シークレット・フレーバー


会社からの呼び出しで、真夏の熱い中を外出させられる羽目になったレオンが、珍しいものを買って帰って来た。
最寄のコンビニエンスストアの店頭で、かき氷が販売されていたと言う。

炎天下と、フライパンのように焦げたアスファルトの上で、テント一つの下で大量の汗を流していた、アルバイトと思しきコンビニ店員。
今日の暑さを思えば、氷やアイスは売れ時────の筈なのだが、レオンが通り掛かった時、辺りには客は一人もいなかった。
夏休みに入り、昼日中でも子供達が元気に遊び回る光景が見られる昨今だが、今日の暑さは流石の子供達も堪えたのだろうか。
かき氷はいかがですかぁー、と言う声だけが虚しく響くのみである。
売り上げが伸びなければ、何の為に炎熱地獄の中で頑張っているのか、判ったものではない。

レオンも、緊急の用事だからすぐ来てくれと言われて飛んでみれば、何の事はない、会社で使っているパソコンの配線について尋ねられただけだった。
電話口でも良かっただろうにと愚痴を零しかけたが、会社内でパソコンに一等詳しいのはレオンであり(それでも一般人に毛が生えた程度の知識だ)、周囲は全くの素人。
判らない人間に判らない事を説明しろと言っても出来る筈がなかった為、レオンは止むなく休日出勤する羽目になったのだ。

そんな自分の成り行きが、炎天下に立つコンビニ店員に対し、勝手なシンパシーを齎した……と言った所だろうか。
いや、単に自分が涼を求めたのが正直な所だろう。
気付いた時には、レオンはイイチゴとブルーハワイのかき氷を一つずつ購入していた。


「どっちが良い?」


鮮やかな赤と青の氷の山を差し出して、レオンは尋ねた。
スコールはしばらく考えた後、赤の氷を指差す。

差し出されたカップとストロースプーンを受け取って、さくさくと山を切り崩しにかかる。


「珍しいな。あんたがこんなの買って来るの」
「まあ、偶にはな」


レオンが青いシロップのかかった氷を口に入れる。

予定外の外出に見舞われた彼の頬は、日に焼けて赤く火照っていた。
自宅にはずっとスコールがいた為、クーラーで快適温度が保たれていたが、それだけでは湯だった体の内側は収まってくれないようで、レオンの額からは後から後から汗が出ている。
制汗スプレーやらタオルやらを使えば、発汗は多少は抑えられるが、それよりも今は体の内側を冷やしたいらしい。
彼にしては珍しく、氷の山が早いペースで小さくなって行く。

スコールはと言うと、のんびりした早さでかき氷を食べていた。
一口食べてはさくさくと山を崩し、また食べて山を崩す、その繰り返しだ。


「外、そんなに暑いのか」
「ああ。陽炎が見える」
「……図書館行こうと思ってたけど、止めた」
「何か調べものでもあったのか」
「レポートの資料。でも、提出日はまだから、いい」
「うん。それなら、その方が良い。お前は外に出た瞬間に倒れそうだから」


スコールは、極端な暑さにも、極端な寒さにも弱い。
寒いのは着込めばまだ何とかなるが、暑さは裸になっても防げない。
こんな日は自殺紛いの行動は取らず、快適な家の中でのんびり過ごしている方が良い。

只管氷を食んでいたレオンが手を止めた時には、彼の氷は既に半分まで減っていた。
あの、キーン、と言う感覚が頭を襲っているのだろう、レオンは頭を抱えて苦い顔をしていた。
ジタンやティーダはあれが良いんだ、かき氷って感じがする!と言っていたが、スコールはこれさえなければ…と思うタイプだ。
レオンも同様で、コツコツと指で米神を叩いて、ようやくほっと息を吐く。


「急いで食べ過ぎたな」
「一気に冷やすと腹壊すぞ……」
「止まらなかったんだ。外が暑過ぎて」


そう言って溜息を吐くレオンに、お疲れ様、とスコールは言った。

レオンの発汗は、大分落ち着いていた。
頬が赤いのは日焼けの所為だから、もう少し後を引くだろう。
かき氷を食べる速度もゆるみ、さくさくと氷を崩す音が続く。

スコールは、イチゴシロップのかかった氷を食べながら、なんとなくレオンの横顔を眺めていた。
氷を食べる為に口を開けたレオンの、僅かに覗いた厚みのある舌が、真っ青に染まっている。


「……青い」


ぽつりと呟いたスコールに、レオンがきょとんとした貌で振り返った。
数瞬の間を置いてから、ああ、とレオンは読み取り、


「そんなに青いか」
「……青い」
「ブルーハワイだからな」


少し高級な和菓子店や洋菓子店で出されるかき氷は、着色料は目立たない程度で、果汁と果肉が殆どなのだろうが、大量生産が優先される市販のシロップはそうも行かない。
イチゴなら赤、メロンなら緑、ブルーハワイなら青が鮮やかに映えるように、多分の着色料が入っている。
その濃さを現すように、食べた味で舌の色が変わると言うのも、ある種、夏の風物詩の一つと言えるか。

