大人と子供の境界線上


ただの買い物だと言うのに、ソラの足取りは随分と楽しそうだった。
何がそんなに楽しみなんだろうな、と思いつつ、レオンはソラの後をついて行く形で、ディスカウントストアへと向かっていた。

レオンにとっては日常と何ら変わりない買い物であるが、ひょっとしたら、ソラにとっては違うのかも知れない。
日中のソラは専ら外を駆け回っているから、買い物などと言う平和な行動は取った事がなかったか。
そう思えば、いつも違う一日を過ごしていると言う意味で、ソラが楽しそうにしているのも判る気がする。

モーグリが経営するディスカウントショップは、日常生活に必要なものが一通り揃っているとあって、今日も繁盛している。
生鮮食品、冷凍食品、乾電池や洗濯バサミ等々、たまにマニアックな掘り出し物や、B級品も並んでいた。
当然、ソラが大好きなスナック菓子も置かれているのだが、今日はそちらに用事はない。
遠くからでも目につく鮮やかなパッケージに誘われそうになるソラを捕まえて、レオンは掃除用品コーナーへと向かった。

通路の端に置かれた籠を取って、棚に並んでいる商品を入れて行く。
台所用洗剤、洗濯用洗剤と柔軟剤、ティッシュボックスとウェットティッシュ。
トイレットペーパーはまだストックがある────が、値段票を見ると、いつもの半額の値札がついていた。
どの道追々買いに来るのであれば、今の内に買っておくべきか、とレオンが悩んでいると、


「レオン、レオン」
「……なんだ?」
「籠、俺が持つよ」


呼ぶ声に視線を落とせば、ソラが朗らかな笑顔で言った。
いや、とレオンはやんわり断ろうとするが、ソラは聞かなかった。


「ほら、貸して」
「おい、ソラ」
「それで、えーっと……トイレットペーパー、買うんだよな」


まだ悩んでいたと言うレオンの胸中には気付かず、ソラはトイレットペーパーを籠に入れた。
明らかに嵩張るトイレットペーパーに、抱えた方が楽かな、とソラは呟く。

右手に買い物籠、左手にトイレットペーパーを抱えた状態で、これでよし、とソラは言った。


「で、次は?」
「あ……ああ、えーと…」


満足げなソラに、今更俺が持つから、とは言えず、レオンは次の目当てを探す事にする。
玄関に置いている芳香剤が切れていたので、それを買う事にした。

芳香剤の種類には、特に拘りはない。
余りに匂いが強いと、鼻が敏感なソラが参ってしまうので、無香料か、それがなければ柑橘系やピーチ系を選ぶ事が多かった。
今日はソラが同行しているので、ソラの希望を聞いてみる事にする。


「ソラは、どの匂いが良い?」
「んー……」


テスター用の小ビンの蓋を開けて、ソラの鼻先に近付ける。
くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐソラに、子犬みたいだな、と思ってレオンはこっそりと笑う。

ピーチよりは柑橘系の方が良い、とソラが言うので、オレンジの芳香剤を選んだ。
序に、試しにバラやラベンダーの匂いも試してみたが、レオンが予想した通り、ソラの鼻に盛大な皺が寄せられた。
曰く、悪くはないが、ちょっと強い、との事だ。

食品コーナーの前を通り過ぎるレオンを、ソラが追う。


「レオン、晩飯は買わないの?」
「昨日、一週間分をまとめ買いしたからな。今日は買わない」
「今日の晩飯、何?」
「鶏肉のトマト煮込み。サラダはコールスローが残ってるから、それだな。パンと米、どっちがいい?」
「う〜ん……今日は米かな。昨日はパンだったし」
「ならスープは味噌汁にするか」
「レオンの味噌汁、美味いから好き!」
「煽てても鶏肉の量は増えないぞ」


量はもう決まってる、と言うレオンに、そんなつもりで言ったんじゃないよ、とソラが唇を尖らせる。
剥れたソラの顔に、レオンはくつくつと笑った。


「怒るな。ほら、お菓子買ってきて良いから」


ソラが持っていた買い物籠の持ち手を握って、レオンは菓子コーナーを指差して言った。
判り易い子供扱いに、ソラが益々拗ねた顔を浮かべる。


「子供扱いするなよ」
「じゃあ要らないのか?昨日の買い物じゃ菓子は買ってないから、家にあるものは直になくなるぞ」
「……うーっ……」


上目でレオンを睨むソラだが、脅しになる筈もない。
レオンは楽しそうな表情のまま、睨むソラをじっと見詰め返していた。

子供と言う程幼くはないつもりのソラだったが、食べ物の誘惑は効果覿面であった。
ちくしょう、と悔しげに吐き捨てて、ソラは買い物籠をレオンに渡し、菓子コーナーに駆けて行く。
一列丸ごとを占拠している菓子の棚を、右へ左へ行ったり来たりするソラの姿に、レオンはくすくすと笑う。
やはり、どんなに成長が早いように見えても、その根はまだまだ子供なのだと安心した気分だった。

