ラピット・アイズ・ムーブメント


「───ラ。──ソラ。起きろ、朝だぞ」


 呼ぶ声と共に、微かに揺さぶれる体。
閉じた瞼の裏側に、柔らかな光が透けて見える事に気付いてから、ソラの意識は緩やかに浮上し始めた。

 頭の芯がぼんやりとしていて、ふわふわとした浮遊感が気持ち良い。
加えて、自分の名を呼ぶ低い声音が、また耳に心地良いのだ。
起きろ、と声が覚醒を促している事は判っていたけれど、その声をもう暫く聞いていたくて、柔らかな心地の中に浸っていたくて、ごろりと体を逃がすように転がして俯せになる。
おい、と呼ぶ声が少し叱るように語尾を強めたけれど、ソラはまだ目を開けようとはしなかった。


「ソラ。起きろ。こら、この寝坊助」


 きゅ、と頬が抓られるのが判った。
けれども痛くない。
なので、ソラはもう暫くこの状態を堪能する事にした。

 ちゅん、ちゅん、と鳥の鳴く声が聞こえる。
瞼の裏に透ける柔らかな光もあって、今が朝である事をソラは知った。
太陽はそれなりに高い位置に昇っているようだが、差し込む日差しは熱くはない。
穏やかな春の朝を思わせる、ぽかぽかと暖かく心地の良い温もりが感じられた。

 鼻腔の奥で、何かの匂いが微かにくすぐる。
くん、と少し鼻を鳴らして嗅いでみると、それは焼きたてのトーストの香りだった。
ソラの脳裏に、真っ白な皿の上に乗せられた二枚のトーストと、並べて置かれたイチゴジャムの瓶が浮かび上がる。
イチゴジャムは手作りのもので、砂糖をたっぷり入れてじっくり煮詰めた特製ジャムだ。
子供扱いだと判る甘さであったが、それがソラの好みである事は確かで、何よりそれはソラだけの為に作られたものだから、ソラはそのジャムで朝のトーストを食べるのが大好きだった。

 ふう、と傍らで溜息が零れるのが聞こえた。
耳を欹ててじっとしていると、むにぃ、ともう一度頬が摘ままれて引っ張られる。


「ソラ。起きないと、朝飯が冷めるぞ。それとも、俺の作った朝飯が要らないのか?」
「いるっ!」


 半ば反射的に、ソラはがばっと起き上がった。
それを見た声の主───レオンは、くすりと笑みを浮かべて、ベッドの上のソラを見下ろす。


「なら、もう起きれるな?」


 悪戯が成功したような表情を浮かべるレオンに、ソラは眉尻を下げて愛想笑いを浮かべた後、ばたっとベッドに倒れて枕を抱き込む。


「もうちょっと〜」
「朝飯、要るんじゃないのか」
「要るけど、もうちょっと。レオンがキスしてくれるまで起きない〜」


 枕を抱き締めた格好で、ごろごろとベッドの上を転がるソラ。
そんなソラの言葉に、レオンはぱちりと瞬き一つした後、仕様がないな、と苦笑して、ぎし、とベッドに片膝を乗せる。


「ほら、じっとしていろ」
「キスしてくれるの?」
「しないと起きないんだろう?」


 起きて朝飯を食べてくれないと、片付けが出来ないからな。
そんな事を言いながら、レオンはゆっくりとソラに顔を近付けた。
ごろごろと転がるのを止めたソラは、仰向けになって、近付いて来るレオンの顔をじっと見詰める。

 ちゅ、とソラの額に触れる、柔らかな唇。
触れるだけのバードキスは直ぐに離れてしまい、代わりに大きな手がくしゃくしゃとソラの頭を撫でる。


「へへっ」
「ほら、起きろ」
「うん」


 満足げに笑うソラに、全く、と呟くレオンの口元は、笑みに緩んでいる。

 寝室を出てリビングに行けば、仄かに香っていたトーストの香ばしい匂いがよりはっきりとしたものになる。
朝食はトーストの他に、レタスと胡瓜とトマトのサラダ、ベーコン入りのスクランブルエッグと、温かなミルクだ。
足の長いテーブルの上に綺麗に並べられた朝のプレートメニューを見て、寝起きの空っぽの胃袋が、ぐぅ、と鳴いた。


「朝飯、朝飯。へへっ」
「ミルクが少し冷めたな」
「良いよ、そっちの方が飲み易いし」


 温め直そうと、レオンが取り上げようとしたマグカップを攫って、ソラは少し温くなったホットミルクに口を付ける。
普通のミルクに比べると、このミルクは少し甘い。
味と同じ、ほんのりとした甘味が匂いからも感じられるのは、レオンが蜂蜜を入れてくれたからだ。
これも判り易くソラを子供扱いしているのだが、これもレオンがソラの為に用意してくれたもの。
だからソラは、仄かな甘味のするミルクを、いつもと同じように美味しく頂く。

