柔らかい檻




青空が広がり、爽やかな風さえも吹き抜けて行く次元城は、此処を根城とする無の魔導師さえいなければ、小休止には丁度良い場所である。
スコール、ティナ、ティーダ、フリオニールの四名は、空間の歪みに飛ばされた拍子に辿り着いた此処で、先のイミテーションの大群を相手にした末に疲労を癒す事に決めた。
しかし、じっとしている事が苦手なティーダは、早速フリオニールにじゃれつき、二人で手合せと言う名の軽い運動を行っている。
休憩しているのに体を動かしては、本末転倒なのではないかとスコールは思うのだが、二人はそんな事はお構いなしで、360°広がる空の中に点在する塔を飛び回りながら、楽しげに剣を交えている。
そんな訳で、スコールとティナの二人は、取り残される形で仲間二名がじゃれつく様子を眺めていたのだが、


「………」
「………」


じぃ、と見下ろしてくる瞳に、スコールは酷く居た堪れない、落ち着かない気分だった。

元より、人の視線というものは苦手な類であったから、それを真正面から受け止める等、スコールにとっては至難の業と言える。
向けられる視線の意味が、好奇であれ嫌悪であれ、悪い意味を持たないものであれ、スコールには大差のない事だ。
“人の視線”そのものが、他者と距離を詰める事を苦手とするスコールにとって、出来るだけ向けられたくないものだったのだ。

しかし、目の前の少女はスコールのそんな心中は知らない。
知ればきっと、直ぐに「ごめんなさい」と謝って目を逸らすのだろうが、それはそれで、此方が悪者になったような気分がしてくる。
それを思うと、スコールは見詰める視線に対し、何を言えば良いのか判らない。
出来るだけ早く、ティナが自分を観察する事に対し、気が済む事を願っているのだが─────かれこれ20分ほど、ティナはこんな調子である。


(なんなんだ……)


何を言う訳でもない、ただただ、見下ろしてくる、藤色の瞳。

見下ろしてくる。
……そう、“見下ろして”いるのである。
身長で言えば、スコールより遥かに小柄である筈の、ティナが、スコールを。

スコールは、頭の後ろでもぞ、と動くものがある事に気付いていた。
それは基本的にはじっとしているのだが、時折、我慢しきれなかったかのように、ほんの少しだけ身動ぎする。
辛いなら止めれば良いのに、とスコールは思っているのだが、見下ろす少女は────時折耐えるように額に汗を滲ませながらも────スコールの頭を自身の膝に乗せて、じっとスコールの顔を観察しているのである。

柔らかい匂いと、感触と、柔らかい藤色の光と。
それらが自分に触れている事が、向けられている事が落ち着かなくて、スコールはどうして良いのか判らない。


(……近い……)


じっと見つめる視線が、常のように、遠くから向けられているものであれば、気付かない振りをしている事も出来た。
けれど、今はあまりにも近い距離に、淡い紫を帯びた瞳が、じっとスコールの顔を映し出している。
と言うか、なんで膝枕なんてされているのだろうか。
疲労からほんの一分二分、意識を飛ばしてしまったと思って、目を覚ましてみたら、この状況。

スコールは、それを見返す事も出来ず、しかし露骨に顔を反らすのも良くない気がして、心持ち瞼を伏せた中途半端な視界の中で、ひたすら早く少女の気が済んでくれる事を願っていた。

しかし、ティナは相変わらずじぃっとスコールを見下ろしていて、


「……痛い?」


呟いた声を、スコールは一瞬、聞き逃しかけていた。
それが自分に向けて落ちて来た言葉だと認識するのが遅れたからだ。

スコールが瞼を持ち上げて目を向けると、やはり、近過ぎる位置に少女の顔があった。


「……!」
「痛い?」
「……は?」


息を飲んでいると、もう一度、ティナが呟いた。
思わず、間の抜けた声が漏れる。

“痛い?”
……痛い?
何が?どれが?なんの事だ?

しばらくの間、スコールはぐるぐると、少女の言葉を脳内で反芻させていた。
そのまま数秒、たっぷりと固まっていると、ティナの細い指がスコールの額に触れる。
其処は、他の皮膚に比べて微かに薄い部分があって、少女の白い指は、其処に柔らかく触れていた。


「いたい?」


スコールの、丹精な面立ちに大きく刻まれた、傷痕。
何処か泣き出しそうな表情で見下ろす少女の、言わんとしている事を、スコールはようやく察した。


「……いいや」
「本当?」


じ、と見詰めて問うティナに、スコールは目を伏せる事で肯定を示す。
ティナはそれをしっかりと理解してくれたようで、ほ、と緩んだ吐息を漏らした後、


「じゃあ……痛かった?」


傷が、出来たばかりの時。
この傷が、痕となるまでの間。

かかる前髪を指先に絡めて退かせるティナの指を感じながら、スコールは少しの間沈黙してから、


「…覚えてないな」


思い出せないその理由が、召喚による弊害だと言う記憶の欠如の所為なのか、単に些末な事で覚えていないのか、記憶に残らない程に幼い頃の事であったのか、スコールには判然としない。
けれど、それ程遠い出来事ではなかった、ような気もする─────何も根拠はないけれど。

痛かった、のだろうか。
痛くない、と言う事はなかったと思うのだが、スコールはその辺りの事もよく判らなかった。
その辺りの事を考えようとすると、傷がじんとした────痛みではないのだけれど、むず痒くなるような────感覚がして、スコールはその度に思考する事を放棄するのだ。

目を伏せるスコールに、ティナの手が落ちて来て、頬を包む。


「痛かったね」
「……覚えてないって言っただろ」
「うん」


でも、多分、痛かっただろうなって。
そう言うティナに、「…多分、な」とスコールは曖昧にしか返せない。


「それより、あんた……」
「なぁに?」
「…いつまで、このまま……」


相手が相手だ、下手に跳ね起きて退かせる訳にも行かないので、彼女自身に退いて貰うしかない。
額の傷が見たかっただけなら、もう十分だろう。
撫でる手や、柔らかい匂いも落ち着かなくて、そろそろ解放して欲しい、とスコールは思う。

けれど、ティナはスコールを見下ろしたまま、ふんわりと笑って、


「だめ」


優しい笑顔なのに、逆らえない気がするのは、何故だろう。
けれども、それは決して嫌なものではなくて、


「駄目って、あんた……」
「いいでしょう?もうちょっとだけ」
「………」


ふわ、と明るい色の髪が落ちて来て、スコールの頬を滑る。
ごめんね、と言ってティナがそれを掬い上げた時、淡い花の匂いがした。

見下ろす藤色は、何処までも柔らかくて、何処までも優しくて、………・何かに似ているような気がして、スコールは小さく息を吐いて目を閉じた。


(……もう、勝手にしてくれ)


胸中でそんな事を呟いて、せめてティナの気が済むまで、二人の仲間が戻って来ない事を願った。




ふわふわとした温かさの中で、何か柔らかいものが額に触れたような気がした。





2012/06/08

ティナスコは私の癒し(*´∀`*)
ティナママ大好きです。弟なスコール大好きです。