ラピット・アイズ・ムーブメント -birth-
レオン誕生日記念(2017)


 レオンの午後は、再建委員会としてシドに呼ばれる事がなければ、のんびりとしたものであった。
午前中に家事を急ぐようにして済ませているのは、午後のこうした時間を作る目的もあるらしい。

 しかし、やる事が全くない訳ではない。
城から持ち帰った本やデータの解析であったり、街に蔓延る影の研究であったりと、レオンのやる事は尽きない。
加えて、夕飯の買い出しも欠かせない任務である。
ソラはデータの解析についてはさっぱり判らないので、買い物を引き受ける事にした。

 夕飯のメニューは、レオンが決めていた。
ソラは昼と同じように作りたい、引き受けたいと言ったのだが、珍しくレオンの方が折れてはくれなかった。
一通りの家事をソラに代わって貰ったお陰で、今日は十分休めたから、代わりに頑張ってくれたソラの為に夕飯を作りたい、と言うのだ。
そう言われると、照れ臭くも嬉しくて、それじゃあ……とソラが折れた。
それに、ソラもレオンの作った料理が好きなのだ。
彼が好きな物を作ってくれると言うのなら、飛び跳ねて喜ぶ位に。

 浮かれる気分を隠せない足取りで、ソラは買い出しに向かった。
街の中心地に出来た市場は、故郷に戻って来た人々の大切な生活圏である。
この為、シドは重要拠点としてのセキュリティを敷き、街の人々は勿論、並ぶ店舗や商品にもハートレスやノーバディの被害が出ないようにと徹底していた。
将来的には、此処と同じだけの安全を他の区域でも実現したいそうだが、設置にかかる費用や時間と言う問題で、簡単には行かないようだ。


(今日はパトロール休ませて貰ったから、明日は気合入れて行かなきゃな)


 がやがやと賑わう市場を見回しながら、ソラはそんな事を考えていた。
両手にはレオンに頼まれた食材と消耗品が詰め込まれた袋がある。
牛肉のミンチを多めに、と言われて、ソラが真っ先に期待したのは、ハンバーグだ。
きらきらと目を輝かせて、ひょっとして、と言う顔をしたソラに、レオンは笑顔を浮かべたのみ。
正解はお楽しみ、と言う事なのだろうが、ソラの胃袋はすっかりハンバーグ用に準備が進んでいる。

 一通りのものを買い終わったかな、と言う所で、ソラは道の端に寄り掛かって、買い物リストを確認した。


「えーと。牛肉、玉葱、人参、ニンニク……青ネギも買ったし。ティッシュの買い置きも買ったし。キッチン洗剤も買ったよな」


 一つ一つを口に出しつつ、袋の中身を覗いて、買い忘れがない事を確かめる。
頼まれたものが揃っている事を改めて確認して、よし、とソラはリストのメモをポケットに仕舞う。

 市場を家路の方角へと歩きながら、思えば平和な街の中と言うのは、意外と見ていないのだとソラは気付く。
レオンと同居を始める前は、短い時間を街で過ごすだけだったのだが、その頃からソラはハートレス退治やノーバディ対策に駆け回っていた。
傷薬や食料など、旅に必要な物を買う時間もあった為、安全圏で過ごす事も少なくはなかったが、復興の進んだエリアをのんびりと見て回る機会と言うのは、少なかったように思う。

 道行く風景を改めてみると、人々の活気が溢れている。
だが、こんなにも街が賑やかになったのは、つい最近の事だ。
それは街の人々の協力や、ソラの影退治の努力は勿論、再建委員会の面々の奮闘のお陰に違いない。
けれども、復興はまだ道半ばであって、街も元々の規模を示す建物の数に比べると、静寂と影が支配するエリアの方が広い。


(うん。やっぱり、明日は頑張らなきゃな。明日だけじゃなくて、明後日も、その次も)


 レオンやシド達は、この街を、嘗ての記憶よりももっと素晴らしい街にしたいと言っている。
一度闇に飲み込まれ、今もその残滓を残すこの世界に置いて、それは途方もない目標だろう。
ソラの力をもってしても、それは一朝一夕で叶えられる事ではない。
けれども、レオンがそれを願っているのなら、ソラは彼の想いに応えて見せたいと思う。

 だが、それはそれとして、今日はこれからの夕飯だ。
ぐう、と腹の虫が鳴るのを自覚して、自分の燃費の悪さに苦笑いしつつ、ソラは帰路を進む足を速める───が。


「あっ、ソラー!良いとこにいたー!」


 よく通る元気な高い声に名を呼ばれ、ソラは足を止める。
きょろきょろと振り返ると、「こっちこっち!」と頭上から声が降って来る事に気付いた。
視線を上へと上げれば、市場を見下ろせる高台の塀の上で、ショートカットの少女───ユフィが手を振っている。

