ハッピー・スイーツ・パラダイス 1


見た目の印象か、雰囲気か、レオンとスコールは甘いものが苦手だと思われている。
が、実際には全くの逆で、彼等は大の甘党であり、昨今で言う所謂“スイーツ男子”にカテゴリされるタイプであった。

しかし、スコールの場合は思春期特有の見栄で、レオンは周囲が思う自分のイメージを気にして───要するに、二人とも人目が気になるのだ───、自分が甘党であると言う事を隠している。
知っているのは家族か、付き合いが長く、且つ深い人間だけだ。
何も隠さなくても良いんじゃないか、と彼等の恋人を自負するクラウドは思うのだが、彼等がそう言う性格なのだから仕方がない。
序に、家族以外で彼等の甘党振りを最も良く知っているのが自分だけだと考えると、ちょっとした優越感に浸れるので、まあこのままでも良いか、とも思っている。

そんな甘党兄弟が憧れて已まないのが、時間制限一杯に甘いものが食べられる、ケーキバイキング、スイーツパラダイスだ。
洋菓子店で売られているケーキは、見た目も凝っており、店毎の特色が出ていて、それも良いのだが、幾つも食べるとなるとコストがかかる。
冷蔵庫の容量にも限度があるし、生クリームは日持ちがしないし、かと言って買った当日中に全て食べ切るのも難しい(二人は痩せの大食いなので、可不可の話で言えば、可能かも知れないが)。
出来れば一度に沢山の種類のケーキを味わう事が出来たら、こんなに贅沢な事はない。
そんな彼等の希望を叶えるには、やはり様々なケーキ・フルーツが一堂に会するケーキバイキングはとても魅力的に見えるのだろう。
しかし、圧倒的に女性客が多いであろうそんな場所に、人目を気にする彼等が行くと言うのは、非常にハードルが高い行為であった。
仕事場や学校近くで行われているケーキバイキングもあるのだが、そんな所に行ったら、同僚や同級生と鉢合わせする可能性も高い。
益々、彼等の希望は遠退いた。

そんな恋人達の為にと、クラウドは一念発起して、車で行ける範囲にあるバイキングレストランを探し、月に二回の頻度で、全メニューデザート系と言う催しを行っている所を見付けた。
有名所と言う訳ではないが、種類が豊富で、彼等が好きな生クリームやチョコレートクリームを使っているケーキが多い。
勿論、フルーツ系のケーキやタルト、ヨーグルト等も揃っている。
其処はレオンの職場からも、スコールの学校からも遠い為、同僚・同級生に見付かる可能性も低い。
席はテーブル毎にパーテーションで区切られているから、皿にケーキを山盛りにして食べていても、周りを気にする必要はない。

そう言う場所を見付けたから、一緒に行かないか、とクラウドが誘った時、兄弟は判り易く目を輝かせた。
一も二もなく「行く」と言う返事が得られた訳ではなかったが、「偶には良いな」「偶にはな」等と言う遣り取りをする彼等が、内心わくわくと子供の用に喜んでいた事は、クラウドにはバレバレであった。

ケーキバイキングは月に二回しか行われない為、レオンとクラウドはしっかり有給を取った。
平日であった為、学生であるスコールは、仮病をして学校を休んでいる。
其処までして行きたかったのか、と、普段は真面目に学業に従事しているスコールを見て些か呆れたクラウドであったが、この機会を逃せば二度と行けないかも知れない、と真剣に考えている年下の恋人を見て、深く追求する事は止めた。
第一、レオンにしろスコールにしろ、生真面目な性格をしているのだ。
偶に羽目を外す位なら、許されても良いだろう。

待ちに待った当日は、レオンの車をクラウドが運転し、店まで向かった。
ケーキバイキングの幟を掲げた店は、ロッジを模したもので、スイーツパラダイスにありがちな可愛らしさや華々しさはない。
レオンやスコールのように、人目を気にする男性客にとっては、有難い。

