04.人前で泣く


クリスタルを入手してから、欠けていた記憶がふとした時に蘇ってくる事が増えた。
それは何某かの切っ掛けがあっての事であったり、前触れもなく頭の中に浮かんでくる単語から、連想するように記憶の枝葉が揺さぶられるようなものであったり。

─────そうして思い出される記憶は、決して、思い出したいものばかりではなく。


「スコール?」


自分達の後ろをついて歩いていた仲間が立ち止まった気配に、ジタンとバッツも足を止める。
何か感じた事でもあるのだろうかと、振り返ってみると、彼は額の傷に手を当てて俯いて立ち尽くしていた。
手の陰から覗いた彼の薄い唇が、苦しげに真一文字に紡がれているのを見て、ジタンとバッツは顔を見合わせる。


「おい、スコール」
「どうかしたのか?」


駆け寄って黒衣の少年の顔を覗き込む。
大丈夫か、とバッツがダークブラウンの髪に触れようとして、掠める直前でその手が止まる。

黒の皮手袋がスコールの顔から離れ、白い頬を滔々と流れる透明な滴に、ジタンとバッツは目を奪われた。
止め処なく流れるそれは、まるで彼の押しとどめた心の有様を、言葉の代わりに吐露しているかのよう。
しかしスコールは、そんな自分に気付いていないのか、覗き込む二人の視線に気付いて「ああ、悪い」と言った。
まるで何事もないかのように。


「悪い。少し眩暈がしただけだ」
「……それだけか?」


ジタンの問う言葉に、スコールが「何がだ?」と首を傾げる。
そんなスコールの顔にバッツの手が伸びて、頬を伝う雫を拭う。
そうしてようやく、スコールは自分が“泣いている”事を知った。


「……あ…?」
「どっか痛いのか?」
「さっきの戦闘で怪我したとか」
「い、や……」


スコールは、ぼんやりとした表情のまま、自身の頬を伝う雫を皮の指先で拭う。
しかし、雫は後から後から溢れ出し、スコールが何度拭っても、止まる様子はなかった。


「大丈夫か?スコール」
「あ、ああ…悪い、なんでもない。目にゴミが入っただけだ」
「そうは見えないんだけど……取り敢えず、その辺で休もうぜ」
「いい。構うな」
「駄目だって。ほら、こっちに来いよ」


バッツがスコールの手を引いて、手近な木へと誘導させ、その根元に座らせる。
ジタンがハンカチを取り出して差し出すが、必要ない、とスコールは首を横に振った。
しかし涙は相変わらず流れ続け、スコールの白い頬を濡らし、青灰色の瞳を薄膜で覆って隠している。

ジタンとバッツがスコールを間に挟む形で腰を下ろすと、彼は立てた肩膝に額を乗せて、顔を伏せてしまった。
バッツがそんな彼の顔をまた覗き込もうとするので、ジタンは腕を伸ばして彼の顔を押し退ける。


「…もう、いいから。あんた達、先に行け」


俯いたまま、スコールが言った。
ジタンとバッツは顔を見合わせ、小さく息を吐く。


「そう言う訳にもいかないって。この辺、トラップみたいなの多いみたいだし」
「オレとバッツだけじゃ、直ぐ引っ掛かりそうだからなぁ」
「またウォルとかセシルに叱られたくないからさ。スコールがいてくれないと困るんだ」


そう言って、バッツがスコールの後ろ髪を指先で遊び、ジタンの尻尾がスコールの腰に先端を押し付ける。
いつものように遠慮なく抱き着いて来る訳でも、賑やかにするでもない二人から隠れるように、スコールは背中を丸めた。

いいから行ってくれ、とスコールが言った。
ジタンとバッツは何も言わず、指先や尻尾でスコールをあやすように撫でるばかり。
時折耳の裏側や、手袋とジャケットの裾の隙間に指や毛先が触れて、くすぐったさを感じて震える。
けれども、それらの感覚は、決して不快なものではなくて。




子供のように泣く自分を、見られたくなくて、早く何処かに行って欲しいと思うのに。
遠い遠い、埋もれた記憶の中で、誰かにずっと、こうして触れて貰うのを待っていた事があったような。

そんな気がしたら、触れる温もりを振り払えなくて、益々涙が溢れて来た。





泣いてる所を見られたくないのに、こんな時だけ走り出さないジタンとバッツ。
大丈夫、大丈夫、って無言で優しく撫でられたら、案外甘えん坊で寂しがり屋なスコールは拒否できないと思う。