祈りの輝石
レオン誕生日記念(2016)


 誕生日おめでとう、と幾つも声が重なった。
嬉しいような、気恥ずかしいような、なんともむず痒い気分になって、レオンはどんな顔をすれば良いのか判らない。
いつの間にか覚えた、不器用な笑顔をなんとか浮かべると、少年少女達が自分よりもずっとずっと明るい笑顔を浮かべた。

 レオンの誕生日パーティは、再建委員会がいつも集まる魔法使いの家で行われた。
場所の提供にレオンがマーリンに何度も詫びと感謝を述べ、誕生日なのだから良いんじゃよ、と彼は笑った。
そして、これはプレゼントじゃ、と魔法で家の飾りつけに輝きを送り、エアリスが手ずから作ったと言う飾り紐や飾り紙が一層華やかな演出を見せた。

 誕生日ケーキは、エアリスが手配してくれた。
予定よりも人数が一人増えたので、6カットされる筈だったケーキが8カットになり、余った一つはレオンの手でソラへ譲られた。
最初はソラも遠慮したが、「二つは多くて食べられない」とレオンが言うので、生クリームは生物だから早い内に食べた方が良い、とも押された事もあって、ソラが貰った。
ユフィがいいな、いいな、と仕切りに言うので、ソラも渋々顔でユフィに一口あげている。
シドは、相変わらず年下達に甘いレオンに呆れていたが、今日の主役である当人はと言うと、ソラとユフィの遣り取りも微笑ましそうに見ていたので、苦言は引っ込めた。

 口の周りに生クリームをつけながら、美味しそうにケーキを食べるソラとユフィ。
ソラが自分のケーキを半分程食べた所で、そうだ、とレオンを見た。


「レオンって何歳になったんだ?」
「さて、幾つだったか…」
「えー、覚えてないの?」


 唇を尖らせて不満そうなソラに、悪いな、とレオンは苦笑する。


「20を越すと、段々どうでも良くなってきてな」
「判らんでもないな。言われなきゃ、誕生日そのものも知らずに過ぎていた所だろうし」


 レオンとクラウドの言葉に、ユフィも不満気に眉根を寄せる。
まだまだ無邪気で幼い二人には、やや老成気味のレオンや、こうした祝い事に感心のないクラウドの気持ちは理解し辛いのだろう。


「勿体ないよ。嬉しい事なんだからさ、思いっきりお祝いしなきゃ」
「だよねぇ。いつもより豪勢なご飯も食べれるし、美味しいケーキもあるし。楽しまなきゃ損だって」
「お前、食いモンの事ばっかじゃねえか」
「シドだってお酒の事ばっかじゃん」


 ケーキを早々に食べ終え、缶ビールを開けているシド。
ユフィに指摘されて、シドは素知らぬ顔でまたビールを傾けた。

 各々のケーキ皿がすっかり空になると、ユフィが意気揚々と手を上げて言った。


「そんじゃ、此処からプレゼントターイム!」


 ケーキ後の一服にコーヒーを傾けていたレオンが、ユフィのテンションの高さに驚いて、目を丸くする。
ぽかんとしている彼をそのままに、ユフィはテーブルを離れ、シドのコンピューター前に置いていた荷物袋を探る。
それを見たソラも、そうだ、と言って自分の荷物に向かった。

 二人が何かを荷物を広げている間に、レオンはテーブルの片付けを始めたエアリスに言った。


「プレゼントタイムって……まだ何かあるのか?俺はもう十分祝って貰ったぞ。料理だってエアリスが作ってくれたんだろう」
「うん。でも、お祝いされる人は十分かも知れないけど、お祝いする人はそうじゃないからね。一杯、一杯、準備したから、きちんと全部、貰って帰ってね」


