01.目を見て話す


「スコール、こっち向くっスよー」


間延びした声でティーダがスコールを呼ぶが、スコールからの反応はない。

スコールは手元のガンブレードにじっと視線を落としており、朝布で銀刃を丹念に拭いている。
戦う事を生業とする傭兵にとって、武器の手入れは非常に大切なものだ。
しかし、ティーダはそんな事には構わず、スコールの肩を掴んでゆらゆさと揺すり始めた。


「スコールってばー!」


ただでさえ声が大きなティーダが、ボリュームを上げて声を出せば、その声は周囲へ広く響き渡る。
お陰で声を聞き取った仲間達が集まり始めたのを見て、スコールは判り易く眉間に皺を寄せた。

スコールの名を繰り返し呼ぶティーダと、揺さぶられ続け、それを無視し続けるスコールと言う組み合わせに、集まった仲間達は何事?と首を傾げる。
しばらく様子を見ていた一同だったが、状態は膠着し、動きそうにない事を察して、先ずフリオニールがティーダに声をかけた。


「どうしたんだ?ティーダ」
「スコールがこっち見ないんスよ」


それは、武器の手入れをしているからではないだろうか。

武器の手入れをしている時、余所見をするのは非常に危険な行為である。
魔力増幅の杖や宝玉を磨いている時ならともかく、刃物の類は、ちょっと目を離した所為で流血沙汰になる可能性がある。
ティーダもそれが判らない訳ではないだろうに、どうしてこんなタイミングでスコールに声をかけたのだろう、とフリオニールは眉尻を下げて思う。

取り敢えず、今は邪魔するなよ、とフリオニールが言おうとした時、ティーダの手が徐に伸びて、ガンブレードを磨く麻布を鷲掴みした。
当然、スコールから不機嫌と判る低い音が発せられた。


「……返せ」
「嫌っス。って言うか、もう磨かなくていいだろ。十分綺麗になってんじゃん」
「いいから返せ。止める時は、俺のタイミングで止める」


言って、スコールが掌を表替えしてティーダに差し出す。
言葉通り、返せ、の意であった。

しかしティーダはつんとそっぽを向いてしまい、スコールが顔を上げて、そんなティーダを睨み付けた。


「何がしたいんだ、あんた」
「スコールとちゃんと話がしたいだけっス。なのにスコールがそんな態度するから」


そんなってどんなだよ、とスコールが苛々とした空気を醸し出すが、ティーダも負けず劣らず不機嫌だ。
剣呑とした空気を滲ませる二人に、間に挟まれたような形で、フリオニールがおろおろと二人を交互に見る。

またしても膠着状態になりそうだと、察して真っ先に動き出したのはジタンとバッツだった。
早足で三人の下に近付いて、スコールとティーダの間に割り入った。


「スコール、どうしたぁ?」
「ティーダも何かあったのか?」


バッツがスコールに、ジタンがティーダに話しかけると、スコールが座している所為で頭上に位置していたバッツの顔を見上げた。
栗色と青灰色が重なって、「ん?」とバッツが促すように首を傾げてみせると、スコールは小さな声で「よく判らない」と呟いた。

となると、原因はこっちか、と思ってジタンが改めてティーダを見ると、ティーダは横目で伺うようにスコールをちらちらと見ていた。
スコールはバッツから何をしたのか、何か思い当る節はないかと聞かれて、首を傾げている。
それをティーダは、唇を尖らせて、完全に拗ねた表情で見ているのだ。


「どうかしたか?ティーダ」
「スコールに何か用でもあったのか?」


ジタンとフリオニールに問われて、ティーダはむぅと口を真一文字に噤んだ。

海とよく似た青の瞳が、またスコールへと向けられる。
その時、丁度バッツがティーダを指差していて、スコールが倣うように此方を向き、ばちり、と二人の視線が真正面から交差した。
しかし、スコールはすぐに目を逸らし、手元のガンブレードに視線を落とした。
その様子を見たティーダが眉を吊り上げ、スコールから奪ったまま手に持っていた麻布を力一杯握り締め、


「だからあ!なんでそうやって直ぐに目逸らすんスか!」
「しつこい。あんたの方こそ、なんでそんな事でしつこく絡んでくるんだ」
「だって!」


ティーダは、駄々をこねる子供のように両手の拳を握って叫んだ。


「人と話する時は、ちゃんと目を見て話せって言われただろ!」


平時、スコールと目を合わせると言うのは、非常に難しい。
彼は基本的に、他者と目を合わせる事は愚か、顔を突き合わせる事すら避ける。
人嫌いである彼の気質を思えば、そんなものだろうな、と思えなくもない。

けれども、何があっても人と目を合わせない、と言う訳ではない。
視野が広く、頭の良い彼は、仲間と連携し、己と仲間の力をどうすれば最大限活かす事が出来るのかも知っている。
悠長に会話などしている暇がない戦闘中、彼はアイコンタクトを初めとして、会話なしで仲間とコミュニケーションを取る術を心得ていた。
戦闘中ならば、青灰色と交えるのは難しい話ではなかった。

─────だから、問題となるのは平時の事。
そして今現在、特に戦闘の気配もない今は、れきとした“平時”である。


「話しかけてもこっち向かないし、そんなだから聞いてるか聞いてないか判んないし!」
「聞いてる。返事はしただろ。それじゃ不満なのか」
「不満っス!俺はちゃんとスコールの顔見て話したいんだよ。そんで、スコールをもっとちゃんと知りたいんだ。折角仲間になったんだから、色んな事話したいんだよ」


だから、こっちを見て欲しい。

真っ直ぐにそう言ったティーダに、スコールが伏せていた顔を上げる。
いつも不機嫌そうに潜められている眉間の皺は、心なしか解けていて、見上げる面の印象がいつもよりも幼い。
ティーダはそれをじっと見詰めていて、射抜く青と、揺れる蒼とが重なって、


「……………、」
「だから、なんで直ぐ目逸らすんスかぁ!」


不満げに叫ぶティーダだったが、スコールはもうティーダの言葉には反応しなかった。
完全にティーダに背中を向けると、徐に立ち上がり、ガンブレードも粒子に戻して、足早にその場から離れていく。
直ぐにティーダが後を追い駆け、フリオニールが更にそれを追って行った。

現場に取り残された形となったのは、ジタンとバッツと、遠巻きに様子を眺めていた他の仲間達。
殆どの面々が、結局何が原因だったのだろう、と首をかしげる中、ジタンとバッツは顔を見合わせると、どちらともなく肩を竦めた。



立ち去る不機嫌な少年が、人の顔なんて見れない程に赤くなっていた事は、二人だけの秘密である。




スコールは、大事な話をする時(F.H.で駅長を説得する時とか、最終作戦会議後とか)なら、相手を真っ直ぐ見れると思う。
それ以外は「見透かされているようで嫌」って感じ。

「人の目を見て…」の辺りは、ティーダはアーロンに、スコールはママ先生に言われたものと思われます。