ファーストタイム・バースディ
レオン誕生日記念(2018)
オフ本[エモーショナル・シンドローム]の設定



 夏休みもあと一週間と言う頃に、スコールの誕生日はやって来る。
父子二人のささやかな誕生日パーティは、幼い頃から続く習慣となっていて、もう誕生日を喜ぶような年齢じゃないと言っても、ラグナは必ず祝いたがる。
ラグナの仕事の都合で、当日にケーキを食べられない年もあったが、そんな時には必ず後日にこれでもかと祝われた。

 一昨年には、もう祝いなんてしなくて良い、ときっぱりと言ったりもしたが、その時ラグナは「そっか……」と判り易く落ち込んだ。
息子が言うのならと父は受け止めてはくれたけれど、その時のラグナのなんとも言えない表情に、スコールは自分が悪い事をしたような気分になってしまった。
そうして当日を過ごしていたら、夜になって、こっそりと枕元にプレゼントが届けられた。
ドアを開ける所で頭をぶつけたり、カーペットに足を取られて転んだりと喧しいので、気配に敏感なスコールが寝ていられる筈もなく、起きて「何してるんだ、あんたは」と言った。
まるで真夏のサンタクロースのような事をする父に、スコールは諦めた。
プレゼントも受け取るし、ケーキも食べたいのなら一緒に食べる。
それでラグナの気が済むなら、とスコールは父のやりたいようにさせる事にした。
祝わなくて良い、と言った時の落ち込み様もスコールの心には残っていたし、誕生日の度に夜中に部屋に忍び込まれるよりは、堂々と渡して貰った方がスコールも気を使わなくて良い。
こうして今現在も、父子の誕生日の習慣は続いている。

 今年も変わらず、誕生祝は行われるのだろう。
今更さして気にする事もないが、やはり気恥ずかしさだけは誤魔化せない。
当日、何も知らない、意識をしていない振りをするのは、存外と大変なのだ。
父が隣で、いつプレゼントを渡そうかとそわそわしているので、スコールもつられて落ち着かなくなってしまう。
だからスコールは去年から、夕方になるまで街へと出掛ける事にしていた。
人混み嫌い、暑いのも嫌いなスコールにとって、この時期は余り出掛けたくはないのだが、この日だけは外出している方が気が楽だ。
運が良ければ友人が捕まえられるので、暇潰しも出来るし、駄目でも図書館なり博物館なり、静かで涼しい場所と言うのはあるものだ。

 そんな訳で誕生日当日を迎えたスコールは、まだ正午にならない内に家を出る事にした。
レオンが同居するようになってから、休日の朝は眠い目を擦りながら起きる必要がなくなったので、非常に有り難い。
が、レオンも決して朝に強い体質ではないらしく、それなら彼にばかり無理をさせる訳にもいくまいと、起きれる時は起きれるように努めている。
そして二人でキッチンに並ぶ事も増えた。
今日も朝をそうして過ごし、食事の片付けを終えて、自分の部屋の掃除を済ませた後、スコールは鞄を持って玄関へ向かった。


(何時に帰るかな……今年はレオンがいるから、俺がどうしても帰って作らなきゃいけないって事もないし。少し遅くなっても平気か)


 去年はこうして出掛けたものの、夕飯の事が気がかりで、夕方前には家路についた。
帰り道にはいつも通りにスーパーに立ち寄り、夕飯の材料を買って、家に着いたら直ぐ食事の準備を始めていた。
そうしていつも通りの夕飯の時間に間に合わせていたのだが、今年はキッチンを預けられる人がいる。
普段は彼にばかりやらせる訳にはいかない、と思うのだが、今日ばかりは甘えさせて貰っても良いかも知れない。

 何処かで昼食を食べている時にでも連絡を入れよう。
そう決めて、玄関で靴を履いていたスコールの背に、声がかけられる。


「スコール、出掛けるのか?」


 呼ぶ声は父のもので、スコールは反射的に眉間に皺が寄った。
いつ帰るのか、なんて聞かれるんだろうか。
過保護な父の事だから、その想像は容易で、少し面倒だな、と思ってしまう。