受け付けを済ませ、案内された席に荷物を置いた後、クラウドは二人にケーキを取って来るように促した。
入店前からそわそわとしていた二人は、直ぐに席を立って揃ってケーキテーブルへ向かう。
そして戻って来た時には、皿から溢れんばかりのケーキを盛っていた。
ケーキは12カット程度の細いサイズに切り分けられているのだが、それがひしめき合う程に集められているとなると、彼等はかなりの数のケーキをよそって来た事になる。


「……そんなに一気に持って来なくても良かったんじゃないか?」


皿の上で所狭しとしているケーキ群を見て、クラウドは言った。
恋人の一言に、レオンは眉尻を下げて苦笑し、


「そうは思ったんだが、選び切れなくて」
「……一つしかない奴もあった」


スコールの一言に、後からまた出て来るだろう、とクラウドは思ったが、それは飲み込む。
目の前に在るのを見て、我慢できなかったのは明らかだ。

先ずは基本のショートケーキ、とレオンが真っ白な生クリームに覆われたケーキを口に入れる。
フォークを食んだ彼の口元が、誰が見ても判る程に緩んでいた。
その隣では、スコールが大好きなチョコレートケーキを食べている。
トレードマークの如く眉間に刻まれている皺が、今はすっかり解け、顔立ちの幼さが助長された。


「うん、良いな。生クリームもベタッとしてないし」
「チョコケーキ、ナッツが入ってた。触感が変わって面白い」
「これはラズベリーだったな。いや、先に桃のタルトを…」
「あ。レオン、このアップルパイ、まだ少し温かい」
「本当か?じゃあそっちを先に食べるか」
「あと、コーヒーケーキは結構苦い……」
「どれどれ……うん、確かに。半分ずつにしよう、それなら食べられるだろう?」
「……なんとか」


コーヒーケーキの苦味に負けたスコールに、レオンがくすくすと笑う。
渋面が取れない弟に、レオンはラズベリーケーキを一口掬って差し出す。
スコールはぱくっ、と抵抗なくそれに齧り付いた。
苦味の残る舌に、ラズベリーの甘酸っぱさがより深く感じられたのか、瞬く間にスコールの眉間から皺が消える。
気を取り直してトロピカルケーキを食べ始めた弟を満足げに眺めて、レオンは残りのラズベリーケーキを食べ始めた。

二人の皿の上のケーキが、瞬く間になくなって行く。
クラウドは、終始嬉しそうにケーキを食べる二人をのんびりと見詰めていたのだが、


「クラウド。お前も行って良いぞ。荷物は俺達が見ているから」


テーブルについて以来、一度も席を立っていないクラウドに、レオンが言った。
クラウドは逡巡したが、「そうだな、行って来る」と言って、ようやく席を立つ。

だが、クラウドはケーキテーブルには向かわなかった。
足はドリンクバーコーナーに向かい、ブラックコーヒーを淹れると、周りに人がいない事を確認して、その場で一口飲んだ。
行儀が悪い事は判っていたが、そろそろ耐えられなくなっていたのだ。


(見てるだけで胸やけしそうだ……)


クラウドは甘い物が食べられない訳ではないが、甘味に関してはカットケーキは半分食べれば満足するタイプだ。
食べる時には必ずコーヒーをアテにしており、レオンやスコールのように、甘味だけを食べる気にはならない。
そんなクラウドにとって、山と積まれたケーキは、中々胃に堪えるものがある。

しかし、悲しいかな、恋人達はそんなクラウドの甘味事情に気付いていない。
それ所か、自分達と同じように、人目を気にしているだけで、実は甘い物が好きだと思っている。
彼等がそう勘違いするように仕向けたのは、他でもないクラウド自身で、だからこそ彼等が自分の本音(スイーツ好き)を打ち明けてくれたのだが、こんな時には少しばかり後悔する。
……因みに、ファミレス等でクラウドが注文したカットケーキを半分食べて残りを譲っている事については、人目を気にして自ら甘味を注文できない自分達の代わりをし、スイーツ仲間としての配慮だと思っているようだ。
クラウドは人目を気にする性質ではないので、代わりに注文しているのは確かだが、半分で食べるのを止めるのが彼の甘味許容値の限界であるからとは、彼等は全く気付いていない。