 そんなソラの前に座るレオンの朝食は、バターを薄く塗ったトーストが一枚と、レタスと胡瓜のサラダ、そしてブラックコーヒーだ。
無駄のない所作でトーストとサラダを食べ終えたレオンは、新聞を片手にブラックコーヒーを傾けている。
ソラはその横顔をじっと見詰め、


(やっぱり、大人だなぁ)


 甘味のない、苦いばかりの───少なくともソラにとっては───ブラックコーヒーを、レオンは必ず朝食後に飲んでいる。
その姿も然ることながら、日課のように新聞を開き眺めている様子も、“出来る男”を思わせる。

 実際にレオンは何に関しても優秀である。
嘗てソラに剣技の修練を施したのもレオンであったし、今でも折を見てはソラの特訓相手をしている。
その傍ら、街の復興に必要な技術や知識を得る為、様々な書物を読み、それらの理解・応用への適応も早かった。
人望もあり、街の人々は何か困った事があるとレオンを頼る。
見目良く、人柄も良いとなれば、正しく天は彼に二物も三物も与えたのだろう。
それでいて、彼はその事を鼻にかける事なく、彼自身の高い能力は、何よりも自分自身を磨き続けたからに他ならない。


(でも、完璧って訳じゃないんだよな)


 誰もが知っているレオンは、正しく完成された大人の男であるが、ソラが知っているレオンはそれだけではない。
自分だけが知るレオンの顔を思い出して、ソラは思わず目やにが下がっていた。
それを見付けたレオンが、くく、と笑う。


「どうした、ソラ。まだ寝惚けてるのか?」
「うえっ。いや、そーじゃないけど」
「どうだかな」


 くつくつと笑うレオンに、ソラはむぅと頬を膨らませる。
が、それも直ぐに止めた。


(ほら、気付いてない)


 レオンは観察眼に長けている。
些細な違和感や不自然な出来事を見逃す事なく、自らが培った経験と、その経験によって磨かれた勘で、他人が中々気付かない事も発見する事が出来る。
特に敵意に対しては敏感で、ソラとの特訓の最中、ソラが不意打ちを狙ってレオンの背後に回り込んだ時も、まるで背中に目があるかのように、振り返る事もせずにソラを返り討ちにしたのである。

 しかし、どう言う訳か、自分自身に向けられるプラスの感情に対しては鈍いらしい。
自分がどれ程周りに慕われているか、頼りにされているか、その理由が何故なのか、彼はいまいち判っていない。
ユフィのように判り易い感情表現ならともかく、少し回りくどい伝え方や、レオン自身が“先ず有り得ない”と考えている相手に対しては、いつもの聡さは何処に行ったのだと言いたく成る程の鈍感振りを発揮する。


(俺もその所為で苦労したもんな〜)


 嘗ての己の空回りの連続を思い出し、ソラは零れそうになった苦笑を、ミルクを飲んで誤魔化した。


(だから今、こんな感じになれたんだけど)


 ミルクを飲み干したソラの口元が、緩やかに弧を作る。
ふ、と笑い声が零れて、レオンが顔を上げる。
柔らかな青灰色が少年へと向けられて、「うん?」と首を傾げて小さく笑みを作る。


「なんでもなーい」
「そうか」


 なら良い、と言って、レオンはまた新聞に視線を戻した。
レオンは文字の羅列を眺めながら、ソラに訊ねる。


「今日はどの辺りに行くんだ?」
「えーっとね。城壁からぐるーっと周って、東の方」
「まだ数は多いか?」
「そうでもないよ。大分減った」
「そうか。ありがとう」


 柔らかな笑顔と共に贈られた言葉に、ソラは鼻先や首の後ろがむず痒く、くすぐったくなるのを感じた。

 ソラの食事が終わるのを待って、レオンは新聞を閉じた。
二人分の食器をまとめてキッチンに運ぶと、水を流す音がリビングまで届く。
食器が当たり合う音を聞きながら、ソラは夜着からいつもの服装へと着替えを済ませた。

 グローブを嵌めた手で握り開きを何度か繰り返した後、ぐっと背伸びを一つ。
寝起きの時には固くなっていた筋肉もすっかり解れてくれて、体の調子は今日も快調のようだ。
よし、と気合を入れるように呟いた後、ソラはキッチンにいるレオンの下へ顔を出し、


