05.告白してみる


素直な気持ちを相手に伝えれば良い、とは、どうすれば良い事を差すのだろうか。

自分の気持ちを理解できるのは、自分しかいない。
いや、自分自身でさえも、自分自身の気持ち・感情・思考を正しく理解する事は難しい。
刻一刻、一秒一瞬であらゆる方向へと変化する自分の感情を、全て認識し、把握し、理解する事など先ず出来ない。
それなのに、他人に自分の気持ちを正しく伝えられる方法など、ある訳がない。

大体、人の感情と言うものは、限られた言葉で括れるものではないのだ。
AとBとCが入り交じっているものだからと言って、AとBとCをそれぞれ明確に説明できる言葉があるかと言うとそうではないだろうし、入り交じっている事で変質してDやEと言った感情も生まれているし、またAとDだとか、BとEだとか、或いはCとDとEとプラスアルファだとかで、とにかく酷く面倒で厄介で、括れないのが人間の感情と言うものだ。
テンプレート的な枠組みで括れないものを、どうやって人に正確に説明できようか。
挙句、その連ねた言葉を、相手が自分と同じ思考順序で読み取ってくれるかも判らない。

……と、延々と連なるスコールの思考を、目の前の仲間達は知らない。


「おーい、スコール」
「固まっちゃってるな」
「まぁ仕方ないかぁ。いつも上位だったし」
「そうだな……」


最近、秩序の戦士達の間では、賭けトランプが流行っている。
戦闘もしないで何をしているのかと言われそうだが、戦場であるからこそ、息抜きは必要だ────と言ってウォーリア・オブ・ライトを黙らせたのはジタンとバッツの二人だ。
最初は“賭け”に余り良い顔をしなかったウォーリアだったが、金銭を賭ける訳ではないと聞くと、意外とすんなりと了承した。
では何を賭けるのかと言うと、“ビリになったら○○”と言う罰ゲーム執行を賭けてのトランプゲームであった。

そのトランプゲームで、スコールが最下位になった。
勝負していたのは、ジタン・バッツ・ティーダ・クラウドの四名で、他のメンバーはその様子をのんびりと傍観しているのだが、この結果には皆揃って驚いた。
スコールのカードゲームの強さは定評があり、彼の世界で流行していると言う『トリプル・トライアド』は当然として、ジタンの世界の『クアッドミスト』もあっと言う間に腕を上げ、二位・三位常連となっている。
そんな彼がなんと最下位。
青天の霹靂だと、誰かが呟いた。

─────と、此処までが本日の今までの経緯。
これに並び、昨今仲間達の間で流行っている“賭けトランプ”の事情が重なると、


「って訳で、スコールが罰ゲームけってーい!」
「やっほーい!」
「いえーい!」


嬉々として宣言するバッツを殴りたい。
その隣でやんややんやと囃し立てるジタンとティーダも殴りたい。
「いえーい」と低いテンションでティーダの真似をして、拍手をするクラウドも殴りたい。


「さあ、スコール!」
「ビリになったんだから!」
「罰ゲーム!」


ずいっと顔を近付けてきた三人は、三対の瞳をこれでもかと言わんばかりに輝かせている。
じり、と逃げを打つように交代したスコールだったが、がしっとバッツの手が両肩を掴んだ。
細い割にクラウドに次ぐ怪力を誇る彼の力に、スコールは顔を顰めたが、バッツはお構いなしである。
寧ろ逃がしてなるかとばかりに、強く引き止められてしまう。


「……放せ」
「駄目だって。スコール、放したら逃げるつもりだろ」
「そうは行かないぜ!」
「罰ゲーム拒否なんて、なしなし!空気読むっスよ」
「そういう事だ。観念しろ、スコール」


ずいずいずいずい。
近い、顔が近い。

迫る四つの顔に、スコールは眉間の皺を深くする。
寄ってるっスー、と暢気に眉間を指で押すティーダに、スコールの苛立ちが募る。
空気読めって、お前にだけは言われたくない、とスコールは胸中で毒吐いた。

ダイニングテーブルでのんびりと紅茶を飲んでいたセシルが、盛り上がるメンバーに向かって尋ねた。


「罰ゲームって、今日は何をするんだい?」


賭けトランプの罰ゲームは、毎日毎回変わっている。
決めるのは集まったメンバーがノリと勢いで考えるので、集まったメンバーによっては、非情に性質の悪い罰ゲームが決定される事があった。

今のスコールにとって、正しく今日の罰ゲームは“性質の悪い”部類に入る。
だからこそ、絶対に最下位にはなるまいと、常以上にカード選びに慎重を期していたと言うのに、この結果。
一体何処で何を間違った、とスコールは今日のゲームを振り返るが、周囲はそんな事などお構いなしに暢気で陽気で、


