特例許可


 何をそんなに怒っているんだ、と言われて、そんなに自分は判り易かったのだろうかと自問する。
した後で、ああ確かに露骨にしていたような気はするな、と自己完結した。

 クラウドの機嫌が悪かったのは、確かだ。
その原因について話すには、今日の昼まで時間を遡らなければならない。
詳しく言えば更に更に遡らなければならないのだが、事の原因は何処まで遡ろうが一つしかないので、一番近い時間帯のもので構わないだろう。





 クラウドがレイディアントガーデンに腰を落ち着けている時間は、長くても三日程度の事だった。
その三日間、クラウドは殆ど、城の地下にある賢者の研究室か、年上の男の家で過ごしている。
前記については誰に許可がいるものではないが、後記の場所については、家主である男の断りが必要なのだろうが、クラウドはそれを一々仰いだ事はない。
勝手知ったる何とやらで、クラウドは朝靄の晴れない内だろうが、太陽が南天にある頃だろうが、夜半だろうが、お構いなしで彼の家を訪れている。
以前は家宅侵入罪で家主にバックドロップや一本背負いを食らわされたものだったが、何度も繰り返して行く内に、家主の方が逐一制裁を加える事に飽いたらしい。
せめて窓からの侵入だとか、鍵を壊して入るのは止めろと言われ、合鍵を渡された(顔面に)。

 ────こう言った経緯により、クラウドは堂々と彼の部屋に入る権利を手に入れた。
以来、クラウドは以前よりも頻繁に彼の家に足を通わせており、家主がいなければ勝手に冷蔵庫を漁って飲み物を飲んだり(本当は何か食べたい時もあるのだが、彼の冷蔵庫の中に食材の類が入っている事は非常に稀であった)、家主がいるのならば襲撃をかけたりしていた。

 家主が家にいない時、そして暇を持て余してしまってどうにも無沙汰になった時、クラウドは城の地下へ向かう。
家主の男は、大抵其処に篭っているからだ。
一度闇に飲まれた故郷の街は、あちこちで今も闇の氾濫が起きており、歪んだ空間の隙間から黒々とした心のない生き物達が湧いてくる。
彼はそれを駆逐しながら、傷付いた故郷を再建しようと日々慌ただしく過ごしている。
彼は相変わらずの貧乏籤気質で、色々と頼まれては引き受け、生真面目にそれらを出来る限りの完璧な形で遂行しようとしている。
その為、彼にとって自宅と言うものは、寝て起きる為だけの最低限の空間でしかなかった。
忙しさに感けて帰らなくなる事も少なくない為、クラウドは一晩経っても彼が帰って来ない時は、彼がメインの仕事場にしている城の地下へと向かうようになっていた。
もう一つ、再建委員会が揃って顔を突き合わせる、魔法使いの家もあるのだが、あちらには彼以外の昔馴染みもいて、クラウドはなんとなく、そのメンバーと顔を合わせ辛い所があった。
顔を合わせるのが嫌と言う訳ではないのだけれど。

 ────話を戻して。

 クラウドがレイディアントガーデンに来たのは、昨日の夜半の事であった。
時計を見ていないので判然とはしないが、日付は既に変わっていたかも知れない。
家主の不在にクラウドは少々肩透かしを食らったが、珍しい事ではないので、特に気にする事なく勝手にベッドを使わせて貰った。
明け方にでも彼が帰って来たら蹴り落されていた事だろうが、幸い、それはなく、クラウドは平穏な朝を迎えられた。
クラウドはそれから何をするでもなくごろごろと過ごし、家主が帰って来るのを待っていたのだが、待てども待てども、その気配はなく、先にクラウドの腹の虫が根を上げた。

 空きっ腹を抱えて、クラウドは城の地下へ向かった。
そんな所に食べ物がある訳もないのだが、食べ物の当てになる人物はいる。
クラウドが勝手知ったるとばかりに棲み付いている家の家主────レオンがいるのだ。
どうせ彼も一人でいてはまともな食事をしていないだろうから、クラウドが飯の催促をする事で、ようやっと食事の段取りをし始めるに違いない。

 自分の腹を慰める事に関わってくる事もあるのだが、そうでなくとも、クラウドはレオンに逢えると思っただけで浮足立ってしまう。
月の内に三度でも顔を合わせれば多い方だが、そんな二人の関係は“恋人”である。
クラウドは、出来ればいつでもレオンの傍にいて、レオンの存在を確かめていたいのだが、現状、中々それは叶いそうにない。
だから束の間の逢瀬の時間を無駄にしたくないのだ。
…レオンの方はそんなクラウドの心中を知ってか知らずか、いつまでも素っ気ない態度だが。
素っ気ない割に、本気で拒絶される事はないので、一応“恋人”として認められているのだとは思う。
思いたい。

