスコールが認識しているのが正確な表現である。

………だから、スコールがこうやって───クラウドの背中に、自分の背中をぴったりと寄せて、寄り掛かっていると言うのは、前代未聞の珍事であった。
それも、いつ誰が戻って来て、この状況を見られるのか判らないような、リビングの絨毯の上で。


「おい、スコール」


説明を求めて名を呼んでみるが、反応はない。
寧ろ、その説明を求める声すらも拒否するように、ぐ、と背中がより一層寄り掛かって来る。
全体重を預けられているようにも思えたが、それにしては軽いような気もする。


(疲れているのか?)


背中にかかる重みと体温と、首をくすぐるファーの感触を感じつつ、クラウドは思う。

バッツやジタンと仲が良いとは言え、彼は元々、喧騒よりも静寂を好む性質だから、賑やか組について行くのは中々疲れる事らしい。
そうして振り回される疲労とストレスが限界になって来た頃、クラウドの下を避難所と定めてやって来る。
しかし、その際、スコールがこのような行動を取った事は、未だ嘗てなかった。

こんな状態の所をバッツやジタンに見られたら、何を言われるか。

妙にスコールの事を気に入っているらしい二人は、時折、スコールの保護者を意識しているような言動を取る。
その割に、本人の前では只管賑やかで、スコールの方が保護者のように見えてしまい勝ちである。
だが、よくよく見ていると、二人がスコールの様子をそれとなく伺い、読んで、彼の手を引っ張っている事がクラウドには判った。
だから、常と違う様子のスコールを彼らが見たら、この状況を鑑みた場合、間違いなく矛先はクラウドへと向けられる。
謂れもない責めを受けるのは、クラウドとて本意ではないし、スコールの様子が心配なのは同じ気持ちだ。

ともかく、彼らが此処にやって来るまでに、スコールのこの行動の真意だけでも確かめておきたい。


「スコール」


肩越しにもう一度名前を呼ぶと、また背中が寄り掛かって来る。

……一切の質問を拒否されているように思えるのは、恐らく、気の所為ではないのだろう。
しかし、其処にあるのが単純な拒絶であるようにも思えなくて、クラウドは片眉を潜める。


「何かあったのか?」
「……何も」


僅かな間を置いて返された言葉に、何もって事はないだろう、とクラウドは胸中で呟いた。

ぐっ、とまた背中が寄り掛かる。
緊張していないクラウドの身体が、気持ち前傾姿勢になった。


(なんだ、一体)


詳細の判らないものというのは、なんとも、居心地の悪いものである。
しかし、その正体そのものである人物は、詳細の説明の一切を拒否している。

素直な性格のティーダやフリオニールと違い、スコールは、問い詰められると更に頑なになる性格をしている。
常が“言いたいことの十分の一”を喋っているとしたら、追い詰められた時は“言いたいことの五十分の一”位しか喋らなくなってしまう。
だから、スコールに対して物事の質問を投げかける時は、此方側───問う側───の態度が重要だ。

さて、何処から、何から質問しよう、と思っていた矢先。


(ん、)


こつん、とクラウドの後頭部に何かが当てられて、乗った。
首の後ろに、ファーが増える感覚と一緒に、さらさらとした柔らかな髪先が触れている。
それを受けて、ああスコールの頭か、と理解した。


「………………」


もぞ、とスコールが身動ぎする。
落ち着かない、そんな風にも受け止められる身動ぎであったが、スコールはまだ離れようとはしなかった。

一体、何なのだろう。
そんな思いで、クラウドが息一つ吐くと、それは溜息交じりになって零れ出した。

途端、すっと背中の重みが離れる。


「スコール?」


何故寄り掛かっていたのかも判らなかったが、突然離れた理由もまた、判らなかった。
自分が何かしただろうかと(何もしていないのは確かであったが)思って、クラウドが後ろを振り返ると、スコールはクラウドの背に乗せていた背中を丸め、縮こまっていて、


「……悪かった。妙なことして」


唐突な謝罪の意味を、クラウドは理解できなかった。

謝られるような事など、された覚えはない。
ないが、スコールの言葉の原因が、先の彼自身の行動────クラウドの背に寄り掛かっていたと言う状況を示している事は判った。


「いや、構わない」
「………」


本当に?と問うように見つめる青灰色に、クラウドは出来るだけ眦を和らげるように努めた。
出来ているかは判らなかったが、スコールの眼が心なしか安堵したように綻んだのを見て、クラウドもほっとする。


「それで……どうして急に、あんな事して来たんだ?」


嫌なら言わなくても構わない、と付け足せば、スコールは俯いた。
言おうか言うまいか、言うとすれば何から言えば良いのか、ぐるぐると考えているのであろう事が見て取れる。

─────一分か、二分か、クラウドは気長に待った。

そうして、そこそこ長かったと思われる程度の沈黙の後、


「……あんたが、」


スコールが口を開いて、小さな小さな声がクラウドの耳に届く。
青灰色は碧眼から逸らされていて、もう此方を向いてくれそうにない。

クラウドは、じっとスコールの横顔を見詰めていた。
彼の口元はファーに埋まって見えないが、ダークブラウンの髪から覗く耳元は、ほんのりと赤い。
釣られるように、彼の頬もほんのりと赤く染まって見えるのは、気の所為だろうか。


「あんたが、前に、」
「……ああ」
「少しは周りに、背中を預けてみろって、言ったから」


だから、やってみた。

─────噴き出しそうになったのを堪えるのに、クラウドはしばし必死になっていた。
寄り掛かれって、そういう意味ではないだろう。
この世界で生きていく術として、戦う手段として、誰かに背中を預けてみろと言っただけで、何も言葉そのものの意味ではない。

どうしてこの少年は、頭が良いのに、時々、こうも天然なのだろうか。
他者とのコミュニケーションへの極端な経験不足の結果を垣間見たような気がして、クラウドは眉尻を下げる。


「そうか」
「………」
「それで、どうだった?」


感想について訊ねてみると、スコールは眉根を寄せた。
しばし思案するように沈黙した後、青灰色がクラウドへと向けられ、


「……落ち着かない」
「最初だけだ、そんなもの」


そう言うと、スコールが益々眉間の皺を深くする。
それに構わず、クラウドはスコールに背中を向けた────差し出すようにして。

とす、と背中に寄り掛かる、体温。



感じる少しのぎこちなさが、いつか解けてくれれば良いと思う。




スコールって素直に甘えられないと思うんだ。
「甘えていいぞ」って言われても、甘え方が判らなくなっちゃってるし、甘える事そのもの(引いてはその後の別離)に恐怖感を持ってるような。
だから自分から誰かに甘えようとしたら、「…よし、」みたいな変な気構えしてから、変な甘え方しそう。

誰に甘えさせるか迷った末、スコールの好きにさせてくれそうなクラウドになりました。
相変わらずクラスコなのかクラ&スコなのか判らないけど、やっぱりうちのクラウドは、スコールをとにかく可愛がりたいらしいです。