「今日の!」
「罰ゲームは!」
「俺達みーんなの好きなトコ、一個ずつ発表する!」
「……と言う事だ。さあスコール」
「さあじゃない!」


先ずは俺からだ、とでも言うように、クラウドがずいっと前に出た。
その顔面を掌で押し退けて、スコールは迫る四人を睨み付ける。


「誰がそんなこと…!」
「罰ゲームは絶対っスよ!」
「俺だって昨日は罰ゲームをやったんだからな」
「骨太の乙女、笑ったなー」
「蒸し返すな、バッツ」
「自分で言ったんだろ。ほら、クラウドもやったんだし。今日はスコール、お前の番だぜ」
「逃がさないからな」


ぎゃんぎゃんと騒ぐ面々を眺めながら、セシルはフリオニールやルーネスを顔を見合わせて苦笑した。
成程、そんな罰ゲームなら、スコールが全力で嫌がる訳だ、と。
だが、嫌がっている彼には悪いが、この罰ゲームにはセシル達も興味がある。
普段は殆ど素っ気ない態度しか見せない獅子が、仲間達の事をどんな風に思っているのか。
気になっているものだから、いつもなら宥めに行くセシルやフリオニールも傍観し、賑やか組の暴走を止める役目である筈のクラウドも一緒にノっているのだろう。

しかし、スコールの方も頑固である。
クラウドとバッツの二人がかかりで押さえ付けられて逃げ場を失い、ジタンとティーダからは「早く早く」と急かされているが、彼は口を真一文字に噤んでしまった。
黙りっこはなしだとティーダが抗議しているが、彼は貝のように口を閉ざしている。
このまま周囲が諦めるまで耐えるつもりのようだが、


「私、聞きたいなぁ」


賑やかな声の隙間に、柔らかい鈴の音のような声が滑り込んだ。
煩いくらいに騒いでいた面々が静まり返り、声をした方を見れば、きらきらと、バッツ・ジタン・ティーダ・クラウドに負けず劣らず瞳を輝かせているティナがいる。

すぐさまジタンが食い付いた。


「このおおお!ティナちゃんに愛の告白が出来るなんて!オレと代われよスコール!」
「そんな罰ゲームじゃないだろう!代わりたいなら好きにしろ!」
「いやそれとこれとは別で。ほら、好きなトコ早く言えよ」
「断る……!」
「だから断っちゃ駄目だって。拒否権なしって言っただろ?」
「俺の罰ゲームと比べてみろ。余程良心的だぞ」
「ほらほら、スコールぅ。皆待ってるぜ〜」


にやにやと笑うバッツを殴りたい。
さあ!さあ!と近付いて来るジタンとティーダを殴りたい。
無表情なのに何処かわくわくとしているクラウドを殴りたい。

そんな彼らの向こうで、にこにこと楽しそうに此方を眺めているのが、セシルとフリオニールだ。
騒がしい年上達に、呆れた表情をしつつも、時折気になるな、と言う目で此方を見るのは、ルーネスだった。
モーグリのぬいぐるみを抱き締めて、真っ直ぐに期待に満ちた瞳で見詰めて来るのは、勿論、ティナ。

そして、鎧も兜も脱いだラフな格好で(珍しく)寛いでいたウォーリアは、この騒がしさに雷を落とすかと思いきや、


「フリオニール。何故スコールは罰ゲームとやらを拒否しているのだろうか。あれはルールとして遵守すべき手順ではないのか?」
「いや、まぁ……それ程固く考える必要はないと思うけど…」
「決まりって言ったら、確かに決まりなのかな…?」
「では尚更、何故スコールは」
「照れてるんだよ。ね?スコール」


何故スコールが罰ゲームに従わないのか、従うべきではないか(要するに「好きな所を発表しろ」と言う事だ)と言うウォーリアに、フリオニールとルーネスが眉尻を下げ、セシルがくすくすと笑いながら言った。
スコールはじろりとセシルを睨むが、ふわふわと掴み所のない騎士は、首を傾げてにっこりと笑うだけ。

ダイニングテーブルの面々を睨んでいたスコールの両頬を、バッツががしっと捉まえる。
ぐりん!と無理やり向きを変えさせられて、青灰色に金色三つと茶色一つが映り、


「ほら、スコール」
「何も難しく考えなくて良いんだぜ。最初に言っただろ?」
「そうそう。思った事素直に言えば良いんスよ」
「そうだ。心のままに言えば良い」




だから。

素直って何。
心のままって何。


─────叫ぶスコールの心は、誰にも届く事はなかった。





“告白してみる”ってお題なのに、してもいなかったw
素直になれないスコールには、これ以上に難度の高いお題はないんじゃなかろうか。