03.大きな声を出す


怖がらせたい訳ではない。
けれど、これ以上待つ事も、耐える事も、出来ない。

だから、背一杯の大きな声で、拒絶して欲しいと願った。
傷付けない為に。



自分の体の下に組み敷いた、自分とよく似た面立ちの、少年。

身長ばかりはよく伸びているけれど、体つきは細く華奢で、とてもではないが“戦士”と呼ぶには不釣り合いだ。
それを補うように、ジャンクションと言う形で一種のドーピングが当たり前に受け入れられている事を、レオンは知っている。
当然、それだけに頼らないように、少年が日々の鍛練を怠っていない事も十分承知しているが、どうやら彼は生まれ持って体格には恵まれなかったようで、筋肉もあまりつかない体質のようだった。
幼い頃、正反対に体格に恵まれたレオンを見ては、羨ましそうに「こんな風になれる?」と言っていたのを、レオンはぼんやりと思い出す。
その度、きっとなれると言って頭を撫でてやったけれど、この調子だと、少年がレオンと同じ体格になるのは、無理がありそうだ。

その薄い筋肉の上に、そっと手を滑らせる。
手袋越しなので、レオンが直接彼の肌の感触を知る事は出来なかったが、少年にとっては手でも手袋でも関係ない。
胸の上をゆっくりと撫でられる、その感触に、強張っていた薄い肩がふるりと震えた。


「……レ、オン、……」


レオンを見詰める青灰色に、怯えの光が滲んでいる事に、レオンは気付いていた。

触れる事も、触れられる事も、この少年は苦手としている。
あの何処までも冷たくて残酷で、優しい振りだけをする世界で、一人ぼっちになってしまって以来、この少年は他者との繋がりに恐怖を覚えるようになってしまった。
そんな想いをさせないように、ずっと自分が手を繋いでいようと決めていたのに、気付いた時にはこの大切な少年の事が頭から抜け落ちてしまっていて、再会した時には、寂しがり屋の子供は怖がりの少年になってしまっていた。

少年は、手を繋いでくれる誰かを探し求めながら、差し伸べられた手が振り払われる恐怖に怯えている。
そんな脆くて儚い心を持った少年を、レオンは今、組み敷いている。


「……声を、」


唇が触れそうな程に近い距離で、レオンは言った。


「声を、出せ。嫌なら、叫べ」


そうしたら放す。
そうしたら離れる。

少年の腕は、彼の頭上でひとまとめにして、レオンの片手で押さえ付けられていた。
背中を地面に押し付けられ、割り開かれた足の間にレオンの躯がある。
少年がじたばたと足を暴れさせても大した効果はなく、掴まれた腕を振り解こうにも、抑える力に反抗できるほど、少年は筋量がない。

――――――だから、少年に残された抵抗手段は、声を上げる事。
近く遠くに霞む仲間を呼んで、助けを求める事。


「………声を」


出してくれ、とレオンは思った。
そうすればきっと止められる。
寂しがり屋で怖がりの少年を、傷付けなくて済む。

怖がらせたい訳でも、傷付けたい訳でも、いつまでも消えない不安を抱かせたい訳でもない。
ただ安らぎを与えてやりたいだけなのに、自分のしている行動は真逆のものでしかなかった。
いや、きっとこの方法が間違っている訳ではないのだろう、寂しがり屋の子供を慰めるには、温もりを分け与えるのが一番だ。
けれどこの少年は、その先の、温もりが途絶える事を恐れているから、温もりを与えれば与えるだけ、それが恐怖となって残ってしまうのだろう。

この場限りの温もりなんて、少年の幼い頃の傷の上に、同じ形の新しい傷をつけるだけだと、判っているのに。
自分の行動が、感情が、止められなくて、レオンは泣きたくなった。



「声を」



声を出せ。
出してくれ。
お前の仲間に聞こえる位、大きな声を。

お前を傷付けて、鎖で繋いで、閉じ込めてしまう前に、早く。
大きな声を上げて、拒絶してくれたら、きっとこれ以上、今以上に傷つける事はない筈だから。




「  レ  オ  ン  」




―――――――小さな小さな声が零れたのを聞いて、レオンは少年の唇を塞ぐ。

誰かが遠くで、少年の名を呼んでいたけれど、少年がその声に答える事はなかった。





大きな声で助けを呼ぶのも、大きな声で相手を呼ぶのも出来なくて。
精一杯の小さな声で、一番求めているものの名前を綴る。

レオスコです。御礼なのに自趣味に走りまくってすみません。