02.あだ名で呼ぶ


「妖精さんって、なんだ?」


─────前触れもなく問われて、思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しかけた。
結局、其処までの参事にはならなかったものの、喉を通していた最中だった液体が食道器官を外れかけて、盛大に咽る。
げほげほと咳き込むスコールの背を、咽させた張本人の背が撫でた。

一分弱を咽続け、ようやく呼吸が落ち着いた頃、スコールはじろりと隣の金髪男────クラウド・ストライフを睨み付けた。


「何処から聞いた……!?」
「そういう反応をする位には、自覚のある呼び名なんだな」


スコールの問いを無視する形で、クラウドが呟くと、その言葉の意味───“妖精さん”が自分を指している言葉である事───を半ば認めた反応をしてしまった事に気付いて、白い頬が林檎と見間違う程に赤くなる。


「い、や……別に、そんな、のじゃ……」
「随分可愛いあだ名なんだな」
「あだ名じゃない!!と言うか、俺は知らない!そんな呼び名!」
「そうなのか?」
「と言うか、あんた、何処でそんなの聞いたんだ!」


常の冷静さは何処へやら、胸倉を掴んで問い詰めて来るスコールに、クラウドは表情を変えずに説明した。

時間にしてつい数十分前の事である。
ホームである聖域に建てられた屋敷の外で曲芸紛いの遊びをしていたジタンとバッツが、スコールも誘おうと思い立ち、朝から部屋の虫になっているスコールの下へと向かった。
賑やか組の襲撃を警戒していたのだろうスコールは、きちんと部屋のドアに鍵をかけていたのだが、盗賊であるジタンの前では大した意味はない。
難無く鍵を開けて侵入を果たした二人は、ベッドに転がっていたスコールに飛び付き、遊ぼう遊ぼうと騒ぎ立てた。
しばらくは無視していたスコールだったが、二人が「妖精さん」と言い出したのを皮切りに、白旗を上げる事となった。
クラウドはその時、偶然自分の部屋にいて、二人の賑やかな声が其処まで届いて来た────と言う訳だ。

クラウドが淡々とマイペースに説明を続けて行く間に、スコールの顔は益々赤くなって行く。
頭に水を落としたら一気に沸騰するのではないか、と思う程に。


「悪いな、盗み聞きみたいになって。あの二人の声があんまり大きかったから」


あくまで不可抗力だと言うクラウドだったが、そんな事はスコールには関係ない。
赤い顔で、ぱくぱくと口を開閉させるスコールに、そんなに恥ずかしいのか、と思ってから、それもそうか、と直ぐに思い直す。

“妖精さん”等と言う可愛らしい呼び名で呼ばれて、笑顔で答えられる男など、ごく少数だろう。
フリオニールもティーダから“のばら”なるあだ名を付けられて、呼ばれる度に赤い顔をしている。
それらの呼び名を指すのがティナであるならば、聞く側も可愛らしく思えて微笑ましいのだが、生憎、呼ばれているのはどちらも男である。
呼ぶ側(この場合は聞いた側だろうか)の違和感も、呼ばれる側の抵抗感も一入だ。

クラウドの胸倉を掴んでいた、スコールの手から力が抜ける。
がっくりと、脱力して椅子に凭れるスコールに、クラウドは胸元の服の弛みを直して、改めて問い直す。


「妖精さんって、何処から来たんだ?フリオニールみたいに妖精を連れてたとか?」
「なんでそんな突飛な発想が出て来るんだ……」
「あんたと妖精って言葉が連想出来ないからな。それはフリオニールもそうだったから、……同じ理由で呼ばれるようになったんじゃないかと思ったんだが。違うのか」
「違う。……と言うか、なんであいつらがあんな呼び方するのかなんて、俺だって知らないんだ。あの二人が勝手に呼んでるだけだ」


眉間に深い皺を寄せ、額の傷に手を当てて溜息を吐くスコールを見て、あの呼び名が彼にとって、不本意極まりない者である事はクラウドにも理解できた。
そんなスコールの気持ちを、彼に何かと構い付けるジタンとバッツが気付かない由もないのだろうが、だからと言って彼らが呼び方を止める事はするまい。
寧ろ、「これで呼べばスコールは自分達に構ってくれる」と覚えているに違いない。

クラウドは、眉間に深い皺を刻むスコールを見詰めて、小さく笑みを浮かべた。


「“妖精さん”なんて、随分可愛い呼び名だな。どういう発想で行き付いたんだか」
「…俺が知るか。あいつらの考えてる事なんて。どうせ俺に嫌がらせのつもりでつけたんだろう」
「そうかな。俺は、そうは思わないが」


クラウドの言葉に、スコールが顔を上げる。
言っている意味が判らない、と首を傾げる仕草が、クラウドにはとても幼い仕草に見えて、


「意外と似合ってるかも知れないぞ、妖精さん?」


ダークブラウンの髪をくしゃりと撫でて言ってやれば、きょとんとした青灰色がクラウドを見詰める。
それから随分の間を置いてから、白い頬がまた赤く染まって行き、


「あんたまで俺を揶揄うのか!」
「別に揶揄ってなんかいない。本当にそう思っただけだ」
「やっぱり揶揄ってるだろう!」


眦を吊り上げて怒鳴るスコールに、落ち付け、と両肩を叩いて宥めてやる。
興奮し過ぎて何を言えば良いのか判らなくなったのか、スコールはふー、ふー、と肩で荒い息をして無言でクラウドを睨み続けた。

じっと睨む、澄んだ蒼灰色を見詰めて、クラウドは小さく笑みを浮かべ、


「怒るなよ、妖精さん。綺麗な顔が台無しだぞ?」
「……!!!」


我慢の限界に達したのだろう。
ぶんっと勢いよく振られた拳を、クラウドは素早く避けたが、すかさず足払いを駆けられて床に転がされる。
見事に上下逆さまになって転んだ所為で、クラウドは盛大に後頭部を打ち付ける事となった。

強かにぶつけた頭を摩っている間に、ガッ、ゴッ、とスコールの靴が硬い音を慣らして遠退いて行く。
クラウドが身を起こすと、スコールは扉を開けた所で振り返り、


「人前でその呼び方をしたら、ただじゃ置かないからな」


射殺さんばかりに睨んで言い捨てると、バァン!と怒りを示すかのような騒音と共に扉を閉めた。

一人残されたクラウドは、床の上で胡坐をかいた格好で、スコールが出て行った扉を見詰め、


「─────じゃあ、人前でなければ呼んでも良い訳だ」


本人がこの場に戻って来ていれば、そんな訳があるかと怒鳴った所なのだろうが、彼が戻ってくる様子はない。
だから、クラウドの都合の良過ぎる解釈を咎める者もいない。



今晩あたり、二人きりになったら呼んでみようか。
真っ赤になって怒る様子が鮮やかに想像出来て、きっとその通りになるのだろうと、クラウドは笑みを深めた。





クラスコです。多分。相変わらずらしくないクラスコで申し訳ない。

スコールのあだ名と言えば「妖精さん」でしょう、やっぱり。
でも17歳の男の子捕まえて「妖精さん」って、スコールじゃなくても恥ずかしいよね。呼ぶけど。

他にも「スー」とか「スコたん」とか可愛い響きで呼ばれて真っ赤になってたら可愛いなw