特別講義申込み


ぼぅっ、と掌に生まれた炎は、攻撃魔法にも使えない、小さなものだ。
しかし、炎魔法は大きく育てる事は比較的易しいが、火力を押さえて制御するのは案外と難しい。
それをやってみなさいと指示され、スコールは言われた通りに、極小のファイアを灯して見せた。

黒の皮手袋を嵌めた手の上で、微風に揺れる程度の灯を生んだスコールを、じっと見詰める瞳が一対───シャントットであった。
彼女はスコールの掌にある炎は勿論、それを灯したスコールの立ち姿も含め、頭の天辺から爪先までをしげしげと眺めている。
スコールは出来るだけその視線を意識しないように、炎の制御だけに神経を注いでいた。

立ち尽くすスコールの下にシャントットが歩み寄り、右から左から、前から後ろからと、スコールの周りをぐるぐると回りながら検分する。
近くなる気配に、一瞬炎がゆらりと大きく揺れたが、直ぐに形は元に戻った。

シャントットが視界の端で、つい、と正面を指差したのを見て、スコールは掌で炎を握り潰す。
スコールの手の中が熱くなり、腕を振り被って手を開く。
放たれた炎の矢が真っ直ぐに飛び、数十メートル先に鎮座していた岩にぶつかって弾けた。


「ふむ。魔法のコントロールに関しては、理想通りと言えば理想通りですわね」


焦げ痕の残った岩を見て、シャントットは言った。
視線を落としたスコールに、シャントットは続ける。


「教科書で習った通りと言う感じかしら。学院のテストであれば、90点以上は確実ですわね」


シャントットの言う通り、スコールは魔力コントロールの成績では常に90点以上をキープしている。
体調に因り多少上下する事はあるものの、十分上位の成績が取れていた。

でも、とシャントットは付け加え、


「魔力の流れが整い過ぎているのが気になるかしら」
「何か悪い事があるのか?」
「テスト向きと実戦向きは別と言う事ですわ」


そう言って、シャントットは背に負っていた杖を手に取った。
背を向けた彼女が、言外に「見ていなさい」と言っているのを察して、スコールは彼女の背を見詰める。

シャントットが杖を手に早口で呪文を唱えると、シャントットを中心に魔力の渦が生まれる。
ゆっくりと円を描くようにシャントットを取り巻いていた魔力は、少しずつ濃度を増して行き、彼女の腕を伝って杖に注がれて行く。
杖の先に埋め込まれた宝玉が赤い光を照らし、シャントットが杖を振り翳した直後、焦げ痕のついた岩に向かって炎の矢が放たれた。
スコールが放ったそれよりも、遥かに大きく速く奔る矢は、標的に衝突すると大きく弾けて岩を灼いた。

────相変わらず、凶悪な魔法だとスコールは思う。
傍目に見ればガ系レベルを思わせる威力だが、あれでシャントットはファイア一発しか唱えていない。
スコールが魔法戦よりも物理攻撃による近接戦闘を得意としている事を差し引いても、その威力は雲泥の差であった。
どれだけ魔力を持て余しているのだろう、と思う事も、一度や二度ではない。

魔力の供給源が尽きた所為か、炎は暫く岩を灼いた後、萎むように鎮火した。
そのタイミングで、シャントットはスコールに向き直る。


「先程の貴方の手順を真似ると、こう言う形かしら。じっくり練って、完成させた魔法を放つ、と。別にこれでも良いと言えば良いのですけど、実戦でじっくり練っている暇なんてありませんわ」
「……判っている」
「もっと早く、出来れば即座に最大限の力で魔法が使えれば理想的ですわね。まあ、最大限と言っても、貴方の魔力はそれ程強くはないから、主戦力にはならないでしょうけど」


スコールが近接戦を主力とする戦士タイプである事は、シャントットも知っている。
彼が使う魔法が、他の戦士達とは異なる"疑似魔法"と言うものである事も、スコール本人から聞き得ていた。
それでも、魔法に関する事なら、シャントットの分野である。
彼女もその自負があるのか、スコールからの「魔法の訓練に付き合って欲しい」と言う頼みには、二つ返事で了承を返してくれた。

