だってこんなに近いんだ


ワン、ツー、スリー、フォー。
数え数えに、ステップを踏む。
一つ、二つと足を動かし、地を踏んで、くるりとターン。

その都度、足が縺れてリズムが止まる。


「す、すまない」


詫びるフリオニールの顔を見上げて、スコールは「別に」と言った。
繋いでいた手を解いて、もう一度絡ませ、もう一度初めからリズムを刻む。

────事の始まりは、やはりと言うか、相変わらずと言うか、バッツであった。
踊り子なる職業をマスターしていると言う彼に、劇団員として踊りはお手の物と言うジタンが乗り、ティーダがブレイクダンスとヒップホップなら行けるっス!と更に乗った。
更に、ワルツなら踊れるよ、とセシルが乗り、クラウドが踊りで舞台に立った事があると言い出した。
話の流れで、スコールもダンスの授業は受けていると言ってしまい、案の定、此処に賑やか組が食いついた。
記憶にあるのはセシルと同じワルツだが、世界背景とでも言うべきか、動きやステップの踏み方には若干の差異が見られ、こうなると他のメンバーの世界ではどう言う踊りが主流なのかと言う話で花が咲いた。
前述にない四名───記憶のないウォーリアを筆頭に、フリオニール、ルーネス、ティナ───は話を聞いていただけだったが、ジタンがティナをダンスに誘った所で、秩序の戦士達のささやかなダンスパーティーが開催された。

パーティーは10人の戦士の内、唯一の女性であるティナを、踊れる男性陣が順番にエスコートすると言うもの。
ルーネスが心底苦い顔を浮かべていたので、順番が終わったセシルとスコールで、彼に簡単なステップを教えた。
物覚えの良い彼は直ぐにリズムとステップを覚え、リレーの最後には彼がティナと共に踊った。
初々しく、楽しそうに踊る二人を囲むように、ジタンとバッツ、ティーダとクラウド、セシルとスコールもそれぞれペアになって踊る事となる。
ジタンとバッツは軽業のようなアクロバットダンスを、ティーダとクラウドは、クラウドが一人で奇怪な踊りを見せた為、ティーダは笑い転げてダンス所ではなくなっていた。
スコールは最後まで抵抗したのだが、セシルの笑顔になし崩しにされ、ワルツの相手役をする事になってしまった。
それに関してはスコールは余り思い出したくないのだが、それでも、概ね、ダンスパーティーは盛況の内に終わったと言って良い。

そんなダンスパーティを終始眺めていたのは、ウォーリアとフリオニールだ。
二人ともバッツやジタンから誘われていたのだが、二人とも踊り方が判らないと言った。
楽しそうに過ごす仲間達を見ているだけで、彼等は満足していたようだが、バッツが「楽しい事はやっぱり皆で共有しようぜ」と言った事で、二人にもダンスが踊れるようにとレッスンが企画される事になったのだ。
次いで、ティナが「もっと上手に踊れるようになりたい」と言ったので、相手役のルーネスと併せて、彼女もダンスレッスンに参加する事が決まった。

踊り所かリズムの取り方も判っているか怪しいウォーリアには、バッツとセシルが教える事が決まり、ティナとルーネスにはセシルとジタンが教える。
クラウドとティーダは、覚えている踊りのジャンルが他のメンバーと大きく異なる事もあり、ウォーリアについて拍を数えたりと言う形で参加した。。
そして、フリオニールにはスコールが教える事が決まったのである。

スコールの本音としては、面倒な事になった、の一言であったが、ダンスを教われると聞いたフリオニールの、照れくさそうな嬉しそうな笑顔に絆された。
生徒としてのフリオニールは真面目だし、リズムの取り方も判っていたので、教える側としては比較的楽な方だろう。
とは言え、経験が殆ど無いと言う人間に、一から教えると言うのは、中々根気のいる事であった。


「────うわっ、」


縺れた足でバランスを崩し、がくっとフリオニールの体勢が傾く。
伸し掛かるように倒れ込んで来た長身を、スコールは踏ん張って支えた。


「わ、悪い、スコール……」
「…謝るのはいいから、ちゃんと自分で立ってくれ」


自身よりも身長がある上、確りとした筋肉のついたフリオニールの体は、見た目相応に重量がある。
それに押し潰されるほどスコールは柔ではないが、体重全てを預けられるのは辛い。