 いつもなら高所など物ともせずに飛び降りて来る筈のユフィであったが、今日は階段を指差した。
降りるから来て、と言う事だろうか。
ユフィの姿が塀の向こうに隠れたので、ソラはちょっと位なら平気かな、と夕空の傾き具合を確認して、階段下へと駆けた。

 階段下で合流した二人は、挨拶代わりとハイタッチを交わす。


「こんな所で逢うなんて偶然だね〜。今日はパトロール休みって聞いてたから、逢えると思ってなかったよ」
「レオンの代わりに夕飯の買い物に来てたんだ」
「そっかそっか。じゃあ、今から買い出し?それとも帰るとこ?」
「帰るとこ。買い物はもう終わったから」


 右手に持っていた買い物袋を見せるソラに、そっかそっか、とユフィは満足げに言って、


「じゃあ尚更、丁度良かったよ。ハイ、これ」
「何?」


 どうぞとユフィが差し出したのは、直径10cm強と言った大きさの、正方形のボックス。
上部に持ち手がついてる箱を見て、首を傾げて正体を訪ねるソラに、ユフィは笑顔を浮かべて答えた。


「ケーキだよ、ケーキ。レオンの誕生日の!」
「ケーキ!」
「今から届けに行こうと思ってたんだけど、あんたの事見付けたから、渡した方が早そうだなと思ってさ。邪魔にし行くのもナンだしね〜」
「じゃ、邪魔ってなんだよ」
「何って〜。ヤボな事聞かないでよ」


 にやにやと揶揄う表情のユフィの言葉に、ソラが顔を赤くすれば、ユフィは益々面白がる表情を浮かべる。
つんつんとユフィの指がソラの赤くなった頬を突くものだから、ソラは「やめろって」とその手を振り払った。

 ソラを揶揄のはそこそこにして、ユフィはソラの手にケーキボックスを握らせた。


「シドとエアリスの手作りだからね。レオンの食べ易い味になってると思う。落としたり投げたりして、壊さないようにしなよ」
「判ってるって。……シドってケーキも作れたの?」
「一応。デコレーションのセンスがないから、其処はエアリスの担当。ちなみに材料を調達したのはあたしだから、これはあたし達からのレオンへのプレゼントって事で」
「判った。ちゃんと伝えておくよ」
「そうしてちょーだい。あと、これも。クラウドからレオンに」


 思い出したとユフィがポケットから取り出したのは、小さな紙袋だった。
ソラの掌にも収まるサイズのコンパクトな代物だが、持ってみるとサイズに反して少々重さがある。
金属類の重さであった。


「ピアスだったか、イヤリングだったか。そんな風に言ってたかな」


 中身の凡その見当を聞いて、成程クラウドらしい、とソラは思った。
クラウドは幾つかの貴金属類に拘りがあるようで、この点はレオンと価値観を共有している。
レオンもいつもシルバーのネックレスを首にかけているし、身に着ける事は少ないものの、幾つかのアクセサリーも持っている。
同じ趣向を持つ者からのプレゼントなら、レオンも喜んで受け取りそうだ。

 じゃあ宜しく、と言って、ユフィは片手を挙げ、下りたばかりの階段を再び上がっていく。
一番上まで到着した所で、ユフィは一度振り返り、ソラに向かって手を振った。
ソラは買い物袋を持った右手を上げて、返事を返す。

 階段の向こうへと消えて行ったユフィを見送った後、ソラは左手に握ったケーキボックスを見た。


(皆、色々考えてたんだなあ)


 シドもエアリスも、ユフィも、レオンと同じで、決して時間に余裕がある訳ではないだろうに、仲間の誕生日を祝う為の準備をしていた。
クラウドも、相変わらず、ふらりと現れては消える生活をしているが、それでも幼馴染の誕生日は忘れていなかったようだ。
ポケットから感じる重みの存在を感じながら、やっぱり何か用意すれば良かったかなあ、とソラは今更ながら考える。

 考えながら、ソラの足は急ぐように帰路を進む。
ケーキを預かったのだから、これは早く持って帰って、冷蔵庫に収めなければ。
腹も減ったし、早くレオンが作った夕飯が食べたい。
クラウドからのプレゼントは、忘れない内に渡さなければ。
それから、今日はレオンと一緒に風呂に入って、彼の背中を流してやろう。
一緒に入ると風呂が狭くなるだろう、と彼は言うけれど、折角の誕生日なのだから、彼の為に出来る事を、一つでも実践したいとソラは思う。

