スウィート・ナイト




世話になった先輩方への追い出しコンパを終えて、夜の道を帰路についたのは、今から三十分前の事。
会場にした居酒屋から、酔い覚ましも兼ねて徒歩・電車で帰宅したバッツは、マンションの自分の部屋に明かりが点いているのを見て、おや、と首を傾げた。

バッツの同棲相手(同居だろうと彼は言うが、バッツは意地でも同棲と言いたい)であるスコールは、高校二年生、来月には三年生になる。
真面目で勤勉な彼は、夜遅くまで机に向かって勉強をしている事が多いのだが、此処数日は月頭に行われた学年末テスト終了による燃え尽き症候群に見舞われていた。
彼にしては珍しく、今は怠けたい気分であるらしく、午後10時にはさっさと風呂に入り、何をするでもなくベッドの上でごろごろ転がり、そのまま寝落ちると言うパターンが多くなっていた。


携帯電話で時刻を確認すると、午後11時。
起きているのは珍しくないが、最近のパターンだと、電気は消えている筈だ。
消し忘れか、そろそろ以前の調子に戻って、また勉強をしているのか。

バッツはコンパの後の二次会でカラオケに参加し、酒量もそこそこ入ったので、気分的にはとても良いものだった。
なので、頭はついつい浮付いた事を考える。


(起きてるんなら、ちょっとイチャついたっていいよな)


学年末テストの一週間前から、バッツはお預けを喰らっている。
スコールが進学クラスを希望しており、その為には学年末テストを落とす訳には行かなかったので、その間、バッツは泣く泣くスコールに構い付けるのを我慢した。

そして学年末テストが無事に終了し、結果も帰って来て、スコールの進学クラス進級も決定し、これでようやく────とバッツは思ったのだが、現実はそう甘くはなかった。

燃え尽き症候群に見舞われたスコールは、前述の通り、彼にしては珍しい惰性な生活を送っている。
朝は登校ギリギリまで起きないし、バッツが大学での授業を終えて戻ってきた時には、既にベッドの住人だ。
バッツも何度か突撃し、スキンシップを図ろうとしたが、怠けたい彼には邪魔にしかならなかったようで、「鬱陶しい」と言う冷たい言葉と共に蹴り落とされる結果となっていた。


元々スコールは、他人とのスキンシップが好きではない。
特に疲れ切っている時など、尚の事、人の熱を疎ましく思うようだった。

それを判っているから、バッツもスコールが落ち着くまで待つつもりだったのだが、そろそろ限界だ。
酒も入っているお陰で、余計にストッパーが甘くなっている。
ちょっとぐらい良いよな、と考えている今のバッツは、自分の“ちょっと”がスコールの許容範囲と大きなズレがある事を完全に失念していた。


電気の付いた部屋に帰るのは、久しぶりの事だった。
バッツは───酒の効果も相俟って───ウキウキとした気持ちで、ドアロックに鍵を差して回す。


「スコール、たっだいまー!」


玄関から一番遠い寝室にいるであろう恋人に届くように、大きな声で帰宅を告げる。
すると、思った以上に近い場所から、彼の声が聞こえてきた。


「煩い、バッツ!夜中だろ!」
「おっ?」


咎める声がしたのは、玄関に近い位置にある、キッチンだった。

思わぬ所から聞こえた声に、バッツはきょとんと目を丸くする。
それからキッチンから漂ってくる甘い香りに首を傾げ、恋人の名を呼びながらキッチンを覗き込んだ。


「スコール、何してんだ?」
「あ……バカ、見るな!」
「ぶっ」


べしっ!とスコールの掌底がバッツの顔面に当たる。
蹴飛ばされるよりは痛くないが、鼻頭がヒリヒリする。


細い指の隙間から、スコールの顔が見えた。
綺麗な顔をしているのに、いつも眉間に深い皺を寄せている恋人は、常の三割増しで皺を寄せている。

が、バッツにはそれよりも、顔に当てられたスコールの手から甘い香りがするのが気になる。


「スコール、この匂いなんだ?」
「嗅ぐなっ!」


手首を捉まえて、すんすんと鼻を鳴らしてみると、スコールは真っ赤になってバッツの手を振り払った。
ケチ、と唇を尖らせると、スコールは赤らんだ顔のまま、じろりとバッツを睨む。