「俺、そろそろ行くよ」
「ああ───ちょっと待て。昼飯を作ったから、持って行け」


 そのまま飛び出して行こうとするソラを追って、レオンが玄関へやって来る。
手には風呂敷に包まれた弁当箱があった。


「ありがと!」
「ああ。じゃあ、気を付けてな」


 くしゃり、とレオンの手がソラの頭を撫でる。
その手が離れて行くのを、ソラはじっと見詰めていた。

 しん、とした静寂が玄関先を支配する。
その間、ソラはじっとレオンを見上げ、レオンは動こうとしないソラを見下ろして首を傾げた。


「……ソラ?」


 行くんじゃないのか、と言うレオンの呼ぶ声に、ソラはむぅ、と唇を尖らせ、


「ほらあ、レオン。約束したじゃん」
「約束……」
「忘れちゃった?」


 ソラの言葉に、レオンはしばし考えるように顎に手を当てて沈黙した。
それから数瞬の後、白いレオンの頬が微かに紅潮したのを見付けて、ソラはにんまりと笑う。


「思い出した?」
「…ん…ああ。……やっぱり、今日もするのか?」


 頬を赤らめ、視線を泳ぐように彷徨わせるレオンに、ソラは「当然」と言うように大きく頷く。


「毎日するって約束だろ」
「…さっきは、お前がそれを忘れて出て行こうとしていたじゃないか」
「さっきはさっき!今は今。俺も思い出したし。だから、ほら」


 せがむように促すソラに、レオンは尚も視線を彷徨わせている。
そんな大人の男に、今度はソラが「しょうがないなあ」と言って、レオンのシャツの襟を掴んで、ぐっと引っ張る。

 蒼灰色の瞳が間近にある事に、内心でドキドキと鼓動を逸らせつつ、ソラは爪先立ちで背伸びして、レオンの頬にキスをする。


「じゃ、行ってきます!」
「…ん。行ってらっしゃい」
「明日はレオンからしてね!」


 そう言って、ソラは踵を返して玄関から外へと飛び出した。
残された青年が、赤らんだ顔ではんなりと笑った事を、彼は知らない。





 レオンに言った通り、ソラは城の周囲を、崩れた城壁から東回りで行脚していた。
物陰から、頭上から、足下から飛び出してくる黒と白の影を退治しながら、順調に進んで行く。

 ソラは時間が確認できるものを持ち歩いていないので、一日の正確な時間を計る事は出来ない。
太陽が一番高い位置まで登ったら昼で、空が夕焼けになったら帰宅時間だ。
時計くらい持っておいた方が良いぞ、とレオンは言うのだが、ハートレスやノーバディと戦っている内に壊れてしまうのが目に見えているので、結局身に付けなかったのだ。

 突き出すように尖った岩に囲まれた道を通り抜け、少し開けた高台の上に到着する。
ソラはその周辺に蔓延っていた者達を一掃すると、周囲の安全を今一度確認してから、辺りが一望できる場所に腰を下ろした。
其処からは辺りの様子が遠くまで眺められるのだが、ソラの心を和ませるような景色は何処にもない。
見えるのは今まで歩いて来た岩場と、遠く佇む大きな城だ。


「さてと。昼飯、昼飯っ」


 ソラは腰に提げていた鞄から、風呂敷に包まれた弁当箱を取り出した。
包みを解いて蓋を開けると、フリカケを混ぜた綺麗な三角形の握り飯が三つ、大きな唐揚げとポテトサラダ、串が刺さってタコの形に切ったウィンナーが入っていた。
ソラはウィンナーを一つ摘まんで、唇を尖らせる。


「俺、子供じゃないって言ってるのになあ」


 甘いジャムやミルクについては文句はないが、こればかりは止めて貰えないだろうか、とソラは思う。
レオンとソラとの年齢差を思えば、彼がソラを子供扱いするのも無理はないが、それでもソラとて男としての意地がある。

 ───が、男の意地と食欲は、また別の話。
ソラはぱくりと一口でタコさんウィンナーを食べると、抜けた串を唐揚げに刺して、此方も一口で食べる。
味がよく沁みているのだろう、冷めているにも関わらず、唐揚げからは噛む度にジューシーな味が沁み出してくる。


「ん〜っ!やっぱ美味ーい!」


 見晴らしの良い高台の上で食べる、レオンの手作り弁当。
ピクニックと言うような和やかな景色でも、雰囲気でもないが、ソラは十分満足していた。
何せこの弁当は、レオンがソラの為だけに、朝早くから起きて用意してくれたものなのだから。

 フリカケ入りの握り飯を口に入れて、よく噛みながら、ソラは辺りを見回した。
このまま城の周囲をぐるりと回れば、夕方頃には城の裏手に辿り着くだろう。
其処まで行くと帰るのが面倒だな、と指についた米粒を食べながら考えるソラだったが、


(でも、出来るだけ一杯やっつけといた方が、レオンは喜ぶよな)


 レイディアントガーデンを復興する為、出来るだけ早く片付けてしまいたい問題の第一等と言える、街や城に蔓延る影の存在。
ソラが初めてこのワールドに訪れてから、それなりに長い年月が経ち、街自体はかなり復興が進んだものの、この世界に巣食う根本的な問題は未だ解決に至っていない。
寧ろ、ハートレスだけでなく、ノーバディと言う新たな脅威が現れた事で、更に事態は悪化していると言って良い。