 にっこりと朗らかに笑うエアリスの言葉に、レオンはまた気恥ずかしさで頬が赤くなるのを感じた。
だが、要らないなどと言える訳もないし、そんな言葉が彼の頭に浮かぶ事もない。
照れ臭そうに眉尻を下げるレオンに、エアリスもまた楽しそうに頷いて、積んだ皿を持ってキッチンへ向かった。

 どっちが先に渡す、と揉めている少年少女の声が聞こえて来る。
仲の良い事だ、とレオンの頬が緩むのを、クラウドはビールのタブを開けながら見ていた。
その碧眼を、横から覗いている保護者の視線には気付いている。
当分はそうした視線の流れがあったが、クラウドが目を閉じてビールに口を付けると、保護者の視線も散って行った。


「あたしが先ね!決まり!」
「あー!」


 ジャンケンをして順番を決めて、先を取ったユフィが戻って来る。


「やっと戻ってきやがった。そんなに先争って渡す程のもんでもねえだろ」
「何言ってんのさ、順番って大事だよ。インパクトのある方が勝ちなんだからね」
「何と勝負してんだ、お前は」


 呆れるシドを気にせず、ユフィは腕に抱えていたものをレオンの前に差し出した。


「はい、レオン。誕生日おめでとう!」
「ありがとう、ユフィ」


 受け取ったそれは、30センチの箱をラッピングしたものだった。
開けて良いかと確認すると、ユフィが頷いてくれたので、リボンテープを解いて行く。
破る事はせずに丁寧にテープを剥いで広げていくと、真っ白な箱が出てきた。
蓋を開ければ、クッション材の小さなテープの中に、綺麗にビニールで梱包されたままの、真新しいグローブが入っている。
デザインは今レオンが使っているものと同じだった。


「レオンのグローブって、ずーっと使ってる奴でしょ。もう大分ボロボロになってるじゃん。だから、新しいのがあったら良いんじゃないかなって思ってさ」
「ありがとう。大事に使わせて貰う」


 ユフィの言う通り、レオンが両手に嵌めているグローブは、故郷に帰って来る以前から使っていたものだった。
あの頃から既にハートレスとの闘争はあったので、レオンも頻繁にガンブレードを握っており、最近ではグローブはすっかり使い古されて草臥れていた。
上質の革手袋であるので、使えば使う程、持主の手に馴染んでくれるので、使い込む事に否やはないのだが、それでもやはり物は消耗されていく。
小さな穴や解れなら、道具屋に頼んで補修すれば良いが、それでもいつか替え時は来るものだ。

 レオンは嵌めているグローブを外すと、ビニール袋から新品のグローブを取り出した。
レオンがグローブを外している所を初めて見たソラが、節のある整った指形をしたレオンの手を、しげしげと物珍しそうに眺めている。
穴が空きそうな程に見詰める少年に、レオンは照れ臭さを感じつつ、新しいグローブを嵌めた。


「どう?どう?」
「ああ、丁度良い」
「良かったー!」


 グローブはレオンの手の大きさよりも、僅かに大きかったが、指袋が余る程ではない。
使い込んで行く内に革が縮み、固い感触が和らいで行く事を思えば、丁度良い位だろう。
当分は馴染ませる時間も必要だが、道具屋に持って行って仕立て直して貰う必要もない。
その心配が杞憂で済んだ事に安堵して、ユフィがほっと胸を撫で下ろした。

 良かったね、とエアリスに頭を撫でられているユフィ。
子犬のように嬉しそうに目を細めるユフィに、レオンだけでなく、シドの頬も緩んだ。


「良かったじゃねえか、レオン」
「ああ。明日から早速使わせて貰おう」
「んじゃ、こいつは俺からな」


 グラスに注いだビールがレオンの前に置かれる。
お手軽な、と思わないでもなかったが、シドらしいと言えば確かだった。
気取らずに酒を酌み交わせる仲である。
レオンはグラスを手に取って、シドの缶ビールと乾杯し、泡に口を付けた。
キンキンに冷えた、独特の苦みと泡の感触が喉を通って行く。