 賑やかな市場を離れ、静寂の目立つ寂れた住宅街を過ぎ、地面に伸びる影が随分と長くなった頃、夕日を浴びるアパートが見えた。
ソラが帰って来るのを待っていたのか、レオンが玄関先で立っている。
それを見付けた瞬間、ソラは走り出した。
左手に持ったケーキをうっかり壊してしまわないように、平衡を保たせながら走るのは、中々難しくてソラには面倒だったが、今日ばかりは仕方ない。

 ただいま、と駆け寄って来る少年を、お帰り、と柔らかい声が迎えた。




 ────ゆっくりと、目が覚める。
頭の芯がぼんやりとする傍ら、微かに痛みを感じて、レオンは眉根を寄せた。
痛みを誤魔化そうと蟀谷に手を当てながら、のろのろと重い頭を持ち上げると、するりと柔らかいものが肩から落ちる。
何が、と見ると、ぱさり、と音を立てて、膝にブランケットが落ちた所だった。

 きょろきょろと辺りを見回すと、広い部屋には明瞭とした明かりはなく、月明りの他は、ぽつぽつと小さな蝋燭の光が灯っているだけ。
闇色が濃かった世界は、段々と目が慣れるにつれて、其処にいる人々のシルエットが見えるようになってきた。


(……そうか。皆で祝ってくれていたんだったな……)


 場所はいつもの、再建委員会の拠点となっている、魔法使いの家。
その奥にある大きなテーブルを借りて、今日はレオンの為の誕生日パーティが開かれた。
シドとエアリスが作った料理やケーキに舌鼓を打ち、ユフィとソラとクラウドから誕生日プレゼントを渡された。
魔法使いからも、普段眠りが浅いレオンがゆっくり休めるようにと、夢見が良くなると言う魔力の籠った薬を貰った。
電子世界の友人からは、バースディメロディが添付された祝電メール。
そんなに盛大に祝われるような年齢でもないのに、と思いながらも、やはり祝ってくれる人がいると言うのは有難いもので、レオンはとても嬉しかった。

 そして縁もたけなわとなった頃に、レオンはシドとクラウドと一緒に酒を飲み始めた。
その時、ソラとユフィは残っていた料理の取り合いをしていて、エアリスもちゃっかりと其処に混じり、二人が見逃している菓子を摘んでいた。
若い少年少女の賑やかな遣り取りを背景に、男三人で酒を酌み交わしていたのは、いつまでだったか。

 パーティの跡となったテーブルに、火のついた燭台が一つ。
ゆらゆらと揺れる光に照らされたテーブル周りには、寝落ちてしまった皆の姿が映し出されていた。
その中に、一人姿が見えない事に気付き、レオンが辺りを見回していると、


「レオン、起きたんだね」
「…エアリス」


 いたのか、とレオンが振り返れば、髪を解いたエアリスが立っていた。
シャワーを借りて来たのか、さっぱりとした印象のエアリスに、レオンは膝にかかっていたブランケットを広げ、彼女の肩を包んでやる。


「ありがとう」
「いや、こっちの台詞だ。先にこれをかけてくれたのは、そっちだろう?」
「うん。レオン、気持ち良さそうに寝てたから。風邪、引かないようにって」


 すまないな、と感謝と詫びを口にするレオンに、気にしないで、とエアリスは首を横に振った。


「ひょっとして、片付けもしていたのか?」
「これからしようと思ってた所」
「手伝おう」
「良いよ、レオンは誕生日だもの」
「もう日付が変わっている。俺の誕生日は終わったよ」
「朝になるまではレオンの誕生日だよ。シドを起こすから、レオンはゆっくり寝ていて良いよ」
「そう言われても、この状況を見るとな……」


 ちらりとレオンが見遣るのは、テーブルに乗った沢山の皿やグラスと、それを囲うようにテーブルに突っ伏して眠る仲間達。
酒の入ったシドとクラウドだけでなく、騒ぎ疲れたのだろう、ソラとユフィもすかすかと寝息を立てている。
パーティの残骸と言うのは、此処だけには留まらず、料理を作っては運び出していたキッチンも、中々大変な事になっているのではないだろうか。
それを思うと、現場をエアリスとシドだけに任せると言うのは、少々気が引ける。