 ハートレスもノーバディも、共に人に害を成す。
セキュリティシステムの復旧・強化に成功して以来、街に直接洗われるようなものは減ったと言うが、セキュリティシステムが稼働していない場所へ一歩でも踏み込めば、その瞬間を待ち侘びていたかのように湧き出してくる。
この為、システムなくしては復興作業は進まず、しかしシステムの稼働域を広げる為には、その準備を整えなければならない。
折角整備が出来たと思ったら、セキュリティシステムの稼働前にハートレスやノーバディによって悪戯をされ、ふりだしに戻される。
苦労して作った機械を散々壊されたシドは、その怒りを全てセキュリティシステムの強化へ注ぎ込んでいると言う。

 現在、シドは新しいシステムを構築している。
ハートレスやノーバディを直接攻撃する類のものではないのだが、上手く出来れば街や城周辺に蔓延る彼らを、一気に弱体化する事が出来ると言う。
成功すればソラの負担もかなり減るし、機械への悪戯の被害も防げるかもしれない、との事だ。


(確か、システムを発動させる為に、城の裏手にアンテナを立てる必要があるって言ってたっけ。レオンは大体の場所の見当をつけてるらしいけど、何処だったかなあ)


 レオンとシドがセキュリティシステムについて相談していた時、ソラは話半分程度にしか聞いていなかった。
プログラムの構築が、設備の設置に必要な費用が、と言う話は、ソラには少々小難しくてよく判らないので、いつも右から左へ聞き流している。
重要な事は後でレオンが簡潔に教えてくれるので、それで十分だったのだ。
だからレオンが、次のセキュリティシステムの為に必要となる場所の見当についても、後から聞いてはいる筈なのだが────一向に思い出せない。


「……ま、いっか。出来るだけ沢山倒して、減らせば良いんだし」


 深く思い出す為にじっとしている時間があるなら、出来るだけ動き回って、沢山の敵を倒す方が良い。
そう考えたソラは、空になった弁当を風呂敷に包んで鞄に入れ、立ち上がった。





 城の裏手に蔓延る影を一掃した頃には、太陽は西の彼方に大きく傾き、東の空には宵闇が迫りつつあった。
流石に其処まで来ると、ソラもくたくたである。
行きたい所に瞬間移動する事が出来る魔法ってないのかな、と思いつつ、少し重くなった足を引き摺りながら帰路を歩く。
その帰路にも、影はやって来るので、のんびり優雅な家路とは行かない。

 街が近付くと、セキュリシステムが稼働するので、戦闘もかなり楽になる。
中心部まで進めば、完全に安全が確保されているので、もう緊張する必要もない。
しかし、ソラの足は街の中心部よりも少し外れた場所へ向かっていた。
其処に、ソラの帰るべき場所があるからだ。

 少し古びたアパートメントの三階が、ソラの帰る場所だった。
玄関扉は木製で、差し込む日の光を受けて、少し日焼けして色が褪せている。
それが味があって良い、らしいのだが、ソラには建造物の味云々と言うものはよく判らない。
ただ、このアパートメントは何処かレトロな雰囲気を醸し出していて、近代的な建物が並ぶ中、時代の経過から忘れられたように見え、それが時間の停滞を錯覚させる。
その所為か、このアパートメントの中にいると、なんとなく時間の経過がゆっくりになったような気がして、ソラはそれを気に入っていた。
このアパートメントの中にいれば、大好きな時間がいつまでもいつまでも永く続くような気がして。

 落とさないようにと、ジャケットの内ポケットに入れていた鍵を取り出して、玄関のロックを外す。
元々が高度な機械や電子技術を持っていた世界であるので、一般家屋にもその恩恵は広まっている。
だから、このアパートメントのようなアナログ式の施錠のみと言う建物は珍しい。
人の姿を模して近付く事のあるハートレスやノーバディも確認された今、より高度なセキュリティを導入して然るべきと言う考えが当たり前になっている為、ピンタブラー式のアナログ鍵だけとなると、セキュリティ強度としてはかなり頼りない。


(やっぱり、不用心かな)


 せめて、もう一つ何か鍵をつけた方が良いだろうか。
そんな事を思いつつ、駄目とは言わないけどちょっと嫌がりそうだなあ、と同居人の反応を創造する。

 玄関扉を引いて、「ただいま」と声をかけながら帰宅する。
そして、いつものように靴を脱ごうと足下を見た瞬間、ぴたり、とソラの動きが止まった。

 リビングから足音がして、帰宅したソラを、ダークブラウンの髪の青年───レオンが出迎える。


「お帰り、ソラ」
「あ、うん。ただいま」


 見慣れた柔らかな青灰色と、彼が毎日身に付けている薄藍色のエプロンを見て、ソラの止まっていた時間が動き出す。
しかし、そのまま立ち尽くすソラに、レオンはきょとんと首を傾げる。