後に影響するようなものではないので、レオンは口の中の色を特に気にしなかった。
が、自分が青いならば、と隣で赤いシロップを口にしている少年を見遣れば、案の定。


「お前の舌は、真っ赤だな」
「…目立たないだろ、そんなに」


元々舌は赤いのだから、と言うスコールに、まあな、とレオンは頷いた。
しかし、レオンの見慣れた色ではない事は確かである。

さくさく、さくさくと氷を崩す音が続く。
音が最初よりも小さくなっているのは、氷の山が減って、凝固していた水分が殆ど解けている所為だろう。
直に薄めたシロップの飲み物になる筈だ。

レオンは、青色の液体をストローでくるくると掻き混ぜながら、ふとあると事を思い出した。


「企業の方針やブランドにも因るだろうが、こういうシロップの味と言うものは、どれも余り大差ないらしいな」
「……そうなのか?」
「人から聞いた話だから、真偽は定かじゃないが。まあ、言われて納得したような所はある」


イチゴ、メロン、レモンにブルーハワイ、最近ではブドウやマスカット、他にも色々なフレーバーが出ている。
その大半は、材料に大きな差異はなく、着色料と匂いを持たせる為の果汁が少し入っている程度───-と言うものらしい。
だから、目を閉じてシロップを飲んだ場合、どれも同じ味がするのだと言う。

さく、……と氷の山を削る音が止んだ。
スコールの視線が、じいっと手元のカップの中を見詰めている。
中身は殆ど溶けてしまい、ジュースになった赤いシロップの上で、小さな氷の島がぷかぷかと浮いている程度だ。
暫くそれを見詰めた後、スコールの視線はレオンの手元に向かい、興味深げな表情で青いシロップを見詰める。
レオンはくすりと小さく笑って、シロップだけになったカップを差し出した。


「比べてみるか?」


レオンの言葉に、スコールはしばらく動かなかった。
興味はあるが、それが子供染みた好奇心に思えるのだろう、背伸びしたがるプライドが決断を邪魔しているようだ。

ややもしてから、そろそろとスコールの手がカップに伸びる。
レオンは、スコールのその手を捕まえて、ぐっと強く引っ張った。
突然の事に目を丸くするスコールの、薄らと赤がついた唇に、レオンは己のそれを押し当てる。


「………!?」


スコールが事態を把握した時には、既にレオンの手はスコールの後頭部に回っていた。
硬直しているスコールに、可愛いなと思いつつ、赤い舌を絡め取る。
ちゅく、と小さな音が鳴って、スコールの肩が跳ねたのが判った。

絡めた舌は、甘い、とレオンは思った。
しかし、自分が食べていたかき氷の味とどう違うかと言われると、然程の違いはないように思えた。
イチゴとブルーハワイと言う、正反対の色をしているシロップだから、イチゴの方が甘いとか、ブルーハワイは少しすっきりしていて、と言うイメージがあったのだが、どうやら見た目から来るイメージに過ぎなかったようだ。
人間は目で見て、鼻で嗅いで食事をするから、それらの情報が失われると、味覚はあっと言う間に狂ってしまう。
特に視覚情報は大事なのだろう、目で食事をすると言う言葉は、強ち大袈裟でもないのだ。

息苦しさの所為だろう、蒼灰色の瞳が瞼の裏に隠れ、眉間に深い皺が刻まれる。
レオンは絡めた舌の表面をゆっくりと撫でて堪能してから、スコールを解放してやった。


「───っは……レオン!」


真っ赤な顔で食ってかかるスコールだったが、レオンは全く動じない。
所か、彼は楽しげに笑い、


「どうだった?」
「は!?」
「かき氷の味の違い。判ったか?」


そんな話をしていたのだと、スコールはようやっと思い出した。
が、そんな話から、どうして今の流れになると言うのか。


「あ、あんなので、判る訳ないだろう!」
「じゃあもう一度するか」
「しない!俺で遊ぶな!」


伸びて来た手を振り払って、スコールはレオンに背を向けた。
遊んだつもりはないんだが、と言うレオンの声が聞こえたが、スコールの気は収まらない。
氷が溶け切ったシロップにストローを突っ込み、ズズズ、とわざと音を立てながらシロップジュースを飲む。

臍を曲げたスコールに、参ったな、とレオンは眉尻を下げて頭を掻いた。
が、直ぐにその表情は笑みに変わる。



背を向けたスコールの耳が、イチゴシロップのように赤い。

此処も甘いかな、と思って食んでやれば、随分と可愛らしい悲鳴が零れた。




2014/08/08

『夏感のあるレオスコ』と言う事で、かき氷食べさせてみた。
お互いに「あーん」ってさせようと思ってたら、レオンが暴走したよ。暑かったせいだ!