「……あんた、酔ってるだろ」
「んー、まあ、ちょっとな。結構飲んじゃったからなぁ」
「おい、近付くな。酒臭い」
「いいじゃん、久しぶりだしさ」
「何が」
「スコールとこんな風に話するの」


バッツの言葉に、スコールが眉根を寄せて、口を噤む。
青灰色にバツが悪そうな雰囲気が滲んだが、バッツはそれに気付かない振りをして、へらりと笑った。


「所で、何してるんだ?なんか良い匂いするけど、夕飯、これからなのか?」
「……こんなもの夕飯にする訳ないだろ」


こんなもの、と言うスコールの示した物が何であるのか、バッツには判らなかった。

何を作っていたのか、じっとスコールの顔を見詰めて無言で問い掛けてみると、すい、とスコールの視線が逃げる。
追い駆けて顔を覗き込むと、すい、と反対方向へと逸らされた。
全く目を合わせてくれない(いつもの事ではあるのだが)恋人に、バッツはむーと拗ねた顔を作って見せる。

─────けれど、ダークブラウンの髪から覗く彼の耳が、酷く赤らんでいるのを見付けて、ぱちりと瞬きを一つ。


「スコール?」
「………」


名前を呼ぶと、ふい、とスコールはバッツに背を向けた。
スコールは壁のフックにかけていたミトンを取って、オーブンの蓋を開ける。
キッチン全体に香っていた甘い匂いが一層強くなった。

オーブンから取り出されたのは、小さなカップに入った、合計六個のチョコレート色のケーキ。
スコールはそれを調理台に置いて、竹串でそれぞれ焼き具合を確認した後、その中から一つを手に取って、


「……ほら」


カップケーキを差し出したスコールの頬は、赤い。
青灰色は、バッツを見ているようで微妙に逸らされていて、褐色とは交わってくれなかった。

バッツは、ぽかんとしたまま、差し出されたカップケーキを見詰めていた。
そのままいつまでも受け取ろうとしないバッツに焦れて、スコールが顔を顰めてバッツを睨む。


「……いらないなら、捨てる」
「いやいやいや!いる!貰う!」


それだけは勘弁して、とバッツは慌ててカップケーキを掴んだ────スコールの手ごと。
離せ、と怒られたが、バッツはスコールの手ごと包んだまま、カップケーキをしげしげと見詰め、


「これ、スコールが作ったのか?」
「………」
「なんで?」


無言は肯定と受け取って、バッツはスコールを見て問うた。

スコールは、バッツから顔を背け、青灰色が右へ左へ宙を彷徨う。
赤い頬を恋人へと向けたまま、スコールはぼそぼそと呟く。


「……先月。あんたに、貰った。だから」


お返し、と消え入りそうな小さな声で紡がれたのが、辛うじてバッツの耳に届く。
アルコールの酔いが、全部一気に吹き飛んだ。


「スコール!愛してる!」


突然の声を大にした告白に、スコールが真っ赤な顔で目尻を吊り上がらせた。
それに構わず、バッツは細い身体を抱き寄せて、淡色の唇を己のそれで塞ぐ。



ぽと、と床に落ちたカップケーキを見て、後でスコールの怒りを買う事を、バッツは知らない。




2012/03/14

なんでこんな夜中に作ってるのかと言うと、作った方が良いのか、やっぱり要らないのか、大体酒飲んでるだろうしコンパで色々食べてるだろうし……って感じで悶々考えてたら、こんな時間になっちゃってた訳でして。ベッドの上でごろごろ考え込んでたんでしょうね。
バツスコはツン全開だけどデレなスコールが書けるので楽しい。