 道中でわらわらと湧いてくる心なき影はさっさと駆逐して、クラウドは城地下の賢者の部屋に到着した。
……其処にいたのだ、件のクラウドの機嫌を損ねていた原因が。


「あれ、クラウド?」


 それ程広くはない円形に作られた部屋の壁際、来客用だったのだろうソファの真ん中に陣取っている子供。
いや、今はもう少年と括った方が良いだろうか。
ともかく、年はまだ十五といった頃だろう人物が、其処に座っていた。
────キーブレードに選ばれた勇者、ソラである。


「……来てたのか」
「うん。レオンに逢いに来た」


 屈託のない、人懐こい笑みを浮かべて言った勇者に、クラウドは眉根を寄せる。


「…で、レオンに逢いに来たなら、なんで此処にいるんだ。レオンは奥だろう?」


 奥、と言ってクラウドが指差した先には、柔らかな色合いの壁にぽっかりと空いた部屋がある。
その向こうには、緩やかな曲線を描いているこの部屋とは違い、直線的な作りで、冷たい金属や鉄板の香りがする空間がある。
その空間の奥が、クラウドとソラの求める人物の仕事場になっている。

 クラウドの言葉に、ソラはうん、と頷いて、退屈そうにぶらぶらと足を遊ばせた。


「そうなんだけど。今日はシドも一緒で、二人して難しい顔してたからさ。邪魔しない方が良さそうだなーと思って」
「……成る程」


 それならば、自分も今は奥に行かない方が良いだろう。
部屋の奥にあるのは、レイディアントガーデンの心臓部とも言える、街のあらゆる機械や電子プログラムの思考を担っている部分だ。
心なき影の駆逐や、武器鍛錬の類ならともかく、此処から先で行われている事を、クラウドは手伝えない。
邪魔にしかならないのなら、少年と同じく此処で待機するのが無難だ。

 奥にいるのがレオン一人であれば、クラウドは構わず突撃してやるのだが、シドがいるのならそうも行かない。
それに、一人でいると仕事に没頭する余り、他を疎かにしてしまうレオンだが、シドが傍にいるのなら大丈夫だろう。
シドはがさつで雑な性格だが、街が闇に飲まれて以来、抱えて逃げた子供の面倒を全て見て来てくれたので、レオンの性格や癖もよくよく把握している。
適当な所で仕事にも見切りをつけて、レオンだけでもコンピューター前から切り上げさせるだろう。

 それまでは此処で適当に時間を潰すしかない。
クラウドは、壁一面に並べられた本を適当に選び、手を伸ばした。


「ねー」


 随分と気の抜けたような声が聞こえて、クラウドはそれが自分に向けられたものだとは気付かなかった。
ぱらり、と本を開いて、特に興味のない文字列を追っていると、


「ねー、クラウドー」


 また気の抜けた声が聞こえ、今度は自分の名があった事で、自分が呼ばれている事に気付いた。
読む気もなく開いていた本を閉じて振り返ると、ソラはクラウドを見る事もなく、ぶらぶらと足を遊ばせて、ぽっかりと口を開けた通路の向こうを眺めている。


「クラウドはさぁ。レオンの事、好き?」
「……なんだ、いきなり」


 前振りのない唐突な問いかけに、クラウドは無表情のまま問い返した。


「だからさぁ。好き?レオンの事」
「…質問の意味が判らないな」
「うっそだあ。好きか嫌いかって聞いてるだけだよ」


 レオンの事が、好きか、嫌いか。
その二択で言えば、クラウドは迷わずレオンの事を“好き”だと言える。
ソラの質問が、どのような───友愛に関しての“好き”か、恋愛感情で言う“好き”か───意味を持っているにせよ、クラウドからの返答は変わらない。

 しかし、いまいち意図の読めない質問に対しては答え兼ねる。
此方を見ない少年の表情を伺えないのも、クラウドの口を答えから遠ざける要因の一つだった。


「俺はさぁ。好きだよ。レオンの事」


 聞いてもいないのに、ソラは言った。
独り言にしては音ははっきりとしていて、明らかに其処にいる人間に対して発信しているのが判る。


「強くて、優しくて、格好良くて。色々教えてくれるし。ご飯も美味しいし。なんでも出来るし」
「……人を頼らないからな」
「背も高いし」
「……」


 何か棘が飛んで来たような気がしたが、クラウドは聞かなかった事にした。
閉じた本をもう一度開き、文字の羅列を追う。
閉じる前に何処のページを何処まで読んでいたのかは、既に忘れていた。


