レンズ向こうの青灰色




コスモスの陣営が日々を過ごす屋敷には、書庫がある。
あまり大きなものではないのだが、其処には様々な世界で読まれている書物が集められていた。

小さな窓が一つついているだけの書庫には、椅子が一つ用意されている。
その使用者は、主にクラウドかセシルだった。
ルーネスはリビングか自室に戻って読むので、あまりこれを使用する事はない。


其処に、珍しい人物を見付けて、クラウドは足を止めた。


「……スコールか?」


確かめるように声をかけると、ダークブラウンが頭を上げた。
細い光が、薄いガラス越しの青灰色に反射して、ああスコールだ、とクラウドは改めて認識する。


「珍しいな。あんたが此処で読んでるなんて」


スコールの手には一冊の本があり、『魔大戦の歴史』と言うタイトルが箔押しで綴られている。

スコールが読書好き───と言うより、暇を持て余すと本を開くのは、よくある事だった。
ただし、それは専ら自室に限っての事。
リビングには賑やか組の誰かしらがいて襲撃を受け、落ち着いて読めないし、何より、スコールは自分個人の空間を何よりも好んでいた。
自分の趣味のものと、必要なものだけで誂えた部屋の中で、静かに読書をするのがスコールの時間潰しの一つであった。


スコールはクラウドの言葉をどう受け取ったのか、微かに眉根を寄せた後、本を閉じて立ち上がる。


「……邪魔した」
「まあ待て。誰もいて悪いなんて言ってないだろう?」


クラウドが言うと、スコールは足を止める。
ブルーグレイが不機嫌そうに潜められたが、クラウドは気にしなかった。


「それと、今廊下に出ない方がいいぞ。バッツとジタンとティーダが、花瓶を割った罰掃除の真っ最中だ」
「………」


賑やか組三名の名前を聞いて、スコールは眉間に皺を寄せた後、くるりと踵を返した。
書庫から出る予定であっただろう足は真逆に向かい、先程まで座っていた椅子の手前で止まる。
座るか座るまいか悩んでいるのが、クラウドには判った。

クラウドはそんなスコールの後ろを通り過ぎて、本棚の一つに近付いた。
四日前に此処に来た時、途中まで読んで閉じていた一冊を手に取り、その場で開く。


クラウドは本に視線を落としたまま、言った。


「あんた、目が悪かったのか?」
「……ああ…これか」


かちゃ、と小さな音が聞こえる。
クラウドが振り返ると、スコールは顔にかけていた眼鏡を外した所だった。


「…少し、ピントが合い難いんだ」
「そうなのか。戦闘中も?」
「気を抜いたら、多少影響が出る」


傭兵を育成する学校にいたと言うスコールだから、その手の矯正訓練は受けているだろうが、それでも正常な眼よりも負担はかかるのだろう。
お陰で眼精疲労が酷い、と呟くスコールは、体質で仕方がないとは言え、些かうんざりしているようだった。
先程、眼鏡をかけていたのは、平時にまで眼に負担をかけたくないからだと言う。

……だから本を読む時、部屋に帰るのか。
クラウドは眼鏡を外した、いつも通り、見慣れた少年の横顔を見ながら考える。


スコールの整った面立ちには、額に大きな傷があり、これは非常に目立つ。
ジタンやバッツはこれに興味津々で、ティーダも少なからず気になるらしく、バッツなどはスコールの隙を見ると額の傷に指をあててぐりぐりと押しており、スコールはこれらを非常に鬱陶しがっていた。

これで普段は使用していない眼鏡をかけている所を見られたら、彼らの餌食になるのは想像に難くない。
先程、スコールが三人の名前を聞いて書庫から出るのを止めたのも、これが理由の一つであるに違いない。
単純に、彼らの騒がしさに巻き込まれるのを嫌ったのかも知れないが。


「……ふぅん」


特に意味もなく呟いて、クラウドは本を棚に戻し、スコールへと歩み寄る。

スコールの皮手袋の手には、シルバーフレームの眼鏡。
それを取り上げると、おい、と言う声があったが、相手がクラウドであるからか、慌てて取り返そうとする事はなかった。


手に取った眼鏡は、レンズもフレームも細く、薄いもので、重みもあまり感じられなかった。
それを見下ろしながら、クラウドはふと湧いた疑問を訪ねる。


「あんたの世界は、かなり文明が発達してたようだから、医療技術も大分進んでいるように思うんだが……視力を治すような、眼に関わる手術のようなものはなかったのか?」
「あるにはあった。だが、100%成功するとも限らなかったし、手術自体、負担がかかる。施術代もそれなりに高かった筈だし、…学生が無理にそんなものに手を出すよりは、眼鏡かコンタクトをした方が安価だし、安全だった」


説明を聞いて、成程その通りだとクラウドも思い直す。

大人びた風貌と落ち着きの所為で、ついつい忘れ勝ちになってしまうが、目の前にいる青灰色を持つ戦士は、まだ成人すら迎えていないのだ。
フリオニールやセシルのような世界であれば話は違うかも知れないけれど、少なくとも、クラウドやスコール、ティーダの世界では、未成年や学生は庇護対象であり、家庭事情を問わなければ、就労義務もなかった。
ティーダのように、プロのスポーツ選手としてチームと契約する、と言う環境でなければ、収入の上限など知れている。


納得したクラウドの前に、スコールの右手が差し出される。
顔を見れば、ブルーグレイが不機嫌そうに此方を睨んでいた。

「返せ」と言う意図なのだろう、掌。
それぐらい口に出しても良さそうなものだけどな、と思いつつ、クラウドは自分の手の中の眼鏡に視線を落とす。


………徐に、テンプルを開いて、スコールの顔に当てる。


「……ちょ、…何、」
「動くな」


何してるんだ、あんた。
そう言おうとしたのだろうスコールの言葉を遮って、クラウドはゆっくりと、スコールに眼鏡をかけさせる。

きちんと耳にかかってズレないのを確認して、クラウドは眼鏡から手を離し、代わりにずいっと顔を近付けた。
ガラス玉に似た光沢を持つ碧眼の接近に、スコールが上体を逸らして逃げる。


「……なんなんだ」
「……いや、」


薄ガラス一枚越しの青灰色を、クラウドはじぃ、と見詰めた。
そして、其処からゆっくりと顔を引いて、青灰色で一杯だった視界に、スコールの整った面立ちが見えるようになる。


(傷。眼鏡。……うん)


いつもと少し違うスコールの顔を眺め、クラウドは言った。


「悪くないな」
「は?」
「あんた、これから此処で本を読め。俺も此処で読むから」


きょとんと首を傾げるスコールに、椅子をもう一つ用意した方が良いな、とクラウドは考えていた。




2012/02/02

クラス…コ……?
オールキャラだと、物静かで頼れるお兄ちゃんなのに、カップリングにすると途端に電波りました。あれ?

眼鏡スコールってなんかいい。