「どうした?」
「えっ」
「疲れてるのか?そんな所に立っていないで、早く上がれ」
「う、うん」


 レオンの促す言葉を聞いて、ソラは慌てて靴を脱ぐ。
何処か上の空にも見えるソラの様子に、レオンは眉尻を下げて微笑み、


「夕飯の準備は出来ているから、直ぐに用意する。それとも、風呂に入ってからにするか?」
「え、あ、えっと───」


 キッチンに向かいながら言うレオンに、ソラは困惑したように視線を彷徨わせる。
そんなソラに、様子が可笑しいと感じたか、レオンはくるりと踵を返してソラの下へ近付く。


「どうしたんだ?何か───何処か怪我でもしたのか?」


 殊更に心配そうな表情のレオンの言葉に、ソラははっと我に返り、慌てて首を横に振った。


「ううん、大丈夫。今日は一杯戦ったから、ちょっと疲れてるだけだよ。腹も減ってるし」
「そうか。なら、先に夕飯だな。持って行くから、リビングで待っていろ」
「判った」


 ほっと安心したように表情を緩めるレオン。
それを見て、ソラは危ない危ない、と内心で胸を撫で下ろす。

 レオンは心配性だ、とソラは思う。
ちょっとした怪我や体調不良を放置するだけで、無理をするなと怒るのだ。
それはレオンが、ソラの事を庇護すべき存在───要するに子供扱いだ───と思っているからだ。
面倒見の良過ぎる性質であるレオンにとって、自分より年下の存在は、総じて守るべきものであるらしい。
それは、ソラとレオンの関係が今の形となって落ち着いてからも変わらない。

 だからソラは、出来るだけレオンに心配させる事がないように努めている。
レオンに心配して貰える事は嬉しいが、それが子供扱いから来ていると言うのが、ソラには些か悔しいのだ。
例え、その子供扱いからの延長から、レオンがソラの気持ちを否定する事なく、緩やかに受け止めてくれたのだとしても。

 ソラがレオンの子供扱いに(表に出さないとは言え)不満を感じている理由は、もう一つある。
その要因の一端と言えるものが、リビングに鎮座していた。


「………お帰り」
「………うん。ただいま」


 ツンツンと逆立った特徴的な形の金髪、その金糸によく映える碧眼。
レオンとも負けず劣らず整った顔立ちをした男───クラウドだ。
ソラが家に帰った時、玄関先で固まったのは、この男のものと思しき黒いブーツを見付けたからだった。

 クラウドとレオンの関係は、単なる知人友人と言うには余りにも近い。
少なくとも、ソラはそう感じている。
二人の関係がどうこうと言う事はないのだが、クラウドは明らかにレオンに対して特別な感情を持っており、彼にもそれを隠さない。
幸か不幸か、鈍いレオンはクラウドの想いに気付いておらず、精々“年下の友人”と思っている程度だ。
ソラを相手にする程ではないにしろ、レオンはクラウドの事も度々子供扱いするように接しており、その所為でクラウドに対して酷く無防備であった。
レオンがクラウドの感情の出所に気付いていないのは、ソラにとって幸運だが、年下だからとああも無警戒になるのだけは頂けない、と思う。

 クラウドはリビングの二人掛けソファに座り、ブラウン管の形をしたテレビを見ている。
このテレビのブラウン管の作りは単なる張りぼてで、レトロな雰囲気の部屋に似合うように、普通の薄型モニターにシドが廃材を使って飾り付けたらしい。
ソファの方は、柔らかで座り心地が良く、二人掛けとは言うものの幅広に作られており、ソラが寝転べるだけの長さがある。
平時、このソファは、当然ながらこの部屋の住人であるソラとレオンのものであった。
……其処を、もっと言えばソラが平時座っている場所を、クラウドが陣取っている。


「クラウド、いつから来てたんだ?」
「昼だな」
「何かレオンに用事?」
「いや」


 パキ、と何かが割れる音。
ソラが音の発信源を見ると、クラウドがローテーブルの上に置かれたクッキーを食べていた。
動物の形を模したそのクッキーは、一昨日、レオンが焼いたものだ。

 フローリングの床が微かに軋む音が鳴って、レオンがリビングに入って来た。
エプロンはキッチンで外して来たのか、ソラが朝に見たものと同じ、シャツとジーンズと言うラフな格好になっている。
手には二人分の夕飯のカルボナーラを乗せたトレイがあった。

 レオンは、立ち尽くしたままテレビを───クラウドを───見詰めているソラに気付き、


「ソラ?」
「…あっ。それ、晩飯?」
「ああ。突っ立ってないで、早く座れ。腹が減ってるんだろう」
「うん」


 いつものように食卓用のテーブルに着くソラに、レオンがトレイからテーブルへと食器を移して行く。
その傍らで、クラウドがすっくとソファから腰を上げて立ち上がる。


「俺は帰る」
「ああ」


 簡潔なクラウドの言葉に、レオンはそれ以上に簡潔な返事をした。
それを聞いたクラウドが、些か胡乱な目で食卓の席に着くレオンを見る。


「……何か俺に言う事はないのか」
「何か要件でもあったか」
「それはない」
「なら、言う事もないな」
「…晩飯くらい食べて行けとか、そう言う」
「生憎、今日の夕飯は余分を作らなかったからな。二人分きっちりしかない。だから晩飯は無理だ」