「俺は好きだよ。レオンの事」


 その“好き”がどういう意味なのか、考えるまでもない筈だった。
発展途上で成長真っ最中のソラにとって、レオンは正に完成された理性の大人像と言えるだろう。
沢山の人に頼られ、その声に応え、剣を手に悠然と立ち尽くす姿や、ふとした折に見せる柔らかな表情は、ソラやクラウドだけでなく、沢山の人を魅了して止まない。
ソラが言う、レオンへの“好き”は、そうした憧れ感情から来るもの。

 そう。
その筈だ。

 だが、クラウドは言い知れない“何か”を感じていた。
好きだよ、と繰り返すソラの言葉を聞く度に、首の後ろがチリチリと、不愉快な感覚が奔る。


「───あ、レオン!」


 ソラの声に、クラウドは顔を上げた。
壁向こうの通路へと目を向けると、ダークブラウンの髪の男が此方を見ていた。
何処か呆けたように、青灰色の瞳が瞠られているのは、目の前にある、滅多に見ない組み合わせの所為だろうか。

 ソラがソファを下りて、レオンの下へ駆けて行く。
それを見て、レオンが瞠っていた眦を和らげた。


「待たせたな、ソラ」


 目の前に来た少年の頭を、くしゃくしゃと撫でる手。
ソラを見下ろすレオンの目は、常に自分を戒めているような堅苦しさが抜け、まるで小さな子供を見守る親のようだ。
実際、レオンはそうした気持ちでソラを見ているのだろう。

 頭を撫でていた手を、ソラが握る。
そのまま、ソラはレオンの手を引いて歩き出した。
その姿は、正しく、子供が親に「早く早く」と急かしているものであった。


「おい、ソラ。そんなに引っ張るな」
「だって待ちくたびれちゃったからさ。早く早く」
「判った判った」


 無邪気に手を引く少年の姿に、レオンはくつくつと笑う。
が、向かう先に人───クラウドがいる事に気付くと、柔らかな表情はころりと消え、


「いたのか」
「……ああ」


 いたのかって、あんた、さっき目が合ったじゃないか。
今気付きましたみたいな反応はなんなんだ。

 素っ気ない反応をしたレオンの言葉に、クラウドは眉間に皺を寄せた。
碧眼がじわりと不機嫌な空気を滲ませていたが、レオンはソラに手を引かれるまま、恋人の前を素通りする。


「新しい魔法を覚えたんだよ。練習したいから、付き合って」
「いいぞ。どんな魔法だ?」
「凄いんだよ、敵を吸い込む事が出来るんだ。遠くにいる奴が、ぐーんって引き寄せられるんだよ」
「…重力系と言う事か。本で読んだ事はあるが、見た事はないな」
「へへっ、凄いの見せてやるからな!」
「楽しみだ」


 笑みを浮かべるレオンに、ソラは「やるぞ!」と気合を入れる。
そのまま二人は、賢者の部屋を出て行った────クラウドを残して。

 制御室へと続く通路から足音が鳴った。


「ん?クラウドか?」


 酒と煙草で灼けた声がして、それがシドのものである事には直ぐに気付いた。
彼は振り返らないクラウドを咎める事はなく、本棚の本を数冊取り出して、ソファにどっかりと座る。

 パラパラとページを捲るシドに、クラウドは相変わらず顔を向ける事をしないまま、問う。


「…あいつ、よく此処に来ているのか」
「あいつ?レオンか?ソラか?」
「ソラ」
「ああ、しょっちゅうだな。何か技覚えたとか、魔法覚えたとか、逐一レオンに報告しに来るぜ」


 褒めて欲しいんだろうな、と言いながら、シドはページを捲った。

 ソラは、故郷である自分の世界を失った直後、流された世界で、レオン達と出逢ったと言う。
何処で手に入れたのかも判らないキーブレード一つを手に、友達と離れ離れにされた失意で落ち込んでいたソラに、最初に道標を示したのはレオンだった。
その後もレオンは、ソラが自分の下を訪れる度、旅のヒントを与えたり、彼に剣の稽古をつけたりと、面倒見の良さを発揮した。
元より、キーブレードの勇者に協力する事は、故郷を取り戻す為の近道であったので、吝かな事ではなかったのだが、無心に自分を慕う少年の姿に、彼自身も心休まる事が増えたのだろう。
子供の無邪気さ、奔放さに振り回されつつも、彼と出会って以来、何処か常に張り詰めた空気を纏っていたレオンの雰囲気が少しずつ軟化してきたような気がする───とは、ユフィの証言らしい。

 レオンは、“勇者”の名を持ちつつも、まだ幼さの残る少年の成長を見守る事に安らぎを覚え。
ソラは、落ち付いていて面倒見の良い大人の男であるレオンに、憧れを持っている。
それが、シドや他の面々から見た、レオンとソラの関係だった。

