無自覚の自然体


元の世界の文明レベルが違うのだから、各人の常識であったり、知識であったりと言うものにも、色々とバラ付きがあった。
キッチンに揃えられた電化製品は判り易い例で、竈や水、氷による保存法に頼るのが当たり前だった多くの者は驚いたし、逆に家電が当たり前であった面々からすれば、冷蔵庫やコンロに驚くメンバーに驚いていた。

生活環境が違えば、其処に伴う食材や調理方法も異なる。
フリオニールが知識として知っている料理と言うものは、魚や肉を切って焼いて、塩や胡椒で味付けすると言ったもの。
それだけを言えば全員に共通する知識だが、バッツは更にディープな知識を持っているし、ジタンは酒を使った料理が得意だった。
ルーネスはフリオニールと似たようなものだったが、香辛料が余り多くはないと言う意識が根底にあるらしく、薄味ながら栄養のしっかりした物を作るのが得意だった。
スコールは魚や肉の捌き方を一通り心得ており、レシピがあって、食材が一通り揃えば、大抵のものは卒なく熟して見せた。
因みに、フリオニール個人が一番秀でている事はと言うと、パンの焼き方だ。
小麦粉から作るフリオニールのパンは、ボリュームもあって美味しいと定評がある。
……この時点で名前の挙がらなかったメンバーに関しては、それぞれレベルの違いはあるものの、ちょっとした難有物件として認識されている。

フリオニールが闘争の世界で驚いたのは、砂糖の確保が容易である事だった。
モーグリショップで、キロ単位で売られていたそれを見付けた時は、目を丸くしたものである。
その上、値段も安かったので、フリオニールは思わず大量に購入して来てしまった。
この時のフリオニールの気持ちを理解してくれたのは、ルーネスを筆頭に、セシル、バッツ、ティナと言うメンバーで、ジタンはまあまあ判るけど、と言う具合だ。
残るクラウド、スコール、ティーダは首を傾げており、砂糖ってそんなに珍しいものでもないだろ、とティーダは言っていた。
其処から各人の世界の食糧事情について話が尽きない事となるのだが、それはまた別の話だ。

フリオニールにとって、砂糖と言えば、決して安価で手に入れられるものではなかった。
自身の世界について、フリオニールは相変わらず不明瞭にしか思い出せないが、少なくとも感覚だけは確かである。
フリオニールの世界では、砂糖は高級品で、砂糖菓子等と言うものは正しく贅沢品だ。
だからフリオニールの感覚では、干した果物や、果汁の煮汁を固めて作った保存食と言うものが、ティーダの言う“おやつ”に相当するものであった。

そんなフリオニールにとって、甘い甘いケーキや、チョコレートと言うものは、未知の食べ物だった。
初めは真っ白な生クリームや、真っ黒な塊に慄いていたフリオニールだったが、ティーダにせがまれて一口食べると、あっと言う間に虜になった。
以来、フリオニールはすっかり甘いものに目がなくなり、冷蔵庫の奥に仕舞われた夕食のデザートの残りを見付けると、食べても良いか、と爛々とした瞳で仲間達に聞くようになる。



日課としている鍛練を終えて、汗を流してリビングに入った時だった。
ほんのりと甘い匂いがフリオニールの鼻腔を擽り、おや、とフリオニールは匂いの下を辿る。

リビングの奥に続き間になっているキッチンを覗くと、スコールが立っていた。
スコールはステンレス製のボウルを片腕に抱え、右手の泡立て器をカシャカシャと動かしている。
キッチン台には小麦粉や砂糖の袋が置かれ、スコールが抱えているものよりも小さなボウルや、幾つかの深皿の食器が並べられていた。

一心不乱に泡立て器を動かしていたスコールだったが、見詰める視線に気付いてか、フリオニールへと振り返った。


「……あんたか」


相手を確認して、スコールは僅かにほっとしたように息を吐く。
恐らく、賑やか組のつまみ食いを警戒したのだろう。
フリオニールはくすくすと笑いながら、スコールの下へと近付き、彼の手元を覗き込んだ。


「何を作ってるんだ?」
「ムースケーキ」
「…ムース?」


聞き慣れない単語にフリオニールが首を傾げると、スコールは調理の手を止めて沈黙する。
説明する言葉を探しているのだろう、フリオニールは彼がもう一度口を開くのをのんびりと待った。


「泡立てた卵白と生クリームを混ぜた、ペースト状のクリーム……?」
「ふぅん。スコールの世界ではよく食べるものなのか?」
「…有り触れてると言えば、まあ…」


俺はあまり食べないけど、とスコールは後付けで追加した。
カシャカシャと泡立て器の音が再開される。

自身が食べないものを、わざわざスコールが作っていると言う事は、十中八九、賑やか組に強請られたに違いない。
特にティーダは、自分と価値観の近いスコールに、あれが食べたい、これが食べたいと頼み込んでいる事が多かった。
スコールはその度、渋い顔を浮かべていたが、律儀なのか、実は自分も食べたかったのか、食材とレシピを調達してはキッチンに立っている。
そうして作られた甘味を、フリオニールも一緒に食べさせて貰うのは儘ある事なのだが、


(……ちょっと妬ける、かな)


価値観が近いとあってか、スコールとティーダは仲が良い。
年齢も同じだと言うし、シンパシーのようなものを互いに感じる所があるのかも知れない。
そんな二人の光景は、フリオニールから見ても微笑ましいものなのだが、少しばかり、複雑な気持ちを覚える事もあった。