 ピッチャーからグラスへ水を注ぐ音がして、グラスの中の氷がカラコロと音を鳴らす。


「……そうか」
「其処のクッキーなら、幾つか持って行っても良いぞ」
「いや、それは良い。もう食べたし」


 そう言うと、クラウドは諦めたように食卓から目を逸らした。
玄関へ向かおうとするその足へ、レオンは「大丈夫か?」と訊ねたが、クラウドはひらひらと手を振って返事をしただけ。
玄関の方でドアの開閉の音がして、階段を下りて行く気配が遠退いて行った。

 点けっぱなしのテレビから、ニュース映像が流れている。
それを見たレオンは、小さく溜息を吐いて、リモコンでテレビの電源を切った。
ソラはパスタをくるくるとフォークに巻き付けながら、正面に座るレオンを見詰め、


「クラウド、何しに来てたんだ?」
「…さあな。よく判らない」
「いつから来てた?」
「三時頃だな」
「何してたの?」
「テレビを見て、クッキーを食べていただけだ。てっきり何か用事があるものだと思っていたんだが……本当に何もなかったな」


 なんだったんだ、と呟きながら、レオンはパスタをフォークに巻き付ける。
ソラは口の中に入れたパスタを噛んで飲み込み、口の中を空にしてから訊ねた。


「何もなかったのか?」
「ああ」
「本当に何もなかった?本当に本当?」


 何度も繰り返して確かめるソラに、レオンはことんと首を傾げる。


「ああ、何もなかったぞ。テレビを見て、クッキー食べて、後は少し雑談していただけだな」
「話したって、何処で?」
「何処って───」


 其処、と言うようにレオンの視線が向いたのは、テレビの前の二人掛けソファ。

 この部屋には、それぞれ二人分の家具しか用意されていない。
ソファが二人掛けなら、食卓に使っているテーブルの椅子も二脚だけだ。
来客が来た時に不便ではないか、とレオンは思っているのだが、ソラの我儘で二人分の家具しか揃えなかった。
この部屋の中はソラとレオンが二人で過ごす為の世界だから、二人の生活で必要なもの以外は用意したくなかったのだ。

 自分の我儘でそうした仕様にしたソラだったが、今はそれを激しく後悔していた。

 食卓では、いつもソラとレオンは向き合って食べている。
テレビを見ながらのんびりと過ごす時は、ソファに二人で並んで座る。
その時、ソラとレオンは決まって身を寄せ合って過ごすのが習慣になっていた。

 ソラはパスタにホワイトソースを絡めながら、むぅ、と唇を尖らせ、


「レオン、あそこ座った?」


 あそこ、と言ってソラが指差したのは、二人掛けソファの左側。
その場所はソラがいない時でも使われていて、帰宅したソラが、ソファに座ったまま転寝をしているレオンの姿を見た事もある。
だから平時は勿論、来客がある時でも(相手にも因るとは思うが、基本的にこの家を訪れるのはクラウド位のものである)レオンがソファを使うのは不自然ではない。
他に座れる場所と言ったら、食卓用に使っているテーブルの椅子ぐらいで、これはソファに座っている相手と話をすると、ソファに座った方は背中越しに会話をしなければいけないので、話がし辛いのだ。

 レオンがいつも座っている場所で、彼はのんびりとテレビを見たり、甘えるソラに膝を貸したりしている。
その隣に───ソラがいつも座っている場所に───今日はクラウドが。
ソラはその光景を想像するだけで、自分の胸の奥がモヤモヤと蟠りを生むのを感じた。

 しかし、レオンはそんなソラに気付かず、


「座ったぞ。あいつが隣に来いと言ったからな」


 と、なんとも無防備な事を言ってくれた。
これにはソラとて呆れるしかない。


「危ないじゃん」
「危ない?何がだ?」
「何がって、クラウドが」
「……?」


 ソラの言葉に、レオンは眉根を寄せて首を捻る。

 ソラが言おうとしている事を読み取ろうとしているのだろう、レオンの眉間には深い皺が寄せられている。
それを見て、ソラは判り易く大きな溜息を吐いた。




 夕飯を終え、レオンが食器を洗っている間に、ソラは風呂に入った。

 湯船は一人で入るには広く、足を伸ばす事も出来る。
それはソラがまだ発展途上の体躯をしているからで、完成された大人の体躯をしているレオンは、少し足を縮める必要があった。
それでも、今のソラなら、レオンと一緒に湯船に浸かれるスペースはある。
そうしようとした場合、ソラはレオンの膝に乗せられる事になるので、其処までの子供扱いは流石に受け入れられなかった。
この為、いつか二人で一緒に風呂に入りたいと言うソラの細やかな希望は、広い風呂のある住宅へ引っ越すまでお預けとなっている。


(でも、あんまり広いのもなー。ちょっとイメージと違うって言うか)