「────っふう。美味い」
「もう一杯飲むか?」
「良いのか」
「お前の誕生日だからな」
「貰おう」


 シドは席を立って冷蔵庫に向かい、冷凍室の蓋を開けて、缶ビールを取り出した。
パーティが始まる直前に入れたと言う缶は、零下温度で凍るまで行かないまでも、十分に冷えてくれている。
とくとくと注がれた黄色い液体が、泡を生んでグラスを一杯に埋めると、レオンは喉を鳴らしてそれを飲んだ。


「…俺も飲もう。余分はあるよな?」
「ああ」


 クラウドが冷蔵庫に向かい、冷凍室を開ける。
それと入れ違いになる形で、ソラがおずおずとやって来た。

 ソラが昨日の昼にこの街に来たのは、レオンも知っている。
何やら、仲間の身内からの頼みを手伝いに来たとの事だが、彼自身はやる気が空回りして、早々に暇を出されたとか。
出立までは三日と言う猶予があったので、その間、彼には街の復興過程に必要不可欠な、ハートレス・ダスク退治を頼んでいる。

 彼の来訪は、基本的に予定にない事だ。
鍵の勇者としての使命を持ちながら、離れ離れになった友を探している彼は、いつも忙しなく何処かの世界を旅している。
この街も、嘗て───今も一部はそうなのかも知れない───彼が旅した景色の一つだった。
いつ終わるとも知れない未知の最中ながら、ソラは時折、この街へとやって来る。
あちこちにハートレスの気配は残りながらも、どうやら他の世界に比べれば、幾らか落ち着いているらしいこの世界は、彼にとって良い羽根休めになるらしい。
頻繁とまでは行かないが、一ヶ月に一、二度と言う間隔で、ソラはこの街を訪れる。

 そんなソラがレオンの誕生日パーティに出席できたのは、全くの偶然だ。
ソラが昨日やって来るなんてレオンは知らなかったし、パーティの準備をしていたユフィ達も判っていなかったから、ケーキはカットして6人分が丁度良いであろう、小さなホールしか用意していなかった。
その為にケーキは予定より一回り小さなカットになったが、それはレオンは一向に構わない。
それよりも、おずおずとやって来た少年が、背中に何かを隠すように持っている事に少し驚いた。


「あ、あのさ……レオン。俺、レオンの誕生日って、昨日初めて聞いたもんだから、その……」


 もごもごと篭りながら言うソラに、そうだろうな、とレオンは思う。
レオンは彼に自分の誕生日を伝えた事はなかったから、ソラがユフィやエアリスに訊ねるか、こうしたタイミングでもない限り、きっと知る機会はなかっただろう。


「レオンの欲しいものって聞いても、時間とか、労力とか、俺じゃどうにもなんないし」
「レオン、そんな事言ってたの?」
「……冗談だったんだが……」


 昨日、レオンは、出会い頭にソラから「欲しい物ある?」と聞かれた。
突然の事に驚きつつも、ソラは何でも良いからあるなら教えて、と言うので、「時間が欲しいな」と言った。
「それから労力も」と、冗談交じりに付け足すと、ソラは難しい顔をして立ち去って行った。
あの時のレオンは、翌日に自分の誕生日がある事などすっかり忘れていたので、冗談交じりに───本音が一片もないかと聞かれるとそれも嘘ではあったが───答えていたのだが、こんな事なら、もっと真面目に答えれば良かったな、と遅蒔きに後悔する。

 しかし、ソラはそれを深く気にしてはいなかった。
ソラは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、背中に隠していたものを差し出す。


「これ、俺からレオンに。誕生日おめでとう!」


 そう言ったソラの手には、きらきらと光る色取り取りの輝石を連ねた、小さな輪。
腕に通せる程度の大きさのそれは、ブレスレットだろうか。
石は綺麗な形のものばかりではなく、どちらかと言えば歪なもの、欠けたものを削って心ばかりに整えた、不揃いな粒が並んでいる。