フリオニールとスコールは、恋人同士と言われる仲だ。
仲間達も知っており、気を利かせてか、以前は別パーティで行動する事が多かった二人を組ませる事が多くなった。
今日の二人揃っての待機も、ジタンとバッツ、ティーダとセシルが意図して組ませたものだ。
他にジタン、バッツ、ティーダと言う賑やか組も待機班となったのだが、彼等はモーグリショップにでも出かけているのか、いつの間にか姿を消している。
だからフリオニールは、今日の待機に些か緊張しつつ、久しぶりに過ごせる二人きりの時間に、少しばかり浮かれた気持ちを誤魔化せなかった。

其処へ来て、仲間の為にお菓子作りに勤しむスコールである。
スコールに責任がある訳でも、勿論、ティーダやジタン、バッツが悪い訳でもない。
それでも、少しばかり腹の奥に気持ちの悪いものが滞留するのを感じて、フリオニールは情けないな、と自嘲する。


「……もう良いか」


ぽつりと聞こえた呟きに、意識の海に沈んでいたフリオニールは現実に還った。

泡立て器を動かす音が止み、スコールが抱えていたボウルをキッチン台に置く。
冷蔵庫から取り出したのは、また別のボウルで、中身は真っ白な生クリームだった。
生クリームが抱えていたボウルの中へ投入され、また泡立て器が動き出し、小気味の良い音が鳴る。


「美味そうだな」
「……」
「なんだ?」


甘い匂いを漂わせる真っ白なクリームを見て呟くと、スコールの手が止まり、蒼い瞳がフリオニールを見る。
じい、と物言いたげな蒼色に、フリオニールが首を傾げると、


「……いや…」
「そうか?」
「………」


ふい、と目を逸らすスコールに、フリオニールは頭を掻いた。
何かを言おうとして止めたのが判る仕種であったが、こう言う時、踏み込んで良いものか、フリオニールはまだ掴み兼ねている。

フリオニールが考えている間に、スコールはボウルの中身を混ぜ終えたようだった。
スコールは泡立て器をボウルの端に置いて、スプーンで一掬いし、口に入れる。
眉根を寄せるスコールに、失敗したのかな、とフリオニールが思っていると、


「……」
「ん?」


蒼灰色の瞳が、もう一度物言いたげにフリオニールを見る。
スコールは、きょとんとした表情で見返すフリオニールを見詰めた後、咥えていたスプーンを離してもう一掬いし、


「……ん」
「え?」


余りにも足りない言葉と共に差し出されたスプーンに、フリオニールはまた目を丸くする。
紅い瞳が、恋人とスプーンを行ったり来たりし、食べろって事だろうか、と行き着く。


「…いいのか?」
「味見だ。それに、さっきからあんた、食べたそうな顔してる」


スコールの指摘に、フリオニールは耳を赤くして苦笑した。
確かに甘い匂いに惹かれ、うずうずとしていたのは確かだが、そんなに判り易かっただろうか。

スプーンが引かれる気配もなかったので、フリオニールは口を開けた。
ぱくり、とクリームの乗ったスプーンを食む。
するりと下の上でスプーンが滑って、クリームだけが口の中に置いて行かれた。
生クリームよりも滑らかな、けれども液状よりは少し固形に近いものが、舌の上でゆっくりと溶けて行く。


「美味いな」
「甘さは?」
「俺はもうちょっと甘くても良いな」
「…じゃあ、これで良いな」


フリオニールの感想を聞いて、スコールはボウルをキッチン台に置いた。
甘くはしてくれないのか、とフリオニールがこっそり肩を落としていると、スコールはキッチン台に並べた皿の中から、溶けた形をした茶色が入ったものを手に取る。

スコールはコンロに水の入った鍋を置き、火を点けて沸騰させると、皿を湯の中に置いた。
湯が陶器の皿全体を温め、中に入っているものがゆっくりと色を変え、蕩けて行く。
カカオの匂いと混じった甘い香りに、フリオニールはその正体を知った。


「チョコレートか?」
「……ああ」


スコールはチョコレートが溶けたのを確認すると、皿を湯から上げ、ボウルの中からクリームを少し流し入れた。
泡立て器てさっと混ぜると、白いクリームが薄茶色に変化する。
それをまたボウルに戻して混ぜて行くと、真っ白だったクリーム全体が色を変えて行った。

甘いクリームの中に混ざった、チョコレート。
これは、とフリオニールが目を輝かせていると、スコールはスプーンで一口分を掬い、フリオニールの口元へ。


「あんたが味見しろ」
「スコールがしなくて良いのか?」
「…何度もしたから、もう判らない」


クリームを固めている間に、スコールは繰り返し味見をしている。
お陰で、甘味に関して少し感覚が麻痺してしまった。
だから代わりに味見をしろ、とスコールはスプーンを突き出して言う。

名目は味見だが、フリオニールにとっては、公認のつまみ食いのようなものだった。
作っている本人から許しが出ているのだから、遠慮なく、と一口で差し出されたクリームを食べる。


「さっきよりずっと甘い。俺は好きだよ」
「……じゃあ、これで良い」


フリオニールの反応に満足して、スコールは仕上げの工程に入った。
此処からは邪魔になるだろうと、フリオニールはキッチンから出て行く。

────出た所で、いつの間にか探索から戻っていた賑やか組に捕まった。



それからしばらく、フリオニールは、ずるいずるいと騒ぐ賑やか組をキッチンに入れない為に奮闘するのであった。




2015/02/08

2月8日なのでフリスコ!

この後、賑やか組に間接キスとか「あーん」について突っ込まれ、今更真っ赤になる。
ナチュラルにいちゃいちゃしやがって!とか言われて、そんなつもりがなかっただけにダメージ大。
そんな会話がスコールにも聞こえて、スコールもキッチンで真っ赤になってる。

お互いの行動を強く意識しなければ、平然といちゃつくけど、意識すると途端に顔も見れないフリスコは可愛い。