 熱めの湯にのんびりと浸りながら、ソラは広い湯船に二人で入浴する場面をイメージする。

 二人が両手両足を伸ばしても余裕がある程の、広い湯船。
ゆったりとしたその湯船の中で、のんびりと過ごすのは心地の良いものだろう。
しかし、まさか終始大の字で風呂の中浮いて過ごす訳でなし、解放感はさて置くとして、其処までの大きなスペースは必ずしも必要とは言えない。
何より、そんなにも広さがあると、レオンとの距離が離れてしまう。
小ぢんまりとしたスペースであるからこそ、傍にいる人との距離を、物理的にも心理的にも縮める事が出来るのだ。


(うん。やっぱり、あんまり広いのは要らないな。でももうちょっと広さは欲しいなあ。あと身長も)


 身長。
風呂の広さ云々よりも、ソラにとっては其方の方が重要かも知れない。


(そうだよ、身長だよ。前よりは結構伸びたけど、まだ見上げないとレオンの顔が見えないもんな)


 初めてレオンと出逢った頃に比べれば、成長期真っ盛りのソラの身長も大分伸びたと言えるだろう。
しかし、それでも未だにレオンの頭の位置は遠く、彼が屈んでも、ソラは背伸びしなければ彼の顔に届かない。
その度、ソラが密かに悔しい思いをしているとは、レオンはきっと知らないだろう。

 この体格差の所為で、ソラはレオンに容易く抱き上げられてしまう。
一緒に風呂に入った時、ソラの方がレオンの膝に乗せられる格好になるのも、この所為だ。

 悔しい思いをしつつ、ソラはバスルームを後にした。
濡れた体を拭いて、夜着のシャツとハーフパンツを着る。
───と、腕を通したシャツの袖が、心なしか先日よりも短くなっているように見えて、ソラの心は高揚した。


(よーし!この調子で!)


 これからもどんどん身長が伸びてくれれば、いつかはレオンに追い付ける。
若しかしたら、レオンを追い抜いて、彼を見下ろす事だって出来るようになるかも知れない。
……その場合、ソラの身長は190cm代まで伸びる必要があり、どちらかといえば小柄であるソラの体格を思うと、非常に気の長い話になりそうなのだが、体の成長の度合いなどと言うものは千差万別である。
どうなるのかは、本人にも周囲にも判らない。
このまま、ソラがレオンを見上げ続ける事になるか否かも、判らない話であった。

 ソラがリビングに戻ると、レオンは二人掛けソファの定位置に座っていた。
肘掛けに肩肘を乗せて、手の上に頭を乗せ、テレビに流れるニュースを眺めている。
ソラは息を殺し、気配を忍ばせ、こっそりとレオンの背後に近付いた。


(そーっと、そーっと……)


 じり、じり、と距離を詰めたソラは、遂にレオンの背後数十センチと言う場所まで辿り着いた。
ふぁ、と欠伸の漏れる声が聞こえる。
それを合図に、ソラは一歩踏み込んで、


「レーオン!────っととと!?」


 背後から突進するように飛び付いて来たソラを、レオンの体はひょいと避けてしまった。
勢いよく背凭れに飛び付いたソラは、そのままソファの上に頭から落ちる。
どたっ、どたん!と大きな音がして、ソラは痛む頭と、背凭れで打った腹を摩りながら顔を上げる。


「いって〜……」
「残念だったな」


 くすくすと傍らで笑う気配。
見れば、レオンが小さな子供を見守る瞳で此方を見ている。


「気配の消し方は大分上手くなったが、爪が甘いな。一発くれてやろうって言う瞬間にバレてる」
「ちえっ」
「そう拗ねるな。成長しているのは確かだから」


 くしゃ、とレオンの手がソラの髪を撫でる。
その手を甘受しつつ、きっとレオンは、不穏な気配が背後に近付いていた事も、最初から気付いていたのだろうな、とソラは思う。
判っていて、最後までソラの好きなようにさせていたのだ。

 レオンはソファを立つと、椅子に置いていた夜着を持って、バスルームへ向かう。


「俺、先にベッド行ってるよ」
「ああ。ゆっくり休めよ」


 レオンは未だに、帰宅直後のソラの様子が可笑しかったのを、疲れている所為だと思っている。
そんなレオンにソラはこっそり溜息を吐いて、寝室へ向かった。




 この家の家具や生活用品は、テーブルや冷蔵庫、食器棚のような大きなものを除けば、それぞれ二人分ずつ備えられている。
食器も幾つかの来客用や菓子用のもの以外は、殆ど二人分だ。
しかし、寝室に備えられたベッドは一つだけだ。

 風呂を出て、濡れた髪をきちんと乾かしてから、レオンは寝室へ入った。
決して広くはない寝室の半分を占拠しているセミダブルのベッドの上に、こんもりと丸まった布の塊がある。
それを見たレオンは、くすりと小さく笑う。