 エアリスはくすりと笑って、それじゃあ、と言った。


「レオン、シドを起こして、他の皆を奥の部屋に運んで貰って良いかな。それが終わったら、レオンはゆっくり休んで」
「…判った、そうするよ」


 エアリスの気遣いを感じて、レオンは頷いた。

 テーブルの食器をエアリスがまとめる傍らで、レオンは頬杖をついて寝ているシドの肩を揺らした。
シド、と何度か名前を呼ぶと、シドは唸りながら目を開ける。
酒の所為で少し眼が坐り、些か悪人染みた顔が浮かんでいたが、レオンは構わずにテーブルに置いてあった水を取る。


「エアリス、これ、水だよな」
「んーと……うん」
「シド、飲んでおけ」
「おー……っぷは。あ〜、結構飲んだなあ」
「シド、ちょっと休んだ後で良いから、お片付け、手伝って貰っても良い?」
「ん、わあった。ちょっくら便所行ってくるわ」
「ああ」


 欠伸をしながら立ち上がったシドは、頭を揺らしながらも、足元は確りとしていた。
思う程に酒は残っていなさそうなシドに、あれなら大丈夫そう、とエアリスが言う。

 シドが戻って来る前にと、エアリスはキッチンの流し台を開けるべく、水に浸けていた調理器具を洗い始めた。
それを横目に、レオンは先ずユフィを抱き上げ、家の奥へと設けた寝室へと運ぶ。
男女別に用意した寝室は、こうしたパーティの時に使われる他は、来客の宿泊場所として利用していた。
旅の途中で立ち寄ったソラと仲間達が使うのも、大抵此処である。

 奥の部屋にユフィを寝かせた後、レオンは次にクラウドを担ぎ上げた。
自分の方がやや身長は高いとは言え、体格的には大差のない男を担ぐのは、中々骨が折れる。
起きてくれれば楽なんだが、と思ったが、珍しく深い眠りの中にいるのか、クラウドが目覚める様子はなかった。

 最後にソラを運ぼうと戻ってみると、ソラは頭を起こして目を擦っていた。
周りの気配で目が覚めたのだろうか。
レオンは努めて静かな声で、ソラに声をかけてみた。


「ソラ。起こしてしまったか」
「んん……レオン……?」


 眠気の取れない空色の瞳が、ぼんやりとレオンを見上げる。
ごしごしと何度も瞼を擦る手を止めて、レオンは出逢った時よりは成長した、けれどもまだ小柄な少年の体を抱き上げる。


「まだ夜中だ。寝ていて良いぞ」
「んー……」


 腕の中でもぞもぞと身動ぎする少年を落とさないように抱え直して、レオンは寝床へと向かう。
ソラをベッドに寝かせたら、自分もそのまま眠ってしまおうか。
片付けを任せたエアリスとシドの事は気にかかったが、戻った所で手伝わせて貰えるとも思えない。
二人の気遣いを無にしない為にも、自分は大人しく眠るのが良さそうだ。

 クラウドを運んで来た時に開けたままにしていたドアを潜り、空いているベッドにソラを下ろす。
そのまま体を離そうとしたレオンだったが、ソラの腕が首に回り、ぎゅう、と引き留めるように力を込めていた。
小さな子供が甘えたがっているような仕種が微笑ましくて、レオンはもう一度ソラを抱き上げ、膝に乗せてベッドに腰掛ける。


「んー……へへ……レオンー」
「ん?」


 夢現にいるのだろう、ふわふわとした間延びした声で名を呼ぶソラに、レオンは大地色の髪を撫でながら返事をする。
ソラは頭を撫でる手に心地良さそうに目を細めながら、


「レオン、たんじょーび、おめでとー……」


 パーティが始まる時と、ケーキを食べ始めた時と、何度も口にした祝いの言葉を、ソラはもう一度言った。

 自分の生誕を祝ってくれる言葉の、なんと暖かい事か。
同時に、抱き着いて離れない少年の体温が心地良くて、レオンはソラを抱き締めたまま、横になった。
寝惚け眼の瞳がレオンを見上げ、「おいわい」と舌足らずに言ったかと思うと、レオンの唇に掠めるように柔らかいものが触れた。
感触の正体を悟ってレオンが目を丸くしていると、ソラはふにゃあと笑って、直ぐにすうすうと寝息を立て始める。

 無防備な少年の寝顔に、レオンはくすりと笑みを零して、目を閉じた。




レオン、誕生日おめでとう!
何かと後ろ向きになり勝ちなレオンの誕生日ですが、今回は楽しく楽しく。
このシリーズなのでオチはこれですが、皆からの誕生日パーティも楽しかったんです。

ソラが昼ご飯を作ってる間、レオンは初めてキッチンに立つ子供を見守る親の心境だったに違いない。