 ビーズアクセサリーは子供の頃に見た事があったレオンだが、これは知らないものだ。
手を差し出すと、ソラは其処にブレスレットを置いた。
ユフィがレオンの横からひょこっと顔を出して、レオンの手の中の光を覗き込む。


「わ、綺麗。こんなの何処に売ったの?」
「一点ものだよ。ね、ソラ?」
「うん」


 ユフィの台詞に、ソラは照れ臭そうに鼻頭を赤らめながら、エアリスの言葉に頷いた。


「ほら、ポーションとかエーテルとか、薬を作るのに使う、魔力のある石って色んな所にあるだろ」
「ああ。これはその石なのか?」
「そうそう。昨日の内に、一杯集めて、エアリスにアクセサリーの作り方を教えて貰って。シドに穴の開け方教えて貰って」


 この世界に戻って来る前に、シドはグミシップに必要なグミブロックの加工や組み立てをしていた。
工業品の扱いならば慣れたもので、今でも機械の組み立て、修理に使う事が多い為、工具も色々なものを持っている。
ソラはそれらを借りて、拾った欠片を一つ一つ研磨して形を整え、穴を開けてワイヤー紐に通して行った。

 店で売られているようなバングルやブレスレット、チョーカー等に比べれば、安価で可愛らしい代物だ。
石の粒も不揃いなので、不格好と言えばそうなのだろう。
しかし、これを作る為にソラがどれだけの時間を費やしたのか、レオンには計り知れない。
レオンの目には、魔力の帯を散らして光る輝石の色が、より一層眩しく美しく見えた。


「ありがとう、ソラ。大事にする」
「ほんと?」


 レオンはソラの反芻に頷いて、手に持っていたブレスレットを、左腕に通した。
色取り取りにきらきらと光るブレスレットは、成人した男が持つには些か不似合いにも思えたが、レオンは気にしなかった。
明日からは壊してしまわないように、大事に仕舞う事になるだろうが、今日のパーティの間は、身に付けさせて貰おう。

 レオンの腕に通されたブレスレットに、ソラが頬を赤らめながら、嬉しそうに笑う。
見ている方が嬉しくなって来る少年の笑顔に、レオンも頬を緩ませて、ソラの大地色の髪をくしゃくしゃと撫でた。
その手首で、繋いだ石がしゃらしゃらと鳴った。

 ソラが子犬のようにレオンにじゃれている傍ら、ユフィがクラウドの顔を覗き込んで言った。


「で、クラウドは?」
「……俺か?」
「見た感じ、何も持って来てないみたいだけど」


 ユフィやソラのように何かを取りに行く様子もなく、かと言ってその身に持っていると言う様子もないクラウドに、ユフィは首を傾げる。
それを見たレオンが、ソラの頭を撫でる手を止めて振り返り、


「お前も何かあるのか?」


 全く意外と言う顔をして言ったレオンに、クラウドはテーブルに頬杖を突いて、表情を変えずに答える。


「生憎、何もない」
「えー!何ソレ!考えといてって言ったじゃん!」


 クラウドの言葉に真っ先に声を高くしたのは、レオンではなくユフィだ。
折角言っといたのに、とクラウドの肩をゆさゆさと揺さぶるユフィを、エアリスが眉尻を下げて宥める。

 揺さぶり酔いを起こしそうなユフィの勢いに若干押されつつ、クラウドは肩を掴む彼女の手を解かせて、


「思い付かなかったし、何も見付からなかったんだ。仕方ないだろう。その代わり───と言う訳でもないが、当面、俺は何処にも行かないつもりでいる。あんたが欲しい“時間”と“労力”の助けに位はなるだろう?」


 自分がソラにのみ、冗談交じりで言った筈の“欲しい物”をクラウドが知っていたと聞いて、レオンが俄かに目を丸くした。
が、昨日の今日だし、自分の誕生日の為に周りが色々と忙しなくしていた事も、今は判っている。
ソラは昨日はクラウドと一緒に行動していたし、自分の発言が其処を伝って知られるのも、何も不思議はない。