 しかし、クラウドはどうしても、“それだけ”で彼らの関係を括れるとは思えなかった。





「────……と、言う訳だ」
「……全く判らん」


 苛立ちの要因・原因について語り終えたクラウドに対し、レオンは眉根を寄せて言った。
なんで判らないんだ、と言わんばかりにクラウドが唇を尖らせれば、判る訳がないだろう、と言わんばかりにレオンが溜息を吐く。

 ごろり、とレオンが寝返りを打って、ベッドのスプリングが音を鳴らす。
長い脚がシーツを蹴り、ついでに自分の伸し掛かっている男の脚も蹴った。
退け、とでも言うような蹴りであったが、クラウドは断固として、レオンの躯の上から退こうとはしない。


「つまりだな、レオン。俺は、ソラがお前の事を狙っていると見ている」
「……馬鹿馬鹿しい……」


 レオンは溜息を吐くと、手繰り寄せた枕に顔を埋めた。


「ソラが俺を狙っているって、意味が判らない」
「だから。ソラが、お前を、男として、狙っていると言ってるんだ」
「益々判らん」


 そう言うと、レオンはベッドの端に寄せられて丸まっていたシーツに手を伸ばした。
クラウドは、シーツを引き寄せようとするレオンの手を掴んで、彼の顔の横に押さえつける。
レオンは眉根を寄せてクラウドを睨んだが、力任せに振り払おうとする事はしない。


「ソラが会いたがっているのは、お前なんだろう」
「…シドやユフィはそう言っているがな。何も、俺一人に逢いに来ている訳じゃないし。お前だって、ソラに闇だか何だかの事で頼み事をしていただろう。時々聞かれるぞ、クラウドは今日はいないのかって」


 確かに、クラウド自身の闇───セフィロス───について、見掛けたら教えてくれと頼んだ事はある。
だがクラウドは、それだけが理由でソラがクラウドの存在について訊ねた訳ではない、と思う。

 明確な根拠がある訳ではないので、一方的な思い込みだと言われればそれまでだが、クラウドは自分の予測が間違っているとは思わない。
これは、同じ人間に好意を寄せている者同士の間で起こる、無意識のライバル意識だ。
そうでなければ、手持無沙汰の時間であったとは言え、ソラがあんな質問を投げて来る理由がない。

 ───が、それを幾ら伝えても、目の前の年上の恋人の反応は鈍いばかりであった。


「…クラウド。要するに、お前、ソラに焼きもち焼いた訳か」
「………違う」


 妬いてはいない、とクラウドは自負する。
確かに、自分には素っ気ない態度を取るばかりのレオンが、ソラに対しては甘くなる事について、思う所は多々あるものの、ソラに対するレオンの態度は、完全に子供か弟を見る保護者のものだ。
対等な立場であり、恋人である自分とは態度が違って当然なのだと思えば、クラウドとてこの事に深く拘るつもりはない────多分。

 レオンの言葉に対し、返事が遅れたのは、そういう発想は出来るのに、どうして自分へ向けられる好意には鈍いのかと言う呆れからだ。
だがレオンの方は、クラウドが一瞬押し黙ったのを図星を突かれたからだと思ったらしく、


「馬鹿だな、お前は」


 レオンのその言葉に、クラウドは眉を吊り上げた。
レオンの腕を掴む手に力が篭る。

 心配しているのに。
レオンは昔から、敵意や悪意には敏感だが、自分に向けられる好意には鈍い。
その鈍感さは大人になった今も変わっておらず、クラウドが自分に好意を寄せている事さえも、面と向かって告白して尚、揶揄や悪ふざけ、更には罰ゲームか何かだと思い込んでいた。
クラウドが長い時間をかけて口説き落として、ようやく今の莢に落ち付いたのだ。
鈍いついでに、押しに弱いレオンの性格をよくよく理解しているクラウドにとって、無邪気な顔でレオンを振り回すソラは、要注意人物であった。
だが、その事をレオンに伝えた所で、小さな勇者の保護者を自負している彼が認める訳もなく、寧ろ“大人げない”と言わんばかりの目でクラウドを見詰めるに違いない。

 ああ、もう。
どうしたら伝わるのだろう、お前の身が危ないのだと。
────そんな事をクラウドが考えていると、ぐっ、と突然強く肩を掴んで引っ張られ、世界が180度回転した。


「ソラはまだ子供だし、もしもお前が言うように俺の事を好きだとしても、それは子供が大人に対して持つ幻想的な憧れと大差ないさ。第一、あいつはちゃんと好きな子がいるらしいぞ」
「だからそれが」
「俺だって?お前も俺を買いかぶり過ぎだ。俺は、人からそんなに好かれるような人間じゃない」


 自嘲するように、笑みを浮かべて見下ろす青灰色に、そんなのだから鈍いんだ、とクラウドは思う。
だからこそ、他者からの好意に気付かず、クラウドが口説き落とすまで、誰にも心を赦す事がなかったのだとも言えるが。