押し返すスコールの力の補助を受けながら、フリオニールは地面に両足を置いてきちんと立った。


「難しいな……」
「…まあな。でも、全然経験がなかった事を考えたら、上達は早い方だ」
「そ、そうか?だったら嬉しいかな」


スコールの言葉に、フリオニールははにかむように笑う。

スコールの言葉は世辞ではなく、フリオニールの飲み込みは早かった。
簡単なステップは、ルーネスに教えた時と同様に直ぐに理解したし、リズム感も悪くない。
少しずつレベルを上げ、複雑なステップを教えるようになると、何度か足を縺れさせはするものの、時間の問題で直に克服する。
今躓いている所も、繰り返していれば、無理なく出来るようになるだろう。

フリオニールは自分の足元を見下ろして、記憶を辿りながら足を動かしている。
赤い瞳が至極真剣な顔で、リズムの数字を刻んでいるのが、スコールには少し面白かった。
────と、足元を見ていた赤い瞳が前を見て、スコールを映し、


「あ……その。俺、何か間違えたか?」
「……?」


フリオニールの不意の問いに、スコールはことんと首を傾げた。
不思議そうな表情を浮かべるスコールに、フリオニールは握っていた手を解いて頬を掻く。


「笑ってたように見えたから、変な間違い方をしたかなと思って」
「……別に。何も間違えてはいないし、…笑ってない」
「そ、そうか?」
「……そう見えたなら、悪かった」


真面目な顔でダンスレッスンに取り組むフリオニールに、面白い、と思ったのも事実。
スコールの故意ではないにしろ、失態を笑われたと思うような表情をしていたのなら、詫びるべきだと思った。
すると、今度はそれを受けたフリオニールが慌て、


「い、いや、スコールが謝る事はないんだ。俺は、その、こうしてるの、楽しいし」
「……楽しいか?こんな事…」


スコールには、ダンスは授業で教わったスキルとして以外に、意味のないものだった。
体育の授業として取り組まれたダンスは、当然、内申点にも響くし、ダンスホールと言うものは、潜入任務の種類によっては考えられない場所ではないので、授業を熟す事には抵抗はなかったが、必要が無ければ踊りたくないのがスコールの本音である。
止む無く踊った事がある記憶があるような気もするが、それらを詳しく思い出す事は出来なかった。
だから、先日の秩序の戦士のダンスパーティーの時も、セシルに無理やり相手役をさせられるまで、踊り手を拒否していたのだ。

しかし、フリオニールはダンスが「楽しい」と言う。
今まで経験がない事をしているからかも知れない、とスコールは思った。
フリオニールのような素直な人間なら、未知の経験と言うものは、心を躍らせるものなのかも知れない、と。


「……続けるぞ」


思考ばかりを巡らせていても仕様がないと、スコールはフリオニールの手を取った。
きゅ、と柔らかく握ると、さっきまで自然な動きをしていたフリオニールの手が、緊張したように強張る。


「……あんた、もうちょっと力を抜け」
「う、うん」
「固くなるから足が縺れるんだ」


一人で練習させてみると、フリオニールは教えた手順を綺麗に流して見せる。
少し複雑な所でモタつく事もあるが、其処は慣れの問題だ、とスコールは考えていた。
後は数をこなす事と、実際に相手役がいた時、自分の動きだけに集中する訳には行かないので、その練習を繰り返すのみだ。

───が、相手がいた時の練習と言うものが、中々進まない。
一人では上手く出来ていた筈のステップが、二人で踊る形となると、ガチガチになって上手く捌けないのだ。


「右、左、右、左…」


一定のリズムを刻みながら、足運びを誘導するように移動先を口にするスコール。
フリオニールは足元を見て、スコールの指示通りにステップを踏んでいる。


「右、右、左」
「え、あ、あっ」
「うわっ」


ステップの進みが僅かに変わった所で、またしてもフリオニールは躓いた。
間違えて踏み出した足を戻した拍子に、体重のバランスが崩れ、身体が倒れる。
掴まるものを求めてか、重ねていたスコールの手が握り締められ、スコールは諸共に倒れる羽目になる。

どさっ、と倒れ込んだ二人を、草いきれが受け止めた。
フリオニールの上に覆い被さる形で倒れたスコールは、直ぐに起き上がって土埃を払う。


「すまない、スコール。大丈夫か?」
「問題ない」


フリオニールも起き上がり、背中についた土埃を払った。
その傍ら、彼は野性味のある目許を、すっかり弱ったように下げ、


「やっぱり駄目だな、俺。上手く出来る気がしない」
「……あんたは筋が良い方だと思うけど」
「スコールにそう言って貰えるのは嬉しいけど、でも、向いてないんだよ、きっと。一人でならなんとか行けそうな気もするけど、なんか…スコールに手を握られると、緊張してしまって」