「成程。たっぷり働いてくれる訳だ」
「機械の設置だの何だのと言うのは、俺には判らないけどな」
「精密仕事は無理でも、力仕事は出来るだろう。機材を運ぶのも結構大変なんだ。そう言う人手は幾らあっても足りないから、手を貸してくれるなら有難い」


 欲を言えば、当面と言わず、その後も街に留まって復興に手を貸して欲しい所だが、レオンはその希望は飲み込んだ。
クラウドの事情を全て把握している訳ではないが、彼がふらりと街を離れる理由は、少なからず理解してはいるのだ。
何にせよ今は、労力として存分に使ってくれて良いと言うのだから、その言葉に甘えさせて貰おう。


「良かったな、シド。次のセキュリティの稼働の目処が立つかも知れない」
「おう。物は揃ってるからな、後は場所まで運びゃいい。お前なら楽に運べるだろ」
「どう言う大きさかも俺は知らないんだが」
「大丈夫、いつも私とシドで運んでる位だから。クラウドなら、平気だよ」
「ユフィも、しばらく休めそうだぞ。見回りも楽になる」
「だね〜。クラウド、明日からしーっかり宜しくね!」
「お前に宜しくされてもな。あと、飯は食わせてくれ。寝床も欲しい」
「あんた図々しいね〜。誕生日プレゼントの癖に」
「良いさ、それ位なら。偶に手抜きになるが」
「あんたの手抜きは、手の込んだ事をしなかったってだけだろう。十分だ。寝床もソファがあれば良い」


 銘々と交わされる遣り取りを、ソラはきょろきょろと首を巡らせながら聞いていた。

 自分の欲しい物について、“時間”と“労力”と言ったレオン。
言ったレオンも、それを聞いたクラウドも、冗談だったとは言ったが、クラウドの言葉からのレオンの反応を見るに、全くの嘘と言う訳ではないのだろう。
実際にレオンはいつでも時間に追われるように忙しく過ごしているし、復興の為に一分一秒でも惜しいと思っているのが判る。
だからクラウドの“プレゼント”にも、彼はこんなにも嬉しそうな顔をするのだろう。

 そんなレオンを見ているソラの頭に、昨日、魔力の欠片達を集め始めるまでに考えていた事が思い出される。


「レオン、レオン!」
「ん?」


 すっかり身内同士で花が咲いていた中に、ソラは声を大きくして割り込んだ。
抱き付く勢いで迫って来た少年を、レオンは「なんだ?」と柔らかな表情で受け止める。


「俺も。俺もしばらく此処にいるよ!」
「しばらくって───旅は良いのか?」
「うん。ちょっと位なら平気だよ。ドナルドもグーフィーも、しばらくドナルドのとこのおじさんに捕まってるっぽいし」


 ソラが一人で街を出る事は可能だが、やはり、行くのならば友達と一緒に行くべきだ。
ドナルドの叔父に頼まれた件が一段落するまでは、当分、出発の予定はないと見て良いだろう。


「だからさ、レオン。俺も街を立て直すの、一杯手伝うよ」
「良いのか?」


 ソラの言葉は、レオンにはとても有難いものだった。
単純に人手が増えると言う事は勿論、鍵の勇者の力を借りる事が出来ると言うのが大きい。
けれども、元より旅から旅へ、まだ幼さを残した少年に背負わせるには、余りにも重い宿命の中、一時に得た時間の隙間ならば、どうせならゆっくり休みたいのではないか、とレオンは思うのだ。

 しかしソラは、そんな事は露とも気にしてはおらず、


「全然良いよ。それに俺、再建委員会の特別会員なんだから、街の為に出来る事なら、なんだってするよ!」


 ソラの言葉に、レオンはくすぐったさで堪らず顔が緩みそうになった。
締まりのないものになりそうな顔を、屈託のない少年を抱き締めて隠す。
滅多にレオンからされた事のない抱擁に、ソラは引っ繰り返った声を上げて慌てていたが、直ぐに大人しくなると、照れ臭そうに笑った。

