また絆されていると知りつつも


スコールは朝に弱い。

任務中、或は人目が多い場所では、いつ如何なる時でもすっきりとした表情で目を覚ましているのだが、実はあれは見えない努力の賜物である。
目覚ましのタイマーを他のメンバーよりも早くセットし、任務だから仕事だからと重い体を無理やり起こし、後輩SeeD達が目を覚ます前に身嗜みを整える。
指揮官と言う大層な役職を与えられている以上、士気にも影響するようなだらしない格好は見せられない。
早く後任を見付けてくれと願いつつ、スコールはスコールなりに、必死で“指揮官”のイメージを保つように努力していた。
そんなスコールの内情を知っているのは、幼少の頃からスコールを知る幼馴染達と、一部の身内仲間だけだ。

一週間に渡る任務を終えたスコールは、寮の自室に戻るなり、ばったりと倒れ込んだ。
荷物を片付ける事も、服を着替える余裕もなく、ベッドに倒れて意識を飛ばしたのである。
張り詰めていた緊張の糸が切れたスコールは、それから8時間に渡って眠り続けていた。

そろそろ正午を迎えようと言う時間帯になっても、スコールは目を覚まさない。
放って置けば、このまま昏々と眠り続けるのではないか────と言う頃に、ロックを忘れた扉が開かれる。


「……まーた帰って即寝しやがったな」


荷物もそのまま、服装もそのままで、ベッドの上で丸くなっているスコールを見て、サイファーは溜息を吐いた。
この様子だと風呂にも入っていない、と言うサイファーの予測は当たっている。

サイファーは一つ溜息を吐いて、ぐるりと部屋の中を見回した。
室内は綺麗に整えられている────ように見えるが、これは物が少ないだけだ。
一週間前に任務に出る前に読んでいたのであろう雑誌は出しっぱなしで机に積んでいるし、洗濯物は部屋干ししてあるだけで片付けていない。
因みに、この洗濯物も、洗って干したのはサイファーである。
任務に持って行った荷物は、鞄の口すら開いておらず、帰って来た時に放り投げたきりである事が伺えた。

ベッドに近付いて、其処で眠る部屋の主の顔を覗き込む。
夢も見ない程に深い眠りの中にいるのだろうに、スコールの寝顔は余り健やかとは言えない。
休息には向かない服装のままで寝ているのだから、無理もあるまい。


「ったく……こら、スコール。起きやがれ」
「………んぅ……」
「起きろってんだ、この怠け者」


肩を強く揺さぶってやると、スコールは目を閉じたまま小さく呻く。


「う……」
「またンな格好で寝やがって。上着ぐらい脱げ」
「……うるさい」


サイファーの声に、一応目は覚めたらしいスコールだが、彼は起き上がろうとしない。
スコールは肩を掴むサイファーの手を振り払って、もぞもぞと寝返りを打つ。
俯せになってまた眠ろうとするスコールに、サイファーの眉間にスコール顔負けの皺が寄る。


「煩ぇじゃねえ、脱げ!」
「うー……」
「ほら、起きろ!そんで顔洗え!シャワーでも浴びて来い!」


サイファーはベッドから動こうとしないスコールを強引に起こすと、ジャケットを脱がし、腰のベルトを外した。
力任せにズボンを脱がせば、抵抗しないスコールの体がまたベッドに落ちる。
幸いとばかりにシーツに包まろうとするスコールを、また強引に起こして、シーツを奪って脱衣所へと蹴り出した。

スコールがのろのろとシャツを脱ぎ始めたのを確認して、サイファーは寝室へと戻る。
放り出したジャケットをハンガーにかけ、ズボンは後でシャツ諸々と鞄の中の着替えとまとめて洗濯機に入れる事にする。

干しっ放しにされていた一週間前の洗濯物を片付けて、サイファーはベッドに腰を下ろした。
ズボンのポケットに入れていた煙草と携帯灰皿を取り出して、火を点ける。
サイファーとて、一週間の指揮官業務代行で疲れていない訳ではないのだ。
デスクワークばかりでストレスも溜まっているし、スコール程ではないにしろ、睡眠時間も足りていない。
それでも、仕事の合間に訓練施設に足を運んで、アルケオダイノス相手にストレス発散する事は出来ているから、スコールよりはマシかも知れない。


(……要領が悪ぃんだよな、あいつは)


紫煙を燻らせながら、サイファーは胸中で一人ごちた。

物心がついた頃から傍にいるものだから、スコールの事は───彼が覚えていない事まで───よく知っている。
昔からスコールは要領が悪い子供で、何か一つの事が出来ると、何か一つが出来なくなる所があった。
何かに集中すると、スコールはそれしか見えなくなるのだ。
だから、前を走るサイファーの背を追い駆けては、何もない所で転んで泣き出していた。
エルオーネがいなくなった後、一人の世界に閉じ籠るようになったのも、そんな要領の悪さが招いた結果かも知れない。
あの頃のスコールは、いなくなったエルオーネの背中ばかりを追い駆けていて、直ぐ隣にサイファーがいる事すらも忘れかけていたのだから。

人は成長して行く内に、少しずつ視野が広くなって行く。
スコールもそれなりに広くなったのだろうが、要領の悪さは相変わらずだ。
寧ろ、人目を気にする事ばかりが増えて、そんな自分を嫌ったばかりに、周りと自分を隔絶しようとする。
魔女戦争を経て、リノアに振り回され、過去を思い出してから、少しずつ丸くなってきてはいるが、幼年の頃から培った要領の悪さは、そう簡単には治せまい。