「仮に、ソラが俺をそう言う意味で好きだったとして。俺がそれに答えるとでも思ったのか?お前は」
「あんた、ソラに甘いから」
「それについては、反論する気はないが」


 ぎしり、とベッドのスプリングが鳴る。
レオンの顔がクラウドのそれに近付いて、色の薄い唇が弧を描き、伸ばされた濃茶色の髪がクラウドの頬を撫でた。


「俺が、ソラにもこんな事をするとでも?」


 レオンの手がクラウドの胸に置かれ、ゆっくりと、辿るように肌の上を指が這う。

 クラウドを見詰める蒼の瞳は、熱と艶が滲んでいる。
するり、とクラウドの腹を滑って降りた手が、緩く立ち上がっていたクラウドの雄に触れた。


「こんな事を、お前以外にするとでも…?」


 触れた場所の熱を煽るように、レオンは掌を上下に動かしながら、クラウドの雄を刺激する。
己の手の中で膨らみ、固さを増していくそれを、レオンは自身の秘孔へと宛がった。

 レオン、とクラウドが恋人の名を呼ぼうとして、それよりも早く、レオンはゆっくりと腰を落とし始めた。


「……っ……!」


 ぐぷ……と脾肉が押し広げられていく感覚に、レオンが眉根を寄せて唇を噛む。
苦悶を滲ませるその貌が、クラウドには何処か艶めいて見えた。

 は、と熱の篭った吐息が薄い唇から零れる。


「う…っ……く…」
「レオン」
「…っは…あっ…!」


 少しずつ深くなって行く繋がりに、レオンが息を飲んだ。
身を捩り、喉を逸らせながら雄を受け入れて行く恋人の姿に、クラウドも己の熱が更に昂って行くのを感じる。

 内壁に熱の塊が擦れる度に、壁がひくひくと蠢いて、雄に絡み付く。
捩られる細腰をクラウドが捉まえると、レオンはそれに己の手を重ねて支えにした。

 埋められた雄が奥壁を押して、ひくん、とレオンの躯が小さく跳ねた。


「っあ……」


 ひくっ、ひくん、と体を震わせ、胸を上下させているレオン。
クラウドはそんな彼を見上げながら、するり、とレオンの下肢へと手を滑らせた。


「レオンからこんな事するなんて、珍しいな」
「んっ……!」


 クラウドの手が臀部を撫で、すらりと伸びたレオンの太腿を撫でる。
それだけで、男に与えられる熱を覚え込んだレオンの躯は反応を示し、咥え込んだ雄を締め付ける。

 レオンはクラウドの胸に手を置いて、倒れ込みそうになる体を支えながら、碧色を見下ろしてにぃと笑った。


「お前が、馬鹿な事を言うからだ」
「俺の所為か」
「そうだ」


 レオンが腰を揺らして、ずるり、と内部で雄が壁を擦る。
引き抜かれた雄を、また腰を落として咥えて、レオンは感応に身を震わせながら、クラウドを見下ろし、


「俺が、…お前以外に…んっ…、こんな真似を、すると、思うか…あっ…!」


 レオンの律動に合わせて、ぎし、ぎし、とベッドが非難の音を上げている。
くちゅっ、ぐちゅっ、と淫音が鳴って、レオンの息が上がって行く。
白い肌が上気したように赤らんで、クラウドの胸に爪が当てられる。

 レオンが腰を落とすタイミングで、クラウドは腰を浮かせた。
ずぷっ、と挿入が深くなって、レオンの躯が弓形に撓る。


「あ、あっ…!」
「レオン」


 クラウドがレオンの手を取って引き倒すと、レオンは力に逆らわず、クラウドの胸に覆い被さった。
自重を支えていたレオンの膝が崩れて、クラウドに全体重を預ける形になる。

 近くなった距離に、どちらともなく唇を重ね合わせ、舌を絡ませ合う。
疼く躯を誤魔化すように、レオンがゆらゆらと腰を揺らめかせた。
それをクラウドの手が捕まえて固定させると、ずちゅっ、と一つ強く突き上げる。


「んんっ…!」
「ん、ふ…」
「…っふ…う、んっ!んくっ…!」


 クラウドの舌がレオンの歯列をなぞる度、レオンの脾肉がヒクヒクと動いて、クラウドの雄を締め付ける。
形を確かめるように纏わりついて来る肉壁を振り切って、クラウドはレオンの秘部を繰り返し突き上げた。
自重で深くなる挿入を受け入れるレオンの躯は、官能の悦びに打ち震え、薄らと覗く青灰色の瞳も、熱に溺れて正気を手放しつつある。

 ゆっくりと唇を解放すると、レオンは上半身を起こして、下肢の突き上げに背を反らして天井を仰ぐ。
クラウドはレオンの躯を下から上へと撫で上げて、胸の頂にある膨らみを摘んだ。