 街の為に、再建の為に。
その言葉がレオンには、「レオンの為に」と言っているように聞こえた。
直ぐに自意識過剰だな、と自分を叱るも、その空耳が強ち外れてはいなかった。
レオンの誕生日に、彼に喜んで欲しいからと、ソラは彼の望む事をしようと思ったのだから。

 くしゃくしゃと、レオンの手がソラの頭を撫でる。
それから、すっかり乱れ癖になってしまったソラの髪を梳きながら、レオンは彼を抱き締めていた腕を離した。


「ありがとうな、ソラ。そうだ、此処にいる間は、俺の家に泊まるか?クラウドもいるから、少し手狭になりそうだが」
「良いの?」
「ベッドも一つしかないし、ソファはクラウドが使っているから、俺と一緒に寝る事になるが、それでも良ければ来ると良い」
「行く!行く行く!」


 一も二もなく、ぶんぶんと首を縦に振るソラ。
まるで犬が全力で尻尾を振っているような、きらきらと目を輝かせて頷くソラと、夕飯も作ってやるから、と言うレオンを見て、シドが呟く。


「相変わらずソラに甘いな、あいつは」
「……俺と随分対応が違う気がするんだが」
「日頃の行いじゃない?」


 ユフィの容赦のない指摘に、クラウドは口を閉じる。
言い訳出来ない位には、自分がレオンの希望に貢献していない事は、自覚があるようだ。
そんなクラウドに、エアリスが慰めるように言った。


「レオン、クラウドには一番気を許してると思うから。だからだと思うよ」
「ああ。そうなんだろうな」


 クラウドに対するレオンの態度は、彼の他のメンバーへ向ける物とは一線を隔すものがある。
レオンは年下に総じて甘い傾向があるものの、クラウドは同性であり世代も全く同じである事もあってか、ややドライは反応が多かった。
これが同じ条件が当て嵌まる他の人間にも同じかと言うと、そうではない。
レオンのあの態度は、エアリスの言う通り、“クラウドになら言っても構わない”と思っているからこそ、現れるものなのだ。

 クラウドはこっそりと溜息を吐きながら、じゃれつく少年を甘やかしている男を見る。
肩の力を抜く事が下手なレオンだが、周囲の空気の和やかさに感化されたのか、今日はずっと表情が柔らかい。
いつも何処かに気を張り詰めさせている事を思うと、今日は彼にとっても、束の間の休息になったのではないだろうか。
だとしたら、それだけでも、今日のこのパーティは無駄ではなかったのだろう。

 まあ、概ね成功と言う事で良いんだろうな、とクラウドは終わりの流れに向かうパーティを眺めながら、思った。




 片付けは私達でするから、と言うエアリス達に甘え、レオンはソラとクラウドと共に魔法使い宅を後にした。
レオンがソラとユフィに連れられて来た時には、まだ西空にぼんやりと夕焼け色が残っていたが、それも随分と昔の話だ。
少し欠けた月が照らす夜道を、男三人でのんびりと歩く。

 セキュリティシステムが24時間稼働しているお陰で、夜になっても居住区は平穏が保たれている。
それでも何かが起きないとは限らないので、定期的に夜も見回りが行われているが、今日ばかりはしなくて良い、とシドに言われた。
必要と思う事があれば、クラウドが行けば良いのだと、早速プレゼント権を行使する事を匂わせるシドに、そうさせて貰おう、とレオンも笑った。

 夜道を歩く傍ら、レオンは腕に通したブレスレットを、月明かりに掲げて見詰めていた。
慣れた道を歩く足取りに危なげはないが、前方不注意だぞとクラウドが咎めても、レオンはブレスレットから目を離さない。
それを見上げていたソラが、むずむずとくすぐったい気分を感じながら、レオンに訊ねた。