迷いに迷った末に、ソラは「お徳用」と書かれた、複数の菓子がまとめられている袋を一つと、新商品と銘打たれたチョコレート菓子を持って来た。
買い物籠の中にそれらを入れて、レオンはレジへと向かう。


「レオン、重い物は俺が持つから!」
「ああ。ありがとう」


支払いを済ませ、袋詰め用の台へと移動する。

家から持って来たビニール袋を広げて、洗剤などの重みで袋菓子を潰さないように分けて入れる。
トイレットペーパーは袋には入らないので、そのまま持って帰るしかない。
結果、荷物は洗剤類の入った重い袋と、菓子とティッシュが入った軽い袋、そしてトイレットペーパーの三つとなった。


「じゃあソラは────」
「俺、これ持つね!」


レオンが菓子の袋を渡そうとして、それよりも早く、ソラは洗剤の入った袋を持ち上げた。
と、想像していたよりも圧のかかる重みに、袋を持ち上げたソラの腕がかくっと落ちる。


「おっとっと」
「ソラ、無理するな。それは俺が持つから」
「へーきへーき」
「……いや、やっぱり俺が持つ。手、食い込んでるんだろう」


まだ子供らしさの抜けない手、その指の関節に、重みを受けて細く伸びた袋の持ち手が食い込んでいる。
いつもなら手にグローブを嵌めているソラだが、今日は完全にオフ日だったので素手だ。
時間を追う毎に血色が悪くなって行く指先は、見ていられるものではない。

渋るソラから袋を取り上げ、レオンは菓子の入った袋を渡した。

結局、レオンが重い袋とトイレットペーパーを、ソラは軽い袋一つを持つ事となった。
これがソラには大層不服なようで、彼は店を出てから顰め面ばかりを浮かべている。


「気持ちは有難いけど、無理はするなよ」
「無理なんかしてないって!」
「そうか」
「ちっともそう思ってないだろ。また子供扱いして」


判り易く剥れた顔をするソラに、その顔で子供扱いするなと言うのか、とレオンは思う。
菓子の誘惑に負けたり、意地を張ったり、そんな様子を子供と言わずなんと言おう。
レオンはくつくつと笑いながら、家路への道をのんびりと歩く。

街の中心部から外れた場所にある、古びたアパートメントが、レオンとソラの住居である。
其処までの道すがら、終始楽しげに唇を緩めているレオンを、ソラは拗ねた顔でじっと見詰めていた。
アパートの階段を上がり、二階の角部屋の扉を開けて、約一時間ぶりの帰宅。
レオンは重い袋をリビングの食卓テーブルに乗せて、洗剤やティッシュをそれぞれ所定の場所へと保管しに行った。

その間に、ソラはチョコレート菓子を冷蔵庫に入れ、詰め合わせの袋菓子の封を破る。
ポリポリポリ、とスティックを齧る音に、レオンはやっぱり子供だな、と小さく呟き、


「直に夕飯なのに、もう食べてるのか」
「今日はおやつ食べてないもん」
「夕飯が入らなくなっても知らないぞ」
「其処まで食べないって」


どうだか、とくすくすと笑いながら、レオンはキッチンに向かう。

エプロンの紐を背中で結び、冷蔵庫の米袋から米を二合分計り出し、炊飯器のジャーへ映した。
流水で米を濯いでいるいると、とん、と背中に何かが抱き着く。
二人きりの生活の中で、その正体は確かめるべくもなく、今度は甘えん坊が顔を出したかとレオンが思った矢先、


「レオン、レオン。こっち向いて」
「ん?」


エプロン紐を引っ張られて、振り返る。
と、────ちゅ、と柔らかなものがレオンの唇に触れて、直ぐに離れた。

目を丸くするレオンの眼前で、いつもよりも近い位置にある空色の瞳が、悪戯っぽく笑う。


「俺、子供じゃないんだからな?」


そう言うとソラは、ぱっと身を翻して、キッチンを出て行った。

リビングからはテレビのバラエティ番組の笑い声が聞こえて、直ぐにソラの声も其処に加わる。
レオンはと言うと、振り返った時の姿勢のまま、呆気に取られた顔でしばらく立ち尽くしていた。



何が起きたのか、何をされたのか、レオンがそれを理解するまで、しばしの時間を要する。

理解した後、レオンは赤らむ顔を気の所為だと誤魔化しながら、キッチンに向き直った。




2014/08/08

『ソラレオ結婚生活』でリク頂きました!
普段子供扱いしてる恋人に、不意を突かれてうろたえる年上の図になった。