 が、続いたラグナの言葉は、スコールの予想したものとは違っていた。


「あのさ。外に行くんなら、ちょっと、そのー。頼みたい事があるんだけど、良いか?」
「……頼みたい事?」


 きょろきょろと、何処か忙しなく、何かを警戒しているような仕草で辺りを見回す父の言葉に、スコールは首を傾げた。


「うん。いや、ちょっとした事なんだけど、俺が行くよりお前が行った方が確実かなぁと思って。忙しいなら無理には良いんだけど」
「別に、特に予定が決まってる訳じゃないから…時間を取るような事か?」
「い、う、いや……えーと。多分そんなにはかからない事、だと思う」
「……」


 はっきりしないラグナの言い方に、スコールの眉間の皺が深くなる。
それを機嫌を損ねたと思ったのだろう、ラグナは両手を合わせて「頼む!スコール様!」等と言ってきた。
その言い様がまたスコールの機嫌を右肩下がりにさせているのだが、スコールはいつもの事だと自分に言い聞かせ、溜息を吐いて流す事に専念した。


「…それで、俺に頼みって言うのは何なんだ」


 引き受けるにしろ、拒否するにしろ、先ずは話を聞いてみなければなるまい。
余程面倒そうな事だったら、きっぱり断ってしまおうと素気無い事を思いつつ、話の本筋を促すと、ラグナの表情がぱっと明るくなった。




 午前の内に出掛けたスコールは、夕飯の時間ぴったりに家に帰ってきた。
その手には、出掛けた時にはなかった大きめの紙袋が一つ。
どうしたのかと尋ねると、暇潰しにと捕まえた友人から、誕生日プレゼントだと贈られたのだと言う。
学生御用達の人気スポーツブランドから発売されている鞄は、スコールが普段愛用している物よりも少し容量が大きい。
こんなに荷物が増える事なんてない、とスコールは言うが、シンプルな見た目は気に入ったようで、気が向いたら使っても良い、と言った。
顔を赤らめていそいそと自室に逃げ込む背中に、素直じゃないけど素直だな、とレオンは頬を緩めていた。

 スコールが部屋に籠っている間に、レオンは夕飯の準備を整えた。
赤らんだ顔を冷やしたスコールがリビングダイニングに来ると、其処には豪華な食事が並んでいる。
その殆どは、スコールの好きな食べ物で占められていた。


「これ……全部あんたが作ったのか?」
「ああ」


 目を丸くして訊ねるスコールに、レオンは頷いた。
困らせてはいないだろうか、と逸らされ勝ちな目を覗いてみると、少年はむず痒そうな顔をしている。
白い頬がほんのりと紅潮しているのを見て、少なくとも嫌な気持ちはさせていないらしい、とレオンはほっと安堵する。


「でも───はは、少し作り過ぎたかも知れないな」
「少しって言うか、これは……多いだろ。どう考えても。ティーダ達もいないと食べ切れない位だ」
「やっぱりそうか」


 スコールの言葉に、レオンは頬を掻きながら、自分がうっかり張り切り過ぎた事を改めて自覚する。

 テーブルの上には、大皿が二つも並んでいるのに加え、各自の皿にと装われた料理もある。
これが全て野菜やスープでも多いだろうに、大皿の一つはメインディッシュと言わんばかりに大きめの鶏肉が鎮座していた。
飴色をしたあんかけソースがきらきらと光っていて、食欲をそそる。
が、幾ら美味しそうでも、食べられる人間の胃袋には限りがあるので、これらを今晩で全て食べ切るのは難しいだろう。
作りながらレオンもそれを考えなかった訳ではないのだが、誰かの為に作る事や、何があれば喜んでくれるかと考えているのが楽しくて、ついついあれもこれもと手を出してしまった。
その結果が、ディナーパーティ宜しくと言った料理群であった。

 リビングで流れていたテレビの電源が切られ、ソファに座っていひたラグナが食卓へやって来る。
余り広くはないテーブルを埋め尽くすように並んだ夕飯を見て、おお、と翠の瞳がきらきらと輝いた。


「すっげぇな〜!ずっと美味そうな匂いがしてたから、どんな料理が出てくるのかと思ってたけど、こんなに豪勢になるなんて思ってなかったよ」
「すみません、やっぱり作り過ぎていたみたいで。大体火を通してるものばかりだから、残っても大丈夫です。だから、無理に食べたりはしないで下さいね」
「うんうん、判ってる判ってる。ほら、スコール、立ってないで早く座れよ。腹減ってるだろ?」
「スコールも無理して食べなくて良いからな。残ったものは明日の夕飯にするから」
「……ん」