サイファーは、そんな幼馴染の世話を、もう随分と長い間焼き続けている。
転んだスコールの手を引いたり、閉じ籠ろうとするスコールを引き摺り出したり、と言う具合に。


(……俺も大概、物好きだよなぁ)


肺に取り込んだ煙を、天井に向かって吐き出す。
ふわふわと漂う白い煙を見て、窓を開けていなかった事を思い出した。

窓を開けてしばしの一服を堪能した後、吸い殻を灰皿に押し付けて潰す。
直に目を覚まして戻って来るであろうスコールの為に、遅い朝食(サイファーにとっては早目の昼飯になる)を作らなければならない。
放って置けばコーヒー一杯、最悪水で済ませてしまおうとするから、食べなければならない状況に持って行く必要がある。
記憶は霞んでいるとは言え、「食べものは残しちゃいけません」と言う育ての母の教育は沁み付いているので、作ってしまえばスコールも大人しく食卓に着く。

寝起きで量は食べられないスコールの為、作るものは軽くする。
パンと甘いスクランブルエッグ、ベーコンサラダに、ヨーグルトを並べて置いた。
サイファーは少し物足りない位だが、後で食堂で何か摘めば良いだろう。
後はスコールが戻ってくるのを待つだけ────だったのだが、それが随分と長い。


「……まさか、」


サイファーは眉根を寄せて、風呂場へと向かった。

脱衣所のドアをノックするが、返事はない。
まだ風呂場から出てはいないようだ。
因みに、以前はノックなどせず開けて確かめていたのだが、「デリカシーってものはないのか?!」と毎回怒られる為、珍しくサイファーの方が配慮するようになった。

脱衣所に入ると、擦りガラスのドアの向こうで、シャワーの音が響いている。
それ以外の物音がないのを見て、サイファーは躊躇なくドアを開けた。
────此処でノックと言う配慮をしないのは、結果が概ね予想出来ているからだ。

……案の定、其処には壁に寄り掛かってすぅすぅと寝息を立てているスコールの姿があった。


「風呂場で寝るんじゃねえ!死にてえのか、手前は!」


広くはない浴室に響くサイファーの怒鳴り声も、スコールには大したダメージにはならない。
が、意識覚醒の切っ掛けにはなったようで、スコールはぼんやりと目を開ける。


「……サイファー……」


濡れた髪と、温いシャワーの湯で微かに熱を取り戻した白い肌。
寝起きと抜け切らない疲労の所為だろう、眦は気だるげに微睡んでいるように見える。
その表情で、抜ける吐息と共に名を呼ばれるのは、若いサイファーには色々と堪えるものがある。

が、サイファーは動じなかった。
シャワーの温度調整のコックを捻り、泣き出した水をスコールにぶつける。


「冷たっ!」
「よし、起きたな」
「起きたって……もっと他にやり方があるだろう!」
「他のやり方で起きねえから、こう言う手段になるんだろうが。ほれ、さっさと出ろ。またぶっかけるぞ」


程好く火照った体に、容赦のない冷水は御免被りたい。
スコールはぶつぶつと文句を言いながら、脱衣所へと出て行った。

サイファーはシャワーを止めて脱衣所に出ると、床に散らばっていた服を拾い、洗濯機に放り込んだ。
洗濯機のスイッチを押した後、体を拭いているスコールの横を通り過ぎて、寝室へ戻る。


「朝飯出来てるからな」
「……ん」
「服着ながら寝るんじゃねーぞ」
「そんな事しない」


拗ねていると判る声で言い返したスコールに、どうだかな、とサイファーは鼻で笑う。
水を被って一応は目が覚めたようだが、時間が経てばまた欠伸を漏らすに違いない。
スイッチがオフになっている時のスコールの寝汚さと言ったらないのだから。


「……んっとに、世話の焼ける奴」


呆れたように呟きながら、食事を並べたテーブルについたサイファーは、先刻の光景を思い出していた。

────スコールの任務は、一週間前に始まった。
当然、サイファーの指揮官代行業務も其処から始まり、つい先程、任を解かれて一時指揮権をキスティスに委任した所である。
スコールはきっと疲れているだろうからと、キスティスが気を回して今日一日だけでもと休暇を通してあった。

と、なれば、遠慮はいらない。


「世話代くらいは貰わねえと、割に合わねえよな」


呟いて、サイファーの唇が弧を描く。

脱衣所から出てきた恋人が、訝しげに眉根を寄せたのが見えたが、サイファーは何も言わなかった。
それよりもサイファーは、濡れたままぽたぽたと雫を落としている濃茶色の髪が気になる。

椅子に座ったスコールの髪を、タオルでわしゃわしゃと拭いてやる。
何も疑わず身を任せている少年の首筋に、悪戯に噛み付いてやろうかと思ったが、後で幾らでも出来る事だ。
今から警戒させる事もあるまいと、サイファーは乾いた髪をぽんと撫でて、自分の席へと戻った。




2014/08/08

『サイスコで、サイファーに世話を焼かれるスコール』でリクを頂きました。

お兄ちゃん気質な世話焼きサイファーは書いてて楽しい。
しかし、こうなると本当にスコールが駄目な子になってしまうw