「───ぁっ…!」


 ビクン、とレオンの躯が打ち震え、背を奔った快楽を更に欲しがるように、胸を撫でるクラウドの手を握る。
自ら蕾へと誘うレオンに従って、クラウドは赤く色づいた頂きをもう一度摘む。


「んっ…ん…!」
「本当に今日は積極的だな」


 繋がりたいと思っているのはクラウドばかりで、レオンはそれに仕方のない表情で答えている───と言うのが、クラウドとレオンの間では当たり前に見られる光景だった。
それでも、レオンが受け入れてくれるだけでも、自分が彼にとって特別な存在であると言う事は、クラウドも理解していたつもりだ。
だが、やはり時には、彼の方から求めて欲しいと思う事もある。

 求められると言う形は違うが、こういうのも悪くないな、と自分の上で淫靡に体をくねらせる恋人を見て思う。
レオンは崩れていた膝をもう一度立たせ、クラウドの律動に合わせて腰を動かし始めた。
受け入れる時の苦悶の表情は既に見られず、今では恍惚とした色すら覗かせている。


「あっ、く…クラウ、ド……んんっ…!」
「もっと腰、落とせ」
「…っは…偉そうに、言う、な…ああっ…!」


 レオンがクラウドを睨む事が出来たのは、一瞬だけ。
ずんっ、と秘奥を突き上げられて、堪え切れなかった甲高い悲鳴が響いた。
そのままクラウドが律動を速めて行けば、レオンはそれに従うように腰を動かして堪える。


「はっ、あっ、あっ…!んっ、く…深、い…っ!」
「もっと」
「無理、言うな…んっ、あっ、あっ!あ、くぅっ!」


 ならば、とクラウドがレオンの腰を掴んで固定し、大きなストロークでレオンの秘部を突き上げる。
激しくなる行為を助長させるかのように、ベッドがぎしぎしと煩く軋んだ。


「はっ、あぁっ、んぁっ!クラ、ウド、クラウド…っ!」
「もっと。もっと」
「く、煩いっ…!このっ…!」
「んぐっ、」


 身を屈めたレオンが、両手でクラウドの頬を包み、唇を重ね合わせた。
重ねると言うよりは押し付けると言った方が正しいような、力任せに口付け。
クラウドが薄く唇を開けば、直ぐにレオンの舌が滑り込んで来て、クラウドのそれを絡め取る。

 黙れ、と言わんばかりに、レオンはクラウドの咥内を貪った。
唾液を絡ませた舌がクラウドの口の中をじっとりと舐り、仕返しのようにクラウドの歯列をなぞる。
そうして男の唇を貪りながら、レオンの内部はヒクヒクといやらしく戦慄いて、クラウドの雄の形をなぞるように強く締め付けていた。


「んぁ…っふ、はっ…!んんっ!」


 レオンの脚がクラウドの腰を挟んで捕まえる。
その脚はまるでクラウドの動きを制限させるように力が込められていて、クラウドは不自由さに眉根を寄せた。
不満を訴えるように見上げる年下の男を見て、レオンはうっそりと笑みを浮かべ、唾液に濡れた舌で自身の唇を舐めてみせる。


「…レオン。動き辛い」
「そうか。そのままじっとしていろ」
「……」


 それは自分にとっても、レオンにとっても、生殺しではないだろうか。
クラウドがそんな事を考えていると、くち…とレオンの結合部で粘着質な音が鳴り、


「…んっ…く、っは…はっ…あっ…あっ…!」


 ずちゅっ、ぐちゅっ、ぐちゅっ、と淫室な音が反響する。
淫部を激しく出入りする雄に、レオンの躯が火照りに染まり、その熱は凝縮したかのように下肢に集まって、クラウドの雄にそれを伝える。

 再び自ら腰を揺らし始めたレオンを見上げ、どういう気紛れかな、とクラウドは考える。
しかし、思考がまともな方向へ働いていられたのはほんの僅かな間だけで、クラウドの心が此処にない事に気付いたのか、咎めるように雄を強く締め付けられた。


「っ……食いちぎる気か、あんた」
「それが、嫌なら…っ、集中していろ…、この馬鹿、が…っ!」


 快感に喘ぎ、途切れ途切れに言葉を紡いで見下ろす男の妖艶な笑みに、クラウドは思わず唾を飲む。
そんなクラウドに気付いたのか、レオンは熱の篭った吐息を吐いて、腰を浮かし、雄を引き抜いて行く。
ぬろぬろとした脾肉が雄を撫でるようになぞり、太い部分が秘孔に引っ掛かった所で、レオンは腰を落とした。