 父とレオンの言葉に頷きつつ、スコールが席に着く。
ラグナとレオンもそれぞれ椅子に座って、いつもよりも豪華な夕食が始まった。

 スコールがほこほこと暖かな湯気を立ち昇らせているスープを掬って、口へと運ぶ。
息を吹きかけて少し冷ましてから口に含むと、ぴりっと胡椒の刺激をアクセントにした香ばしい味わいが口の中に広がる。
美味い、と呟くスコールの声を聞いて、レオンの頬が緩んだ。


「お代わり、一杯あるからな」
「一杯って、どれ位だ?」
「……鍋一杯、だな。やっぱりこれも多かったか」
「あんた、本当に張り切り過ぎだろう。今日はずっとキッチンにいたんじゃないか?」
「いや、買い物には行ったから、ずっとって言う事はないぞ」


 買い物も夕飯の材料を買いにいった訳だから、夕飯の為の作業に丸一日を使ったと言われれば、確かにそうだ。
しかしレオンには他にやるべき事もないし、何より、今日はスコールの誕生日だ。
そう言った家族間の行事と言うものに、初めて参加させて貰っている。
ラグナには勿論、スコールにも毎日世話になっているから、こんな時だけでもなんとか喜んで貰う事が出来れば、とレオンは思っていた。

 一口サイズに切ったハムとチーズのレタス巻を、ラグナがぱくりと頬張る。
ハムとチーズの間にはレモン風味のソースが挟まれていた。
すっきりとした味わいが残るレモン風味のソースは、レオンの手作りで、スコールが気に入っているものだ。


「ほんと、レオンってば料理の才能があるよな」
「そんな事は。レシピ通りに作っただけですし」
「レシピ通りでしっかり美味い飯が作れるんだぜ。十分凄いぞ」


 褒めちぎるラグナの言葉に、本当に大袈裟だ、とレオンは思う。
しかし、どんな些細な事でも、ラグナに褒めて貰えると、レオンは胸の奥が熱で一杯になる。
多幸感のようなそれに、何と返事をすれば良いのか判らなくて、レオンは言葉を誤魔化すように水を飲んだ。

 他愛もない内容の話題を、ラグナは幾つも提供し、レオンはそれに相槌を打ちながら聞いていた。
スコールはいつもよりも寡黙に、食事に集中している。
お陰でスコールの前の皿は着々と空になり、大皿の鶏肉にも二度も手を伸ばしていた。
無理しなくても良いぞ、とレオンは言ったが、スコールは「…ん」とそぞろな反応をするだけ。
あまり量を食べない、そもそも食べ物に執着しないスコールにしては珍しく、並ぶ料理に夢中になっている。
そんな息子に、ラグナがすっかり頬を緩めて、


「良かったなぁ、スコール。レオンが美味いもん作ってくれて」
「……ん」
「でも、後でケーキもあるんだからな。腹に隙間作っとかないと、食べれなくなるぞ。なんと、今年はコンビニのケーキじゃないからな!楽しみにしてろよ!」
「……ん」


 口の中に食べ物がある事もあってか、スコールの反応は常よりも更に淡泊だ。
あまり甘いものが得意と言う訳ではないので、ケーキにも子供のように惹かれる事もないのだろう。
が、父が張り切っているのは感じており、それに水を差す気もなく、短い反応だけは返していた。

 腹が八分目まで膨れた所で、豪華な夕飯はお開きになった。
予想した通り、料理はまだ三分の一が残っており、メインディッシュの鶏肉も半分までしか減っていない。
明日は夕飯を作らなくて良いな、と言うスコールに、レオンも苦笑して頷いた。

 夕飯の片付けをレオンとスコールのどちらがするのか、久しぶりに揉める事しばし。
結局、通例のように二人並んで、洗い物と拭き物をする担当に分かれて作業をした。
同居したての頃のように揉めた二人に、ラグナも「俺がやろうか」とは言ったのだが、これはスコールの「絶対割るから」の一言で封殺された。
息子からの信用のなさに父はさめざめと泣いたが、自分の過去の失敗の数々を忘れた訳ではないので、大人しく台拭きだけを任せて貰った。