シャントットはふぅむ、としばし考える仕草をした後、


「目標は、魔力の底上げはさて置くとして───コントロールの早さと、一度に扱える魔力量の増加。最短の準備で即発動可能にすると言った所かしら」
「最短の準備?……どう言う意味だ?」


コントロール速度を上げる事は当然として、扱える魔力量を増やすと言うのは、言葉の通りだから判る。
スコールもそれは必要不可欠だと考えていた事だ。
しかし、“最短の準備”と言う意味が解らない。

シャントットは持っていた杖をスコールに見せた。


「先程、私は教科書通りに魔力を集めましたわね」
「ああ。周囲の魔力を集めて、形成したエネルギーを杖に移して、この宝玉に集約させた」
「その通り。そうすれば確かに、エネルギーは綺麗な流れで、この石に集まりますわ」


ひらり、とシャントットは杖を揺らした。
緋色の石が微かに光を反射させ、スコールの目許を射る。


「でも、それでは余りにも時間がかかる。それなら、最初からこの石に魔力を集めてしまえば良い」


岩へと向けられた石に、魔力が吸いこまれるように集まって行く。
秘石の赤が、内側から炎を灯したようにゆらゆらと揺らめくと、シャントットは杖を振り翳した。
紅の閃光が迸ると同時に、渦をまとった炎の矢が岩に向かって放たれる。

岩にぶつかった炎は、岩を数秒取り巻くように焼いた後、間もなく鎮火した。
先の炎の一撃に比べると早い鎮火であったが、岩は燻されたように黒く焦げている。


「大分簡単に説明すると、こう言う事ですわ」


発動への形成を整えながら、魔力を集めると言う同時進行の作業。
練った魔力を完全に形作ってから、発動形態へと移行すると言う手順を踏まず、即発動の姿勢で魔力を高める───シャントットはそう言っているのだ。
スコールは整った眉を潜め、下方にあるシャントットの顔を見た。


「確かに、これが出来れば戦闘中に魔法を使う際のロスは減るが……これは、最初から高レベルのコントロールが出来る奴がやる事じゃないのか」


授業では好成績を収めているが、それはスコールの世界で、それも“疑似魔法”に限った話である。
この世界に置いて、スコールの魔力は非常に弱いレベルでしかなく、ウォーリア・オブ・ライトやフリオニールと同レベルと言って良い。
魔法の性質を鑑みると、彼等よりも不得手としていると見ても良いだろう。

が、シャントットは方針を変えるつもりはないらしい。
シャントットは丸い鼻をフン、と鳴らして、傲岸不遜を絵に描いたような表情で言った。


「私に特訓を頼んだ以上、私の方針に従って貰いますわよ。心配ご無用、出来ない事をやれとは言いませんわ」
「……それって……」


出来る事しか言わないから、言われた事は出来なければいけない、と言う事ではないだろうか。
これは、頼る相手を間違えたかもしれない、とスコールは密かに思う。
準備から発動までの作業を大幅に短縮させ、且つ威力も挙げられるのであれば確かに言う事はないだろうが、スコールは何も其処まで高望みして頼みに来た訳ではないのだ。
ただ、もう少し発動までのロスを軽減できれば……と考えていただけだったのに。

眉根を寄せるスコールだったが、シャントットはそんな彼の表情には全く興味を持たない。
方針が決まったら次は特訓方法と順番を考え始めたシャントットに、スコールは零れかけた溜息を飲み込んだ。
魔法に関して、シャントット以上に詳しい者がいない以上、誰を頼っても最終的に此処に行き着く事になるのは、想像に難くない。

此処まで来て、考え込んでいても仕方がない。
スコールがそう腹を決めた所で、シャントットは唇に笑みを浮かべ、


「貴方のセンスがあれば、そう難しくはない事ばかりですわ。そもそも、私が指導して差し上げるのだから、相応の結果を出して貰わないと」
「……努力する」
「宜しい」


スコールの返事に、シャントットは満足げに頷く。


心なしか、楽しそうな笑みを浮かべるシャントットに、スコールはまたも零れかけた溜息を寸での所で飲み込んだ。




2014/11/08

シャントット×スコールだと言い張る!
実技特訓は無茶苦茶だけど、ちゃんと理に適ってるシャントットと、真面目に講義を受けるスコールって良いなと思います。