「────くあっ、ああぁっ…!」
「っく…うぅっ!」


 根本まで一気に飲み込まれて、クラウドは息苦しさと締め付けの心地良さに息を詰めた。
びくん、とレオンの体内で雄が震えて、どろりとした熱が吐き出される。

 己の身の内に注がれていく熱に反応するように、レオンの躯がビクッ、ビクッ、と痙攣する。


「はっ、あっ…!中、に…ぃ…っ」
「く……っ」
「ふ、ん……くくっ…」


 眉根を寄せて唇を噛み、湧き上がる劣情の衝動を堪えようとするクラウドを見て、レオンの喉が笑った。
クラウドが顔を顰めたままで見上げれば、熱に染まった目で此方を見下ろす青灰色とぶつかった。


「…何笑ってるんだ、あんた」
「いや。別に」


 くつくつとレオンが笑う度、彼の秘奥がヒクヒクと動いて、クラウドの雄を刺激する。
レオンの体内で雄はまた膨らみ始め、それを感じ取ったのだろう、レオンはゆっくりと腰を揺らして、熱の塊を愛でるように脾肉で撫でる。

 ベッドに仰向けになっているクラウドに覆い被さったレオンは、揶揄うようにクラウドの首下を指先で撫でながら言った。


「まだ、俺がお前以外にこんな事をすると思うか?」


 自分自身に厳しいレオンだが、それは彼自身のプライドが何よりも高潔なものである故のストイックさだ。
そんな彼が、男に生まれたと言うのに、同じ性に生まれついた男に淫部を晒し、身を委ねるだけでも、易い事ではないと言うのに。
その上、自ら男の上に跨り、男の象徴を身の内に受け入れて、白濁の熱を注がせるなど、尚更容易い事ではない。

 レオンが躯を赦しているのは、クラウドだけだ。
その意味と重要性が判らないほど、クラウドも鈍くはないし、考えが足りない訳でもない。

 若しも、ソラがレオンを抱きたいと言ったとしても、或いはレオンに抱かれたいと望んだとしても、レオンがそれに応える事はないだろう。
レオンにとってソラと言う存在は、聖域のように踏み込み過ぎてはならないものであり、成長途中故に庇護しなければならないものであった。
それを自ら汚すような真似は、レオン自身が赦すまい。


「────……そうだな」


 レオンの言う通りだ、とクラウドは言った。
レオンがこんな事を赦すのは、庇護する必要もない対等な存在で、何をするにも遠慮をする必要もなければ、今更自分を取り繕った所で無駄な相手だと思う、クラウドだけだ。

 頷いたクラウドに、レオンは満足げに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ようやく判ったか。判ったのなら、二度と馬鹿な事は言うな。子供に馬鹿な対抗意識を燃やして、セックスの最中にまで馬鹿みたいに拗ねた貌をするのも、止めるんだな」
「…馬鹿馬鹿言い過ぎだ」
「事実なんだから、仕方がないだろう?」


 そう言って、レオンはクラウドの頬にキスを落とす。
触れるだけの柔らかなそれは、駄々を捏ねる子供をあやすような優しさがあった。

 ────確かに、思い返せば、色々と馬鹿な事を考えていたような気がする。
しかし、その理由の半分は、向けられる好意の正体にいつまでも気付かず、無防備にしているレオンの所為だ。
だが、それを伝えた所で、やはり目の前の恋人がその意味を理解する事はないのだろう。

 結局悩みの種は尽きないままだったな、と思いながら、クラウドは一つ息を吐き出した。
それを見たレオンが、呆れたように眉尻を下げ、


「どうした。まだ何かあるのか?」


 クラウドの金色の前髪を掻き上げて、間近で見下ろす青灰色の瞳は、柔らかい光を宿している。
それは、彼が小さな勇者の成長を見守っている時に見せるものと同じ光だった。

 それを目にした瞬間、クラウドはレオンの奥壁を強く突き上げた。


「んあぁっ!?」


 予想していなかった衝撃に、レオンの喉から甘い悲鳴が上がる。

 クラウドは、逃げを打とうとするレオンの腰を捕まえて固定し、ずんずんと秘部全体を抉るように激しく突き上げ始めた。
ずちゅっ、ぐちゅっ、ぐちゅっ、とレオンの体内で吐き出された蜜が掻き回される。


「あっ、あひっ、ひぃんっ!ん、んぁ、あふっ、う…、ク、ラ…ああぁっ!」


 内壁の上にある、しこりのように膨らんだ箇所を集中的に攻められて、レオンは頭の中が一気に白く染められていくのを感じた。
止めろ、と抗うようにレオンの手が腰を掴む男の手を握るが、震える手には力が篭っておらず、振り払う事さえ出来ない。