 食器洗いが終わったら、レオンとスコールは少し休憩した。
その間にラグナがケーキの前準備としてコーヒーを淹れる。
いつもなら食後のコーヒーもスコールかレオンが淹れているものだったが、今日だけはとラグナがスコールからキッチンの使用許可を貰った。
レオンは、俺に任せてくれても良かったのに、と思うが、キッチンでコーヒーミルを回しているラグナは楽しそうに見える。
そう言えばこの家がコーヒー党なのはラグナの影響なのだ、と思い出して、レオンはのんびりと待つ事にした。

 程なくコーヒーの香ばしい匂いがリビングまで漂って来た頃、


「よーし、出来た。スコール、レオン、ケーキ食べようぜ!」


 嬉しそうな声に、レオンは本当にケーキを一番楽しみにしているのは彼なのではないか、とレオンはくすりと笑う。
スコールはと言うと、そんな父を横目に見て、呆れたように溜息を零して席を立つ。


「スコール?」
「…ちょっと外す。直ぐに戻るから」
「ああ」


 此処に来て主役を飽きさせてしまったか、それともやはり腹が一杯なのかとレオンは思ったが、どうやらそう言う訳でもないらしい。
スコールは暇潰しに読んでいた本をテーブルに置くと、心なしか急ぐような足取りでリビングを出て行った。

 ラグナがダイニングに戻ってきて、ケーキとコーヒーを乗せた大きなトレイをテーブルに乗せる。


「あれ、スコールは?」
「ちょっと外すと。直ぐに戻るそうです」
「あ───うん、そっか。そかそか」


 じゃあ待ってよう、と言いながら、ラグナはテーブルにケーキを並べて行く。
ケーキは通例のコンビニスイーツではなく、近所に昔から構えられているケーキ屋で買ってきたと言う。
その証のように、ケーキのトップには銘入りのスクエアカードが乗せられていた。


「折角だから三つとも違うケーキにしようかと思ったんだけど、ケンカになったらヤだなあと思ってさ。結局一緒にしちまった」
「ケンカにはならないんじゃないですか。スコールが最初に選んで、それからラグナさんで……俺は別に好き嫌いはないから、残り物でも構いませんし」
「いやいや、それなら俺こそ残り物で良いよ。だって今日はさ、ほら。な?」
「…?」


 今日の事を強調するように言うラグナに、レオンはことんと首を傾げる。
“今日”ならやはり最初にケーキを選ぶのはスコールで、後はやはり欲しいものがある人が先に選べば良いだろう。
ケーキを買いに行ったのはラグナなのだし、そもそもレオンは居候なのだから、図々しい事を言う気もない。
ラグナが大事にしている息子の誕生祝いを、自分も一緒に交えさせて貰っているだけでも、レオンには十分過ぎる位だった。

 カチャ、とドアの鳴る音がして、スコールが戻ってきた。
ラグナが息子の顔を見て、嬉しそうに目を細める。
レオンも何となくスコールを見て、彼が両手を隠すように背中に回しているのを見付けて首を傾げる。
近付いて来る少年の顔をよく見れば、薄らと赤くなっていた。


「……ラグナ、これ」
「うん。わざわざありがとな」


 スコールはラグナの元まで来ると、背に隠していたものを彼に差し出した。
大きめの袋に入ったそれをラグナが受け取り、くしゃくしゃとスコールの髪を撫でる。
スコールは鬱陶しそうにそれを振り払うと、逃げるようにテーブルの反対側に回って、レオンの隣に腰を下ろした。
そこで自分を見つめるレオンの視線に気付き、逃げるように顔を背ける。


「スコール────」
「レオン!」


 どうしたんだ、と訊ねようとして、ラグナの声に遮られた。
弾むような声に一瞬驚いて、慌ててラグナの座っている方を見ると、


「ほいっ。これ、誕生日プレゼントな!誕生日おめでとう、レオン!」
「え?」


 先程、スコールから手渡された袋を差し出して、満面の笑みを浮かべたラグナの言葉に、レオンは目を丸くする。
蒼の瞳が零れんばかりに見開かれて、ぱち、ぱち、と瞬きを繰り返すのを、隣に座ったスコールが伺うように見ていた。