フリオニールの最後の言葉に、スコールは小さく肩を揺らした。
蒼い瞳が、苦笑いする紅から逃げるように逸らされる。


「……じゃあ、セシルかジタンと交代する」
「え?」
「……俺が相手だと嫌なんだろ」


そう言って、ふいっと背を向けるスコールに、フリオニールは一瞬ぽかんと目を丸くした。
が、遠退いて行くスコールを見て、慌ててフリオニールはその背中を追い駆ける。


「待ってくれ、スコール。緊張って言うのは、嫌だって訳じゃなくて…」
「どの道、俺相手が上手く行かないなら、他の誰かと変わった方が良い」
「い、いや。それは……その……」


何かを言いかけて止める事を繰り返していうr内に、歩を進めるスコールの後ろを歩いていたフリオニールの足が止まる。
彼が立ち止まった事を、スコールは気配で感じていたが、構わずに歩き続けた。

気を遣い屋で素直なフリオニールの事だ。
苦手としている相手が練習相手となって、その意識がどうしても表に出てしまい、かと言って教わっている手前、先生を変えてくれと言うのは言い出し辛いだろう。
しかし、こう言うものは、苦手意識のある相手と練習した所で、発展は望めまい。
単位に響くような授業なら、スコールは割り切って練習するように努力する───或いは、相手を仮想して徹底的に、それこそ起こりうるであろうミスのカバー方法まで───所だが、今回はそうではない。
この練習は、あくまで仲間達と楽しむ為のものであり、無理を押してまで練習に勤める必要はないのだ。

────そう、スコールが考えていた時、


「俺は、スコールから教えて貰いたいんだ」


聞こえた声に、スコールの足が止まる。

振り返ると、フリオニールは立ち止まった時と同じ場所にいた。
其処から見詰める彼の貌が、湯気が立ちそうな程に真っ赤になっている。

スコールは体の向きを変え、一つ溜息を吐く。


「……俺が相手だと緊張するんだろ」
「あ、ああ」
「だから失敗続きなんだろ」
「それは、その…うん……」
「だったらやっぱり誰かと変わった方が良い。上手くなりたいなら、相手を変えるのだって選択肢の一つだ。合わない相手に、無理に合わせようとしなくて良い」
「いや、その───あ、合わないなんて事はないんだ。本当に」


尚も弁解しようとするフリオニールに、スコールはもう一度溜息を吐いた。
それが呆れの表れに見えたのだろう、フリオニールは慌てて続けた。


「い、嫌な緊張じゃないんだ。上手くやろうって思う緊張、みたいな感じで。それに、スコールに手を握られると、なんだか無性にドキドキして、だから、いや、スコールが悪いって言ってるんじゃなくて、俺が勝手に……」


言葉を重ねる度に、フリオニールは焦っていた。
見て取れるその慌て振りで喋り続けるフリオニールに向かって、スコールは足を踏み出した。


「だから、その、俺は、練習するならスコールが良い────」


其処まで言って、フリオニールの言葉はようやく止まった。
その時には、二人の距離はすっかり縮まり、一歩分のスペースすらもない。

スコール、とフリオニールが名を呼ぼうとした時だった。
徐に持ち上がったスコールの手が、フリオニールの手を握る。
ぎくっとしたように固まるフリオニールだったが、僅かに低い目線から見上げる蒼に射抜かれて、心臓が一度大きく跳ね、ゆっくりと静まって行く。


「ス、スコー、ル、」
「……取り敢えず、あんたはこの状態に慣れろ。続きはそれからだ」


ぎこちないフリオニールに対し、スコールは平時と変わらない声で言った。
見上げる蒼には苛立ちのような感情は一切感じられず、深い深いその色に飲み込まれたように、フリオニールは小さく頷いた。

フリオニールの心臓の鼓動は、煩いほどではないが、鎮まる事なく、少しだけ早いリズムを打っている。
けれども、指の先まで伝わっていた筋肉の緊張は、少しずつ解れているように思えた。
その傍ら、こんなに近くで見た事はなかったな、と、いつも逸らされ勝ちの蒼を見詰める。



感情を映さない蒼い瞳の傍らで、彼の耳が熟れたように赤くなっている事を、フリオニールは知らない。




2015/04/14

衝動的に踊ってるフリスコが書きたくなったので、リハビリも兼ねて殴り書き。
こんな二人だけど付き合ってない。相手を意識している事もない。無自覚フリスコ萌え。