「ね、レオン。それ、どう?気に入った?」
「ああ。とても綺麗で、見ていると気持ちが落ち付く気がするんだ」


 それが連ねられた石が仄かに宿す魔力によるものか、これを作った少年が持つ不思議な力に因るものかは判らない。
だが、月明かりを通し、ひらひらと冴えた光を帯びながら、しゃらしゃらと心地良い音を鳴らすブレスレットは、確かにレオンの心を穏やかなものに宥めてくれる。

 レオンの言葉に、ソラは嬉しそうに笑って、ぴょんぴょんとスキップを踏み始めた。
石畳の上を兎のように跳ねる少年に、レオンがくすくすと笑う。
クラウドは、そんな二人を、レオンの半歩後ろから眺め、


「……少しは、良い誕生日になったか」


 潜めた声で呟かれたクラウドの声は、レオンだけが聞いていた。
先を弾んだ足取りで歩く少年は、ついて来る気配があれば十分満足らしく、テンポを落とさず次へ次へとステップを踏んでいる。

 レオンはその後ろ姿を見詰めながら、クラウドの問いの答えを考えていた。
誕生日を迎える度、この日を自分が祝って良いものか、祝われて良いものかを悩んでしまう。
今日と言う日に自分が生まれたのは確かだが、過去を切り捨てた今の自分が、過去の自分が生まれた日を受け入れても良いのか。
一度シドにそれを零した時、彼は何も言わずにレオンの頭を撫でただけだった。
気にするなと言ったのか、バカバカしいと言ったのか、音にならなかったシドの返答の意図は、レオンには未だに判らない。
だが、あの言葉を零しても、ユフィやエアリスと一緒に毎年祝ってくれているのだから、きっと気にするなと言う事なのだろう。
レオン自身が自分の事をどんなに思い悩んだとしても、幼馴染達にとっては、今日と言う日の意味が変わる事はなく、それを祝いたいと言う気持ちも変わらないのだから。

 前をスキップする少年も、きっと彼女達と気持ちは変わらないのだろう。
昨日、レオンの誕生日を知るや否や、ソラは誕生日プレゼントを用意しなくちゃ、と思ったらしい。
その心に打算や計算はなく、ただ純粋に、レオンに「おめでとう」と言う気持ちを伝えたかったのだと言う。

 それを思い返すだけで、レオンの胸の奥は、ふわふわと心地の良い真綿に包まれたように暖かくなる。

 自分を縛る鎖を、レオンはまだ断ち切る事も、解く事も出来ない。
足枷のように引き摺るそれを、レオンは振り返らないようにして、重い足を前へと踏み出して行くしかなかった。
今もそれは変わらない。
だが、腕に通したきらきらと光る石は、そんなレオンの心も、冴えた光と共に、透き通るように照らして行く。

 ゆっくりと歩く大人二人を、いつの間にかすっかり置き去りにしてしまっていたソラが、坂道の向こうで手を振る。
月の光に照らされた少年の笑顔は、まるで太陽のように明るい。
その笑顔を見詰める青灰色が、眩しそうに細められ、


「ああ。皆のお陰で、良い誕生日だった」


 僅かに頬を赤らめて言った年上の幼馴染に、クラウドの唇も微かに緩んでいた。

 翳した腕で光る、手作りのブレスレット。
全てが少年の手作りだから、同じものはこの世界には何処にもない。
これは一生失くせない、と思いながら、待ち草臥れて駆け寄ってくるソラに、レオンは小さく「ありがとう」を告げた。




レオン、誕生日おめでとう!
スコールを祝う時と違い、うちのレオンはどうしても過去について後ろ向きになっている印象があるので、どうしても真面目な雰囲気が……
でもやっぱりお祝いしたいので、ソラも一緒に目一杯お祝いして貰いました。