 差し出された袋には、シンプルなラッピングが施されており、バースディカードも添えられていた。
カードには見慣れた少年の癖字で『レオンへ』と綴られている。
送り主にはスコールとラグナの名前が続けて書かれており、二人からレオンへの贈り物である事をはっきりと示していた。
が、其処まで理解しても、レオンはどうしてこれが自分に差し出されているのかが判らず、呆然とした表情のまま動かない。

 混乱極まった、と言う表情のレオンに、ラグナはくすりと笑う。


「すげー顔してるぞ、レオン。鳩が豆食ったみたいな顔だ」
「え、え……?」
「それを言うなら鳩が豆鉄砲を食らった顔、だ」


 息子の修正に、そうだった、と笑いながら、ラグナは袋をテーブルに置いた。
ケーキと並べて置かれたラッピング袋を、レオンの視線が追う。


「あの……ラグナさん、これは…」
「うん」
「……誕生日、プレゼントって」
「うん。俺とスコールから、お前に。誕生日祝いだよ」


 ラグナの言葉に、ごほん、と隣でスコールが咳払いをする。
其方へレオンが目を向けると、スコールは明後日の方向を向いていて、レオンに彼の顔を見る事は出来なかった。
代わりにシャツの襟首から覗く首が、付け根まで赤くなっているのが判る。


「……俺は受け取りに行っただけだ。ラグナが行ってくれないかって言うから」
「悪いなぁ。今日はスコールも誕生日なんだし、俺が行けたらって思ってたんだけど、店の住所見てもまるで判んなくって」
「…別に良い。あんたじゃあそこは見付けられなさそうだし、迷子になられたら余計に困る」
「あはは、やっぱりな……悪かったな、スコール」
「…気にしてない。案外良い所にあったし。多分、あの辺りの店はまた行く」
「おっ、スコールも気に入ったものがあったのか?じゃあ今度皆で行こう!」
「それは嫌だ」
「ええ〜っ」
「レオンと二人だったら行く」
「俺も一緒に行かせてくれよぉ」
「……静かにしてるなら、別に良い」


 スコールの言葉に、するする!と言うラグナの声は既に弾んでいる。
まずそのボリュームを抑えてくれ、と言わんばかりにスコールは溜息を吐いた。
───と、そんなスコールの前に、ラグナが小さなプレゼントボックスを差し出す。


「そんで、スコールはこっちな」


 にっこりと笑顔で渡された誕生日プレゼントに、スコールの眉間の皺が一層深くなる。
何かを言おうとしてか唇が一度開いたが、結局音は何もなく、スコールは拗ねたように噤んだ唇を尖らせた。
その目が判り易く父から逸らされるのを見て、ラグナは嬉しそうに笑う。

 レオンはまだ自分の誕生日プレゼントだと言われたものを見詰めている。
蒼い瞳が、現実を夢の境目を彷徨っているような色を映し、其処に映っているものが本当に存在しているのかも判っていないように見えた。
それは強ち間違いではなく、レオンは今目の前に起きている事が、現実のものであると思えない。
何せ、自分の為だけに用意された誕生日プレゼントなんて、何年振りになるだろう。
それも、自分の好きな人から、その家族から、自分の為だけに用意されたものだなんて、レオンはそれだけで飽和状態になっていた。


(俺の。誕生日を、祝って、くれてる)


 今日はスコールの誕生日だから、レオンはスコールの為に色々な料理を作った。
その間、自分にとっても今日が特別な日であるとは、一度も考えていない。
作った料理をスコールが食べてくれた時、彼を少しでも喜ばせてやる事が出来るかどうか、思っていたのはそればかりだった。
ラグナもまた、スコールの為に一週間も前からプレゼント選びに想いを馳せており、何を送れば息子が一番喜んでくれるかと常に考えていた。