喉奥が少し落ち着いた所で、クラウドは2本のグラスにオレンジジュースを注いだ。
コーヒーカップとオレンジジュースをトレイに乗せ、一度席に戻る。


「飲み物、持って来た」
「ああ、すまない」
「……ん」


テーブルにトレイを置くと、レオンとスコールからは短い反応。
直ぐにケーキに意識を戻す二人に、クラウドは些か寂しさを覚えつつも、嬉しそうにケーキを食べる二人の横顔に笑みを零す。

クラウドはもう一度席を離れると、今度はケーキテーブルへと向かった。
折角来たのだから、少し位は何か食べて行かないと、損をした気分だ。
レオンとスコールには不評気味だったコーヒーケーキなら、抵抗なく食べられるかも知れない。

ショートケーキ、チョコレートケーキ、フルーツタルト、生クリームやチョコレートや抹茶クリームなど各種のロールケーキ。
バニラムースと苺ムースの2層ケーキ、ティラミス、スフレチーズケーキとレアチーズケーキ……エトセトラ。
シュークリームやマドレーヌ、小さく切り分けた生チョコレートもある。
眩暈がしそうな程に所狭しと並べられたスイーツ群に、見ているだけで胃が凭れそうになったクラウドだが、甘さ控えめと広告のついたティラミスとコーヒーケーキを選ぶ事にする。
ケーキ類の他に、パスタやピザが並べられていたので、それぞれ少しずつ皿に取って、クラウドは席に戻った。
その途中で、空になった皿を持った恋人達と擦れ違う。


「もう全部食べたのか?」


目を丸くするクラウドに、ああ、とレオンが頷く。
その後ろで、スコールが微かに顔を赤らめていた。


「どれも中々美味くて、止められなかったんだ」
「……そうか。まあ、楽しそうで何よりだ」
「お前のお陰だ。行こう、スコール。奥にチョコレートフォンデュがあったぞ」
「…!」


兄の一言に、スコールの蒼眼が輝く。
足早になる弟の背にくすりと笑って、レオンがその後を追う。

席に戻ってコーヒーを飲み、クラウドはほっと息を吐いた。
甘味の前に胃を慣らしておこうと、パスタをフォークに巻き付ける。


(あれだけ甘いものを見るのは少し辛いな。でも……)


つい先程聞いたばかりの恋人の一言を聞いて、クラウドの口元が緩む。

付き合いが長い事、恋人と言う身内同然のポジションにいるお陰か、レオンはクラウドに対して遠慮しない。
仕事で上手く彼をサポートした時を除けば、レオンは余りクラウドに感謝の言葉を口にする事はなかった。
誰に対しても配慮を忘れないレオンが、クラウドに対してだけは容赦のない物言いをするのは、彼からの信頼の証と言って良い。
が、たまには褒めて欲しいな、と思う事もある訳で────と言う所に、先の「お前のお陰だ」と言う一言だ。
レオンにとっては何気ない一言だったのだろうが、恋人にそう言って貰えると、クラウドとて喜ばない訳がない。

そんな彼の傍らで、兄以上に無口なスコールも、今日は常よりもずっと楽しそうにしている。
表情だけはいつもと同じように装っているつもりでも、蒼灰色が爛々と子供のように輝いているのが判った。
時折、浮かれている自分に気付いて我に返るのか、真っ赤になっている事があるが、甘味の誘惑には逆らえないようで、結局、また眉間の皺が緩む。
チョコレートフォンデュがあると知って、いそいそと向かった後ろ姿も、いつもの大人びた雰囲気とギャップがあって可愛らしい。

そんな恋人達を見ていると、連れて来て良かった、とクラウドは思った。