「ソラ、そんな寝方をしていると、後で苦しくなるぞ」


 声をかけても、少年からの反応はなかった。
朝から夕方まで無限の影と戦い続け、疲れ切って帰って来ているのだから、無理もない。
布に頭まで包まっているのは、体が疲れて眠ろうとしているのに、部屋の電気の所為で明るくて眠れなかったのだろう。
電気を消してしまえば良いのに、とレオンは思うのだが、ソラ曰く「消したらレオンが蹴躓くかも知れないだろ」との事らしい。
そんなミスはしないとレオンは思うのだが、暗がりの視界が悪いのも確かだし、ソラの気遣いを無碍に扱うのも悪い気がして、ソラの好きにさせる事にしている。

 布の塊は微かに上下していて、寝息も聞こえて来る。
今は健やかな寝息だが、このまま寝かせていては、きっと夜中に寝苦しくなって目を覚ますに違いない。
寝ているのならもう大丈夫だろう、と布のバリアを解く為に、レオンは少年を包んだ毛布の端を摘んだ。

 ────その瞬間、布の裾から伸びて来た腕が、レオンの腕をがしっ!と掴む。


「っ!」


 ぐんっ、と引っ張る力に対し、レオンは完全に無防備だった。
勢いよくベッドの上に倒れ込んだレオンの首が、確りとした力で捕まえられる。


「っソラ!」


 ぎゅう、とまるでコアラが抱き着く様にしがみ付いて来た少年に、レオンが声を上げる。
二人の体の下で、ベッドのスプリングも悲鳴を上げていたが、そんな事に構う余裕はなかった。
レオンには勿論、ソラにも。


「おい、ソラ!」
「へへー、捕まえた!」
「お前な……」


 自分の体の下で楽しそうに笑うソラに、レオンは呆れるしかない。
脱力してそのままベッドに突っ伏しそうになったレオンだったが、このままだとソラを下敷きにしてしまう。

 レオンはソラを引っ張り剥がそうとしたが、ソラは全力で抵抗した。
少年の腕はしっかりとレオンの首に絡められ、更には足がレオンの腰を掴まえている。
こういう習性で子育てをする動物っているよな、と思いつつ、レオンは仕方なく体を横にしてベッドに転がった。
そうしてようやく、腰に絡み付いていたソラの足が離れる。


「寝ていたんじゃなかったのか?」
「寝てないよ。まだ起きてた」
「早く寝ないと明日に響くぞ。疲れてるんだろう」


 言いながら、レオンは子供に睡魔を誘うように、ゆっくりとした手付きでソラの頭を撫でている。


「平気だよ。ちょっと寝れば、明日にはなんともないから」
「なら良いが。無理はするなよ」
「俺は何ともないよ。寧ろ俺より───」


 言葉を区切ったソラに、レオンが「ん?」と首を傾げる。
ぎゅ、とレオンの首に回されたソラの腕に力が篭り、───ちゅ、と二人の唇が触れ合う。

 触れたそれらは、直ぐに離れた。
大きく開かれた青灰色の瞳が、ぱち、と瞬きをして、


「レオンの方が、無理しないようにした方が良いかも」


 そう言った少年の瞳に、勝気な色が灯るのを見て、レオンは小さく笑みを浮かべる。
その頬にはほんのりと朱色が灯っているのを見て、ソラはもう一度、青年の唇を己のそれで塞いだ。





 ─────星空が見える。
何処までも広がる、宵闇に塗り潰された空の中、無数の星がきらきらと輝いている。
光を遮る雲がないので、ソラの視界には正しく星空しか存在していなかった。

 むくり、とソラは起き上がり、きょろきょろと辺りを見回した。
周囲には、これもまた何処までも広がる草原がある。
傍らには大の字に寝転がった二人の仲間がいて、どちらもすぴょすぴょと健やかな寝息を立てている。


「………」


 遠くまで続く草原の地平線を見詰めた後、ソラは徐に持ち上げた両手に視線を落とした。
其処にあるのは空っぽの自分の両腕だけで、他には何もない。

 ───判っていた。
薄々、判っていた。
なんとなく、感じていた。

 大好きな人が作ってくれた朝食。
行ってらっしゃいのキス。
大好きな人の為が作ってくれたお弁当を食べながら、頑張る一日。
家に帰ったら大好きな人が夕飯を作って待っている。
そして夜になったら、大好きな人と、大好きな人とする行為をして、そして……そして。


「あー!!折角いーとこだったのにー!!」


 なんで起きちゃったんだ!と叫ぶソラの声が、満天の星空に響き渡る。
「うるさい!」と言う隣の声は聞かず、ソラはしばらくの間、悔しさの余りにじたばたと暴れていた。

 今からでも眠れば、続きが見れるかも知れない。
そう思ったソラが、不意の覚醒から再び眠りに落ちるまで、約一時間と言う暇を要したのだった。




初のソラ×レオン。
しかし夢オチでした。ソラの理想図(願望)みたいなものなので、レオンよりソラの方が上手な感じ。
クラ→レオだけど、クラ×レオには恐らく至らない。ソラの夢だから。

需要があるのかは知らないが、書いてる人間は非常に楽しかったです。