 ────同じ事を、ラグナはレオンに対して考えてくれていたのだろうか。
そう考えるだけで、レオンは胸の奥が熱くて堪らない。


「楽しかったぜ、二人分のプレゼント考えるの。一緒にしちゃやっぱりつまんないかなぁと思ったんだけど、二人って割と服の趣味とか好きなものが似てるだろ?お揃いにしても良いかな〜とかも思ってさ。結局別々のものにしちまったんだけど」
「…それで、これは何なんだ?」
「スコールのはシルバーアクセだよ。出張に行ってる時に、良い感じの指輪を見付けてさ。ちょっとイカついから、重いんだけど、チェーン通したらネックレスにもなるから良さそうだなって」
「ふうん……」


 言いながら、スコールはプレゼントを手に取ってラッピングを解く。
それを横目に見て、レオンもおずおずとプレゼントに手を伸ばした。
触れるだけでも緊張した様子の手がラッピング袋に届いて、レオンが様子を窺うようにラグナを見る。
ラグナがにっかりと歯を見せて笑うと、ようやくレオンはプレゼントを手元に寄せた。

 スコールの小さなプレゼントボックスに入っていたのは、ラグナの言った通り、凝った装飾のシルバーアクセサリーだった。
スコールが好きだというブランドのものとは違うが、猫科の動物と思しき意匠が彫られている。
スコールはしげしげとそれを眺め、ジャガーかな、と呟いた。
純銀ではなく、鋳鉄にメッキを施したそれは、指に嵌めるには少々重みがあってスコールの好みではないが、ネックレスにするなら気にならない。
角度を変えながらじっと観察するように指輪を見詰める息子に、満足そうで良かった、とラグナは安心した。

 その隣で、丁寧にラッピング袋を解いていくのはレオンだ。
テープも綺麗に剥がしたレオンがビニールを解くと、黒を基調にしたジャケットが現れる。


「それな、たまたまインターネットで見つけてさ。レオンに似合いそうだな〜と思ったんだよ。んで、これ着てるレオンが見てみたいなって思ってさ」
「あ……えっと、……」
「あっ、嫌なら良いんだ!俺が勝手に選んだ奴だし、服ってやっぱり好みってあるし」
「い、いえ、それは。それは大丈夫、です。嫌いではないですから」


 ラグナの言葉に、レオンは慌てて首を横に振る。
そっか?と覗き込んでくるように言うラグナに、レオンは頷いて、


「ただ、その。……何を言えば良いのか。どう言う顔をすれば良いのか、よく、判らなくて。こう言うのは随分久しぶりだから」


 一人暮らしを始めて以来、誕生日は日常の一部となった。
始めの頃は施設の職員から電話があったけれど、電話を取り合う時間は次第に減って行き、今では月に一度の手紙の遣り取り位しかない。
社会人になってからは、その手紙も不定期になりつつあった。
仕事を放り出して音信不通になった時には、ラグナが施設に連絡を取ったそうで、後からしこたま電話で怒られたが、それ位のものだ。

 今日と言う日に“おめでとう”なんて言葉を贈られたのは、何年ぶりになるだろう。
自分が生まれて来た事を“幸せ”な出来事であると、そう思ってくれる人がいると思うだけで、レオンは眦が熱くなってしまう。

 じわ、と視界が歪むのが判った。
不味い、と思って慌てて目を逸らすと、ラグナがくすりと笑って手を伸ばす。
テーブル越しで少し遠い距離だったが、ラグナの手はレオンの頬に届いた。
指先が頬をくすぐる感触に、レオンの喉がひくりと鳴る。


「……レオン」


 隣からの声に、レオンは顔を上げる事が出来ない。
年下の少年に見せるには、情けない顔をしている自覚があった。

 頬に触れていた手が離れて、ケーキを食べよう、とラグナが言った。
スコールが頷いて、指輪をケースの中に戻し、フォークを手に取る。
今日のケーキはケーキ屋で買ったんだぞ、と言うラグナに、スコールは興味のないような相槌を打ちながら、クリームの乗ったスポンジにフォークを入れた。

 レオンも滲むものを手の甲で拭って、フォークを握る。
久しぶりの誕生日ケーキは、甘くて柔らかくて、溢れそうな程の幸せの味がした。




レオン、誕生日おめでとう!スコールもおめでとう!
オフ本[エモーショナル・シンドローム]で拗らせまくっているレオンを書くのが楽しいです。
色々とトラウマも抱えているので、ラグナに幸せにして貰って!と思いつつ書いてます。