 雄の先端でぐりぐりと壁のふくらみを抉ると、レオンの引き締まった腰が戦慄き、自重を支えていた脚ががくがくと震える。
そう長くは持たないだろうな、と見たクラウドは、レオンの腰を抱いたまま、ぐるりと躯を反転させた。


「───あぁあ…っ!!」


 内部を掻き回すように雄が蠢く感覚に、レオンの躯がビクッビクッと跳ね上がる。

 レオンの背中はベッドシーツに押し付けられ、クラウドが彼の上に覆い被さる。
震える膝を掬い上げ、左右に大きく割り開けば、レオンの秘部が全て曝け出される格好になる。


「やめっ……クラウド!」
「やめない。あんた、今日はまだイってないだろう」
「ひ、あっ…!」


 ずりゅっ!とクラウドの雄が秘奥を突き上げ、レオンはベッドシーツを握り締めて頭を振って身悶える。
はくはくと酸素を求めるように開閉する唇に、クラウドは舌を滑り込ませた。
ちゅく…と唾液の絡み合う音がレオンの鼓膜までも犯して行く。

 クラウドはレオンの咥内を貪りながら、激しく腰を打ち付ける。


「ん、ぷ、あっ、あふっ…!ん、激し、く…んんんっ!」
「っは…さっきの、く、お返しだ、っ」
「あっ、あっ、んっ、うぅんっ…あぁっ…!」


 唇を噛んで声を押し殺そうとするレオンだったが、敏感な部分を抉られては、快楽に染められた彼は逆らえない。

 クラウドは、レオンの膝を肩に乗せると、彼の体に覆い被さった。
体をくの字に折り畳まれるような姿勢に、レオンは息苦しさで顔を顰めたが、淫部を抉られてしまえば、表情は直ぐに快感へと蕩けて行く。


「はっ、ん、あっ…!やあ、あっ、あっあっあぁあっ…!」


 クラウドが円を描くように腰を動かし、秘部内を掻き混ぜれば、レオンの足先がピンと張り詰めて戦慄く。


「ひっ、はひっ…!クラウド、くら、あくっ、うぁあっ…!」


 クラウドの上に跨り、自ら雄を咥え込み、笑みを浮かべて男を翻弄していた妖艶な姿は、既に跡形もない。
下肢を襲う強い突き上げと、それによって与えられる激しい快楽に、レオンはシーツに爪を立てて、もがくように身を捩っている。
それで逃げようとするのをクラウドが赦す筈もなく、引き締まった腰を捕まえると、上から押し潰すようにずんずんと攻め立てる。

 レオンの秘部が限界を訴えるようにヒクついて、クラウドの雄をきゅうきゅうと締め付ける。
クラウドがレオンの中心部を見れば、彼の雄も反り返り、先端から先走りの蜜を零していた。


「イくか、レオン」
「あっ、ん…く、触るな…馬鹿っ…!」


 膨らんだレオンの雄を、クラウドの手が包み込む。
クラウドはぐちゅぐちゅとレオンの体内を犯しながら、手の中の肉棒を扱いてやった。
下肢を襲う強烈な快感に、レオンはビクッ、ビクン!と全身を痙攣させ、


「ひっはっ…、ああっ…!それ、やめっ…!」
「イく?出るか?いいぞ、思いっきり出せば良い」
「あっ、あっ!ひ、んぁ…あぁぁああ……っ!!」


 ぞくぞくとしたものがレオンの背中を迸り、びゅくっ、と吐き出された白熱がレオンの腹を汚した。
まだ出るな、とクラウドの手がレオンの雄を握って絞り出してやれば、レオンの躯が末端まで強張って、意味のない悲鳴だけが部屋の中に反響する。

 同時にレオンの秘部がクラウドの雄を締め付け、もう一度欲望を吐き出させようと蠢いた。
それを唇を噛んで押し殺し、クラウドは熱に浮かされたレオンの呼吸が落ち着くのを待たず、再度律動を初める。
絶頂直後の敏感な体を攻め立てられて、レオンは頭を振って続きを拒否しようとするが、クラウドは聞かなかった。


「あっ、んあっ、ひ、うぅんっ…!バカ、クラウ、ド…っ!もう…!」
「駄目だ。あんたの余裕面、ぐちゃぐちゃにしてやるまで、今日は離してやらない」
「んぁあっ…!!」


 ずりゅう、と埋められる欲望に、レオンは喉を反らして喘ぎ声を上げる。
クラウドはすらりと伸びた白い喉に食い付いて、こうだから心配になるんだ、と詰めの甘い恋人を見て思った。




クラレオ←ソラで、ソラを子供扱いしてるから無防備なレオンと、気が気じゃないクラウド。

年上らしく余裕を見せてるレオンが書きたかったんですが、途中からいつもの調子になりました。
あと、拙宅のソラは攻めです。ソラレオ推奨です。可愛くない子でごめんなさい。